2010/1/31
クレーム
人生到る所クレームあり。解決すべき深刻な問題がクレームとして現れる。個人対個人の問
題と企業対企業の場合は様相が異なるだろう。自分も勤め人という立場で色々なクレームに
直面した。開発部門で主任の頃、いくつかのクレームが起きた。その時、上司はクレームは
自分の仕事だ、諸君は開発に専念してくれと言われて、顧客との交渉の前面に立ってくれ
た。今振り返ると人生、色々な局面を見てきたベテランとして、対外的な交渉事もぬかりなく
対応できるという自信を持った上での言葉であったように思う。開発部門としてはクレームに
恐々としていてはチャレンジ精神が萎えてしまい、結果的には斬新な新製品は生まれなくな
ってしまう。逆に、一種クレームという見えざる恐怖を取り払われて、リスクのある新しい仕事
にはチャレンジ出来ないという口実は無くなってしまったのかもしれない。しかし、品質保証部
門の仕事となると大変である。日々がクレームとの対決である。かつての自分の上司が品質
保証部門へ転出してその一部門を担当する事になった。他部門から開発部門へ異動してき
て、自分の上司になってからである。集積回路の事は良く知らない。そんな者には開発部門
の長はつとまらないので、自分にも一つ集積回路を開発させて欲しいという事になった。元々
回路屋なので回路の基本的な心得は整っている。そうして、旧部門に関係する小規模の集
積回路一機種を開発した。実務では部下と上司が逆転していたが、そんなことより開発部門
の仕事を理解する事が開発部門を引っ張って行くために必要だと確信してそういう事になっ
た。自分も実務では上司を指導するという希有の体験をさせて頂いた。そうして品質保証部
門では日々クレームと対決された。顧客との折衝でも本音はズバリと言う。しかし、相手はさ
すがと一目置いたようだ。顧客から厳しいことを言われてもおじけず、時に厳しいことも言い
返すと言った嘘をつかない言行一致に顧客だけでなく関係者も感服していたようだ。その背
後には役職者であっても口先だけでカバーせずに現場の技術を体得しようする技術者魂が
あったから自ずとそれが相手に伝わったのではないか。要するに立場上のおざなりな対応を
するだけでは、クレームを持つ者はその心理を見抜いてしまう。しかし、技術者としてぎりぎり
まで誠意ある対応をしてもらえる場合は、クレームを持つ者にも信頼と期待感が生まれるの
であろう。クレームには自分にはどうにもできないという苛立ちが伴うものだ。それが、一つ
前進に向かうだけでも心理的には楽になる時もある。クレームには言う立場の者にも言われ
る立場に者にも人間性を鍛えるという側面があるように思える。