芋縁起の雑煮

2008/12/28

芋縁起の雑煮

雑煮の種類、作り方は各地、各家庭で異なり興味深い。正月に食べるという事で、晴れ

着、普段着といような分類をすると晴れ着の方に属すようだ。具材も色々。縁起に従い雑煮

の具材を決めていることもある。あるとき、父が「うちの雑煮は芋縁起だ。」と言ったのを覚え

ている。なぜ、芋なのかその由来はつい聞き損ねた。調べてみると、頭芋(おかしらとして人

の上にたつ)、八頭(子芋がたくさん)という意味が芋にはありそうだ。芋を作るには種芋を越

冬させて翌年まで保存する必要がある。一株からは精々10個程度の芋しかとれず、余り効

率的な農業ではない。稲作の場合一粒から数百粒とれて、種子で保管できるので効率的で

ある。芋主体の文化圏では権力集中が起こりにくいというようなことを本で読んだ記憶があ

る。我が家も当年作った芋の一部を残して翌年植え付けてきたが、いつしか親芋がなくなっ

てしまい芋の作付けが途絶えてしまっている。終戦直後の食糧難のときは芋が大切な食材で

あった。ゆでた里芋にしょう油を付けて腹一杯食べた記憶がある。自分は「すべる芋」と言っ

て好物であったらしい。もっとも、育ち盛りで食べる物も芋くらいしかなければそれを食べるし

かなかった。結局、我が家の芋縁起とは、子沢山の子孫繁栄という意味もあったろうが、

それよりも、米が食えぬ時は芋を食ってでも生き抜けと教えていたのかもしれない。米は作っ

てもそれは、供出米として安い価格で買い取られ、日常は米選機下と言われる色の付いた

未熟粒を含む屑米が主食の時代があった。これが昔の農家の実状であった。純白のご飯は

ご馳走であった。昔の食生活はメタボからはほど遠かった。