読みかじりの記:グーグル Google 既存のビジネスを破壊する 佐々木俊尚 著 (2006年 株式会社 文藝春秋)

2011/6/14
昨日は曇り。雨は未明に降ったようだ。草むしりとミニトマトの支柱。雨が降ると草の伸びが早い。竹やぶへ行ってみるとタケノコが出ていた。マダケなのでモウソウ竹より出るのが遅い。雨後のタケノコというように、1m位伸びているのもあった。数本収穫。竹も処置に困っているが、ともかく一年一回の有り難さもある。

昨日の天気

TAVE= 22.8
TMAX= 26.7
TMIN= 19.5
DIFF= 7.2
WMAX= 3.5
SUNS= 2.3
RAIN= 6.5

読みかじりの記:グーグル Google 既存のビジネスを破壊する 佐々木俊尚 著 (2006年 株式会社 文藝春秋)

文藝春秋の「藝」という漢字を入力するのに手間取る。そんな場合、NET検索をかけてそこからコピペする場合がある。確かに、NETは便利である。かつて、日本発の検索エンジンもあったようだが、現在はGoogleが一人勝ちの状況ではないか。本書によるとGoogleが生まれたのが1998年との事だ。人間で言えば今は中学生の年頃だろう。WIN98というOSを思い出す。自分がNETを本格的に使い始めたのもWIN98のころからだろう。GoogleがIT技術の成長と共に成長したように見える。本書を読んでGoogleの収益構造か広告にある事が理解できた。しかし、その広告費は最終的には広告を出す企業の広告費として、消費者等のサービスを受ける側に転化される。

本書の前半はGoogleのビジネスの分析・紹介であるが、後半はGoogleの目指すビジネスについて述べている。大抵、未来論はバラ色なのだが、最近は未来論自体が流行らず、あえて未来論になると灰色にならざるをえないような傾向が見える。Googleの計画は情報化出来るものは全て情報化して支配下に納めるという遠大なものようだ。確かに1テラバイトのHDDが1万円の時代になり、だれも拾わない1円で数メガバイトの情報を保存できる。やはり、このような技術とその動向を確実に自分の物にして行かないとビジネスとして成立しないのが現代なのかも知れない。Googleの検索技術は相当優れているという情報はあるがその実態は不明である。

ただ、コンピュータも汎用品を使い、ハードよりソフトで勝負しているようだ。ソフトで一番重要なのがコンセプト。これこれのハードとインフラがあれば、こういう仕事ができるという発想をして、それをベンチャーから立ち上げる。そういう点では、日本はまだ立ち後れているように見える。本書はライブドア事件の強制捜査を見ながら2006年に脱稿されたとあとがきにある。最近ソニーの顧客情報流出の問題があった。これもNET社会の負の一面かもしれないが、NETは単なる電力網として電力だけを通す媒体ではなく、情報を通す媒体・インフラである点が重要だ。インターネットも草の根的な善意を前提の広がってきた歴史がある。このインターネットに流れる情報に色を付けたり、情報を選択するフィルタリングや情報のゲートを設ける事は許されるのかという問題がGoogleの中国からの撤退問題で話題になった事がある。神となった巨人は表から見えない裏の帝国を支配するのか。情報の操作という未来を考えると灰色や暗いイメージが浮かんでしまう。

ともかく現在は多数の同類企業が地球上に共存できないほど地球や市場が小さくなってしまった。事実上の独占が常態になりやすい。そこに何が生じるのかはなかなか見えないが、その現実からは逃れられない。日本のヤフーがGoogleと提携しGoogleの検索エンジンに切り替えたのが今年の事だったと思う。日本は既にこの分野から撤退したのか。ともかく、色々な検索エンジンがあった方が利用する立場からは有り難い。自分が興味があるのが、コンピュータによる自動情報解析。Googleサイトは多国語に対応。翻訳等も可能だ。こうなると言葉自体も支配されそうな気配がしてしまう。Googleのサイトをて取り交わされる情報は全てGoogleのコンピュータに吸い取られるのではないか。

以下本題。

かみつけ女流歌人 雅:遺跡巡り

歌題=遺跡巡り:

■歩みこし 五十余年を 共に生きて 夢の如くに 去りしよ夫は 46 重田 よね子

夫と苦楽を共にしてきた人生を回顧し、夫の死もまだ夢の如くであると詠った。