2009/1/24
失われた形見の腕時計
明治という時代は江戸時代と比べると何となく明るい印象を受ける。文明開化で新しい価値
観が生まれてきたので親近感もある。遠縁にアメリカのおじさんと呼んでいる人がいた。明治
の中期頃師範学校に学び、そこで女子師範の学生と恋仲になったが、彼女は若くして亡くな
ってしまう。思いあまって、大志を抱いて渡米する。その地で、同じく志を抱いて渡米した女性
と巡り会い結婚して二女をもうけた。長い滞米期間を経て帰国。その時家族へのおみやげに
腕時計を買ってきてくれた。父はそれを親から貰い受け、形見の品として身につけて兵隊に
出た。ノモンハンであった。戦闘で窮地に陥って持ち物は全て地中に埋めて隠せという命令
が出された。形見の腕時計もやむなく埋めたとのことだ。戦況が変わり、埋めた現場には二
度と帰れなかった。ともかく戦死せずに帰れたのでこの話が残った。父は戦闘の事をほとん
ど子供達に語らなかった。少し語ったかもしれないが聞きそびれていたのかも知れない。銃
弾が音を立てて飛び交ったというような事は聞いたが...。大便・小便がすぐにコチコチに
固くなる事などは面白そうに話したことの記憶の方が強い。身につけた持ち物まで全て置き
去って逃げざるを得なかったのはどんな状況であったのか。今なお、この腕時計は地中に眠
っているのであろうか。