2009年2月 3日 (火)

雑音指数

2009/2/3

雑音指数

高周波トランジスタの特性は主にPOWER GAIN(電力利得) とNOISE FIGURE(雑音指数)

で表される。チューナ用のVHFトランジスタの特性を保証するにはPGとNFを測定する必要

がある。測定周波数が300MHzと高いので測定用ジグの作成と調整が大変であった。回路

形式は分かるが、回路定数は大抵分からない。生産が控えていると理論より実際が優先さ

れざるを得ない。ジグの作成では金属加工の板金屋のような事も何回と行う。ジグが出来て

から調整。データをとってばらつきサンプルで相関を確認する。うまく行かない場合は同じ事

を繰り返してやる。試行錯誤の連続であった。実際の生産工程で選別を始めるとうまく行って

いるのか気になる。調子がおかしいと連絡があると直ぐに協力工場に向かう。生産が安定し

て、協力工場でも技術者が育ち引継ができたところで生産の立ち上げという仕事から解放さ

れる。自分が携わった仕事はデバイスの設計・試作では無かったが、出来たデバイスが使え

るのかの判断と生産、市場導入であった。おかげで、工場や顧客へ出向く機会が多かった。

場合によりクレームの対応もした。幅広い仕事が出来たのは組織が巨大化していなかったこ

ともあった。

2009年2月 2日 (月)

科学用電卓

2009/2/2

科学用電卓

たしか、科学計算用の関数計算機能のついたHPの電卓を買った覚えがあった。関連情報

は以下のURLにある。これを手がかりに振り返ってみる。

http://www.hp.com/hpinfo/abouthp/histnfacts/museum/personalsystems/0023/

最初のモデルはHP-35で1972年に発売されている。35個のキーがあり、計算尺の機能に挑

戦したようだ。このモデルは1975年に販売中止になるまで30万台売れたと述べられてい

る。自分が買ったモデルは磁気テープが付いていてプログラムの記憶が出来たと思う。もう

少し後のモデル化もしれない。ともかく安い商品ではなかった。しかし、技術者の購買意欲を

誘った商品であった。キーのクリック感覚がかなり固く弾力があった。1968年にデスクトップ

コンピュータのHP9100Aを開発して、これを小型化したのが科学用電卓であったようだ。多

分会社で仕事に使ったのがHP9100Aかその後続機ではないかと思う。今日HP社はコンピ

ュータ事業に集中して、測定器関係の事業はAGILENT TECHNOLOGY社に引き継がれて

いる。多分、コンピュータと測定器は売れる数が一桁か二桁は違うであろう。当然市場も異な

る。自分が入社初期に使用したHP 608Eという真空管式の信号発生器は大きく、重くがっし

りしていた。当時の測定器の発熱は並ではなかった。シールド室で数台の測定器に電源を入

れると夏は汗がしたたり、時にはうとうとが始まった。冬は適当な暖房になった。HP社の測定

器とコンピュータとのつき合いのあった技術者はかなり多かったのであろう。

2009年2月 1日 (日)

ベクトルボルトメーター(改題):会社生活断面記:技術 回顧と展望:測定器は技術の原点!090221&171221。

2009/2/1:元版
2017年12月21日(木):改版

ベクトルボルトメーター(改題):会社生活断面記:技術 回顧と展望:測定器は技術の原点!

最近、古い記事やランキングに入った記事の再読をしている。この記事にも読者がいるようで、読みにくさを感じていると思う。そこで、手入れをして読み易くすると共にもう少し中身を充実させたいと思う。

交流理論を学習すると電圧が振幅と位相で表現されるのが理解できる。一般の交流電圧計はこの信号の振幅部だけを測定する。しかし、ベクトルボルトメーターというのは位相も測定できる。従ってメーターが振幅用と位相用の2つあった。

以下は、現役時代、まだトランジスタの測定を、半分いやいやながらさせられていた頃の話である。

実はこういう物を買ったよと上司がにこにこしながらこの測定器の説明をしてくれた。このベクトルボルトメーターにSパラメータテストセットを接続するとSパラメータが測定できた。データの測定がメータで読みとれたのは大きな進歩であった。

当時の、高周波トランジスタのパラメータ測定には、ドイツのローデシュワルツ社のZ-Gダイアグラム?とか、米国G社の通称骸骨と呼んでいたGRブリッジ?これもうろ覚えだが、があり、これらの測定器の原理には、導波管や超短波に関する理論があったようだ。しかし、独特な操作を要し、全然馴染めなかった。トランジスタの足の長さが数ミリ違うだけで、バランスが崩れ、測定値の再現性が乏しかった。内心、こんな仕事は続けたくなかった。

ベクトルボルトメーターには、PLL(PHASE LOCK LOOP)という最新の技術が使われていたらしく、測定も安定して再現性も向上した。しかし、当時の回路設計にはSパラメータよりYパラメータ等が使用されていた。SパラメータからYパラメータへの変換はデスクトップのミニコンピュータを使用した。

今、考えると、会社の現場にベクトルボルトメーターが導入されたのは、小さい事ながら相当な技術革新と思える。

ベクトルボルトメーターとデスクトップコンピュータのメーカーはヒューレットパッカード社であった。下記URLでヒューレットパッカード社はデビッド・パッカードとビル・ヒューレットという二人の技術者が立ち上げたシリコンバレーの最も息の長いIT企業の1つであると紹介されている。http://diamond.jp/series/bizmanager/10036/(リンク切れ)

実験室で最初の頃からお世話になったのがHP社のバルボルとSGであった。S.Jobsの伝記に、HP社から便宜を受けて、コンピュータの世界に足を踏み入れたと知ったのも、まだ数年前の事だ。ソニーもその前進の時代にバルボルを作った事もあるようだ。

HP社には、米国企業の良い面が色々あったようだ。やはり、創業の精神が失われずに受け渡されているのだろう。測定器部門は、HP本体から分離したと思うが、測定器は産業の基礎であり、その基礎を忘れない事が、次なる産業の発展の基礎になるのだと思う。

上司のT氏はコンピュータ事業に移り、自分も集積回路の開発に移り、ディスクリートデバイスの開発から離れた。しかし、Sパラメータからトランジスタのパラメータを抽出するという技術は集積回路のCADで特性をシミュレーションする素子のモデリングに活用されていった。

ともかく、最初にまかれた小さな種もそれを大切に育て次のランナーに引き継ぐことにより大きな事業に成長することに例外は無いであろう。

最近になって、重力波の観測が脚光を浴びている。その原理は単純であるが、測定精度を究極レベルに高める事が必要なようだ。地味だが、測定するという基本の重要性は忘れまい。

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2009/2/1

ベクトルボルトメーター

交流理論を学習すると電圧が振幅と位相で表現されるのが理解できる。一般の交流電圧計

はこの信号の振幅部だけを測定する。しかし、ベクトルボルトメーターというのは位相も測定

できる。従ってメーターが振幅用と位相用の2つあった。実はこういう物を買ったよと上司が

にこにこしながらこの測定器の説明をしてくれた。このベクトルボルトメーターにSパラメータ

テストセットを接続するとSパラメータが測定できた。データの測定がメータで読みとれたのは

大きな進歩であった。PLL(PHASE LOCK LOOP)という最新の技術が使われていたらしく、

測定も安定して再現性も向上した。しかし、当時の回路設計にはSパラメータよりYパラメータ

等が使用されていた。SパラメータからYパラメータへの変換はデスクトップのミニコンピュー

タを使用した。ベクトルボルトメーターとデスクトップコンピュータのメーカーはヒューレットパッ

カード社であった。下記URLでヒューレットパッカード社はデビッド・パッカードとビル・ヒューレ

ットという二人の技術者が立ち上げたシリコンバレーの最も息の長いIT企業の1つであると紹

介されている。http://diamond.jp/series/bizmanager/10036/

実験室で最初の頃からお世話になったのがHP社のバルボルとSGであった。

上司はコンピュータ事業に移り、自分も集積回路の開発に移り、ディスクリートデバイスの開

発から離れた。しかし、Sパラメータからトランジスタのパラメータを抽出するという技術は集

積回路のCADで特性をシミュレーションする素子のモデリングに活用されていった。ともか

く、最初にまかれた小さな種もそれを大切に育て次のランナーに引き継ぐことにより大きな事

業に成長することに例外は無いであろう。

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2009年1月31日 (土)

GR BRIDGE

2009/1/31

GR BRIDGE

これも、高周波トランジスタのパラメータ測定に使用した測定器である。GR BRIDGとは

通称であり、正式名はGeneral Radio Type 1607-A Transfer Function and Immittance

Bridge であったようだ。こちらは、使用経験のある先輩技術者がいて使用方法等を教えて

頂いた。ブリジッジとは未知の測定対象量と既知の比較量をバランスさせて未知の測定対象

量を読みとる装置である。重量を測定する天秤と同じ様な原理である。体重計の0点合わせ

のような初期校正をするため金属棒の長さを調整する。次ぎにDEVICE UNDER TEST(トラ

ンジスタ)を測定ジグに取り付ける。目盛り板を調整してバランスをとる。バランスがとれた時

の目盛り板の数値がそのDUTの測定データとなる。当時は見よう見まねで装置の操作を習

得するのが精一杯であった。次ぎに試作したトランジスタを試作毎に測定する。単調で根気

の要る仕事であった。VHFといわれる非常に高い周波数で測定の精度も再現性も良くない

のが悩みであった。以下のURLにGeneral Radio の測定器が紹介されている。

http://plymouthcolony.net/starcity/radios/pages/gr-rf.html

ともかく、理論的に推定できることも定量的に測定してデータで把握できるということは実用

上は大変重要なことである。開発したVHFトランジスタはテレビ用チューナ等に使用された。

テレビのUHF放送は難視聴対策として始められ、当時のVHFテレビのアンテナは東京タワー

の方向を向いていたのであった。テレビ局が多くなるとVHFの周波数が足りなくなりローカル

テレビ局はUHFで開局した。そんな訳で次ぎにUHFトランジスタの開発も行うことになった。

2009年1月30日 (金)

Zg DIAGRAPH

2009/1/30

Zg DIAGRAPH

高周波トランジスタの開発を担当していた時に使用した測定器にZg DIAGRAPHというもの

があった。Sパラメータをスミスチャート型の表示装置に光のスポットで表示する特異な測定

器で、ドイツのROHDE&SCWARZというメーカー製であった。いかにもドイツ製という風格と

光のスポットで表示するというユニークなアイデアが興味を引いた。実験室の片隅にあった。

しかし、この測定器を使いこなしていた人はほとんどいなかった。この測定器を引っぱり出し

ていろいろ挑戦したが、新米の技術者で使いこなすまでに到らなかった。結局十分に使いこ

なされることなくお蔵入りしたようだ。その測定器がなつかしく思いネットで探した。

ROHDE&SCWARZ社はローデさんとシュワルツさんという二人の科学者が設立した会社ら

しい。創業75年位たっているようだ。今日では世界でも有数の測定器メーカーになってい

る。Zg DIAGRAPHという測定器も当時は最先端の測定器であったようだ。この測定器を開

発した技術者も色々試行錯誤したのではないかと思う。しかし、世界に唯一という製品なら

ばその地位は安定するだろう。Zg DIAGRAPHに追随する日本メーカーは無かったようだ。

http://www2.rohde-schwarz.com/en/about/75_years_rohde_and_schwarz/?decade=1950

上記URLの解説によるとZg DIAGRAPHは最初にSパラメータの位相測定を可能にした測定

器であったと述べていた。テレビやラジオのアンテナや通信ケーブルの測定などにも使われ

たとある。精度の高い測定器と工作機械が工業の基盤であると言われている。確かに電気

信号の位相という概念は数式では簡単に表現できるのだがそれを超高周波で測定すること

は非常に困難であった。それを可能にしたのは技術のブレークスルーであった。高周波トラ

ンジスタの安定度の低下はデバイス内部の位相遅れに起因するのだ。今日のいつでも、どこ

でも、だれとでもという携帯電話の普及は色々な技術進歩の集大成あるとつくづく思う。

2009年1月29日 (木)

マジックアイ

2009/1/29

マジックアイ

真空管ラジオのダイアル表示部分に緑色に光る不思議な真空管があった。真空管は真空中

で熱電子を放出させて色々な電子機能を実現するデバイスである。今日の電子技術の基本

となるかなりの部分が真空管を使って実用化された。その究極のデバイスが受像管であろ

う。画像表示装置に使用する。その代表がテレビである。マジックアイも一種の表示装置で

あり、ダイアルを回して放送電波が強くなると緑色の部分が大きくなり、同調表示管とも言わ

れていた。幼少時はその緑の部分が開いたり閉じたりするのを見て不思議に思った。ラジオ

雑誌等でその品名が6E5であると覚えていた。下記のURLにその写真等があった。

http://www.ne.jp/asahi/uchio/tokyo/tube/index.html

昭和20年代の後半から多く使われたようだ。ラジオが同調したかは音を聞けば大体分か

る。マジックアイはダイアル面に真空管の発光部を出して使うのでアクセサリーとして高級感

をかもしだす役割もあったのかもしれない。

2009年1月28日 (水)

ダウンサイジング

2009/1/28

ダウンサイジング

一つの対象を時系列的に見て行くと、大きくなる、小さくなる、変わらないという傾向が見えて

くる。コンピュータは小さくなる方向で進んでいる。一部はスーパーコンピュータとして巨大化

しているが、ほとんどの人はこれと無縁であろう。最近、数万円の小型パソコンが現れた。

OSはWINDOWS XPを搭載してハードだけでなくソフトも軽くしている。変わらなくなるという

のが成長して安定した状態に近いのか。数万円のパソコンとなると作って売る側からは厳しく

なるだろう。しかし、日用品と見ればまだまだ高額商品だ。一つしか持たないというとあれもこ

れもとてんこ盛りになってしまう。割り切って使い切るのが道具としての使い方かもしれない。

何でも大きければ良しとする価値観も曲がり角にさしかかっているようである。かって、「成長

の限界」が話題になった事がある。入れ物が一定ならば入る量は決まってくる。ダウンサイジ

ングも量から質への転換ならば意義が大きいであろう。

2009年1月27日 (火)

パンチカードと紙テープ

2009/1/27

パンチカードと紙テープ

入社数年後に高周波トランジスタの開発に従事した。目標はTVチューナー用につかえる、安

定に動作する性能の良いトランジスタであった。最初はVHF、次はUHF用。安定度は一口で

言えるが、これを定量的に表すことが困難であった。四個の高周波パラメータを測定してそ

れをコンピュータで計算する。一つのパラメータが実数部と虚数部をもつので結局八個の変

数を含んだ計算をする必要があり、手計算ではいつ結果がでるか予想もできない。

FORTRANでプログラムを作成して、大型コンピュータで計算させた。プログラム用紙ににプ

ログラムを書いて係りに渡す。それを係りでパンチカードでコンピュータに入力。プリンターで

印字された計算結果を受け取った。バックアップのプログラムは紙テープであった。データや

プログラムのやりとりをして結果がでるまで数日かかった。コンピュータの計算時間は短いか

もしれないが、人間と機械のインターフェースも未熟であった。コンピュータ本体にお目にか

かったこともなかった。きっと入室制限された冷房完備のコンピュータ室に鎮座していたので

あろう。その後、HP社の小型のデスクトップコンピュータが担当部署に導入されたので他人

の手を煩わせることもなく技術計算が簡単にできるようになった。

2009年1月26日 (月)

お忍びの京都行き

2009/1/26

お忍びの京都行き

高校時代の記憶はどういうわけか余りない。大学受験という目先の事で頭が一杯で、そのた

めに行動も束縛されていたのであろか。そんな中で、修学旅行は日常の束縛から解放され

る良い機会であった。会社に入って関西方面の同僚に聞いたら、旅行は東京方面であった。

関東の学生と逆方向でだが同じような体験をしていたかもしれない。二泊三日の旅程で大阪

に宿泊したとき、数名の友達と京阪に乗り京都までお忍びででかけた。予定の中の自由行動

とは異なり、無断外出には違いなかった。唯一の収穫は店のおばさんの柔らかな京都弁を

聞くことができたことであった。これが、お店のお嬢さんならば胸はワクワクして記憶は鮮明

に残っていたかもしれない。ところが、店のおじさんも同じような京都弁をしゃべったので愕然

としてしまった。ともかく予定外の行動で羽を伸ばし、小さな冒険のスリルを味わい、お咎めも

なかった事で少し大人らしい自信をつけたのも事実である。

2009年1月25日 (日)

試作回数チャンピョン

2009/1/25

試作回数チャンピョン

量産品を開発する場合、その製品が量産に耐える事が絶対条件になる。当然、納期、コスト

等も重要である。一般に量産に耐えるまで何回か試作が行われる。色々な基準が満足され

てようやく量産となる。従って、試作回数を減らして開発期間を短縮する事は重要な技術課

題である。国産の人工衛星の開発を見ると開発の難しさを理解できる。特に仕様の厳しさは

開発の成否を決める。仕様が顧客独自のものとなると更に難度は高まる。集積回路の開発

も同じ様なことがいえるだろう。数回の試作で開発が完了するのが普通であったときその数

倍の試作回数でようやく開発完了に至る例もある。Bi-CMOSという新しいプロセスを使用し

た製品開発をしたとき、不覚にも試作回数チャンピョンを達成してしまった。しかし、製品生産

のインフラとなる新しいプロセスが使えると次々に新しい製品が生産可能になる。丁度、自動

車のエンジンや車台の基幹部の開発を伴う新車開発も同じような例であろう。開発期間は遅

れに遅れてもう止めるべきというささやきが聞こえてくるとさすがに気も滅入ってしまう。会議

で量産が承認されたときは肩の荷が下りた思いであった。BiプロセスとCMOSプロセスはそ

れぞれ得意な特性をもつのでそれが一緒に使えると大きなメリットが出てくる。ともかく今とな

ると手間のかかった出来の悪い息子のような気もするが、後続の多くの製品の先頭を走って

くれたというという点では思い出深い製品であった。回りの評価も余り気にしない鈍感力と粘

りをもったチームとそれを苦虫をかむ思いで見守ってくれた上司の存在も不可欠であった。

これも、企業の体力にゆとりがあったればこそであったかもしれない。

2009年1月24日 (土)

失われた形見の腕時計

2009/1/24

失われた形見の腕時計

明治という時代は江戸時代と比べると何となく明るい印象を受ける。文明開化で新しい価値

観が生まれてきたので親近感もある。遠縁にアメリカのおじさんと呼んでいる人がいた。明治

の中期頃師範学校に学び、そこで女子師範の学生と恋仲になったが、彼女は若くして亡くな

ってしまう。思いあまって、大志を抱いて渡米する。その地で、同じく志を抱いて渡米した女性

と巡り会い結婚して二女をもうけた。長い滞米期間を経て帰国。その時家族へのおみやげに

腕時計を買ってきてくれた。父はそれを親から貰い受け、形見の品として身につけて兵隊に

出た。ノモンハンであった。戦闘で窮地に陥って持ち物は全て地中に埋めて隠せという命令

が出された。形見の腕時計もやむなく埋めたとのことだ。戦況が変わり、埋めた現場には二

度と帰れなかった。ともかく戦死せずに帰れたのでこの話が残った。父は戦闘の事をほとん

ど子供達に語らなかった。少し語ったかもしれないが聞きそびれていたのかも知れない。銃

弾が音を立てて飛び交ったというような事は聞いたが...。大便・小便がすぐにコチコチに

固くなる事などは面白そうに話したことの記憶の方が強い。身につけた持ち物まで全て置き

去って逃げざるを得なかったのはどんな状況であったのか。今なお、この腕時計は地中に眠

っているのであろうか。

2009年1月23日 (金)

海外出張中止

2009/1/23

海外出張中止

ポーランドとの仕事は専門の担当部署があり、その部署の技術者がポーランドに派遣され

た。輸出した機器で生産を立ち上げるまでをサポートする一種のエンジニアリング事業であ

った。試作した製品を評価するジグがうまく動かないというテレックスが入った。思いつく対策

案をそのジグの作成をした自分がまたテレックスで回答する。原稿を下書きしてテレックス担

当部署に渡すと係りが送信してくれた。電話線にタイプライターを接続したようなテレックスが

当時の最先端の通信機器であった。そのテレックス回線を使い何回やりとししてもうまくゆか

ない。そこで、とうとう作成者が行けという事態になってしまった。県庁へ行き初めてのパスポ

ートを取得した。ところが、当時は直行便が無かった。アラスカ回りで何カ国かの空港で乗り

継ぎしてようやくワルシャワに着くと説明を受けたが、海外に出た経験が一度もないので途方

にくれた。一人でポーランドまで行かねばならない。言葉は大丈夫だろうか。泥縄で外国語会

話でも練習しようかと悩んだ。そんなとき、うまく行ったから出張は不要になったと連絡が入っ

た。ほっとした。ともかく、任務が終了して帰国した技術者のみやげ話はポーランドの娘さん

は美人だったぞというものであった。本国で振り回された位のトラブルは物の数ではなく、そ

れ以外に色々な苦労があったのかもしれない。

2009年1月22日 (木)

天道念仏行事の廃止

2009/1/22

天道念仏行事の廃止

今のこっている記憶と言えば、太陽が昇る朝から沈む夕方まで一日中「ナーンマーハイ ダ

イハンブ」と唱えつつ鉦(かね)を叩く町内の行事であった。子供達も交代で鉦たたきをした。

<てんとうねんぶつ>といった。この行事もいつしか廃止されてしまった。<ねんぶつ>が宗

教だから町内で行うのはおかしいという議論もあったのかもしれない。自分も鉦を叩きに会

議所に行ったことを覚えているがこの行事の意味や由来は分からない。「ナーンマーハイ ダ

イハンブ」と唱えている言葉の意味も分からない。太陽を中心とする天(自然)の運行が順調

であり、五穀豊穣を願った行事であったようだ。従って「ナーンマーハイ ダイハンブ」とは願

い事がかないますようにという呪文ということになるのだろう。これが仏教の「南無 阿弥陀

仏」と関係するのかも知れない。WIKIPEDIA の「念仏」の踊り念仏の

項に

「踊念仏
踊念仏(おどりねんぶつ)とは、太鼓・鉦(かね)などを打ち鳴らし、踊りながら念仏・和讃を唱えること。 その起源は平安時代中期の僧空也にあるといわれる。

鎌倉時代、時宗の一遍が信濃国の伴野(長野県佐久市)を訪れたとき、空也に倣って踊念仏を行った。同じ時期に九州の浄土宗の僧・一向俊聖も一遍とは別に踊念仏を行った。それ以来、時宗・一向宗(一向俊聖の系統の事で浄土真宗とは別宗派、後の時宗一向派)の僧が遊行に用いるようになり全国に広まった。

一向俊聖より興る天道念佛(もとは天童念佛と書いた)。」

天道念仏の時に太鼓を叩いたかは定かでない。地方により天道念仏踊りという形で残ってい

る無形文化財もあるようだ。ともかく「天道念仏」という行事が始められてから終焉するまでの

歴史を辿ってみると、干魃、洪水、飢饉等人力で対処できない自然の猛威があり、それに対

処するために「天道念仏」が行われてきたのではないかと思われる。今日、科学や社会の進

歩で自然の猛威は克服されてきている。「天道念仏」という行事の御利益は不要になった。

振り返って見ると、「天道念仏」という行事は過去の自然の猛威を伝え、万一そのような自然

の猛威が再来した時に、地域の住民が共同で対処しようとする社会的な機能を持っていた

のかも知れない。ともかくこういう地域の行事は必然的に住民の参加と交流を要求するであ

ろうから。

2009年1月21日 (水)

ノーベル賞講演

2009/1/21

ノーベル賞講演

ついにOBAMA大統領が誕生した。この先米国はどうなるか。日本はどうか。不安と期待が

交錯する。就任式のTV中継は通訳が入って便利なようで不便でもあった。いつか、もう一度

PLAY BACKしてみたい。昨年のノーベル賞の話題も遠い過去のように感じてしまう。そんな

中、リンクか検索かでたどりついたのがノーベル物理学賞受賞者の益川氏のノーベル賞講

演であった。済みませんが、英語を話せませんのでと英語で話してから、日本語の講演に入

った。これは、先生一流の皮肉ではないか。英語が万能ではない。自国語を愛し自国語に誇

りをもつ。その上で外国語を学ぶ。ともかく、外国語コンプレックスを持つより、言いたいこと

を持つ事の方が大切だ。前半のなぜ物理学に志したかについては共感を覚えた。後半の物

理学の部分は難解だ。しかし、青少年にとってこの世の中に分からないことがある事に気付

くだけで大発見ではないか。青少年・一般人も参考になるだろう。世界では日本語を理解で

きる人は少数だろうがこのサイトに有ることが重要だ。以下は講演の紹介とリンク先である。

Toshihide Maskawa delivered his Nobel Lecture on 8 December 2008, at Aula Magna, Stockholm University. He was introduced by Professor Joseph Nordgren, Chairman of the Nobel Committee for Physics. The lecture was delivered in Japanese.

http://nobelprize.org/mediaplayer/index.php?id=1064&view=3

2009年1月20日 (火)

古い記憶の再生

2009/1/20

古い記憶の再生

義経は兄頼朝の疑いを受け、山伏の姿に身をやつし奥州指して落ちて行き、安宅の関

に・・・・・・。母が機嫌の良いときに口ずさんだせりふであった。学校の学芸会か何かがあっ

た時、母がその劇のナレーターをさせられたようである。無声映画の弁士の様であったが、

口ずさんだのは劇のハイライトの極一部であった。間違ったり、とまどってはならないと一心

に暗記したらしい(と今推測している)。ともかく、十代で暗記して八十代までその一部を覚え

ていた。今、母の記憶をプレイバックしてみると、歌舞伎の勧進帳の一場面であったようだ。

天皇の名前は神武、綏靖、安寧、・・・・とこれも代々の名前を丸暗記していた。しかし、代々

の天皇名はいつしか言わなくなった。記憶を保つには常に出し入れした方が良いようだ。D-

RAMや語り部も同じ様な要素をもつようだ。記憶はいつか使うかもしれないために保持され

るようだ。使う必要が無くなれば捨てても良い。頭脳の中に情報として残すのでローコストで

効率的なリユースシステムだ。 自分が文字を読めるようになって、小学校1年の国語の教

科書の最後の部分にあった教材が多分「こぐまのぼうけん」というよみものであった。人里か

らはなれたところにこぐまがすんでいたとうような書き出しであった。何回も読んで少しは暗記

していたのだが、いざ思い出そうとしたら全く出てこないので愕然とした。インターネットで探し

たがまだ巡り会っていない。教科書の目録やライブラリーがるようなのでそれを調べれば手

がかりがつかめるだろう。とりあえず、以下に関連していそうな情報があった。

http://www.school.ikeda.osaka.jp/hatano-es/enkakuphoto/04.html

教科書の「こぐまのぼうけん」を劇にしたのであろうか。当時のなつかしい写真もあった。「こ

ぐまのぼうけん」を読んだ生徒数はかなりあったろう。しかし、古い情報は徐々に散逸してゆ

く。ともかく、再生された古い記憶で人と人のコミュニケーションがとれればその記憶の役割

は果たされたことになるだろう。

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NANDA?⇒物臭検索

  • ラベル(タイトル):最初は何も分からない
    なんだこりゃ?作成当時の記憶

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    たまたま出会ったもの2

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    現在使われなくなった機器、農具、ガラクタ等。

PHOTO6(樹木等)

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    樹木の縮伐カット&トライetc

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やさしい科学・SCIENCE

  • 日経サイエンスのウェブページ
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  • SCIENCE IS FUN in the Lab of Shakhashiri
    University of Wisconsin-Madison Chemistry Professor Bassam Z. Shakhashiri のサイト

みかん栽培関係情報

公開資料

ISESAKI  有情1

嗚呼 伊勢崎 非情

BOOKS

  • 橋本 英文: 刃物雑学事典 図解・刃物のすべて(1986年 株式会社 講談社 ブルーバックス B-659)
    刃物という視点で多くの事例が取り上げられている。刃のある道具の理解にも役立つ。類書が少なく貴重な一冊。「すべり変形が切断の原理」という考え方で説明している。
  • 沼田 真   : 植物たちの生( 1972年 岩波新書(青版 833))
    「ご要望にお応えしてアンコール復刊(1988年岩波新書50年記念復刊) 地球生態系の中で自然を見直す」(腰巻きのフレーズ)。植物の知恵と戦略に人類は勝てるのか。
  • 出町 誠: 14_NHK趣味の園芸:よく分かる栽培12ヶ月  カキ(NHK出版2007年)
    初心者向け柿栽培参考書(新版)。旧版と比較すると楽しい。
  • 中村三夫: 13_NHK趣味の園芸:作業12ヶ月  カキ(NHK出版1996年)
    初心者向け柿栽培参考書(旧版)。新版と比較すると楽しい。
  • 山科正平: 12_細胞を読む   電子顕微鏡で見る生命の姿
    細胞はどんな部品からできているのか。そんな疑問に答えてくれる一冊。何事も形を見るのが第一歩。μからÅオーダーの世界で、細胞をメスで解剖するように、電子顕微鏡というメスで解剖して見せてくれるので興味が尽きない。
  • 柳田充弘: 11_細胞から生命が見える
    著者の専門は分子生物学、細胞生物学。普段生物を考えても細胞レベルで止まってしまう。その細胞の中で色々な分子が働いている。細胞こそ生命の基礎だが、その細胞の中の動きを知るのに最適な一冊。疑問の発端はなぜ発根剤が効くのかということ。薬剤が細胞膜を通過して細胞内で分子と分子が作用するイメージができた。本書でできた細胞のイメージは小さな無数の穴が空いた水分が充満したヨーヨーのようなもの。そのヨーヨーの中に分子部品が詰まっている。細胞自体もタライの中のヨーヨーのように浮かんでいる。細胞図面の空白部は真空でなく水分だ。細胞の内外に水がないと細胞は生きられない。水が生命のゆりかごだ!
  • 野口悠紀雄: 10_ホームページにオフィスを作る(2001年 光文社)
    ITが輝いた時代の作品。HPの活用法は参考になる。参考:url=http://www.noguchi.co.jp/(野口悠紀雄 ONLINE)
  • 小池洋男 編著: 09_果樹の接ぎ木・さし木・とり木(農文協:2007/3/31第1刷)
    やや専門的であるが、実務専門化が分担執筆しており、その場で役に立つ一冊。
  • ノーバート・ウィーナー(鎮目恭夫訳): 08_サイバネティックスはいかにして生まれたか(みすず書房1956)
    情報と通信という現代社会に不可欠の基礎的な学問を作った著者の自伝とそれを通した科学史
  • 沼田 真(編): 07_雑草の科学(研成社1979)
    雑草を多面的に解説し防除の基礎も述べる

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    POST IT :ブログ画面への張り紙に使える。
  • TYPE LIST事始め
    2010/8/4:MEMO等の表示に使える。 農作業で気になる自戒の言葉 ■畑の石ころはいつまで経ってもても石ころ(早く拾って片づけよという意味か)。 ■同じ石を二度拾うな(やってみると難しい)。 ■手ぶらで歩くな。 ■三つ先のことを読め。 ■適当な観察。 ■空を見よ(気分転換、休憩、天気を読む、腰曲がり防止)