04A_寝言老人が幼少の頃

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2009年6月18日 (木)

水は方円の器に従う

2009/6/18

水は方円の器に従う

覆水盆に戻らずということわざは少し馴染みがある。小中学校の頃、やや大人びた同級生

がいて「水は方円の器に従う」ということわざを得意そうに発表した。自分はその意味がさっ

ぱり分からなかった。ませた事を言うやつだと思った。しかし、そういう言葉も親や周囲の者

が言い聞かせればそれなりに理解できる年頃なのだろう。言葉も、聞いた程度、何とか理解

出来る程度、その意味を深く納得できる程度と色々なレベルがあるだろう。彼の雰囲気や言

うことがは大人びていたという事は彼の生活がそうさせていたのかもしれない。水は流体で

無定型である。エネルギーの低い方向に向かった流れてしまうが、その流れを阻止するもの

があるところで流れが止まる。器が方形であれば方形に円形であれば円形になる。これは物

理的な現象である。しかし、そこから教訓を引き出すのがことわざの神髄だ。物理的な因果

関係を人間の世界の因果関係と関係づける事は相当な理解力・想像力が必要になる。覆水

盆に戻らずとは体験的なエントロピー増大の法則のようでもある。しかし、人間の世界では覆

水も盆に戻ってしまうことも皆無ではないから事は複雑だ。「水は方円の器に従う」は物理世

界の真理、しかし、人間の世界では水のようになるがままに流されてはならないというのが別

な教訓か。水を民、器を為政者とみると為政者はその器の器たるを示さねばならないという

別の意味もあるようだ。為政者が水になっては民が器になっては民の立つ瀬がない。

2009年6月10日 (水)

桑の実で思い出すこと

2009/6/10

桑の実で思い出すこと

養蚕地帯で幼少期を過ごした人にとっては桑の実をとって食べたことが記憶に残っているだ

ろう。とって食べるのが遊びであり、おやつでもあった。鮮明に記憶に残っているという事は

遊びの部分が多くを占めているためなのだろうか。特別なおやつといえば母がミソをつけた

おむすびを作ってくれた程度であろう。ともかく、桑の実をとって食べることにより親からも先

生からも指示されることが無く自由勝手にできるスリルと面白さを体験出来たと思う。時に

は、ウリやトマトを畑から失敬する輩もいた。これは明らかに農作物であり、子供にも罪の

意識が生じた。しかし、農家のおやじにコラーと追いかけられるスリルを予期しつつ及ぶとい

う節もあった。当時はこういうきわどい遊びも大目にみる雰囲気があった。農家のおやじもう

ちのせがれもどこかで同じ様な事をしているかも知れないと思うとお互い様という気持ちもあ

ったかもしれない。見て見ぬふりをするより教育のために一発叱ってやるかと思ってそうした

のかもしれない。その点、桑の実をとって食べられる分にはほとんど実害が無いので子供達

は安心して桑の実を食べられた。そんな、桑の実も最早食べられない。もう一度食べてみた

いと思い、マルベリーの苗を数種類購入して、今年はかなり実を付けている。当然の事では

あるが、果実の香りは桑の香りと重なり、養蚕の手伝いの記憶に引き込まれてしまった。数

個食べてみた。完熟ではないので何とも言いようがない。その後は鳥の楽園になっている。

果樹としてはまだまだ改良の余地はある。六月に熟するので端境期の果樹として利用できれ

ば面白いであろう。

2009年6月 9日 (火)

アネモネ

2009/6/9

アネモネ

何となく親しみのある花の名前である。幼少時に育てた記憶があるのが、アネモネとデージ

ーであった。種袋に印刷された花のように上手に咲かす事はできなかった。やはり手間を掛

けて管理を徹底することがきれいな花を咲かせるための条件だったかも知れない。もう一度

チャレンジしたい気もするし、無駄な時間を費やすのは止めようという気もする。記憶の片隅

でひっそりと咲いていてくれればよいのかもしれない。

2009年6月 1日 (月)

いもりの迷信

2009/6/1

いもりの迷信

幼少の頃はよく魚獲りをした。魚ではないが当時は細い流れの緩い水路にいもりが棲息して

いた。動きは緩慢であるが腹が赤いので気味が悪い。いもりに咬まれると雷が鳴るまで離さ

ないという迷信らしい話が子供達の間にあった。このような迷信は、ある種の蛇を指差すと指

が腐るとか、ミミズに小便をかけると云々というように思い出すといろいろあった。これも、何

かの記憶と関係しているのであろうが迷信自体が消えかけているので絶滅危惧文化と言え

なくはないだろう。ともかくこのような迷信も無用な殺生を抑制させたり、生物をいといおしむ

気持ちを育てる効果はあったと思う。

2009年5月31日 (日)

火の玉

2009/5/31

火の玉

幼少の頃は怖い話を色々聞いた。火の玉や狐の嫁入りの火の列を見たという人は結構い

た。周囲がそういう微弱な光が見えるようになるに十分な暗がりの状態になったという物理的

な条件も整っていたのだろう。今日では夜でも明るい部分が多くなって、情報も次から次へと

頭脳に流し込まれている。従って、想像をかきたて見えない物も見ようとする心理的な条件

がほとんどなくなった。自分の感性で物を見る機会が激減しているのではなか。自分もかって

不思議な光を見た事があった。夕方、遠方の地上よりやや高いところに光が点滅して去って

行く現象を見た。しかし、火の玉とは考えられないので合理的にその現象を解釈してみた。ヘ

リコプターか小型飛行機が低空を飛行しているが、風向により、音が聞こえなかったのでは

ないかという結論である。時計の秒針も一瞬止まっているように感じることがある。飛行音が

あり、規則的な点滅が長く続いている場合は正常な判断が出来る。しかし、音が無く2~3回

点滅しただけで視界から消えた場合はどう感じるか。

2009年5月28日 (木)

縁側の底を覗く

2009/5/28

縁側の底を覗く

幼少時のできるだけ初期の記憶をたどっていくと、縁側の底をよく覗いた事を思い出す。藁

葺きの民家で縁側が付いていた。廊下の表面は年輪が浮かび上がりざらざらしていた。板と

板の間に物が落ちてしまいそうなすき間が何カ所かあった。そこから下を時々覗いていた。

小銭やビー玉等を下に落としてしまいそれを棒で取り出した事も覚えているので、何かを探し

て覗いていたのかもしれない。何かを探すというと、戦後の物資不足で空き缶、屑鉄等の金

属片を拾い集めて廻ってきた古物屋に売った事も記憶にある。自分で小銭を稼ぐこともして

いたわけである。これは遊びの一つでもあり、友達とあちこち廻った。同様に兎を飼って小遣

い稼ぎをした。兎の餌取りも友達とかごを持って出かけた。遊びの中に小銭を稼ぐという労働

の勉強も含まれていたわけである。

2009年5月25日 (月)

最初の片思い

2009/5/25

最初の片思い

片思いと恋愛感情は似ている所があるがどこか違っている。それは字の通りワンウウェイで

あるということなのだろう。どうも自分というのがある程度客観的に認識可能になって片思い

らしい感情が生じるようだ。その最初の片思いらしい感情が生まれたのが小学一年生の時

であった。自分はみすぼらしい百姓のせがれ。片思いの相手は高貴な家庭のお嬢さん。勝

手な想像と思いこみがそういう感情の元になったのかも知れない。たまたま、近くの席になっ

た女の子だっただけなのかも知れない。高貴な家庭のお嬢さんはそれに相応しいおぼっちゃ

んと仲良しでどうも百姓風情ではない。今思うと自分が百姓のせがれであるという事にかなり

コンプレックスを感じていただけなのかも知れない。しかし、このコンプレックスは人生の相当

期間つきまっとっていた。晴れて、世間の言う会社員という身分になったが、逆にすまじきも

のは宮仕えという気分から解放される事は余りなかった。俗に言う会社員とは雇われ人に過

ぎなかった。その点百姓は一国一城の主であった。思えば肩で風を切って得意になっている

ように見えても元を正せば雇われ人というのが今日の大方の事情なのではないだろうか。最

近、世襲の是非が話題に上るがなかなか難しい問題がつきまとう。いくら世襲と言っても適材

適所から大きくはずれれば生き残って行く可能性は狭まるのが社会の掟なのかも知れない。

最近ある人から、この本を読んで感銘したと五木寛之の「人間の覚悟」という本を頂いた。戦

後50年は躁の時代であったが、今や鬱の時代に入った。格差はいつの時代にもあるがそ

れが固定してしまうことが問題だと述べている。振り返ると色々なところに色々な格差があ

る。躁の時代の中流意識も一時期の幻想であったのか。ともかく差を認識する事は個を認識

する事でもある。レーニンが一個の電子といえども汲み尽くす事は出来ないと言ったという事

を何かの本で読んだように思う。確かに全く同じ性質を持つ電子も色々な現象を引き起こし

ている。思えばコンプレックスとは未分化のiPS細胞のようなもので色々なものを生み出す原

基なのかもしれない。

2009年5月19日 (火)

桑つみ

2009/5/19

桑つみ

群馬県の養蚕という産業も過去の遺産となりつつある。蚕が小さいときは桑の葉を小さく刻

んだ物を餌として与えた。やや大きくなると桑の葉を摘んだ物を与えた。繭になる前の段階で

は枝に葉が付いたままで与えていたようだ。要するに蚕が成長する段階により食べる量も多

くなり、食べる能力も大きくなる。大人だけでは桑の葉つみが間に合わなくなると桑畑での桑

つみにかり出された。両手の人差し指に桑つみ用の小さな刃の付いた指ぬきのような小道

具をはめて、これで桑の葉柄を切って葉を竹かごの中に詰め込む。ぎっしりとかごがいっぱ

いになるまでが一区切りの仕事になり、みんなが競争でつんだ。あまり愚痴も言わずに桑つ

みの仕事をした。なぜなら、家に帰ってつんだ重さを秤で量って自分のした仕事量に応じてお

金をもらえたからである。たいていの農家の子供はこのような経験をしたのではなかろうか。

知らず知らずのうちに自分の仕事の意味と価値を理解したのではなかろうか。年令が違って

も、負けるものかと頑張る根性も身に付いた。残念だが稚蚕のはきたてから繭の出荷までの

一連の作業を全部行う事はなかった。要するに農業者としてではなくお手伝いの範囲の仕事

しかしなかった。これは自分の体験した全ての農作業に共通する。自分の親や祖父母が農

業にかけた情熱は日毎に疎くなっている。湿球が割れた養蚕用の乾湿計を単なる温度計と

して使っているが、よく見るとその数値表に蚕の適湿が記入されていた。祖母は次ぎにやる

べき仕事が見えないようではだめだと常日頃子供達を叱咤していた。決して優しいおばあち

ゃんのようではなかった。早くに夫を亡くした祖母の両肩に家族を支える養蚕の仕事の重さ

がずっしりとのしかかっていたのであろうと今となって思う。

2009年5月 1日 (金)

蟻地獄

2009/5/1

蟻地獄

あるお堂の下には空間があって子供が潜り込めた。そこはお堂の床下で土が乾燥してい

た。すり鉢状の小さな穴があちこちにあった。そこに蟻や小さな虫を投げ込むと穴の底から

蟻地獄が姿を現す。投げられた虫は砂の中に引き込まれて消える。たったそれだけの遊び

であった。そのお堂はいつしか建て替えられてもはや床下には潜り込めない。屋根は藁葺き

から銅葺きになったが、行事はいまだ続いている。最初はいつ頃建てられたのか由来は定

かでない。昔の村にはこういうお堂があって何かの役割を果たしていたらしい。祭られている

のは不動尊である。日陰で薄暗くちょっとわびしくもあり、こわい感じのする場所でもあった。

不動尊は疫病や犯罪から住民を守ってくれると言う民間信仰もあったのだろう。今のこって

いる遺物も当時に遡って当時の人の気持ちにならないと理解できない事が多々ある。ふとと

りとめもなく思い出した記憶である。

2009年4月26日 (日)

尺取り虫捕り

2009/4/26

尺取り虫捕り

農業が中心の地域の学校なので、農家の生徒は労働力を期待されていた。家の手伝いで生

徒の大半が休んでは授業も進まない。そんな訳か、農繁休暇というものがあったように思う。

課外授業の一環という位置づけなのか、桑畑の尺取り虫捕りも行った記憶がある。生徒が

、ガラス瓶等を持って桑畑に入り、尺取り虫を捕獲するのである。丁度、桑の葉が出始める

頃であったかもしれない。尺取り虫が、桑の幹に立っている姿は丁度桑の枝に見えて、これ

を探すのが何となくスリルがあった。桑の葉は蚕に与えるので殺虫剤を使わずに人海戦術で

手で捕獲するのは合理的ではあったと思う。養蚕も既に廃絶の危機に直面している。今は、

絹があちこちの国から安く入ってきて養蚕も成り立たないと父が嘆いてから既に何十年もた

っている。世界に流通する産品の輸出輸入国は時代と共に代わる。これは避けがたいことな

のか。

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嗚呼 伊勢崎 非情

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  • 橋本 英文: 刃物雑学事典 図解・刃物のすべて(1986年 株式会社 講談社 ブルーバックス B-659)
    刃物という視点で多くの事例が取り上げられている。刃のある道具の理解にも役立つ。類書が少なく貴重な一冊。「すべり変形が切断の原理」という考え方で説明している。
  • 沼田 真   : 植物たちの生( 1972年 岩波新書(青版 833))
    「ご要望にお応えしてアンコール復刊(1988年岩波新書50年記念復刊) 地球生態系の中で自然を見直す」(腰巻きのフレーズ)。植物の知恵と戦略に人類は勝てるのか。
  • 出町 誠: 14_NHK趣味の園芸:よく分かる栽培12ヶ月  カキ(NHK出版2007年)
    初心者向け柿栽培参考書(新版)。旧版と比較すると楽しい。
  • 中村三夫: 13_NHK趣味の園芸:作業12ヶ月  カキ(NHK出版1996年)
    初心者向け柿栽培参考書(旧版)。新版と比較すると楽しい。
  • 山科正平: 12_細胞を読む   電子顕微鏡で見る生命の姿
    細胞はどんな部品からできているのか。そんな疑問に答えてくれる一冊。何事も形を見るのが第一歩。μからÅオーダーの世界で、細胞をメスで解剖するように、電子顕微鏡というメスで解剖して見せてくれるので興味が尽きない。
  • 柳田充弘: 11_細胞から生命が見える
    著者の専門は分子生物学、細胞生物学。普段生物を考えても細胞レベルで止まってしまう。その細胞の中で色々な分子が働いている。細胞こそ生命の基礎だが、その細胞の中の動きを知るのに最適な一冊。疑問の発端はなぜ発根剤が効くのかということ。薬剤が細胞膜を通過して細胞内で分子と分子が作用するイメージができた。本書でできた細胞のイメージは小さな無数の穴が空いた水分が充満したヨーヨーのようなもの。そのヨーヨーの中に分子部品が詰まっている。細胞自体もタライの中のヨーヨーのように浮かんでいる。細胞図面の空白部は真空でなく水分だ。細胞の内外に水がないと細胞は生きられない。水が生命のゆりかごだ!
  • 野口悠紀雄: 10_ホームページにオフィスを作る(2001年 光文社)
    ITが輝いた時代の作品。HPの活用法は参考になる。参考:url=http://www.noguchi.co.jp/(野口悠紀雄 ONLINE)
  • 小池洋男 編著: 09_果樹の接ぎ木・さし木・とり木(農文協:2007/3/31第1刷)
    やや専門的であるが、実務専門化が分担執筆しており、その場で役に立つ一冊。
  • ノーバート・ウィーナー(鎮目恭夫訳): 08_サイバネティックスはいかにして生まれたか(みすず書房1956)
    情報と通信という現代社会に不可欠の基礎的な学問を作った著者の自伝とそれを通した科学史
  • 沼田 真(編): 07_雑草の科学(研成社1979)
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    2010/8/4:MEMO等の表示に使える。 農作業で気になる自戒の言葉 ■畑の石ころはいつまで経ってもても石ころ(早く拾って片づけよという意味か)。 ■同じ石を二度拾うな(やってみると難しい)。 ■手ぶらで歩くな。 ■三つ先のことを読め。 ■適当な観察。 ■空を見よ(気分転換、休憩、天気を読む、腰曲がり防止)