08C_老人の寝言

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2012年10月16日 (火)

環境雑録(老人の寝言):たかがレジ袋されどレジ袋

2012年10月16日火曜日
昨日は晴れ。最高気温(℃) 26.8 14:11 。最低気温(℃) 12.1 05:04 。夏日になった。最高気温と最低気温の差が14.7℃と大きい。体調管理が必要だ。ざっそう句:三重に 食わせぬ工夫 クリを食う。苗の灌水。宅内の整理。当面必要がないものを物置に移動。何もない空間は貴重だ。しかし、その空間を狙ってモノが進入してくる。「自然は真空を嫌う」と言ったのはアリストテレスだとか。畑や花壇の空きスペースがあると雑草が進入する。雑草から見れば天国なのかもしれない。ともかく、作業に必要な空間と作業に必要なモノは確保しておく必要がある。秋の味覚のクリを今年初めて食べた。ゆでたのをもらった。我が家のクリは誰が拾うのか。

2012年10月15日の天気(AMEDAS)

TAVE= 19.2
TMAX= 26.6 最高気温(℃) 26.8 14:11
TMIN= 12.1 最低気温(℃) 12.1 05:04
DIFF= 14.5
WMAX= 3.9 最大瞬間風速(m/s)(風向(16方位)) 9.0(北西) 14:13
SUNS= 10.3
RAIN= 0

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環境雑録(老人の寝言):たかがレジ袋されどレジ袋

最近、買い物をして店側のレジ袋の対応に違いがあるのに気付いた。外出ついでの一~二点の買い物では、レジ袋も不要なので、レジ袋は要りませんと言うと1円値引きしてくれる店があった。別の店では、マイバッグはありますかと聞く。無いと答えるとレジ袋は2円ですという。当然、レジ袋がタダという事はないだろうが、レジ袋のコストをどのように位置付けるか店のポリシーの差が出ているようだ。「2円です」と言われるとテープを貼って下さいと頼む。この場合は、手間はかかるが、まだレジ袋代金を請求された事はない。何個までテープを貼ってくれるか。レジが混むとき意地悪爺がと憎まれるかもしれないが、社会実験をしてみたい気持ちもある。マイバック云々という動きもあるが、万引き防止のため店内で大きなバッグを持ち歩く場合はバッグの中を改めさせてもらいますという表示も見た事がある。レジ袋が多用されるのは価格の安い日用品が多いが、客だけでなく店側の都合もあるわけで、扱いを統一するのは難しそうだ。

環境省によると、「レジ袋は1年間に約300億枚(1人1日約1枚)がごみになっています。」との事だが、一概にレジ袋を悪人には出来ないのではないか。レジ袋を有料化したら、使用枚数が減少するのかも疑問だ。レジ袋を有料化したら、当然レジ袋も商品となるわけだ。商品とレジ袋の抱き合わせ販売はまさに独禁法違反の部類。優越的地位の濫用にはならないか。消費者はレジ袋を買わない権利を持つ。しかし、モノの販売を社会的な使命としている業者は売らない権利は持っていないだろう。店は丁寧にも、精算済みのレジ袋の口をテープでふさぐ。レジ袋の再利用をする時、袋の耳が切れて非常に使いにくくなる。それよりもそういう対応は、買い手が疑われたり、信用されていないようで不愉快になる。マイバッグを持って、店のハシゴをするにも度胸が要る。マイバックを用意するにはレジ袋以上の費用がかかる。なぜマイバックかと考えるとこれにも疑問がある。買い手不信がある限り、たかがレジ袋されどレジ袋という状態が続くのではないか。その点、レジ袋のリユースは納得できる現実的な解決法の一つかもしれない。安くてかさばらないので、一枚程度ならポケットに入りそうだ。他店のレジ袋を堂々と使ってみたくなる。

かつて、レジ袋を苗の霜よけに使った事がある。密閉性が良いので内部が結露して苗を傷める結果になって失敗だった。長靴を履くとき、靴下の上にレジ袋を履いた事がある。かみさんのマネだが、場合によって使い心地が良くなる。レジ袋をプラごみの一時保管に使うと一杯になったらレジ袋ごと指定袋に入れられるのに便利だ。レジ袋を敷いたポットに土を入れて植物の栽培するとポットの防水対策となりポットを建物の床に置いても安心して水遣りができる。余り耐久性が良くないので冬場をしのぐため一冬屋内栽培する程度なら問題ない。願わくば、レジ袋の素材を工夫して、屋外で自然分解するようにしてもらいたい所だ。同様に、資源回収で雑紙の回収があまり進まず、可燃ごみとして出されてしまう。現役時代、環境マネージメントの仕事をした事があるが、その時、雑紙で出せる紙の大きさの目安があったと記憶している。WEB情報では名刺大というのがあった。要するに、小さすぎて散乱しなければ良いのだから、雑紙回収に積極的にレジ袋を使わせたらどうか。当然、レジ袋を分離する工程は必要だが、可燃ごみは確実に削減でき、レジ袋も資源として回収できる筈だ。多分、レジ袋を色々便利に使っている例が多いと思う。たかがレジ袋されどレジ袋。

2012年9月27日 (木)

老人の寝言:自民党国会議員と党員の意識のねじれ

2012年9月27日木曜日
昨日は晴れ。ざっそう句:新旧の マグマ渦巻く 総裁選。最高気温(℃) 27.9 14:19 。夏日。朝飯前、ニンジン区画草むしり。大きい草のみ。ニンジンは発芽させるのが難しい。幼苗の初期成育も遅い。セルリの雑草マルチ除去・草かきと鶏糞散布。夏ばて気味なので、てこ入れ。その後、ミニトマトの種子採種。小豆の脱粒。予想以上に虫食いが多いので、手作業。不思議な事に、収穫直後は莢の中に虫がいたが、しばらくたつとほとんど虫が見えない。莢が乾燥するのを感知して、虫が逃げ出すのか。総裁選は前評通り、初回で過半数を制する候補がなく、国会議員による決選投票となり、初回一位の石破氏を安倍氏が破った。

2012年9月26日の天気(AMEDAS)

TAVE= 21.4
TMAX= 26.9 最高気温(℃) 27.9 14:19 
TMIN= 15.8 最大瞬間風速(m/s)(風向(16方位)) 7.3(東南東) 19:02 
DIFF= 11.1

最低気温(℃) 15.6 05:42 *

*修正(2012/9/28)

シュウセイ

WMAX= 3.9 最大瞬間風速(m/s)(風向(16方位)) 5.3(東南東) 13:30 
SUNS= 8.5 最大瞬間風速(m/s)(風向(16方位)) 7.3(東南東) 19:02*
RAIN= 0

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老人の寝言:自民党国会議員と党員の意識のねじれ

「2012年自由民主党総裁選挙(WIKIPEDIA。http://ja.wikipedia.org/wiki/2012%E5%B9%B4%E8%87%AA%E7%94%B1%E6%B0%91%E4%B8%BB%E5%85%9A%E7%B7%8F%E8%A3%81%E9%81%B8%E6%8C%99)。(最終更新 2012年9月26日 (水) 13:30)」は「2009年10月1日に就任した谷垣禎一総裁の任期満了に伴い行われる総裁選挙である。」。このWIKIPEDIAの記事によると、選挙結果は以下の通り。
「選挙の結果 [編集]太字は当選者。

第1回投票 [編集] 得票数   議員票    地方票
1/安倍晋三     141票    54票    087票
2/石破茂      199票    34票    165票
3/町村信孝     034票    27票    007票
4/石原伸晃     096票    58票    038票
5/林芳正      027票    24票    003票

最多得票の石破の得票数が有効投票数の過半数(250票以上)に達しなかったため、総裁公選規程第23条に基づき、石破と安倍の上位2名について、党所属国会議員(198名)による決選投票が行われた。決選投票が行われたのは1972年の総裁選挙以来40年ぶり。

決選投票 [編集] 議員投票による得票数
安倍晋三   108票
石破茂     89票
(無効票:1)

1回目の投票で2位の候補が決選投票で逆転したのは1956年(12月)の総裁選挙(石橋湛山が岸信介を逆転)以来56年ぶり。
総裁経験者が一度総裁を退いて再び総裁に就いたのは初[11]。」以上WIKIPEDIAからの引用。

以上のデータと選挙方式を並べて見ると、自民党の国会議員と党員の意識に決定的なズレが生じている事が分かる。奇しくも組織の構造的欠陥を露呈したのではないか。この結果を見て、国民は内心で自民党の耐震診断をしているのではないか。国会議員は地方票を見て投票行動を決定できた筈だがそのへんはどうだったのか。流動化の予兆か。明るさが見えない。

本日(2012年9月27日木曜日)のGoogleのDoodleは「Google 生誕 14周年」だった。その検索をたどるとGoogleの以下の記事が目を引いた。

ITmediaニュースは、「Googleの自動運転カー、カリフォルニア州の公道での運転が可能に。http://www.itmedia.co.jp/news/articles/1209/26/news064.html。(2012年09月26日 13時14分 更新
))」というタイトルで、「米Google20+ 件は9月24日(現地時間)、カリフォルニア州のエドモンド・ブラウン知事がカリフォルニア州の公道での自動運転カーの走行を許可する法案に署名したと発表した。発効は2013年1月1日だ。 ブラウン知事は署名式のためにGoogle20+ 件本社に赴き、同社で自動運転カープロジェクトを統括している共同創業者のサーゲイ・ブリン氏、法案を提出したアレックス・パディラ上院議員(民主党)らとともに自動運転カーのもたらすメリットや安全性について集まった市民を前に説明し、法案に署名した。 この法律により、車両管理局(DMV)が定めた安全・性能基準をクリアすれば運転免許保持者が自動運転カーで公道を走行できるようになる。」と報じた。

自動車の自動運転に関する要素技術、特にハード関係の技術は既に十分揃っているだろう。問題は、それを可能にするソフトやインフラ形成だろう。Googleは地図情報を提供しており、収集された地図情報は膨大だろう。Googleが、その力に任せて、先行して事業を初めてしまうと、後続組がその分野に進出して、対等に競走する事は困難になるだろう。日本の高齢者人口は増加の一途だ。やがて、自動車免許を返上する時が来る。それが当たり前だと思うとビジネス開拓では遅れをとる。日本の道路事情は、アメリカ以上に複雑だろう。高齢者人口も多い。日本には、自動車の自動運転システムに対する潜在需要が大きいだろう。日本が、世界に先んじて総合的な自動車の自動運転システムを作れば、そのシステムは世界中に輸出できる。出来るのは、Googleの動きを指をくわえて見るだけなのか。

メモ:
2012年9月27日木曜日:Google 生誕 14周年のGoogleによるGoogleヒット件数=約 13,890,000,000 件 (0.12 秒)。
同様な2012年9月14日の調査。Googleヒット件数=日本語版「約 13,800,000,000 件 (0.13 秒)」
日割りにすると、9000万/13日≒700万件/日。
真偽は不明だが、GoogleがWEB時代に賭ける執念が見えるようだ。

2012年9月14日 (金)

老人の寝言:GoogleのDoodleとは何じゃ

2012年9月14日金曜日
昨日は晴れ。ざっそう句:お買い得 ダイコン種蒔く 雨上がり。最高気温(℃) 33.6 16:12。真夏日。朝飯前に、サツマを掘った区画に、聖護院大根の種を蒔いた。その後葬儀。サツマは掘ったが、全然食卓にあがらない。我が家のサツマはニキビ面のさっちゃん。仕方なく、薄切りにしてトースターで焼いて、甘ポテチップもどきにして食べている。「甘ポテ」とは英語のサツマの笑略訳。「サツマ」の本によると、サツマのお肌のシミ等はセンチュウの被害が原因の場合があるらしい。落花生にはセンチュウが付かないので、落花生の後作にサツマを作るときれいな表皮のサツマになるらしい。転作のノウハウだろう。サツマの後作に聖護院ダイコンでは、ニキビ面のダイコンになる可能性が大きいと気付く。楽しい悩みは尽きない。そのためか、例の二袋百五円の種子を使っている。一粒当たり1円以下で気楽だ。西風対策で南北畝。ペットボトルの尻で蒔き穴を作り、一穴一粒蒔き。ホウキで軽く覆土。鎮圧無し。カンレイシャベタ掛け。ベタ掛けでは、十分な高温対策にはならないようだと気付く。例のニンジンは発芽している様子。

2012年9月13日の天気(AMEDAS)

TAVE= 27.5
TMAX= 33.3 最高気温(℃) 33.6 16:12
TMIN= 21.8 最低気温(℃) 21.3 05:21
DIFF= 11.5
WMAX= 2.9 最大瞬間風速(m/s)(風向(16方位)) 7.3(南東) 18:11
SUNS= 10.4
RAIN= 0

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老人の寝言:GoogleのDoodleとは何じゃ

Googleの検索画面に平日版と特別日版があるのには、ウスウス気付いていた。9/13日のTOP画面は女性とそれを取り囲む8人の子供(clara_schuman-2012-hp)が描かれていた(下図:Google TOP PAGEからの引用)。その画像にWIKIPEDIAの「クララ・シューマン - Wikipedia」へのリンクが設定されていた。「いとしきもの」でも何回かそれを取り上げた。
Doodle_sample_120913_s_clara_schuma

Googleの検索画面は簡素なのが好感を与えているらしい。その入り口の画像なのだから、ゴテゴテ飾りたいところだが、やはり統一性があるように感じていた。調べてみると、その画像はDoodleと呼ばれているらしい。何じゃ、GoogleのGをDに置き換えただけじゃないか。一種のお遊びに見える。
そのDoodleを探すサイトは、http://www.google.com/doodles/finder/1998/Globalであり、Doodle
のトップバッターが「Burning Man Festival」で、Aug 30, 1998となっており、そのタグとして、Tags: Pop Culture, Quirky, stick figure, first doodleと出ている。かなり前から、このような企画が実行されていた事が分かった。

Doodleの日本語訳は「ドゥードゥル」だが、これを入力するのが大変だった。「ドゥードゥル」でGoogle検索すると「ヤンキードゥードゥル(Yankee Doodle)」が第二位でヒットする。独立戦争時の愛国歌という事で、語源的にはDoodleの方が古そうだ。Doodleの動詞の意味が、「いたずら書きをする」、「のらくらする」とある。何じゃこれ、「doodle」はGoogleの独占ででもなんでもないではないか。

英語は、字母数が少ないから、大文字にしたり、字体を代えたりして、表現の多様化を図っている。このように表現の可能性が少ないから、逆に広がりは広くなってしまう。通信メディアが普及すると、このデメリットがメリットになっているように感じる。ともかく、検索画面の入り口に、Doodleを配置するのは、アイデアとしては優れているだろう。ここで、一種の画像コミュニケーションが形成されるのではないか。何となく「クララ シューマン 生誕 193 周年」をクリックすると
、「クララ・シューマン - Wikipedia。(http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%AF%E3%83%A9%E3%83%A9%E3%83%BB%E3%82%B7%E3%83%A5%E3%83%BC%E3%83%9E%E3%83%B3)。」に飛んで、それを一読すると損した気持ちにはならない。クララ・シューマン を聞いて見たい感じになる。Googleとしては、大した金をかけずに、そういう事をしてしまうのがにくいところだ。

ついでに、暇つぶしで、Googleで「Google」を検索すると、英語版「About 13,800,000,000 results (0.14 seconds)」、日本語版「約 13,800,000,000 件 (0.13 秒)」と出た。ちょっとサバを読み過ぎなのか。GoogleでBINGを検索すると「約 513,000,000 件 (0.14 秒)」と出た。一方、bingで「bing」を検索すると「約 140,000,000 件の検索結果」、bingで「Google」を検索すると「約 329,000,000 件の検索結果」と出た。検索の数量的な面は、当てにならない事の反映なのだろうか。「Google」と「bing」の検索では、大体同じ内容がヒットするので、ついつい「Google」を使ってしまう。その点「Baidu 」は傾向が違う。検索エンジンが金太郎飴型になると面白くない。

2012年8月31日 (金)

老人の寝言:東京電力の電力料金値上げ

2012年8月31日金曜日
昨日は晴れ。ざっそう句:夏休み 中学生が 店に立つ。最高気温(℃) 36.8 14:52 。やや雲が厚かったが猛暑日。朝飯前に灌水と草取り。沼田城址公園の観光ボランティアから貰った桔梗の種を蒔いて育ててきたが、最初の一輪が開花した。用事外出。書店のレジで、数人の女学生が対応していた。体験学習らしい。本を探していると、しきりに汗が出てきた。おかげで、目星を付けた本の場所が分からなくなった。代わりに探したのが「ノモンハン事件」。

2012年8月30日の天気(AMEDAS)

TAVE= 30.7
TMAX= 36.1 最高気温(℃) 36.8 14:52
TMIN= 26.3 最低気温(℃) 25.8 05:27
DIFF= 9.8
WMAX= 3.9 最大瞬間風速(m/s)(風向(16方位)) 7.4(東南東) 17:36
SUNS= 6.9
RAIN= 0


老人の寝言:東京電力の電力料金値上げ

なぜ汗が出たのか、どうも店のエアコンが切れたようだ。東京電力の昨日の電力需要実績を見ると、そのピークは「2012/8/30 14:00 5078」となっていた。時間帯は一致していた。調べると「昨年夏の最大電力=8月18日15時の4922万キロワットと、一昨年夏の最大電力=7月23日15時の5999万キロワット」。気付かなかったかったが昨年の夏の最大電力を超えていた。9月1日の東京電力の電力料金値上げに遠慮しているのかこのようなニュースが聞こえて来ない。念のため調べると、7/1~8/30の期間で5078万KWが最大のようだ。

暑い暑いと思ったら、今年の東京電力の最高電力消費量は昨年を上回ったようだ。8/31の東京電力の電気予報は下図の通りやや厳しい。明日から電気料金値上げ。この夏がどうなるか、まだ油断できない。暑くて痛い夏は確実となった。
Toden_pwr_20120831

2012年8月20日 (月)

老人の寝言:特許連合は技術の進歩を阻害しないか

2012年8月20日月曜日
昨日は晴れ。ざっそう句:里芋の 水玉惜しい 夏日照り。最高気温(℃) 34.7 15:39 。真夏日で依然残暑が厳しい。朝飯前に畑仕事。背が高いヒユを抜く。里芋の根本の除草をしながら土寄せ。今年は、雨が少なく、畑が乾燥しているため、水分を好む里芋の生育に打撃を与えている。茎や葉が萎えて、黄ばんできている。中には枯れ葉も出始めた。里芋の葉にたまっている朝露を落として作業するので勿体ない。有効期限10年とあるS社の葉牡丹の種子をポットに蒔いた。前回蒔いたニンジンは完敗。芽が出たのは雑草だけ。インターネットブラウザは現在IE8とFIRE FOX14の二刀流。FF14でYOUTUBEを開いたら、「お使いのブラウザでは現在、YouTube で利用可能な動画形式はいずれも認識されません。HTML5 動画に関するよくある質問については、こちらをクリックしてください。」と表示され、YOUTUBEが使えない。

2012年8月19日の天気

TAVE= 28.7
TMAX= 34.4 最高気温(℃) 34.7 15:39
TMIN= 25.4 最低気温(℃) 25.3 06:00
DIFF= 9
WMAX= 4.4 最大瞬間風速(m/s)(風向(16方位)) 9.0(東南東) 17:24
SUNS= 7.3
RAIN= 0

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老人の寝言:特許連合は技術の進歩を阻害しないか

早い話、YOUTUBEがFF14をはねつけた印象だ。対策はあるのか。独占が最終的には進歩や活力を阻害するのは世界の法則のようなもの。対抗馬の存在を許す事によりゲームが成り立つ。NO GAMEの世界となるとまさにヤミの世界が出現する。その点、日本の政治状況は最高のコンディションにある。今は政治の受益者である国民がキャスフィンクスティンボートを持っている。

IE8でYOUTUBEはどうかと試してみたらOKだった。ともかく、技術は、その当時扱えるハードの影響を受ける。情報通信技術の進歩に従って、音声単独から、音声と映像を統合できる技術へと進歩してきた。パソコン・CPUが安価に使えるようになり、マルチメディアが日常的に使える状況となった。YOUTUBEも創立以来の年齢から言えば、まさに小学校低学年。その急成長の背景に、パソコンや携帯の普及があった事に間違いはないだろう。

「YouTube。http://ja.wikipedia.org/wiki/YouTube。(最終更新 2012年8月18日 (土) 02:31 )」『フリー百科事典ウィキペディア日本語版』(http://ja.wikipedia.org/)。の記事に「YouTube(ユーチューブ)は、アメリカ合衆国・カリフォルニア州サンブルノの YouTube, LLC が運営するインターネット動画共有サービスである。Youは「あなた」、Tubeは「テレビ(ブラウン管)」という意味である[1]。~ 歴史 [編集]:YouTubeはPayPalの従業員であったチャド・ハーリー、スティーブ・チェン、ジョード・カリムらが2005年2月15日にカリフォルニア州サンマテオで設立した[2]。初めて動画が投稿されたのは同年4月23日である[3]。設立のきっかけはハーリーらが友人にパーティーのビデオを配る方法として考えた結果に作った技術を使い、「皆で簡単にビデオ映像を共有できれば」と思いついたことによる[4]。11月7日、ベンチャーキャピタルのSequoia Capitalから350万ドルの投資を受け[5]12月より公式にサービスを開始した[6]。」

かつて、「JPEG特許問題」が話題になったと思う。「JPEG特許問題(http://oku.edu.mie-u.ac.jp/~okumura/compression/jpegpat.html)」にその経緯がある。ほぼ十年前、アメリカが震源地だったのは興味深い。アメリカのビジネス探鉱・ハゲタカ精神には脱帽するが、そのえげつなさを感じたら反撃すべきではないか。

WEB情報をたどると、「Firefox で Youtube の HTML5 動画が見られない(http://support.mozilla.org/ja/kb/Firefox%20%E3%81%A7%20Youtube%20%E3%81%AE%20HTML5%20%E5%8B%95%E7%94%BB%E3%81%8C%E8%A6%8B%E3%82%89%E3%82%8C%E3%81%AA%E3%81%84)」にたどり着いた。その記事に、「なぜ Youtube の HTML5 は Firefox に対応しないのですか? HTML5 標準には video タグの仕様が記されていますが、その コーデック までは記されていません。Youtube は動画のコーデックに H.264 を使用しています。このコーデックは特許で保護された技術であるため、ライセンス料金を支払わなければ使用できません。Google 社と Apple 社は H.264 デコードを彼らのブラウザで使用できるようにするため、この特許を保有している MPEG LA に巨額のライセンス料金を支払っています。 Mozilla は自由でオープンな Web を信じています。特許で妨げられたフォーマットに依って立つことは、ソフトウェア開発や創造性を、そのフォーマットの使用が許可された人々だけに制限することになります。例えば、H.264 形式の動画をコーデックの使用許可なしにあなたの Web サイトに掲載すると、H.264 の特許保有者があなたを損害賠償で訴えるかもしれません。 詳しい情報については shaver ? HTML5 video and codecs(英語) をご覧ください。 」とある。

この記事を読むと、「巨額のライセンス料金を支払」わねばならないという背景が浮かび上がる。「コーデック」とは、まさに動画処理のエンジンと理解すべきだろが、そのエンジンを無償で使えない。「MPEG LA 」とは、たとえれば「特許銀行」のようなもの。「H.264」はその画像処理一式をまとめた特許パックのようなもの。個々の特許を持つ特許権者が特許を出資しているようだ。一括で特許契約ができるメリットはあるだろうが、そのライセンス料金によっては、弱者を排除しかねないのではなかろうか。上記、「support.mozilla.org/ja」の記事からも、その気配が感じられる。

「H.264。http://ja.wikipedia.org/wiki/H.264。(最終更新 2012年7月23日 (月) 10:18 )」『フリー百科事典ウィキペディア日本語版』(http://ja.wikipedia.org/)。の記事に「H.264:H.264(エイチにーろくよん)、MPEG-4 AVC(エムペグフォーエーブイシー)は、動画圧縮規格の一つ。 ITU-Tでは「H.264」として、2003年初めに勧告された。ISO/IECでは、ISO/IEC 14496-10 「MPEG-4 Part 10 Advanced Video Coding(通称:MPEG-4 AVC)」として規定されている。どちらも技術的には同一のものであり、ITU-TとISO/IECが共同で策定したため、両者の呼称を「H.264/MPEG-4 AVC」「MPEG-4 AVC/H.264」と併記することが多い。規格文書では「ITU-T Rec. H.264 | ISO/IEC 14496-10 Advanced Video Coding」と縦線で区切られており、「H.264|MPEG-4 AVC」などとすることもある。 従来方式であるMPEG-2などの2倍以上の圧縮効率を実現する。携帯電話などの低ビットレート用途から、HDTVクラスの高ビットレート用途に至るまで幅広く利用されることを想定している。 ~ウェブブラウザ [編集]:PCのウェブブラウザではAdobe Flashを通じて広く利用されている。スマートフォンなどでは動画フォーマットの選択制限が厳しいこともあり、デファクトスタンダードとなっている。 ウェブ表示の次世代規格であるHTML5にはvideo要素で動画再生を行う機能が盛り込まれており、これに使用する動画フォーマットについて、ウェブブラウザベンダーのアップルとマイクロソフトはH.264を推進しているが、Mozilla Foundationとオペラ・ソフトウェア、Googleはロイヤリティが発生する点などを問題視し、積極的な利用に難色を示している。そのためSafari、Internet Explorer、Google ChromeはH.264をサポートしているが、Mozilla FirefoxとOperaではサポートしていない。またGoogle Chromeも、今後H.264のサポートを取り除く方針を示している[3]。 Mozilla FoundationはH.264をサポートしないことを明言しており、この方針に反発した一部の有志が、Mozilla FirefoxにH.264サポートを追加したウェブブラウザを提供することを目的としたプロジェクトを立ち上げた[4]。これはH.264に関する特許が成立してない国のユーザに向けたもので、特許が成立している国のユーザは事実上使うことはできない。 マイクロソフトはMozilla FirefoxでH.264を再生できるようにするアドオンを公開している[5]。これは動的にvideo要素をobject要素に書き替えるという力技で実現しており、video要素固有のAPIが利用できなくなるという仕組み上の欠点を抱えている。」という記事がある。

国際規格が特許の固まりというのも、納得できないが、使いたくても使えないという基本技術が存在するのは何か矛盾を感じる。人類の知的活動の産物である特許権を、一部の個人や団体に独占的に与えるのは、既に時代遅れのようにも思える。現在YOUTUBEはHTML5対応へ移行中で、今後のインターネット活用の基本になるだろう。HTML5の標準では、H.264を埋め込む事も、別のエンジンを埋め込む事も、タテマエでは可能かも知れないが、これもしっくりしない。H.264の構成特許が切れるのを待つ以外に対策は無いのだろうか。

2012年8月 7日 (火)

老人の寝言:本物のクッキーならありがたいが「HTTP cookie」とは何か

2012年8月7日火曜日
昨日は午前曇り一時雨。午後曇り一時晴れ。不安定な天気だった。猛暑日から真夏日になりややしのぎやすい。ざっそう句:爺似合う ジニア咲く道 人も無く。ようやくジニアが本格的に咲き出した。朝飯前仕事で小豆の土寄せ。平行して除草。未明のわずかな雨で土が黒くなっていた。オクラを数本収穫。その後また降雨。午後雨が止んだので公共スペースの刈払。ブラウザでアクセスするサイトからクッキーが大量に送られていた。

2012年8月6日の天気

TAVE= 26.9
TMAX= 31 最高気温(℃) 31.8 15:05
TMIN= 24.7 最低気温(℃) 24.6 23:49
DIFF= 6.3
WMAX= 4.5 最大瞬間風速(m/s)(風向(16方位)) 9.9(北東) 16:55
SUNS= 1.6
RAIN= 2.5

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老人の寝言:本物のクッキーならありがたいが「HTTP cookie」とは何か

WIKIPEDIAには本物のクッキー項目と「HTTP cookie(http://ja.wikipedia.org/wiki/HTTP_cookie)」項目があった。ブラウザの設定が以前のものと異なるのか、頻繁に「cookie」を許可するか否かを聞いてくる。今まで、それを気にしなかったと言うことは、「cookie」を許可していた事と思う。

前期WIKIPEDIAによれば、「概要:HTTPは元来ハイパーテキストにおいて単にファイル転送を行うために開発されたため、同じURLへのアクセスならその状況によらず同一の資源[1]を提供することが前提となっている。動的なコンテンツ生成の仕組みとしてフォームが導入されているが、これは要求に直接対応する応答だけに影響をおよぼす。言い換えるとHTTPでは、同じ瞬間に同じ内容の要求を行っていれば、そのクライアントが以前にどのような通信を行っていても区別されない。HTTPはその意味で現在においてもステートレスなプロトコルである。」との事だ。

何かよく分からないが、「cookie」を食べさせられると、食う前と食った後の情報が判別できるという事なのか。「cookie」を許可するか否かを一つ一つ判断するとなるとかなり手間がかかる。信用できる安全なサイトを選べというのが今回の教訓らしい。

2012年8月 6日 (月)

老人の寝言:大正用水の草刈りもしんどくなった:120806。

2012年8月6日月曜日
昨日は晴れ。連日の熱帯夜・猛暑日。最高気温(℃) 36.5 15:24。雑木の歌:たそがれて 持て余し気味 大正用水 産めよ増やせの 突貫工事。大正用水の草刈り。昨年は8時現地集合。今年は6時現地集となり、熱さ対策として効果があった。帰路、近所のおばさんとその実家訪問。周辺地帯を軽くドライブ。実家周辺なので地理が明るい。昔は、実家まで2里の距離を歩いたとの事だ。おみやげにカボチャを持たされて途中で投げ捨てたいと思った事もあったとか。インターネットの距離測定でその直線距離を測ってみた。距離:7.9km ( 7856 m )、9820 歩 ( 歩幅 80 cm )、2 時間 27 分 ( 3.2 km/時 )と出た。意外だが、話と合った結果が出てきた。昔は、自転車すら貴重品であった。必要ならかなりの時間をかけて徒歩で行き来した。実家に帰る事にも苦労した。楽しみがあるから苦労も我慢できた。それが思い出として残っているのだろう。夕方、百姓先生夫婦と生徒夫婦で先生が作った大きな黒スイカを食べる。四人でも食べきれない。それから苗に灌水。

2012年8月5日の天気

TAVE= 29.9  
TMAX= 36 最高気温(℃) 36.5 15:24 
TMIN= 25.6 最低気温(℃) 25.5 04:49 
DIFF= 10.4  
WMAX= 3.8 最大瞬間風速(m/s)(風向(16方位)) 8.9(東南東) 17:00 
SUNS= 7.6  
RAIN= 0  

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追記(2018/02/23):タイトル文字を太く、日付を追加

老人の寝言:大正用水の草刈りもしんどくなった

大正用水の草刈りは、用水の水を切って一斉に行われる。地域ごとに担当の場所が決まっている。稲作農家はその仕事にかり出される。用水管理は稲作の基本中の基本。この大正用水工事は戦時中の食糧難を突破口にして突貫工事で行われたようだ。現在80才前後の当時の学徒もかりだされ、シャベルとモッコで作業をしたという話を、数人の経験者から聞いた事があった。以前の関係記事。
「食料不足http://af06.kazelog.jp/itoshikimono/2009/09/post-0090.html(2009年9月 2日 (水))」

大正用水工事の発案は「伏島近蔵」にまで遡ると「大正用水史」にあったと思う。「伏島近蔵」でGoogle検索すると約 1,690 件ヒット。

以下にWIKIPEDIA記事を全文引用する。富岡製糸場等が世界遺産登録に動き出したが、群馬県特産の蚕種や絹糸の外国輸出に関してはまだ知ることが少ない。

以下WIKIPEDIAの引用
**********************************
「伏島近蔵。http://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%BC%8F%E5%B3%B6%E8%BF%91%E8%94%B5。(最終更新 2011年1月21日 (金) 07:29 )」『フリー百科事典ウィキペディア日本語版』(http://ja.wikipedia.org/)。の記事全文。

伏島近蔵
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伏島 近蔵(ふせじま ちかぞう、1837年(天保8年) - 1901年(明治34年))は、江戸幕末から明治にかけて活躍した横浜の実業家であり、横浜商人の代表的人物の一人である。

目次
1 生涯
2 頌徳碑と銅像
3 田辺屋の屋号
4 板垣退助に心酔
5 参考文献

[編集] 生涯
伏島近蔵は上野国新田郡藪塚村(現群馬県太田市)の地主の家に生まれた。1865年(慶応元年)に、妻こうを伴い横浜にきて、当初は横浜-神奈川間の行商や、妻の蝋燭小売により生計を立てる。その後商館「アメリカ一番館」に勤務し才能を示し、商人として頭角をあらわした。1868年(慶応4年)に同館を持し独立し、唐物、蚕卵紙(さんらんし、蚕の卵をつけた紙)等を扱う商売をし財産を成したが、その後一旦帰郷し家業に従事するようになる。

帰郷後は家業に従事する一方で、渡良瀬川大間々町(現群馬県みどり市)から鳥の郷(現群馬県太田市)に至る用水路を開削し、その功績により1876年(明治9年)の明治天皇東北御巡幸の際には特に拝謁を仰せ付けられ、奈良晒二匹を下賜された。その後アメリカ一番館の日本人惣番頭の死により再び横浜に戻るが、小学校への寄付や鉱泉事業等への協力等、故郷の発展のために生涯多大な貢献を果たした。

横浜に戻って後はアメリカ一番館の大番頭となり、1877年(明治10年)の西南戦争における羅紗(ラシャ)の取引等で巨利を得るが、1878年(明治11年)には再び同館を辞し、他の有力横浜商人と共に第七十四国立銀行の設立に参加し自ら初代頭取となる。一方彼は貿易商人としての活動も続けていた。

横浜開港以来蚕卵紙の輸出の多くは外国商人により壟断(ろうだん)され、彼らはそれにより巨利を得ており、日本への利益の還元は少なかった。1880年(明治13年)に彼は蚕卵紙直輸を決意し、現地商人と交渉すべくイタリアへと渡るが、すでに横浜の外国商人と結託したイタリア商人の妨害により交渉は難航。駐伊大使鍋島直大も仲裁したが、その間蚕卵が孵化し商品とならなくなり大損害を蒙り帰国した。その間253日間に及ぶ旅行記は当時の第一級資料である。大胆豪放の一面、思慮極めて周到周密な彼の人間があらわれている。

帰国後彼は悪影響を考え、第七十四国立銀行頭取の職を同郷高崎出身の茂木惣兵衛に譲り商業活動に専念したが、折に触れ局外協力は行った。その後横浜市民への良質な飲料水の不足を見た彼は、大田初音町山に横穴を掘削し清水を得て、清水販売(飲料水販売)を実行し再び巨利を得た。彼は事業を株式会社組織とし揺光社(ようこうしゃ)をおこした。

彼は外国における港湾都市の土地値上がりを知り、不動産事業への進出を決意、揺光社の株式を売却し野毛山一体の地所を買占め、1884年(明治18年)の市による野毛山貯水池設置にあたり売却し利益を得て、その後も積極的に不動産事業を行った。

また外国における港湾都市の実見により、港都横浜の発展には陸上施設の完備が肝要であることを痛感した彼は、その後積極的にその方面での活動を行う。特に現在の大通り公園にあった新吉田川や、新富士見川の運河の開削や、隧道や橋等の整備に力を入れ、私財を擲(なげう)つことも厭わなかった。

彼の事業は順調であったが、1901年(明治34年)北海道開拓を決意し、同年官林の払い下げを受け、その実地検分のため北海道に渡ったが、札幌にて病となり、その後稚内まで達するも現地で病死した。享年64。墓地は横浜にある。

[編集] 頌徳碑と銅像
横浜お三の宮日枝神社境内と太田市に彼の功績を称える頌徳碑があり、故郷藪塚には銅像があり郷土の偉人として功績を称えている。

[編集] 田辺屋の屋号
伏島近蔵の店は田辺屋として知られていたが、屋号の由来は定かではなく彼も由来を語ることはなかった、一説には恩人の苗字と言われている。

[編集] 板垣退助に心酔
横浜は自由民権運動の盛んであった土地であり、当時の市民は商人派(立憲改進党支持)と地主派(自由党支持)に別れ鎬(しのぎ)を削っており、商人派の巨頭は原善三郎、地主派の巨頭は伏島近蔵であった。彼の北海道開拓は自由党の党勢拡大の目的もあり、実地検分では当時の自由党幹部も同行している。彼は上州気質、任侠精神が強く、板垣退助の高潔な人格に深く心酔していた。

[編集] 参考文献
横浜開港資料館報 「開港のひろば」(Number95) 2007年(平成19年)1月31日(水)発行
http://ja.wikipedia.org/w/index.php?title=伏島近蔵&oldid=35977226」から取得
カテゴリ:日本の実業家横浜市の歴史群馬県出身の人物1837年生1901年没
**********************************
以上引用終わり。

最近、伊勢崎市の文化財になっている旧時報鐘楼建立の資金を寄付した小林佳助の事を調べた。小林佳助も横浜に出て成功した商人だが、その取り扱う商品が薬種、当世風に言えば、薬剤だった。生糸を扱ったかは定かではない。

明治前期に於ける生糸直輸出の位置(http://www1.tcue.ac.jp/home1/k-gakkai/ronsyuu/ronsyuukeisai/45_1/tomizawa.pdf)、高崎経済大学富沢氏の記事に「明治14年1月:伏島近蔵、イタリアに赴いて蚕種を直売、50万円余の負債を被る。」という記事がある。

群馬県出身の、伏島近蔵、小林佳助、横浜、国際貿易云々というキーワードで蚕種、生糸、日本特産品(薄荷)等の流通面の歴史が見えてきそうな気がした。小林佳助も横浜の商人。伏島近蔵と小林佳助の接点もあったように思う。大正用水は群馬県の農業を支える基礎的な基盤であるが、それを維持することが今後益々困難になるように感じる。先人たちの偉業とインフラを見直すことも日々の活動の動機付けになるのではないか。

2012年8月 1日 (水)

老人の寝言:捨てるなそのファイル

2012年8月1日水曜日
昨日は晴れ。相変わらず猛暑日&熱帯夜。最高気温(℃) 36.0 15:04 。朝飯前仕事で灌水と大根の種まき。大根の種は自家採取。五月に白い花が咲いた。XP二号機への引っ越し作業。昨年も同じような事をしていて進歩がないと感じる。今年は、引っ越しを効率的にしようとME機でファイルやソフトをDVD-RAMに詰め込んで一括でXP2で読み書きできるようにした。ファイルコピーの間に、「断捨離」やましたひでこ著を読みかじり。

2012年7月31日の天気

TAVE= 29.8
TMAX= 35 最高気温(℃) 36.0 15:04 
TMIN= 25.9 最低気温(℃) 25.7 04:37 
DIFF= 9.1
WMAX= 4.3 最大瞬間風速(m/s)(風向(16方位)) 9.0(東南東) 18:09 
SUNS= 8.4
RAIN= 0

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老人の寝言:捨てるなそのファイル

著者は「断捨離」で哲学的な事を言っている。その発想も哲学的な所にありそうだ。ガラクタからの解放。理想だ。ガラクタをこよなく好む自分にも参考になる。南極と北極の差は意外に小さい。両極端なのだが。パソコンの引っ越しでも色々なジャンクファイルの問題が浮かぶ。引っ越しで、後生大事に持ち出すのはやはり、自分が手をかけたファイルやデータだ。自分の眼、自分の身体、それはこの広い世界の中でも唯一のものだ。それだけは、「断捨離」すべきではないと思う。それが良くも悪くも。
Daikon_flwr_2012_5_16
今年5月に雑草の中で咲いた大根の花(daikon_flwr_2012_5_16.jpg)。この種子を採取して種まき。

2012年7月29日 (日)

老人の寝言:アナログTV放送終焉と地デジ完全移行後一年

2012年7月29日日曜日
昨日は晴れ。最高気温(℃) 38.2 14:12 の猛暑日。天気予報の夜の雨に期待して灌水はさぼた。地域の夏祭りと地区恒例の不動尊祭典に参加。御輿担ぎの休憩時間に子供達も不動尊に手を合わせ、各自の願い事を祈った。昔の農村地帯では、適時の降雨が死活問題になる。雨乞いや水番等は昔の話しになってしまったが、この地区恒例の祭りを説明した地区のOBや地域住民の子供達にかける期待は限りなく大きい。子供達は、願い事をしてから、「おみごく」というこわ飯を手に受けて食べた。20時の抽選会まで頑張る。雷光・雷鳴が迫り、雨が降り出す。これこそ昔なら、お祭り行事の成功の証であった筈だ。行事は落雷事故もなく万事無事終了。このお祭りの背景に雨乞いの神事があった事もほとんどの参加者は気付かないかもしれない。会場をぶらぶらと歩き、雑談。水田が家の近くの人に、今年のカエルの鳴き振りを聞いたらやはり少ないとの話だった。昨年はアナログTV放送が終焉して、地デジ放送となり今年で一年経過、東京スカイツリーもオープン。しかし、東京スカイツリーからはまだ電波が出ていないはずだ。「アナログTV放送が終焉後一年」を感慨深く振り返った。

2012年7月28日の天気

TAVE= 31.0
TMAX= 37.5 最高気温(℃) 38.2 14:12
TMIN= 25.2 最低気温(℃) 25.0 23:10
DIFF= 12.3
WMAX= 4.6 最大瞬間風速(m/s)(風向(16方位)) 13.6(東北東) 20:15
SUNS= 9.7
RAIN= 3.5

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老人の寝言:アナログTV放送終焉と地デジ完全移行後一年

昨年(2011/7/24)、東北地方の一部を除いて、アナログTV放送が終焉し、地デジ放送へ移行した。移行猶予期間も満了して、東北地方の一部も移行した筈で、日本全国が、地デジ放送へ移行した事になる。その当時の所感を「歴史の転換:アナログTV放送終焉、地デジ完全移行後に何が起こるか
(2011/7/22)http://af06.kazelog.jp/itoshikimono/2011/07/tes.html」の記事に書いた。それから、一年が過ぎて、地デジ移行は完全に過去のものになったかの感がする。マスコミもほとんど「アナログTV放送終焉と地デジ完全移行後」に付いてフォローしていないのではないか。過去になったのは本当だろうか。アナログTV放送には、日本の産業・文化を支えてきたインフラの側面が強い。それを、全体的に見渡せる経営者も少なくなった。地デジ難民も相当数生まれ、アナログTV等は大量に廃棄された事だろう。

我が家の、PCTV354はパソコンのアナログモニターとTVの兼用で、昨年まで現役であった。どういう加減か、画像の同期安定度が悪くなり引退させた。その後釜が、まだ寿命が残っているアナログTVだ。そのTVに地デジチューナーを付けて見ている。まだ使える製品が、粗大ごみとして廃棄される様子を見るにつけ、かつての技術者としては憤慨するのである。

そもそも、国が買い換えを促し、メーカーを側面支援するような生ぬるい政策対応を繰り返してきたのが、日本の産業衰退の原因になったのではないか。TVのエコポイントも、口径が大きく高価なほどポイントが高い。全体のエネルギー消費削減を無視し、金持ち優遇という全く、不条理な逆立ち政策がまかり通っている。昨年はTVメーカーも地デジ特需で沸き返ったが、それが虚像だった事が今年になってはっきりした。日本のTVメーカーも、昔は、TVは事業の屋台骨だからという意識と各社の創意工夫でその地位を築いて来た筈だが、そういう経営者も淘汰してしまった。総合的に衰退の道を歩んできた。その原因は、TVを総合的に適正に評価位置付けが出来ていなかった事だろう。それに輪をかけたのが、NHKの怠慢、利権体質化ではなかろうか。現実を正視せず、未来も夢見なかった。技術開発やデファクトスタンダードの推進を怠り、技術の種まきを忘れ、目先の不始末の尻拭いに忙殺されてきた。

アップルのS.Jobsは夢のTVを語ったそうだ。「いつでも、どこでも、だれでも」という、時間、空間、や人種や社会の枠をも乗り越える事が出来るメディアの実現を夢見る才能がS.Jobsにはあたのだろう。「いつでも、どこでも、だれでも」という音声版が携帯電話であるが、その映像版が夢のTVではないか。その実現のためには、公共の電波利用が大前提だ。総務省はアナログTV放送を追い出した、電波の空き地となっている一等地を国民の為に最大限に活用する責任がある。そのプラチナバンドは一部の携帯電話サービス業者だけに開放しては、日本の活力を更に低下させる最大の政策ミスにならないか。

最近のスマートフォンの普及は目覚ましい。若者は、あの小さな携帯画面を凝視しつつ相当な金と時間をスマートフォンに投入している。それが、創造的な用途に応用されれば、スマートフォンの経済・社会面での普及効果は大きくなると考えられるが、つまらないTVの延長に過ぎなければ、その末路はTVと同じになってしまうのではないか。昔、「書を捨てよ町に出よう」というフレーズが新鮮に映った時がある。「TVと携帯を捨て畑に出ようっと」。

2012年7月25日 (水)

老人の寝言:切らさず貯めよアドレナリン(院長の独り言:東電を辞めた理由(1)・・格納容器)を読む

2012年7月25日水曜日
昨日は曇り。少しだけ日射があた。トウモロコシ数本収穫。草むしり。用事外出。たまに寄るスタンドがセルフ方式に変わっていた。店員が操作を教えてくれた。直ぐに忘れそうだ。その時は言って下さいとにこにこ対応してくれたが、人員削減があったろうと思うと時代の変化を感じる。トウモロコシの品種は黄色に白が混じるもの。最近の甘い品種の種子価格は高いので、極一般の品種。栽培が下手で、ほぼ無肥料なので、背丈も実も小さいが、圃場で生食をしてみた。甘いサラダのようだ!農薬を使っていないので安心して、虫になった気分で食べた。若いヤングコーンの実が膨らんだ程度のものは、ぼそぼそするだけで甘みはない。熟す寸前のトウモロコシを虫が狙うのも納得だ。最近、福島原発事故の検証の産物である、事故報告書がいくつか出てきた。民間調査で出版されたのもある。振り返ると、事故発生当日が金曜日。東京電力TOW TOPは揃って物見遊山(金曜日にゆっくり帰り土日はゆっくり休むというレジャー感覚の計画に見える)?で司令官が総司令本部(本社)に不在だった。初動体制は国も東電もむちゃくちゃに見えた。週刊誌の記事の方がよっぽど読み応えがあった。

2012年7月24日の天気

TAVE= 26.6
TMAX= 30.7 最高気温(℃) 29.8 14:34
TMIN= 22.9 最低気温(℃) 20.3 04:35
DIFF= 7.8
WMAX= 2 最大瞬間風速(m/s)(風向(16方位)) 6.2(南東) 16:20
SUNS= 0.9
RAIN= 0

Q
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老人の寝言:切らさず貯めよアドレナリン(院長の独り言:東電を辞めた理由(1)・・格納容器)を読む

最近は福島原発事故も気になりつつも、遠くなった感じがしている。読んでみて印象に残ったサイトはBLOG TOPページにものぐさ検索できるようにしている。Googleにおんぶにだっこ。久しぶりに「Google検索:小野・出来田内科医院 院長の独り言」をクリック。「http://onodekita.sblo.jp/article/46922174.html。2011年07月23日東電を辞めた理由(1)・・格納容器」に出合った。

最近、福島原発事故の幾つかの調査報告書が出つつあるが、「作文」に見える部分やら、意識的に言及していない部分やらで、調査報告書事態も身元調査をしないと信用できないような感じがする。「調査報告書」自体が、一連の福島原発事故の中の一事象に過ぎなくなっているのではないか。後世の人々は、眉につばを付けて、表裏、縦横斜めから読まないと、福島原発事故の全貌は把握できなくなるのではないか。

そもそも、「調査」の「調」という漢字には、「しらべる」の他に「ととのえる:バランスをとる」という意味がある。また、「調査」の「査」という漢字には、「しらべる」の他に「探り出してあきらかにする」という意味がある。このように、類語を二重に重ねているのは何を意味しているか。疑問、疑惑を全て拾い上げ、事故の原因、発生の論理、歴史的・時系列的事実を矛盾なく、バランスさせて徹底に調べる事を意味するのではないか。調査報告書が、事実を隠蔽し、事件の幕引きの手段に成り下がっては、福島原発事故の被害者だけでなく、国民、ひいては、これからも同じ事故が起こらないと言えない状況にあって、世界の人々、人類に対する不誠実・冒涜であり、日本国民の愚劣さを世界に示す結果にもなるのではないか。これが、日本という国の悲しい現実。言ったものは有るが、言わないものは無い。正に、幼児や未開人の論理がまかり通っている。

上記の「東電を辞めた理由(1)・・格納容器」という記事は、今だから言わねばならないと言う、作者の真情が伝わってくる。また、作者記事に対するコメントも印象に残る。福島原発事故調査報告書は、福島原発事故に関して、そこで働き、現場の過去から事故当時までの様子を見てきた人々の情報に耳を傾けるべきではないか。

希望を持って入社した東電を何かの理由で去る。そこには大きな失望や自分の信条に反する重大な何かがあった事だろう。一人一人の個人でみれば、善良で、優秀なのだろうが。あの福島原発事故により、悲惨な事態が招来された。言うか言うまいか、天秤は揺れ続きついに言うべきに傾いた結果だろう。あれだけの放射性物質が漏れても、当局は事故の初期に格納容器は健全だと言い続けただけ。出口がない密閉空間から物が漏れるなら、どこかに漏れ口があると見るのが健全な常識ではなかろうか。当局は、自分が危険圏内にいるときは、責任逃れに、事実の発表先延ばしし、断片化し、ポツリポツリと発表するだけ。国民不在・唯我独尊の態度。その後は黙りを続けており、その間に事態の風化が進む。

量子力学ではトンネル現象でバリアーを超えて電子が飛び出ることはあろうが、今回の、福島原発事故発生後の問題は、量子力学という微視的なレベルではなく、古典力学レベルの問題だろう。「調査報告書」は、原子炉内で核分裂によって生まれた放射性原子が鉄壁を超えて飛び出し、格納容器をはるかに超えて、ひいては、世界中に浮遊・飛散している事実をまず、合理的に分析・解明しなければならない。放射性物質が格納容器以外で高濃度に観測されるのは、普通の物理学と因果律が正しいと前提にする限り、格納容器が破損したか格納容器から何らかの経路を経て外界に漏れたと言うべきではないか。格納容器系に欠陥が生じたと断定すべきだ。それを隠さんがため、そんなことはあり得ない、お前の言い分を証明せよと言う輩は、たとえ、格納容器が健全であっても、福島原発事故による放射性物質の格納容器外への高度の拡散は、物理の因果律に反しない事を証明すべきではないか。それが、証明できれば、まさに世紀の大発見であり、ノーベル賞を幾つももらえるだろう。

原発事故の「格納容器」は、諸悪の根元である放射性物質を封印するパンドラの箱であった。その「パンドラの箱」は、余りにも無力であった。それが現実ではないか。「パンドラの箱」を正視できているのか。そんな事を考えると、日本の調査意識・動機、調査力は幼児レベル以下。世界の笑い物のなるのも間近い。

それにしても、上記「2011年07月23日東電を辞めた理由(1)・・格納容器」の記事に淡々とかかれている著者の気持ちは多くの人に知ってもらいたいと思った。アドレナリンも切らさずじっくり貯めこまないと精神的なパワーにならないのだろう。丁度1年前の記事であった。

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  • 沼田 真   : 植物たちの生( 1972年 岩波新書(青版 833))
    「ご要望にお応えしてアンコール復刊(1988年岩波新書50年記念復刊) 地球生態系の中で自然を見直す」(腰巻きのフレーズ)。植物の知恵と戦略に人類は勝てるのか。
  • 出町 誠: 14_NHK趣味の園芸:よく分かる栽培12ヶ月  カキ(NHK出版2007年)
    初心者向け柿栽培参考書(新版)。旧版と比較すると楽しい。
  • 中村三夫: 13_NHK趣味の園芸:作業12ヶ月  カキ(NHK出版1996年)
    初心者向け柿栽培参考書(旧版)。新版と比較すると楽しい。
  • 山科正平: 12_細胞を読む   電子顕微鏡で見る生命の姿
    細胞はどんな部品からできているのか。そんな疑問に答えてくれる一冊。何事も形を見るのが第一歩。μからÅオーダーの世界で、細胞をメスで解剖するように、電子顕微鏡というメスで解剖して見せてくれるので興味が尽きない。
  • 柳田充弘: 11_細胞から生命が見える
    著者の専門は分子生物学、細胞生物学。普段生物を考えても細胞レベルで止まってしまう。その細胞の中で色々な分子が働いている。細胞こそ生命の基礎だが、その細胞の中の動きを知るのに最適な一冊。疑問の発端はなぜ発根剤が効くのかということ。薬剤が細胞膜を通過して細胞内で分子と分子が作用するイメージができた。本書でできた細胞のイメージは小さな無数の穴が空いた水分が充満したヨーヨーのようなもの。そのヨーヨーの中に分子部品が詰まっている。細胞自体もタライの中のヨーヨーのように浮かんでいる。細胞図面の空白部は真空でなく水分だ。細胞の内外に水がないと細胞は生きられない。水が生命のゆりかごだ!
  • 野口悠紀雄: 10_ホームページにオフィスを作る(2001年 光文社)
    ITが輝いた時代の作品。HPの活用法は参考になる。参考:url=http://www.noguchi.co.jp/(野口悠紀雄 ONLINE)
  • 小池洋男 編著: 09_果樹の接ぎ木・さし木・とり木(農文協:2007/3/31第1刷)
    やや専門的であるが、実務専門化が分担執筆しており、その場で役に立つ一冊。
  • ノーバート・ウィーナー(鎮目恭夫訳): 08_サイバネティックスはいかにして生まれたか(みすず書房1956)
    情報と通信という現代社会に不可欠の基礎的な学問を作った著者の自伝とそれを通した科学史
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    2010/8/4:MEMO等の表示に使える。 農作業で気になる自戒の言葉 ■畑の石ころはいつまで経ってもても石ころ(早く拾って片づけよという意味か)。 ■同じ石を二度拾うな(やってみると難しい)。 ■手ぶらで歩くな。 ■三つ先のことを読め。 ■適当な観察。 ■空を見よ(気分転換、休憩、天気を読む、腰曲がり防止)