読みかじりの記:21世紀はこうなる 1990年版 編集人 竹内均 1990年 株式会社 教育社)
2011/6/19
昨日は午後少し晴れ間。大体曇り。延期になっていた町内の草刈や清掃に出た。畑の隅にカタバミが咲いていた。熟した実を入れた鞘が乾いている時に指で触ると鞘が裂けて種子を放出する。子供の頃はこれで遊んだこともある。夜はおじぎそうのように葉を閉じる。父の日で家族が揃って食事。ねむの木から緑色の尺取り虫のような虫が糸を伝って降りてきた。それが、今度はくるくる回りながらその糸を伝って上に昇り始めた。これを3人で見ていたがデジカメを取りに行っている間に登り切ってしまった。そのメカニズムは解明できなかったが、回転するときに糸をダンゴのように巻き取って短くしてゆくのではないかと思った。昆虫の恐るべき能力。東京電力の放射能汚染水の処理は想定通りに進まず不安がつのる。汚染水は日々増加中だ。
昨日の天気
TAVE= | 22.4 |
TMAX= | 26.5 |
TMIN= | 18.7 |
DIFF= | 7.8 |
WMAX= | 2.4 |
SUNS= | 1.7 |
RAIN= | 0 |
読みかじりの記:21世紀はこうなる 1990年版 編集人 竹内均 1990年 株式会社 教育社)
最近、未来学とか未来はこうなるというような明るい話題が少ないように感じる。高度経済成長で物質的な要求はかなりの程度満たされてきた。一方、精神的な要求は満たされてきたかと言えば、空疎感もある。未来への信頼感が確実に出来なければ、現在の努力も色あせてしまう。精神的な要求は金だけでは実現できない。人の言いなりでも満足できない。自分自身の価値観が必要とされるのではないか、そんな、現代の様相をもう一度過去の視点から振り返って見ようとして手にした一冊が「21世紀はこうなる 1990年版」である。一般向け科学雑誌NEWTONの増刊号である。丁度20年ほど前の時代に遡って、そこを起点に現在を見てみたい。
編集者は竹内均で、NEWTONには地震関係の記事が比較的多かったと記憶している。「竹内均;url=http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%AB%B9%E5%86%85%E5%9D%87;(最終更新 2011年4月20日 (水) 00:30 )」『フリー百科事典 ウィキペディア日本語版』(http://ja.wikipedia.org/)。の記事に「竹内 均(たけうち ひとし、1920年7月2日 - 2004年4月20日)は、日本を代表する地球物理学者の第一人者で、東京大学名誉教授、理学博士、科学啓蒙家。科学雑誌『Newton』初代編集長。代々木ゼミナール札幌校元校長。」とある。その記事によると、「旧制大野中学校2年生の夏、寺田寅彦のエッセー『茶碗の湯』を読み、学者の道を目指す。」との記事も。
本書は、1=イラストで見る21世紀、2=世界の中の日本 日本の1990年代、3=21世紀のトレンドはこれだ、4=資料編 データで見る日本の未来という4部構成になっている。
「イラストで見る21世紀」の目次タイトルは大きな横文字に小さな日本語が併記されている。ざっとみると、ハイテクをバックに実現されるであろう巨大な都市やビル空港、交通機関等、まさに未来がバラ色に描かれている。最先端の科学・技術を駆使すれば、原理的には可能な未来図ではあったと思われる。それを実現するのは、国策や民間開発であるが、膨大なエネルギーとコストを必要とするという、実現可能性の点では未来の予測の多くが、結果としては狂ってしまっていたように見える。言い換えれば、今まで築いてきた、インフラの構造的な変化は起こっていないようにも見える。また、科学的・技術的に可能な予測は、経済的な条件が整えばすぐに実行され、すでにそれが当たり前のような状況になってくるという、技術の進歩は逆に注目しなければならない。それは、情報・通信分野に顕著に現れてきたのではないか。この分野は、機能と価格という面で集積回路の恩恵を最大限に享受できたと思われる。描かれた絵の中で生き残っているのは中央リニア新幹線である。20年後の現在も実現していないが、今年になって、中央リニア新幹線のルートと駅がほぼ確定した。しかし、一方ではスローライフというスピード第一と反対の意識の高まりもある。実現に向かって、現実的な議論が盛んになるのではないか。その視点は、エネルギー、コスト、利便性である。情報・通信技術の発展で、人や物が寸刻を競い動かなければならないという場面は相当少なくなった、むしろその必要性はほぼ全滅しているだろう。内閣総理大臣の福島原発の視察がその一例でもあろう。今日テレビ会議、テレビ中継は当たり前の技術だ。また、臨海開発も結論としては失敗の部類に入るだろう。東北地方太平洋沖地震で臨海開発の一部の埋め立て地で起こった大規模な液状化も記憶に新しい。科学・技術的な見直し・検証作業は原発だけでは無いだろう。東北地方太平洋沖地震規模の地震が首都圏やその近傍に起きれば、津波は無くとも、壊滅的な被害が発生するだろう。東京都は東北地方太平洋沖地震を教訓になにを対策するのか。原発と同じで、現実を直視するのが怖く、オリンピック誘致というような夢を描いているようにしか見えない。
「マッハ2の超音速旅客機によりロサンゼルスの日帰り出張が可能になる」という記事には、「2010年にはマッハ2.5の超音速旅客機が就航する。」とある。
「コンコルド;url=http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B3%E3%83%B3%E3%82%B3%E3%83%AB%E3%83%89;(最終更新 2011年6月18日 (土) 12:44 )」『フリー百科事典 ウィキペディア日本語版』(http://ja.wikipedia.org/)。の記事に「エールフランス機
イギリスのBACとフランスのシュド・アビアシオンなどが共同で開発した超音速旅客機。初飛行は1969年3月1日。原型機4機を含め、20機が製造された。高度5万5,000~6万フィートという、通常の旅客機の飛行高度の2倍もの高度を、マッハ2.0で飛行した。定期国際運航路線をもっていた唯一の超音速民間旅客機でもあった。開発当時は、世界中から発注があったものの、ソニックブームなどの環境問題、開発の遅滞やそれに伴う価格の高騰、また大量輸送と低コスト化の流れを受けてその多くがキャンセルとなった[1]。最終的にはエールフランスとブリティッシュ・エアウェイズの2社のみによる就航に留まる。2000年7月25日に発生した墜落事故、2001年9月11日に発生したアメリカ同時多発テロによって、低迷していた航空需要下での収益性改善が望めなくなった事で、2003年5月にエールフランス、同年10月24日にブリティッシュ・エアウェイズが営業飛行を終了、2003年11月26日のヒースロー空港着陸をもって全機が退役した。超音速飛行を追求した美しいデザインや(ほぼ)唯一の超音速旅客機であったこともあり、現在でも根強い人気を持つ。」
巨大、超高速等、人類の可能性への挑戦は必ずしも、実用化という現実の社会的な要求とは合致しなかったのが歴史の教訓ではないかと思える。
第三部の「医療技術の進歩」では、「現代の難病は克服されるか」というタイトルで課題と予測が述べられている。遺伝子治療の成功が2000年と予測されている。臓器移植に関しては、そのシステムの整備と社会的コンセンサンスの必要性が述べられている。医療技術ももはや赤髭の時代ではなくなり、医療システムの中に組み込まれ、財布と算盤の時代になってしまった。生と死という倫理観という壁がまだ残っている。この壁は守るべきか崩すべきか、現在から未来にかけて直面を迫られる。「65歳は「老人」ではなくなる」というタイトルでは「2015年には高齢者人口は3000万人を超える。」という予測がある。総務省の情報(高齢者人口の現状と将来:url=http://www.stat.go.jp/data/topics/topics051.htm)によると、「65歳以上人口の割合は今後も上昇を続け、平成27年(2015年)には総人口の26.0%(3277万人)と、およそ4人に1人が65歳以上になると見込まれている。」とほぼ妥当な予想がなされている。問題は、その予想が政策に十分反映されてこなかった点だろう。
第二部の「そのとき日本こうなる」では、「労働力の流動化が企業を変える」というタイトルで、労働市場、雇用関係の変化を明るく描いている。就「社」より就「職」の時代となり、「契約社員制度」も述べている。契約社員、労働者派遣の現実は雇用側と労働側の利益の配分割合を大きく変えた。一時的な雇用の体力増加は、長期的には雇用側の体力の減少を招いているようでもある。社会の活力事態が萎えているのが現代の状況のように見える。
本書の巻頭を飾るのが、「日本の未来を占う 21世紀テクノロジーが日本をのばす」というタイトルの経済評論家の長谷川慶太郎とNEWTON編集長の竹内均の特別対談だ。長谷川は鉄鋼歩留まりが、当時(の現在)65%台からの95%に向上した事を例に取り、石油ショックが日本産業の体力強化になった事を述べている。液化天然ガスの活用に世界に先駆けて取り組んで長期契約で安い資源を確保したとの記事もある。長谷川:「私はね、エネルギー関係は1にも2にも3にも、全部経済関係だと考えています。」経済評論家独自の視点かもしれない。現実もその通り動いた。電力料金が固定で硬直化していることに対して、曜日や時間帯で変えて、今日的視点では、ピーク需要の平準化化とエネルギーコストの低減の必要性にも言及している。その基盤となる安定な電力を供給する原子力発電も念頭にあると見られる。電力料金体系も電力事業体系も、残念ながら経済の流れから遅れて、恐竜のような末期を迎えているようにも見える。会社経営者が無担保で借金する場合に経営者が個人保証する事に対して、それは倫理でなく、「日本の経営者のモラルのレベルがアメリカやヨーロッパの経営者にくらべて高いとはいえないと思います。これはシステムなんです。」と言い切っている。日本の、特に大企業の経営者の精神が、戦後どのように変化したのかは改めて検証する必要があるように思える。この特別対談の末尾が印象に残る。竹内:日本の将来は非常に明るいんですけど、ちょっと心配なことははないですか。あるいは警告すべきこと。長谷川:警告すべきことは、たった一つしかありません。それはね、政治です。竹内:なるほど(笑い)。そうかもしれん。
自分は、集積回路の中でも電源用の集積回路の開発に従事した事があった。集積回路は電力を作る事はできないが、器機の安定動作には不可欠だ。昔は安定化電源とか電圧調整器というような言葉もあった。器機が微細化してその動作が外乱等の影響を受けるのを防止し、安定に動作させるための補助的な機能だが、主たる機能の他にその機能を発揮させる補助的な機能が統合されてシステム全体が正常に機能する。これは、全てのシステムに共通している事である。文明社会の中で、政治の役割は何か。経済評論家長谷川慶太郎は政治に何を警告したかったのだろうか。
以下本題。
かみつけ女流歌人 雅:閑日月
歌題=閑日月:
■落葉して 明るくなれる 片隅の 残菊の花に 蝶は動かず 55 須田 修子
花も蝶も季節の変化の前に、か弱き存在である事に共感しつつ、なお明るく詠んでいる。