藁仕事
2009/7/18
藁仕事
かあさんの歌のせりふの中に「おとうは土間で藁打ち仕事」という部分がある。稲作の米が主
産物であるなら、藁はその副産物で用途が広かった。その一つが牛馬の飼料。俵や縄など
の加工品。米を入れる俵も同じ作物から作るのだから今日からみても合理的でエコ製品であ
ったと思う。縄ないは手でやったり機械を使ったりしていた。機械の方は藁の外側の弱い部
分を除外して芯の部分を二つの受け口に交互に差し込むとモーターの力で藁がよれて縄に
なる仕組みであった。この芯をよりすぐる道具もあった。父に教えられて機械に藁を差し込む
作業を手伝った事もあった。手で綯うのは少し技術が必要だ。多分、父に教えられてみよう
みまねで覚えたのかもしれない。何とか手作業の綯わないも覚えている。盆棚を作るときに
は今もチガヤで縄をなっている。今、手で縄をなう方法を言葉で表そうとしているが、表現の
困難さに直面している。二本の茎を綯い始める部分が分離しないとうに手の平に並べて各々
の茎が別々に同じ方向に力を入れて撚るとお互いの茎が相互に巻き付いて縄の一部が形
成されてくる。適宜茎を補給して形成された縄を伸ばしてゆく。何かDNAの螺旋構造と似て
いるような感じがする。縄が成長するのはこの手の平の中なのだ。DNAは相手の梯子階段
を分子が結び付けている。縄文土器とはこのようにして綯った縄で粘土で作った焼成前の土
器の表面に縄の図柄を転写したものらしい。縄を綯うのは糸を撚るのと原理的には同じであ
るようだ。ともかく縄は短く弱い素材から長く強力な資材を作り出す偉大な発明であったよう
だ。このようにして作った細い縄で俵を編んだ。この仕事を父親は夜なべでしていた。俵編み
には専用の道具があった。俵作りは米の運搬や保管と直結するので出来た俵の品質が重
要であった。結局俵作りは一度も経験する事はなかった。下手な俵では米がぼろぼろ漏れて
しまうだろう。