幼少の頃:お盆迎え
2012年8月14日火曜日
昨日は曇り時々晴れ。ざっそう句:汗かくも 家片づかず 盆迎え。日照時間は3.3H。それでも熱帯夜、猛暑日。最高気温(℃) 36.7 12:52 。AMEDASデータでは1H毎の最高気温は34.1℃。瞬間の最高気温(℃) 36.7との差が大きい。10分毎のデータを見ると、12:50 に36.1 ℃。風は2.1 南南東。平均で 4.4 南東 日射は10 。瞬間的に高温になる条件が重なったようだ。朝飯前に灌水。チガヤ綯い。家の周りの片づけ。楠の落葉を放置。更に雑草。庭木の枝伸び等々で作業が重なる。定刻となり中断。シャワーを浴びて新盆見舞い。
2012年8月13日の天気
TAVE= | 29.9 | |
TMAX= | 34.1 | 最高気温(℃) 36.7 12:52 |
TMIN= | 26 | 最低気温(℃) 25.9 06:37 |
DIFF= | 8.1 | |
WMAX= | 1.8 | 最大瞬間風速(m/s)(風向(16方位)) 5.4(東南東) 00:07 |
SUNS= | 3.3 | |
RAIN= | 0 |
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幼少の頃:お盆迎え
お盆という風習だけは、戦後からも大きく変わっていないようだ。幼少の頃は、寺へお盆迎えに行くのは子供の仕事。その間に父母が色々な仕事をこなす。役割分担があった。当世は、お金で済ませられる所はお金を払って省力化をする方向だ。ともかく、自分の代だけは、オヤジの真似事でも続けようかと思っている。チガヤを刈り、陰干しし、木槌で叩いてから、綯うというのも一連の作業だ。それを、盆棚に取り付け、棚を飾る。見方によれば、無駄な仕事をしているようだ。しかし、昔なら、縄を綯う事は、農作業の基本でもあった。縄も、俵もすべてコメの出荷には不可欠で、それを自給自足した。労賃ゼロで費用を削減していたわけだ。綯わないもそういう事を伝える作用はあるだろう。仏壇があるのに、なぜ盆棚なのか。考え始めると、不可解の山がそこにある。大昔は仏壇等の贅沢品は庶民には無縁だった筈だ。だが、祖先供養は何とかしようという事で、一時的な盆棚を作るようになったのではないか。いわば、盆棚は仮設仏壇だ。本格仏壇があるのに、仮設盆棚を作るのは、まさに屋上屋。逆の見方では、そんな事をなぜ延々と行うのか。縄で区画を区切る事は何かの象徴だろう。家の起工式の神事でも、同じような事をする。その時々の事情に合わせて、できる範囲でするだけで良いのではと思う。新しいことを始める動機付け、セレモニーと考えよう。