アメリカの悲劇

2009/11/4

アメリカの悲劇

アメリカの持つ自由と富は日本人の羨望の的であったと思う。萩原朔太郎はふらんすへ行き

たしと思へどもふらんすはあまりに遠しせめては新しき背廣をきてきままなる旅にいでてみん

と歌ったとの事であるが、戦後の青少年にとってはアメリカほど輝かしい物はなかったと思

う。しかし、良いところだけでは無いだろうと思って手にしたのか、ドライザーのアメリカの悲劇

という小説をかじってみた。もう、中身は完全に忘れた。タイトルと著者となぜ読んだのか位し

か覚えていない。ネット検索で要約すると、貧困の中で育ってきた青年が上流社会の女性と

結婚するために自分の愛人を殺害して捕われ結局は破滅するに至るというのが筋書きであ

った。しかし、小説はこのように要約して示してくれない。読んだがそれだけで終わっていた。

自由ということは富があれえば貧があるのが当然という事かもしれない。貧を克服するのも

自由、貧に窮するのも自由。高校、大学その後の20代の頃に社会関係に興味があり、その

ころの読書であった。日本の社会も揺れていた。多分、リースマンの孤独な群衆という訳本も

手にした記憶がある。アメリカは自由の社会ではあるが、れきっとしたsocial ladder社会的

階段があるとも知った。下流社会から上流社会にはい上がるのは先ずそのsocial ladderに

ぶら下がらなければならない。日本は学歴社会だから云々と騒がれたが、アメリカでは

social ladderにぶら下った人にだけ学歴社会があったようだ。下流階層にとっては学歴どこ

ろではなかったということだろう。