09D_かみつけ女流歌人 雅 観賞

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2011年6月25日 (土)

歴史の転換:食料とエネルギーの自立が日本の将来を決める

2011/6/25
昨日の天気は晴れ。記録的な猛暑となった。AMEDAS最高気温(℃) =38.2 (10:55)(六月の観測史上最高)。これから先が思いやられる。用事で外出。ついでに買い物。風呂場の白熱球が切れたので、居間の電球型蛍光ランプを差し替えた。その後釜をLED電球に変更するため電気店へ。LED電球は選定が難しい。電球何W相当かを目安にした。更に電球自体のW数。明るさについては全光束のルーメンがスペックにあるが、これが今まであまりお馴染みがない。辞書を引いてみるとますます分からなくなるように定義していた。通俗的には電球自体の明るさで、地震で言えば地震の大きさ自体を示すマグニチュードという所ではないか。この猛暑で東京電力管内の電気使用量はどうなったのか気になった。

ついついグチが重なる毎日だ。我が家ではタチアオイはたった1本の限界植物。今のところ毎年咲いてくれている。最近背が伸びて赤い花を付けていた。田の水路沿いにはタチアオイが沢山林立している。それが花をつけるとまた夏が来たと思う。草刈をする時にそれを刈らずに残しているから毎年咲くので、その作業をしている人の気持ちが最近ようやく分かってきた。草刈も刈らずに残すのは意外に気も使い時間もかかるのだ。身近な花はそんなグチを一時忘れさせてくれる。

ざっそう句:たちあおい

■たちあおい今年もだまって咲いている

昨日の天気

TAVE= 31.4
TMAX= 37.7
TMIN= 24.5
DIFF= 13.2
WMAX= 7.4
SUNS= 8.3
RAIN= 0

ロケットニュースは、「東京電力の電力使用率が90%超えでヤバイ! 2011年6月24日14時現在93%;url=http://rocketnews24.com/?p=107220(2011年6月24日)」というタイトルで、「2011年6月24日、東京電力の電気予報は「午後の東京電力エリアの電力使用率は、81~88%程度でしょう。特に電力消費が多くなるのは14~15時、16~17時で、電力の使用に注意した方がよいでしょう」と発表しているが、実際には92~93パーセントの電力を使用しており、非常にギリギリの状況となっている。インターネットポータルサイト『Yahoo! JAPAN』のトップページに掲載されている東京電力エリアの推定電力使用率は、14時現在で93パーセントとなっている。猛暑になったことで、冷房を使用している家庭やオフィス、店舗が多いのだろう。」と報じた。

また東京新聞は、「6月なのに39・2度 埼玉・寄居
;url=http://www.tokyo-np.co.jp/article/national/news/CK2011062402000184.html(2011年6月24日 夕刊)」というタイトルで、「関東地方は二十四日も内陸部を中心に猛烈な暑さとなり、寄居(埼玉)で気温三九・二度、伊勢崎(群馬)で三八・二度と、ともに六月の観測史上最高を記録した。 寄居の過去最高は二〇〇七年八月十五日の三九・五度。伊勢崎も同じ日に三九・八度という記録がある。」、「気象庁によると、一時的に勢力を強めた太平洋高気圧の影響で、関東は南からの暖かい空気に覆われ、強い日差しも気温を押し上げた。熊谷地方気象台は、山を越えた風が熱風となって吹き下ろす「フェーン現象」も重なったとみている。」と報じた。

記録的な暑さだったが東京電力のホームページには昨日の電力消費量は具体的な数値として出ていない。過去のデータは残さないという事なのだろうか。そうすると後からウソはつけない。電力利用者に節電を要請しているのに、利用者が参考にしよとするデータを一日限りでしか出さないと言う誠意無き態度ではないだろうか。本日のピーク時供給電力は4370万KWとGIFデータの中に書いている。これではコピペも出来ない。情報公開に際し利用者にあらゆる不便を要求するのが東電方式なのだろうか。それでは利用者も協力しようとする熱意が霧散してしまう。「本日のピーク時供給電力は4370万KW」が昨日の実績カーブのピーク値に接しているので、昨日の東京電力管内のピーク消費電力は4370万KW程度と推定するのだが、この期に及んで正直に数値データを公表すべきではないか。

歴史の転換:食料とエネルギーの自立が日本の将来を決める

農文協の主張 は、「ここが日本の転換点
脱原発 地域のエネルギー自給で地域を再生する
;url=http://www.ruralnet.or.jp/syutyo/2011/201107.htm(2011年7月号)」というタイトルで、「日本にはそんな地域資源とともに生きる伝統がある。伝統に学び、科学技術の成果を駆使して、地域からエネルギー自給力を高める。地球の自然が長い時間をかけてつくり出した石油という遺産の利用は限界に近づき、安全性だけでなく、未来に生きる人々に大きな負担=「負の遺産」をもたらす原発は見直しが求められている。自然エネルギー、地域からのエネルギー自給は、空間的に今ある資源を活かし、再生産していく方法である。その基礎に農林漁業がある。農林漁業を基礎に、多様な地域産業を興し、仕事、雇用を創造し、地域を再生する。「ここが日本という国の転換点」ではないだろうか。」と論じた。

東京電力のサイトに参考データ集(url=http://www.tepco.co.jp/cc/direct/images/080424b.pdf)という文書があった。平成20月4月 電気事業連合会/東京電力株式会社と名打ってある。まさに東京電力は電気事業連合会の代表でもあったが、今その役は関西に渡っている。その資料は、よくよく見ると、大変参考になる資料であった。主要国のエネルギーの自給率という資料では、図中ではカナダを除きその他主要国が輸入国であったのは驚きであった。日本の自給率は19%で原子力を除くと4%であると述べている。なぜか、原子力の15%を自給率に加えている。ウラン燃料も輸入なのだから不可解なデータではある。原発が自給率を上げているという情報操作なのだろうか。エネルギーの輸入金額(2006年)では、輸入総額68.4兆円の内、エネルギー18.5兆円(27%)、食料品5.8兆円(8%)更にエネルギー部門を細分化して、石油13.3兆円(72%)、ガス3.6兆円(20%)、石炭1.6兆円(9%)と示している。ここでも、ウラン燃料は計上されていないのである。不思議な錬金術だ。

ところで、自然エネルギーのルーツをたどれば、核融合による太陽エネルギーの占める割合が首位を占めるだろ。地球温暖化問題も地球全体のエネルギー収支を厳密に計算しないと議論は進まないだろう。ともかく太陽からの放射エネルギーは色々な物に乗り移って地球を循環する。人間もそのエネルギーの流れに棹さして生きている存在に過ぎない。電力も電子の運動エネルギーが起源だ。近代文明も電子の動く速さとその量の効用に頼っている。ところが、電力以前のエネルギー源はかなりその範囲も量も規模が小さい。ともかく、農業と工業ではエネルギーに対する感覚がかなり違う。工業の場合エネルギーの集中と選択が高度に可能だが、農林漁業はその逆でエネルギーは低いレベルで分散している。従って、エネルギーを安価に取り出すことが難しい。自然エネルギーを使って行く場合はそれなりの価値観の転換が必要になるだろう。

上記参考資料集によれば、エネルギーの輸入が18.5兆円もあり、今後、中国やインド等のとエネルギーの争奪戦になり、エネルギーコストも上昇するから原子力エネルギーを自給すべしという主張を言外に述べているように見える。更に、食料はエネルギーの1/3ほどだからもっと輸入しても良かろうとTPP推進に傾きそうな気配も窺える。ところが、日本の産業も国力も国債も国際的な評価と競争力は下がる一方である。当局はそんなことは怖くて正視できていないのではないか。政治家も官僚も実業家も猫の首に鈴を付けようとしない鼠のような地位に甘んじている。そうなると貿易立国という前提すら危うくなる。上記資料は、インド、中国、カナダ、イギリス、アメリカのエネルギー自給率は60%以上と示している。日本はカロリーベースの食料も産業の血液でもあるエネルギーも輸入が頼りである。そのような状況で更に国力は低下する方向に全てが向かっている。食料はまさに人間を動かすエネルギーそのものだ。ともかく、食料とエネルギーの自立がなければ日本は終戦後と同じ様な最貧国に向かってしまうのではないか。自然エネルギーの利用技術は農林漁業で有望と思うがそこには難しい問題も山積みだ。しかし、自国の資源や立地をとことん活用できなければ、日本はやがて「日干しの国」になってしまうだろう。有限の資源をたたき売るような国はもうすぐに無くなるだろう。日本が売ってくれと頼めば足元を見て高い値段をふっかけられる。東京電力福島原発事故はエネルギーだけでなく、日本の今後を決めて行く原点になるだろう。

以下本題。

かみつけ女流歌人 雅:ひぐらしの鳴く

歌題=ひぐらしの鳴く:

■限りある 刻か夜長を 一つ灯に 古文書をよむ 人形を作る 38 小板橋 文子

「一つ灯に」に注目すると、夫は古文書をよみ、自分は人形を作っているという至福の夜長の一時を想像させる

2011年6月24日 (金)

科学ニュースに独り言:日本の世界最速のスパコンにノーベル賞を叩き出させよう

2011/6/24
昨日も晴れで暑い日だった。ポット物には灌水が欠かせない。野菜作りの勉強で「水やり3年」と教えられた。水やりで最高の効果が出せるまではその位の努力が必要という意味との事だ。苗を植えるときに水やりするのは、植え場所の土と植える苗の根を密着させるためとの事。そういう場合は如雨露を使う。暑さで葉がよれよれになってから灌水するのは後手。植物は吸った水を蒸散させて暑さをしのぐ。からからになる前の気温が上がらない内に灌水するのが良い。ともかく、作物とその育つ環境を良く観察して対処しなければならないが、それができない。先日草刈した場所に生えていた雑草の一部を記しておく。ミョウガ、アメリカセンダングサ、ツキミソウ、カナムグラ、ヨモギ、イヌムギ、イシミカワ、アカザ、ハコベ、チガヤ、セイタカアワダチソウ、スギナetc。まだ色々な雑草が生えている。ミョウガは元々は作物で、かつては市場にも出していたが、今は自家用に使う程度で、雑草扱いになってしまった。一時はイシミカワが優勢の時もあった。小さな畑だが、そこに住む植物も刻々と変わっている。一昨日、市へ連絡してスズメバチの巣を除去してもらった。古い巣でそこにスズメバチはいなかったそうだ。これからスズメバチが活動をはじめるので新しい巣ができたらまた連絡して欲しいとの事だった。スズメバチに刺されて大騒ぎするより予防が大切だが、発見したのが空き巣とは予想外であった。しかし、巣がある事はスズメバチがいる事でもあり油断はできない。

昨日の天気

TAVE= 28.9
TMAX= 34
TMIN= 24
DIFF= 10
WMAX= 5.8
SUNS= 5.7
RAIN= 0

科学ニュースに独り言:日本の世界最速スパコンにノーベル賞を叩き出させよう

最近久しぶりに、日本のスパコンが世界一のスピード達成という、明るいニュースがあった。
日経コンピュータは、「“一番を目指さないといけない”、日本製スパコンが7年ぶり世界一;url=http://pc.nikkeibp.co.jp/article/news/20110621/1032509/(2011年6月21日))」というタイトルで、「理化学研究所(理研)と富士通は2011年6月20日、共同開発中のスーパーコンピュータ「京(けい)」が、世界中で稼働中のスーパーコンピュータの性能を集計しているTOP500プロジェクトで1位になったと発表した。日本のスーパーコンピュータが1位になるのは、海洋研究開発機構が運用しNECが開発した「地球シミュレータ」以来、7年ぶりとなる。 」と報じた。その記事によると、「京は富士通が開発した汎用CPU「SPARC64 VIIIfx」を搭載し、超並列処理を実現するスカラー型のスーパーコンピュータだ。SPARC64 VIIIfxは1CPU当たりの処理性能が128ギガFLOPS、消費電力1W当たりの処理能力が2.2ギガFLOPSである。「低消費電力でも世界トップクラス」(富士通の井上愛一郎常務理事)という。理研の計算科学研究機構(神戸市)に対する京の納入を10年9月から開始したしており、富士通は京の開発に1000人規模の部隊を投入している。 」との事。「「LINPACK」と呼ぶ連立一次方程式の主に浮動小数点演算を解くベンチマーク性能で順位を決定する。」と報じている。

「SPARC;url=http://ja.wikipedia.org/wiki/SPARC;(最終更新 2011年6月11日 (土) 15:24 )」『フリー百科事典 ウィキペディア日本語版』(http://ja.wikipedia.org/)。の記事に「SPARCはサン・マイクロシステムズにより、1985年に最初に開発された。
SPARCはRISCベースで、特に浮動小数点演算とバイナリレベルの互換性に注意が払われている。同社は当初、自社のワークステーションに、モトローラ社の68000シリーズのMPUを利用していたが、後にカリフォルニア大学バークレー校のRISC Iをモデルに自社開発に着手。Sun4のSPARC搭載モデルを発表した。SPARCは、完全ビッグエンディアンのRISCマイクロプロセッサ命令セットアーキテクチャで、SPARCインターナショナル(SPARC International, Inc.)の登録商標である。SPARCインターナショナルはSPARCアーキテクチャの普及と規格検定テストの実施を目的として1989年に設立された組織であり、SPARCアーキテクチャをオープンにすることで寿命を延ばすことを目的としている。テキサス・インスツルメンツ、サイプレス・セミコンダクタ、富士通、サン・マイクロシステムズなどの製造業者がSPARCのライセンス供与を受けている。結果として、SPARCアーキテクチャは完全にオープンとなっており、GPLの下にオープンソースとして実装されたLEONも存在する。」とある。

今日のコンピュータが単独企業の独自アーキテクチャではなく、企業連合によるアーキテクチャにより、その地位を保とうとしているように見える。ハードとソフトを一社でカバーするのが困難になるほど両者の規模が大きくなっているのだと思う。

独立行政法人理化学研究所と富士通株式会社の連名のプレスリリースは、「「次世代スーパーコンピュータ『京(けい)』(注1)向け超高性能CPU『SPARC64 VIIIfx』」が、
「日本産業技術大賞 文部科学大臣賞」を受賞;url=http://pr.fujitsu.com/jp/news/2011/04/25.html(2011年4月25日)」というタイトルで、「「SPARC64 VIIIfx」は、1チップ内に8個のCPUコアを搭載し、並列処理数を増加させることで、汎用CPUとしては世界最高クラスの理論ピーク性能となる128ギガFLOPSを実現しました。また、CPU内部の電力効率の改善や水冷方式の採用などで、CPU内部回路の漏れ電流を大幅に低減させ、消費電力あたりの性能が1ワット当たり2.2ギガFLOPSを達成し、汎用CPUとして世界最高クラスを実現しました。そのほか、エラー発生時には自動的に再実行する命令リトライ機構や、CPU内部の回路をエラー訂正するなど、メインフレームと同等の高信頼性を実現しています。CPUは、コンピュータの心臓部ともいえるキーデバイスで、富士通はコンピュータの黎明期から高い性能と信頼性とを兼ね備えたCPU開発に取り組んできました。」と報じた。

WIKIPEDIA(メインフレーム:最終更新 2011年5月29日 (日) 12:35 )によれば、「現在もメインフレームを製造・販売しているメーカーは、IBM、富士通、日立製作所、日本電気、Bull、ユニシスである(詳細は「種類」を参照)。」との事。京の開発に参加していた日立製作所、日本電気は途中で撤退したと報道されていた。

尚、「京 (スーパーコンピュータ)
;url=http://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%BA%AC_(%E3%82%B9%E3%83%BC%E3%83%91%E3%83%BC%E3%82%B3%E3%83%B3%E3%83%94%E3%83%A5%E3%83%BC%E3%82%BF);(最終更新 2011年6月22日 (水) 13:03 )」『フリー百科事典 ウィキペディア日本語版』(http://ja.wikipedia.org/)。の記事に「京(けい、英:K computer)とは、文部科学省を中心に開発が進められている次世代スーパーコンピュータシステムの名称(愛称)である[1]。従来は「次世代スーパーコンピュータ」、「汎用京速計算機」、「京速」などと呼ばれていた。理化学研究所次世代スーパーコンピュータ開発実施本部を開発主体として、総事業費約1120億円を投じ、2012年の運用開始時に理論演算性能10ペタフロップス(演算速度は毎秒1京回)の達成を予定している[2]。2011年6月、LINPACKベンチマークにおいて8.162ペタフロップスを達成し、TOP500リストの首位を獲得した[3]。」と記している(現在、削除の方針に従って、この項目の一部の版または全体を削除することが審議されています。とある。)。

時事通信社は、「世界一スパコン「京」公開=CPU入りラック、ずらり―来年11月に運用開始・神戸;url=http://news.nicovideo.jp/watch/nw77621(2011年6月21日(火)19時48分配信)」というタイトルで、「同機構計算機室にはCPU(中央演算装置)が入ったラックがずらり。8月末には、ラック864台(CPU約8万3000個)の設置が終わる予定で、来年11月の運用開始を目指す。 京は、1秒間に1京(1000兆の10倍)回の計算能力を目指す国家プロジェクト。昨年9月以降、計算機本体の搬入を開始し、申請時点のCPUは6万8544個。1秒当たりの計算速度は8162兆回で、昨年11月、初めて1位となった中国のスパコン「天河」の2566兆回を3倍以上も上回った。」と報じた。

以上、幾つかの報道を総合してようやくスパコン京の姿が見えてきた。水冷、チップ内のCPUとラック方式の並列処理という事で、ラック数を増やせば更に能力は向上するようにも見える。ともかく、写真を見ると、そのスパコンの規模の大きさには目を見張る物がある。また、日本のコンピュータ業界も完全に様変わりしているのが分かった。

昨年共同通信が伝えた記事に:「米空軍研究所(本部・オハイオ州)は
ソニーの家庭用ゲーム機「プレイステーション(PS)3」約1700台を
使ったスーパーコンピューターを製作した。計算能力は世界で35位か36位で、今後数カ月の能力向上で20位程度となる予定だ。市販されているPS3を利用することで低価格を実現、同様のスパコンをつくるには約5千万~8千万ドルかかるが、約200万ドル(約1億7千万円)に収まった。」とあった。これは、まさに逆転の発想で、民生用のゲームパソコンを軍用に使った例だろう。ソニーは超高性能のCPUを開発して、これをあらゆる自社製品に組み込んで展開する遠大な戦略をとった。

尚、「地球シミュレータ;url=http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%9C%B0%E7%90%83%E3%82%B7%E3%83%9F%E3%83%A5%E3%83%AC%E3%83%BC%E3%82%BF#.E7.B6.AD.E6.8C.81.E8.B2.BB;(最終更新 2011年5月13日 (金) 16:47 )」『フリー百科事典 ウィキペディア日本語版』(http://ja.wikipedia.org/)。の記事に「[編集] 維持費
旧システムの維持費用は年間約50億円(内訳は電気代約5億円、ガス・水道代1億5000万円、保守費用45億円)であった。消費電力は約6MWで、実アプリケーションの性能を確保するための高速メモリとネットワークに必要な電力とされた。地球シミュレータのような専用のベクトルプロセッサを用いた計算機は、近年主流となっているPCクラスタに比べ価格性能比が低く、性能当たりの消費電力が多いとされる。ベクトル計算機とPCクラスタは得意分野の違いもあり、単純比較することは必ずしも適切ではないが、例えば2006年から運用開始された東京工業大学のTSUBAMEは、2002年に運用開始時の地球シミュレータと比較して導入費用は20分の1、電気代は5分の1、計算速度は1.6倍(LINPACK性能比)である(現在は新システムに更新した地球シミュレータが演算性能では上回っている)。」と記している。

システムの規模が大きくなるとそのシステムを稼働させる電力等も大きくなる。コンピュータのスピードと消費電力は正の相関があるが、消費電力の低減という分野でも頑張ってもらいたい所である。という訳は、消費電力を下げればデバイス自体の信頼性が向上し、冷却や収納・維持の為の消費電力も低減可能になる事である。いわば、コンピュータは20~21世紀の基幹技術であるが、今日的な電力事情を考えると更なる課題が見えてくるのではないか。仕分けでスパコンでも話題をふりまいた某節電啓発等担当大臣もスパコンの波及効果までは考えが及ばなかったようだ。問題はスパコンのスピード競争がオリンピックのようであっては何もならない。日本が直面する政策課題を実施した場合、5年後、10後にどうなるかというような政策シミュレーションをそのスパコンで1週間程度で出してもらいたい。それが当たればまさにノーベル賞ものだ。当局は打ち出の小槌の如く、それを振れば金は幾らでも出てくるというような行動パターンを取るが、本当だろうか。スパコンでシミュレーションさせてみたい。群馬県では八ッ場ダム建設の是非が長年の課題になっている。最近、ようやく建設の根拠となってきた利根川の最大流量(基本高水・きほんたかみず)が煮詰まってきたようだ。学者が延々と議論するより、100年に一度とかの気象条件を入れて利根川水量のシミュレーションをこのスパコンでやらせたらどうか。当然過渡解析で、雨域の移動や水系の増水が眼に見えるように分かるだろう。諫早干潟、開門判決も開発と環境という大きな国家的課題を象徴している。政策実行に巨額の費用を投入して、その政策変更に更に巨額の費用をかける。このような問題も是非スパコンでシミュレーションして貰いたい。モグラ叩き的政策で無駄金を使うユトリは日本はないだろう。日本はハードだけでは食えないのが眼に見えている。その前に、中身が空っぽの政策はどんなコンピュータにもかけられないのは自明な事なのだが。いかに立派な道具であっても使いこなすのは人間だ。東京電力福島原発事故では、政府は【SPEEDI】「緊急時迅速放射能影響予測ネットワークシステム」という、放射性物質拡散シミュレーションを活用しないと言う失態を演じている。昔、コンピュータは問題を入れれば自動的に答えがでるのかいと聞かれた事があった。まさに、巨大な電卓のイメージの質問であった。コンピュータにも、問題を見つける、問題を分析する、プログラムを組み実行する等々システムの分析と統合が不可欠になる。それはなにもコンピュータだけの問題ではない。

サーチナは、「日本のスパコン世界1位、そもそもスパコンは何に使うのか?=中国
;url=http://news.searchina.ne.jp/disp.cgi?y=2011&d=0622&f=it_0622_004.shtml(2011/06/22(水) 13:39 )」というタイトルで、「ドイツのハンブルグで開催中のスーパーコンピューター(スパコン)の国際会議で20日(現地時間)、トップ500リストが発表され、独立行政法人「理化学研究所」と富士通が共同開発中のスーパーコンピューター「京(けい)」が計算速度で第1位となった。新華社(電子版)は21日付で各国がスパコン開発にしのぎを削る理由について報じた。」と報じた。

それによると、記事は、
「スーパーコンピューターでしか処理できない問題として8つ指摘した。
1.気象予測:
2.地震予測:
3.生命の秘密を探る:
4.地球の秘密を探る:
5.宇宙の秘密を探る:
6.自動車設計:
7.ナノ素材設計:
8.社会科学理論:(編集担当:及川源十郎)」とある。詳細は本文を参照。さすが、中国の一流ジャーナリズムはスパコンの本質をついた報道をしている。日本のジャーナリズムも勉強不足は否めない。もっと頑張ってスパコンの持つ意味を解説して貰いたいところだ。日本が一番弱いのは「8.社会科学理論」だろう。弱いところは手当をすればそれなりに強くなる筈だ。それは全てのシステムに通用する。

以下本題。

かみつけ女流歌人 雅:雪の道

歌題=雪の道:

■雪の道 母を支えし 日の遠く 子が手を借して 同じ坂の道 83 日垣 さく

母と子の三代記のようで、子の重い役回りを雪の道で暗示している。

2011年6月23日 (木)

老人の寝言:真夏のピーク電力危機は昼寝で乗り切れ

2011/6/23
昨日は晴れ。気温はグングン上がり真夏日になった。AMEDASの最高気温(℃) =36.2(13:56)。
室内でパソコンに向かった。WIN ME機は28℃程度でFANが回転を始める。WIN XP機は常時FANが回転している。FANの騒音が意外に気になる。放熱FANの設計にもコンセプトの差があって面白い。室温も30℃以上に上昇、汗をかきつつ悪戦苦闘。エアコン無しで頑張る。元々その部屋はエアコンは装備していないが...。扇風機でも出そうか。

昨日の天気

TAVE= 28.8
TMAX= 35.4
TMIN= 21.5
DIFF= 13.9
WMAX= 3.3
SUNS= 11.2
RAIN= 1

地方のニュースに目を向けると、こんなニュースがあった。

サンケイの地方ニュースは、「下水道汚泥から放射性物質 奈良;url=http://sankei.jp.msn.com/region/news/110623/nar11062302240000-n1.htm(2011.6.23 02:24
)」というタイトルで、「県は22日、県内4カ所の浄化センターの下水道汚泥や焼却灰について放射性物質を調べたところ、広陵町の第2浄化センターの脱水汚泥から、1キロあたり38・7ベクレルの放射性ヨウ素を検出したと発表した。放射性セシウムは検出されなかった。食品衛生法に基づく飲料水の暫定基準値は、放射性ヨウ素で1キロあたり300ベクレルで、県は「健康に問題はない」としている。」と報じた。

放射能は、自然界に存在しているのもあるが、半減期の短い放射性ヨウ素を検出したという事は福島原発事故で放出された放射性物質が奈良まで飛散していた事を示しているのではないかと思う。一部の論客は、基準値以下なら問題ないと主張するが、基準値以上か以下を問題にすると事実が矮小化してしまいそうだ。問題は、放射性物質は、放出源の放出条件と風向き等の気象条件により、広範囲に飛散して、最早一度自然界に放出された放射性物質を回収する事は事実上不可能になってしまう事だ。かくて、半減期の長い放射性物質は地球上に蓄積されてくる。原発の数が多くなれば、原子炉事故だけでなく、核廃棄物の保存上の事故等で放射性物質が拡散する可能性もある。少なければ大丈夫という論理が通用しないのが放射性物質の問題だ。蓄積されて自然界を巡回するともはや防ぎようがない。放射性物質による遺伝子の変質や突然変異により予想もできないような病状を持った人間が生まれる可能性という悪夢に直面せざるを得なくなる。原発も原爆も根は一つだ。

老人の寝言:真夏のピーク電力危機は昼寝で乗り切れ

昨年の東京電力管内の真夏のピーク電力消費量はほぼ6000万KWであった。そのピークを迎えた日が2010/7/23であった。資源エネルギー庁は夏期最大ピーク日の需要カーブ推計(全体)(url=http://www.meti.go.jp/setsuden/20110513taisaku/16.pdf)を推計している。そこで、2010/7/23(金)のAMEDASデータから東京と伊勢崎の気温をグラフにして資源エネルギー庁の発表しているグラフに重ねてみた。図中の赤線が東京、青線が伊勢崎の気温の傾向を示す。パソコンのフリーの画像処理ソフトを使用して画像を合成してみた。思うように重ねて表示出来ないので、目盛りは割愛。画像を切り出し、縦横の画素数を同じサイズに調整して重ね合わせた。現役時代は、コピー用の半透明のグラフ用紙にプロットしたグラフを重ねて、光を通して二枚のデータの違いを比較した事が良くあった。原始的な方法であるが、物事を重ねて見るという訓練は大切であろう。二つのデータを重ねる事はそのデータ間の関連づけをする事だ。重ね合わせるにも手法がある。今回は横軸の時間を合わせた。電力需要も気温と時間の関数である。その事実を目で見える形に示してくれるデータをまだ見たことがないので悪戦苦闘して作成してみた。
Tempdemand2

これは、あくまで、気温と電力消費量の傾向を見るためである。気温と消費電力も場所毎に変わるので正確な予想は困難だろう。東京と伊勢崎の温度傾向をみると、東京の夜間の温度低下が伊勢崎に比べて小さい、即ちヒートアイランド化の傾向が強いように見える。資源エネルギー庁の推計データでは、消費電力がピークに達するのは一点だけでなく、高原状に広い幅があるようだ。14時にピークを想定しているようだが、相当の時間幅を見る必要がありそうだ。気温の変化以上に夜間の電力消費が多いようだ。平日のビジネス、労働、生活等の昼間の時間帯にピークが生じそうだ。今年は、東京電力、政府、企業、民間等が節電対策をすると予想されるので、全体の電力使用実績曲線がどうなるのかはかなり予想が難しそうだ。電力消費量は早朝の3~4時頃が最低となる時間帯なので、この時間帯に活動時間を移せば、電力消費量の平準化が最も効率的に進む事になりそうだ。電灯が普及する前は、夜明けと共に起きて仕事をして、日暮れに仕事を休むのが一般であった。夜間の生活には、ランプやロウソクが必要であった。追加の燃費が必要だったので、人間は太陽の動きに会わせていた。電力も最初は電灯としての利用がほとんどであった。結局、電気文明は夜の時間帯の活用を可能にしたようだが、その利便性と交換に何かを失っているのかもしれない。文明は人間の生物としての生活リズムを犠牲にして狂わせてきたのかもしれない。6月22日は夏至で、これから夜の時間が伸びてくる。東京電力の福島原発事故に起因する節電運動でも、サマータイムの導入は一部になりそうだ。ともかく、この夏の電力危機を乗り越えるには、早寝・早起きという昔式、老人型の生活、スローライフ的な生活が合っているようだ。それに、真昼時の昼寝を加えれば更に効果が上がるだろう。真夏は国民一斉に総昼寝キャンペーンはどうか。人間が本来持っている生理的な時計に合った生活をすることが、健康のためにも、エネルギーの無駄を省くためにも、最適な方法かもしれない。

以下本題。

かみつけ女流歌人 雅:追憶

歌題=追憶:

■母が吸う 一っぴくの煙草 うまげなりき 早苗取りつつ 一休みして 33 木島 イサミ

男並に仕事をする母のたくましさを彷彿とさせる一首。

2011年6月22日 (水)

読みかじりの記:NEWTON SPECIAL 東京大地震 編集人 竹内均 (1987年9月号 株式会社 教育社)

2011/6/22
昨日は晴れ。暑い。AMEDAS最高気温(℃) =33.3 (14:58)。下草刈り。日中は休憩。熱中症が心配だ。一昨日子供達がスズメバチの巣を発見。スズメバチもいたとの事。要注意だ。カシワバアジサイが白い花を付けていた。草むらにアンズの実が落ちていた。数個食べる。完熟でうまかった。東北地方が平年より遅く梅雨入りしたとの事だ。発汗で体力消耗。猛烈に眠い。被災地の人々の疲労も相当たまっているだろう。震災以来3ヶ月経過してようやく災害復興基本法が成立。関東大震災の時は地震後1ヶ月で成立。遅い。その他の法案は政争の取引材料となり遅々として進む気配がない。人災大国日本だ。地方が独自に続々と放射能測定を始めている。当局に期待が出来ない事を示している。

昨日の天気

TAVE= 25.9
TMAX= 33
TMIN= 22.3
DIFF= 10.7
WMAX= 4.6
SUNS= 3.8
RAIN= 0.5

読みかじりの記:NEWTON SPECIAL 東京大地震 編集人 竹内均 (1987年9月号 株式会社 教育社)

東北地方太平洋沖地震による震災と津波災害及びそれを起因とした福島原発事故の被害規模の膨大さに触発されて手にした一冊である。1987年と言えば、チェルノブイリ原発事故の翌年である。当時は原発事故と地震の関係については一般レベルでは余り関心がなかったのではないかと思われる。この特集号出版の背景には編集長が地球科学者であるという事も作用しているかもしれない。

「関東大震災;url=http://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%96%A2%E6%9D%B1%E5%A4%A7%E9%9C%87%E7%81%BD;(最終更新 2011年6月18日 (土) 11:56 )」『フリー百科事典 ウィキペディア日本語版』(http://ja.wikipedia.org/)。の記事に「関東大震災(かんとうだいしんさい)は、大正12年(1923年)9月1日(土)11時58分32秒(以下日本時間)、神奈川県相模湾北西沖80km(北緯35.1度、東経139.5度)を震源として発生したマグニチュード7.9の大正関東地震による地震災害である。神奈川県を中心に千葉県・茨城県から静岡県東部までの内陸と沿岸に広い範囲に甚大な被害をもたらし、日本災害史上最大級の被害を与えた。」また「2004年ごろまでは、死者・行方不明者は約14万人とされていた。この数字は、震災から2年後にまとめられた「震災予防調査会報告」に基づいた数値である。しかし、近年になり武村雅之らの調べによって、14万人の数字には重複して数えられているデータがかなり多い可能性が指摘され、その説が学界にも定着したため、理科年表では、2006年(平成18年)版から修正され、数字を丸めて「死者・行方不明 10万5千余」としている[1]。また気象庁でも、この理科年表の数字を採用している[2]。」と記されている。

2011/6/20現在の警察庁による東日本大震災によると死者は15,467人、行方不明は7,482人、負傷者は5,388人となっている。

東京都(東京都防災会議)が公表している「首都直下地震による東京の被害想定(平成18年5月)」では、冬の夕方18時の東京湾北部地震M7.3の地震時に、5,638人(6m/秒)、 6,413人(15m/秒)の死者を推計している。中央防災会議は7,800人(15m/秒)を推計している。この数値は、東京都内だけで、都外の近県での死亡者を含めれば更に増加すると考えられるが、人口の集中度等から楽観的な数値に見えてしまう。東京都の資料によれば、東京都の昼間人口は平成17年に、全都で14 977 580人、区部で11 284 699となっている。想定した冬の夕方18時には、ほぼ昼間人口が都内にいるのではないか。地震は時も選ばない。関東大震災は、土曜日の真昼に起こった。防災計画を立てるとき、死者の想定値は、その数を下らない最大値を想定する必要があるだろう。推計値以下に死者数を抑えるという計画なら話は別であるが。また、関東大震災がマグニチュード7.9であったのに、マグニチュード7.3の推計を出しているのも不可解である。マグニチュード7.9の地震エネルギーはマグニチュード7.3の地震エネルギーの数倍になるのではないか。大正12年の東京と現在の東京は人口の集中度、建物の高層化、電気、ガス、ガソリン等の大量使用等で、同じ地震でもその何倍もの被害が想定される事は目に見えている。当局としては、余り膨大な被害想定をする事には二の足を踏むような意識になると思われるが、東日本大震災と福島原発事故は、適切妥当な防災計画を樹立せよと教訓を示しているのではないか。そのような悲惨で膨大な被害という現実に目を向けさせないように、公表部分を死者等の被害が少なく見える条件の組み合わせの場合に限定しているとなると、何のための防災計画かと思わざるを得ない。住民の防災行動もその防災計画が描く姿によって、気合いの入り方が変わって来るのではないか。

「NEWTON SPECIAL 東京大地震」はPARTⅠ「そのとき東京はどうなるか」、PARTⅡ「コンピュータが危ない」の二部構成になっている。本書では、東京の都市構造と都市機能が、関東大震災当時と大きく変わっている事により、災害の質と規模が大きく変わってくる事を述べている。いわば、都市に経済や行政の中枢機能が集中し、その中心となっているのがいわゆるC&Cというコンピュータと情報・通信である。そこに震災の弱さがあると警告している。そこでは、編集当時コンピュータの普及で現実的な問題になってきた事を述べている。通信インフラだけでなく、膨大なデータやプログラムの喪失により、企業や官庁の機能が麻痺する危険や液状化の危険についても述べている。このような都市構造に関する要因は考慮されているのか。仮に、来るべき東京大地震と東日本大震災を比較すると、来るべき東京大地震はより深刻な被害が、日本中だけでなく、世界にも及ぶと警鐘を鳴らしているようにも読める。現状は、東京都には計画停電も実施されず、相変わらずと東日本大震災の実感を味合わずに済んでいる。このような現状は、将来に来るであろう東京大地震への備えに対する緊張感を弱めてしまっているのではないか。見方を変えると、既に首都東京は制御不可能な巨大システムになってしまって、巨大地震が襲ってもなるようにしかならないという玉砕の道を進んでいるようにみえてしまう。

以下本題。

かみつけ女流歌人 雅:幸せの種子

歌題=幸せの種子:

■誕生日に ルビーの指輪 我が指に 若くゐてねと 嫁嵌めくるる 61 高山 照子

嫁姑の関係は斜に見がちであるが、こんな場面が自然に歌になるのは日頃の心がけのたまものと思う。

2011年6月21日 (火)

かみつけ女流歌人 雅:風の道あり

2011/6/20
昨日は晴れ。暑い日であった。AMEDASの最高気温(℃) =30.3 (13:20 )。草刈で夏らしい汗をかいた。30㎝程度のヘビが雑草の山の下にいた。ウズラのような野鳥のヒナも近くにいた。授粉用に高接ぎしたスモモ(ハリウッド)の枝に実が生っていた。通りかかった顔見知りの人がユスラウメを見つけたので、もいでたべてもらった。不思議に野鳥は余りユスラウメの実を食べないようだ。鳥にとっても美味くないのか。

昨日の天気

TAVE= 24.7
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TMIN= 19.5
DIFF= 9.9
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SUNS= 6.6
RAIN= 0

asahi.comは、「東電の被曝調査、作業員69人と連絡取れず ずさん管理;url=http://www.asahi.com/national/update/0620/TKY201106200461.html(2011年6月21日0時44分))」というタイトルで、「東京電力福島第一原子力発電所で事故の復旧作業に携わった作業員のうち、東電が69人と連絡がとれず所在不明になっていることが20日、明らかになった。被曝(ひばく)量を測定するために追跡調査して分かったもので、ずさんな管理態勢を示す結果となった。東電の報告を受け、厚生労働省は作業員を早急に捜すよう指示した。 」と報じた。同記事に、「厚労省によると、東電が今回の被曝調査のため、下請け企業に対し、作業員を内部被曝の測定に来させるよう求めた。」ともある。

東京電力は自社社員の被曝状況も誤った人数を発表し、それを修正しと、細々と煙幕を張る隠蔽操作のような事を繰り返している。そもそも、一度発表した事を安易に修正する事自体が、発表自体の信頼性を損なう。誤った事を修正するのは正しいような態度をふてぶてししく行っていること自体が報道をおもちゃの如く扱っている事に通じないか。東京電力がホームページで公表しているニュースリリースにあきれるほど多くの修正がある。そのような事を繰り返しているのだからまさにオオカミ少年。というより、その発表の裏に悪魔の貌が透けて見えてしまう。原発事故現場で働かせる事は、そのリスクの高さから緊張した労務管理が絶対に必要な事であるのは自明以上に明らかだ。当然それは承知の上やっているとなれば犯罪と紙一重ではないか。まさに、下請け、派遣、臨時雇い等の作業員は使い捨てという実態を示しているのではないか。

以下本題。

かみつけ女流歌人 雅:風の道あり

歌題=風の道あり:

■母の通夜に 娘らの集ひて 語り合ふ 思いひ出は先ず 頑固者だと 79 橋田 信子

頑固者という言葉は、人生の荒波を乗り切って大往生を遂げた母への勲章であったようだ。

2011年6月20日 (月)

読みかじりの記:21世紀はこうなる 1990年版 編集人 竹内均 1990年 株式会社 教育社)

2011/6/19
昨日は午後少し晴れ間。大体曇り。延期になっていた町内の草刈や清掃に出た。畑の隅にカタバミが咲いていた。熟した実を入れた鞘が乾いている時に指で触ると鞘が裂けて種子を放出する。子供の頃はこれで遊んだこともある。夜はおじぎそうのように葉を閉じる。父の日で家族が揃って食事。ねむの木から緑色の尺取り虫のような虫が糸を伝って降りてきた。それが、今度はくるくる回りながらその糸を伝って上に昇り始めた。これを3人で見ていたがデジカメを取りに行っている間に登り切ってしまった。そのメカニズムは解明できなかったが、回転するときに糸をダンゴのように巻き取って短くしてゆくのではないかと思った。昆虫の恐るべき能力。東京電力の放射能汚染水の処理は想定通りに進まず不安がつのる。汚染水は日々増加中だ。

昨日の天気

TAVE= 22.4
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DIFF= 7.8
WMAX= 2.4
SUNS= 1.7
RAIN= 0

読みかじりの記:21世紀はこうなる 1990年版 編集人 竹内均 1990年 株式会社 教育社)

最近、未来学とか未来はこうなるというような明るい話題が少ないように感じる。高度経済成長で物質的な要求はかなりの程度満たされてきた。一方、精神的な要求は満たされてきたかと言えば、空疎感もある。未来への信頼感が確実に出来なければ、現在の努力も色あせてしまう。精神的な要求は金だけでは実現できない。人の言いなりでも満足できない。自分自身の価値観が必要とされるのではないか、そんな、現代の様相をもう一度過去の視点から振り返って見ようとして手にした一冊が「21世紀はこうなる 1990年版」である。一般向け科学雑誌NEWTONの増刊号である。丁度20年ほど前の時代に遡って、そこを起点に現在を見てみたい。

編集者は竹内均で、NEWTONには地震関係の記事が比較的多かったと記憶している。「竹内均;url=http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%AB%B9%E5%86%85%E5%9D%87;(最終更新 2011年4月20日 (水) 00:30 )」『フリー百科事典 ウィキペディア日本語版』(http://ja.wikipedia.org/)。の記事に「竹内 均(たけうち ひとし、1920年7月2日 - 2004年4月20日)は、日本を代表する地球物理学者の第一人者で、東京大学名誉教授、理学博士、科学啓蒙家。科学雑誌『Newton』初代編集長。代々木ゼミナール札幌校元校長。」とある。その記事によると、「旧制大野中学校2年生の夏、寺田寅彦のエッセー『茶碗の湯』を読み、学者の道を目指す。」との記事も。

本書は、1=イラストで見る21世紀、2=世界の中の日本 日本の1990年代、3=21世紀のトレンドはこれだ、4=資料編 データで見る日本の未来という4部構成になっている。

「イラストで見る21世紀」の目次タイトルは大きな横文字に小さな日本語が併記されている。ざっとみると、ハイテクをバックに実現されるであろう巨大な都市やビル空港、交通機関等、まさに未来がバラ色に描かれている。最先端の科学・技術を駆使すれば、原理的には可能な未来図ではあったと思われる。それを実現するのは、国策や民間開発であるが、膨大なエネルギーとコストを必要とするという、実現可能性の点では未来の予測の多くが、結果としては狂ってしまっていたように見える。言い換えれば、今まで築いてきた、インフラの構造的な変化は起こっていないようにも見える。また、科学的・技術的に可能な予測は、経済的な条件が整えばすぐに実行され、すでにそれが当たり前のような状況になってくるという、技術の進歩は逆に注目しなければならない。それは、情報・通信分野に顕著に現れてきたのではないか。この分野は、機能と価格という面で集積回路の恩恵を最大限に享受できたと思われる。描かれた絵の中で生き残っているのは中央リニア新幹線である。20年後の現在も実現していないが、今年になって、中央リニア新幹線のルートと駅がほぼ確定した。しかし、一方ではスローライフというスピード第一と反対の意識の高まりもある。実現に向かって、現実的な議論が盛んになるのではないか。その視点は、エネルギー、コスト、利便性である。情報・通信技術の発展で、人や物が寸刻を競い動かなければならないという場面は相当少なくなった、むしろその必要性はほぼ全滅しているだろう。内閣総理大臣の福島原発の視察がその一例でもあろう。今日テレビ会議、テレビ中継は当たり前の技術だ。また、臨海開発も結論としては失敗の部類に入るだろう。東北地方太平洋沖地震で臨海開発の一部の埋め立て地で起こった大規模な液状化も記憶に新しい。科学・技術的な見直し・検証作業は原発だけでは無いだろう。東北地方太平洋沖地震規模の地震が首都圏やその近傍に起きれば、津波は無くとも、壊滅的な被害が発生するだろう。東京都は東北地方太平洋沖地震を教訓になにを対策するのか。原発と同じで、現実を直視するのが怖く、オリンピック誘致というような夢を描いているようにしか見えない。

「マッハ2の超音速旅客機によりロサンゼルスの日帰り出張が可能になる」という記事には、「2010年にはマッハ2.5の超音速旅客機が就航する。」とある。

「コンコルド;url=http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B3%E3%83%B3%E3%82%B3%E3%83%AB%E3%83%89;(最終更新 2011年6月18日 (土) 12:44 )」『フリー百科事典 ウィキペディア日本語版』(http://ja.wikipedia.org/)。の記事に「エールフランス機
イギリスのBACとフランスのシュド・アビアシオンなどが共同で開発した超音速旅客機。初飛行は1969年3月1日。原型機4機を含め、20機が製造された。高度5万5,000~6万フィートという、通常の旅客機の飛行高度の2倍もの高度を、マッハ2.0で飛行した。定期国際運航路線をもっていた唯一の超音速民間旅客機でもあった。開発当時は、世界中から発注があったものの、ソニックブームなどの環境問題、開発の遅滞やそれに伴う価格の高騰、また大量輸送と低コスト化の流れを受けてその多くがキャンセルとなった[1]。最終的にはエールフランスとブリティッシュ・エアウェイズの2社のみによる就航に留まる。2000年7月25日に発生した墜落事故、2001年9月11日に発生したアメリカ同時多発テロによって、低迷していた航空需要下での収益性改善が望めなくなった事で、2003年5月にエールフランス、同年10月24日にブリティッシュ・エアウェイズが営業飛行を終了、2003年11月26日のヒースロー空港着陸をもって全機が退役した。超音速飛行を追求した美しいデザインや(ほぼ)唯一の超音速旅客機であったこともあり、現在でも根強い人気を持つ。」

巨大、超高速等、人類の可能性への挑戦は必ずしも、実用化という現実の社会的な要求とは合致しなかったのが歴史の教訓ではないかと思える。

第三部の「医療技術の進歩」では、「現代の難病は克服されるか」というタイトルで課題と予測が述べられている。遺伝子治療の成功が2000年と予測されている。臓器移植に関しては、そのシステムの整備と社会的コンセンサンスの必要性が述べられている。医療技術ももはや赤髭の時代ではなくなり、医療システムの中に組み込まれ、財布と算盤の時代になってしまった。生と死という倫理観という壁がまだ残っている。この壁は守るべきか崩すべきか、現在から未来にかけて直面を迫られる。「65歳は「老人」ではなくなる」というタイトルでは「2015年には高齢者人口は3000万人を超える。」という予測がある。総務省の情報(高齢者人口の現状と将来:url=http://www.stat.go.jp/data/topics/topics051.htm)によると、「65歳以上人口の割合は今後も上昇を続け、平成27年(2015年)には総人口の26.0%(3277万人)と、およそ4人に1人が65歳以上になると見込まれている。」とほぼ妥当な予想がなされている。問題は、その予想が政策に十分反映されてこなかった点だろう。

第二部の「そのとき日本こうなる」では、「労働力の流動化が企業を変える」というタイトルで、労働市場、雇用関係の変化を明るく描いている。就「社」より就「職」の時代となり、「契約社員制度」も述べている。契約社員、労働者派遣の現実は雇用側と労働側の利益の配分割合を大きく変えた。一時的な雇用の体力増加は、長期的には雇用側の体力の減少を招いているようでもある。社会の活力事態が萎えているのが現代の状況のように見える。

本書の巻頭を飾るのが、「日本の未来を占う 21世紀テクノロジーが日本をのばす」というタイトルの経済評論家の長谷川慶太郎とNEWTON編集長の竹内均の特別対談だ。長谷川は鉄鋼歩留まりが、当時(の現在)65%台からの95%に向上した事を例に取り、石油ショックが日本産業の体力強化になった事を述べている。液化天然ガスの活用に世界に先駆けて取り組んで長期契約で安い資源を確保したとの記事もある。長谷川:「私はね、エネルギー関係は1にも2にも3にも、全部経済関係だと考えています。」経済評論家独自の視点かもしれない。現実もその通り動いた。電力料金が固定で硬直化していることに対して、曜日や時間帯で変えて、今日的視点では、ピーク需要の平準化化とエネルギーコストの低減の必要性にも言及している。その基盤となる安定な電力を供給する原子力発電も念頭にあると見られる。電力料金体系も電力事業体系も、残念ながら経済の流れから遅れて、恐竜のような末期を迎えているようにも見える。会社経営者が無担保で借金する場合に経営者が個人保証する事に対して、それは倫理でなく、「日本の経営者のモラルのレベルがアメリカやヨーロッパの経営者にくらべて高いとはいえないと思います。これはシステムなんです。」と言い切っている。日本の、特に大企業の経営者の精神が、戦後どのように変化したのかは改めて検証する必要があるように思える。この特別対談の末尾が印象に残る。竹内:日本の将来は非常に明るいんですけど、ちょっと心配なことははないですか。あるいは警告すべきこと。長谷川:警告すべきことは、たった一つしかありません。それはね、政治です。竹内:なるほど(笑い)。そうかもしれん。

自分は、集積回路の中でも電源用の集積回路の開発に従事した事があった。集積回路は電力を作る事はできないが、器機の安定動作には不可欠だ。昔は安定化電源とか電圧調整器というような言葉もあった。器機が微細化してその動作が外乱等の影響を受けるのを防止し、安定に動作させるための補助的な機能だが、主たる機能の他にその機能を発揮させる補助的な機能が統合されてシステム全体が正常に機能する。これは、全てのシステムに共通している事である。文明社会の中で、政治の役割は何か。経済評論家長谷川慶太郎は政治に何を警告したかったのだろうか。

以下本題。

かみつけ女流歌人 雅:閑日月

歌題=閑日月:

■落葉して 明るくなれる 片隅の 残菊の花に 蝶は動かず 55 須田 修子

花も蝶も季節の変化の前に、か弱き存在である事に共感しつつ、なお明るく詠んでいる。

2011年6月19日 (日)

老人の寝言:臥薪嘗胆して理不尽という壁を乗り越えよう

2011/6/19
昨日は曇り後夜雨。外出の帰りに何か花が咲いていないかと探したら、薄青色をしたツユクサの花が咲いていた。この時世、花でも眺めていないと気が滅入る。ツユクサはなるほど、梅雨期の花にふさわしく思えた。育ちも早い。知人が来て世間話。東電の株は今は買えない云々。

昨日の天気

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老人の寝言:臥薪嘗胆して理不尽という壁を乗り越えよう

東北地方太平洋沖地震以後100日、WEB上で読んだのはほとんどが中央紙だった。その中に、2011年3月12日付けの福島民報の号外があった。それを改めて読んでみた。この段階で、死者97人、不明490名と伝えていた。全国では死者217人、不明681名であった。東京電力福島第一原子力発電所に関しては、政府が半径10Km以内の富岡、大熊、双葉、浪江の四町の住民に対して避難指示を出した事と、東京電力にベントの命令を出した事を報じていた。東北関東大震災と福島原発事故がこれほど大規模なものだったとは報じていない。その時点では十分な情報が断たれていたのだ。しかし、人的被害すら、その報道のレベルに納まらないと誰もが内心思っていただろう。更に、福島原発事故が現在のような事態になるとは地域住民は夢にも思わなかったに違いない。

ようやく、WEB上の地方紙を読んで見ようと思った。そこで探したのが、河北新報社の河北春秋。
河北新報は宮城県、仙台市、東北のニュースを主に扱っているようだ。

河北春秋は、「1983年度に放送されたNHK連続テレビ小説「お… ;url=http://www.kahoku.co.jp/column/syunju/20110617_01.htm(2011年06月17日金曜日))」というタイトルで、「▼1995年の阪神大震災後、神戸市の観光客数が震災前の水準に回復したのは12年後だ。時間はかかるが、地域の復興計画に観光振興を組み込む必要性があろう▼台湾外交部は福島を除く東北5県への渡航自粛勧告を解除した。おしんの古里は再び活気を取り戻すだろうが、原発事故収束のめどが立たない福島の復興は容易ではない。おしん伝説は臥薪嘗胆(がしんしょうたん)の先に成功があればこそ。理不尽と闘うには希望が要る。 」と報じた。

震災後に外国人観光客の姿が途絶えた事を受けての記事である。東北にはあのおしん伝説がある。東北はその「聖地」であると述べている。そうして、その締めくくりが、「理不尽と闘うには希望が要る」という一言だ。臥薪嘗胆とは寝心地どころではない薪の上に寝て、苦い胆(きも)を舐めてさえ、その試練・苦労を忘れずに頑張る事を意味する。その苦労・試練の先に成功という希望があれば、耐えられるのだ。そこで「理不尽」とはどういう意味か。その試練・苦労の原因に自分と何らかの因果関係があれば、その試練・苦労を自分の運命としても何とか受け入れる事ができるであろう。現実は、そんな事ではなく、そこに住んでいただけで、むごい試練・苦労を強いられている。理不尽とは道理が通らないことだ。希望を跳ね返す壁だ。被災地の人々はそれを痛感しているだろう。福島県と言えば野口英世を思い出す。WIKIPEDIAの野口英世語録に「偉ぐなるのが敵討(ガタキウ)ちだ(口語)」というのがあった。「理不尽と闘う」には誰とまた何と闘うのか。高山彦九郎は地域の偉人を尊敬すべしという考えがあったとの事。高山彦九郎は江戸幕府が崩壊するさきがけを感じ取った人物だろう。東北地方を旅して飢饉の惨状を記録に残している。これらの人物に、臥薪嘗胆して理不尽という壁を乗り越えるヒントはないだろうか。野口英世の思い出:http://af06.kazelog.jp/itoshikimono/2010/01/post-3a76.html

以下本題。

かみつけ女流歌人 雅:秀子

歌題=秀子:

■三ヶ月 勤務休みて 看とりせる 吾子の切なき 朝な夕なよ 104 吉井 千代子

最愛なるものが去って、そこに歌が生まれる。歌は心の空白を埋めて新しい出発のさきがけになる。

2011年6月18日 (土)

歴史の転換:がんばれ ふくしま! 脱原発

2011/6/18
昨日は雨後曇り。ミニプランターの苗移植。雨でミニプランターに雨水が溜まって水浸し。プランターの底に、灌水の手抜きのため栓をしていたのが原因。サンショウの緑枝差しは失敗しそうだ。下の方から枯れてきている。緑枝差しの季節なので他品種を挿し木してみた。ラジオで国会中継を聞くが、相変わらずほとんどがすれ違い。

昨日の天気

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歴史の転換:がんばれ ふくしま! 脱原発

東京電力福島原発事故は、日本中に、更には世界中に、あの東北地方太平洋沖地震とそれに起因する大津波以上に大きな衝撃を与えているのではなか。そこには、見える物と見えない物に対する恐怖の違いがある。苦しみも、過ぎてしまった事といつ終わるか分からないという事という苦しみの感じ方と総量の違いがある。いつ終わるか分からないという事はまさに地獄の責め苦と同じで、その苦しみから容易に逃れられないという未来に対する苦しみも生まれる。人生を前向きに考えれば考えるほどその苦しみは大きくなるだろう。そういう苦しみが善良な人々を自殺にまで追い込んでいる。その自殺は人間不信への無言の抗議ではなかろうか。人間が信頼できれば、生きる勇気も、希望も断たれることはなかったのではないか。東北地方太平洋沖地震発生以来100日近くになるが、被災地だけでなく日本中が濃霧に覆われているようで、苦しみや不安が去らない。もはや、日本には神風は吹かない。自分から霧を取り払う。自立への一歩を踏み出す時なのかもしれない。自立とは先ず精神の自立から始まるのではないか。

福島民友ニュースは、「福島県 脱原発宣言;url=http://www.minyu-net.com/news/news/0616/news8.html(2011年6月16日 福島民友ニュース)」というタイトルで、「県の復興ビジョン検討委員会が15日、打ち出した「脱原発」の意思表示。東京電力福島第1原発事故で避難生活を強いられたり、風評被害など大きな影響を受けているだけに、県民からは評価する声が聞かれる。その一方で約40年にわたり“共存”してきた原発との「決別宣言」に複雑な思いを吐露する県民もいる。」と報じた。

福島県のホームページを探すと、震災・原発事故関係の暫定版と公式ホームページの二本立てになっていた。そこにあったのが、「がんばろう ふくしま!」というロゴマーク。さっそく、そのロゴマークを我がブログに張り付けた。その気持は、「がんばれ ふくしま!」である。

ところで、広辞苑によると、「頑張る」の本義は「我に張る」との事だ。「我を張る」という言葉は良く聞くが、余り良い印象を受けない。というのは、「我を張る」という場面には、その相手がいて、その相手に対して自己主張をすると言う意味なので、なあなあ社会では抵抗分子で、嫌われるという事なのだろう。一方、「我に張る」という言葉は今まで、聞いたことも使った事もなかった。「がんばれ」という言葉は相手にプレッシャーを与えるから無闇に使うなと大方の心優しい人々はおっしゃる。確かに、そういう側面はあるだろう。しかし、言動を通していい子になろうとする人々は多い。逆にそういう風潮に乗っていれば間違いないと便宜主義の人もいるだろう。ところで「我に張る」の「に」は方向を表す助詞で「我に」とは「自分の方に」という事だろう。「張」を漢字辞典で調べると、弦を長く張るという意味だそうだ。そうすることにより、弦はまさに緊張する。エネルギーを蓄えて、矢が飛び出す状態にするというのが「張る」の意味だろう。蓄えたエネルギーを外に向けるのか中に向けるのか。外に向ける時が「我を張る」ではないか。「我に張る」とは蓄えたエネルギーを自分に向ける事か。確かに、「頑張る」とは回りの事は気にせず、自分本位という意味が強い。和英で「頑張る」を引くと、「踏ん張る」hold out、hang onと出てきた。何か事を為すに、エネルギーを溜め、自分を緊張状態に追い込むというのが「我に張る」と解釈できる。「我に」⇒「頑」への転化は「我に張る」を更に「頑(かたくなに)」という漢字に置き換えて意味を強化したものだろう。そう、考えると「頑張る」という言葉には罪はないと思われる。自分から頑張ると言い出すことにより、目標がはっきりして、その課題に対する緊張感が高まり、物事を達成できる心理的な心構えができるのだ。

「がんばろう ふくしま!」という言葉は、やはり「我に張る」という意味で、自分の足元を見つめ、緊張感を持って課題に取り組むという福島県・福島県民の意思表明なのであろう。

以下本題。

かみつけ女流歌人 雅:私の心の散歩

歌題=私の心の散歩:

■おだやかな 水面に淡き 色残し 形かえつつ 花筏ながる 73 手塚 光子

ゆったりと流れる花筏とそれをじっと見つめる作者、動中静ありの心境を感じる。

2011年6月17日 (金)

老人の寝言:放射線量の自主測定はどんどんやれ

2011/6/17
昨日も曇り。タマリュウの植え替えは終了した。この時期、咲く花があまり見あたらない。ミニトマトの花。アジサイの一種だが、名前の分からないものが咲いている。昨日から今朝にかけてのNHKニュースが東京電力福島原発の放射能汚染水の処理が予定通り進んでいないと報じていた。いくつかの設備を連結して全体の動作をさせたら水漏れが生じているらしい。このようなロス時間の間にも、原子炉への注水は続いており、汚染水の容器も満杯が迫っているとの事だ。万一、今後再び放射能汚染水を海に放流するような事があれば、近隣諸国から非難を浴び、日本の信頼性を更に下げてしまうおそれが多い。そんな事態は絶対に阻止してもらいたい。

昨日の天気

TAVE= 20.4
TMAX= 24
TMIN= 16.1
DIFF= 7.9
WMAX= 4
SUNS= 0.1
RAIN= 3.5

老人の寝言:放射線量の自主測定はどんどんやれ

最近、放射線量の自主測定が注目を集めている。その背景には、自分が生活している環境や食物が放射性物質に汚染されていないかという心配がある。単独の測定値は余り意味がない。測定自体がデータを比較しあうという操作であると言っても良いだろう。それを具体的に示すのが測定のトレーサビリティだ。トレーサビリティとは測定の信頼性を確保する体系でもある。民間人が放射線量の自主測定をする事に対して、色々な意見がでている。それを、要約すれば必要十分な放射線量のデータがないからである。民間人以外の国や地方公共団体等が必要十分な放射線量データを提供してくれればあえて民間人は高価な放射線量測定器を購入して、放射線量を計る必要はないだろう。産業技術総合研究所のホームページに「 放射線計測の信頼性について(url=http://www.aist.go.jp/aist_j/rad-accur/confidence/index.html) 」という記事があり、「放射線計測器の校正には、標準線源を用います。放射能強度をあらかじめ測定した標準線源を用いて、計測現場で使われる放射線計測器の校正を行います。図3は、放射能計測のトレーサビリティ体系です。日本国内の体系では、(財)日本分析センターや(社)日本アイソトープ協会の標準器が産総研NMIJの国家標準に対してトレーサブルになっています。」とトレーサビリティの体系図を示している。このようなトレーサビリティを通すと、正しいデータの比較が可能になる。

最近、気になっているのは、放射線量の自主測定は混乱を招くといいうような、自主測定を牽制するような発言が目立つ事だ。それも、当局に近い筋やその分野のプロなのだから、意外に感じるのだ。このような発言には、一言、自衛というだけで十分だ。ともかく、なんらかの現象を数値で把握することは、その現象を把握するための第一歩になるのだ。どしどし測定をすべきである。当局やプロは、民間人が測定器などを使いこなしたら、失職の危機に直面するのではないかという不安を抱くのではないかと妄想せざるを得ない。民間人だって、むしろ民間人の方がまともな感覚を持っているのではないか。全く、本末転倒が当たり前のような実態があるから、民間人もその本質に迫ろうとするのである。民間人が放射線量を測定して公表したら、当局から公表を中止させられたというような情報がWEBに散見する。これは、思想統制以上の暴挙ではないか。放射線量データを公表されたら困る人物がいること自体、相当平常心が揺らいでいるように見える。測定値は、同じ場所で継続的に測定したり、場所を変えて測定したり等々色々な測定法が可能だ。当然、測定法、データ処理等訓練は必要だろうが、民間人が放射線量を測定すべきではないなどと誰にもいう権限はない。ともかく、測定は科学への第一歩でもあるのだ。測定データを解釈する事で、その背後に潜む物が見えてくるのだ。

また、出荷されている農産物は放射線量は規定値以下で安全だから放射線量の測定は不要だという意見もある。こういう意見も、科学的な見地からは、何段階かの前提が正しくなければ言えないことだが、当局を元気付ける助っ人に過ぎないようだ。その前提は、言うまでもなく、放射線量濃度の空間分布と、測定サンプル数と測定期間であろう。出荷されている農産物は全て規定値以下だと断定するには、詰まるところ全数測定以外にないのが常識だろう。全数検査が現実的には不可能なのだから、生産場所も生産物数も測定期間もサンプリングしているのが実状だろう。しかし、雨水が集中するような場所には放射能のホットスポットも生じていると言われている。従って、万一、民間人がそのようなホットスポットや高濃度放射線汚染農産物を発見してしまうと当局の言った事がひっくり返る可能性が出てくる。これも当局が民間人の放射線量の自主測定を歓迎しない理由の一つだろう。

放射線量の自主測定が関心を集めているのは、それが現実的な問題になっているからであり、それは当局への不信感の表れでもある。当局等が言っている事は、体温計は医者でないと使いこなせないというような事を放射線量計について言っているようで、いずれ民間人の放射線量計は民間人の体温計程度の所に落ち着くだろう。なぜなら、当局の言っていることは、体温計が危険だというような幼稚なレベルに過ぎないからだ。

以下本題。

かみつけ女流歌人 雅:夫とかたみに

歌題=夫とかたみに:

■近頃は 夢の中でも 捜し物 給食かたへに ない書類がない 94 峰村 恵美子

物忘れが良くなり夢の中でも捜し物をしていると嘆くがそれを笑い飛ばしているようでもある。

2011年6月16日 (木)

老人の寝言:強引な地デジ移行は第二次人災を引き起こす懸念がある

2011/6/16
昨日は曇り。タマリュウの植え込みの中にドクダミが密生してしまった。ドクダミは根を良く張るが、引き抜くと切れてしまい完全に駆除するのが大変。タマリュウを堀上げて植え直しをした。庭の片隅にはスカシユリが咲いている。雑草の中だが花は花。それなりに綺麗で目立つ。上毛新聞1面は県知事選の告示について。

昨日の天気

TAVE= 20.5
TMAX= 23.7
TMIN= 17.2
DIFF= 6.5
WMAX= 3.1
SUNS= 1.5
RAIN= 0

老人の寝言:強引な地デジ移行は第二次人災を引き起こす懸念がある

北海道新聞社は、「首都圏で「地デジ難民」続出懸念 UHF受信工事遅れ;url=http://www.hokkaido-np.co.jp/news/topic/298281.html(06/10 13:22)」というタイトルで、「テレビ放送の大改革となる地上放送のデジタル化。その完全移行が迫り、受信のための準備も最終段階を迎えている。だが、ここに来て心配されているのが首都圏での対応の遅れだ。受信に必要なアンテナの切り替えやお年寄りへの周知が間に合わず、7月24日の地上アナログ放送終了とともにテレビが見られなくなる「地デジ難民」の発生が懸念されている。(東京メディア委員 山口恭司)
」と報じた。

地デジ移行期限が刻々と迫っている。上記の記事は、地デジ移行など問題ではなかろうという首都圏の問題を指摘している。テレビは全ての情報が流れる総合情報インフラである。現行のアナログテレビは戦後の日本を作ってきたと極論してもあながち異論も無いと思われる。2001年の電波法の改定でチャンネルプランが変更されこれに伴い、10年後にアナログTV放送が停波して、地デジに移行するものとされている。これも、マクロな国策的現象とすると、アナログTV放送に使われているVHF帯からTVをUHF帯に追い出して、その空いた電波帯を通信業者等に使わせるという事らしい。移行の費用は、追い出されるアナログTVの視聴者にかぶせられる。しかし、この議論にはTVが果たしている情報インフラという重要性からの視点が完全に欠落しているようにみえる。電波も放射線も物理的には全く同じ物だ。見えない物なら、馬鹿な国民を騙すのは、赤子の腕をねじるのと同じように楽だと官僚どもは考えたのだろう。十年前にこの国策をこね上げた官僚はすでにどこかに天下りして左うちわかも知れない。電波利権が原発利権と同じ構造を持っても不思議ではない。

ITpro は、「東京電力が計画停電の原則不実施を発表、夏場のピークは供給増と節電などで対処 ;url=http://itpro.nikkeibp.co.jp/article/NEWS/20110408/359263/(2011/04/08
))」というタイトルで、「問題は夏場、特にピーク時の需要をまかなえるかどうかだが、東京電力ではこれについても「原則不実施」を継続するとしている。同社によれば、現時点において夏場の需給状況は、必要となる最大電力が5500万kW(参考:2010年夏の最大電力は7月23日に記録した5999万kW)なのに対して、供給力が4650万kWと大幅に不足する見通しであるという。
」と報じた。

この記事は計画停電実施前後のものと思うが、最近、東京電力がは以下のような記事をホームページのトップに掲載している。

「< 万が一に備えた計画停電の運用について
 今後の計画停電につきましては、「原則不実施」を継続できるよう、皆さまに節電のご協力をいただきながら、追加供給力の確保などに努めております。 しかしながら、万が一計画停電を実施させていただく場合に備え、計画停電対象地域のお客さまへ、平成23年6月20日(月)より適用となる計画停電グループをお知らせしております。何卒ご理解、ご協力のほど宜しくお願いいたします。(url=http://www.tepco.co.jp/index-j.html:平成23年6月15日現在)」

ただし、「※万が一計画停電を実施する際には、ホームページや7月1日から開設予定の「計画停電自動音声ご案内ダイヤル(0120-925-433)」等において、お客さまのグループ毎の計画停電実施時間帯をお知らせいたします。」とあるが、一般への公知手順が不明確である。ニュース等では、実施の2時間前までにホームページ等で伝えると聞いているが、これでは余りにも遅すぎる。東京電力は電気供給約款によれば、契約者に停電を十分周知する責任があるのであり、万一その責任を果たさない場合は責任問題が生じるだろう。

丁度、アナログTVが停波となるのが今年の7月24日で、昨年の東京電力の最大電力が7月23日に記録されたとなると、色々心配な事が重なって見えてしまう。地デジタルへの移行が済んでいない世帯は高齢者世帯だけでなく一般の世帯も相当数あると見積もられている。例え、1台だけ地デジ対応しても、一人に一台程度の普及率となっている現代では、日本中にはまだ地デジ化されていない現用のアナログTVが相当数あるのではないか。これらの人々に計画停電の情報は確実に流れるのだろうか。いかに迅速に正確に真夏の計画停電にかんする情報を流すかという問題は、場合により、地デジへの移行期限と計画停電の実施可能性が最大になる時期が重なってしまことにより、大きな社会的な混乱を招いてしまうおそれがあるのである。当初、計画停電は東京電力管内と考えられていたが、浜岡原発の稼働中止等で、電力事情の不安定は日本中に波及しつつある。更に、辞任を表明した内閣総理大臣も、この時期までは居座るだろう。総務省は、東日本大震災による甚大な津波被害を受けた岩手・宮城・福島3県におけるアナログTV停波を最長で1年間延期すると報道されているが、現在の難局や、地デジ未対応対応のアナログTVが多数ある事から、予定通り強行に地デジ移行を行うと第二次的な人災を引き起こす可能性が十分あるのではないか。いくらローテクでも確実に機能している情報インフラを危機的状況の中で安易に放棄する必要はないだろう。東京スカイツリーは、2012年5月22日に開業予定との事であるが、アナログTVの地デジ移行は東京スカイツリーが安定に稼働してからで良いのではないか。首都圏では、今地デジに移行すると、VHFアンテナからUHFアンテナへの変更が必要な上、東京スカイツリーが開業後は更に、UHFアンテナの調整が必要になり、二重の負担を迫られる。地デジ移行が出来ていない視聴者にそのようなゆとりはないだろう。

ITMEDIAは、「3600万台が地デジ未対応? 「地デジ難民」に現実味;url=http://www.itmedia.co.jp/news/articles/1105/24/news038.html(2011年05月24日 12時12分 更新
))」というタイトルで、「地上デジタル放送への完全移行まであと2カ月。政府は東日本大震災の被災地3県を除く全都道府県で7月24日にアナログ放送を停止し、地デジへの切り替えを目指す。しかし電機メーカーの業界団体統計と内閣府などの調査データに基づいて試算すると、テレビの国内普及総数の約32%は地デジに未対応となることが23日、分かった。総務省が示す地デジの世帯普及率約95%とは大きく食い違う上、この普及率には、録画機も台数に含むなど調査方法の不備も浮上しており、アナログ放送停止による「地デジ難民」が現実味を帯びてきた。
」と報じた。

アメリカではデジタルTVへの移行計画を強行せず、現実に合わせて延期した経緯がある。おそらく、日本の当局には、アメリカではデジタル化の計画を延期したが、日本は計画通りやったと胸を張りたいというさもしい根性がなくはないか。それをやったのがオレだ。オレ、オレという自己顕示欲にとりつかれて、福島原発事故の二の舞を繰り返すユトリはないのである。地デジ化未対応は、高齢者や貧困世帯が多いという。中小企業では不況で地デジ対応の金も工面できず、天気予報の情報等はラジオでとらざるを得ないというWEB情報もあった。現に、福島原発事故による「放射能難民」は多数発生している。それに加えて、「地デジ難民」が生まれる現実性が強まった。世界中にはTVデジタル化未実施の国も多い。それらの国は先行事例を詳細に研究するだろう。電波政策の日米比較や世界の事例比較で、日本は再度、福島原発事故のような歴史に汚点を残すような愚挙を世界にさらすことにならないか。政治には大局観が不可欠なのである。

以下本題。

かみつけ女流歌人 雅:塩の道

歌題=塩の道:

■四季折々に 峰を峠を 越えにけむ 塩売り歩荷も 遠き世の人 107 渡邊 文子

古来塩は貴重品であったが、塩の歴史や塩売り歩荷に眼を向けさせる一首。

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  • 橋本 英文: 刃物雑学事典 図解・刃物のすべて(1986年 株式会社 講談社 ブルーバックス B-659)
    刃物という視点で多くの事例が取り上げられている。刃のある道具の理解にも役立つ。類書が少なく貴重な一冊。「すべり変形が切断の原理」という考え方で説明している。
  • 沼田 真   : 植物たちの生( 1972年 岩波新書(青版 833))
    「ご要望にお応えしてアンコール復刊(1988年岩波新書50年記念復刊) 地球生態系の中で自然を見直す」(腰巻きのフレーズ)。植物の知恵と戦略に人類は勝てるのか。
  • 出町 誠: 14_NHK趣味の園芸:よく分かる栽培12ヶ月  カキ(NHK出版2007年)
    初心者向け柿栽培参考書(新版)。旧版と比較すると楽しい。
  • 中村三夫: 13_NHK趣味の園芸:作業12ヶ月  カキ(NHK出版1996年)
    初心者向け柿栽培参考書(旧版)。新版と比較すると楽しい。
  • 山科正平: 12_細胞を読む   電子顕微鏡で見る生命の姿
    細胞はどんな部品からできているのか。そんな疑問に答えてくれる一冊。何事も形を見るのが第一歩。μからÅオーダーの世界で、細胞をメスで解剖するように、電子顕微鏡というメスで解剖して見せてくれるので興味が尽きない。
  • 柳田充弘: 11_細胞から生命が見える
    著者の専門は分子生物学、細胞生物学。普段生物を考えても細胞レベルで止まってしまう。その細胞の中で色々な分子が働いている。細胞こそ生命の基礎だが、その細胞の中の動きを知るのに最適な一冊。疑問の発端はなぜ発根剤が効くのかということ。薬剤が細胞膜を通過して細胞内で分子と分子が作用するイメージができた。本書でできた細胞のイメージは小さな無数の穴が空いた水分が充満したヨーヨーのようなもの。そのヨーヨーの中に分子部品が詰まっている。細胞自体もタライの中のヨーヨーのように浮かんでいる。細胞図面の空白部は真空でなく水分だ。細胞の内外に水がないと細胞は生きられない。水が生命のゆりかごだ!
  • 野口悠紀雄: 10_ホームページにオフィスを作る(2001年 光文社)
    ITが輝いた時代の作品。HPの活用法は参考になる。参考:url=http://www.noguchi.co.jp/(野口悠紀雄 ONLINE)
  • 小池洋男 編著: 09_果樹の接ぎ木・さし木・とり木(農文協:2007/3/31第1刷)
    やや専門的であるが、実務専門化が分担執筆しており、その場で役に立つ一冊。
  • ノーバート・ウィーナー(鎮目恭夫訳): 08_サイバネティックスはいかにして生まれたか(みすず書房1956)
    情報と通信という現代社会に不可欠の基礎的な学問を作った著者の自伝とそれを通した科学史
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