読みかじりの記:環境ホルモン きちんと理解したい人のために(1698年 筏 義人 著)

2011/2/19
冬の天気と春の天気がせめぎ合い、雨と強風で嵐のような天気であった。東京ではスギ花粉の飛散が始まったというニュースもあった。花粉症対策に決定打はなさそうだ。なぜこれほど花粉症に悩む人が多くなったのか。花粉が増えたのも一因だろうが、それでけではなさそうだ。経済の高度成長で衣食住が変わり、それに伴い人間の体質や生活習慣が変わったという見方もあるようだ。ところで、花粉も以下の環境ホルモンも人間にとっては眼に見えない異物。花粉症は免疫反応でその異物に対抗して現れる症状だ。しかし、環境ホルモンは免疫系を素通りして人体に作用するとなると人体に防御機構がないだけ怖い。環境ホルモン以外にも人工的な有害物質は多いがその挙動は十分解明されていないようだ。この自然界においてあらゆる現象は物質の動きの連鎖でもある。ウイルスや細菌は自分を守るため変異したり、耐薬剤性を強めたりする。環境ホルモンは生物の食物連鎖で人間の口に入る時に濃縮されるという。人間が作り出した極微量な物質Xに対抗した成分をスギ花粉が集めたり合成したりしてまき散らしているような事はないのだろうかとつい変な連想してしまう。スギ花粉は動物的表現を使えば、スギの精子である。スギの枝を見たら、雌花と雄花が別々に着いていた。雌雄同株雌雄異花。雌花は小さな松ぼっくりのようであった。子供の頃スギ鉄砲の弾に使っていたのがスギの雄花であった。

昨日の天気

TAVE= 7.2
TMAX= 12.1
TMIN= 3.4
DIFF= 8.7
WMAX= 12
SUNS= 8.3
RAIN= 3.5

以下本題。

読みかじりの記:環境ホルモン きちんと理解したい人のために(1698年 筏 義人 著)

講談社のブルーバック双書の一冊である。出版当時は環境ホルモンが社会の関心を集めていた。この書物もそのような社会状況を背景に出版されたのではないかと思う。著者は今日の問題は多方面から解明する必要があるとして、高分子化学という自分の専門分野を基礎に据えて、環境ホルモンの理解を進めるべく本書を書いたようだ。十数年、書棚に隠れていたがひょっこり出てきた。一昔前と現在では状況はどう変わったのか。読み直しや過去のレビューは将来を考えるときの参考になる。

WIKIPEDIAでは「内分泌攪乱物質」(最終更新 2010年12月22日 (水) 13:34 )と学術的な記述になっている。WIKIPEDIAの研究の起源の項では「日本では1998年5月に環境庁(当時)が発表した「環境ホルモン戦略計画 SPEED '98」にて、「内分泌攪乱作用を有すると疑われる化学物質」67物質をリストしたことにより、強い不安感が高まり、一気にメディアに「環境ホルモン」の言葉が登場するようになった。 ただし、その後に検証実験事実が蓄積されるに従い、ほとんどの物質は哺乳動物に対する有意の作用を示さないことが一部に報告されている。その知見等を踏まえ、環境省は上記リストを取り下げた。現在では、リストは単に調査研究の対象物質であり、このリストに掲載されていたことをもって環境ホルモン物質もしくは環境ホルモン疑惑物質などと言うことは根拠がなくなったとされている。定義をそのまま解釈すればホルモン類似物質である医薬品をも含むことになるが、実際には、より狭義に、環境中に意図せず存在する化学物質が体内へ取り込まれる危険性が予想される場合にのみこう呼ばれている(#環境ホルモン以外の内分泌攪乱物質を参照)。本来のホルモンと同様、非常に低濃度でも生体に悪影響を及ぼす可能性があるため、有害物質が高濃度に蓄積されて初めて問題になりうることを前提とした従来型の環境汚染の濃度基準では規制できないのではと危惧され、社会問題化した。」と述べている。

著者も色々な物質が生体に悪影響を及ぼす可能性を述べているが、まだ十分解明が為されていない事も率直に述べている。そのような執筆態度には好感が持てた。特に、第5章:環境ホルモンの発生源では、問題の大きいダイオキシンに関しては、家庭の一般ゴミと産業廃棄物の焼却が発生源であるとして、その発生メカニズムを推定している。また、ダイオキシンは高温での焼却により、完全分解させれば、発生を押さえられると高温焼却の重要性を述べている。

今日では、ゴミ焼却も高温焼却炉を使用するので、ダイオキシン等の有害物質の生成は問題ないというような議論もあるようだが、ダイオキシンが生成される条件やダイオキシンが生成される素材等の組み合わせ等が十分解明され、その条件に適合した処理が確実に行えるか断言できないのが実状と思う。技術的にも高温焼却は、炉の高温損傷も激しく、焼却炉の維持経費や安全確保体制もより高度・高コストになるであろう。従って、焼却処理が万能であるとという判断は難しいのではないか。

WIKIPEDIAの「内分泌攪乱物質」の項にはダイオキシンは関連項目に記載されているだけである。出版当時は環境ホルモンという時代を反映したキーワードで、ダイオキシンの発ガン性等も
視野に入れて本書が書かれていると思う。また、生物の雌性化という本来的な微量化学物質が生体に与える効果に関しては、この十余年でどれほど科学的に解明されたのだろうか。対象物質が微量で容易にその作用機序が解明できないからその不安を放置して良いかという点も改めて考えさせられた。特に、少子化という問題が、男性の精子の減少、ホルモン作用による男性の女性化等と関係するのか、極論すると国家存亡の人口問題にまで環境ホルモンが関係するのかは、疑問はかえって増大した。環境ホルモン云々と議論する気力も失い、草食系男性とかが流行語になる時代の行く末をつい考えてしまう。人間の知識もどんどん細分化して科学的な証拠があるものだけが真実だとう事になるととんでもないしっぺ返しが待っている事もありうる。

ともかく、あらゆる生産物は、その機能が発揮されているうちは、資源・資産として各家庭や社会・産業施設内に留まっているが、その機能が不要・無用になれば廃棄物として環境に排出される運命にある。その廃棄物の処理は、リサイクル・リユースと焼却・埋め立て等のに分類されるが、焼却・埋め立てで問題が大きい。要するに、生産物でその関係者が利益を得ても、その最終処分は後世の負担として先送りしているのが現状である。著者は、第7章環境ホルモン問題解決への提言の中の⑥大量消費型から資源循環型へ社会が移行していることを確認することが重要であると本書を締めくくっている。①~⑤までは公的機関等が重たい腰を上げるよう促した課題で、本書の未解明・未解決な部分に相当する。赤字国債等は数値で負の遺産としての大きさを感じる事が出来るが、日々の快適な生活の見えないつけが廃棄物の処理量・蓄積量とともに増大し、それが知らぬ間に自分たちの生命にまで及んでくるとなると、多少の贅沢は控えようとも思う気になる。