06B_昭和萬葉集

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2010年10月15日 (金)

昭和萬葉集:巻九(戦後の風俗)

2010/10/15

昭和萬葉集:巻九(戦後の風俗)

この巻は昭和25年~昭和26年を対象としている。そのⅢ戦後の風俗の区分中の戦後の風俗の項に掲載された短歌である。自分が物心付いた頃の様子を知りたいと思い紙片を挟んで置いた部分を再読した。

■かつぎやはおほむね老いし婦にして助けあひおどけあひ汽車降りてゆく(志岐春吉)
■ばすの中の十人近き運び屋が次々何か耳うちをする(生田まきゑ)

終戦後の交通運搬網は貧弱であり、鉄道運送の比重が高かった。都会への農水産物の運搬に担ぎ屋が活躍するすき間があったのだろう。担ぎ屋は単に運搬するだけでなく、客の玄関先で販売までして、帰りには都会の物品も仕入れたりして色々な役割を兼ねていたと思う。前の一首、字余りの「助けあひおどけあひ」という句にかつぎやの老婦人が活写されている。後の一首、作者は「次々何か耳うちをする」と運び屋の会話の内容に迫ろうとしているようだ。取り上げた二首は担ぎ屋を遠巻きの視線で見ているが、終戦直後のありふれた風景のようにも見える。

汽車やバスに乗る場合は集団行動をしていたように見える。一人で行動するとなると色々な圧力がかかってくるだろうから合理的な行動だろう。当然販売するときはそれぞれ自分のお得意に向かって個別に行動したと思う。これも合理的な行動であろう。社会が安定してくると一般乗客からは担ぎ屋が時には白い眼で見られ易くなってきたという事情があったかもしれない。事実、自分が学生時代に東京へいった時も少ないながら担ぎ屋を見たことがあるが、一般客の迷惑になるのではと思ったりした記憶も残る。

しかし、いま考えると担ぎ屋が多かったという事実の裏には担ぎ屋のサービスを受け入れた人や状況があった筈だ。いま担ぎ屋がいるのかいないのか定かではないが、公共の乗り物は誰もが乗れるという基本が重要だと思う。サラリーマンが通勤のため乗るのと担ぎ屋が商売でのるのも生活のためと言う点では全く同じであろう。

■代燃車の煙に赤くネオン映ゆ夜深くして寒き街角(籏町美嘉)
■並びたる木炭バスが朝日さす街の片側に煙りあげおり(笠原清一郎)

残念ながらガソリンの代用燃料を使う木炭車が動くのを見たことはない。しかし、戦後のある期間、都会の中心街に木炭車が走っていた事をこの歌で改めて知った。

WIKIPEDIA(最終更新 2010年9月5日 (日) 13:40 )によると、「木炭バス(もくたんバス)とは、バスに積載した木炭ガス発生装置による一酸化炭素とわずかに発生する水素(水性ガス)を動力として走るバス。日本では燃料用の原油が不足した第二次世界大戦中の1940年代に使用された。このような機関は日本のみに見られた特殊事例ではなく、ドイツなどの枢軸国側の国家のみならず、フランスやイギリスなどの連合国側の国家でも石油事情が逼迫した際には用いられた事があった。」とあり、石油の代替えとして木炭自動車は広く使われたようだ。

「木炭ガス発生装置」は自動車メーカーが作ったのか気になるところだが、化石燃料を使わなければ環境対策にもなるだろう。安価で便利な石油を多用したつけが地球温暖化の原因といわれるCO2という目に見えないガスなのだが。現在、電気自動車の開発が盛んに行われているが、エネルギーを電池に蓄えモーターを回すのでガソリン自動車と完全に方式が変わるが、早さと馬力は捨てないだろう。誰にも車の運転で高速な移動が可能になったが、この早さと馬力で失った物が非常に大きいように感じる。ゆったりした移動が人間の病んだ精神の回復に必要なようだ。

2010年5月13日 (木)

民衆の声:いとしきもの

2010/5/13

昭和萬葉集:民衆の声

■石投げて迫るを追へどつきつめて信じにしこの民衆のこゑ

昭和萬葉集13巻。安保改訂阻止へ 警官の歌の区分にあった短歌である 昭和35~38年

の歌を納めている。安保反対を叫んで石を投げて迫ってくるデモ隊を阻止する側の立場の警

官が詠んだ歌である。機動隊員なのだろうか。ヘルメット、防護マスク、盾、警棒という完全

武装の姿を思い出す。方や民衆は丸腰で武器は自分の身体と石ころ程度であった。そのデ

モの状況の中にいるのが、警官であり、デモ参加者であるが両者とも歴史の流れの中で、た

またまそこにいる存在になっていたからに過ぎないのかもしれない。過激なデモ場面。機動

隊員ならば気力・体力も充実している筈だ。デモ参加者も同じような年齢だだろう。<つきつ

めて信じにし>とはどういう意味なのか。更に切り込むと<つきつめて>とはどういう意味な

のか。このデモの現場で歌を詠むゆとりは無いであろう。後に自分が職務としてデモ隊と対

峙した場面を客観的冷静に振り返った事を<つきつめて>と表現したようだ。デモ隊参加者

の声が本当の民衆のこえではないか。作者もふと自分も民衆の一人なのだと思ったのだろ

うか。当時自分はまだ学生の身分で安保改訂という政治的状況も十分理解できていなかっ

た。しかし、心情的には民衆の立場にあったように思う。昭和35~38年というと敗戦から十

五年余が過ぎて社会も安定してきた。今、思うと安保改訂阻止が、この安保条約の改定が安

定してきた社会の否定につながるのではないかという民衆の危機意識の顕在化と行動化で

あったように思われる。改訂安保条約は強行締結され、それによって種をまかれた日米関係

は至る所に根を張ってしまっている。ともかく、今日の日本ではデモは過去のものになったよ

うな印象を受けるが新興国ではまだまだ盛んである。デモも歴史の歯車の一つではある。日

本もデモで多くを失い多くを学んだのかもしれない。

2010年4月13日 (火)

沖縄の本土復帰:いとしきもの

2010/4/13

沖縄の本土復帰

二十余年の悲願祖国に帰る日の近きを思いて暁雲さわやか(第一首)
「祖国復帰」とは日本の戦前へ還るのかと疑いてみる状況としる(第二首)
白日のもとに毒ガス運びをり隠したるも隠しおほせず(第三首)
毒ガスを運ぶ道路に家あれど夫子(つまこ)なければ逃げじと媼(第四首)
沖縄の怒りを我は伝えんにうたわんとして我に言葉なし(第五首)
祖国復帰反対の垂幕大きくゆれる秋風すずしくわが頬をよぎる(第六首)
日本は祖国にあらずと言いたりき島人の声耳をえぐりき(第七首)
還り来し沖縄島よ戦友を殺しし武器を核を抱きて(第八首)

昭和萬葉集16巻。万博の日本 沖縄の本土復帰の区分にあった短歌である 第二次世界大

戦が世界に与えた影響は計り知れない。大学のある先生が貯まりすぎた兵器を消耗するた

めに戦争が起こると講義の脱線話で話したのを思い出した。兵器を使う是非もその時代を反

映する。米国は建国以来銃を外部に向けてきた。しかし、その銃を無差別に国民に向ける兵

士が出る時代になった。テロ以上の危険な信号が発信されている。外部はフロンティアで国

境のない原住民の母なる大地であった。オリンピックでは形の上で原住民をたてる。それは

過去の償いのように見える。生きるか死ぬかの戦いの現場では自己のアイデンティティなど

考えるユトリがない。しかし、長い時間戦いが無ければ自己のアイデンティティを求めるゆとり

もできる。そんな場合、絶対的な自己のアイデンティティの規定は可能なのか。個人も地方も

国も過去の歴史を引きずっている。祖国、母国、本土云々。ともかく人間が国という人間組織

を形成し、認識してからまだ数千年しかたっていないようだ。地球が国家という架空の境界で

分断されてしまった。その国家も生まれたり死んだりしている。沖縄も日本もアメリカすらその

歴史の運動から逃れられない。国家間の密約は常に問題になる。為政者はどのような覚悟

で密約を締結するのか。それは歴史家が解明する以外にない。現実の世界の変動の方が

遙かに早い。しかし、その歴史の一瞬を生きている個々の人間にとっては自分も歴史の流れ

を変える微少なベクトルの一つであると感じる一瞬があるのではないか。自分が目に留めて

上に引用した歌はすべて別の人の作品である。冷厳な歴史を体験してそれを歌に焼き付け

ている。作者の歌を詠んだ意図とは別に後世へのメッセージのようにも思える。歌の外に本

当に言いたいことが山ほどあるのではないか。沖縄の本土復帰という歴史的転換点があっ

たが、同時に変わらないで引き続いて残ったのが基地であった。沖縄の基地を完全撤去す

るには日本本土の基地を完全撤去しなければならない。政治家はそういう覚悟を腹に据えて

いるのか。ともかく兵器は使っていなければ錆びてしまう。錆びるのはハードだけでなくソフト

も同じだろう。日々、本物の兵器を使い訓練に励む。これが世界の現実なのかもしれない。

しかし、そんな馬鹿なことを今後千年も続ける事もないだろう。一時の平和をちょっとでも先

に延ばしてハードだけでなくソフトの兵器を少しずつ錆びさせてゆく以外にないのかもしれな

い。

2010年4月12日 (月)

求職:いとしきもの

2010/4/12

求職

年老いし我に採用の通知ありて心済むまで靴を磨けり

昭和萬葉集16巻。はたらく人々 求職の区分にあった短歌である。  歌を詠む人は歌の会に

所属している人も多いようだ。昭和萬葉集にはその所属が記されている。一方、会誌以外の

新聞や雑誌から収録されている歌も散見する。そういう歌はまた別の味わいがあるのではな

いか。別の視点も感性もあるのかもしれない。今回は目次から歌を探してみた。自分が就職

した当時の雰囲気を知りたかった。そうして出合ったのがこの歌であった。何の説明も解釈

も必要がない。しかし、何か初々しさを感じる。自分がしたい仕事を出来ることがどんなに大

切なことかそれは誰も理解できるだろうが、現実はそれがかなわない。自分がたたいた門戸

が開かれた時の爽快さを感じた。それは年齢に変わりがない。

2010年4月11日 (日)

炭坑:いとしきもの

2010/4/11

炭坑

亀裂走り炭壁が一瞬わが額にのしかかるごと地圧はきたる
まだ炭坑にしがみつく気かと言ひし顔思い口惜しみ吾は石掘る
難儀して掘りたる石炭の炭車に満ちつらなり動くに涙出でたり

昭和萬葉集16巻。仕事の歌 炭坑の区分にあった短歌である戦後の経済発展を支えてきた

のは何であったのか。当時の冬の学校の暖房はだるまストーブと石炭を使っていた。通学の

列車は蒸気機関車が引っ張った。機関車の後ろに石炭を積んでいた炭車が連結してあっ

た。石炭はエネルギー、熱源だけではなく、工業原料としても用途が多かった。発電機も水力

から火力に移ってきたのではないかと思う。水主火従が火主水従に代わったと送配電工学

の講義で聞いたような記憶もある。エネルギーの主従が逆転したのも経済の高度成長期で

あった。そんな昔の事を思い出すと石炭が戦後の一時期日本の経済発展を支えていたのだ

ろうと気付く。しかし、石炭には色々な欠点もある。燃えがらが残ったり、排煙を出す。固体な

ので運搬、販売が不自由。その他、いろいろな理由があるだろう。国のエネルギー政策も石

炭から石油に切り替わった。エネルギー源は使ってなんぼという経済原則が最重視される。

そうして、目先だけの低コストを追求して、そんの廃棄物のツケは後の世代や弱者に回して

きた。石油や原子力ではその燃えがらが目に見えないだけ始末が悪い。石油や原子力にそ

の一面があることは否定できないであろう。当時の民間の火力は薪や桑の枝等の雑木が多

かったと思う。その燃えがらの灰は畑にまいた。この家庭部門のリサイクルシステムも全て

崩壊した。こういう時代の流れと引き替えに戦後経済の発展があったのかもしれない。上記

の三首は同じ作者のものである。経歴を見ると閉山のためだろうか炭坑を去って職業を変え

ている。一首目には、命を懸けた炭鉱内の仕事の様子が描かれている。炭坑では落盤だけ

でなく、出水や火災も起こる危険が常にある。危険きわまりない仕事であろう。二首目は更に

他人の目から自分の仕事を見ている。まだ炭坑にしがみつく気かと言われる事は更に自分

の心には厳しく感じるだろう。第三首はそのような、物理的、心理的に難儀をしつつ掘り出し

た石炭を一杯積んだ炭車が連なって貯炭場から出るのを見送ると自然に涙が出てきたと詠

んでいる。かつては炭坑の事故のニュースを見たり聞いたりした記憶はかすかに残っている

が、そこで働いていた人の心情をつぶさに知ることもなかった。仕事が厳しければ厳しいほど

仕事に対する愛着と誇りが強まる。この石炭も自分の仕事もいつか不要になると考えると感

慨もさらに深まったのかもしれない。この最後の一首には作者の万感の情を感じ自分も涙を

禁じ得なくなった。

2010年4月10日 (土)

虫の音:いとしきもの

2010/4/10

虫の音

虫の音の波分くるごとさらさらと庭木の葉おと闇をわたりぬ

昭和萬葉集16巻。自然の姿 日月風雨の区分にあった短歌である本巻には昭和44年と45

年の歌が納められているが、どうしてもその時代のトピックスに目が向いてしまう。そうして、

胸が締め付けられる思いをする。社会は激動の中にあった。そんな中、自然を詠った歌に

は、どんな歌があるのかとページをめくっているとこの歌に出合った。自分も虫の音には、そ

の時々に感興を覚えるがそれをうまく表現できないでいる。多くの虫が一斉に鳴いている頃

はその音を聞く人間にもゆとりがある。最後の一匹が弱々しく鳴く虫の音には尽きせぬ悲哀

を感じる。そういえば、母は耳鳴りがすると言って久しかったが、ついに自分もその耳鳴りが

する年齢になってしまった。その耳鳴りの音を蝉のように感じる人といるようだ。いま、冒頭の

歌を読んでいると自分の耳鳴りは秋の虫の大合唱のように聞こえてくる。多くの虫が精一杯

鳴いていると雑踏のような雑音に感じてもよさそうなのだが、全体の流れの中に波のような強

弱が生じて来る。それを作者は虫の音の波くると波のようにとらえたようだ。その波が押し寄

せまた引いて行く。そんな、夜の情景の中にさらに耳を澄ませたのか、庭木の葉おとがわた

ってきたと詠った。それも虫の音のように強弱を伴って。凡人はついつい虫の音を主題にし

てしまうが、この歌の作者はその虫の音をバックに据えて、庭木の葉おとまで詠ってしまう。

当然、虫の音に全神経を集中していたから庭木の葉おともキャッチできたのではないか。波

分くるごとは如しという喩えなのか、繰り返しのリズムなのか。やはり、観賞上は波が押し寄

せまた引いて行くというようなリズム感にとりたい。当然作者は真っ暗の闇の中に自分を置い

ている。激動の時代にあっても、このような自然の中に身を委ねて至福の時を送れることを

この作者は教えてくれる。電気屋は波と来ればつい電波を思い出してしまう。そうして理想的

な通信システムを思い出す。アンテナはしっかり対象に向ける。自分からは極力雑音を出さ

ない。信号のS/N比を上げる。拾い上げた信号は解析器にかける。それを加工して表現す

る。こういう一連の作業の結果、この歌が生まれたのかもしれない。歌を詠むという行為を通

信システムになぞらえてしまったが、こういう一つ一つに作者(読者)のこだわりがあるのであ

ろう。通信は送信と受信が一体となって成立するのだろう。

2010年4月 9日 (金)

土偶:いとしきもの

2010/4/9

土偶

見事なる縄文期土偶ただ一つ万国博の記憶にのこる

昭和萬葉集16巻。万博の日本 万国博の区分にあった短歌である。大阪で開催された万国

博は自分にとっても記憶に残る一場面である。技術者の卵として大阪に短期間出張滞在し

た時、その職場の上司が万博見学に誘ってくれた。その記念モニュメントが太陽の塔であ

る。岡本太郎という芸術家もそれを契機に知ったようだ。その後、岡本太郎が縄文土器の美

を発見した事も知る。土器は実用性が最も重要であったと思う。考古学者は土器の芸術性を

公的に論じる事はなかったのであろう。ともかく、文字のない時代の日本の先住民の精神性

を読みとろうとした結果が縄文土器の芸術性の発見であったのだろう。「芸術は爆発だ」とい

う言葉も耳に残る。WIKIPEDIAの岡本太郎の項目を読むと自分を一つの領域に閉じこめる

ような性格でないことが理解できる。一方、縄文期の遺物の中で土偶の占める位置は特異で

ある。ともかく、当時の人々が自分たちの願い事をその素焼きの人形に託していたものと推

測されているようだ。上記の歌の作者は記憶に残ったのは、科学技術の最先端の展示物で

はなく、数千年前の土偶であったと詠っている。確かに、自分たちの願い事をその素焼きの

人形に託すという今までに全く無かった先人達の精神の進歩をその土偶は強力なメッセージ

を込めて示しているのではないか。数千年前に人間精神の大発展があった。最近の物質文

明の進歩は縄文時代の人間精神の発見・発露からみるとまだ及ばないようにも見える。そん

な事を考えていると、あの太陽の塔は巨大な土偶であったように思えてしまう。ひょっとする

と、この歌の作者は太陽の塔自体を見事な土偶に重ねていたのかもしれない。

2010年4月 8日 (木)

減反:いとしきもの

2010/4/8

減反

二反ばかりの田に減反の指示がきて食膳に皆笑い怒りぬ

昭和萬葉集16巻。農家の苦悩 減反を怒るの区分にあった短歌である。この巻のタイトルは

万国博と七十年安保と謳われている。昭和44年と45年の歌が納められている。自分の人生

においても大きな節目の時代である。発行されたのが昭和55年で丁度十年一昔という区切

りの時でもある。終戦前後は国民は食糧難にあえいでいた。敗戦から二十年、農地の土地

改良と生産技術も格段に進み、既に米が過剰になったことをこの歌は教えてくれる。二反の

田といえ、食料という基本的な物資を生産して生活の基礎を支えてくれる。戦後の農地解放

で大農家は減って、中小農家が自分の農地を得て、自作農として農業に励んだ事が戦後の

食糧難を乗り切れた一因にあるのではないか。ともかく、減反政策が中小の農家まで徹底さ

れて我が家にもその指示が来たことを、家族皆が集まる食膳で笑い飛ばしている。生活に余

り困らないと思われる心のゆとりがそれを可能にしたのであろう。思うに、終戦後はまだ米の

供出のような事があり、農家であった我が家でも白米を鱈腹食った記憶がない。米選機下と

言われた屑米を米粉にして、それを餅にした粉餅を食べた事を覚えている。一体、農家が作

って食べることができなかった一等米はどこに行っていたのか。今でも、疑問に思う。そんな

事を思うと、この歌の中で笑った人々の顔が見えてくるようだ。本音は最後の怒りぬ一語に

尽きる。二反の米では5~6人の家族の年間消費量程度である。余ってもわずか、場合によ

れば足らなくなる可能性もある。この歌の笑いとは何を馬鹿な事を言っているんだという怒り

の裏返しなのであろう。しかし、その政策には従わざるを得ないという憤りがある。思うに、日

本の稲作は日本の国の歴史と日本人の生命を支えてきた根幹である。原野を開墾して新し

く田を作ってきた。食料を確保できて初めて人口も増加できる。日本の稲作技術は再生可能

な循環型農業の最も優れた方式であろう。稲作のハードは整備されても、政策等のソフト面

は逆にいつも後手後手で浮き草の如く時の流れに身を任せている。農家はもう怒りを爆発さ

せる気力も失せかけている。

2010年4月 6日 (火)

たたかひの矢の根:いとしきもの

2010/4/6

たたかひの矢の根

四百五十号私物とかかれ「許」の印あり妻が差し入れし古事記に萬葉集に(斎藤瀏)
北蝦夷(きたえぞ)の古きアイヌのたたかひの矢の根など愛す少年なり(斎藤史)

昭和萬葉集3巻。二・二六事件 処刑の区分にあった短歌である。自分にとって作者の斎藤

瀏が軍人である事も歌人である事も昭和萬葉集3巻を開くまで全く知らなかった。その最終

段に斎藤史の歌がやや多く掲載されている。その最後の一首にひかれた。下欄に記された

解説を読むと「詞書」があり、斎藤史の父と父の友との関係が記されていた。斎藤史の幼き

頃の友が二・二六事件で処刑された事を詠んだ歌だろうと思った。しかし、インターネットを検

索してみると斎藤瀏が斎藤史の父であったと知り、歌の配列に改めて感心した。たたかひの

矢の根とは矢尻等の石器の事なのだろう。自分はこれらの石器は主に狩猟用に使われたの

だと思っていた。その狙う向きを変えれば武器になる。その古代アイヌの矢尻等の石器を愛

した少年は、何故にそれを愛したのだろうか。軍人になる事を夢見ていたのだろうか。二・二

六事件の項にある歌を読むとそのスペクトルの広さを改めて感じる。明治維新は一種の革

命の様でもであった。昭和維新は二・二六事件がさきがけとなった敗戦により実現したのだ

ろうか。自分の脳内では歌人と軍人が文武の人としてうまく結びかない。平和な時代ならば、

武より文に傾くのが世の常なのだろうか。後者の歌は昭和15年に発表されたようだ。その頃

自分の父は20才代で、応召してノモンハンで軍隊生活をしていた筈だ。病弱な親と家族を残

して。石器に関しては考古学者の相沢忠洋を先ず思い出す。アイヌのたたかひの矢の根な

ど愛す少年はそれを武器として見ていたのか。それとも、太古の争乱のない狩猟時代の頃を

夢見ていたのか。などとそえられた言葉に言外の物事が暗示されているが、それは想像で

感じ取る以外にない。アイヌ人も文明とともに北へ北へと追いやられていった。平和な時代で

あれば古きアイヌのたたかひの矢の根など愛す少年の人生も変わっていたのであろうか。

書き置きの最後の「平和な時代であれば~」の文の末尾に「か」を追加した。文も表現として

時々に揺れているようだ。同様に歌もその時々の作者の心情を切り取って固定してしまう。と

もかく「古きアイヌのたたかひの」とリズム良く流れるが、「たたかひの」というただ一つの言葉

に何とも言い難い心情を感じている。自分としてはこの一首を何度も読み、その五文字が「つ

かひたる」とか「つくりたる」という言葉であってくれればとそこはかとなく思った。しかし、それ

では幼き頃からの友の挽歌にはならない。歴史や時間の歯車は決して戻らない。それだから

こそ、古代に対するロマンを抱く事が可能になるのか。

2010年4月 5日 (月)

伏せ字:いとしきもの

2010/4/5

伏せ字

降りしきる雪ををかして来し患者つぐるはXXまぢかき兵X

昭和萬葉集3巻。二・二六事件 雪の日の区分にあった短歌である。当時、検閲があったこ

とはおぼろげながら知っていた。しかし、その実態を見たのはこの短歌であった。解説に、

「兵X=兵乱か。当時検閲をおそれて乱や革命などの字はXや○の伏せ字で印刷した。」とあ

り、ようやくこの短歌を理解する手がかりを得た。二・二六事件当日の事を歌にしてその数ヶ

月後に発表している。歌といえども思想の表明なのである。作者は医師であり、自分の患者

が今起こっている二・二六事件の様子をつげてくれた。解説は伏せ字のXXに言及していない

が、革命ととるべきなのか。しかし、短歌は先ず表現された姿から全体を読むべきなのかも

しれない。読者はXXまぢかき兵Xから想像をたくましくして作者のメッセージを読み解かねば

ならないのかもしれない。降りしきる雪の中を無理してでも医師の先生の元に来る患者は病

気の治療は二の次に事件の重大性を訴えているようにも思える。同じ集の別の歌で病院は

事件現場の間近にあるが、台風の目の中にいるような静けさの中にあると詠っている。ま

だ、このクーデターの行く先は分かっていない時の一首である。そういう意味でXXが不定方

程式の未知数のように読めてしまう。患者が「XXまぢかき兵X」とつげただけでは歌にはなら

ないと思われる。患者の行動に自分の心情を重ねて歌にしているのであろう。フロイトをかじ

って心理学的な検閲という概念がある事を知った。無意識のうちに抑圧してしまう思想もある

のだろう。当時は戦地に送る手紙等は当局の行う検閲を受けていたようだ。一般出版物等

の思想統一の為の検閲は最悪発禁に到る。そのような事態を避けるべく事前に自己検閲で

伏せ字にしたのであろうか。ともかく、そのようにして世に出た歌であろう。思うにこのクーデ

ターにはかない望みを託した人々も少なからずいたのではないか。

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    初心者向け柿栽培参考書(旧版)。新版と比較すると楽しい。
  • 山科正平: 12_細胞を読む   電子顕微鏡で見る生命の姿
    細胞はどんな部品からできているのか。そんな疑問に答えてくれる一冊。何事も形を見るのが第一歩。μからÅオーダーの世界で、細胞をメスで解剖するように、電子顕微鏡というメスで解剖して見せてくれるので興味が尽きない。
  • 柳田充弘: 11_細胞から生命が見える
    著者の専門は分子生物学、細胞生物学。普段生物を考えても細胞レベルで止まってしまう。その細胞の中で色々な分子が働いている。細胞こそ生命の基礎だが、その細胞の中の動きを知るのに最適な一冊。疑問の発端はなぜ発根剤が効くのかということ。薬剤が細胞膜を通過して細胞内で分子と分子が作用するイメージができた。本書でできた細胞のイメージは小さな無数の穴が空いた水分が充満したヨーヨーのようなもの。そのヨーヨーの中に分子部品が詰まっている。細胞自体もタライの中のヨーヨーのように浮かんでいる。細胞図面の空白部は真空でなく水分だ。細胞の内外に水がないと細胞は生きられない。水が生命のゆりかごだ!
  • 野口悠紀雄: 10_ホームページにオフィスを作る(2001年 光文社)
    ITが輝いた時代の作品。HPの活用法は参考になる。参考:url=http://www.noguchi.co.jp/(野口悠紀雄 ONLINE)
  • 小池洋男 編著: 09_果樹の接ぎ木・さし木・とり木(農文協:2007/3/31第1刷)
    やや専門的であるが、実務専門化が分担執筆しており、その場で役に立つ一冊。
  • ノーバート・ウィーナー(鎮目恭夫訳): 08_サイバネティックスはいかにして生まれたか(みすず書房1956)
    情報と通信という現代社会に不可欠の基礎的な学問を作った著者の自伝とそれを通した科学史
  • 沼田 真(編): 07_雑草の科学(研成社1979)
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