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2012年10月 4日 (木)

ツルよ 飛んでおくれ(目に留まった風景):富士重工業伊勢崎工場の謎の煙突

2012年10月4日木曜日
昨日は曇り。最高気温(℃) 24.0 13:59 。夏日を脱して涼しい位。ざっそう句:食卓や 猫が丸まる 亭主の座。朝方は子供会も参加して定例の仕事。その後、遅い朝食。今まで、床にふんぞり返って寝ていた猫が、最近では亭主の座を占拠して丸くなっている。猫も気温に合わせて行動している。それも、悠々自適でうらやましい。最近、民家の空屋が目立つが、地域の工場などの稼働状況はどうなのだろう。農業(一次産業)、工業(二次産業)は縮小の時代に入ったのか。残念だが一般人が、工場の中を覗く機会はほとんどない。自分も、現役時代は家族に職場を見せた事は一度もない。もっとも、見学コース等はあったと思うが。産業の発展も現物を見ることから始まるのではないか。群馬の工場が、第二、第三の富岡製糸場になるだけでは勿体ない。

2012年10月3日の天気(AMEDAS)

TAVE= 21.2
TMAX= 23.8 最高気温(℃) 24.0 13:59
TMIN= 19.1 最低気温(℃) 19.1 24:00
DIFF= 4.7
WMAX= 2.1 最大瞬間風速(m/s)(風向(16方位)) 6.5(南東) 16:19
SUNS= 0.1
RAIN= 2.5

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ツルよ 飛んでおくれ(目に留まった風景):富士重工業伊勢崎工場の謎の煙突

この道は、まだ自動車を持てない若いサラリーマンの頃、駅まで自転車で良く通った道だ。この工場の構内には一度も入った事がないと思う。最初に買った車が中古のスバル1000だったような記憶がある。雪が降って、駐車場で後輪にチェーンを装着しようとしていると、スバルは前輪に巻くんじゃネンと会社の見知らぬ従業員が一言注意してくれた。ああ、顔見知りでなくて良かったと胸をなで下ろした。当時、前輪駆動が富士重工業の誇るべき技術だとは知らなかった。

この煙突の写真は、サンデン本社の西側の道から、その西方で、朝陽を浴びて白く輝いている煙突をみて、自転車を止めて撮影した。懐かしい風景だが、ほとんど何の印象もなく今まで通り過ごしてきた風景だ。富士重工業株式会社伊勢崎工場。所在地は、群馬県伊勢崎市末広町100。富士重工業の創立は1953年(昭和28年)7月15日(創業:1917年(大正6年5月))。創業者は中島知久平。戦前軍用機を作った中島飛行機がその母体で、群馬の名門企業といえるだろう。

富士重工業ホームページによれば、現在の伊勢崎工場は従業員数(人)75 、主な生産品目は自動車用部品 となっている。かつてはこの工場で大型バスが作られていたと思う。サンデンの主力工場が、本社を残して粕川へ移転し、伊勢崎駅の北側にあった、東京アイシーの敷地も更地になり、栄枯盛衰という時代の変化をまざまざと感じる。多分、かつては、朝夕の通勤時間帯は伊勢崎駅からこの周辺までは活気に満ちていたのではないか。

「中島知久平。http://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%B8%AD%E5%B3%B6%E7%9F%A5%E4%B9%85%E5%B9%B3。(最終更新 2012年9月22日 (土) 14:19 )」『フリー百科事典ウィキペディア日本語版』(http://ja.wikipedia.org/)。の記事に「生涯 [編集]:群馬県新田郡尾島村字押切(現在の群馬県太田市押切町)出身。「飛行機報国」の信念から、慣例をやぶって海軍を中途で退役し、兄弟で飛行機製作所(のちの中島飛行機株式会社)を創設した。 その後立憲政友会所属の代議士となり、1939年(昭和14年)には政友会革新同盟の総裁となっている。 アメリカの国力を知るところから、当初は日米戦争には消極的だったが、開戦後は「米軍の大型爆撃機が量産に入れば日本は焼け野原になる」と連戦連勝の日本軍部を批判し、ガダルカナルの争奪戦では日本の敗戦を予想して、敗勢挽回策としてZ飛行機(いわゆる「富嶽」)を提言するが44年まで無視され、時期に遅れて計画は放棄された。 近衛内閣の組閣3ヶ月後発足した「大政翼賛会」は幕府的、ファッショ的で立憲政治を侵すとして、強力な政党を作ろうとしたが、終戦まで果たせなかった。」とある。

ペンシルロケットの開発者であり、「日本の宇宙開発・ロケット開発の父」と呼ばれる糸川英夫が、中島飛行機の技術者だった事も思い出す。糸川英夫は、「中島飛行機に入社し、帝国陸軍の九七式戦闘機、一式戦闘機 隼、二式単座戦闘機 鍾馗などの設計に関わった。(WIKIPEDIA記事)」

一方サンデンは、創業者牛久保海平の織物関係の起業から始まり、部品、自転車用発電ランプ、ショーケース、カーエアコン等に業績を伸ばし、現在に至っている。確か、著書に「海平なり (海穏やかなりと読むらしい)参考:http://motozaemon.blogzine.jp/chek1/cat2806473/」があり、読みかじった記憶がある。自分の周辺にもサンデン関係者は多数おり、有力企業として地域に貢献してきた。サンデンのホームページの沿革記事によれば、「1940年代:1943年(昭和18年)7月、戦争中の日本。民間工場は、軍需産業に移行するか廃業するかの二者択一を迫られ、織物工場を営んでいた牛久保海平は通信機用部品やマイカコンデンサーの製造を開始。ここにサンデンの前身である三共電器株式会社は産声をあげました(資本金198千円)。終戦後、自転車で通勤してくる社員たちにヒントを得、自転車用発電ランプの開発に業種転換。闇を照らす“ふくろう”のマークや“夜の千里眼”“明るさ満月の1000倍”といったキャッチフレーズによる販売促進活動も展開、1953年(昭和28年)には月産3万台に達し、発電ランプ業界に不動の地位を築きました。」(http://www.sanden.co.jp/company/history.html)とあり、地域産業の発展に織物産業が寄与して来たことが理解でき大変参考になる。ところで、あの煙突は何に使われてていたのだろうか。事業が盛況であった往事を語る偉容には違いないだろうが。
Fujijyuukou_isesaki_entotu_120929
fujijyuukou_isesaki_entotu_120929.jpg

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追記(2014/2/19): 「ツルよ 飛んでおくれ(目に留まった風景):富士重工業伊勢崎工場の謎の煙突(2012年10月4日木曜日)」が当サイトのランキングに入ったのでメモしておく。

サイト内でキーワード「富士重工OR中島飛行機」を検索(https://www.google.com/?hl=ja#hl=ja&q=%E5%AF%8C%E5%A3%AB%E9%87%8D%E5%B7%A5OR%E4%B8%AD%E5%B3%B6%E9%A3%9B%E8%A1%8C%E6%A9%9F++site%3Ahttp%3A%2F%2Faf06.kazelog.jp%2Fitoshikimono%2F)。

追記(2014/5/17):
現在この記事のランキングは6位。先日、初めてこの煙突がよく見える付近にあるサンデンの構内に闖入。その時の記事「半端道楽:写真で俳句る:このタンポポって外来種?(タンポポよ 綿毛飛ばせよ 荒れ地にも。)(http://af06.kazelog.jp/itoshikimono/2014/05/post-b10f.html)。(2014年5月14日(水))」。入った近代的建物は道路の東側。展示室は西側の本館らし建物にあった。

Iob_sanden_isesaki_ebldng_2
追記(2014/6/22):本記事のランキングは現在10位。以前、富士重工に勤めていた同級生に聞いた時は輸出用のバスを生産してとの事であった。現在も、輸出用の乗用車は好調のようだ。日本における3Cブームの先駆けになったのが、スバル360。その発祥の地を記念するモニュメントが、三角屋根の旧工場の煉瓦側壁という形でひっそりと展示されている。場所はとりせん平和町店東側駐車場の向かい側である。道を隔てて南側に伊勢崎工業高校がある。

「伊勢崎工業高等学校ホームページ(学校概要)(http://www.iko-hs.gsn.ed.jp/)」によれば、「群馬県立伊勢崎工業高等学校は、地域の方々の大きな期待と熱意を受けて、県内で最初に誕生した工業高校です。その後、明治、大正、昭和、平成と時代の移り変わりとともに、幾多の変遷を経ながら発展し、現在は全日制が機械科(2クラス)・電子機械科・電気科・工業化学科の4学科5クラス、定時制には工業技術科1クラスを設置する工業技術を専門的に学ぶ高校です。」とある。

その沿革によれば、「伊勢崎織物業組合立染織講習所開講これが本校の前身となりました。」とあり、伊勢崎市の絹産業と深い係わりがある。染色技術に関しては定評があった。絹産業の衰退に伴い、電気、機械学科等が人気学科になったようだ。群馬県の自動車産業や電機産業も、絹産業という先行産業の上に成り立っているのだろう。

Iob_subaru360_hassyounochi 
追記(2014/7/22):
本記事が現在ランキング3位に入っている。どこからこのサイトへ来ているのか皆目分からない。アクセス解析をすれば分かるだろうが、そういう趣味はない。というより、それを行っても何のメリットも無いのが実情だ。ランキング情報を見るのも面白い。想像では、「富士重工」単独のGoogle検索では、ちょっと無理のようだ。Googleでキーワード「富士重工 伊勢崎」を検索(https://www.google.com/?hl=ja&gws_rd=ssl#hl=ja&q=%E5%AF%8C%E5%A3%AB%E9%87%8D%E5%B7%A5%E3%80%80%E4%BC%8A%E5%8B%A2%E5%B4%8E&start=10)。で検索すると本記事が16/約 74,700 件でヒットした。富士重工単独では約 2,230,000 件 (0.25 秒)と表示されるので、かなり富士重工に関して詳しい情報を求めているのか?あの煙突がある工場敷地の直ぐ東側の道路を通ったので、煙突の近景が撮影できた。やはり、近くで見ると迫力がある。時刻は15時頃で、丁度チャイムが鳴った。休憩時刻か。

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追記2(2015/11/30):いつも近くを通ると気になる富士重工の煙突。実は、何に使われたのか、現在も使われているのかわからないもどかしさがある。この工場も、時代の流れにそって色々変貌してきた。いつか聞けるチャンスがあるかもと考えているが、その時は煙突の話題も出てこない。日常の風景は、見てないようだが、無意識に見てもいる。何か意識していると見えてくる、そん存在のようだ。ある人に聞いたら、ボイラーじゃないかと言っていたが、ピント来なかった。今まで、塗装は剥げ掛かっていたが、今年の夏頃、再塗装されたようだ。大きな構造物は、それを作るのも壊すのも容易ではない。従って、ランドマークとして末永くそこにあってもらいたいと思う。再塗装は、まだまだ、地域の産業遺産としてこの煙突を守ってゆくというメッセージではないかと感じる。

Iob_fujijyuukouentotsu1511
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    初心者向け柿栽培参考書(旧版)。新版と比較すると楽しい。
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    細胞はどんな部品からできているのか。そんな疑問に答えてくれる一冊。何事も形を見るのが第一歩。μからÅオーダーの世界で、細胞をメスで解剖するように、電子顕微鏡というメスで解剖して見せてくれるので興味が尽きない。
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    著者の専門は分子生物学、細胞生物学。普段生物を考えても細胞レベルで止まってしまう。その細胞の中で色々な分子が働いている。細胞こそ生命の基礎だが、その細胞の中の動きを知るのに最適な一冊。疑問の発端はなぜ発根剤が効くのかということ。薬剤が細胞膜を通過して細胞内で分子と分子が作用するイメージができた。本書でできた細胞のイメージは小さな無数の穴が空いた水分が充満したヨーヨーのようなもの。そのヨーヨーの中に分子部品が詰まっている。細胞自体もタライの中のヨーヨーのように浮かんでいる。細胞図面の空白部は真空でなく水分だ。細胞の内外に水がないと細胞は生きられない。水が生命のゆりかごだ!
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    ITが輝いた時代の作品。HPの活用法は参考になる。参考:url=http://www.noguchi.co.jp/(野口悠紀雄 ONLINE)
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