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2009年11月

2009年11月30日 (月)

水鉄砲

2009/11/30

水鉄砲

筒に水を吸い込み筒の一端から水圧を加えて水を射出する遊具である。水鉄砲は竹の一節

を利用して作った。節の底は残して、底に錐で穴を開ける。これが吸水口兼噴出口となる。

片方の大きな開口部は圧力を加える棒を出し入れする部分だ。水が漏れないように棒には

ぼろ布を巻いた。これで、棒を引いて水を吸い上げて、棒を押して水を噴射する。子供同士

で水鉄砲の撃ち合いをしたように思う。しかし、この方式では連続して撃てない。ある子供

が、従来の水鉄砲の側面にもう一つの穴を開けて、中にビー玉を入れた新型の水鉄砲を作

ってきた。これを、水の中に突っ込んで棒を引くと、底の穴から水を吸い込んで、棒を押すと

側面の穴から水を噴出して、連続射撃が可能になった。単発銃から機関銃になったように感

じた。ビー玉が弁の役割をして、吸水口と噴出口が別々に出来た事、水底に押しつける形で

水を噴射出来たので力が入り距離が伸び、命中精度が上がったというメリットがあった。しか

し、撃ち合いというとどうも機動力が落ちる結果になった。水を供給する水たまりや洗面器等

が必要であった。最終的には、通りがかった人に水をかけて楽しむようになりいつしかすた

れてしまった。子供ながらこれは面白い考案であると思った。

2009年11月29日 (日)

コマ回し

2009/11/29

コマ回し

正月前後の子供の遊びには、竹馬、羽子板、たこ揚げ、コマ回し等があった。女児の遊びを

男児が行う事はあったが、その逆は少なかったと思う。コマにもべーゴマ、だっちょうゴマ、と

普通のコマの三種類位あった。友達と一斉に回して回転する時間の長さを競った。これも、

ひもの巻き方、引き方等色々ノウハウがあった。だっちょうゴマはひょうたん型をしたコマで、

倒れそうになった時、ヒモでコマの下半部を叩くと元気良く回り出すので、別の遊び方が出来

た。ヒモで回転エネルギーを印可して、摩擦による回転エネルギーの低下を補っていた訳で

ある。そんな時に、究極的な時間延長技術が登場した。それは、コマの軸の最下部の細まっ

た部分に、鋼鉄製のベアリングを埋め込むことであった。ベアリングは自転車やかどこかで

手にいれたとおもう。これを埋め込んで平らな面の上で回すとかなり長時間回ったように思

う。しかし、その結末ははっきり覚えていない。ぐるぐるいつまでも回っているコマをじっくり見

つめているのはどうしても老人臭くなって飽きがきたのかも知れない。ともかく、子供の遊び

は気まぐれであるが、熱中する時は良く熱中した。そこに、思いがけない新発明が登場した。

子供の頃から独創性を伸ばす訓練も有意義であろう。

2009年11月28日 (土)

おはじき

2009/11/28

おはじき

主に女児の遊びであったが、時には一緒に遊んだ事があった。幼少時の子供達の遊びは多

様であったが、普通は男児と女児は別グループで遊んだ。おはじきはビー玉と同じく勝ち負

けと遊具のやり取りがあったと思う。おはじきの形状は薄いガラスの円盤で製造はビー玉と

大して変わらないと思う。さらにおはじきを大きくした遊びに石蹴りがあった。実際に適当な石

ころで遊んだこともあった様だが、市販のガラス製の遊具をつかった。お手玉も主に女児の

遊びであったが、借りて遊んだ事があった。これは小さな布袋に小豆やトウモロコシの実や

ハトムギの実を入れた物で、母親か祖母が手仕事で作って女児に与えたようだ。遊び方と一

緒に数え歌のような歌も教えたようだ。歌に合わせてお手玉とりをしていた。歌に合わせてお

手玉取りが出来れば子供としては一人前であろう。ともかく女児の遊びもちょっとだけはした

記憶が残っている。男女一緒の遊びには、とうりゃんせ、鬼ごっこ、なわとび等があった。幼

少時にはごっこ遊びが行われるとわれている。ごっこ遊びの代表例は、ままごと 、お医者

、電車ごっこ 、チャンバラ等があるようだ。これは、正に役割シミュレーション遊びであろう。

幼児から少年への変革時期に自我の確立という大きな精神構造の構築が行われる。このよ

うな遊びを通して自己と他者の区別が認識され、自分の役割を自覚するようになるのであろ

う。自分の幼少年期を振り返ると小学4年生の頃から幼年期から少年期に移行しつつあった

ように感じる。 残念ながら、今日の子供の遊びについては良く分からない。しかし、無心に遊

べる時間が減り、遊びも上から、周辺から管理される部分が大きくなっているのでは無いか

と思う。日本では古来、ほぼ12-16歳の頃に元服が行われてきたらしい。この年齢になれば

一通りの生活体験が終わり一人前と見なせたからであろう。小学4年生の頃が丁度元服の

準備期間に相当するようだ。成人年齢を18才に引き下げる事が議論されている。成人の基

本的な要件としては精神的な自立が挙がられるであろう。果たして日本の実状に適うの

か。

2009年11月27日 (金)

借り物の返済

2009/11/27

借り物の返済

子供の世界ではビー玉やメンコがやりとりされていた。その数は精々ズボンのポケットに入る

程度である。友達と遊んで少しポケットがふくれると何となく幸せな感じになった。ビー玉やメ

ンコは子供のコレクションでもあり、財物でもあった。大抵のゲームは手持ちの財産がゼロに

なるまでやらない内に飽きて終わってしまったと思う。ともかく相手の数と自分の数を合わせ

れば一定で不変である。ゼロサムの世界である。手持ちの財産が無くなった事を知るのは子

供がてらにゼロの発見にも通じるのだろう。手持ちの財産を全て相手に渡してしまえば倒産

と同じでその先がない。そこで相手からその財産を借りてゲームを続ける事もできる。ここ

に、新しい関係が生じる。結局借財は数字の上ではマイナスの数という概念に通じていたよ

うだ。マイナスの数を持ち込んでもゲームの世界ではゼロサムに変わりはない。しかし、現実

の人間の行為と言う点では勝ち負けという因果関係が生じてしまう。結局ゲームが終わった

時の精算が問題になる。リーマンショックも貸し借りの関係で実態以上に取引金額が膨らん

で、そのゲームのルールがどこかおかしいと気付かれたときに発生したのであろう。ゲーム

の参加者が余りにも多く、その金額も巨大であり、一人一人のゲーマーもそのゲームの構造

を理解できなかった。結局多くの人々がマイナスというジョーカー(ババ)を掴まされて、わず

かの人々が潤った。ある時、それも相当以前の事であるが、福田赳夫の幼少時代の逸話を

ラジオか何かで聞いた覚えがある。福田赳夫は少年時代ランプのほやを掃除する仕事を言

いつけられていたとの事である。ところが、福田赳夫少年はこの仕事が余り好きではなかっ

たらしい。くだんの如くビー玉やメンコで勝った時、福田赳夫少年はそれを負けた少年に分け

与えて、代わりにランプのほやを掃除させたという事であった。こうすれば、また同じ遊びが

できる。この話にはうーんと唸ってしまった。確かに並の少年を越えていたのであろう。

2009年11月26日 (木)

ビー玉(改題):寝言老人が幼少の頃:凡人の弱さ・射倖性とギャンブル依存症。091126。

2009/11/26

ビー玉(改題):寝言老人が幼少の頃:凡人の弱さ・射倖性とギャンブル依存症

直径1㎝位のガラス玉である。例外的に標準より大きいのも小さいのもあった。色つきの物や色柄入りの物もあった。従って、色々なビー玉を集める楽しさもあった。この、ビー玉のやりとりがゲームとなっていた。

ビー玉とはやや気取った外行きの言葉で、当時はハン玉と呼んでいたように思う。ビー玉のビーはガラスのビードロに由来するのだろうか。ハン玉のハンは何に由来するのか。ふっと半丁が浮かんだが...。

一番単純な遊びは、交互にビー玉を転がして相手のビー玉に当ててならばそれを自分の物にできるというルールである。これは一種のハンティングゲームのような感じがする。しかし、取り引きできる数量は余り多くはない。

変な名前であるが、丸出しというビー玉遊びがあった。これは、対戦者が地面に描いた円の中に何個かのビー玉を出し合い、自分のビー玉を当てて、円から外にはじき出した物を自分の物にできるゲームである。自分のビー玉が円内に残ってしまったら総負けけで、全部相手の物になったように記憶している。

要するにギャンブル性は大きくなり、それに連れて行き来するビー玉の数も増える。これは一種の共同事業のモデルであるようにも思われる。ようするに出資者は努力をすれば報酬がおおきくなる可能性がある。

更に進んで、売った買ったというゲームもあった。売り手は、自分のビー玉を何個か並べる。もうけるには当たりそうで当たらないように並べるコツが要る。買い手はある決められた距離からビー玉を投げて目的のビー玉に当てると並んだビー玉を総取り出来る。買い手は何人でも可能になる。外れ玉は売り手の物になる。何かパチンコゲームの様に射幸心をそそるようになる。

あるとき、自分が売り手になって買い手のビー玉を全部巻き上げてしまった事がある。買い手は後でナスから玉を貸してくれと言うので貸してやった。それも全部すってしまった。それ以来、こういうゲームは気乗りがしなくなった。ゲームの厳しさを教えてくれた。子供であったから無事済んだが。

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2009/11/26

ビー玉

直径1㎝位のガラス玉である。例外的に標準より大きいのも小さいのもあった。色つきの物

や色柄入りの物もあった。従って、色々なビー玉を集める楽しさもあった。この、ビー玉のや

りとりがゲームとなっていた。ビー玉とはやや気取った外行きの言葉で、当時はハン玉と呼ん

でいたように思う。ビー玉のビーはガラスのビードロに由来するのだろうか。ハン玉のハンは

何に由来するのか。ふっと半丁が浮かんだが...。一番単純な遊びは、交互にビー玉を転

がして相手のビー玉に当ててならばそれを自分の物にできるというルールである。これは一

種のハンティングゲームのような感じがする。しかし、取り引きできる数量は余り多くはない。

変な名前であるが、丸出しというビー玉遊びがあった。これは、対戦者が地面に描いた円の

中に何個かのビー玉を出し合い、自分のビー玉を当てて、円から外にはじき出した物を自分

の物にできるゲームである。自分のビー玉が円内に残ってしまったら総負けけで、全部相手

の物になったように記憶している。要するにギャンブル性は大きくなり、それに連れて行き来

するビー玉の数も増える。これは一種の共同事業のモデルであるようにも思われる。ようす

るに出資者は努力をすれば報酬がおおきくなる可能性がある。更に進んで、売った買ったと

いうゲームもあった。売り手は、自分のビー玉を何個か並べる。もうけるには当たりそうで当

たらないように並べるコツが要る。買い手はある決められた距離からビー玉を投げて目的の

ビー玉に当てると並んだビー玉を総取り出来る。買い手は何人でも可能になる。外れ玉は

売り手の物になる。何かパチンコゲームの様に射幸心をそそるようになる。あるとき、自分が

売り手になって買い手のビー玉を全部巻き上げてしまった事がある。買い手は後でナスから

玉を貸してくれと言うので貸してやった。それも全部すってしまった。それ以来、こういうゲー

ムは気乗りがしなくなった。ゲームの厳しさを教えてくれた。子供であったから無事済んだ

が。

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追記(2017/11/21):記事整形、過去BLOG再読、印象・コメント等
文字サイズ・色・タイトル名を変更。
この記事を再読して、メンコやビー玉で遊んだのは何歳頃だったか気になった。多分小学生中学年前後だったような記憶がある。教えられてした遊びでは無い。物をやりとりする遊びは経済活動のシミュレーションという効果があったのだろうか。メンコやビー玉を大量に買って小遣いが不足したという記憶も無い。昔の遊びは、ゲーム器のように高価では無く、DIYが原点だった。

現代のトレカの遊び方や景品も気になるが、昔の遊びとの関係はあるのか。Pokemon GOというゲームは2016年頃社会的な話題になったが既に山を越えて下火になったのか。消費者がゲームメーカーの餌食になって終わりか。


2009年11月25日 (水)

メンコ

2009/11/25

メンコ

面子(めんつ)が一般読みだが、これをメンコとも読むようだ。当て字なのか何か関係がある

のか分からない。子供の頃の遊びだったが、面子をブツケと呼んでいた。このゲームの原型

は江戸末期から明治初期に遡るらしい。ボール紙に絵や写真を印刷した紙を貼った名刺よ

りやや長めの紙のおもちゃであった。これを二枚地面に置いて、ゲームの相手と交互に自分

のブツケを地面にたたきつけて相手のブツケを裏表反転させると勝ちになり、相手のブツケ

を自分のものにできた。これは一種のギャンブルの様であったが、技量や工夫を必要とした

ので単なるギャンブルとも違うように感じる。ともかく、ひっくり返す為には、相手のブツケの近

くに足を置いて、ブツケを叩きつける時の風圧を利用するような工夫をした。逆に、ひっくり返

されない様にブツケの下側に空気が入らないようブツケの四辺を軽く折り曲げたりした。要す

るに、相手の物を取るために駆け引きや技術も覚えるのだ。絵柄には大衆の人気があった

役者者等があったように思う。映画や演劇は見た事はないが、片岡知恵蔵、ゲリークーパー

の絵柄にあった様に思う。何人かでやったような記憶がある。ともかく一人ゲームではなく対

戦が必要なゲームである。こういうゲームを通して対人関係や物のやり取りのルールを知ら

ず知らずのうちに学んだのではないかと思う。小学生に小~中学年頃の遊びだったと思う。

今、このようなゲームはあるのだろうか。

2009年11月24日 (火)

Zライト

2009/11/24

Zライト

机に長時間向かうときには照明が必要になる。自分の幼少時代の机は食卓であったり、リン

ゴ箱であったりで専用のものはなかった。従って、照明も部屋の照明で勉強した事になる。本

格的に勉強が必要になって買って貰ったのが木製の机と椅子であった。結局社会人になっ

て中古のスチールデスクを買うまでこれを使い通した。これに合わせて買って貰ったのが15

W程度の卓上蛍光灯であった。蛍光灯は交流点灯でわずかでも光がちかちかするのが気に

なり出すと集中できなくなる。この蛍光灯を使わなくなり、代わりに買ったのがZライトであっ

た。「山田照明は、1970年代半ばにテレビCMを打っている。」(後記サイトの記事)とあり、自

分もこのCMをみたのかもしれない。メーカーは忘れていたが、商品名は覚えていた。調べて

みると、山田照明のホームページに1954年の発売以来、愛され続けている山田照明『Z-

LIGHT』とあり、山田照明のものとわかった。薄い青色のガラスを使った白熱電球が使われ

ていた。アームと照明部分が可動式になって光の向きや強度が調整できた。まだZライトは

健在で、同社の新商品にはLED方式の物もあった。類似品を余り見かけないのでひょっとす

ると特許があるのではないかと調べてみると次ぎのサイト名「COMZINE」の記事がヒットし

た。特許も取得されている。『Z-LIGHT』の始まりは作業灯にあり、それを家庭・民生用に売り

込むときに付けた名前が『Z-LIGHT』であったようだ。Zは『Z-LIGHT』の形状を現している。そ

んな『Z-LIGHT』に高校生頃に出合っていたわけである。参考:「COMZINE」のニッポン・ロン

グセラー考VOL.40、Zライト。

http://www.nttcom.co.jp/comzine/no040/long_seller/index.html

2009年11月23日 (月)

テスター

2009/11/23

テスター

電気工作をする時、先ず必要になるのがラジオペンチと半田ごてであろう。小学生時代に鉱

石ラジオを作ったので当時もこういう道具は持っていたと思う。次ぎに欲しくなるのがテスター

である。テスターは数千円するので買ったのは多分大学生になってからであろう。大学時代

はアルバイト等で少しゆとりが出来てきた。高校時代は電気工作をする精神的なゆとりがな

かった。最初に買ったのは日置というメーカーのものであった。社会人になってから買ったの

が三和の物であった。これは大切に使おうと思って、ついにいしまい忘れて行方不明になっ

ている。日常使っているテスターは千円程度の物が数台あり、あちこち使う場所に置いてあ

る。電圧のチェックと導通の確認程度ならばこれで十分なのである。安価なテスターが店に

あるとついつい買ってしまう。要はちょっとテスターが必要な時その場に無いと貴重な時間を

失ってしまうような気持ちになるのだ。それならば安物でも数が多い方が良い。そんな工具に

ドライバーがある。これも100円ショップでついつい買ってしまう。それなりに便利である。最

近ではDIY店で1000円程度のデジタルテスターが売られている。いつか買ってみようと思

う。ともかく、この価格で採算がとれるとすると、使っているA/D変換器等の電子部品の価格

も相当下がっているのだなと感慨を新たにする。

2009年11月22日 (日)

星の一筆書き

2009/11/22

星の一筆書き

子供の頃はほんとに良く遊んだ。暗くなると夜空の星をみて遊んだ。しかし、有名な星座以外

はあまり覚えなかった。それよりも、あの星とあの星とあの星をつなげると何々になると言う

風に夜空の星で一筆書きのような遊びをしていた。友達も同じようにして星の一筆書きを作

って教え合った。単純な遊びであったが、星がきらきら輝いていたのもその神秘さの秘密で

あったと思う。確かに最近は天の川をはっきり見た事がない。目の性能も落ちている。見え

にくい環境になった。それよりも、夜空を見上げるゆとりも無くなったのか。最近の子供も流

星を見たり、プラネタリウムに行ったりすると思う。こういう経験ができる子供は幸せであろ

う。しかし、誰からも教えられたりせずに、極自然に夜空を見上げて感動する機会は少なくな

っているのかもしれない。ともかく、時には夜空を見上げてみたい気持ちになった。

2009年11月21日 (土)

WZ EDITOR

2009/11/21

WZ EDITOR

DOS/Vの時代から文書入力はVZ Editorを使ってきた。FEPはMSIMEには馴染めず、

ATOKを常用している。風ログのブロガーさん達は絵文字あり、写真ありでブログ発信を楽し

んでおられるようである。ともかく、約束:規則のある物事に新しく取り組むのは大変である。

VZではファイラーという機能があり、ファイル操作が容易に出来たのでこの機能をつかった。

会社の仕事を自宅でする場合、VZで入力し会社の一太郎で印刷するようなパターンであっ

た。WINDOWSの時代になってVZのWINDOWS版のWZが発売になった。発売後しばらくた

ってからWZを購入した。今Verを調べてみたら3.0である。一度V-Upした記憶がある。Vの次

がW だからWZ EDITOR だったのかと今更思う。そこでWIKIPEDIAでWZ EDITORについて

べてみた。「1988年発売のMS-DOS用テキストエディタ「VZ Editor」から2003年10月発売の

WZ EDITOR 5.0」までを販売してきた株式会社ビレッジセンターは、2008年4月に株式会社

ソフトウェアに対して「WZ EDITOR」関連事業を移譲し、2008年11月末に会社を解散した。」

(最終更新 2009年7月29日 (水) 13:24 )時代は変わり、その主役も変わったのであろう。し

かし、WZ EDITOR関連事業の移譲を受けた会社名にWZという文字が残り、VZやWZの

DNAが引き継がれているものと思う。現在、WZ EDITORで背景をグリーンに設定している。

この設定で入力時のストレスが和らげられているように感じる。WZ EDITORとのつき合いは

まだ当分続きそうだ。

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    刃物という視点で多くの事例が取り上げられている。刃のある道具の理解にも役立つ。類書が少なく貴重な一冊。「すべり変形が切断の原理」という考え方で説明している。
  • 沼田 真   : 植物たちの生( 1972年 岩波新書(青版 833))
    「ご要望にお応えしてアンコール復刊(1988年岩波新書50年記念復刊) 地球生態系の中で自然を見直す」(腰巻きのフレーズ)。植物の知恵と戦略に人類は勝てるのか。
  • 出町 誠: 14_NHK趣味の園芸:よく分かる栽培12ヶ月  カキ(NHK出版2007年)
    初心者向け柿栽培参考書(新版)。旧版と比較すると楽しい。
  • 中村三夫: 13_NHK趣味の園芸:作業12ヶ月  カキ(NHK出版1996年)
    初心者向け柿栽培参考書(旧版)。新版と比較すると楽しい。
  • 山科正平: 12_細胞を読む   電子顕微鏡で見る生命の姿
    細胞はどんな部品からできているのか。そんな疑問に答えてくれる一冊。何事も形を見るのが第一歩。μからÅオーダーの世界で、細胞をメスで解剖するように、電子顕微鏡というメスで解剖して見せてくれるので興味が尽きない。
  • 柳田充弘: 11_細胞から生命が見える
    著者の専門は分子生物学、細胞生物学。普段生物を考えても細胞レベルで止まってしまう。その細胞の中で色々な分子が働いている。細胞こそ生命の基礎だが、その細胞の中の動きを知るのに最適な一冊。疑問の発端はなぜ発根剤が効くのかということ。薬剤が細胞膜を通過して細胞内で分子と分子が作用するイメージができた。本書でできた細胞のイメージは小さな無数の穴が空いた水分が充満したヨーヨーのようなもの。そのヨーヨーの中に分子部品が詰まっている。細胞自体もタライの中のヨーヨーのように浮かんでいる。細胞図面の空白部は真空でなく水分だ。細胞の内外に水がないと細胞は生きられない。水が生命のゆりかごだ!
  • 野口悠紀雄: 10_ホームページにオフィスを作る(2001年 光文社)
    ITが輝いた時代の作品。HPの活用法は参考になる。参考:url=http://www.noguchi.co.jp/(野口悠紀雄 ONLINE)
  • 小池洋男 編著: 09_果樹の接ぎ木・さし木・とり木(農文協:2007/3/31第1刷)
    やや専門的であるが、実務専門化が分担執筆しており、その場で役に立つ一冊。
  • ノーバート・ウィーナー(鎮目恭夫訳): 08_サイバネティックスはいかにして生まれたか(みすず書房1956)
    情報と通信という現代社会に不可欠の基礎的な学問を作った著者の自伝とそれを通した科学史
  • 沼田 真(編): 07_雑草の科学(研成社1979)
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