2010/4/5
伏せ字
降りしきる雪ををかして来し患者つぐるはXXまぢかき兵X
昭和萬葉集3巻。二・二六事件 雪の日の区分にあった短歌である。当時、検閲があったこ
とはおぼろげながら知っていた。しかし、その実態を見たのはこの短歌であった。解説に、
「兵X=兵乱か。当時検閲をおそれて乱や革命などの字はXや○の伏せ字で印刷した。」とあ
り、ようやくこの短歌を理解する手がかりを得た。二・二六事件当日の事を歌にしてその数ヶ
月後に発表している。歌といえども思想の表明なのである。作者は医師であり、自分の患者
が今起こっている二・二六事件の様子をつげてくれた。解説は伏せ字のXXに言及していない
が、革命ととるべきなのか。しかし、短歌は先ず表現された姿から全体を読むべきなのかも
しれない。読者はXXまぢかき兵Xから想像をたくましくして作者のメッセージを読み解かねば
ならないのかもしれない。降りしきる雪の中を無理してでも医師の先生の元に来る患者は病
気の治療は二の次に事件の重大性を訴えているようにも思える。同じ集の別の歌で病院は
事件現場の間近にあるが、台風の目の中にいるような静けさの中にあると詠っている。ま
だ、このクーデターの行く先は分かっていない時の一首である。そういう意味でXXが不定方
程式の未知数のように読めてしまう。患者が「XXまぢかき兵X」とつげただけでは歌にはなら
ないと思われる。患者の行動に自分の心情を重ねて歌にしているのであろう。フロイトをかじ
って心理学的な検閲という概念がある事を知った。無意識のうちに抑圧してしまう思想もある
のだろう。当時は戦地に送る手紙等は当局の行う検閲を受けていたようだ。一般出版物等
の思想統一の為の検閲は最悪発禁に到る。そのような事態を避けるべく事前に自己検閲で
伏せ字にしたのであろうか。ともかく、そのようにして世に出た歌であろう。思うにこのクーデ
ターにはかない望みを託した人々も少なからずいたのではないか。