「赤土への執念」を読んで
2009/1/13
「赤土への執念」を読んで
2008年大晦日に古本市で出会った本が、相沢忠洋(1926年6月21日 - 1989年5月22日)
著「赤土への執念」であった。早速読ませて頂いた。遠い過去の遺物が何を語っているの
か。それを語ってくれるものを必死に求めた。その思いを「赤土への執念」という本のタイトル
に込めたのであろう。同時に次ぎに何を探求するかを示している。旧石器時代の人骨。残る
可能性は極めて小さいがゼロではない。発見されることを待っている旧石器時代の人骨がど
こかに眠っているかもしれない。ともかく、夢をみるのも個性である。その夢を語ってようやく
現実的な意識の対象になる。石器はそれを使った人類がいたという間接的な証拠である。石
器と人骨が揃って出土すればそれこそ大発見であろう。考古学の世界に捏造事件が発覚し
て考古学の氷河期が来た。捏造は他の世界にも及んだ。功をあせる必要はない。遠い古代
の姿を想像し胸をときめかせるのは誰にも自由なのである。科学が進んだ現在人骨に代わ
る証拠を探す可能性は皆無なのであろうか。ともかく不確かな過去の事を考え始めると際限
が無くなる。今年は相沢忠洋氏没後20年となるようだ。同氏の夢を誰かがかなえる時は皆
無ではないだろう。情熱と執念がそれを可能にするのであろう。