06A1_波志江沼環境ふれあい公園

波志江沼環境ふれあい公園
HASHIE-POND NATURAL ENVIRONMENT AND COMUNICATION PARK

この記事は改善をすれば更に良くなる、良くして欲しいという期待を込めて書いており、単に見苦しい点を指摘するものではない。名は体を表すと言われるが、その名に含まれる「波志江」、「環境」、「ふれあい」というキーワードにはそれぞれ深い意味があるだろう。波志江沼環境ふれあい公園はこの三つのキーワードと公園という万人に開かれた憩いの機能を有機的に高いレベルで統合して、市民や市外から訪れる人々を暖かく迎える公園になってほしい。そうして、前途は多難であるが伊勢崎市民の心意気を全国・世界に発信する公園になって欲しい。それだけの、資質、立地等を十分に備えている。そのためには波志江沼環境ふれあい公園が持つ価値を発見し、それを高めて行く必要があるだろう。尚、波志江沼環境ふれあい公園の整備の経過を理解する参考として市が配布した資料を引用している。

追記(2010/10/29):(3)で述べた最近の姿のその後を確認した(本文中に追記した。)。改善されている部分もあるが、放任すれば同じ事の繰り返しとなる類の事が多いので、手放しでは喜べない。10年~20年後に「環境」をなのるのに相応しい公園作りを今から意識して初めてもらいたい。その最大の条件は累積経費を最小にする事である。

(1)波志江沼環境ふれあい公園の立地と意義

波志江沼環境ふれあい公園が市民生活において、歴史的、文化的、経済的等多くの側面から考えて、市民にとって重要な位置にある事は疑いないと思われる。とくに、市民が地域産業の起爆剤として、国に対する長期間の運動により実現した北関東自動車道と上武国道等が収斂する交通の要衝に位置して、伊勢崎市の交通インフラの心臓部に位置する事は、何事をおいても重視する必要があろう。そのような、重要な公園が、緑化フェアという大きなイベントが終わり、人影もまばらになり、廃墟のようになってしまうのは、誰の目から見ても残念であろう。2011年に迎える群馬デスティネーションキャンペーンでもその玄関・顔にあたる公園だと思う。この地位は今後とも変えようにも変えられない。

この公園が整備された経緯から、今後大幅な整備予算が確保されるか定かではない。しかし、波志江沼環境ふれあい公園という理想的な名称を持った環境の世紀を象徴する公園でもある。少しの予算であっても、その理想を忘れず改善の行動を続ければ、少しずつ理想は実現してゆくのではないか。少子高齢化社会は公園整備に金をかけるゆとりを徐々に奪ってゆくだろう。そのまま放置すれば廃墟化が確実に進んでしまうかもしれない。現在はその廃墟化をくい止めるために第一歩を踏み出す時ではないか。

(2)気付かない景観の価値

伊勢崎市によると市内には大小21の池沼があるという。中でも波志江沼は筆頭格であろう。

平成17年1月1日に、旧伊勢崎市、佐波郡赤堀町・東村・境町の1市2町1村が合併し、人口
が20万人以上となり、平成19年4月1日に特例市に移行し現在の伊勢崎市となった。

波志江沼は古くから灌漑用の沼として地域の農業に大きく貢献してきたが、大正用水の供用が始まると共にため池としての機能は減少したようだ。このため池の水で鯉の養殖も行われたようで現在でも沼の南に鯉の給餌施設(http://af06.kazelog.jp/photos/phot2/photo.html参照)が残っている。沼の南には波志江沼の歴史を説明した表示板もあり、これは沼を理解する良い資料であろう。更には、波志江沼環境ふれあい公園がどのようなコンセプトの公園なのかという解説も欲しいところだ。沼の堰堤には桜の大きな古木が並んでおり、昔から公園として地域の人々に親しまれてきたようだ。

波志江沼環境ふれあい公園という正式名の本で、公園としての整備が進められてきたようだが、いつしかその名称の上に合併記念公園という名前を被せ、整備のピッチが早まった。その最大の目玉が大観覧車の新設であった。合併記念という帽子は今から考えると合併特例債を引き出すための仕掛けに過ぎなかったようだ。

波志江沼環境ふれあい公園という正式名称の中の「沼環境ふれあい」というキーワードにはその公園のあるべき姿を託しているように感じる。ところが、その公園に合併記念という帽子を被せたとたんにそのコンセプトはどこかに飛び散ってしまったようだ。

沼に園路橋をかける計画にも是非の議論があったがようだが、これが沼の広さという環境や景観の破壊につながる事は目に見えていたのに、結果としては計画通り大金を投じて施行された。波志江沼をよく知る人から聞いた話だが、園路橋が出来る前には、絵画や写真の愛好家がその風景を目当てに多く来ていたが、その後はさっぱり姿を見ないそうだ。愛好家にとっては園路橋は障害物以外の何物でもなかったようだ。

上沼も下沼同様に整備する計画だったようだが、現在も余り整備が進んでいるように思われない。しかし、地域の原風景は上沼の方により多く保たれているようにも感じる。ともかく、大観覧車や遊具の設置が無かっただけ、まだ「沼環境ふれあい」という要素は失っていないのは幸運なのかもしれない。

大金を投資してもそれを有効活用しないと意味がない。この公園を市民が満足できる水準に維持管理するだけでも、継続した資金の注入が必要だ。植栽についても造園業者の為に仕事を作ってやるようなデザインに見えてしまう。樹種の選定、グランドカバーの活用等を十分検討して、景観にも優れ維持経費の少ない公園への体質改善が必要と思われる。

最近、所用の帰りに波志江沼環境ふれあい公園の沼を一周して見たが、余り手入れされていない様子で、放置すれば廃墟のようになりかねないと心配した。ともかく、どこにいても、沼の対岸を見渡せるように樹木やグランドカバーの配置デザインを変えない限り、沼の景観的な価値は生きてこないだろう。

一番残念なのが、沼のほぼ全体がフェンスで囲まれていたり、植栽で沼と対岸の視野が遮断されている事である。そのフェンスは知らず知らずのうちに、来園者に圧迫感を与えているようだ。背が低い幼児にとって檻に入れられたような景観イメージが頭の中に刷り込まれては大変だ。愛郷心など生まれないだろう。これも対岸まで目障りなく見渡して沼の広さを感じ、ひいてはストレスを解放させる為には非常に無粋な付帯施設ではある。

こういうフェンスの設計は、別の公園の近くを流れる粕川で学童が溺死した事故で、市が損害賠償を求める訴訟を起こされた事件も影響しているのかもしれないが、広い沼の景観が楽しめるように何とか良い対策を考えて頂きたいところだ。これだけがっちりフェンスで囲めば安心と判断したのか分からないが、沼への転落を警告する看板や表示には出合わなかった。設置してないとなれば片手落ちと言われても仕方ないだろう。

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追記(2010/10/29):今回下沼を一周したところ、水辺近くに上の写真のような看板が出ていた。前回は見落としていたのだろうか。ただし、この看板が誰に訴えているのか判然としないので、更なる工夫が必要だろう。公園としては年齢制限が無いのだから、文字が読めず、判断力の無い幼児も対象になる。その場合は、幼児を連れてくる大人に警告を発しておくべきではないか。これは、入園者全員を対象とする(幼児を連れてこない大人も幼児を見守る)意味で公園入り口に表示する看板でも良いと思われる。

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追記(2010/10/29):公園内には上の写真のように水遊びを許す池もあるので、沼と池の区分をしっかりする必要があるだろう。従って、沼の方は立入禁止と言う意味が子供にも分かるような看板(下記に一例)が必要ではないか。

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ともかく、フェンスの設計としても、いろいろ工夫すれば、目先の障害物を避けて対岸まで見渡せ写真もとれる構造が実現可能なのではないか。安全に配慮した専用の観景設備(ベンチ+覗き窓のようなもの)を要所に備えても良いだろう。これだけ金をかけたのだから出来るだけ多くの人に素晴らしい景観を楽しんで貰いたいという発想がなかったのだろうか。

(3)散策で見た最近の公園の姿(撮影:2010/9/22)

撮影の時刻は夕前から夕方にかけで、空は曇っておりその後パラパラと雷雨もあった。そのため、フラシュや園内照明が点灯する程度の明るさで撮影した写真もある。

(A)上沼・・・余り整備は進んでいない分自然の風景を感じる。

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追記:以下は一部上沼上を跨いでかけられている上武国道の波志江沼大橋の歩道部より上沼を眺めた写真で、赤城山を遠望できた。(2011/03/03)
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波志江沼環ふれあい公園の一角にある配水塔は周辺より高度が高いのでどこからでも眼に付く立派なランドマークである。環境のキーワードと言えばズバリ「水と空気」。伊勢崎市が全国に自信を持って誇れるのはこの「水と空気」。残念ながら、市も市民もこの伊勢崎の貴重な財産に気付いていない。配水塔も積極的に売り出していない。波志江沼環ふれあい公園の売りも「豊富な水」。伊勢崎市は銘水を売り出しているが、知名度は低い。是非、この配水塔を純白に塗装し直して来年の、北関東道全線開通とデスティネーションキャンペーンに対応して頂きたい。配水塔の再塗装は設備の延命につながる。これは市の財政改善のモデル事業ともなり市民も賛成してくれるだろう。ついでに、伊勢崎市の市章も入れてはどうか。さらにこの配水塔の愛称を公募するのはどうか。

(B)公園東側入り口付近・・・樹木の植栽が無いスペースには雑草が目立っていた。家の玄関に相当する駐車場から公園への入り口近くなので、あまり金をかけなくとも緊急対策が必要なのではないか。

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追記(2010/10/29):枯れ草は刈り取ったようにみえる。しかし、植栽が無いと毎年同じ事の繰り返しになる。このスペースが生きていない。日当たりが良いので、リュウノヒゲ、タマリュウ、ヤブラン、ササ等を植栽し、数年かけて密生したら株分けして日陰のグランドカバーとして利用してはどうか。資材や運搬のコスト(CO2の発生)を低減できかつスペースが有効利用される。

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追記(2010/10/29):尚、人家は大観覧車で問題になったプライバシー等公園近隣住民(生活者)との公園訪問者の隔離の意味で、墓地は公園を訪問する目的に余り適合しないと言う意味で、計画的な植栽で軽度のマスキングを施した方が良いと思われた。(近景としてはバックに取込み来園者に余り周辺を意識させない工夫)。
追記2:墓地の方をふと眺めると大きな観音像らしいものが眼に付いた。この墓地の由来が書かれた碑が建てられていた。北関東道の建設の線引きの時に、線上にあった墓地がこの地に移転されたと記されていた。北関東道の全線開通を20011/3/19に控えて、長い期間安らかに過ごしてきた被葬者や墓地関係者の思いにも深い物を感じる。写りの悪いデータを加工してある。(2011/03/03)
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(C)公園東側・・・雑草が繁茂する芝生//

余り人が利用しないスペースは矮性樹木や雑草耐力のあるグランドカバー等に植栽変更する方が景観上もコスト上も好ましいのではないか。

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追記(2010/10/29):雑草は刈られていた。しかし、芝生は定期的な管理(経費)が必要だ。イベント広場として一年に数回使うだけではもったいないようだ。長期的な視点から、コストに見合った利用法を検討する価値があるだろう。

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2008年緑化フェア当時の園内風景

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追記(2010/10/29):下沼北辺の広場で、雑草は刈られたようだが、依然荒れた様子が残っている。このスペースの性格付けができていないのではないか。毎年同じ事の繰り返しになる。

(D)座れないベンチ・・・このようなベンチが各所に散在していた。残念だが、こういう公園設計をするものにはペナルティを課してもらいたい気がするほどの荒れようである。素人が見てもこんな無様な状態にならない公園設計は可能と思えてしまう。植栽とベンチの配置を変える位しか思い浮かばないが。手入れをしないと座れなくなりそうなベンチもあった。ともかく、失望して帰った来園客は再訪する気にならないだろう。

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追記(2010/10/29):植栽を除去してあるが依然座る気になりにくいベンチである。ベンチは地面に固定されているようなので、ベンチの周辺2~3m程度植栽の除去又は変更をしないとベンチは生きてこないように思われる。

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追記(2010/10/29):改善されているが、その場しのぎの対策に過ぎない。現在の植栽だと歩道やベンチを覆うような植え込みになっている。歩道やベンチ周辺は草丈が10~20Cmの植栽に変更すれば美観、機能、管理性が向上するだろう。

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追記(2010/10/29):きれいになっていたがこれも一時しのぎ。来年も同じ事の繰り返しになる。

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(E)囲い庭・・・見せ場を作っているのだが目を背けたくなる光景があった。

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(G)やや良好なグランドカバー・・・植える場所の日当たり等の環境条件に品種を会わせれば比較的良好な景観が保てる。ここは、矮性のささと竜のヒゲの混植のようだ。ぎぼうし、やぶらん等は日陰に耐えるので日陰への植栽に適するだろう。日陰の方が花も痛まないできれいで長く咲く場合が多い。

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(H)歩道のムクゲ・・・ 樹高が高くなるので歩行の障害になっている。歩道から離して植栽する必要がある。歩道脇は樹木を植えるより竜のヒゲ等のグランドカバーを植えた方が圧迫感が無くゆっくりと散策できる。樹高では高、中、低と三段構成程度が変化を楽しめて良いのではないか。後方の樹高の高い木は数年に一度の剪定とすれば管理コストも下がる。

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追記(2010/10/29):剪定は終わり、通路へのはみ出しは無くなっていたが、これも一時しのぎ。通路側に高木が並ぶと圧迫感を感じて散策には不適。抜本対策が必要。

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追記(2010/10/29):たまりゅう(通路右側)は草丈が低く、日陰に強く、密生して根が強いので雑草を抑圧するというグランドカバーとしては優れた特質を持っている。右側の高木が桜であるが、桜にも合っていると思われる。植栽としては成功しているだろう。左側の植栽はムクゲと刈り込みの低木であるが1~2m後方に移動して、その部分にタマリュウを植栽すると広々とした快適な空間となるだろう。ムクゲは落葉樹で、冬は通路に西風が通るので、山茶花等の常緑樹を植栽すれば、花の少ない秋から冬にかけて花を楽しめ且つ防風にもなる。

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追記(2010/10/29):上のさざんかは沼岸に植栽され視界を遮っているが、沼の通路西側寄りに植栽すれば色々な効果が得られると思われる。

(I)歩道の雑草繁茂区・・・一番目立つ部分が手入れ不十分になっている。竜のヒゲ等のグランドカバーを密植すれば雑草は生えにくくなり、手入れも省力化できるだろう。

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追記(2010/10/29):きれいに手入れされている沼沿いの道路対面花壇(多分個人の畑)

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追記(2010/10/29):公園側は上記写真で変わらず。残念な状況。(遠方が個人の畑)

(J)外堀で進入阻止・・・外堀への転落の危険もあるが、対岸までの視野は開ける。外堀への転落予防は植栽でやっているようだ。視野を確保する方策は工夫すればあるのではないか。

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(J)無言の進入禁止・・・背を低めて撮影したが、幼児にとっては沼がこのように映るのではないか。大人から見ても威圧されてあまり気分が良くない。事故防止のためやむなく施錠している位の看板を掲げれば危険防止効果もあると思うが。

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(K)沼にかけた橋・・・これで広さという見えない価値を失った。下は橋をかける前の景色。

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園路橋(2008年緑化フェア当時)

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整備中の波志江沼(園路橋架設前)

L )歴史案内板・・・歴史を調べて何を残すべきか精査してから工事着工をすべきと思うが残念であった。説明を読む時はここ⇒ANNAIBAN.jpgをダウンロード

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追記(2010/10/29):下沼南岸の植栽(トキワマンサク?)冬季のピンク色の花は人目を引くが沼や対岸の視界を妨げている。植えるならば沼岸側を避けて通路南側に植えた方がよい。

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追記(2010/10/29):桜の木の下にある木材 ベンチ:雨滴、日陰等で汚れや劣化が早く使う人が少ないのでは?

(M)景観と通行を妨げる植栽・・・人がすれ違うのに気を使うほど歩道に乗り出している。

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追記(2010/10/29):刈り込みされたが、毎年同じ事の繰り返しになりそう。

(N )夕方点灯しない照明・・・これはメンテ不足と思うが。やはり安全が保たれなくなると来園客も少なくなるだろう。

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追記(2010/10/29):照明灯は修理されていた。

(4)伊勢崎市の整備計画(案)が描いたイメージ

公園の概要:『本公園計画地は、新市の北西部に位置する面積20.6ha の敷地で、平成17年8月16日、総合公園として都市計画決定しました。その面積の約7割にあたる15.1ha は、波志江上沼及び下沼からなる水面で、そのほかには、北西部に残された一団の樹林地が存在しています。また、上沼と下沼を分断するかのように、国道17号上武道路が通過しており、さらに下沼の南側を北関東自動車道が通過するとともに、(仮称)伊勢崎パーキングエリア(以下「伊勢崎PA」という。)が建設されています。』

(A)全体コンセプトをまとめたイメージ図

園路橋と観覧車の位置が示されている。改めて園路橋と観覧車の位置関係を見ると、園路橋を渡った、目前に観覧車がそびえている設計であったと理解できた。

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(B)新観覧車のイメージ図

観覧車のイメージを描いているが、園路橋は描かれていない。あえて描かなかったのはそれが景観を破壊するという認識があったのか。園路橋と観覧車が一体的に構想されているようなのに園路橋が描かれていないのは何か不自然である。

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(C)園路橋のイメージ図

整備計画(案)の中を探したら、園路橋のイメージ図があった。こちらには観覧車が無い。上の観覧車のイメージとこの園路橋のイメージを頭の中で合成せよというようで不可解な図面である。

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(5)「新観覧車建設中止の経過を説明します」(市が配布した文書のテキスト)

『市長室だより

新観覧車建設中止の経過を説明します

伊勢崎市長
矢内一雄

 波志江沼環境ふれあい公園内に計画していました新観覧車建設は、11 月7日の臨時市議会において、調停条項案を受諾することおよび私自身をはじめ、副市長、教育長の給料月額を減ずることを提案し、議決をいただいたところです。私は、市民の皆様にとって何が善であるかを常に念頭に置き、最大限の努力をもって市政を運営してまいりましたが、結果として、多大なご心配をお掛けしたことを心からお詫び申し上げます。

新市のシンボルとして建設を計画

 新観覧車の建設工事につきましては、平成18 年11 月17 日に、泉陽興業(株) と仮契約を結び、同年12 月の定例市議会における議決により、本契約を締結しました。市民の皆様には、住民説明会や広報紙などを通じ、新しく建設する観覧車は、合併後の新市における市民の一体性の速やかな確立を図るため、新市のシンボルおよびランドマークとして建設することを説明してきました。また、財源については、合併特例債を充てることなどについても説明を行いました。観覧車建設計画は、合併特例債と切り離すことのできない関係であることを、市民の皆様には理解をしていただいていたと考えています。

建設計画を断念

 観覧車建設の財源として予定していた合併特例債については、総務省との事前協議を経て、その確保に自信を持っていました。しかしながら、平成19 年1 月25 日、総務省から「合併特例債として認めることができない」とする見解が示され、その時点までの協議の経過から、認められないとする総務省の見解については、大いに戸惑ったところです。このような予想しえない見解を受け、私は、伊勢崎市長としての決断を求められました。熟慮に熟慮を重ね、20 万市民にとって何が最善であるかを自らに問い、導いた結論は、
①新観覧車建設工事については、その全部を中止する
②合併特例債については、申請を取り下げる
③観覧車建設計画については、市民の理解が得られるまで延期する
というものでした。そして、泉陽興業(株) に対しては、1月26 日付けをもって、工事の全部について中止を通知しました。また、合併特例債については、2月1日付けをもって、県に対し、取り下げを行いました。

泉陽興業(株) との調停

 工事の中止に伴う諸問題、特に観覧車建設工事請負契約の解除に関する泉陽興業(株)
との交渉については、お互いに弁護士を介しての交渉を行ってきました。
しかしながら、お互いが努力をしたにもかかわらず、なかなか具体的な進展をみることができない中にあって、「話し合いの場を民事調停に移し、解決を図りたい」との申し入れがあったため、本市としても契約の円満な解消に向け、東京地方裁判所に調停の申し
立てを行いました。調停手続きは、専門的で幅広い知識と経験を有する弁護士と建築士、裁判官により構成された調停委員会において、1月29 日に第1回目が始まりました。
そして、10 月20 日の第9回目において、調停委員会から調停条項案の提示がありました。
提示された調停条項案の概要は、次のとおりです。
●両者は、本件契約の合意解除をすること
●泉陽興業(株) は、本市の合併特例債の確保に関し、努力を認めること
●泉陽興業(株) は、本件契約の解除が、規定に基づく本市の一方的な解除でないことを認めること。したがって、本市が、規定に基づく損害賠償を支払うものではないことを認めること
●本市は、本件工事の全部について、中止を通知した平成19 年1月26 日時点における工事出来形に応じた費用を、解決金として支払う義務があることを認めること
●本市が支払う解決金の額は、9672万2500円とすること

市民の皆様へ

 今回の観覧車建設契約の解消にあたっては、市民の皆様に多大なご心配をお掛けしました。あらためてお詫び申し上げます。議会の議決を重く受け止めるとともに、今後におきまし
ても20 万市民の福祉の増進のため、努力してまいりたいと考えています。』

(6)伊勢崎市内主要道路の平日24時間交通量(平成17年度道路交通センサス)

http://www.mlit.go.jp/road/census/h17/01.html#10  
平日24時間交通量(平成17年度道路交通センサス)  
秋季の平日1日(午前7時から翌午前7時)の自動車交通量で、二輪車は含まない。
道路種別 路線名 観測地点名 交通量(台) 
高速自動車国道 北関東自動車道    
    高崎JCT~前橋南IC間 25325
    前橋南IC~駒形IC間 22813
    駒形IC~伊勢崎IC間 17088
県道 伊勢崎大間々線 伊勢崎市市場町二丁目527 16831
県道 足利伊勢崎線 伊勢崎市日乃出町875-1 14817
県道 伊勢崎深谷線 伊勢崎市境伊与久475-1 17717
国道17号   伊勢崎市三和町2717 45594
国道354号   伊勢崎市境下武士389-1 14132
    伊勢崎市境西今井128-1 13106
国道462号   伊勢崎市本関町27-3 16611

尚、伊勢崎市内を走る国道については、下記のホームページを参照。
国土交通省関東地方整備局 高崎河川国道事務所 ホームページ
http://www.ktr.mlit.go.jp/takasaki/

道路交通センサス:『平成に入ってからは、2年、6年、11年、17年に一般交通量調査とOD調査を実施し、これに加えて平成9年に中間年調査として一般交通量調査のみを実施しました。
』H22年に実施中。17年調査が最新データのようだ。

(7)交通量資料
①北関東自動車道年度別日平均交通量(東日本高速道路株式会社(East Nippon Expressway Company Limited))の資料

詳細はNEXCO東日本へのリンク参照:http://www.e-nexco.co.jp/

北関東自動車道 延長 交通量(通行台数/日) 料金収入(千円/日)
H21 111.1 60,397 36,962
H20 111.1 51,991 34,226
H19 87.3 38,341 20,652
H18 54.7 35,773 19,208

②佐波伊勢崎地区景気動向調査NO.27(IO信金資料より)

インターチェンジ入出交通量:NTERCH_TRAFIC_DATA.jpgをダウンロード

③佐波伊勢崎地区景気動向調査NO.30(IO信金資料より)
2011年7月1日から9月30日に開催される大型観光キャンペーン「群馬デスティネーションキャンペーン(群馬DC)」のプレDC期間を含む交通量データがIO信金資料資料に掲載されている。対前年同期比ではプレDC期間は若干交通量が増加している。プレDC効果かは不明。2011/3/19に北関東自動車道が全線開通すると発表されており、全線開通前後の動向に注目が集まるだろう。

インターチェンジ入出交通量(2010_JUL_TO_SEPT):KEIKIDOUKOU_NO30.jpgをダウンロード

(8)弁天島について

ブログ内のページ

http://af06.kazelog.jp/itoshikimono/2008/11/post-0a74.html

に弁天島について書いた。波志江沼の歴史の説明板には消失した弁天島を波志江沼環境ふれあい公園としての整備時に再建したと述べられている。現在は下の写真にあるようなコンクリートの立派な弁天島が復元されている。この弁天島の配置位置は沼の中央ではなく南東よりのかなり片寄った位置にある。この場所が選ばれたのも歴史的な理由があるのかもしれない。

波志江沼の近くには宮貝戸古墳群があり、財団法人群馬県埋蔵文化財調査事業団のホームページの「銅鋺と模倣土器」のページでhttp://www.gunmaibun.org/excavation_info/data/data04.html「伝伊勢崎市波志江出土(伊勢崎市波志江町宮貝戸)」として、現在埼玉県長瀞自然史博物館が所蔵している出土品を紹介している。「出土地の付近には多くの古墳が存在していたことから古墳から出土したものと考えられます。」との事である。八幡沼の弁天島に古墳があるとの関係者の証言があった事から類推すると、波志江沼の弁天島にも古来からの言い伝えがあったのではないかと思われる。

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整備当時の弁天島

(9)「波志江沼環ふれあい公園」を紹介しているWEB SITE(GO!  いせさき)

「GO!  いせさき」は総合的に伊勢崎の情報発信をしているサイトである。このサイトで紹介されている波志江沼環ふれあい公園の様子を見ると楽しさはつのる。伊勢崎の波志江地区に深い関係のあるサイトの管理人が地元の「波志江沼環ふれあい公園」に注ぐ眼差しをこのサイトから読みとることができる。大きなイベントが終わり、人影がまばらになった公園ではあるが、そこにはかつての農村であった原風景も保たれている。人と人、人と自然がふれあえる公園の役割は今後益々重要になるのではないか。

http://www.go-isesaki.com/Park_Hashie.htm

文字=アンカー名=誰にも親しまれる伊勢崎のイメージ20101030

(10)誰にも親しまれる伊勢崎のイメージ

平成の大合併の背景に、高齢化と人口の低減を前提に地域の将来をどのようにイメージするかという基本的な問題があったと思う。波志江沼環ふれあい公園も合併という大波の中でゆれた。残念だが、伊勢崎のあるべき姿に関しては議論が深まらなかった。残された課題は大きい。その大波にとりあえず、市政の面から区切りをつけたのが平成20年第5回伊勢崎市議会臨時会だったのだろうか。最近その議事録を読んで、強く印象に残った部分を以下に抜粋する。「日程第5 議案第159号 市長等の給与の特例に関する条例案 」の審議で、臂 泰雄議員が質問の末尾の中で新しい伊勢崎の都市づくりに対する市長の思いをただしたのに、市長が答えた部分である。市長が議場で語った、「でも、あそこの市民というのは温かいよな。自分は貧しくても、相手を喜ばせようとしている。あれは、どこの国に行ってもないよな。あの伊勢崎へ行こうではないか。迷ったことがあったら、伊勢崎の町を歩いてみようではないか。きっと声をかけて、お茶を飲みますかと言ってくれたよとか。もし、そんな伊勢崎市になってくれればとも思っております。」という言葉は議事録を読んで初めて知った。これからの伊勢崎をどのように活性化させるかという点で示唆を与えてくれると思う。尚、伊勢崎市議会会議録は伊勢崎市(議会)のサイトにある。

以下その抜粋:

『平成20年第5回伊勢崎市議会臨時会会議録 第1号
平成20年11月7日(金曜日)

◇議長(矢島征司) 臂泰雄議員。
〔9番臂泰雄登壇〕
◇9番(臂泰雄) 伊勢崎クラブを代表し、議案第159号、市長等の給与の特例に関する条例案について、質疑をいたします。

(中略)

〔9番臂泰雄発言を求む〕
◇議長(矢島征司) 臂泰雄議員。
◇9番(臂泰雄) 今回の問題、特に先ほど責任という言葉もありましたけれども、こうしたことを受けて、真摯に本当に受けとめて、これを大きな教訓として、これからの伊勢崎市を前向きに、そして本当に建設的な都市づくりができるような、そうしたものにしていかなければ、何のための責任をとったものなのかわからなくなると思います。
市長にもう一度だけ御答弁いただければと思います。その思いをお聞かせください。
〔市長矢内一雄登壇〕
◇市長(矢内一雄) やっぱりどこかに、私の気持ちの中に、私は余り豊かではない農家のせがれとして生まれましたけれども、何かおふくろがいいにおいがするなと思って、こう手を出すとぴしっと殴られて、おまえではない、お客様が来るのだからというので、一生懸命うまい料理をお客に食べさせようとつくっていて、ぼろのうちだったけれども、一生懸命奥の座敷を掃いて、何しているのかなと思ったら、きょうお客が泊まるのだよと。そういうお客様や他人様が喜んで食べてくれる。うまいね、夕べ温かかったよ。そういうことに自分が喜びを感じて、生涯を送っていきました。私は、自分の母親が余り立派ではないと思いますけれども、でもどこで自分を捨てても、他人の喜ぶ姿に生きがいを感じていたのだろうか。もしかしたら自分にはそれがなかったのかな。最近、そう思っております。自分ではなくて、他人の喜ぶ姿に幸せを感ずるような人間になれた方がいいのかな。もう一度おふくろが生まれて、生きてくるとしたら、そのことをよく聞きたいとは思っております。 今、自分たちの主張が物すごく強くなって、相手のことを考える人が少なくなってきてしまったのではないかな。いつかどこかにあった日本人の心がどこかに行ってしまったのではないかな。少なくともこの伊勢崎にはそうでないものが何にもないよ。伊勢崎に行ったって、見るものもないし、うまいものもないし、何にもないよ。でも、あそこの市民というのは温かいよな。自分は貧しくても、相手を喜ばせようとしている。あれは、どこの国に行ってもないよな。あの伊勢崎へ行こうではないか。迷ったことがあったら、伊勢崎の町を歩いてみようではないか。きっと声をかけて、お茶を飲みますかと言ってくれたよとか。もし、そんな伊勢崎市になってくれればとも思っております。 自分勝手な考えだろうと思いますけれども、でもそのことが、首都と言われる東京都になくて、この田舎にあるのではないかな。それを地方の都市は忘れていて、この地方の土地が衰退の一途をたどっているのではないかな。それを取り戻さないと、大東京には勝てないのではないかな。そんな気が、自分の心のどこかにあることから、何か人の気持ちもわからないでむちゃをしてしまうのかもわかりませんけれども、でもそのことをひとりよがりでいて、その説明というか、そういうものが市民に伝わっていない、伝えられなかった。その情けない矢内一雄市長というのを非常に悔しくも思っております。 でも、決して市長であるからではなくて、人間としてこれからもできることは追い求めていければ、そんな気持ちで、今臂議員の発言の中から、そんな思いをしておりました。すばらしい議員に囲まれた自分の幸せを今感じております。これからは、きっとこの償いを今の議員の皆様にしていければと思っております。
〔9番臂泰雄「了解」と呼ぶ〕』

(11)各種整備事業の適用(波志江沼環境ふれあい公園整備中の看板)

H_numa_s_hozenj

農業農村整備事業(農業用水水質保全対策事業:農林水産庁)

H_kouen_j

園路広場工事:国庫補助公園事業(国土交通省管轄)

国土交通省の事業評価結果(http://www.mlit.go.jp/tec/hyouka/public/h16kekka/pdf/050325/05.pdf)があったので該当部分を抜粋して以下に示す。

波志江沼環ふれあい公園事業の国土交通省の事業評価結果(評価指標のB/C費用対効用比の評価値1.2は高い部類ではないようだが、事業規模が大きくなれば効用の算定が困難になり効用として控えめの推測値を採用する事により評価値が小さくなる傾向もあるようだ。事業が完成した現時点では、少なくとも計画時のこの評価値を目標とした事業遂行が求められるであろう。):事業評価結果(クリックで拡大)⇒

Hyoukakekka

(12)波志江村の古絵図に見る波志江沼

「伊勢崎の村絵図 第一集」(編集発行 伊勢崎市 昭和57年発行)に波志江村の絵図が二葉採録されている。収録絵図は原図を解読してトレースした貴重な地域文化・歴史資料であり、このような地味な事業を推進した先人達に感謝したい。その波志江沼を含む部分を以下に示す。

波志江村安永6年の絵図(一部)(276Kbyte):hashie_v_1777.pdfをダウンロード
波志江村明治2年(推定)の絵図(251Kbyte):hashie_v_a1869.pdfをダウンロード

安永6年(西暦1777年)の絵図には現在の上沼の一帯に人家が存在している。明治2年(西暦1869年)(推定)の絵図によると、ほぼ現在と同様に上沼が描かれている。この二葉の絵図を歴史的に解釈すると、上沼一帯に住んでいた住民を移住させて、そこに上沼を開鑿したと推測できる。ここ波志江村でも、一大土木事業が行われていたと推測される。調べれば、開鑿の記録や言い伝え等が残っているのかもしれない。幸い、伊勢崎上植木村の文久2年(西暦1862年)から始められた八幡沼開鑿に関しては詳しい記録が残っている。八幡沼開鑿の目的は干魃対策としての潅漑用の沼であった。この八幡沼は大正用水が共用される昭和40年代頃まで地域の潅漑用水として中核的な役割を担ってきた。稲作の安定や増産は、地域の経済力の向上ひいては、地域の発展・人口の増加につながっただろう。波志江沼の上沼、下沼も八幡沼と同じ位置付けであったと考えられる。従って、波志江沼も歴史的資産としての価値が非常に大きいと考えられる。

追記(2010/11/1):絵図の中で記号に番号の付いているのは人家である。上沼と下沼を比較すると水系が異なっている。沼の潅漑区分が異なっており、現在でも上沼と下沼を管理するのは別個の水利//組合であるとの事。

(13)波志江西宿・中宿遺跡発掘の様子(2011/1/19)
「シルバーのマイコン人生」というホームページに紹介されている。旧石器、古墳時代の住居等が発掘された。:http://www.geocities.co.jp/SilkRoad-Lake/4864/cool/hasie/index.htm
尚、多田山の歴史を掘る(多田山古墳群)については:http://www.geocities.co.jp/SilkRoad-Lake/4864/cool/tadayama/tada.htm

(14)波志江の広さと貯水量(2011/1/29)
調べてみたが、正確なデータに出合っていない。波志江沼環ふれあい公園の説明板、NET地図からの概算値から得たデータを以下に記す。

 

上沼

カミヌマ

(U)

下沼

シモヌマ

(L)
L/U  

南北

ナンボク

226

ケン

ヤク

410m)
248

ケン

ヤク

450m)
 

公園

コウエン

説明

セツメイ

バン

面積

メンセキ

7282

ツボ

(30677)
20848

ツボ

(92698)
 

公園

コウエン

説明

セツメイ

バン

南北

ナンボク

検算

ケンザン

m
410.868 450.864 1.097345

公園

コウエン

説明

セツメイ

バン

面積

メンセキ

検算

ケンザン

24074.292 68923.488 2.86295

公園

コウエン

説明

セツメイ

バン

地図

チズ

面積

メンセキ

計算

ケイサン

38675 97822 2.529334 NET

地図

チズ

水深

スイシン

仮定

カテイ

m)
2 2    

貯水量

チョスイリョウ

立米

リュウベイ

m3
77350 195644    

波志江沼環境ふれあい公園の整備計画案では「その面積の約7割にあたる15.1ha は、波志江上沼及び下沼からなる水面で、そのほかには、北西部に残された一団の樹林地が存在しています」と述べている。護岸工事等で面積は変化していると考えられるが、市は沼面積や貯水量を説明板等で公表していただきたい。環境問題で、最も重要な生物多様性を理解する上でも、沼の面積や貯水量が基礎データになる。貯水量の算定には水深を決める必要があるが、仮に2mとしても膨大な水量になる。

尚、原生生物情報サーバ :

http://protist.i.hosei.ac.jp/pdb/Sampling/2008/1123/index-4.html

に波志江沼(上沼)の原生動物調査情報が掲載されている。調査当時は公園整備中で、微生物は少なかったかも知れないが、生物の生息環境が安定すれば多様な生物が棲息するようになると考えられる。

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  • 沼田 真   : 植物たちの生( 1972年 岩波新書(青版 833))
    「ご要望にお応えしてアンコール復刊(1988年岩波新書50年記念復刊) 地球生態系の中で自然を見直す」(腰巻きのフレーズ)。植物の知恵と戦略に人類は勝てるのか。
  • 出町 誠: 14_NHK趣味の園芸:よく分かる栽培12ヶ月  カキ(NHK出版2007年)
    初心者向け柿栽培参考書(新版)。旧版と比較すると楽しい。
  • 中村三夫: 13_NHK趣味の園芸:作業12ヶ月  カキ(NHK出版1996年)
    初心者向け柿栽培参考書(旧版)。新版と比較すると楽しい。
  • 山科正平: 12_細胞を読む   電子顕微鏡で見る生命の姿
    細胞はどんな部品からできているのか。そんな疑問に答えてくれる一冊。何事も形を見るのが第一歩。μからÅオーダーの世界で、細胞をメスで解剖するように、電子顕微鏡というメスで解剖して見せてくれるので興味が尽きない。
  • 柳田充弘: 11_細胞から生命が見える
    著者の専門は分子生物学、細胞生物学。普段生物を考えても細胞レベルで止まってしまう。その細胞の中で色々な分子が働いている。細胞こそ生命の基礎だが、その細胞の中の動きを知るのに最適な一冊。疑問の発端はなぜ発根剤が効くのかということ。薬剤が細胞膜を通過して細胞内で分子と分子が作用するイメージができた。本書でできた細胞のイメージは小さな無数の穴が空いた水分が充満したヨーヨーのようなもの。そのヨーヨーの中に分子部品が詰まっている。細胞自体もタライの中のヨーヨーのように浮かんでいる。細胞図面の空白部は真空でなく水分だ。細胞の内外に水がないと細胞は生きられない。水が生命のゆりかごだ!
  • 野口悠紀雄: 10_ホームページにオフィスを作る(2001年 光文社)
    ITが輝いた時代の作品。HPの活用法は参考になる。参考:url=http://www.noguchi.co.jp/(野口悠紀雄 ONLINE)
  • 小池洋男 編著: 09_果樹の接ぎ木・さし木・とり木(農文協:2007/3/31第1刷)
    やや専門的であるが、実務専門化が分担執筆しており、その場で役に立つ一冊。
  • ノーバート・ウィーナー(鎮目恭夫訳): 08_サイバネティックスはいかにして生まれたか(みすず書房1956)
    情報と通信という現代社会に不可欠の基礎的な学問を作った著者の自伝とそれを通した科学史
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