読みかじりの記:(歌集)ホロンバイルの青   高橋素子著 (2008年 角川書店)

2011/6/9
昨日は雲が浮かんでいたが日射があった。数日前、頭上をジェット機が飛んだ。一瞬そのジェット機の作る陰が自分のいる畑を横切って行った。人生初めての経験だ。このような一瞬が人生の明暗を決めているのかもしれない。ハナダイコンの種を採取した。昨年、手抜き雑草対策で公共スペースにハナダイコンの苗を植えたが、今年はその場所に生えなかった。もう一度種子でチャレンジする。周辺が人家なので除草剤も刈払機も使いたくない。ヤグルマギクは咲いた。ユリは茎が伸びている。

昨日の天気

TAVE= 20.9
TMAX= 26
TMIN= 16.4
DIFF= 9.6
WMAX= 3.3
SUNS= 3.1
RAIN= 0

読みかじりの記:(歌集)ホロンバイルの青   高橋素子著 (2008年 角川書店)

「ホロンバイル」という地名が目に飛び込んできて手にした歌集であった。この本も、20才台の父がノモンハンでの戦争に従事していた時の姿を想像してみるための読書の旅の一つだ。後書きに著者は、「呼倫貝爾(ホロンバイル)は、中国の内モンゴル自治区のロシアと国境を接する草原地帯のことです。海拉爾(ハイラル)市はその中心の街で、現在は呼倫貝爾(ホロンバイル)市と名前を変えています。日ソ開戦の日、私たちはこの街から脱出したのでした。近年再訪した時は夏でした。草原の上の真っ青な星空。その感動から歌集のタイトルをとりました。」と記している。当時、父が青年兵士で作者は少女という年回りであろう。何事もじっくりやるのも一つの方法。ざっと見渡して最初に目に付くものからやるのがその対極にある。本に関してはツンドクよりましだとおもう。本にも一期一会がある。(引用の歌は順不同)

■輝きて枯葉を降らす大欅無いものねだりの我を卑しむ

第一章の中の一首である。また第二章に以下の一首がある。

■惜しみなく与える者になれという落ち葉積む道ゆっくり歩む

本の中では離れているページにある歌だが、作品をつなげて読むと作者の人生に対する姿が浮かんでくる。「輝きて枯葉を降らす」という中に「惜しみなく与える」という意味を盛り込んでいる。「無いものねだり」でその意味が解けてくる。

■今日限り職を退きゆく老医師の白衣の背(せな)に深く礼する

人生の一場面を読んだ歌だが、老医師の人生そのものを詠っているような印象すら受ける。

■歌になる言葉の回路ロックされ強制終了せよと声する

元回路屋なのですぐに「回路」が目に付いた。回路とは高度に抽象的な概念でもある。作者の頭のなかでぐるぐると回り続けていた言葉は何であったか。「強制終了」もフリーズしたパソコンに言うことを聞かせる最後の手段だ。作者はパソコンを使っているのかなと連想させる用語だ。

■語ること少なかりしよ苦学せし父の青春アメリカの日々
■身のうちの灯ひとつずつ消しゆくか言葉少なになりたる母は

父母や家族は歌の永遠のテーマではあるが、その心象を残す事が難しい。父の記憶の中に作者の歩んだ軌跡が投影されてくるようだ。母を詠った歌には生命の実相と母にたいする憐憫の情を感じる。

■ざわめきを分けて入り来る特急よバッタの貌して額光らせて

表現の遊び、こころのゆとりを感じさせる歌だ。平和の有り難さ。

■花束は持ちにくきものされど佳き退きゆく身とて華のある身

仕事を勤め上げ感謝され惜しまれて退けるのも人徳という以外にないだろう。有終の美は自分自身誇りにしてもよいのだ。

■麻酔なく切断する兵隊の足を持つ役たりと女学生記す

「沖縄」という歌題の中の一首。作者もそのような女学生になる年齢に近かっただろう。作者の色々な歌をつはげてみると、作者は医療関係の職場にいたようだ。そいうい目でこの歌を読み直すと単なる事実を詠っているのではないように思える。戦時中は従軍看護婦で、戦後も病院で看護婦をした人があるそうだが、その貴重な体験は何らかの形で残っているのだろうか。

■水筒はとうに空っぽ「おぶーほしい」と泣きし妹と草原逃げて

歌題「忘れてならじ」の中の一首。五木寛之だったか。敗戦で満州から引き上げるとき、軍属は現地一般日本国民には敗戦の詳細を知らせず、必ず迎えに来る冷静にして迎えを待つようにと言いつつ、率先して退却していったと怒りを込めたように述べていたのを思い出す。まさに福島原発事故の避難民も同じ事態に直面させられた。作者のホロンバイルの記憶は辛いものだたろうが、幼少時を過ごした故郷で、懐かしく愛しいものでもあったろう。戦地からの民間人の引き上げには、また多くのドラマがあった。作者は、妹をホロンバイルで亡くしたようだ。作者自身、戦争孤児になったかもしれないという歌も詠んでいる。

■王(わん)さんに貰われたかも知れなかった避難民の日の痩せた子わたし

本書には関連の歌や最近訪問した時の歌も多く収録されている。その部分は後でじっくり味わってみたい。自分の父もノモンハン事件でハイラルに入った。ひょっとすると作者と自分の父はホロンバイルの意外に近いところまで接近し、同じ草原や星空を眺めていたこともあったのかもしれない。

以下本題。

かみつけ女流歌人 雅:「娘をまた夫を」

歌題=「娘をまた夫を」:

■失ひし 命尊く 黄の蝶の 土に動かぬを 花に寄らしむ 98 漏田 サカヱ

亡くした娘と夫の尊い命を思うと、地上に動けなくなった蝶の命さえ尊と詠っている。