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2009年5月

2009年5月31日 (日)

火の玉

2009/5/31

火の玉

幼少の頃は怖い話を色々聞いた。火の玉や狐の嫁入りの火の列を見たという人は結構い

た。周囲がそういう微弱な光が見えるようになるに十分な暗がりの状態になったという物理的

な条件も整っていたのだろう。今日では夜でも明るい部分が多くなって、情報も次から次へと

頭脳に流し込まれている。従って、想像をかきたて見えない物も見ようとする心理的な条件

がほとんどなくなった。自分の感性で物を見る機会が激減しているのではなか。自分もかって

不思議な光を見た事があった。夕方、遠方の地上よりやや高いところに光が点滅して去って

行く現象を見た。しかし、火の玉とは考えられないので合理的にその現象を解釈してみた。ヘ

リコプターか小型飛行機が低空を飛行しているが、風向により、音が聞こえなかったのでは

ないかという結論である。時計の秒針も一瞬止まっているように感じることがある。飛行音が

あり、規則的な点滅が長く続いている場合は正常な判断が出来る。しかし、音が無く2~3回

点滅しただけで視界から消えた場合はどう感じるか。

2009年5月30日 (土)

産学協同

2009/5/30

産学協同

自分が大学を卒業した頃は大学紛争が花盛りであった。産学協同は言い出すのもはばかれ

るような雰囲気であったのではないかと思う。戦前の軍事研究の記憶も残っていたのも関係

しているのであろうか。大学側も産業界との連携に余り積極的ではなかったようだ。最近は

大学が法人化されて生き残りも厳しくなって、産学協同への取り組みも盛んであるようだ。確

かに、企業で廃棄されるような機材でも大学では貴重な教材になる。かって、隣の研究室で

拡散炉を手作りしていた先生が会社に来られたときにお会いした事があった。使用済みの拡

散炉を貰い受けるためであった。ともかく人的な交流が共同の第一歩になる。共同研究のテ

ーマも向き不向きがある。自分も集積回路の開発という仕事に従事したが、実際は現業部

門と一体であり目先の製品を仕込むので精一杯であった。自分が開発を手がけて、中途半

端で終わった仕事にセンサー関係の集積回路があった。このような未開拓の分野で共同研

究ができれば良かったと思うことがある。

2009年5月29日 (金)

げんのしょうこ

2009/5/29

げんのしょうこ

幼少時は病院や医者に行くことは比較的少なかった。軽い病気の時は買い置きの薬、置き

薬、薬草等を使ったようだ。腹具合が悪い時はひまし油を飲まされた。どろどろしていて味も

良くない。これをスプーンで口の中に入れられるので泣いて反抗した。下痢が激しいときは浣

腸をされた。これもいやでいやで逃げ回った。げんのしょうこという薬草があり、これを煎じて

飲まされたこともあったようだ。その薬草の生えている所を覚えておき必要な時に使ったよう

だ。草かきを手伝ったときこれが薬草のげんのしょうこだと母から教えられた事があった。良

く効くのでこういう名前だとも聞かされた。ドクダミを煎じて飲まされた時もあった。一時、細君

が健康薬草として飲んでいた事もあったがいつしか止めている。最近、げんのしょうこらしい

雑草が畑にいっぱいはえている。調べてみると、どうもアメリカフウロという外来種のようだ。

雑草で大きくなると駆除するのが大変だ。細君はげんのしょうこだと思い大切にしていたのだ

が。昔はいざというときに薬草を覚えさせたようだ。草刈りで手を切ったりしたときは血止め

草を使った覚えもある。しかし、今日薬が直ぐに手にはいるので薬草とは無縁になってしまっ

た。

2009年5月28日 (木)

縁側の底を覗く

2009/5/28

縁側の底を覗く

幼少時のできるだけ初期の記憶をたどっていくと、縁側の底をよく覗いた事を思い出す。藁

葺きの民家で縁側が付いていた。廊下の表面は年輪が浮かび上がりざらざらしていた。板と

板の間に物が落ちてしまいそうなすき間が何カ所かあった。そこから下を時々覗いていた。

小銭やビー玉等を下に落としてしまいそれを棒で取り出した事も覚えているので、何かを探し

て覗いていたのかもしれない。何かを探すというと、戦後の物資不足で空き缶、屑鉄等の金

属片を拾い集めて廻ってきた古物屋に売った事も記憶にある。自分で小銭を稼ぐこともして

いたわけである。これは遊びの一つでもあり、友達とあちこち廻った。同様に兎を飼って小遣

い稼ぎをした。兎の餌取りも友達とかごを持って出かけた。遊びの中に小銭を稼ぐという労働

の勉強も含まれていたわけである。

2009年5月27日 (水)

雪隠大工

2009/5/27

雪隠大工

結婚後は平屋の小さなアパート住まいをしていたが、子どもが出来たので家を新築する事に

なった。資金が無かったので、会社の持家制度を利用して融資を受けた。木造二階建てで、

間取りは色々考えたが、玄関をどこにするかでとまどった。詳細の図面は建築設計士が書い

たが、実際に材木を加工して組み立てるのは大工さんの仕事であった。木材加工は乾燥す

る冬場にやった。乾燥している木材を冬加工すれば完成後の狂いが小さくなるのである。

時々見ていたのは、ベニヤ板に墨で書いた簡単な間取り図だけであった。俺は雪隠大工だ

からといつも謙遜していた。しかし、立派な仕上がりであった。最近、ある機会にその大工さ

んに幼少時代の話を聞いた。父親も大工であったが、別の大工の所へ7年間年期奉公で修

業に出されたとの事であった。また、若くして父を亡くしたとの事であった。年期では食事だけ

は親方がだしてくれるのだそうだ。他人の釜の飯を食う事と技術を修得する事は職人の世界

では表裏一体であったようだ。職人は請け負い仕事が出来てようやく一人前になる。たとえ、

雪隠であろうと手抜きはしないという自負心が雪隠大工という自称に込められていたのであ

ろう。

2009年5月26日 (火)

論語と算盤

2009/5/26

論語と算盤

渋沢栄一の著作である。渋沢栄一と論語と算盤がどういう関係があるのか興味を持ってそ

の本を買った。社会人になって技術書の無味乾燥に飽きた頃の事だろう。算盤とは実業家

であった渋沢栄一の価値基準の象徴のように思われた。実業家渋沢栄一論語を語るという

キャッチフレーズを短縮した感じである。論語については色々是非が語られているが、息の

長い中国の思想ではある。かっての中国では、批孔批林等と徹底的に批判された。本音は

批林にあったのかも知れないが。ともかく、孔子は今日風に言えば一種のロビィイストで、影

響力のある支配者を自分の思想で動かそうとした人物であったようだ。影響力のある支配者

は金や権力はあるがおつむが少し劣る。しかし、幸いにもおつむが少し足らないと理解する

者は優秀なおつむを拝借して自分の足らざる所を補おうとする。そこに孔子の出番がある。

今日のロビィイストの行動原理は必ずしも明確ではない。思想ではなく情報ギャップで金儲け

をするだけかもしれない。その相手も思想などどうでもよいという御仁なのかも知れない。とも

かく、今日では文字通りの実業家も珍しくなったようだ。虚業に明け暮れしているのか。もし

かして、論語も算盤も、そんな物は観たことも聞いたことも無いのかもしれない。ともかく算盤

(経済)を深く追求してゆくと論語(人道)に至るという事なのだろう。財界の片隅にごく少数だ

がそういう人がいるようだ。しかし、当世の大方の経済人は算盤合わせに精一杯で、論語を

振り返るゆとりさえないのかも知れない。その算盤も時には灰色でパチパチと気持ちの良い

響きがしないようなのだ。

2009年5月25日 (月)

最初の片思い

2009/5/25

最初の片思い

片思いと恋愛感情は似ている所があるがどこか違っている。それは字の通りワンウウェイで

あるということなのだろう。どうも自分というのがある程度客観的に認識可能になって片思い

らしい感情が生じるようだ。その最初の片思いらしい感情が生まれたのが小学一年生の時

であった。自分はみすぼらしい百姓のせがれ。片思いの相手は高貴な家庭のお嬢さん。勝

手な想像と思いこみがそういう感情の元になったのかも知れない。たまたま、近くの席になっ

た女の子だっただけなのかも知れない。高貴な家庭のお嬢さんはそれに相応しいおぼっちゃ

んと仲良しでどうも百姓風情ではない。今思うと自分が百姓のせがれであるという事にかなり

コンプレックスを感じていただけなのかも知れない。しかし、このコンプレックスは人生の相当

期間つきまっとっていた。晴れて、世間の言う会社員という身分になったが、逆にすまじきも

のは宮仕えという気分から解放される事は余りなかった。俗に言う会社員とは雇われ人に過

ぎなかった。その点百姓は一国一城の主であった。思えば肩で風を切って得意になっている

ように見えても元を正せば雇われ人というのが今日の大方の事情なのではないだろうか。最

近、世襲の是非が話題に上るがなかなか難しい問題がつきまとう。いくら世襲と言っても適材

適所から大きくはずれれば生き残って行く可能性は狭まるのが社会の掟なのかも知れない。

最近ある人から、この本を読んで感銘したと五木寛之の「人間の覚悟」という本を頂いた。戦

後50年は躁の時代であったが、今や鬱の時代に入った。格差はいつの時代にもあるがそ

れが固定してしまうことが問題だと述べている。振り返ると色々なところに色々な格差があ

る。躁の時代の中流意識も一時期の幻想であったのか。ともかく差を認識する事は個を認識

する事でもある。レーニンが一個の電子といえども汲み尽くす事は出来ないと言ったという事

を何かの本で読んだように思う。確かに全く同じ性質を持つ電子も色々な現象を引き起こし

ている。思えばコンプレックスとは未分化のiPS細胞のようなもので色々なものを生み出す原

基なのかもしれない。

2009年5月23日 (土)

先生の笑いの理由

2009/5/23

先生の笑いの理由

高校に入るといろいろユニークな先生に出会った。そのユニークさに応じてニックネームを貰

っていた先生も多かった。ぼっちゃんの世界でもあった。ともかく先生をニックネームで呼べ

るのはそれだけ自由の雰囲気があったからであろう。ニックネームは教師と生徒という関係

を密接にして距離を縮める効果があったようだ。ある先生は、時々はっはっはと笑った。その

先生があるときふともらした。私がこのように笑うのは常に人生を前向きにとらえようとしてい

るからだよというような意味であったと思う。その裏にはつらい事もあったのだろうか。要する

に、いつも苦虫をかみつぶしたような顔をしているより無理してでも笑った方が良いのだと自

分なりに理解した。確かにその先生はいつも穏やかな笑みをたたえていた。今思うと仏像の

顔を連想してしまう。そうして笑うときは高笑いではなくゆっくりとはっはっはと笑った。今ふっ

と、浪越徳治郎の「指圧の心は母心、押せば命の泉湧く」と言う台詞を思い出した。

WIKIPEDIAによると指圧の原点は浪越が「多発性関節リウマチの母の痛みを和らげたいと

いう一心から揉んだり擦ったりするうち、指で押すことで痛みが和らぐことを発見する。」事に

あったようだ。この人の笑いも有名であったようだ。浪越の指圧が母の痛みを和らげるため

に始められたとは知らなかった。ともかく笑いを一つの行として捉えるとそこに人生の深い意

味が込められているように感じる。先生の笑いの真の動機を知る由もないが、諸君くよくよす

るな、笑えば気持ちのゆとりが生まれる。先ず笑おうと呼びかけているようであった。

2009年5月22日 (金)

中三の学級担任

2009/5/22

中三の学級担任

中学三年生の頃は進路で頭を悩ます頃でもある。家が農家であり、長男は農家の後を継ぐ

というのが当時では普通であった。受験向きの学習塾はもちろん、そろばん塾や習字の塾と

も無縁であった。父は息子が青空大学に来ると期待していた。父子ともに自分の期待に対す

る葛藤があった。しかし、学級担任の先生はこの事情をよく理解してくれて、自分の希望する

進路に進めるよう側面から支援してくれた。今考えると、当事者同士では客観的な事が見え

ない。しかし、学級担任としての立場からはいろいろな事が客観的に見えたのであろう。父は

青空大学はあきらめた。その学級担任の先生は、今日では惜しいほど若くして亡くなられ

た。自分の社会人としての進路の方向を決めたのが中学三年の時の学級担任の先生であ

った。教師という職業は一種の天職のようでもある。丁度人間が自己を形成する大事な時に

その自己形成に必要な作用を及ぼす人である。かけがえのない教師に巡り会えた事を有り

難く思う。ともかく、このときは農業から離れた所に自分の理想を描いていたわけである。戦

後の高度成長期は農業の構造変化の時期でもあったようだ。若い人は農業から離れていっ

た。周辺をみると自分の先輩は専業農家が多かったが後輩は農業農家は極少なくなってい

る。時代の流れであった。戦後の高度成長を支えたのは第一次産業から流出した人材であ

ったのかもしれない。

2009年5月21日 (木)

技術者ファーマー

2009/5/21

技術者ファーマー

半導体業界でばりばり仕事をしていた人がその仕事からきっぱりと分かれて就農した。たま

たまその人のホームページを拝見して啓発させてもらっていた。しかし、そのホームページも

閉鎖されてしまった。やはり、その時々で自分が求めるライフスタイルを追求するのが本当

の生き甲斐になるのかもしれない。その人はぶどうを中心に観光果樹園をやっているよう

だ。自分も同じ業界で飯を食ってきた。一時、日米で半導体貿易摩擦という問題があって、

日本は米国の半導体の買い付けを余儀なくされた。その業務にも少し関与した事があった。

ひょっとしたら、外資系の会社にいたかの技術者ファーマーと見えない接点があったかもしれ

ない。自分もぼちぼちぼち畑に果樹を植えているが、実が生るまで数年かかる。今年は桃の

木に実が生ったので摘果をした。何か、もったいないという気持ちが先行して摘果のブレーキ

になっている。ともかく、自分で作って自分で食べてみるのが第一歩だと思って気長にやって

いる。まだまだ自家用も不十分だ。それにしても、各社の半導体部門が巨額の赤字の元凶

になり経営の足を引っ張っているという現象は未だに理解できない。設備投資は巨大である

が利益を出す構造が自転車操業にあると言うことなのであろうか。

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  • 橋本 英文: 刃物雑学事典 図解・刃物のすべて(1986年 株式会社 講談社 ブルーバックス B-659)
    刃物という視点で多くの事例が取り上げられている。刃のある道具の理解にも役立つ。類書が少なく貴重な一冊。「すべり変形が切断の原理」という考え方で説明している。
  • 沼田 真   : 植物たちの生( 1972年 岩波新書(青版 833))
    「ご要望にお応えしてアンコール復刊(1988年岩波新書50年記念復刊) 地球生態系の中で自然を見直す」(腰巻きのフレーズ)。植物の知恵と戦略に人類は勝てるのか。
  • 出町 誠: 14_NHK趣味の園芸:よく分かる栽培12ヶ月  カキ(NHK出版2007年)
    初心者向け柿栽培参考書(新版)。旧版と比較すると楽しい。
  • 中村三夫: 13_NHK趣味の園芸:作業12ヶ月  カキ(NHK出版1996年)
    初心者向け柿栽培参考書(旧版)。新版と比較すると楽しい。
  • 山科正平: 12_細胞を読む   電子顕微鏡で見る生命の姿
    細胞はどんな部品からできているのか。そんな疑問に答えてくれる一冊。何事も形を見るのが第一歩。μからÅオーダーの世界で、細胞をメスで解剖するように、電子顕微鏡というメスで解剖して見せてくれるので興味が尽きない。
  • 柳田充弘: 11_細胞から生命が見える
    著者の専門は分子生物学、細胞生物学。普段生物を考えても細胞レベルで止まってしまう。その細胞の中で色々な分子が働いている。細胞こそ生命の基礎だが、その細胞の中の動きを知るのに最適な一冊。疑問の発端はなぜ発根剤が効くのかということ。薬剤が細胞膜を通過して細胞内で分子と分子が作用するイメージができた。本書でできた細胞のイメージは小さな無数の穴が空いた水分が充満したヨーヨーのようなもの。そのヨーヨーの中に分子部品が詰まっている。細胞自体もタライの中のヨーヨーのように浮かんでいる。細胞図面の空白部は真空でなく水分だ。細胞の内外に水がないと細胞は生きられない。水が生命のゆりかごだ!
  • 野口悠紀雄: 10_ホームページにオフィスを作る(2001年 光文社)
    ITが輝いた時代の作品。HPの活用法は参考になる。参考:url=http://www.noguchi.co.jp/(野口悠紀雄 ONLINE)
  • 小池洋男 編著: 09_果樹の接ぎ木・さし木・とり木(農文協:2007/3/31第1刷)
    やや専門的であるが、実務専門化が分担執筆しており、その場で役に立つ一冊。
  • ノーバート・ウィーナー(鎮目恭夫訳): 08_サイバネティックスはいかにして生まれたか(みすず書房1956)
    情報と通信という現代社会に不可欠の基礎的な学問を作った著者の自伝とそれを通した科学史
  • 沼田 真(編): 07_雑草の科学(研成社1979)
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