歴史の転換:がんばれ ふくしま! 脱原発

2011/6/18
昨日は雨後曇り。ミニプランターの苗移植。雨でミニプランターに雨水が溜まって水浸し。プランターの底に、灌水の手抜きのため栓をしていたのが原因。サンショウの緑枝差しは失敗しそうだ。下の方から枯れてきている。緑枝差しの季節なので他品種を挿し木してみた。ラジオで国会中継を聞くが、相変わらずほとんどがすれ違い。

昨日の天気

TAVE= 19.9
TMAX= 23.6
TMIN= 17.4
DIFF= 6.2
WMAX= 3.1
SUNS= 0.6
RAIN= 5

歴史の転換:がんばれ ふくしま! 脱原発

東京電力福島原発事故は、日本中に、更には世界中に、あの東北地方太平洋沖地震とそれに起因する大津波以上に大きな衝撃を与えているのではなか。そこには、見える物と見えない物に対する恐怖の違いがある。苦しみも、過ぎてしまった事といつ終わるか分からないという事という苦しみの感じ方と総量の違いがある。いつ終わるか分からないという事はまさに地獄の責め苦と同じで、その苦しみから容易に逃れられないという未来に対する苦しみも生まれる。人生を前向きに考えれば考えるほどその苦しみは大きくなるだろう。そういう苦しみが善良な人々を自殺にまで追い込んでいる。その自殺は人間不信への無言の抗議ではなかろうか。人間が信頼できれば、生きる勇気も、希望も断たれることはなかったのではないか。東北地方太平洋沖地震発生以来100日近くになるが、被災地だけでなく日本中が濃霧に覆われているようで、苦しみや不安が去らない。もはや、日本には神風は吹かない。自分から霧を取り払う。自立への一歩を踏み出す時なのかもしれない。自立とは先ず精神の自立から始まるのではないか。

福島民友ニュースは、「福島県 脱原発宣言;url=http://www.minyu-net.com/news/news/0616/news8.html(2011年6月16日 福島民友ニュース)」というタイトルで、「県の復興ビジョン検討委員会が15日、打ち出した「脱原発」の意思表示。東京電力福島第1原発事故で避難生活を強いられたり、風評被害など大きな影響を受けているだけに、県民からは評価する声が聞かれる。その一方で約40年にわたり“共存”してきた原発との「決別宣言」に複雑な思いを吐露する県民もいる。」と報じた。

福島県のホームページを探すと、震災・原発事故関係の暫定版と公式ホームページの二本立てになっていた。そこにあったのが、「がんばろう ふくしま!」というロゴマーク。さっそく、そのロゴマークを我がブログに張り付けた。その気持は、「がんばれ ふくしま!」である。

ところで、広辞苑によると、「頑張る」の本義は「我に張る」との事だ。「我を張る」という言葉は良く聞くが、余り良い印象を受けない。というのは、「我を張る」という場面には、その相手がいて、その相手に対して自己主張をすると言う意味なので、なあなあ社会では抵抗分子で、嫌われるという事なのだろう。一方、「我に張る」という言葉は今まで、聞いたことも使った事もなかった。「がんばれ」という言葉は相手にプレッシャーを与えるから無闇に使うなと大方の心優しい人々はおっしゃる。確かに、そういう側面はあるだろう。しかし、言動を通していい子になろうとする人々は多い。逆にそういう風潮に乗っていれば間違いないと便宜主義の人もいるだろう。ところで「我に張る」の「に」は方向を表す助詞で「我に」とは「自分の方に」という事だろう。「張」を漢字辞典で調べると、弦を長く張るという意味だそうだ。そうすることにより、弦はまさに緊張する。エネルギーを蓄えて、矢が飛び出す状態にするというのが「張る」の意味だろう。蓄えたエネルギーを外に向けるのか中に向けるのか。外に向ける時が「我を張る」ではないか。「我に張る」とは蓄えたエネルギーを自分に向ける事か。確かに、「頑張る」とは回りの事は気にせず、自分本位という意味が強い。和英で「頑張る」を引くと、「踏ん張る」hold out、hang onと出てきた。何か事を為すに、エネルギーを溜め、自分を緊張状態に追い込むというのが「我に張る」と解釈できる。「我に」⇒「頑」への転化は「我に張る」を更に「頑(かたくなに)」という漢字に置き換えて意味を強化したものだろう。そう、考えると「頑張る」という言葉には罪はないと思われる。自分から頑張ると言い出すことにより、目標がはっきりして、その課題に対する緊張感が高まり、物事を達成できる心理的な心構えができるのだ。

「がんばろう ふくしま!」という言葉は、やはり「我に張る」という意味で、自分の足元を見つめ、緊張感を持って課題に取り組むという福島県・福島県民の意思表明なのであろう。

以下本題。

かみつけ女流歌人 雅:私の心の散歩

歌題=私の心の散歩:

■おだやかな 水面に淡き 色残し 形かえつつ 花筏ながる 73 手塚 光子

ゆったりと流れる花筏とそれをじっと見つめる作者、動中静ありの心境を感じる。