愛しき古里(大木の移植):鹿島町にあった「疣(いぼ)薬師とカヤの大木」。130109。

2013年1月9日水曜日
昨日は晴れ。ざっそう句:鮭カマを 買って大根 引く畑。赤蕪、山東菜、自働蒔き大根を収穫。スーパーで野菜の値段を見たら、この寒さのためか結構高かった。カセットテープの音源を音楽CDとして焼いた。卓上CDラジカセで動作を確認。ファイルサイズが数百Mbと大きい。チャチなCDラジカセで再生できるか気になる。8mm映画フィルムや8mmビデオテープを持っているが、再生装置が無いか、あっても動きそうにない。宝の持ち腐れが増えそうだ。

2013年1月8日の天気(AMEDAS)

TAVE= 3.1  
TMAX= 10.4 最高気温(℃) 10.6 15:19 
TMIN= -2.9 最低気温(℃) -3.4 06:08 
DIFF= 13.3  
WMAX= 3.9 最大瞬間風速(m/s)(風向(16方位)) 6.5(西) 02:43 
SUNS= 9  
RAIN= 0  

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愛しき古里(大木の移植):鹿島町にあった「疣(いぼ)薬師とカヤの大木」

昨年末に、赤城見台公園へ出かける機会があった。伊勢崎聖苑とそれに隣接する赤城見台公園の南側の樹木が多い区画に「疣(いぼ)薬師とカヤの大木」という説明板が立っていた。標識の指示の方向に向かうと大きなカヤの木とその根元に古びた石仏があった。このカヤの大木は、鹿島町から現地へ移植されたと説明板に記されている。

移植時に、板碑や五輪塔の破片が出土し、それから推測すると600年の歴史があるらしい。薬師さまに対する長い信仰があった事を石仏と大木という証拠物件が証明照明しているのだろう。「疣(いぼ)薬師」という石仏を見ると風化が進んでいて、説明板がなければその由来は分からないだろう。頭部がくぼんでいるのは何か意味があるのか気になる。薬師さまは、庶民の疫病・健康への不安・心配事を受け止めてくれる薬師如来信仰として、地域に広まっていたようだ。

「薬師如来。http://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%96%AC%E5%B8%AB%E5%A6%82%E6%9D%A5。(最終更新 2012年11月2日 (金) 13:18 )」『フリー百科事典ウィキペディア日本語版』(http://ja.wikipedia.org/)。の記事に、「像容 [編集]:像容は、立像・坐像ともにあり、印相は右手を施無畏(せむい)印、左手を与願印とし、左手に薬壺(やっこ)を持つのが通例である。ただし、日本での造像例を見ると、奈良・薬師寺金堂像、奈良・唐招提寺金堂像のように、古代の像では薬壷を持たないものも多い。これは、不空訳「薬師如来念誦儀軌」の伝来以降に薬壷を持つ像が造られるようになったと考えられている。単独像として祀られる場合と、日光菩薩・月光菩薩を脇侍とした薬師三尊像として安置される場合がある。また、眷属として十二神将像をともに安置することが多い。薬師如来の光背には、七体または六体、もしくは七体の同じ大きさの像容がある。これは七仏薬師といって薬師如来とその化身仏とされる。 薬師如来の縁日は毎月8日である。これは、薬師如来の徳を講讃する「薬師講」に由来すると考えられている。」とある。

大寺院の薬師如来像は立派なのが多いが、民間の薬師如来像は素朴そのままのようだ。そう言えば、同じ頃、近くの地蔵山で見た石仏も、石の塊のような風情であった(ツルよ 飛んでおくれ(愛しき古里):今も貴重な田園風景を残す地蔵山古墳周辺。http://af06.kazelog.jp/itoshikimono/2012/12/post-15e8.html。(2012年12月24日月曜日))。

「地蔵菩薩。http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%9C%B0%E8%94%B5%E8%8F%A9%E8%96%A9。(最終更新 2012年11月10日 (土) 06:41 )」『フリー百科事典ウィキペディア日本語版』(http://ja.wikipedia.org/)。の記事に、「地蔵菩薩 (じぞうぼさつ)、サンスクリット語クシティ・ガルバ(क्षितिघर्भ [kSiti gharbha])は、仏教の信仰対象である菩薩の一尊。クシティは「大地」、ガルバは「胎内」「子宮」の意味で、意訳して「地蔵」と言う。また持地、妙憧、無辺心とも訳される。三昧耶形如意宝珠と幢幡(竿の先に吹き流しを付けた荘厳具)、錫杖種子(種字)はカ (ha)。 大地が全ての命を育む力を蔵するように、苦悩の人々をその無限の大慈悲の心で包み込み、救う所から名付けられたとされる。一般的には「子供の守り神」として信じられており、よく子供が喜ぶお菓子が供えられている。 一般的に、親しみを込めて「お地蔵さん」、「お地蔵様」と呼ばれる。」とある。

大木が移植してまで残るには相当な理由があるはずだ。また、それを残そうとした人々が居たはずだ。その作業の大変さと費用の大きさを考えるだけで切り捨てご免の例が多いと思う。米粒らしい供え物があるのでまだ信仰が残っているようだ。霊験あらたかなご神木となると、切り捨てご免という気持ちも萎えてしまうのか。大木には長い風雪に耐えた威厳のような物を感じる。そのような風格が出るまで数百年かかるが、切るのは一日で終わる。切ってしまえば、その大木はオーラを発しなくなってしまう。

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追記(2018/07/15):タイトル文字を大きく修正。日付追加。ランキング:3位。「赤城見台公園へ出かける機会があった。」:ここに幾つもの古墳があるとは思わなかった。