読みかじりの記:日米コメ交渉 市場開放の真相と再交渉への展望 軽部謙介 著 (1997年 中央公論社)

2011/6/12
昨日は朝は雨で午後から晴れて気温が上がった。用事で外出。ついでに買い物。近くのたんぼをみると丁度田植えが終わった後であった。6/10の上毛新聞は第1面で、今年はゴロピカリを越えてあさひの夢の作付けがトップになったと報じていた。昨年の猛暑障害で県育成のゴロピカリで規格外米が大量に発生したのがその理由。ともかく、この季節にたんぼに苗が植わっているとなんとなく気分が休まる。立ち読みした週刊誌には、放射性物質による汚染が懸念される水田でも作付けが行われるとあった。コメは混ぜてしまえば分からないと書かれていた。未だ福島原発事故では気持が晴れない。

昨日の天気

TAVE= 23.5
TMAX= 27.6
TMIN= 19.8
DIFF= 7.8
WMAX= 4.3
SUNS= 2.5
RAIN= 20.5

産経新聞は、「IAEA元事務次長「防止策、東電20年間放置 人災だ」
;url=http://sankei.jp.msn.com/world/news/110611/erp11061120200006-n1.htm(2011.6.11 20:17 (1/2ページ)
))」というタイトルで、「【ロンドン=木村正人】1993~99年に国際原子力機関(IAEA)の事務次長を務めたスイスの原子力工学専門家ブルーノ・ペロード氏が産経新聞のインタビューに応じ、福島第1原子力発電所事故について「東京電力は少なくとも20年前に電源や水源の多様化、原子炉格納容器と建屋の強化、水素爆発を防ぐための水素再結合器の設置などを助言されていたのに耳を貸さなかった」と述べ、「天災というより東電が招いた人災だ」と批判した。」と報じた。

確かに、モンスターのように巨大になってしまった企業はどこからも批判にさらされやすい。しかし、所詮企業はバーチャルの存在であり、万能の知恵を持ち合わせていない弱い人間の寄せ集めに過ぎない。かつては共同幻想等という言葉が流行っていた。その幻想も現実がうち砕く。そこからまた新しい一歩が始まるのではないか。

読みかじりの記:日米コメ交渉 市場開放の真相と再交渉への展望 軽部謙介 著 (1997年 中央公論社)

官邸のホームページは、総理の動きとして「FTAAP・EPAのための閣僚会合;url=http://www.kantei.go.jp/jp/kan/actions/201101/19ftaap.html(平成23年1月19日)」というタイトルで、「平成23年1月19日、菅総理は総理大臣官邸で、第2回となるFTAAP・EPAのための閣僚会合に出席しました。 菅総理は本日の議論を踏まえ、「6月を一つの目途にTPP交渉参加の是非について一つの方向性を出していただきたい。それでもぎりぎりの日程ではないかという御意見もありましたけれども、そうしたことを全てこの会が最終的に責任を持つ形で国民の皆さんにしっかりと説明ができる形を採っていただきたいとこのように思っております。
 この問題は日本のこれから10年、20年、30年後を見据えての避けて通れない課題であり、これを積極的に超えていくことで日本の将来がありうる、このように考えております。
 いずれにいたしましても、この「平成の開国」を前向きに推し進めることができるように一層の御努力を、心からお願いします。」と述べました。」と報じた。

TPPが日本の農業に及ぼす悪影響が懸念され農業者や農業団体から猛烈な反発の声が上がった。その詳細が明らかになるにつれて、それが日本の農業だけでなく、あらゆる産業に及ぶことが懸念されてきた。このような重要な国策が一国の総理のパフォーマンスとして唐突に浮上してきたことに国民の不信感が広がったのも事実である。方向性を見極める期限を迎えたが、大震災でその先行きは怪しくなっている。総理の退陣で消えてしまうのか。一国の産業を揺るがす政策があぶくのようなものであってはならないだろう。重要な基幹的な国策は、災害があれ、何があっても粛々と遂行されねばならない。その時々の暫定的な課題に影響を受けるべきではないだろう。

本書は1993年12月15日を交渉期限としたウルグァイ・ラウンドの中の「日米コメ交渉」の内幕を新聞記者の目で再構成してみせた報告書である。日米コメ交渉は、多国間の国益を調整する多国間交渉の一部にすぎないが、100カ国が関係する交渉全体がまとまるか否かを決める要因でもあった。本書では、米国、日本、欧州の三極を中心に交渉の経過がまとめられているが、農業が各国の基幹産業である、その農産物の輸出入に関する国益の追求という交渉が生々しく描かれている。しかし、外交交渉はまさにバルカン政治の一面を有し、GIVE & TAKEと駆け引きの中で行われ、それが一般に公表されることは例外にすぎない。著者は関係者へのインタビューと米国の情報公開法により入手した情報を分析して本書を仕上げている。

この交渉時、米国は民主党クリントン政権が生まれて交渉の完結に意欲を示してゆく。日本では細川内閣がこれを担当した。結果としては、コメの関税化は回避したが、ミニマムアクセスとして外国産のコメを限定的に輸入するとう約束を受け入れた。将来への懸念事項として、妥協の産物として挿入された玉虫色の付帯条項が日本をどのように拘束するか考察している。

「細川内閣;url=http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%B4%B0%E5%B7%9D%E5%86%85%E9%96%A3;(最終更新 2011年5月22日 (日) 09:20 )」『フリー百科事典 ウィキペディア日本語版』(http://ja.wikipedia.org/)。の記事に「細川内閣(ほそかわないかく)とは、細川護煕が第79代内閣総理大臣に任命され、1993年(平成5年)8月9日から1994年(平成6年)4月28日まで続いた日本の内閣である。在任期間は263日間。非自民・非共産連立政権のこの内閣の発足により、1955年(昭和30年)の結党以来38年間政権を維持し続けた自由民主党は初めて野党に転落した。」

本書によると、このコメ解放の交渉過程や妥結内容等は一般国民の知るところではなく、政府が発表した調停案からも不都合な部分が削除され物議をかもした事が述べられている。連立政権にひびが入るのをおそれた結果不透明さが増したようだ。

著者が終わりにで述べている事で印象に残った部分を幾つか以下に引用する。
○「ウソをつく政治家や官僚は米国では最も軽蔑される。交渉の途中であるとか、結論を外部に言えない時は基本的に「ノーコメントを貫きとおすのが原則だ。」
○「細川首相以下、日本政府の関係者は実は微妙な言い回しを使っている。例えば、「現時点で合意などしていない。云々~。」などという言い方だ。そしてこれらの表現はきわめて厳密に考えれば実はそのとおりなのだ。」
○「だが、官僚の論理に即したこのような修辞は、国民をミスリードする以外の何物でもなかった」

何とも現政権の現実と似た部分が多いか。最後に、著者はこの「コメ解放」という重大ニュースをスクープ出来る最前線にいたがそれを取り逃がしたという苦い経験を語っている。しかし、当局が流すニュースの後追い程度の記事を書くことに甘んじることなく、取材活動を続けその失敗を元に重大ニュースが生まれる過程を検証してレポートにまとめた著者の記者魂に脱帽する以外にない。尚、日本が主張した食料安保に関する事項も合意案にあるとの事だ。また、1993年の冷害による予期せぬコメの輸入等本書から考えさせられる事は多い。

以下本題。

かみつけ女流歌人 雅:秋の蚊

歌題=秋の蚊:

■我が名呼ぶ 声に目覚むる 幾夜重ね このやうにして 馴れゆく独りに 13 飯塚 里美

夫との死別という現実を受容するにいたる心の波動をとらえている。