2009/3/31
吉本花月の見物
大阪駐在が終わるのが丁度学校の夏休みと重なった。子供達を大阪に呼んで家族団欒の
一時を楽しんだ。大阪と言えば何がよいか迷った。自分が良く通ったのが日本橋の電気街で
あったが、ここは遠慮した。電気街のカレー屋さんは皿に飯を盛る時はかりではかっていた
よというのが土産話になっていた。何度も通ううちに全体の姿が見えてくるのは何事にも通じ
る事であろう。当時の事で吉本花月を第一候補として出かけた。子供達がお笑いをどのよう
に感じていたか分からないが、全員お上りさんで気分で入場した。演目を目当てに入ったの
ではなかったので、若い無名の漫才コンビが笑いをとろうと必死に演じていたのに出くわし
た。芸人の世界は厳しいのだと言ったかどうか。ともかく、大阪漫才の根性の一端を見させて
もらった。笑わせてなんぼやねんという言葉が聞こえてくるような気がする。あの、シュンとし
て誰も笑わない場面から、少し笑いがとれたという段階を経て、芸人も成長するのであろう。
幸いその漫才コンビの名前は最初から覚えていない。子供達が本当に楽しんだのはアメリカ
村の方だったようだ。当時はアメリカ村も流行の先端にあり、買いたい物がたくさんあり、あ
ちこち回り、迷子になりそうになった。