読みかじりの記:超「超」整理法 野口悠雄 著 (2008年 株式会社講談社)
2012年12月27日木曜日
昨日は晴れ。最高気温(℃) 5.1 00:02。最低気温(℃) -1.9 23:54 。寒い一日だった。ざっそう句:捻れても 計算通り 出る総理。厚着して物置兼車庫の周辺整理。何とか終了。宅内退散して国会中継を見る。野田内閣が総辞職して第二次安倍内閣が発足した。似たもの同士は相嫌悪し合う傾向が強いとか。「日本国憲法」の中で「政党」や「党」を検索しても、該当部分がなかった。「日本国憲法」は良識ある議員を想定しているのか。国政は難問山積みである。国会議員は党派を超えてこの難問解決に立ち向かって貰いたい。
2012年12月26日の天気(AMEDAS)
TAVE= | 2.0 | |
TMAX= | 4.9 | 最高気温(℃) 5.1 00:02 |
TMIN= | -1.5 | 最低気温(℃) -1.9 23:54 |
DIFF= | 6.4 | |
WMAX= | 8.9 | 最大瞬間風速(m/s)(風向(16方位)) 16.5(北北西) 12:15 |
SUNS= | 9.2 | |
RAIN= | 0 |
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「日本国憲法(昭和二十一年十一月三日憲法)(http://law.e-gov.go.jp/htmldata/S21/S21KE000.html)」の規定。
第四十三条 両議院は、全国民を代表する選挙された議員でこれを組織する。
○2 両議院の議員の定数は、法律でこれを定める。
第四十四条 両議院の議員及びその選挙人の資格は、法律でこれを定める。但し、人種、信条、性別、社会的身分、門地、教育、財産又は収入によつて差別してはならない。
第六十六条 内閣は、法律の定めるところにより、その首長たる内閣総理大臣及びその他の国務大臣でこれを組織する。
○2 内閣総理大臣その他の国務大臣は、文民でなければならない。
○3 内閣は、行政権の行使について、国会に対し連帯して責任を負ふ。
第六十七条 内閣総理大臣は、国会議員の中から国会の議決で、これを指名する。この指名は、他のすべての案件に先だつて、これを行ふ。
○2 衆議院と参議院とが異なつた指名の議決をした場合に、法律の定めるところにより、両議院の協議会を開いても意見が一致しないとき、又は衆議院が指名の議決をした後、国会休会中の期間を除いて十日以内に、参議院が、指名の議決をしないときは、衆議院の議決を国会の議決とする。
第七十条 内閣総理大臣が欠けたとき、又は衆議院議員総選挙の後に初めて国会の召集があつたときは、内閣は、総辞職をしなければならない。
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読みかじりの記:超「超」整理法 野口悠雄 著 (2008年 株式会社講談社)
著者には、「超」整理法」という本もあるようだ。念のため、WIKIPEDIA「野口悠紀雄(http://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%87%8E%E5%8F%A3%E6%82%A0%E7%B4%80%E9%9B%84)」を見ると、類似の「超XXX」という著書がずらり。マーケッティングの本に「柳の下に二匹目のドジョウ」がいるという名言があったが、その好例を見るような感じだ。見方によれば、専門分野を一般人向けに解説して商売できるのはそれだけの能力・努力・ノウハウが必要なような事を示しているようだ。ざっと著書数を数えると50冊以上あった。「超」売れっ子のようだ。
自分が「整理」に興味があるのは、万人に共通で究極的な整理法などないだろうと否定的な見方をしつつ、著者の蘊蓄から何かを得たいという気持ちがあるためだろう。読書は、余り期待はせずに、参考になる所は試してみる程度でよいのではないかと思う。逆に、予想外のヒントに出会うと得した感じになれる。著者の、「ホームページにオフィスを作る(2001年 光文社)」という著者の本を読んだ時は、ITが輝いた時代の作品で、HPの活用法は参考になると思った。再度、著者のホームページを覗いたが新鮮さは感じなかった。
本書も、メール、PDF、検索等々IT技術の活用法が述べられており、あえて「整理法」と名乗る必要もなかったのではないかと感じさせられた。要は、IT技術もあくまで、ある目的のための手段に過ぎないが、その発展が早すぎて、あれもこれもと手を出す必要はなさそうだ。時流に乗っているつもりが、いつの間にか時流に押し流されてきたというのが自分のつまらないIT物語だ。
著者は「Gメール革命」の章で、Gメールの活用法を述べている。Googleのビジネススタイルについても述べている。自分は、なぜ無料のサービスが可能なのか完全に理解できないでいる。世間知としては「タダより高いものはない」という金言もあるのだが。どうも、ただ乗りの怖さを気にしつつ、無料サービスを使っているのが実状だ。どんなメールシステムでも、少なくともメールサーバー管理者の立場なら、完全に読み放題ではないかという悪夢がある。2012年のGoogleの大改革は、Googleの各種サービス契約(プライバシーと利用規約)を一本化した事ではないか。こうなると、裸で公道を歩くような勇気が必要になるのではと危機感を覚える。著者は、本書出版時点で、Gメールで失う物より得る物がはるかに大きいので、Gメールを利用しているようだ。コンピュータはWEB接続で何をしているかを考えると、WEB検索さえも心配になってしまう。
「第Ⅱ部 IT時代の知の技法」、「第Ⅲ部 知の産業革命」は、『超「超」整理法』という本書の題名から想像する以上の内容を含んでいた。現代は情報化社会となり、新しいビジネスも生まれた。膨大な情報が生産され、消費されている。その情報の鮮度も極短い。後書きに、IT技術の進歩の早さが述べられている。
最近、コンピュータは当たり前の道具になった。情報蓄積装置であるメモリーやHDD、光学ディスクの価格も低下した。1TバイトのHDDの価格が数千円程度のものもある。個人が使うコンピュータもGoogleが使うコンピュータも基本は同じ。個人は、コンピュータの能力を使いきれなくなっている。「知」とは頭脳の働きの体系化だと思うが、コンピュータが一番苦手の分野かもしれない。
かつて、今となっては大昔だが、コンピュータに問題を入れれば、答えが自動的に出てくるのかと聞かれた事があった。単純だが、本質的な問題を秘めている質問だろう。Google検索をすると、基本的なキーワードの場合、億単位のヒット件数を示す。試しにGoogleで「愛」を検索すると「約 164,000,000 件 (0.17 秒) 」と表示された(2012年12月26日)。しかし、リンク先が示されるのはその上位に過ぎない。足切りされている情報が多い。この件数自体が不可解な数字だ。ともかく、整理という仕事は扱う物事が多くなりすぎて、管理の限界が心配になる頃現れる現象のようだ。本書では著者の信条か、手頃な索引が付いている。「検索」に関しては、多くの項目がリストアップされていて読み直すのには便利そうだ。一方、情報を関連づける「ハイパーリンク」という概念もIT技術としては重要ではないか。「ハイパーリンク」という技術こそ検索を支えているのではないか。索引を見ると「リンク」や「ハイパーリンク」はなかった。リンクは自分の頭脳を使って張るべしなのかも知れない。