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2013年2月 5日 (火)

老人の寝言:ああ 栄光の東京オリンピック

2013年2月5日火曜日
昨日は曇り時々晴れ。最低気温(℃) 3.4 00:15 。ざっそう句:薪割りが 終わった頃に 腕上がる。センダンと松の枝をチェーンソーで切った。その後、太い枝は薪割りと鉈で割って薪にした。節の部分を除去して短めに切ると割りやすい。センダンは簡単に割れたが松は割れないのであきらめた。松を割りにくくしているのがやはり松ヤニのようだ。

2013年2月4日の天気(AMEDAS)

TAVE= 7.5
TMAX= 11 最高気温(℃) 11.5 12:50 
TMIN= 4.1 最低気温(℃) 3.4 00:15 
DIFF= 6.9
WMAX= 7.9 最大瞬間風速(m/s)(風向(16方位)) 15.6(北西) 22:36 
SUNS= 2.9
RAIN= 0

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福島民友新聞は、「双葉町議選は前職7人、元職1人が当選。http://www.minyu-net.com/news/news/0203/news12.html。(2013年2月3日))」というタイトルで、「 双葉町の井戸川克隆町長が議会を解散したことに伴う町議選は3日、投票が行われ、即日開票の結果、新議員8人が決まった。前職7人、元職1人が当選。井戸川氏が辞職を表明した中で、東京電力福島第1原発事故後の井戸川町政にいずれも批判的な議員が議席を占めた。 投票率は56・66%で前回を6・99ポイント下回った。当日有権者数は5376人(男性2599人、女性2777人)。当選証書付与式は4日、埼玉県加須市の町役場埼玉支所で行われる。任期は3日から4年。 双葉町政の正常化に向けた次の焦点は28日告示、3月10日投票で行われる町長選に移る。」と報じた。

現町長は次回町長選に出馬しないと伝えられているので町長が替わるのは確実だ。ともかく、福島原発事故から2年目になる3月11日には新しい町政が見えてくるだろう。

上毛新聞は、「榛名湖ワカサギ氷上釣り 2季連続の中止。http://www.jomo-news.co.jp/ns/6013598165256329/news.html。(更新日時:2013年2月3日(日) AM 07:00
))」というタイトルで、「高崎市の榛名湖で捕獲したワカサギから国の基準値(1キログラム当たり100ベクレル)を超える340ベクレルの放射性セシウムが検出された問題で、榛名湖漁業協同組合(野口正博組合長)は2日、今季の氷上ワカサギ釣り解禁の中止を決めた。氷の厚さが不均一で安全確保が難しい上、セシウムの検出値が高いことが理由。中止は2シーズン連続。氷上ワカサギ釣りは漁協だけでなく、周辺の観光業者にとっても収益の柱だっただけに、苦渋の決断となった。 」と報じた。

この記事で、気になったのはセシウム濃度だけでなく、ワカサギの捕獲量。ワカサギの絶対量が減少しているのか。解禁すれば当然入漁料を取るだろうが、釣り人が軒並み不漁という心配も考慮された判断なのか。

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老人の寝言:ああ 栄光の東京オリンピック

節分の豆まきで、オニの扱いに困った。鬼とオリンピックで思い出すのが「鬼の大松」と呼ばれた当時、ニチボウ貝塚の女子バレー監督の事だ。それに、最近のニュースになった不祥事の事だ。ここには、人間社会の縮図が見えるような気がした。

毎日新聞は、「柔道:内柴被告 判決に怒り…法廷で大声、控訴宣言「僕は無実」
http://mainichi.jp/sponichi/news/20130202spn00m050003000c.html。(2013年02月02日))」というタイトルで、「泥酔した教え子の大学女子柔道10+件部員に乱暴したとして、準強姦(ごうかん)罪に問われた北京、アテネ両五輪の金メダリスト内柴正人被告(34)に対し、東京地裁は1日、懲役5年の実刑判決を言い渡した。内柴10+件被告は自らの主張を「虚言」などと一蹴され即日控訴した。一方、日本オリンピック委員会(JOC)は、金メダルの返還を求める可能性を示唆した。」と報じた。

この事件は、教育という見方によれば聖域な環境の中で起こっている。しかも、師弟、男女という関係が絡んでいる。事態の進み方は色々あろうが、最悪のパターンで進んでいるのではないか。それが社会に及ぼす影響も計り知れないだろう。しかし、裁判は継続中である。刑事裁判の後から、損害賠償を求めた民事裁判に発展するのではないか。先々も、明るさが見えてこない事態だ。

朝日新聞は、「上村・全柔連会長、JOC選手強化本部長を辞任へ。http://www.asahi.com/sports/update/0131/TKY201301310135.html。(2013年1月31日15時10分))」というタイトルで、「柔道女子日本代表監督らによる暴力、パワーハラスメント問題で、全日本柔道連盟会長の上村春樹氏が、日本オリンピック委員会(JOC)選手強化本部長の職を辞任することがわかった。31日に急きょ開催される理事監事報告会で申し出る。東京都が目指す2020年五輪招致への影響などを考えて責任をとる形だ。」と報じた。

このニュースも不可解な不祥事だ。オリンピック精神を信じ、その目標に邁進する指導者の行為と思うと情けなくなる。しかし、一般人にとって真相が掴みがたい。一層のこと、集団訴訟を提起して事実を争うべきではないか。オリンピックの精神としては自立・公正というのがあるだろう。基本は、健康なる精神と健康なる身体ではないか。ここでも、オリンピック精神がどのように機能したのか不可解さを感じる。目的のために手段を選ばずが通れば人間関係はズタズタになってしまうだろう。

以前、「体育の授業(http://af06.kazelog.jp/itoshikimono/2010/01/post-32a5.html)(2010/1/7)」という記事で、東洋の魔女と言われた、女子バレーチームを率いた、オニの大松監督の事を書いた。ここで、自分が見たのは、本当の戦場と競技という一種の仮想的戦場の対比である。司令官と部下の関係、師弟の関係ともとれる。なぜ、オニの大松監督は選手の信頼を得たかというのが、現在の視点である。

たまたま、最近宮本武蔵の記事を書いた。「老人の寝言:宮本武蔵はモズの姿に何を見ていたか(http://af06.kazelog.jp/itoshikimono/2013/01/)(2013年1月24日金曜日)」。この記事も、学校におけるスポーツや体育との関係を背後に想定している。自分の感覚からするとどこかおかしく感じるのだ。スポーツが勝つことや序列だけにこだわりすぎるのではないかと思う。

「柔道。http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%9F%94%E9%81%93。(最終更新 2012年12月13日 (木) 15:52 )」『ウィキペディア日本語版』(http://ja.wikipedia.org/)。の記事に、「柔道(じゅうどう)は投げ技、固め技、当身技を主体とする武道である。 1.日本伝講道館柔道 - 世界的に普及している柔道でオリンピック種目にもなっている 2.七帝柔道(高専柔道) 3.起倒流柔道
本項では1を詳述する。 ;柔道(じゅうどう)、日本伝講道館柔道(にほんでんこうどうかんじゅうどう)は、1882年(明治15年)に嘉納治五郎が創始した武道である。日本の国技の一つであると同時に広く世界的に普及し、オリンピック種目にもなっており、今日では単に「柔道」と言えばこの柔道を指す[1]。」とある。WIKIPEDIA英語版=「Judo(http://en.wikipedia.org/wiki/Judo)」英語版の「History and philosophy」

奇しくも、今回の二つ事件は柔道界で起きている。柔道といえば嘉納治五郎ではあるが、嘉納治五郎の精神が、いまどこで実践されているのだろうか。

「嘉納治五郎。http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%98%89%E7%B4%8D%E6%B2%BB%E4%BA%94%E9%83%8E。(最終更新 2013年1月14日 (月) 06:08 )」『ウィキペディア日本語版』(http://ja.wikipedia.org/)。の記事に、「嘉納 治五郎(かのう じごろう、1860年12月9日(万延元年10月28日) - 1938年(昭和13年)5月4日)は、日本の柔道家、教育者である。 講道館柔道の創始者であり柔道・スポーツ・教育分野の発展や日本のオリンピック初参加に尽力するなど、明治から昭和にかけて日本に於けるスポーツの道を開いた。「柔道の父」と呼ばれ、また「日本の体育の父」とも呼ばれる。
」とある。

公益財団法人日本オリンピック委員会(JOC)のホームページを見ると、柔道は日本のオリンピックスポーツの栄光を背負うという程に力点を注いでいると感じた。

公益財団法人日本オリンピック委員会(JOC)のホームページに「柔道 競技の歴史の項」に、「柔道競技がオリンピック種目になったのは、昭和39(1964)年第18回東京大会からです。日本で生まれた柔道が東京の大会で初めて正式競技になったのですから、日本国民の期待は大きく膨らみ、全階級で優勝を、といった盛り上がりを見せ、選手、関係者もなんとしてでも勝たねばならない、と強化練習に努めました。 試合会場は日本武道館でした。柔道ファンの予想通り軽量級の中谷雄英、中量級の岡野功、重量級の猪熊功の3選手が金メダルを獲得しました。体重無差別の予選で日本のチャンピオン神永昭夫選手は身長1.98mのオランダ人、A.J.ヘーシンク選手に僅差で負け、敗者復活戦を勝ち抜き、決勝で再び対戦しました。しかし、9分22秒、ヘーシンク選手は神永選手の掛けた体落を崩して寝技に引き込み、袈裟固で抑えました。神永選手は善戦むなしく銀メダルとなりました。この試合を見るために日本武道館に詰めかけた観客数は約15,000人でした。 柔道は昭和31(1956)年の第1回東京大会から世界選手権大会が行われている国際的スポーツであり、女子柔道は平成4(1992)年第25回バルセロナ大会からオリンピック正式種目となっています。2004年現在、IJF加盟国数は187の国と地域を数えています。」と記している。

更にJOCの記事は、嘉納治五郎の精神に言及して、「東京オリンピックと嘉納の教え(http://www.joc.or.jp/olympism/kano/20071220_1940jigoro05.html)」、「嘉納の武道精神が1964年の大会で示されたのは、柔道無差別におけるオランダのヘーシンクの戦いぶりであった。彼が優勝を決めた瞬間、興奮した自国の関係者が畳の上に入って来ようとした時に、ヘーシンクはそれを手で制止した。この姿に礼を重んじる武道の精神を見ることができる。武道的な精神が外国人にも身に付いていたことは称えられてよいだろう。しかしながら、その後の柔道の流れは国際化とともに西洋化の道を急速に歩み始めた。ランキング制度の導入などプロ化への波が柔道にも押し寄せて来るなかで、武道精神をどのように位置づけるかが問われている。 嘉納治五郎は1940年の東京大会招致にあたっては、オリンピック・ムーブメントが世界の文化になるよう働きかけたといえる。未来のあるべきオリンピック・ムーブメント像を、オリンピック精神と武道精神との融和ということを教育家、柔道家として主張した。嘉納の目指したオリンピック精神と武道精神との融和は未だに果たされてはいないのではないだろうか。」と述べる。

JOCが日本の代表的国技として、オリンピック種目であり、世界各国に普及している「柔道(JUDO)」を非常に重視している事は、「 オリンピズム > オリンピックムーブメントと嘉納治五郎 > 東京オリンピックと嘉納の教え 」という項目で示されている。「東京オリンピックと嘉納の教え」の項で「嘉納の目指したオリンピック精神と武道精神との融和は未だに果たされてはいないのではないだろうか。」と述べている点に窺われる。今回、耳にした二つの事件は、武道精神の対極にあるように思われるのだ。更に、上記の内容は、英語版としてホームページで世界に公開しているのである。JOCはこの事件を日本という小さなコップの中の事件として扱うのであろうか。そんな態度では、余りにも世界を嘗めすぎていないか。世界がJUDOに求めているのは、精神性を大切にする武道精神ではないのか。嘉納治五郎の精神が崩壊すれば、その精神を重く受け継いでいるJOCも崩壊するのと大差ないようにも感じるのだ。

WIKIPEDIA「大松博文(http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%A4%A7%E6%9D%BE%E5%8D%9A%E6%96%87)」の記事を見ると、大松監督は戦場における人間性を深く理解して、競技練習でもそれを実践したのではないかと思った。それ故、極限のところでパワハラにならなかったのではないか。当然、選手の資質も関係していたろう。厳しい訓練に耐える監督に対する信頼もあったろう。結果として、監督も選手も賞賛されたのではないか。

WIKIPEDIA「大松博文(最終更新 2012年7月30日 (月) 04:50 )」に、「大松博文出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 大松 博文(だいまつ ひろぶみ、1921年2月12日 - 1978年11月24日)は、東京オリンピックでのバレーボール全日本女子チーム監督、元参議院議員(自由民主党、1期)である。香川県綾歌郡宇多津町出身。バレーボール殿堂入り。生涯 [編集]:坂出商業学校から関西学院大学(高等商業部)に進学したのち、ニチボーに入社。1941年(昭和16年)、陸軍に召集され、中国・ビルマ・ラバウルを転戦する。中隊指揮官を務めた際、自分より年配の兵士が指揮に従ってくれるよう、自ら率先して行動をとった。その後第31師団下に配属され、インパール作戦に従軍。「白骨街道」とも呼ばれる悲惨な戦場からの数少ない生還者の一人でもある。これら経験が、彼の性格を大きく変える出来事となった。」とある。

「鬼。http://ja.wikipedia.org/wiki/鬼。(最終更新 2013年1月12日 (土) 06:08)」『ウィキペディア日本語版』(http://ja.wikipedia.org/)。の記事に、「鬼(おに)は、日本の妖怪。民話や郷土信仰に登場する悪い物、恐ろしい物、強い物を象徴する存在である。 「鬼」という言葉には「強い」「悪い」「怖い」「ものすごい」という意味もある(鬼 (曖昧さ回避)でも説明)。 また、なまはげ(秋田)やパーントゥ(宮古島)など、各地で様々な呼び名があり、角があったり、みのを着ていたり、全身泥だらけなど姿も様々である。」とある。

鬼と言えば、架空の存在だが、第一に外観、容貌が思い出される。しかし、その行動や内面を冷静に考えると、愛らしく・奥行きが深い人間らしい存在にもみえてくる。鬼は悪事をはたらく怖い存在として捉えられるが、それは人間を悪や困難に立ち向かって奮い立たせる役柄のようにも見える。見方によれば、鬼は部下を挑発し、自分を乗り越えさせようとする教育者でもあろう。人間の心理や情念を投影する仮想的な対象でもあるのだろう。今日、スポーツ界だけでなく、アチコチノ分野に本当に鬼らしい鬼はいなくなったようだ。

現在は親子、師弟という関係も対等な仲間意識という関係で捉えてしまう。親子、師弟関係の本質の中には、親は子に、師は弟子にやがて乗り越えられるという畏るべき現実が潜んでいる。そのような循環のなかで、技量や精神が伝えられて行くのではないか。事件の被害者も加害者も全く同じ意識・同じ価値観で、お互いの関係が俗人と同じレベルのように見えてしまう。武道精神はどこへ行ったのか。WIKIPEDIA「武道(http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%AD%A6%E9%81%93#.E5.98.89.E7.B4.8D.E6.B2.BB.E4.BA.94.E9.83.8E.E3.81.8C.E6.8C.99.E3.81.92.E3.81.9F.E6.AD.A6.E9.81.93.E3.81.AE.E7.89.B9.E5.BE.B4)」。

毎日新聞記事は、「一方、日本オリンピック委員会(JOC)は、金メダルの返還を求める可能性を示唆した。」と報道した。この報道が正しいのか否か、また金メダルが何を理由に与えられるものか定かではないが、常識的には公正な競技における勝利がメダルの対象だろう。競技が適正であればその結果を取り消す事は不可能ではないのか。不祥事は金メダル後に起きているのだから、不祥事を理由に返還させるというのはいささかおかしな論理ではなかろうか。まして、第一審判決直後で、判決が確定していない段階で、このような動きをするのも、オリンピック精神としてフェアと言えるのか。本人が自主的に返納するならそれに越したことはないだろうが。

更に、メダルを授与するのはあくまで国際オリンピック委員会ではないのか。JOCは国際オリンピック委員会と協議せずにメダルの返還云々が言える立場なのか。報奨金はJOCが自己の権限と責任で出すのなら、報奨金の返還云々の可能性は否定できないかも知れないが、報奨金なら報奨金と言うべきではないか。JOCに余り勝手な事をしゃべられたら、国際オリンピック委員会の顔も立つまい。もし、事態がJOCが言ったとおりに動くとすると、日本の国内問題が国際問題に発展してしまうのではないか。見方を変えれば、「一方、日本オリンピック委員会(JOC)は、金メダルの返還を求める可能性を示唆した。」というニュースも本当ならば保身と弱い者いじめにすぎず、IOCの権威の失墜に通じるのではないか。

宮本武蔵、嘉納治五郎、大松博文等は武道や五輪の精神でどこか共通するところがあるように思えた。今や、日本の武道精神は世界に受け継がれ、日本の内部では空洞化してしまうのか。

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