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2009年2月

2009年2月28日 (土)

創造性の開発

2009/2/28

創造性の開発

企業の開発部門に在籍していると、新製品の開発が最大の課題となる。そこで、創造性の開

発に関する書物等も探し求める。創造性の開発がブームになった頃もあったと思う。川喜田

二郎著『パーティー学』という本もかなり読まれたようだ。KJ法も脚光を浴びた。社会全体が

上げ潮の勢いがあった。現在、開発部門に所属する人は、いつまでこの職に留まれるのか

心配している人もあろう。先ず、体力が必要だ。贅肉はいらない。経営の厳しさが貫徹され

る。しかし、よく考えると体力も知力も泥縄でまかなうことはできない。長年の蓄積が必要であ

る。かって半導体産業にはシリコンサイクルというオリンピックに合わせて4年ごとに好況不

況を繰り返すというパターンがあった。生産力が過大になると直ぐに作りすぎてしまう。時に

は、従業員も工場を休ませたこともあった。これも創造性とまでは言えないが、問題解決の

知恵の一つであったろう。この休んだ期間に従業員も工場も体力・知力のメンテナンスがで

きた。技術的な課題に関してはそれを束縛する条件がかなり厳しいので思いつきでうまくいく

ことは少ない。それでも創造性の開発等に取り組むのはなぜか。やはり、課題の所在を認識

するからであろう。壁にぶち当たったてやっと壁の存在が分かれば第一歩が踏み出せる。か

っての電子技術の中心であった真空管は機械的な部品を集めて組み立てられたデバイスで

あった。真空という空間が絶対必要条件であった。これは利点でも欠点でもあった。この欠

点が認識されて固体デバイスの開発が行われた。今日の電子技術はこの固体デバイスの上

に成り立っている。問題解決の独創的な方法が期待される。しかし、方法云々は後からつい

てくるもので問題を発見することが独創の原点にあるのかもしれない。

2009年2月27日 (金)

計数放電管

2009/2/27

計数放電管

あなたはデジタル派かアナログ派?などアナログとデジタルが生活に浸透している。身近な

例ではアナログは計量、デジタルは計数、物差しとそろばんを連想すればよい。測定器がデ

ジタル化され始めた頃、真空管の中で光の点がくるくる回っているのを不思議に思った。調

べてみると計数放電管、デカトロンというらしい。計数放電管も既に歴史的存在になってしま

っているが、それが使われた時は、それが最善の選択であったという経済的・技術的な合理

性があったろう。それが滅びたことも同様な理由があるだろう。目的は変わらなくても役者は

どんどん変わって行く。どんな世界にも通じる盛者必滅の理なのだろう。

2009年2月26日 (木)

小川の洗い場

2009/2/26

小川の洗い場

昔話では、おじいさんは山へ柴刈りに、おばあさんは川へ洗濯にという枕詞がある。昔の村

の生活そのものであり、聞く者にはそのイメージがすぐに浮かんできた事であろう。現在の子

供達はこの枕詞にどのようなイメージを持つのであろうか。炊事洗濯が家電の出現で一変し

た。我々団塊の世代がその切り替わる時代の証人であった筈だ。便利さの代償にCO2を排

出していた訳である。幼少時には炊事の燃料には竹木等を使用した。洗濯はタライと洗濯板

を持って小川に行った。当地の小川には洗濯作業がやりやすいようにコンクリートで洗濯場

が設けられていた。数人が作業をできる広さがあった。女性達はそこで井戸端会議に花をさ

かせていたのかもしれない。耕地整理により小川は三面コンクリートの直線の水路に改修さ

れた。更に、洗濯場らしい施設も別な所に作られている。しかし、そこで洗濯風景を見たこと

は無い。最早、川で洗濯するという時代は完全に過ぎ去った様だ。三面コンクリートなので川

に入るのは難しい。この洗濯場からは川に容易に入れる。子供達がこの川で遊ぶような時

代がまた来ないとも限らない。

2009年2月25日 (水)

宇宙を飛んだ集積回路

2009/2/25

宇宙を飛んだ集積回路

集積回路の開発を担当していて、時には思いがけない事態に遭遇することがある。米国での

売り込みが成功したのか、NASAのモニターカメラ用にCCDが採用されることになったと報

告があった。CCDは単独で動作できず、それを駆動するドライバーが必要であった。そのド

ライバーの開発を担当したのが自分の属するチームであった。これらの製品は民生品として

開発されたので宇宙で使用できるのか心配になった。微細化したDRAM等では宇宙を飛び

交うα線等の粒子がメモリーの誤動作をさせる事が知られていた。従ってそのようなデバイス

を宇宙で使用するには放射線対策をする必要があった。民生用集積回路ではそこまで対策

をしていない。宇宙での具体的な使用条件は皆目分からないので要求されたデータを測定し

て送った。チームでやった仕事はそこまでであった。実際にカメラを組み立てシステムに組み

込むのは更に膨大な作業が必要であったと思う。今言えるのは、きっとあの集積回路は宇宙

を飛んだに違いないという事だけである。宇宙で動作させる機器は高度の信頼性を要求され

る。巨費を投じて打ち上げられる搭載機器は修理して使わないのが原則的である。予定され

た期間確実に動作することが要求される。国産のH2Aロケットも商用運用されるときはコスト

競争にさらされる。どのような集積回路が使われているか興味があるところである。

2009年2月24日 (火)

パソコン通信

2009/2/24

パソコン通信

インターネットが普及する前の1980年代後半から1990年代前半がパソコン通信全盛の時

代であったようだ。単身赴任の社宅と自宅の間で電子メールをやりとりする時パソコン通信

を使用した事を思い出す。当時は電話回線を使い料金は使用時間に応じて支払う契約であ

った。インターネットの閲覧も可能になった時、子供がかなり長時間使い多額の料金請求を

受けたのはもう一つの思い出である。ダイアナ妃が交通事故で亡くなったという話題も我が

家のメールで話題になった。赴任地に持って行ったパソコンは自作パソコンでCPUは多分イ

ンテル486-SXであったと思う。電子メールの記録はそのパソコンに残っているかもしれな

い。もう10年以上送り返したままでダンボール箱に入ったままだ。母親には時折はがきを書

いた。これも散逸している。電子メールもはがきも適材適所で使うのが良いのだろう。イ

ンテル486-SXの発売が1991年。今日ではクロック周波数もメモリー容量も100倍以上に

なっている。しかし、車のスピードと同じようにコンピュータの仕様もどこかで飽和しそうに見え

る。パソコン通信がインターネットに吸収されたようにパソコンもケイタイに吸収されてしまう

時が意外に近いのかもしれない。

2009年2月23日 (月)

自分が使える情報量

2009/2/23

自分が使える情報量

情報量はO,1という信号の長さで測られる。自分のブログはテキスト主体である。テキスト以

外の情報を加えるのが面倒なのである。一日分に数キロバイトを使っている。まだ始めて一

年足らずなので全部でも10メガバイト以下である。使える上限容量が200メガバイト。今のペ

ースなら少な目に見ても100年分はゆうにある。ハードディスクの残り容量がデジカメデータを

削除してようやく500メガバイト以上になった。パソコン本体のメモリーは192メガバイト。これ

が現在自分が使える外部的な情報量である。しかし、自分の頭脳の限界はどこにあるのか。

ふと大脳のどこかに浮かんだ情報の極一部をキーボードで叩き出しているだけなのであろう

か。デジカメの静止画像で数十キロバイト、動画なら数メガバイト。最新のIT技術を使いこな

すには膨大な情報量が必要になる。必死に思い出した過去の出来事もなかなか絵にならな

い。情報化とは細部を切り捨てることかも知れない。

2009年2月22日 (日)

初期のステレオ放送

2009/2/22

初期のステレオ放送

かってはステレオレコードの鑑賞が趣味である人が多かった。金も結構かかった。手軽にス

テレオを楽しむためか、1950年代から1960年代にかけてNHK第一と第二の電波を使ってス

テレオ放送が行われていた。ラジオ受信機が2台必要になる。一度聞いてみようと試してみ

たようなかすかな記憶がある。その後AM電波を多重化するAMステレオが話題になった事

があった。結局、現在まで十分普及・定着しないままであるようだ。電波を多重化して送れる

情報を増やしてもそれに対して支払うコストが高すぎるのが主因であろう。音が来る方向を特

定することは野生の動物にとっては死活問題である。捕食者が来る方向から必死に遠ざか

らなければ食べられてしまう。もはや、人間が聞き耳を立てるというような言葉は死語になっ

てしまったのであろうか。ステレオ音声も立体画像も臨場感を味わう為には不可欠な技術で

あるが、コストの壁をうち破るのは大変だ。むしろ、実際の目の前の世界で自分の感覚を意

識して鍛え直す方が先なのかもしれない。

2009年2月21日 (土)

超音波リモコン

2009/2/21

超音波リモコン

テレビにチャンネル切り替えがあるので自分の見たい番組を見られる。そのチャンネルを選

ぶ装置がチューナーである。昔のチューナは選局するための部品を機械的なスイッチで切り

替えていた。一度テレビの前に座り込んでからチャンネルを替えようととすると、チャンネル

に手が届く所まで行かなければならなくなる。この、ものぐさを助ける装置がリモコンである。

もっともらしく言うと遠隔操作装置である。手元とテレビの間を何かで結ばないとリモコンはで

きない。初期のころは細い電線で繋いだ。電線は邪魔で範囲が限られるので、その次ぎに超

音波が使われた。送れる信号はチャンネルよ一つ進めという程度で途中の寄り道があった。

おまけに、キーの束をチャラチャラ振るとその雑音に反応してチャンネルが予期せぬ時に突

然かわってしまうこともあった。もう一つリモコンの到達距離の問題があった。距離が長くなる

と信号が弱くなって切り替えができなくなる。実用的なリモコンを作ろうと検討を始めた。しか

し、いざ検討を始めると色々な問題が出てきた。結局超音波という媒体を使う限り民生品とし

て使える程度に安価なリモコンはできないと判断してその仕事は中止となった。本質的な問

題とは雑音と信号をどのようにして見分けるかであった。本物と偽物を見分ける問題はどん

な分野にもある本質的な問題である。民生用ではこれが十分安価に実現できる必要があ

る。媒体が超音波から赤外線に代わり、チューナーが機械式から電子式に代わってようやく

実用的なリモコン時代が到来した。

2009年2月20日 (金)

インスタントテレビのポンパ(改題):05C_技術 回顧と展望 テレビの時代は終わったのか?090220&171221。

2009/2/20
2009年2月20日 (金):元判
2017年12月21日(木):改版

インスタントテレビのポンパ(改題):05C_技術 回顧と展望 テレビの時代は終わったのか?

人間は待たされるのが大嫌いらしい。しかし、待つことを覚えることが本当の成長に不可欠でもあるとも言われる。昭和40年代の前半、カラーテレビが技術革新を迎えた。スイッチをポンと入れると画面がパッと出るポンパというカラーテレビが発売された。

当時のテレビはほとんど真空管が使われていた。真空管を働かせるためには、フィラメントに電気を通して熱電子が放出されるまで加熱する必要がある。電気コンロが暖まるまで時間がかかるようにテレビもスイッチを入れてから画像が出るまでいくらか時間がかかる。これが、イライラの原因であった。

追記(2017/12/20):最近、真空管の規格を見たら、動作まで10秒近く時間がかかるとあった。

そこに、真空管の代用品となるトランジスタが登場する。トランジスタにはフィラメント(ヒーター)が無い。スイッチを入れれば直ぐに働き出す。当然フィラメントにあらかじめ電流を流して置いて予熱しておけば直ぐに画像は出せる。しかし、アイドリングで使っていないときに電力を消費するので、追加の金をかけてイライラを解消する事は実用的でなかった。

真空管からトランジスタへの移行は電子機器の省エネルギー化をもたらした画期的技術革新であった。どんなトランジスタがポンパに使えるか。駆け出しの技術者として差し替えという泥臭い仕事からテレビ回路の学習を始めた。

カラーテレビは電子技術の集大成でもあり、その中でもアナログ技術が占める比重が高かった。画像を出すブラウン管は最後の最後まで残った真空管であったが、これも風前の灯火である。

環境の時代となって省エネと創エネが価値を生むようになった。しかし、まだまだ待機の為にかなりのエネルギーが使われている。機械に待たせるより人間が待ったらどうなるか。ちょっと待つゆとりも捨てたものではないと思う。

真空管とトランジスタが動作する原理は異なるが、機能や使い方は、共通している点が多く、真空管で発展した技術は、トランジスタにも使えた。

追記(2017/12/21):記事整形、過去BLOG再読、印象・コメント等:

たまたま、WEB検索でポンパを検索すると日立評論の「美しい映像を求めて 日立テレビ半世紀の歩み(http://www.hitachihyoron.com/jp/pdf/2009/03/2009_03_00_pioneers.pdf)」(このサイトへのリンク)という記事に遭遇した。丁度、自分が就職をして、差し替えという単調な仕事に従事していた頃を思い出す。その記事にポンパの写真が掲載されていたので以下に引用する。このテレビに使われているトランジスタを調べ、自社のトランジスタに挿し替えて、支障なく使えるか検討したのだ。使えそうだと分かると、自社や他社のテレビ部門へサンプル持参で訪問して、拡販した。表向きは、セールスエンジニアと呼ばれていたが、泥臭い・地味な仕事から我が技術屋人生が始まったのだ。

Iob_2017_ponpa_hitach_hyouron
原ファイル名=「IOB_2017_PONPA_HITACH_HYOURON日立評論のポンパ関連記事.jpg」
IOB=IMAGES ON Beloved Ones

2017年東芝はテレビ事業を中国のハイセンスに売却すると発表した。液晶テレビに会社の運命を託したシャープは経営不振で、ついに台湾企業鴻海の軍門に降り、東証二部へ降格したが、今年ようやく一部へ復帰した。パナソニックの経営不振を招いたのも、時代遅れとなったプラズマテレビへ加重投資という経営判断誤りが原因と言われている。下記の日立評論記事によると、プラズマテレビは当時の最先端技術であったのだが...。ソニーもトリニトロンブラウン管で業界の優位を保ったのも昔の語りぐさになり、その後続技術が生まれず、テレビ部門は赤字に悩まされてきた。最近は収支改善が進んだようだが、先行きは楽観できるのか。

思うに、人類に共通する商品は、必然的に国際商品となり、そこに巨大な資本や技術が投入されて、苛烈な競争が起こる。絹製品、綿製品、穀物・農産物、石油、自動車、カラーテレビ等々国際商品を列挙すると多数あった。特に、生産革命により、生産能力は飛躍的に高まり、短期間に供給過剰、価格競争、利益低減に追い込まれるのが最近の傾向だろう。従って、国際商品のメーカーや産出国は時代と共に変わってきた・変わらざるを得ないのが実情であろう。日本の絹製品もかつては、国際商品として輸出され、外貨獲得に寄与したが、現在では過去の産業遺産に位置づけされているのが実情であろう。

テレビは一家に一台(据え置き型)という時代が、花形だったのかも知れない。茶の間の一家に一台というテレビは今後も消滅する事はないだろうが、一家に一台が一人に一台の日用品になって、その発展型がスマホ(移動型万能機器)なのであろう。

テレビは視聴覚に訴える機器であるが、まだ視聴覚情報の発信はそれほど普及していない。ただ、これからの若者は、動画の受信・発信は当たり前に扱えるようになるだろう。そうなると、テレビはそのシステム全体が見直しされる必要があるだろう。

NHKのテレビ受信料に対する初めての最高裁判決が出た。現在、NHKのラジオ放送の受信料は無料である。NHKのテレビ受信料のあり方も、当然見直しが必要であろう。

最高裁判例(最高裁判所大法廷):受信契約締結承諾等請求事件(裁判年月日:平成29年12月6日)(http://www.courts.go.jp/app/hanrei_jp/detail2?id=87281)(このサイトへのリンク)

「判示事項
 1 放送法64条1項は,受信設備設置者に対し受信契約の締結を強制する旨を定めた規定であり,日本放送協会からの受信契約の申込みに対して受信設備設置者が承諾をしない場合には,その者に対して承諾の意思表示を命ずる判決の確定によって受信契約が成立する
 2 放送法64条1項は,同法に定められた日本放送協会の目的にかなう適正・公平な受信料徴収のために必要な内容の受信契約の締結を強制する旨を定めたものとして,憲法13条,21条,29条に違反しない
 3 受信契約の申込みに対する承諾の意思表示を命ずる判決の確定により受信契約が成立した場合,同契約に基づき,受信設備の設置の月以降の分の受信料債権が発生する
 4 受信契約に基づき発生する受信設備の設置の月以降の分の受信料債権の消滅時効は,受信契約成立時から進行する」

テレビの時代は終わったのか?と言う問いに対して、テレビ単独でその機能を果たす時代は曲がり角に来ている言えると時代になってきたのは疑いない事実だろう。だが、人間の基本的感覚である視聴覚に根ざすテレビに関係して蓄積された膨大なハード・ソフトや知識・情報は人類発展の基礎として守るべき人類的財産である筈だ。そう考えると、上記最高裁判決も、時代の流れの一断面を切り取った物に過ぎず、テレビは、総合的なICT技術に即して国民の国民のための情報通信システムとして、今後も発展させなければならないのだろう。その改革をお上に任せてたら、またも暗黒時代が来るだろう。

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2009/2/20

インスタントテレビのポンパ

人間は待たされるのが大嫌いらしい。しかし、待つことを覚えることが本当の成長に不可欠

でもあるとも言われる。昭和40年代の前半、カラーテレビが技術革新を迎えた。スイッチを

ポンと入れると画面がパッと出るポンパというカラーテレビが発売された。当時のテレビはほ

とんど真空管が使われていた。真空管を働かせるためには、フィラメントに電気を通して熱電

子が放出されるまで加熱する必要がある。電気コンロが暖まるまで時間がかかるようにテレ

ビもスイッチを入れてから画像が出るまでいくらか時間がかかる。これが、イライラの原因で

あった。そこに、真空管の代用品となるトランジスタが登場する。トランジスタにはフィラメント

(ヒーター)が無い。スイッチを入れれば直ぐに働き出す。当然フィラメントにあらかじめ電流を

流して置いて予熱しておけば直ぐに画像は出せる。しかし、アイドリングで使っていないときに

電力を消費するので、追加の金をかけてイライラを解消する事は実用的でなかった。真空管

からトランジスタへの移行は電子機器の省エネルギー化をもたらした画期的技術革新であっ

た。どんなトランジスタがポンパに使えるか。駆け出しの技術者として差し替えという泥臭い仕

事からテレビ回路の学習を始めた。カラーテレビは電子技術の集大成でもあり、その中でも

アナログ技術が占める比重が高かった。画像を出すブラウン管は最後の最後まで残った真

空管であったが、これも風前の灯火である。環境の時代となって省エネと創エネが価値を生

むようになった。しかし、まだまだ待機の為にかなりのエネルギーが使われている。機械に待

たせるより人間が待ったらどうなるか。ちょっと待つゆとりも捨てたものではないと思う。

2009年2月19日 (木)

職場の主電源スイッチ接断儀式

2009/2/19

職場の主電源スイッチ接断儀式

入社した当時はまだマイカー時代は到来していなかった。経済の高度成長期の1960年代

三種の神器といわれた3Cはカラーテレビ、クーラー、カー(自動車)であった。経済的ゆとりも

無いので3Cとは無縁の期間があった。従って、通勤は自転車と電車の併用であった。数十

人が働く実験室に大抵朝一番に到着した。先ず、出勤カードを返してから、 実験室に入り大

きな主電源スイッチを入れる。ドンというやや大きな音がする。これで実験室の稼働準備が

終わる。残業があり最後になったときは、朝と逆に主電源スイッチを切って帰る。こうい始業

と終業の儀式をかなりの期間続けた。ほとんど、誰も知らない自分だけの儀式だったかもし

れない。この始業と終業の儀式を毎日、長期に続けると何か仕事に対する不思議な感慨を

味わう。これから仕事だ。ドン。一日が無事に終わった。ドン。会社の仕事の最初と最後に自

分が立ち合っている...。感謝、安心、自負...。ふっと、ミレーの晩鐘の絵を思い出した。

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    刃物という視点で多くの事例が取り上げられている。刃のある道具の理解にも役立つ。類書が少なく貴重な一冊。「すべり変形が切断の原理」という考え方で説明している。
  • 沼田 真   : 植物たちの生( 1972年 岩波新書(青版 833))
    「ご要望にお応えしてアンコール復刊(1988年岩波新書50年記念復刊) 地球生態系の中で自然を見直す」(腰巻きのフレーズ)。植物の知恵と戦略に人類は勝てるのか。
  • 出町 誠: 14_NHK趣味の園芸:よく分かる栽培12ヶ月  カキ(NHK出版2007年)
    初心者向け柿栽培参考書(新版)。旧版と比較すると楽しい。
  • 中村三夫: 13_NHK趣味の園芸:作業12ヶ月  カキ(NHK出版1996年)
    初心者向け柿栽培参考書(旧版)。新版と比較すると楽しい。
  • 山科正平: 12_細胞を読む   電子顕微鏡で見る生命の姿
    細胞はどんな部品からできているのか。そんな疑問に答えてくれる一冊。何事も形を見るのが第一歩。μからÅオーダーの世界で、細胞をメスで解剖するように、電子顕微鏡というメスで解剖して見せてくれるので興味が尽きない。
  • 柳田充弘: 11_細胞から生命が見える
    著者の専門は分子生物学、細胞生物学。普段生物を考えても細胞レベルで止まってしまう。その細胞の中で色々な分子が働いている。細胞こそ生命の基礎だが、その細胞の中の動きを知るのに最適な一冊。疑問の発端はなぜ発根剤が効くのかということ。薬剤が細胞膜を通過して細胞内で分子と分子が作用するイメージができた。本書でできた細胞のイメージは小さな無数の穴が空いた水分が充満したヨーヨーのようなもの。そのヨーヨーの中に分子部品が詰まっている。細胞自体もタライの中のヨーヨーのように浮かんでいる。細胞図面の空白部は真空でなく水分だ。細胞の内外に水がないと細胞は生きられない。水が生命のゆりかごだ!
  • 野口悠紀雄: 10_ホームページにオフィスを作る(2001年 光文社)
    ITが輝いた時代の作品。HPの活用法は参考になる。参考:url=http://www.noguchi.co.jp/(野口悠紀雄 ONLINE)
  • 小池洋男 編著: 09_果樹の接ぎ木・さし木・とり木(農文協:2007/3/31第1刷)
    やや専門的であるが、実務専門化が分担執筆しており、その場で役に立つ一冊。
  • ノーバート・ウィーナー(鎮目恭夫訳): 08_サイバネティックスはいかにして生まれたか(みすず書房1956)
    情報と通信という現代社会に不可欠の基礎的な学問を作った著者の自伝とそれを通した科学史
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