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2018年1月28日

2018年1月28日 (日)

読みかじりの記:斎藤喜博 全集 12 斎藤喜博著 (1971年 株式会社 国土社);うっかりと タダにはまって 生き地獄。180128。

2018年1月28日(日)
昨日は晴れ。ざっそう句;うっかりと タダにはまって 生き地獄。まだ寒気は居座ったままだ。29日以降は少し暖かくなりそうだ。宅内閑居。食べて動かないので、メタボに要注意だ。水に浸して再度茹でた勝ち栗を飯に載せて食べて見た。渋皮も混じるので、食感はそれほど良くないが、栗ご飯の気分は出る。昔は、いろいろな保存食が、冬の食卓を賑わせたようだ。現代は、食料の保存に工夫が要らなくなった。冷蔵庫と電子レンジがあれば、何とか食事に不自由しないで済みそうだ。かみさんのガラケーの受信メール一覧が表示されなくなった。WEBでその機種の取扱説明書を探して調べたが、対策のヒントは掴めなかった。要するに、受信メールに割り当てられたメモリー容量を超えたメールが来たので、暴走したような感じである。メールを外部メモリーに転送して、内部メモリーを確保すれば、復帰しそうだが、暗証番号を要求されて、先に進まない。後の祭りだが、古いメールを自動消去する設定に変更した。最近の、携帯ならメール容量にゆとりがあると思うが、10年程前の機種では、メモリー不足が起こるのは当然だったらしい。修理は、携帯会社に依頼する以外になさそうだ。我が、ガラケーもメモリーの整理を一度もしていない。半分以上が、携帯会社からの事務連絡だ。そういうメールから消しておいた方が良さそうだ。

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読みかじりの記:斎藤喜博 全集 12 斎藤喜博著 (1971年 株式会社 国土社)

昨年、地域の教育力という視点から、明治時代、当地域の小学校校長になった矢島昇という人物について書いた。たまたま、矢島昇の墓碑に遭遇したので、調べて見たが、有力な情報は得られなかった。矢島昇は、群馬師範を卒業し、教師になり、自分の住む地域の校長となり、在任中に殉職した。その死を惜しんで、明治時代の書家、松村琴荘が墓碑銘と詩を残している。

06BA_明治中期の地域小学校校長だった矢島昇を知る:記事目次(リンク)

当BLOGでは、「06C1_蚕種で栄えた島村。」(06C1_蚕種で栄えた島村=リンク)という記事がある。島村に関しては、絹遺産としての田島弥平旧宅やそれに関係した歴史は、注目を集め、知る人が多いが、島村小学校の校長をした、斎藤喜博については、知名度は極低いと思われる。

自分も、斎藤喜博という人物の名前は、断片的に聞いていたが、特に調べて見ようという気も起きなかった。たまたま、古書店に、斎藤喜博全集が並んでいた。定価1000だが、@200円という捨て値であった。矢島昇に関しては、墓碑以外めぼしい資料や記録がなかった。その点、全集が出ている教育者・教育家は、そう多くはいないだろうと思って、読んで面白そうな数巻を購入した。全集第12巻は斎藤喜博の自伝の巻だ。読んだのは、その巻頭部の幼少時の記憶に関する部分だけである。

矢島昇と斎藤喜博は群馬師範出身という点が共通しているが、時代背景は異なる。矢島昇が在職時に教育勅語が発布された。斎藤喜博が本格的に活躍したのは、その教育勅語が、否定され、墨で塗りつぶした教科書を使った時代である。そうして、自分が学んだ時代は、学園紛争が華やかであった。群馬師範から発展した群大教育学部も学園紛争で混乱していた。そこで学び、教育の道に進んだ友人もいる。

ざっと、目を通し、自分の幼少時と類似している物事が多々ある。だが、斎藤喜博の幼少時代は、大正時代の初めなのである。父より年配なので、父と似た青年時代を過ごしたと想像するが、どのような経過を辿って、斎藤喜博という人物が育ってきたのかは分からない。と言うより、あえて、そこまで踏み込むゆとりも、気力も無い。

敗戦の時、斎藤喜博は既に30歳台であり、伝記的には一番興味のある部分だ。終戦前後を、いかに生きてきたのか。何を考えたのか。実は、自分も、万一飯が食えなくなったら、教員でもしようと、教員免許を取った。当時、デモシカ先生とか揶揄されたが、教員になる人材も多種多様なのだと思う。現在でも、その考えは変わらない。オレ的には、一人の秀才より多数の凡才が理想だ。秀才に習えと言えば、最早競争社会だ。自分の胸の中には、まったく無名だが尊敬する先生がいる。それで良いのだと思う。

斎藤喜博にかんしては、WIKIPEDIAを始め、WEB情報もかなり多い。

斎藤喜博 - Wikipedia

https://ja.wikipedia.org/wiki/斎藤喜博

斎藤 喜博(さいとう きはく、1911年3月20日 - 1981年7月24日)は群馬県出身の日本の教育者。元宮城教育大学教授。群馬師範(現群馬大学教育学部)卒。また、早くからアララギ派の歌人としても活躍し、ケノクニ選者をながく務めた。歌集『職場』などの短歌はすべて彼の師である土屋文明の選を経ている。著書の多くは国土社から刊行されている。斎藤喜博全集は、第25回毎日出版文化賞(全18巻、国土社)を受賞した。

「老人の寝言:日々農天気:レタス苗の成長の差は何が原因か?レタス論が教育論に変貌!;種蒔けど 発芽育ちは 運鈍根。1510。http://af06.kazelog.jp/itoshikimono/2015/10/qq-4df1.html。(2015年10月16日 (金))」(この記事へのリンク

既に、日本の養蚕は壊滅状態なのだが、斎藤喜博が、教育実践を通して、顕著な業績を残した、島小学校が、生徒不足で閉校するというニュースに接して、愕然とした。上記の記事には、世界の初等教育の資料を紹介している。一体、教育改革等と大声で叫ぶ割には、日本という国は教育貧乏国ではないかと思ってしまう。

Googleでキーワード「安倍晋三 教育改革」を検索(https://www.google.co.jp/search?hl=ja&ie=UTF-8&oe=UTF-8&num=20&lr=lang_ja&q=%E5%AE%89%E5%80%8D%E6%99%8B%E4%B8%89%E3%80%80%E6%95%99%E8%82%B2%E6%94%B9%E9%9D%A9)。(このKWで検索

斎藤喜博は「授業」を教育の重点としていたようだ。WIKIPEDIA:「50年を越える教師生活・研究者生活で一貫して追求したのは「授業」であった。」と述べられている。授業を英訳すれば、TEACHINGだろうか。焦点を授業に絞れば絞るほど、そのビームは鋭くなるだろうが、やはり、技術や方法論で終わっては、教育の究極的な目的は達成できないのではないか。

だが、教育者が自主的に授業の改善・質の向上を目指して活動したという事なら、日本の教育史にも記念すべき事かも知れない。

WIKIPEDIA「ワイルダー・ペンフィールド。(https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%AF%E3%82%A4%E3%83%AB%E3%83%80%E3%83%BC%E3%83%BB%E3%83%9A%E3%83%B3%E3%83%95%E3%82%A3%E3%83%BC%E3%83%AB%E3%83%89)」(このサイトへのリンク

今日:平成30年1月26日(金)のGoogleDoodleは「ワイルダー ペンフィールド 生誕 127 周年」であった。斎藤喜博とワイルダー ペンフィールドはほぼ同時代を生きた。斎藤喜博は今年生誕107年になるようだ。脳を電極で刺激するという実験が、今日の科学の発展に大きく寄与し、その輝きは永続しているように感じる。日本の教育とは、世界に対して、何を発信できるのか。

斎藤喜博は、戦前の20歳台から、アララギ派の歌人としても活躍したとの事だ。斎藤喜博の没年は1981年で、既に一般の人からは遠い存在になっていると思う。あの、学園紛争が華やかだった頃ろから少し後に定年退職し、1971年に本書が出版されている。その十年後に70歳で死亡。

実は、あの斎藤喜博が教育史上注目すべき実績を残した島小学校が、児童数の減少で廃校になるというニュースを聞いて、改めて斎藤喜博とはどんな人物だったかが気になってきた。ともかく、教師から校長になれる人数は極少ないだろう。まさに、校長は教育現場のスーパーエリートだ。ほとんどの教師は、生徒の中にわずかな記憶を残す程度の業績を残すのが精一杯だろう。逆に、生徒にとって斎藤喜博という人物はどのように評価されていたのだろうか。

島小学校は、形だけは、粛々とした手続きにより閉校になったようだ。以前、島小学校が閉校になれば、そのホームページも消えてしまうだろうと心配しつつ見ていた。今回、そのホームページを検索すると、「今年度(2016.3.31)をもって閉校となりました。」と記載された旧ホームページが、未更新のまま存続していた。

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Googleでキーワード「伊勢崎市 島小学校 」を検索

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以下は検索結果のTOP

伊勢崎市立境島小学校

www.isesaki-school.ed.jp/sakaishimasyo/

今年度(2016.3.31)をもって閉校となりました。 今までご覧いただきありがとうございました。 閉校に関する記事へ 本日(3/26)の閉校式をもって,HPの更新を終了します。 ☆本HPは,一年後にはすべての閲覧ができなくなる予定です。 最終更新日 2016.3.26 平成27年度 境島小学校 全校児童10名・学級数3(完全複式学級) 教職員16名で スタートしました. 〒370-0134 群馬県伊勢崎市境島村1968-40. Tel. 0270-74-

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実は、あの絹遺産をイメージさせる『桑 繭 蛾』をあしらった校章を持ち、長い文化・伝統の原点にあった島小学校が、あっけなく廃校になった事が最大のショックなのだ。斎藤喜博も島小学校という舞台で活躍した役者の一人に過ぎなかったのだろうか。

もはや、地域の教育力等は不要な時代なのか。良い学校を建て、良い先生を連れてきて、初めて良い生徒が生まれ育つ素地ができるのではないか。斎藤喜博が島小学校に赴任したのは、単に空っ風の吹き回しの結果だったのか。斎藤喜博を引き寄せた何かがあったのか。

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項目 日積温 残日 通日 通積温 TA TX TN TD WX SN RN 瞬低T 瞬高T 瞬風
DATA 33.1 338 27 2598.0 1.4 6 -2.7 8.7 10.8 9.9 0 -3.2 6.2 19.0(北西)
時刻等℃   D m/s H mm 04:35 13:55 12:52
2018年01月27日 伊勢崎(イセサキ) AMEDASへのリンク


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    刃物という視点で多くの事例が取り上げられている。刃のある道具の理解にも役立つ。類書が少なく貴重な一冊。「すべり変形が切断の原理」という考え方で説明している。
  • 沼田 真   : 植物たちの生( 1972年 岩波新書(青版 833))
    「ご要望にお応えしてアンコール復刊(1988年岩波新書50年記念復刊) 地球生態系の中で自然を見直す」(腰巻きのフレーズ)。植物の知恵と戦略に人類は勝てるのか。
  • 出町 誠: 14_NHK趣味の園芸:よく分かる栽培12ヶ月  カキ(NHK出版2007年)
    初心者向け柿栽培参考書(新版)。旧版と比較すると楽しい。
  • 中村三夫: 13_NHK趣味の園芸:作業12ヶ月  カキ(NHK出版1996年)
    初心者向け柿栽培参考書(旧版)。新版と比較すると楽しい。
  • 山科正平: 12_細胞を読む   電子顕微鏡で見る生命の姿
    細胞はどんな部品からできているのか。そんな疑問に答えてくれる一冊。何事も形を見るのが第一歩。μからÅオーダーの世界で、細胞をメスで解剖するように、電子顕微鏡というメスで解剖して見せてくれるので興味が尽きない。
  • 柳田充弘: 11_細胞から生命が見える
    著者の専門は分子生物学、細胞生物学。普段生物を考えても細胞レベルで止まってしまう。その細胞の中で色々な分子が働いている。細胞こそ生命の基礎だが、その細胞の中の動きを知るのに最適な一冊。疑問の発端はなぜ発根剤が効くのかということ。薬剤が細胞膜を通過して細胞内で分子と分子が作用するイメージができた。本書でできた細胞のイメージは小さな無数の穴が空いた水分が充満したヨーヨーのようなもの。そのヨーヨーの中に分子部品が詰まっている。細胞自体もタライの中のヨーヨーのように浮かんでいる。細胞図面の空白部は真空でなく水分だ。細胞の内外に水がないと細胞は生きられない。水が生命のゆりかごだ!
  • 野口悠紀雄: 10_ホームページにオフィスを作る(2001年 光文社)
    ITが輝いた時代の作品。HPの活用法は参考になる。参考:url=http://www.noguchi.co.jp/(野口悠紀雄 ONLINE)
  • 小池洋男 編著: 09_果樹の接ぎ木・さし木・とり木(農文協:2007/3/31第1刷)
    やや専門的であるが、実務専門化が分担執筆しており、その場で役に立つ一冊。
  • ノーバート・ウィーナー(鎮目恭夫訳): 08_サイバネティックスはいかにして生まれたか(みすず書房1956)
    情報と通信という現代社会に不可欠の基礎的な学問を作った著者の自伝とそれを通した科学史
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    2010/8/4:MEMO等の表示に使える。 農作業で気になる自戒の言葉 ■畑の石ころはいつまで経ってもても石ころ(早く拾って片づけよという意味か)。 ■同じ石を二度拾うな(やってみると難しい)。 ■手ぶらで歩くな。 ■三つ先のことを読め。 ■適当な観察。 ■空を見よ(気分転換、休憩、天気を読む、腰曲がり防止)