戦後の共同風呂

2009/5/14

戦後の共同風呂

終戦後の一時期、町内の数カ所に共同風呂があった。どういう経緯で作られたのか改めて

調べたわけでもない。その周辺を遊び場にしていた。終戦後で、物資が乏しく農村地帯で仕

事後に風呂を沸かして入るのも大変なので外風呂があれば便利だという事になったのだろう

と推量する。その風呂に入った事は覚えていない。自宅の風呂当番で水くみをした事も覚え

ているので共同風呂が利用された期間は余り長くはなかったようだ。結局無いよりましだとい

う判断で作られたのだろう。若いご婦人方は恥ずかしい思いをしたらしい。その後内風呂が

普及して共同風呂の必要性も無くなったのだろう。当時、水道も無かったので井戸を掘った

のであろうか。湯を沸かしたのは電力であったのだろうか。いくつか知りたいことが出てくる。

ともかく、町内や隣組は何らかの協力が必要だ。生活や経済が豊でなければその協力も有

難味が大きくなる。従って、共同風呂があったという事は地域の人々が生活水準の向上のた

めに協力したという歴史を示していることになる。既に施設そのものは跡形もなくなっている。

ひょっとするとこういう施設をつくるのに行政の指導や補助があったのかもしれない。