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2012年8月

2012年8月31日 (金)

老人の寝言:東京電力の電力料金値上げ

2012年8月31日金曜日
昨日は晴れ。ざっそう句:夏休み 中学生が 店に立つ。最高気温(℃) 36.8 14:52 。やや雲が厚かったが猛暑日。朝飯前に灌水と草取り。沼田城址公園の観光ボランティアから貰った桔梗の種を蒔いて育ててきたが、最初の一輪が開花した。用事外出。書店のレジで、数人の女学生が対応していた。体験学習らしい。本を探していると、しきりに汗が出てきた。おかげで、目星を付けた本の場所が分からなくなった。代わりに探したのが「ノモンハン事件」。

2012年8月30日の天気(AMEDAS)

TAVE= 30.7
TMAX= 36.1 最高気温(℃) 36.8 14:52
TMIN= 26.3 最低気温(℃) 25.8 05:27
DIFF= 9.8
WMAX= 3.9 最大瞬間風速(m/s)(風向(16方位)) 7.4(東南東) 17:36
SUNS= 6.9
RAIN= 0


老人の寝言:東京電力の電力料金値上げ

なぜ汗が出たのか、どうも店のエアコンが切れたようだ。東京電力の昨日の電力需要実績を見ると、そのピークは「2012/8/30 14:00 5078」となっていた。時間帯は一致していた。調べると「昨年夏の最大電力=8月18日15時の4922万キロワットと、一昨年夏の最大電力=7月23日15時の5999万キロワット」。気付かなかったかったが昨年の夏の最大電力を超えていた。9月1日の東京電力の電力料金値上げに遠慮しているのかこのようなニュースが聞こえて来ない。念のため調べると、7/1~8/30の期間で5078万KWが最大のようだ。

暑い暑いと思ったら、今年の東京電力の最高電力消費量は昨年を上回ったようだ。8/31の東京電力の電気予報は下図の通りやや厳しい。明日から電気料金値上げ。この夏がどうなるか、まだ油断できない。暑くて痛い夏は確実となった。
Toden_pwr_20120831

2012年8月30日 (木)

愛しき古里:夕陽に浮かぶ丸塚山古墳

2012年8月30日木曜日
ざっそう句:喪服見て 道を譲られ 南無阿弥陀仏。最高気温(℃)  34.7  14:01。猛暑日は脱したが真夏日。灌水と草刈り。ピラカンサの徒長枝剪定。実付きの枝は残す。枯れた初代の株のこぼれ種から育った二代目。トゲがあるが、ガマン。葬儀。斎場に向かうT字路で、優先車が道を譲ってくれた。故人の功徳か。

2012年8月29日の天気(AMEDAS)

TAVE= 29.2
TMAX= 34.7 最高気温(℃)  34.7  14:01
TMIN= 23.9 最低気温(℃)  23.7  06:08
DIFF= 10.8
WMAX= 2.9 最大瞬間風速(m/s)(風向(16方位))  7.1(東南東)  14:34
SUNS= 8.8
RAIN= 0

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愛しき古里:夕陽に浮かぶ丸塚山古墳

連日の暑さで、用事は朝夕にする、昔流のサマータイムのような生活をしている。先日、近所へ自転車で、お使いに出かけた帰りに、暮れそめた田園風景をそれとなく見ながらペダルを踏んでいた。夕陽に浮かぶ丸塚山古墳をいい風景だとそれとなく感じていた。こんな風景は二度と見られないかもと思って、Uターンしてデジカメに納めた。

伊勢崎市ホームページに、「丸塚山古墳(市指定史跡)http://www.city.isesaki.lg.jp/pcp_portal/PortalServlet;jsessionid=953827AF1E69DD9D5C8D149EF3222F7C?DISPLAY_ID=DIRECT&NEXT_DISPLAY_ID=U000004&CONTENTS_ID=8009」というタイトルで、「(まるづかやまこふん) 丸塚山古墳は、主軸を南北におく墳丘の全長が81メートルの帆立貝式古墳で、5世紀後半に築造されたと考えられる。昭和30年(1955)に群馬大学史学研究室による発掘調査が行われ、後円部に墳丘主軸とほぼ平行して3基の組み合わせ式箱形石棺が発見され、葺石や埴輪片の存在も確認される。」と紹介されている。

自分も、幼少の頃、丸塚山古墳の発掘調査の見物に行ったかすかな記憶が残っているが、いつ頃の事かはっきり思い出せない。上記の記事から、昭和30年と分かったが、その頃は考古学の事など何も知らなかった。また、当時は考古学の意義も歴史遺産への関心も余りなっかったようだ。ただ、叔父さんに、既にそこを掘った人がいたという昔話を聞いた記憶の方が鮮明に残っている。学術的な発掘ではなく、墳墓からの出土品が目的だったらしい。何も出なかったとの事で、既に当人より先に掘った人がいた事になるだろう。そうなら、最低でも3回以上掘られていると推定できる。

先日、殖蓮史談会で行われた斎藤聡先生の講演を聴いた。殖蓮小学校南東部の両毛線踏切周辺には幾つもの道が集まっている。三軒屋遺跡の正倉は既に発見されているが、郡庁は未検出である。なぜ、ここに道が集まっているのか。そこに古代佐位郡の郡庁があると仮定するとその謎が解けるという仮説である。また、その道も古代の道と重なって、現在もその役割を果たしているとの事だ。丸塚山古墳の被葬者は三軒屋遺跡に関する有力者ではないかという話しもあった。遺跡も、点から線、線から面へ広げると新しい見方や発見が可能なようだ。ところで、古墳の被葬者は生前に、自分が眠る古墳の頂上に立って、四方八方を見渡したのだろうか。
Marudukayama_kofun_120821

2012年8月29日 (水)

日々農天気(愛しきもの 道具達);刃が根本から折れた鋼付ステンレス刃ねじり鎌

2012年8月29日水曜日
昨日は晴れ。ざっそう句:吉吉と バッタ触れ飛ぶ 日照り畑。最高気温(℃)  35.7  15:17。猛暑日だが、少し雲が厚い。朝飯前に灌水と草退治。ついに、灌水を続けているセルリも元気がなくなってきた。葉先が黄変を始めている。株の周囲に刈った草をマルチ材として敷いた。自家採取用に残したオクラの房を収穫してしまった。ポリヒモで目印を追加。桔梗の苗に蕾が付いてきた。草退治には三角ホーを使っている。大きな草を相手にステンレス刃ねじり鎌を力任せに使ったら付け根の所で折れてしまった。

2012年8月28日の天気(AMEDAS)

TAVE= 29.1
TMAX= 35.4 最高気温(℃)  35.7  15:17
TMIN= 24.4 最低気温(℃)  24.1  04:54
DIFF= 11
WMAX= 4.1 最大瞬間風速(m/s)(風向(16方位))  8.8(東南東)  15:52
SUNS= 9.6
RAIN= 0

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日々農天気(愛しきもの 道具達):刃が根本から折れた鋼付ステンレス刃ねじり鎌

刃物は切れ味が命。接木用のナイフは良く研いでから使う。雑草の場合、それほど気合いを入れない。研がずに使えて、そこそこの切れ味が欲しい。そんな訳で、値段はやや高いが、鋼付ステンレス刃のねじり鎌を使っていた。ある時、このねじり鎌で、大きな株になった雑草を切り倒そうと、力一杯引っ張ったら、刃の付け根がぽろりと折れてしまった。

破断面を調べて見ると、黒っぽい部分と白っぽい部分がある。なぜ折れたのか確定できないが、破壊限界以上の力が加わった事は否定できない。この、ねじり鎌の刃と柄の接合を、溶接で行っていると仮定すると、白っぽい部分は合金層となり、ここで強度が保持されたのではないかと思った。黒っぽい部分は、溶接が不完全な部分に見える。ステンレスは半田付けが困難で、特殊な半田付けを行うので、溶接も鉄以上の技術が必要なのではないかと思う。

ステンレス協会の「ステンレス溶接の施工方法とその後の手入れについて」という記事(http://www.jssa.gr.jp/contents/faq-article/q11/)によれば、「SUS304に代表されるオーステナイト系ステンレスでは、550~850℃の温度域においてクロムが結晶粒界で炭化物を形成し耐食性が減少する場合があります。」とある。破損したねじり鎌の素材や製造法は不明だが、破断面の黒っぽい部分は、炭化物が残留して、強度が落ちたのだろうかと思った。

「ステンレス鋼。http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B9%E3%83%86%E3%83%B3%E3%83%AC%E3%82%B9%E9%8B%BC#.E5.8F.96.E3.82.8A.E6.89.B1.E3.81.84.E4.B8.8A.E3.81.AE.E6.B3.A8.E6.84.8F。(最終更新 2012年7月11日 (水) 08:23 )」『フリー百科事典ウィキペディア日本語版』(http://ja.wikipedia.org/)。の記事に「ステンレス鋼(ステンレスこう、Stainless steel)は、さびにくくするためにクロムやニッケルを含ませた合金鋼である。「ステンレススチール」や「不銹鋼」(ふしゅうこう)、「ステンレス」、または「ステン」などと呼ばれる。JISにおいて主に「SUS」の略号が付けられる事から「サス」とも呼ばれる。」

原子力発電所の原子炉の圧力容器、格納容器は、高温、高圧、高湿度等々の過酷な条件下で使用される。そのため、ステンレス鋼や特殊の材料が多用されるようだ。システムが崩壊する場合は、そのシステムの中で、最も弱い部分が最初に影響を受ける場合が多い。大きなシステムを、均質な信頼性レベルに保つのは難しい。ステンレス鋼も錆に強いという利点だけでなく、欠点もあるようだ(WIKIPEDIA「ステンレス鋼」の「取り扱い上の注意」の項)。Googleで「ステンレス鋼 原子炉 信頼性」の3キーワード検索を行うと「約 65,000 件 (0.19 秒)」のヒット数がある。

Google検索のTOP記事は以下。
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[PDF] 
平成15年度 原子力用ステンレス鋼の耐応力腐食割れ実証に関する報告書www.jnes.go.jp/content/000005439.pdf類似ページ
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ファイルタイプ: PDF/Adobe Acrobat
原子力用ステンレス鋼の耐応力腐食割れ実証事業は、炉心シュラウド及び原子炉再循環系配管. (以下、「PLR 配管」という。)に使用されている低炭素系ステンレス鋼を対象に、民間の SCC き. 裂進展データの妥当性・信頼性の確認及び信頼性の高い SCC き ...
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原子炉の容器、配管等は、超音波等により診断され、ある水準に維持されていると伝えられているが、品質の経時変化・劣化は刻々と進んでいるのが科学的知見だろう。見落された欠陥が引き金となり、破断というカタストロフィーに到ることもあり得る事だろう。福島第一原子力発電所の放射性物質拡散事故を振り返る時、いつもこの原発の経時劣化を思い出す。維持管理により、原発はいつも新品だというような主張にも胡散臭さを感じる。

河北新報は、「福島・18歳以下の36%甲状腺にしこり 他地域と比較調査。http://www.kahoku.co.jp/news/2012/08/20120828t63029.htm。(2012年08月28日火曜日)」というタイトルで、「政府は27日までに、福島県以外の全国3カ所で、18歳以下の4500人を対象に甲状腺超音波検査の実施を決めた。東京電力福島第1原発事故を受け、福島県内の18歳以下の子どもを対象に行っている検査では約36%の子どもの甲状腺にしこりなどが見つかり、これらが事故による影響かどうかを見極めるためデータを集める。 内閣府原子力被災者生活支援チーム医療班は「良性のしこりは健康な人にもよく見られるものだが、疫学的な調査がこれまでにない。福島県からできるだけ遠く、放射線の影響がない場所で調べる」と話している。」と報じた。

当局の無責任体制により、ついに放射能汚染事故は放射能汚染事件に発展するのではないか。その事件の解決が訴訟になるとすると、訴訟判断が出るまでに、子供は老人になってしまうのではないか。日本とは、こんな惨めな国なのか。折れた鋼付ステンレス刃ねじり鎌の破断面から、意外なものを見てしまったが、河北新報が伝える記事内容は、まさに過失傷害罪に該当するように思われてならない。原子炉の中は誰も覗けない。それを以て科学的判断を避けるのは科学の真理否定に通じるのではないか。河北新報が報じる当局の反応はまさに責任逃れ、時間稼ぎの対応にしか見えない。
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2012年8月28日 (火)

日々農天気(農園の風景):中国みやげの豆に蕾か?

2012年8月28日火曜日
昨日は晴れ。ざっそう句:人送る 真澄の空に 赤トンボ。最高気温(℃) 36.6 15:06 。猛暑日が続く。朝は透き通るような晴天。空を見上げると赤トンボが飛んでいた。朝飯前に灌水と草退治。タアサイの種まき。とりあえず、雑草を片づけたスペースに実験的に少しだけ蒔いた。冬野菜なので徒長しないタイミングで蒔く事と注意書きがある。午後葬儀。帰路遠方の空に積乱雲が見えたが雨とは無縁。

2012年8月27日の天気(AMEDAS)

TAVE= 29.7
TMAX= 35.6 最高気温(℃) 36.6 15:06 
TMIN= 24.4 最低気温(℃) 24.2 05:22 
DIFF= 11.2
WMAX= 4.2 最大瞬間風速(m/s)(風向(16方位)) 8.3(南東) 17:55 
SUNS= 12.1
RAIN= 0

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日々農天気(農園の風景):中国みやげの豆に蕾か?

竹の支柱に上らせた中国みやげの豆の木は、何度かすべり落ちたりしたが、そのつどはい上がったり、側枝を出したりと元気良く育っている。下方で横に伸びた枝は、作物の障害にになるので剪定した。側枝は茎と葉の間から出てくる。なぜか、その部分には蟻が集まっている。細胞分裂が最も盛んに行われている部分で、そこから蜜でも分泌するのか。先日、覗いたら、側枝ではなく、蕾らしいものが出ていた。側枝を出している場合は、まだ成長するという合図だろう。蕾を出すという事は生長から、生殖への機能転換で、植物としては、新しい段階に進む。

「フロリゲン。http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%95%E3%83%AD%E3%83%AA%E3%82%B2%E3%83%B3。(最終更新 2012年5月31日 (木) 05:13 )」『フリー百科事典ウィキペディア日本語版』(http://ja.wikipedia.org/)。の記事に「フロリゲン(florigen)とは植物において花芽形成を誘導するシグナル物質として提唱された植物ホルモン(様物質)である。別名花成ホルモン(かせいホルモン)ともいわれる。1936年に提唱されてから2007年に至るまで約70年間その存在が確認されていなかったことから幻の植物ホルモンともいわれていた[1]。~ 花芽形成機構 [編集] FT(FLOWERING LOCUS T)遺伝子とは1999年に京都大学の荒木らによってシロイヌナズナで発見された遺伝子であり[5]、フロリゲンの候補として最も有力であった。2005年にはFT遺伝子と相互作用するFD(FLOWERING LOCUS D)遺伝子が新たに京都大学の荒木らによって発見され[6]、FT遺伝子が花芽形成において重要な役割を示すことが確認された。 これまでの研究結果によると、花成のメカニズムは以下の通りである。~したがって、フロリゲンの伝達と花芽形成の誘導は、植物の昼/夜の認識と植物の体内時計に依存している[10]。」とある。

なぜ、蕾ができて花が咲くのかという疑問は、ようやくバイテクの進歩で解明されてきた。疑問は、単純なほど基本的で、それを解明すれば、ノーベル賞級の発見・発明にも通じる。どうも、そういう疑問を出すのを遠慮してしまうのが、日本人の美徳のように思われているがどうだろうか。夏休みの期間は地域の事情により決まっているようだ(http://www.kirei40.info/archives/cat_4/post_155/)。この時期、NHKの子供科学相談を聞くのも楽しい。気になるのは、回答者が質問者に、分かったかネとしきりに、自分の回答への反応を求めている事だ。これじゃあ、まともに「分かりません」と言えなくなるのではないか。疑問を出して、質問する事から科学への関心が芽生える。そこで、分かったつもりにさせただけでは、科学への関心の芽は育たないのではないか。分からない者にも、本当のバカから将来の天才までいるのだ。子供達よ、本当の極限的な質問は「分からない」という回答が正解だ。自信を持って分からないと言え。先生をうんと困らせよ。
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2012年8月27日 (月)

読みかじりの記:「日の丸 半導体は 死なず 黄金の80年代の復活か?」 泉谷 渉 著(2007年 株式会社 光文社)

2012年8月27日月曜日
昨日は晴れ。雑木の歌:電気料 防災の日が 値上げ日だ 死に体東電 腹黒反撃。最高気温(℃) 36.5 14:30 。相変わらずの猛暑日。苗に灌水。背が高いヒユや雑草を刈る。昼は宅内。スーパークールビズで扇風機無しで過ごす。先日も、そんなスタイルで古本を流し読み。読むと言うより、何か救いになる言葉を探しているが如きありさま。大企業の業績不振も社名を代えたり、リストラをすれば良いという風な、経営者の安直な行動に無性に腹が立つ。大企業と言えども、その創業時点は、創業者も従業員も出資者も同志的な理想で結ばれていたから、その後の成長が可能になったのではないか。創業の原点を見直せ。

2012年8月26日の天気(AMEDAS)

TAVE= 29.8
TMAX= 35.5 最高気温(℃) 36.5 14:30
TMIN= 24.7 最低気温(℃) 24.4 05:21
DIFF= 10.8
WMAX= 4.9 最大瞬間風速(m/s)(風向(16方位)) 8.6(東南東) 19:01
SUNS= 11.7
RAIN= 0

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「防災の日。http://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%98%B2%E7%81%BD%E3%81%AE%E6%97%A5(最終更新 2012年3月10日 (土) 17:23)」『フリー百科事典ウィキペディア日本語版』(http://ja.wikipedia.org/)。の記事に「「防災の日」は、1960年(昭和35年)に、内閣の閣議了解により制定された。9月1日の日付は、1923年(大正12年)9月1日に発生した関東大震災にちなんだものである。」とある。いよいよ、東京電力の電気料金の値上げが実施される。その実施日が何となく意味深長だ。値上げなど、きれいな言葉で取り繕うだけで良いのだ。東京電力には値上げの権利がある。そんな声が復活するような恐ろしさを予言する値上げだ。今後は消費税も値上げとなる。年金生活者には厳しくつらい未来しか見えない。

読みかじりの記:「日の丸 半導体は 死なず 黄金の80年代の復活か?」 泉谷 渉 著(2007年 株式会社 光文社)

本書が出版されてから既に5年経過している。この間の日本の状況を振り返ると、日本の基礎構造が音を立てて崩れて行く過程にあると痛感する。終戦後の十数年を除く、ここに至るまでの、昭和後半と平成前半の半世紀余が、「昭平元禄」時代のように思えてしまう。竜宮城へ行って、遊び惚けて、腹一杯うまい物を食べ、それではと、生まれ故郷へ帰ろうかとした時は、時既に遅かった。引き返すべき所を失っていたのではないか。

本書出版の年の出来事は、「2007年の日本。http://ja.wikipedia.org/wiki/2007%E5%B9%B4%E3%81%AE%E6%97%A5%E6%9C%AC=。」『フリー百科事典ウィキペディア日本語版』(http://ja.wikipedia.org/)。の記事を参照。

共同通信は、「2007年10大ニュース。http://www.kyodonews.jp/feature/top10/2007topnews.html
」として、「国内ニュース:【1位】参院選で自民党が歴史的惨敗、【2位】安倍首相が突然退陣。後任に福田氏、【3位】「消えた年金」で社保庁に怒り沸騰、【4位】防衛装備疑惑で守屋前防衛次官を逮捕、【5位】止まらぬ食品偽装 「食」の安全・信頼大きく揺らぐ、【6位】「政治とカネ」問題。松岡農相が自殺、【7位】能登、中越沖地震で原発の安全性に疑問、【8位】テロ特措法期限切れ。海自が撤収、【9位】憲法改正手続きを定めた国民投票法成立、【10位】伊藤一長長崎市長が射殺される」と報じた。

著者は、当時半導体の現場に30年という、キャリアをベースに、上記のような状況の中で、本書を出版したが、日本の半導体よ、「黄金の80年代の復活」も夢ではないぞと意気込み、エールを込めて本書を書いたように感じる。しかし、没落しつつある、日本の半導体産業に、幾重もの不安を抱いているのもよく分かる。言い換えれば、問題点は大筋分かるが、打つ手が見えないのだ。そういう点からは、著者が法学部政治学部出身という部分を表に出して、現実に切り込んでいたらと思う所もある。政治の無為無策も甚だしい。半導体ほど浮沈の激しい業界は、政治家にとって利権の対象にならないというような発想をうち砕いて貰いたいものだ。利権どころか、国家の存亡を左右する産業なのだ。原発のセールスマンよりトランジスタのセールスマンの方がよっぽど日本の精神を世界に高揚するのではないか。

振り返ると、半導体事業は、利益も大きいがリスクも更に大きいという、経営者にとっては、安心して御しがたい事業なのだ。それも、終戦後急激に立ち上がって来た、科学技術に立脚している事業分野だ。半導体という個体電子素子の重要性に気づいたのは米国である。戦前までは、電圧の増幅作用等を実現する能動素子は真空管が主力であり、真空管は機械的構造で、その能動機能を実現していた。また、金属を加熱して、熱電子を放出させるため、ヒーターが必要だった。構造が複雑で、信頼性が乏しかった。機械的な振動が大きいと使えないという事は、移動機器には致命的だ。動作をさせるための大型の電源や電池が必要になる。ノーベル賞に輝いたトランジスタの発明も、個体電子素子が必要だという背景を理解しないとその展開が見えてこない。

日本の半導体事業は、基本的には企業内の部品調達機能から大きく脱皮できず、世界を相手にした部品供給事業という経営視点が最初から無かったに等しい。一方、世界の半導体供給業者は、世界戦略を視野に入れ、事業展開をはかった。ほとんどが、半導体専業メーカーだから、その事業一本に全てを賭けた。そこに、経営判断や経営行動に差が出ない方がおかしいのだろう。半導体の設計、製造、販売も、色々な形態がとられ、リスク分散、利益確保のビジネススタイルも激変しつつ進歩した。日本の半導体がその流れに乗れなかった事を著者も指摘している。

今日の、携帯、スマホ等は移動用電子機器で、歴史的に見ると、まさに真空管の欠点を克服できたという技術的背景の上に成り立っている。また、米国では、トランジスタを民生用に使うという発想は少なく、先ず軍事用が優先したようだ。日本は、まだアメリカで、トランジスタの民生利用の重要さに気づかない時に、アメリカからトランジスタの技術導入できた所に、今日の半導体産業の原点があるだろう。

日本の大企業は、かなり広い分野の事業を抱えている。そういう、経営者の人材も、たたき上げ、調整型が多く、経営層まで上り詰めても、その地位に要求される職能を十分発揮できる保証もない。経営層に、具体的な職能すら定義されていない企業も多かったのではないか。既存の仕事を、得意な順や地位の順に分け合った程度ではないか。結局、リスクの大きい半導体事業に真剣に取り組む組織・体制づくりで日本は後発組に負けたのではないか。本書でも述べているように、経営者としては、いくつかの選択枝を持つわけだから、当面利益が出たり、問題がなさそうな事業を推進すると宣言するだけ、無事退職して、役員報酬を間違いなく貰う方が優先してしまうのではないか。当今の日本の経営者は、常に逃げの一手を考えている。背水の陣等は無関係なのだ。そのような、疫病は、日本のあらゆる組織に蔓延している。

半導体部門でいくら頑張っても、所詮総合企業の本流ではない。そんな体制で何ができるのだろうか。一時でも、企業の業績を引っ張った半導体部門の経営者が、企業のトップまで上り詰めた例が日本にはあっただろうか。失敗して、放り出された例は枚挙できないほどあるだろうが。そうう点では、アメリカ流の企業売却、分離独立等により、経営陣と経営環境を一新して、事業に挑戦させた方がより大きな成果がでるように思われる。

本書の出版以来、5年を経て、状況が大きく代わった。WEBで著者を検索したら、セミコンポータルに記事を見つけた。同サイトの「泉谷渉の視点 」は、「エルピーダ破綻に盛者必衰の理~88年「DRAM戦線は日本圧勝、世界シェア9割」
https://www.semiconportal.com/archive/blog/insiders/izumiya/120807-investment.html(2012年3月 5日)」というタイトルで、「~圧勝に圧勝を重ねたニッポン半導体の旗印であったDRAMは、23年の歳月を経てついにエルピーダ破綻というところに行き着いてしまった。~」と感慨深く述べている。

更に、同サイトで「日本の電機再編は意味あるか~ルネサス/NECエレの経営統合がもたらすもの~https://www.semiconportal.com/archive/blog/insiders/izumiya/nec-1.html?print
(2009年4月20日)」の記事に、「ところで、今回の経営統合劇を見て感じさせられたのは、日本の業界再編において、東芝と日立が組むと言うことは絶対にないということだ。同じくNECと富士通が組むこともあり得ない。さらに言えばソニーとパナソニックが連合軍を組むことは100年たってもないだろう。このことを前提に考えれば、日本の電機業界の再編は、すごく簡単な図式だと思えてならない。」と述べている。

半導体ビジネスで独走するためには、最先端技術、シェア、供給力、コストで第二位以下を寄せ付けなければよい。世界需要といえども、生産能力が上がれば、数社だけで間に合うのが現代だ。DRAMのような汎用品市場で生き残りを賭けて熾烈な勝負をするというモデルはすでに日本では破綻した。著者が提唱しているのは、その後の日本半導体ビジネスのあり方は、弱者連合のニッチビジネスのように見える。

日本経済新聞は、「ソニーとパナソニック、有機ELパネル共同開発で合意。http://www.nikkei.com/article/DGXNASFL250D6_V20C12A6000000/。;url=(2012/6/25 16:04 )」というタイトルで、「ソニーとパナソニックは25日、テレビや大型ディスプレー向けの有機EL(エレクトロ・ルミネッセンス)パネルとモジュールを共同で開発する契約を結んだと発表した。両社がそれぞれ得意とする技術を持ち寄り、開発期間を短縮しコストを削減する。高性能で安価な製品を開発し、有機ELで先行する韓国勢を追撃する構えだ。2013年末までに量産技術の確立を目指す。」と報じた。

歴史を振り返ると、マルチメディア、インターネット、パソコン云々と次々に新しい技術や企業が生まれてきたように見えるが、所詮テレビと電話と電卓の延長に過ぎなかった。スマートフォン云々と世間で騒がれているが、自分には電子手帳や携帯のあいの子程度にしか見えない。その分野を得意とした日本のメーカーが、ガラパゴス時代にあらゆる関連特許を押さえていたら、今左うちわだったのではないか。事業で真剣勝負する場面は、そのような便利で、使って楽しい現場にしかないのではないか。本書は、出版当時に日本の半導体に寄せる著者渾身のエールともとれる。

その数年後に、著者が、ほとんどあり得ない(ソニーとパナソニックが連合軍を組むこと)と述べた事態が、現実に起こっている。それも、永遠の映像商品のキーデバイスとなる表示デバイスの分野だ。この分野は、絶対に他社の傘下になるまいと面子をかけて開発し、その品質を守る努力もしてきた分野だ。万一、これが、苦し紛れに行われた見せかけだけの敗者連合で、さしたる成果が出ない結果に終われば、まさに日本に蔓延している疫病の深刻さをまざまざと見せつけてくれる事になるだろう。更に、両社にとって致命的な評価を受けかねない結果も招く可能性もある。もう後がない。水と油のような性格という両社の長所を生かし、日の丸会社PANYが生まれても少しもおかしくない段階まで来ているのか。

2012年8月26日 (日)

日々農天気:連日の乾燥で萎えてきた里芋

2012年8月26日日曜日
昨日は晴れ。雑木の歌:草掻けば 砂埃立ち 日々日照る 葉茎萎えて 哀れ里芋。最高気温(℃) 36.6 15:56。猛暑日。ヒユの背丈が急に伸びたように感じる。開花・結実して種子を遠方まで飛ばすには背丈を伸ばすのが最適な戦略だなと思う。この猛暑続きの中で最後の踏ん張りをかけているようで、お主やるなと感心する。それを許すと、こちらの負け。鎌で、花を付けている茎の上部を切り倒す。根は張りすぎて最早引き抜くのも大変。切った茎は、マルチ材として雑草の上に被せる。この暑さにもめげず、ヒユは続々と芽を出している。

2012年8月25日の天気(AMEDAS)

TAVE= 29.9
TMAX= 35.6 最高気温(℃) 36.6 15:56
TMIN= 24.5 最低気温(℃) 23.6 04:37
DIFF= 11.1
WMAX= 3.6 最大瞬間風速(m/s)(風向(16方位)) 7.5(東南東) 19:45
SUNS= 11.8
RAIN= 0

Q
Q

日々農天気:連日の乾燥で萎えてきた里芋

里芋の種芋を植えるときの間隔が分からなかった。雑草対策を考えて狭目の間隔にした。近所のおばさんが、それを見てちょっと狭いネと指導コメント。多分、経験で植える間隔を知っているのだろう。土寄せを2回したが、寄せる土が確保出来ないので、垂直方向に土を掘る。水分保持の点からは、高畝にしたのと同じような効果になり、乾燥しすぎの今となっては、最初の間隔の決定から、株が弱る原因を引き継いでいる事になった。露地栽培の場合、あらかじめ全ての条件を決める事ができない。リスクは大きいが、施設園芸程のコストはかからない。

最近の上毛新聞に「サトイモの花」が咲いたという記事が出た。WIKIPEDIAによると、サトイモは「マレー地方が原産と言われる。」とある。相当古い時代に日本に渡来したのだろうが、外来種には違いない。イモは大量の貯蔵が難しい。種芋から収穫できる量も限られている。その点、米は貯蔵が出来て、一粒から収穫できる量が多い。食料をイモに頼っている文化圏は、貧富の差が少ないという記事を何かの本で読んだ記憶がある。米は貯蔵ができるので、たくさん貯めるとそれが財力に転換した。米は、通貨としての機能を果たせたので、その栽培はイモ以上に真剣に行われた。江戸時代の大名の格付けがXX石と表されたのはその名残といえるだろう。今日では、年収XX円という表現になるだろうが、その額を保証する物質的な裏付けは無くなっている。通貨は実体のないヴァーチャルな機能に過ぎなくなった。母からは、おまえはイモで育ったのだとよく言われた。主食では無いが、イモは主食に代わるエネルギー源としての役割は果たしていたようだ。日本の文化の中に、イモが依然残っているのは、米だけに頼っては、万一の時不安だという、救荒作物としての役割を伝えているようにも思える。
Satoimo_120819

2012年8月25日 (土)

輪廻のトンネル:三代目のメダカを見る

2012年8月25日土曜日
昨日は晴れ。ざっそう句:布袋草 子メダカの子 ベビーバス。最高気温(℃) 36.6 14:22 。猛暑日。気象庁の季節予報(http://www.jma.go.jp/jp/longfcst/)では、この暑さ9月まで続きそうだ。朝飯前、灌水、サツマ畑草取り、カラシナの種まき。種子はアブラナより一回り小さく黄土色。土を10㎝ほど掘っても、水分は少なく、白っぽい。小分けにして蒔く。午後、用事外出。昨年もらったメダカの手入れはほとんどしていない。水温調整のため布袋草一株を買って容器に入れたのが増えて、花が咲いた。

2012年8月24日の天気(AMEDAS)

TAVE= 29.8
TMAX= 35.5 最高気温(℃) 36.6 14:22
TMIN= 24.5 最低気温(℃) 24.0 04:46
DIFF= 11
WMAX= 3.6 最大瞬間風速(m/s)(風向(16方位)) 7.8(南東) 15:04
SUNS= 12.1
RAIN= 0


Q

輪廻のトンネル:三代目のメダカを見る

布袋草(ホテイアオイ)は外来種との事だ。湖沼に異常繁殖すると害草になるだろう。買った一株は、親メダカの容器に入れた。株が枝分かれしたので、子メダカのベビーバスに分けた。親メダカの容器は日射が多いところ、ベビーバスは日射が少ないところに置いてある。ホテイアオイが咲いた順は日射量の多い順だった。たまたま、ベビーバスのホテイアオイをデジカメに納めたのだが、小さなメダカが泳いでいるのに気づいた。三代目の孫メダカ誕生だ。餌も、気づいた時にひとつまみ与える程度。ホテイアオイは、水中の養分を吸収して、水質浄化をしているようだ。ホテイアオイはメダカに隠れ家と産卵場、育児場(子メダカの生育環境)も与えたようだ。ともかく、動物、植物の循環過程の一部が、観察できた。

47NEWSは、「赤城大沼でワカサギ試し釣り セシウム濃度は来週判明。http://www.raijin.com/ns/1113454640647742/news.html。(更新日時:2012年8月21日(火) AM 07:00
)」というタイトルで、「赤城大沼(前橋市)のワカサギのボート釣り解禁(9月1日)に向けて20日、赤城大沼漁協や県、前橋市の20人が試し釣り、午前中2時間で約180匹釣り上げた。  ワカサギは検体として放射性セシウムの濃度を検査。結果は来週中に判明する。食品の新基準値(1キログラム当たり100ベクレル)を上回っても、漁協が回収することを条件に「釣りのみ解禁」とする。 」と報じた。

自然環境の中に放出された、福島原発事故由来の放射性物質も、もはや、自然の循環の中を駆けめぐる存在となり、完全な管理状態に置くことは出来なくなった。地形、動植物、気象等々、人間の管理できない環境の中を巡るのだ。濃縮に適した条件が整えば、赤城大沼のような事態は、いつでもどこでも起こりうるのではないか。ワカサギを釣る楽しみだけでは物足りない。食べる楽しみが戻るのは何時になるのか。
Hoteimedaka_120824

2012年8月24日 (金)

日々農天気(農園の風景(2)):発芽率数%の小豆も育っている

2012年8月24日金曜日
昨日は晴れ。ざっそう句:盆ゴザや 薄着の朝に 処暑の風。最低気温(℃) 24.7 05:09。最高気温(℃) 36.7 14:47 。辛うじて熱帯夜は脱した。薄着のまま、うちわをパタパタさせながら、冊子を読むが、いつの間にか寝付いていた。昨日は処暑。残暑も少しずつ弱まっているようだ。暑さ対策で盆ゴザを敷いている。い草の香りが心地よい。朝飯前に灌水、ミニトマトの手入れと収穫。その後は用事外出。側枝を挿し木して育てたミニトマトの株が実を付けている。手入れをしていないので、無農薬、無肥料、無手入れ。それでも、実は少々付けている。福岡正信氏の「わら一本の革命」に感銘を受けたが、自然農法はもっと奥が深そうだ。WIKIPEDIAの「福岡正信」の記事(http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%A6%8F%E5%B2%A1%E6%AD%A3%E4%BF%A1)。

2012年8月23日の天気

TAVE= 30.4
TMAX= 35.9 最高気温(℃) 36.7 14:47
TMIN= 25.5 最低気温(℃) 24.7 05:09
DIFF= 10.4
WMAX= 4.1 最大瞬間風速(m/s)(風向(16方位)) 7.6(南南東) 14:26
SUNS= 9.5
RAIN= 0

Q
Q

日々農天気(農園の風景(2)):発芽率数%の小豆も育っている

来歴不明の種子を蒔くのも、色々なリスクがある。食用にもらった小豆を種として蒔いた。一列に20~30粒ほど。発芽したのは数本。従って、おおざっぱだが発芽率は一桁台。そのままでは、雑草に埋もれてしまうので、移植して群落を形成させた。雑草の群に対抗するには群を作るのも良さそうだ。作物の群の中で、雑草が少数派なら、群とした作物は雑草に負けない。まさに、囲碁の陣取り合戦とも類似する論理が植物の世界でも成り立っているようだ。管理も、個別管理から群の管理として行える。

成長中の、小豆の株を観察すると、一度に開花するのではなく、開花、莢の伸張・肥大が連続的に行われているようだ。また、丹波の黒豆のような酷い虫害は受けていないようだ。条件が良ければ、開花結実のサイクルが連続するのか。ともかく、今年収穫した種子は、来年蒔く種子として使えるだろう。

飢饉の歴史を調べると、飢饉の年には、米穀の種子まで食べ尽くして、翌年蒔く種子に事欠いた例が多いようだ。しかし、翌年蒔く種子を創意工夫と我慢で残して、飢饉に供えた先覚者の事例も知られている。

最近、ある用件で橋田友治 /著 (出版者 伊勢崎郷土文化協会 )「伊勢崎の史談」(出版年1989.3 )を調べた。その時「上植木郷倉の立替」という記事があったのを目にした。当地区にも「郷倉」があったことを再認識した。その場所は不詳。その記事によると、郷倉の立替は、1745年(タテ4間ヨコ2.5間)、1798年(タテ6間ヨコ2.5間)、1830年(広さ不詳)に行われている。その年代間隔は53年、32年で、大破や毀損が原因のようだ。郷倉の立て直しを連続して行っていると言うことは、郷倉が、機能している事を示しているだろう。貯蔵されたコメ(籾?)は食料としてか、種子としてか。1798年には郷倉の面積も拡大している。この郷倉の大きさから見ると、飢饉の時の食料蓄備というより、各戸保管している翌年用の種子まで食べ尽くしてしまうリスクに対応したのが主たる目的のように思える。郷倉の面積拡大は、米の作付け面積の拡大も反映しているのではないか。ともかく、種子を手元に確保するのはあらゆるビジネスの基本だろう。
Azuki_hatake_120811

2012年8月23日 (木)

技術 回顧と展望:10年前20万円もした512Mメモリーは現在ゴミ同然?

2012年8月23日木曜日
昨日は晴れ。ざっそう句:命かけ 仕上げに入る 秋の虫。最高気温(℃) 36.6 14:54 。猛暑日が連続中。朝飯前に灌水と草むしり。葉牡丹のポットを見ると3日目に発芽している。自家採取のダイコンも発芽。楽しみが増えた。日中は宅内で懸案のパソコンのメモリー増設。なんとか順調に動いているが、体感的な性能向上の確認はこれからだ。たまたま見た、10年前の512Mの純正品DDR SDRAMの価格が、なんと20万円だった。

2012年8月22日の天気

TAVE= 29.8
TMAX= 35.8 最高気温(℃) 36.6 14:54
TMIN= 24.4 最低気温(℃) 23.8 04:56
DIFF= 11.4
WMAX= 3.8 最大瞬間風速(m/s)(風向(16方位)) 8.0(東南東) 17:29
SUNS= 10.8
RAIN= 0

Q
Q

技術 回顧と展望:10年前20万円もした512Mメモリーは現在ゴミ同然?

WIKIPEDIAによると、WIN XPは、「リリース日 2001年10月25日 (OEM)、2001年11月16日(リテール)」との事。今年で、11年目になる。

OS毎のシェアを調べると、「Windows 7が成長、Mountain Lionも登場 - 7月デスクトップOSシェア
後藤大地 http://news.mynavi.jp/news/2012/08/03/016/ [2012/08/03]」という記事があった。
それによると、
「順位 バージョン別OS シェア 推移 備考
1 Windows XP 42.86% ↓ 下落傾向
2 Windows 7 41.59% ↑ 強く成長傾向
3 Windows Vista 6.60% ↓ 減少傾向
4 Mac OS X 10.7 3.27% ↑ 成長傾向
5 Mac OS X 10.6 2.48% ↓ 減少傾向
6 Linux 1.02% - 
7 Mac OS X 10.5 0.73% - 
8 Mac OS X 10.8 0.28% ↑ 成長傾向 」となっている。

マイクロソフトはXPを切り捨てようと躍起になっているが、その思惑通りに進むか注目だ。マイクロソフトはビジネス判断で、XPを延長してきた。見方を変えれば、マイクロソフトとて、稼ぎの良いXPを切り捨てできなかった。強引に切り捨てた場合、ユーザの動きはどうなるか。パソコンを止めて、スマホに向かってしまうのではないか。

自分が、XPを使い始めたのが丁度昨年から。十年遅れのSLOWパソコンライフだが、大した不満はない。余り期待もしていないので。アプリもOSも外見に資源をかけすぎているように見える。所詮パソコンが行っている事は、十年前も二十年前も余り変わっていない。

今回、「10年前20万円もした512Mメモリー」の価格を知ってびっくりした。自動車一台分程度の金額をパソコンにつぎ込んだ人も多いと思う。パソコンメーカーは、元々純正品は売りたがっていないようで、出来るだけ売らないような値付けをしているように見える。本体を売る以上、その周辺装置や部品の在庫は必要だ。デッドストックになっても赤字を出さない程度の数と値段を設定しているようだ。ともかく、そういう傾向があるから、何とかサードパーティもメシを食える。

今回、差し替えた512M DRR SDRAMは二枚ともノーブランド品。一枚はSAMUSUNGのチップを使用、もう一枚はチップメーカーも不詳。追い出された、256MのDRR SDRAMはマイクロン製であった。

「エルピーダメモリ。http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A8%E3%83%AB%E3%83%94%E3%83%BC%E3%83%80%E3%83%A1%E3%83%A2%E3%83%AA。(最終更新 2012年8月11日 (土) 02:21 )」『フリー百科事典ウィキペディア日本語版』(http://ja.wikipedia.org/)。の記事に「エルピーダメモリ株式会社(英訳名:Elpida Memory, Inc.)は、東京都中央区に本社を置くDRAMの開発・設計、製造、販売及び半導体製品のファンダリー受託を事業内容とする会社。日本における唯一のDRAM(ダイナミック・ランダム・アクセス・メモリー)専業メーカー。 日立製作所と日本電気のDRAM事業部門の統合により設立されたNEC日立メモリが前身。現在の日立製作所と日本電気の出資比率はそれぞれ9.87%と5.97%(2008年(平成20年)3月26日現在)[1]。DRAMのうち、価格変動が激しいパソコン用については、大半のDRAM製品の生産を、台湾の力晶半導体(Powerchip)社や中国の中芯国際(SMIC)社に委託している。マイクロン・テクノロジーが約2000億円で買収し、今後の設備投資などを含めた支援総額は約3000億円となる見通し。DRAMのシェアは約25%となる。」とある。

台湾の力晶半導体(Powerchip)社の工場。http://www.psc.com.tw/english/about/company_2.html
中芯国際(SMIC)社の工場。http://www.smics.com/eng/foundry/fab_info.php

競争が最も激しい分野が標準品の世界。すべての能力が試される。その点はオリンピックと同じだ。パソコンやメモリーという部品が最早、日本メーカーにとって稼ぎ頭どころか、金遣いだけが荒く、利益を出さない道楽息子になってしまったという事か。10年前20万円もした512Mメモリーの輝きを眩しく感じる。

2012年8月22日 (水)

会社生活断面記(愛しきもの 道具達):運良く雑草の海に無くしたセンテイバサミを発見

2012年8月22日水曜日
昨日は晴れ。ざっそう句:コンビニへ 三度通って 一仕事。最高気温(℃) 36.6 15:57 。連日の猛暑日。朝、コンコンと玄関を叩く音。近所のおばさんが先日のお礼を持ってきて立ち話。翌日、体調を崩して家人等と連絡を取るのが大変だったとか。日中は一人になる。携帯を持たせてもらったらと要らぬ説教。畑で倒れたって誰も来ないよと山の神の声を思い出しつつのたまう。その後、要所のみ灌水。御身大切と手抜き。宅内で整理事。夕刻、自転車で慣れないコンビニ決済に出かける。お客さん、この番号では出ないですよ。?桁の番号を探してください。あった。手帳に控える。コンビニが目の前になって、その手帳を忘れたのに気づき、取りに戻る。ようやく仕事が終わって、今日は良い運動したと前向きに考えた。熟睡中に両足が攣れて脂汗。

2012年8月21日の天気

TAVE= 29.6
TMAX= 35.8 最高気温(℃) 36.6 15:57
TMIN= 23.8 最低気温(℃) 23.8 06:02
DIFF= 12
WMAX= 3.8 最大瞬間風速(m/s)(風向(16方位)) 7.1(東南東) 18:21
SUNS= 12.5
RAIN= 0


会社生活断面記(愛しきもの 道具達):運良く雑草の海に無くしたセンテイバサミを発見

Senteibasami_hakkenn

農作業の時、色々な道具を身につける。その一つがセンテイバサミ。根付け方式で、根付けとしては百均の鈴を付けている。ヒモは緑色のポリヒモ。農業資材は、緑色のものが多い。これが、農作業にとっては保護色のようになって、不便で気に入らない。視認性の高い、黄色やオレンジ色があると助かる。

鈴をベルトにはさんでぶら下げ、必要な時にすぐ取り出せるようにしているのだが、刈払作業中に紛失してしまった。原因は、鈴の大きさがやや小さく、ベルトから外れた。気づいた所で、すぐに動作を辿り、センテイバサミ探しをしたら、運良く雑草の海に沈みかけているのを発見。丁度デジカメも持っていたのでその様子を納めた。

かつて、大阪駐在中、本居宣長記念館(三重県松坂市)を訪問した事がある。そこで、本居宣長が鈴を、こよなく愛していたと紹介されていた事を思い出した。そこで、WIKIPEDIAで調べると、本居宣長と鈴の関係が良く分かる。「鈴コレクター」だったとは初めて知った。

「本居宣長。http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%9C%AC%E5%B1%85%E5%AE%A3%E9%95%B7。(最終更新 2012年8月19日 (日) 14:49 )」『フリー百科事典ウィキペディア日本語版』(http://ja.wikipedia.org/)。の記事に「本居 宣長(もとおり のりなが、1730年6月21日(享保15年5月7日) - 1801年11月5日(享和元年9月29日))は、江戸時代の国学者・文献学者・医師。名は栄貞。通称は、はじめ弥四郎、のち健蔵。号は芝蘭、瞬庵、春庵、自宅の鈴屋(すずのや)[1]にて門人を集め講義をしたことから鈴屋大人(すずのやのうし)と呼ばれた。当時、既に解読不能に陥っていた『古事記』の解読に成功し、『古事記伝』を著した。紀州徳川家に「玉くしげ別本」の中で寛刑主義をすすめた。~鈴コレクターで、駅鈴のレプリカなど珍しいものを多く所有していた。また、自宅に「鈴屋」という屋号もつけている。」とある。

本居宣長がなぜ、それほど鈴を愛したか。学問の研究に疲れた時、鈴の音を聞いて、学問への初心を鼓舞したのだというような解説があったような記憶が残っている。前人未踏の仕事をやり遂げるのは大変な事だ。だれもその意義を理解できない。説明してもまともに受け取ってもらえない。そんな時、自分で鈴を振って、その音を聞いている本居宣長の姿をイメージすると、「鈴屋」という屋号にも納得するのである。

鈴の付いたセンテイバサミを時々使い、その音を聞くのも、ネコの首に付けた鈴のようで、無駄でもないようだ。一人仕事の気晴らしや励みにもなる。我が家では、蛍光灯SW用のヒモの先に、このセンテイバサミと兄弟の鈴を付けている。真っ暗の中で点灯しようと、手探りでヒモを探す時、ここにあるよと音で教えてくれる。これは意外と便利だ。

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  • 橋本 英文: 刃物雑学事典 図解・刃物のすべて(1986年 株式会社 講談社 ブルーバックス B-659)
    刃物という視点で多くの事例が取り上げられている。刃のある道具の理解にも役立つ。類書が少なく貴重な一冊。「すべり変形が切断の原理」という考え方で説明している。
  • 沼田 真   : 植物たちの生( 1972年 岩波新書(青版 833))
    「ご要望にお応えしてアンコール復刊(1988年岩波新書50年記念復刊) 地球生態系の中で自然を見直す」(腰巻きのフレーズ)。植物の知恵と戦略に人類は勝てるのか。
  • 出町 誠: 14_NHK趣味の園芸:よく分かる栽培12ヶ月  カキ(NHK出版2007年)
    初心者向け柿栽培参考書(新版)。旧版と比較すると楽しい。
  • 中村三夫: 13_NHK趣味の園芸:作業12ヶ月  カキ(NHK出版1996年)
    初心者向け柿栽培参考書(旧版)。新版と比較すると楽しい。
  • 山科正平: 12_細胞を読む   電子顕微鏡で見る生命の姿
    細胞はどんな部品からできているのか。そんな疑問に答えてくれる一冊。何事も形を見るのが第一歩。μからÅオーダーの世界で、細胞をメスで解剖するように、電子顕微鏡というメスで解剖して見せてくれるので興味が尽きない。
  • 柳田充弘: 11_細胞から生命が見える
    著者の専門は分子生物学、細胞生物学。普段生物を考えても細胞レベルで止まってしまう。その細胞の中で色々な分子が働いている。細胞こそ生命の基礎だが、その細胞の中の動きを知るのに最適な一冊。疑問の発端はなぜ発根剤が効くのかということ。薬剤が細胞膜を通過して細胞内で分子と分子が作用するイメージができた。本書でできた細胞のイメージは小さな無数の穴が空いた水分が充満したヨーヨーのようなもの。そのヨーヨーの中に分子部品が詰まっている。細胞自体もタライの中のヨーヨーのように浮かんでいる。細胞図面の空白部は真空でなく水分だ。細胞の内外に水がないと細胞は生きられない。水が生命のゆりかごだ!
  • 野口悠紀雄: 10_ホームページにオフィスを作る(2001年 光文社)
    ITが輝いた時代の作品。HPの活用法は参考になる。参考:url=http://www.noguchi.co.jp/(野口悠紀雄 ONLINE)
  • 小池洋男 編著: 09_果樹の接ぎ木・さし木・とり木(農文協:2007/3/31第1刷)
    やや専門的であるが、実務専門化が分担執筆しており、その場で役に立つ一冊。
  • ノーバート・ウィーナー(鎮目恭夫訳): 08_サイバネティックスはいかにして生まれたか(みすず書房1956)
    情報と通信という現代社会に不可欠の基礎的な学問を作った著者の自伝とそれを通した科学史
  • 沼田 真(編): 07_雑草の科学(研成社1979)
    雑草を多面的に解説し防除の基礎も述べる

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