ハトよ 鳴いておくれ:愛しき古里:いせさき街角文庫をあちこちに発見!

2014年3月8日(土)
昨日は晴れ時々曇り。最高気温(℃) 8.1 13:41。最低気温(℃) -2.1 06:23。ざっそう句:一太郎 最新版も 賢そう。宅内閑居。部屋の整理。思い立ったが吉日。目的を部屋の整理に切り替えた。ついでにMSIMEを追い出した。MSIMEを使っていると頭がくらくらして精神状態も悪くなりそうで、最新版のATOKを導入。思い切って一太郎を購入した。最新の一太郎ならワードのDOCXも読めるかもしれない。いつか機会があれば確認したい。最新のATOKを使って見ると、何とMSIMEの登録辞書も引き継いでくれているようで、うれしい誤算だ。もともとATOKの登録辞書をMSIMEに導入したのだが、MSIMEは自己流で辞書を解釈していたのかも知れない。変換のアルゴリズムが違うのでMSIMEにとってATOK辞書は最適化されていないのは当然だと思うが、ようやくMSIMEの呪縛から逃れられそうだ。

2014年3月7日の天気(AMEDAS)

TAVE= 2.4 NO DATA
TMAX= 6.4 最高気温(℃) 8.1 13:41
TMIN= -1.2 最低気温(℃) -2.1 06:23
DIFF= 7.6
WMAX= 6 最大瞬間風速(m/s)(風向(16方位)) 12.3(北北西) 14:33
SUNS= 6.5 NO DATA
RAIN= 0 NO DATA

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ハトよ 鳴いておくれ:愛しき古里:いせさき街角文庫をあちこちに発見!

最近、伊勢崎市内の要所で「いせさき街角文庫」に出会っている。かつて伊勢崎の街角には顔馴染みの書店がいくつかあった。少年時代はマンガ本に熱中した。それをどこで買ったかは覚えていない。友達から借りたものもあったと思う。中学時代頃までは、本は地域の書店で買っていた。多分、学習や受験参考書が多かったと思う。社会人になってからは、ある程度ユトリができてきたので自分の関心がある分野の本を買った。

その後、読書人口が減ったのか、街角から書店が消えて行った。代わって、大きいデパート等に大型の書店が入ってきた。この流れは、個人の店が大型量販店に駆逐されて行くの同じ傾向のようだ。最近では、コンビニでも週刊誌や雑誌は買えるが、一般書がコンビニの店頭に並ぶかわからない。最近駅周辺を巡ったら、昔からあった書店が、新しい書店に衣替えしていたので、つい入って見たい気がした。

自分にとって、伊勢崎駅は老人モードの移動ではいつも厄介なる場所だ。そこで見つけたのが「いせさき街角文庫」なのだ。ここでは、一般書にも出会える。気に入った本は持ち帰り自由、即ち返却不要という点がユニークだ。自分も数冊拝借している。見方によれば、街角文庫は書店と同等以上の役割を果たしてくれるのではないか。

Iob_isesakimachikadobunko_2004

伊勢崎と言えば文化の香りを感じる事はほとんど無かった。ある時、何かの縁で境の人と話をした事がある。境には、むかし鈴木広川という学者がいて、牛を使って畑で仕事をしている間にも読書をしていたので、牛が自宅に逃げ帰っていたというような話を聞いた事がある。残念だが細かい内容はすっかり忘れている。鈴木広川とはそれほど読書が好きな学者だったという事だと思った。その人は、既に故人であるが、つい最近までそのような逸話が伝わっていたようだ。この話を聞いて、地域の歴史・文化をほとんど知らない事に気付かされた。

WEB情報(http://kotobank.jp/word/%E9%88%B4%E6%9C%A8%E5%BA%83%E5%B7%9D)では、「鈴木広川 すずき-こうせん :1780-1838 江戸時代後期の儒者。安永9年生まれ。上野(こうずけ)佐位郡保泉(ほずみ)村(群馬県境町)の名主。独学で荻生徂徠(おぎゅう-そらい)派,ついで山崎闇斎(あんさい)派の学をおさめ,詩文もよくした。門人に金井烏洲(うしゅう)らがいる。天保(てんぽう)9年死去。59歳。名は惟親。字(あざな)は克敬。通称は四九郎。別号に漂麦園(ひょうばくえん)。著作に「漂麦園自詠」「凶荒歌」など。」

以前、境町の街歩きに参加した事がある。その時、東武線境駅にふらりと入ると、その一角にステーション文庫と表示された書棚があった。その写真のタイムスタンプを見ると2010年末頃のものらしい。その時の印象は、境町(旧)は面白い事をやっているなという印象を持った。来たついでに写真でもとって置こうとなったらしい。

伊勢崎市のホームページによると、『「いせさき街角文庫」がスタートしました 平成22年度;http://www.city.isesaki.lg.jp/www/contents/1352266355239/index.html(2013年2月1日更新)」というタイトルで、「平成22年10月1日、「いせさき街角文庫」がスタート。皆さんにいつでも、どこでも、気軽に本を手にとってもらえるように、図書館の古くなったリサイクル本を商店や駅、病院などに設置しました。』と報じている。

東武線境駅のステーション文庫を見たのと「いせさき街角文庫」が発足したのはほぼ同じ時期のようだ。境町は優れた文化を持っているが、いままでそれを持て余しているようにも見えた。自分が、鈴木広川という人物を知ったのも、境の人からだった。金井烏洲が鈴木広川の門人であったとは、今知ったばかりだ。島村の田島弥平も境の文化圏の人物だろう。東武線境駅のステーション文庫を見た時はともかく何か新鮮さを覚えた。

サイト内でキーワード「金井烏洲OR金井之恭OR楫取素彦」を検索(https://www.google.com/?hl=ja#hl=ja&q=%E9%87%91%E4%BA%95%E7%83%8F%E6%B4%B2OR%E9%87%91%E4%BA%95%E4%B9%8B%E6%81%ADOR%E6%A5%AB%E5%8F%96%E7%B4%A0%E5%BD%A6%E3%80%80site%3Ahttp%3A%2F%2Faf06.kazelog.jp%2Fitoshikimono%2F)。

鈴木広川のDNAは金井烏洲⇒金井之恭⇒etcと今日まで伝えられているのだろう。読書は、本人が興味と関心を持っている時にできれば、最高の効果が上がるのだろう。いせさき街角文庫で本を読み出した子供達が面白くて家に帰るのを忘れてしまう事も無きにしもあらずではないか。伊勢崎市は来年合併10周年を迎える。富岡製糸場と絹産業遺産群がユネスコ世界遺産に指定されると、旧境地区の人々もようやく自分達の文化に自信を持てるようになるだろう。それは他の地区も同様だろう。これから、お互い地区毎が切磋琢磨するという合併効果が続々現れてきて、あちこちの「いせさき街角文庫」を読んだ読者から、第二、第三の鈴木広川が生まれるかもしれない。

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