読みかじりの記:「日の丸 半導体は 死なず 黄金の80年代の復活か?」 泉谷 渉 著(2007年 株式会社 光文社)

2012年8月27日月曜日
昨日は晴れ。雑木の歌:電気料 防災の日が 値上げ日だ 死に体東電 腹黒反撃。最高気温(℃) 36.5 14:30 。相変わらずの猛暑日。苗に灌水。背が高いヒユや雑草を刈る。昼は宅内。スーパークールビズで扇風機無しで過ごす。先日も、そんなスタイルで古本を流し読み。読むと言うより、何か救いになる言葉を探しているが如きありさま。大企業の業績不振も社名を代えたり、リストラをすれば良いという風な、経営者の安直な行動に無性に腹が立つ。大企業と言えども、その創業時点は、創業者も従業員も出資者も同志的な理想で結ばれていたから、その後の成長が可能になったのではないか。創業の原点を見直せ。

2012年8月26日の天気(AMEDAS)

TAVE= 29.8
TMAX= 35.5 最高気温(℃) 36.5 14:30
TMIN= 24.7 最低気温(℃) 24.4 05:21
DIFF= 10.8
WMAX= 4.9 最大瞬間風速(m/s)(風向(16方位)) 8.6(東南東) 19:01
SUNS= 11.7
RAIN= 0

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「防災の日。http://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%98%B2%E7%81%BD%E3%81%AE%E6%97%A5(最終更新 2012年3月10日 (土) 17:23)」『フリー百科事典ウィキペディア日本語版』(http://ja.wikipedia.org/)。の記事に「「防災の日」は、1960年(昭和35年)に、内閣の閣議了解により制定された。9月1日の日付は、1923年(大正12年)9月1日に発生した関東大震災にちなんだものである。」とある。いよいよ、東京電力の電気料金の値上げが実施される。その実施日が何となく意味深長だ。値上げなど、きれいな言葉で取り繕うだけで良いのだ。東京電力には値上げの権利がある。そんな声が復活するような恐ろしさを予言する値上げだ。今後は消費税も値上げとなる。年金生活者には厳しくつらい未来しか見えない。

読みかじりの記:「日の丸 半導体は 死なず 黄金の80年代の復活か?」 泉谷 渉 著(2007年 株式会社 光文社)

本書が出版されてから既に5年経過している。この間の日本の状況を振り返ると、日本の基礎構造が音を立てて崩れて行く過程にあると痛感する。終戦後の十数年を除く、ここに至るまでの、昭和後半と平成前半の半世紀余が、「昭平元禄」時代のように思えてしまう。竜宮城へ行って、遊び惚けて、腹一杯うまい物を食べ、それではと、生まれ故郷へ帰ろうかとした時は、時既に遅かった。引き返すべき所を失っていたのではないか。

本書出版の年の出来事は、「2007年の日本。http://ja.wikipedia.org/wiki/2007%E5%B9%B4%E3%81%AE%E6%97%A5%E6%9C%AC=。」『フリー百科事典ウィキペディア日本語版』(http://ja.wikipedia.org/)。の記事を参照。

共同通信は、「2007年10大ニュース。http://www.kyodonews.jp/feature/top10/2007topnews.html
」として、「国内ニュース:【1位】参院選で自民党が歴史的惨敗、【2位】安倍首相が突然退陣。後任に福田氏、【3位】「消えた年金」で社保庁に怒り沸騰、【4位】防衛装備疑惑で守屋前防衛次官を逮捕、【5位】止まらぬ食品偽装 「食」の安全・信頼大きく揺らぐ、【6位】「政治とカネ」問題。松岡農相が自殺、【7位】能登、中越沖地震で原発の安全性に疑問、【8位】テロ特措法期限切れ。海自が撤収、【9位】憲法改正手続きを定めた国民投票法成立、【10位】伊藤一長長崎市長が射殺される」と報じた。

著者は、当時半導体の現場に30年という、キャリアをベースに、上記のような状況の中で、本書を出版したが、日本の半導体よ、「黄金の80年代の復活」も夢ではないぞと意気込み、エールを込めて本書を書いたように感じる。しかし、没落しつつある、日本の半導体産業に、幾重もの不安を抱いているのもよく分かる。言い換えれば、問題点は大筋分かるが、打つ手が見えないのだ。そういう点からは、著者が法学部政治学部出身という部分を表に出して、現実に切り込んでいたらと思う所もある。政治の無為無策も甚だしい。半導体ほど浮沈の激しい業界は、政治家にとって利権の対象にならないというような発想をうち砕いて貰いたいものだ。利権どころか、国家の存亡を左右する産業なのだ。原発のセールスマンよりトランジスタのセールスマンの方がよっぽど日本の精神を世界に高揚するのではないか。

振り返ると、半導体事業は、利益も大きいがリスクも更に大きいという、経営者にとっては、安心して御しがたい事業なのだ。それも、終戦後急激に立ち上がって来た、科学技術に立脚している事業分野だ。半導体という個体電子素子の重要性に気づいたのは米国である。戦前までは、電圧の増幅作用等を実現する能動素子は真空管が主力であり、真空管は機械的構造で、その能動機能を実現していた。また、金属を加熱して、熱電子を放出させるため、ヒーターが必要だった。構造が複雑で、信頼性が乏しかった。機械的な振動が大きいと使えないという事は、移動機器には致命的だ。動作をさせるための大型の電源や電池が必要になる。ノーベル賞に輝いたトランジスタの発明も、個体電子素子が必要だという背景を理解しないとその展開が見えてこない。

日本の半導体事業は、基本的には企業内の部品調達機能から大きく脱皮できず、世界を相手にした部品供給事業という経営視点が最初から無かったに等しい。一方、世界の半導体供給業者は、世界戦略を視野に入れ、事業展開をはかった。ほとんどが、半導体専業メーカーだから、その事業一本に全てを賭けた。そこに、経営判断や経営行動に差が出ない方がおかしいのだろう。半導体の設計、製造、販売も、色々な形態がとられ、リスク分散、利益確保のビジネススタイルも激変しつつ進歩した。日本の半導体がその流れに乗れなかった事を著者も指摘している。

今日の、携帯、スマホ等は移動用電子機器で、歴史的に見ると、まさに真空管の欠点を克服できたという技術的背景の上に成り立っている。また、米国では、トランジスタを民生用に使うという発想は少なく、先ず軍事用が優先したようだ。日本は、まだアメリカで、トランジスタの民生利用の重要さに気づかない時に、アメリカからトランジスタの技術導入できた所に、今日の半導体産業の原点があるだろう。

日本の大企業は、かなり広い分野の事業を抱えている。そういう、経営者の人材も、たたき上げ、調整型が多く、経営層まで上り詰めても、その地位に要求される職能を十分発揮できる保証もない。経営層に、具体的な職能すら定義されていない企業も多かったのではないか。既存の仕事を、得意な順や地位の順に分け合った程度ではないか。結局、リスクの大きい半導体事業に真剣に取り組む組織・体制づくりで日本は後発組に負けたのではないか。本書でも述べているように、経営者としては、いくつかの選択枝を持つわけだから、当面利益が出たり、問題がなさそうな事業を推進すると宣言するだけ、無事退職して、役員報酬を間違いなく貰う方が優先してしまうのではないか。当今の日本の経営者は、常に逃げの一手を考えている。背水の陣等は無関係なのだ。そのような、疫病は、日本のあらゆる組織に蔓延している。

半導体部門でいくら頑張っても、所詮総合企業の本流ではない。そんな体制で何ができるのだろうか。一時でも、企業の業績を引っ張った半導体部門の経営者が、企業のトップまで上り詰めた例が日本にはあっただろうか。失敗して、放り出された例は枚挙できないほどあるだろうが。そうう点では、アメリカ流の企業売却、分離独立等により、経営陣と経営環境を一新して、事業に挑戦させた方がより大きな成果がでるように思われる。

本書の出版以来、5年を経て、状況が大きく代わった。WEBで著者を検索したら、セミコンポータルに記事を見つけた。同サイトの「泉谷渉の視点 」は、「エルピーダ破綻に盛者必衰の理~88年「DRAM戦線は日本圧勝、世界シェア9割」
https://www.semiconportal.com/archive/blog/insiders/izumiya/120807-investment.html(2012年3月 5日)」というタイトルで、「~圧勝に圧勝を重ねたニッポン半導体の旗印であったDRAMは、23年の歳月を経てついにエルピーダ破綻というところに行き着いてしまった。~」と感慨深く述べている。

更に、同サイトで「日本の電機再編は意味あるか~ルネサス/NECエレの経営統合がもたらすもの~https://www.semiconportal.com/archive/blog/insiders/izumiya/nec-1.html?print
(2009年4月20日)」の記事に、「ところで、今回の経営統合劇を見て感じさせられたのは、日本の業界再編において、東芝と日立が組むと言うことは絶対にないということだ。同じくNECと富士通が組むこともあり得ない。さらに言えばソニーとパナソニックが連合軍を組むことは100年たってもないだろう。このことを前提に考えれば、日本の電機業界の再編は、すごく簡単な図式だと思えてならない。」と述べている。

半導体ビジネスで独走するためには、最先端技術、シェア、供給力、コストで第二位以下を寄せ付けなければよい。世界需要といえども、生産能力が上がれば、数社だけで間に合うのが現代だ。DRAMのような汎用品市場で生き残りを賭けて熾烈な勝負をするというモデルはすでに日本では破綻した。著者が提唱しているのは、その後の日本半導体ビジネスのあり方は、弱者連合のニッチビジネスのように見える。

日本経済新聞は、「ソニーとパナソニック、有機ELパネル共同開発で合意。http://www.nikkei.com/article/DGXNASFL250D6_V20C12A6000000/。;url=(2012/6/25 16:04 )」というタイトルで、「ソニーとパナソニックは25日、テレビや大型ディスプレー向けの有機EL(エレクトロ・ルミネッセンス)パネルとモジュールを共同で開発する契約を結んだと発表した。両社がそれぞれ得意とする技術を持ち寄り、開発期間を短縮しコストを削減する。高性能で安価な製品を開発し、有機ELで先行する韓国勢を追撃する構えだ。2013年末までに量産技術の確立を目指す。」と報じた。

歴史を振り返ると、マルチメディア、インターネット、パソコン云々と次々に新しい技術や企業が生まれてきたように見えるが、所詮テレビと電話と電卓の延長に過ぎなかった。スマートフォン云々と世間で騒がれているが、自分には電子手帳や携帯のあいの子程度にしか見えない。その分野を得意とした日本のメーカーが、ガラパゴス時代にあらゆる関連特許を押さえていたら、今左うちわだったのではないか。事業で真剣勝負する場面は、そのような便利で、使って楽しい現場にしかないのではないか。本書は、出版当時に日本の半導体に寄せる著者渾身のエールともとれる。

その数年後に、著者が、ほとんどあり得ない(ソニーとパナソニックが連合軍を組むこと)と述べた事態が、現実に起こっている。それも、永遠の映像商品のキーデバイスとなる表示デバイスの分野だ。この分野は、絶対に他社の傘下になるまいと面子をかけて開発し、その品質を守る努力もしてきた分野だ。万一、これが、苦し紛れに行われた見せかけだけの敗者連合で、さしたる成果が出ない結果に終われば、まさに日本に蔓延している疫病の深刻さをまざまざと見せつけてくれる事になるだろう。更に、両社にとって致命的な評価を受けかねない結果も招く可能性もある。もう後がない。水と油のような性格という両社の長所を生かし、日の丸会社PANYが生まれても少しもおかしくない段階まで来ているのか。