2009/6/11
ネッシー
一時、ネス湖に棲息するネッシーが話題になった。UFOの様な未確認の怪獣であった。正体
がはっきりしない写真が存在して、それを見たという人が存在し、それをもてはやす人が存在
する。ある日、そのような現象の仕掛け人が、自分がやったと告白する。すると、そのような
話題も収縮する。そのネッシーにあやかって、色々な怪獣が仕掛けられたようだ。我々二人
が、九州旅行で池田湖に行ったときは、そこにイッシーという怪獣がいるらしいという話題が
あった。他愛の無い悪のりであったのだろうか。もう三十年位以前の事になろうか。これもい
つしか収縮して、かろうじて記憶の片隅に残っているような昔話になってしまったようだ。とも
かく、人間は無い物を見たいと思うと共にある物も見まいとする何ともあまのじゃく的性質をも
っているようだ。これを一概に、正しい叉は正しくないと断罪できないところに真の人間らしさ
があるのだろうか。確かに、全てを隈無く見通す神が存在すればえん罪も生じないのではな
いかとも思う。しかし、たとえそのような神がいたとしても、人間が神でない限り全知全能はあ
りえない。このような人間の能力の限界をついて、小から大まで、次から次へと、あらゆる偽
装が横行する。かかる怪しい情報が充満している社会になって、かってのネッシーやイッシー
のようなあやしそうではあった由緒ある怪獣さえも生存できなくなってしまったようである。ネッ
シーにだまされてもお笑いで済むが、目先の生身の人間にだまされると最も重大な人間不信
に陥る。