08B_身辺雑記(田舎老人徒然草)
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2011年3月23日 (水)

かみつけ女流歌人 雅:陶の鉢

2011/3/23
昨日は雨後曇りで寒い一日。夜は計画停電。福島第一原子力発電も外部電源の接続が終わり、少しだけ明るさが見えてきた。現場で放射能の被曝覚悟で必死に復活作業する多数の人々がいることを忘れまい。

昨日の天気

TAVE= 6.4
TMAX= 7.8
TMIN= 4.9
DIFF= 2.9
WMAX= 3
SUNS= 0
RAIN= 9

多くの批判を浴びて、ようやく福島県駐在を決めた東京電力の鼓副社長が、原発設計における地震・津波等に対する条件設定(追記参照)が甘かったと認める発言をしたと、本日早朝のNHKニュースが伝えた。計画停電で早々に寝てしまったので、この早朝のニュースが聞けた。NHKはこのニュースを誰もが聞く時間帯にも流すのだろうか。知りたい人が耳を傾ける時間帯にニュースを流すのが報道機関の責任だと思う。また、東京電力はほうれんそう、かき菜が規定以上の放射性物質を含むので出荷停止された件については損害補償をするとも報じられた。疑問なのは、なぜはほうれんそう、かき菜、牛乳等測定して規定値を超えた農産品だけなのかという事。スギ花粉と放射線物質はその飛散形態は非常に類似しているだろう。要するに発生源から物理的条件に従ってどこへでも飛散するのだ。政府が発表した食品を除外すれば安全かと言えば完全にNOだろう。政府が言わない部分で暗黙的に言っている事は、放射能で汚染された農産品を食べたかったら自分のリスクで勝手に食べろという程、国民や農民を侮辱した言い方ではないか。政府は責任をとらない、損害補償は東電にさせる、かっこうの良いとこだけは政府が頂くではだれも納得できないだろう。政府は先ず、日本中の放射線物質の汚染度データを収集して、それを汚染地図として日々公表すべきである。ピンポイントのデータではいくらでも言い逃れが出来るのだ。これがまず政府の行うべき責任である。放射線物質は食品として体内に入り体内被曝するだけではなく、屋外にいただけでも人だけでなく全てのDNAを持つ生物を被曝するのである。政府がしている事は国民を見殺しにして自分だけ助かるというような人倫にもとる行為ではないか。

身辺雑記:リフレシュ休暇の東北旅行

在職中、会社から永年勤続表彰としてリフレシュ休暇と旅行券を頂いた。夫婦で旅らしい旅をしたのは新婚旅行とリフレシュ休暇での東北旅行程度だ。なぜ東北方面に決めたのかはっきりした記憶はない。宮沢賢治や遠野のイメージが作用したのは確かなようだ。東北関東大震災が起き、今になって改めて東北地方の旅の記憶がよみがえってきた。

こんなメールがディスクに残っていた:「y2tmt。今晩は。○○のメールは読んだ。しっかりやれて安心。大学にもメールを送る。リフレシュ休暇の東北旅行は今日修了(終了)。21:30頃帰宅した。お婆さんも元気で、皆も無事で何よりだった。◎◎も一人で暮らせたのでいつか役に立つだろう。それでは。01/04/XX 22:16。」丁度今から10年ほど前のことであった。

朝7:30頃家を出て鉄路東北に向かい、新花巻で観光タクシーに乗り、宮沢賢治記念館、遠野博物館を見学し、陸中グランドホテルに着いたのが17時頃であった。ラジオ・テレビの今までの報道では釜石市の被害が大きくて行政機能も麻痺しているようであった。しかし、東北旅行の事は思い出さなかった。更に記憶を辿ると、チェックイン後町中を散歩、翌朝も魚河岸や山の中腹の神社等を廻った。四月の末でウグイスの声が聞こえた。東北地方太平洋沖地震の大津波で釜石市の市街がこれほど大きな被害を受けるとはゆめ思わなかった。WEBで調べると陸中グランドホテルは7階のビル。今、どうなっているのだろうか。

釜石をNET検索すると、「釜石市動く津波ハザードマップ公開サイト(http://dsel.ce.gunma-u.ac.jp/simulator/kamaishi/)」というのがあった。そこには、「釜石市動く津波ハザードマップは、群馬大学工学部 片田研究室(災害社会工学研究室)が開発を行っている 津波災害総合シナリオシミュレータを利用して作成されています。津波災害時の災害情報の伝達や住民の避難に関するシナリオを設定することで、 そのシナリオに基づく人的被害の発生状況をアニメーションによって見ることができます。様々なシナリオを実行することで、地震発生時の避難タイミングや災害情報の伝達タイミングが、 津波災害によって発生する人的な被害規模にどのように影響を与えるか分かりやすく把握することができます。」と述べられていた。

《釜石湾津波氾濫アニメーション》では、
「このアニメーションは、明治三陸地震と同規模の地震が発生した場合を想定した、釜石湾における津波の氾濫解析結果を立体的に表現したものです。津波が発生した際の状況をわかり易く把握することができます。このアニメーションは、岩手県より提供していただきました。」と述べていた。視点を湾の奥の高台に置いて、津波が襲ってくる様子を確認できる。
明治三陸地震については以下のWIKIPEDIAの記事参照:

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WIKIPEDIA:明治三陸地震(最終更新 2011年3月19日 (土) 15:11 )によると、
本震:
「発生日 1896年(明治29年)6月15日
発生時刻 19:32:30
震源の深さ km (記入無し)
規模    マグニチュード(M)8.2~8.5
最大震度    震度3程度:
津波 綾里湾(現・大船渡市):38.2m
地震の種類 海溝型地震

被害 :
死傷者数 死者:2万1915名
行方不明者:44名
負傷者:4398名
被害地域 北海道から宮城県までの太平洋沿岸 」
とある。
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ラジオで聞き流していたので記憶は確かではないが、釜石市動く津波ハザードマップ作成の関係者だったと思うが、今回の東北地方太平洋沖地震の規模が作成当時の想定規模を遙かに上回っていた述べていた。明治三陸地震は震度に比べて津波の被害が非常に大きかった地震のようだ。ともかく、地方自治体と大学がこのような地道な防災対策の研究を行っていた事実について記憶を新にすることも、今後の防災対策をより強固にする手がかりになると思う。天災の本当の怖さは被害を受けた本人が一番良く知っている。その体験を機会ある毎に語り継いで行く事が基本的な防災対策になるのだと思う。

追記:福島第一原子力発電設計時の津波の想定は土木学会の標準値を採用しているとする記事をWEBで読んだような気がする。それによると6~7m台だったろうか。東京電力は壁の痕跡から12mを記録していたと発表していたが、その後14mの記録もあったと修正した。実際の津波云々で責任問題を回避する事は不可能であろう。教科書的な設計は標準値で済むとおもうが、本設計はあらゆる場合は想定して設計しなければならないのが原発ではなかろうか。明治三陸地震の津波という歴史的事実は設計に反映されていたのだろうか。そこが知りたい。この東北関東大震災を客観的に見直しができる頃になったら、是非この辺のことを公表して頂きたい。福島第一原子力発電を設計した技術者も上からのコスト圧縮と自分の技術者としての判断とのジレンマと闘った結果が現在の姿だったかも知れない。それを密かに墓場まで持っていくのは余りにも勿体ない。

追記2:前記WIKIPEDIAの津波の部分に津波の高さの記事があった。:

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明治三陸大津波

大津波の第一波は、地震発生から約30分後の午後8時2分に記録されている。到達した範囲は北海道から宮城県にわたった。

波高は、北海道襟裳岬では4m青森県三戸郡八戸町近辺(現・八戸市)で3m、宮城県牡鹿郡女川村(現・女川町)で3.1mであったが、岩手県三陸海岸では下閉伊郡田老村(現・宮古市)で14.6m、同郡船越村(現・山田町)で10.5m、同郡重茂村(現・宮古市)で18.9m、上閉伊郡釜石町(現・釜石市)で8.2m、気仙郡吉浜村(現・大船渡市)で22.4m、同郡綾里村(同)で21.9mと軒並み10mを超える高さを記録している。 

特に綾里湾の奥では入り組んだ谷状の部分を遡上して、日本本州で観測された津波では最も高い波高38.2mを記録した[2]。」歴史から学んでいれば今回の津波による原発事故は回避できた可能性もあったのか。
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以下本題。

かみつけ女流歌人 雅:陶の鉢

歌題=陶の鉢:

■わが夫よ 楽しき第二の 人生に 発ちませ心の 糸をゆるませ 45 椎名 喜代子

楽しき第二の人生に発ちませと彼岸への安らかな旅を願っている挽歌。

2011年3月22日 (火)

かみつけ女流歌人 雅:小夜しぐれ

2011/3/22
雨の中を墓参した。福島原発の放射能がきにかかる。

昨日の天気

TAVE= 9.2
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WMAX= 4
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RAIN= 12

身辺雑記:石油と電気に呪縛された文明

停電の無い日がが3日も続くとホッとする。祖母の話によると、電灯が自宅に点灯した時、当時小さな子供だった父がぱっとついたぱっとついたと喜んではしゃいだとの事だ。その話から推定すると電灯が農家にまで普及したのは大正10年代ころかもしれない。当時の電気の用途はほとんど電灯だけだったのではないかと思う。丁度この頃、松下幸之助が二股ソケットを考案したようだ。当時電気料は電力計は多分無かったので、電灯の数等で決められた定額料金だったのだろう。電球の代わりに二股ソケットを付ければ二倍の電気が使えたのか。ともかく、電灯以外に電気を使う手段を二股ソケットが提供してくれたのは事実のようだ。戦時中は物資の欠乏時代。終戦直後は生活が安定すると電力の用途は広がった。終戦直後は米麦の脱穀は足踏み脱穀機を使った。これは各農家にあったようだ。その後動力脱穀機が導入された。モーターや脱穀機が高価なので最初は共同購入・共同利用であったようだ。風呂も一時共同風呂というのがあった。最近聞いた話では、風呂を沸かすのは電熱器という事であった。電気料はどうだったのか定かではないが月極だったかもしれない。受電はどうするかという点では導線をかぎ型に曲げて引っかけたようだ。これはスイッチを省略した暫定的な処置だったかもしれない。電気は動力、熱源等で使われるようになる。その後は真空管ラジオ等の電子機器も普及してくる。更にその後は、電子化が進み今日の電気万能時代を迎えた。オール電化もここ数年多く普及してきた。電気を使う立場では原子力発電まで気にする必要もなかったが、いざ原発事故の危険性を知ってしまうとその末が恐ろしい。

電気の良いところは発電部と負荷部を切り離し導線で結べば、瞬時にエネルギーを送れて、負荷を多数設置できる点だろう。欠点は電気エネルギーを簡単に貯蔵するのが非常に困難なことと導線が切れればエネルギーは電送できないこと。発電機が止まっても、導線が切れても電気設備は単なる箱になってしまう。今回の原発事故もこの電気の利点の裏返しの欠点が現れた。更に原子力発電はその燃料部を非常に制御しにくいウランやプルトニウムという核物質に頼っている。ウランやプルトニウムという核物質を安定に保つ為にも冷却装置等が必要になる。その冷却装置等も電気で動いている。

原子力発電を安全・安定に稼働させるためには核反応の監視と制御とその機能が働かなくなった時のバックアップが不可欠になる。安定に電力を供給するためには需要1に対して能力が1の発電機2台を50%の能力で動作させて、万一の事故の時能力を100%まで上げるような方式にすれば停電のリスクは相当低減するだろう。しかし、贅沢な使い方という見方もあるだろう。万一の事故の場合のバックアップシステムについては、常時使わないシステムに対してどれだけのコストをかけるかという問題になるのかも知れないが、何重かの安全対策がとられていたのだろうか。ハード的な対策は当然として、緊急事態に短時間で適切な処置をするという現場で作業する人間の教育・訓練等のソフト面の対策は必要十分だったのか。

原子力発電の場合、原子炉が停止しても、再度原子炉が稼働状態になる再臨界という危険が付きまとう。これを阻止するのがバックアップシステム体制なのだが、今回の原発事故でこのようなリスク低減対策の説明がほとんどされていないように感じる。また、臨界というJCOで起きた臨界事故の教訓もほとんど報道されていない。東京電力福島第一原子力発電の1~3号機事故の危険度がレベル5と評価されているが、現実の方が遙かに進んだ後になし崩し的にレベルが変更されただけのようで、このレベルには近隣住民だけでなく多くの人々が不安を持っていると思う。

東京電力の原発事故で計画停電という計画的でない停電が4月末まで続くと報道されている。この「4月末まで」に具体的な裏付けがあるのかまだ納得できる資料を見ていない。事故を起こした原発の早期稼働は絶望的だろう。夏期はエアコン等で電力需要が年間のピークを迎えるだろう。極めて原始的だが、夏の暑さをエアコンでなく、ゴーヤやヘチマで日照を遮る緑のカーテンで乗り切るのも良いだろう。東北関東大震災で被災地以外でもガソリンや灯油の不足が際立った。石油文明も地球温暖化というもう一つの世界的大異変の要因を日々積み増している。あれもない、これもないという情報があらゆる所に飛び交った。こんな状態で持続可能な社会は本当に可能なのか。

以下本題。

かみつけ女流歌人 雅:小夜しぐれ

歌題=小夜しぐれ :

■音も無く 心を濡らす 小夜しぐれ 世をへだてたる 人に逢うふべく 12 飯塚 アヤ

死別した夫や息子、親族等の事を詠った歌の総まとめのような一首で無常観の中にも一筋の希望をみる。

2011年3月20日 (日)

かみつけ女流歌人 雅:野萱草咲く

2011/3/20
寒さは一転して昨日の気温は20℃近くまで上昇。今朝は、眼のかゆみとクシャミ、鼻詰まりと花粉症の症状が出た。

昨日の天気

TAVE= 10.1
TMAX= 19.2
TMIN= 2.4
DIFF= 16.8
WMAX= 4
SUNS= 9.9
RAIN= 0

屋外の仕事中、ゴミ山から雨蛙が跳びだしてきた。ゴミと同じような保護色をしている。何回かデジカメに納めようとするとゴミの中に隠れて見つからなくなったが、ようやく撮影できた。運良くデジカメを持っていて撮影できた貴重な一枚。
Frog_winter_s


身辺雑記:先の見えない曖昧な国日本

日本人の精神性として『「美しい国の私」(川端康成)と「あいまいな国の私」(大江健三郎)(2 人のノーベル文学者の受賞講演)の対比』がある。小さな国に身を小さくしているとついつい他人の事を気遣った行動を取ってしまう。生死を分ける危機や危険が迫った時もそのような行動を取ってしまうのはどうしてなのか。言葉で安心させる事が全てではないだろう。時には叫び、時には叱り、時には怒る事も必要だ。泣くことも必要だ。

東京電力の幹部の動きが良く見えないのでNETニュースを探していると以下の記事が眼に付いた:『「福島に希望はあるのか」との問いに、東京電力の小森明生常務は言葉を失った。小森常務は18日、原発事故後初めて東電幹部として福島県を訪問。「大変な心配と迷惑を掛けたことをおわびします」と謝罪。会見後、感情を抑えきれずに号泣した。(http://www.nikkansports.com/general/news/f-gn-tp0-20110318-750149.html)』

この記事を読んで、東電幹部といえど本当は普通の人と変わらぬ人間であるように思われた。しかし、通常会社・役所等人間は冷静な時は、役職や組織の人間としてその思考や発言が理知や建前の側に傾いてしまう。「福島に希望はあるのか」という質問はまさにその金銭で片が付くような理知の質問ではなくもっと本源的な情意に関する質問であったのだろう。福島に深い愛着があってこその質問だろう。算盤をはじいても答えは出せない質問であったと思う。言葉を失ったとは理知から情意へと頭脳のスイッチを切り替える時間であったように見える。このスイッチを切り替えることにより判断力が曇った頭脳を涙が洗い流してくれたのであろう。そうして「福島に希望はあるのか」という質問の返事であった号涙は真珠の一滴のようにも思われた。強者の奢りから目が覚めた一瞬かもしれない。また、そうなって欲しい。あえて希望があるのかないのかが問題ではないだろう。ともかく共感をさそうきっかけにはなったろう。やはり、物事にあたるには共通した理解が不可欠だ。

かつて仕事で大クレームが生じて、顧客を訪問して激論を交わした事があった。最初は顧客とその責任配分や損害賠償等が目先にちらちらして、当面の問題を終息させる方向に議論がかみ合わなかった事がある。しかし、議論が感情的になり、言いたいことをお互いに言い放った後にそれでは物事が進まない事に気付いた。それからは、両者の協調はうまく進んだ。どうしても、自分が負えない大きな責任を伴う問題のときには、目先に心理的なバリアーが生じてしまい見るべき事が見えなくなってしまう。

昨日は、首相が大連立として野党自民党の総裁に、副総理兼震災復興担当相への就任を打診したと報じられた。このような提案は理知の領分であるかも知れないが、いかにも底の浅い思いつきのように見えてしまう。震災の二次的被害として原発事故が今後益々重大になる可能性は否定できなくなっている。この問題の解決は最も困難な課題であろう。それを副総理にやらせようとするならば自分は何をしようとするのか。

昨日は計画停電は見送られて、一息ついた人々が多かったと思う。しかし、予想が外れて限界値に近づけば停電させると条件付きの意思表明なのだから内心は安心できず、結局疑心暗鬼の状態から抜け出せなかったのが実状だろう。先日は計画停電に関する一面広告が掲載された。その最後の方に、電力消費と何ら関係の無い電車通勤客に関するお節介がましい一行があった。それを見て責任を通勤客へのなすりつけているようで、広告力という圧倒的な力でさすがだと感心した。通勤客は不平不満は言っても東京電力が悪いとまでは言っていないであろう。きっと文句が出ると思ったが、連絡先は一切記載されていなかった。東京電力のホームページで地方営業所の電話番号を調べたら地図は載っていたが、電話番号は載っていない。窓口は別のフリーダイアルになっていた。見ザル、言わザル、聞かザルの三ザルに徹しているように見えた。顧客、利用者の小さな声に耳を傾け、顧客の満足度を向上させるのがサービスの本質だろう。

ちなみに、東京ガスのホームページのお客様サービス窓口で前橋市を指定して検索したら店名と住所、電話番号、提供するサービスが表示された。このサービスの差にはびっくりした。ガスでも電力でも何かの問題や事故の場合、頼りになるのは最寄りの営業所ではなかろうか。

世界的な視野から日本の現実を見ると、情報開示だけでなく、日本人の曖昧性、何を考えているか分からない等においても世界から不信感を持って見られてしまう要素が多々あるようだ。

以下本題。

かみつけ女流歌人 雅:野萱草咲く

歌題=野萱草咲く:

■小用の 近かる母を 屈ませしは この辺りなり 野萱草咲く  84 深澤 みどり

盲目の母一人に育てられた娘との絆の全てをこの野萱草に託した亡き母への鎮魂の歌。
野萱草:のかんぞう

2011年3月18日 (金)

かみつけ女流歌人 雅:紀元杉

2010/3/18
寒い日が続いている。昨日は60Wのアンカを膝の上に乗せて座業。作業場の気温は6℃だった。夕方になり更に冷えそうなので仕事を切り上げた。

3/17の17時頃にJR、地下鉄に対して10%の節電指令が出された。その理由に、気温の低下で暖房等の電力使用が増大して、供給能力の上限に近づき予想の出来ない停電が発生するとおそれがある事を上げた。なぜ、JR、地下鉄なのか。気温の予想はある程度正確にできるのだから、そういう要素を入れて予想して実施するのが計画停電ではないのか。理解に苦しむ。

以下の記事を見ると電力消費量が危険レベルに迫ったのは分かるが、計画停電は建前では東京電力の責任で行っているのではないか。そこに政府が口を出したように見える。当然、首都の大規模停電が国家の危機として政府が計画停電を率先主導するのであれば理解できる。この国難にあって、責任のなすりつけをするような場合ではないであろう。

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以下「スポニチアネックス」WEBからの引用(http//:ww.sponichi.co.jp/society/news/2011/03/18/kiji/K20110318000447960.html):「首都圏に大規模停電危機…帰宅ラッシュまた大混乱
;海江田経産相は午後3時すぎに緊迫した表情で緊急会見。「本日夕方から夜にかけて電力需要が供給量を大幅に上回り(首都圏などで)予測不能な大規模停電が発生する恐れがある」と強い表現で警告し、各企業、各家庭に節電を呼びかけた。;これを受け国土交通省は鉄道会社に対し、緊急的に運行本数を削減するよう要請。JR東日本は午後5時以降、山手線、京浜東北・根岸線、埼京線、常磐線などで本数を減らして運行。東急、京急などの私鉄、地下鉄も2~3割、削減した。;東電の17日の供給力は最大3350万キロワットだったが、電力需要は午前9~10時に3330万キロワットを記録。最大供給力の一歩手前まで迫った。ただ節電の呼びかけに企業、個人が応じたため、大規模停電は寸前で回避された。」
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昨日は原発にヘリコプターから放水を行った。これを行うために、公務員の放射能被爆許容レベルの上方変更を決定した。放射線の危険性は東京電力と政府が率先して説明すべき事ではないだろうか。東京電力や政府が出す情報を裏読みしなければならない日本とはどういう国なのか。日本に外交使節を置いている西欧諸国が所員に日本や原発危険区域からの本国帰国や関西方面への待避をすすめているという報道を耳にすると日本が国際的に信用されていないのではないかとつらい思いがする。被災地の人々はこのような情報に接するどころではないだろうが、後から知って更に辛い思いがするのではないか。

昨夜は計画停電への予備が無く、暗闇の中ガスコンロでインスタントラーメンを作り一人だけの夕食。台所は真っ暗だが、外が明るい。月光が家の中にも入り、目が慣れるとなんとか物がみえてきた。こんな時だからと朝刊を持って外に出た。本文活字は無理だったが、見出しの一回り大きな活字は読めた。カラー写真の色も何とか識別できた。人類の祖先をだどると、小さなほ乳類で捕食されないように夜活動したらしいと何かの本で読んだ記憶ある。人間、日頃の便利さに自分の持っている能力に気付かないでいるのではないか。自分がサバイバルという点で尊敬するのはグアム島から生還した横井庄一さん。何十年かのジャングル生活でカレンダーが狂わなかっただけでも驚異だった。なにがなんでも生き残っていようという気持が大切だと思う。そのためには、自分の持っている能力に気付きそれを生かして行く事だ。

東北地方太平洋沖地震は本日で、発生以来7日目となった。通信や交通機能の回復等により、徐々に、その被害が明らかになりつつある。警察庁によると、17日午後10時現在、東北など12都道県警が検視などで確認した死者数は5692人に上った(産経ニュース:2011.3.17 23:22 )と報じられた。原発事故に目が奪われて、地震・津波の死者・被害者のニュースも相対的に少なくなっている。

今朝6時の屋外気温は-1.7℃で真冬並に寒い。AMEDASでは-0.7℃。

昨日の天気

TAVE= 1.9
TMAX= 6.7
TMIN= -1
DIFF= 7.7
WMAX= 10
SUNS= 9
RAIN= 0

以下本題。

かみつけ女流歌人 雅:紀元杉

歌題=紀元杉:

■酸性雨に 白く立ち枯れし 屋久杉を 遺産の森に 数多見掛くる 18 石原 信子

屋久杉が酸性雨で枯れているという意外な現実を歌として記録している。

2011年3月15日 (火)

雑草句録:かじかむ手

2011/3/15
身辺雑記:東北関東大震災雑感

計画停電に関して、東京電力は短時間の内に二転三転する記者発表で大きな混乱を招き、かつ世間の不信を買ったかのような動きを示した。しかし、それは福島第一原子力発電所の事故を隠す煙幕にはならなかった。むしろ、その事故を際だたせたのではなかったか。asahi.com(2011年3月14日15時34分)の「14日の東京株式市場で、大震災の影響で原子力発電所の事故対応に追われる東京電力の株価が前週末終値比500円安の1621円でストップ安となった。」という、株価の反応が東京電力の現状を余すことなく語っているようでもある。東京電力福島第一原子力発電所1号機から3号機まで、同じような冷却系の事故が生じている事は何か構造的な重大な欠陥があるように感じる。一方、本日は気象庁以外の防災機関が津波が発生しているという誤った情報を現場に流し、気象庁がその情報を否定するような発表をして、危機管理情報の共有化ができておらず、混乱を生じたという事件もあった。東北地方太平洋沖地震は色々な意味で多くの教訓を残してくれるだろうと思うが、その授業料は余りにも大きすぎる。

昨日の天気

TAVE= 11.7
TMAX= 18.1
TMIN= 3.7
DIFF= 14.4
WMAX= 3
SUNS= 5.3
RAIN= 0

以下本題。

雑草句録:かじかむ手

■退職のアイサツメールかじかむ手

一回だけの記念すべきメール。自宅で寒さにこらえて打った。

○このほどを花に礼いふ別れ哉     芭蕉

長期間滞留した門弟宅を去る時の一句。門弟にむかって礼を言うべきところを花にすりかえてしまったようだ。ここに記録と文芸の差がでているのであろう。芭蕉も門弟もとぼけ加減を楽しんでいるようだ。

■とぼけれど尚名残ある別れかな

追記1:計画停電は3/14の夕刻にあるグループで実施された。しかし、どういう条件で実施するのか明確に公告されていない。余りにもアバウトなのだ。従って、受電する利用者が計画を立てられない。一方、利用者は身を切って自己防衛、自前対策をしている。利用者にも膨大な損害が及ぶのである。計画停電を続行するのならば、東京電力は自社が現在供給している総電力をリアルタイムで公表し、それが停電限界の何%かも同時に公表すべきではないか。国民もそれなりに聡明だろう。信頼できるデータがリアルタイムに流されれば自然に自制が働くだろう。原発事故で供給能力が何%低下したのかもはっきりさせないで、その事故のつけを利用者に回すのも道義上も許されないだろう。当然、天災で東京電力が被った被害は誰でも理解できるが、納得できるデータに基づく何の説明もなく計画停電を唐突に強行するのは誰にも理解できないだろう。

追記2:退職挨拶メールを探したらまだ残っていた。何事も始まりと終わりがある。奇しくもこのメールの未曾有の難局とは、新潟県中越地震であった。東北関東大地震も一つの出来事の終わりであり、新しい復活の歴史の出発でもあると思う。東北地方は半導体関係の会社は少なかったと思うが、販売支援の仕事で数社訪問した記憶がある。昨日は、津波と大火で心配が大きかった被災地に勤務する甥が無事であると確認でき安心した。東北関東大地震も新しい歴史の一里塚になって欲しい。

「お世話になったみなさまへ

在職中は公私ともに大変お世話になりました。

未曾有の難局に直面しているなか、
この度、本日○月○日で○○を退職することになりました。
入社以来、成長産業である半導体事業、主に開発関係の
仕事に従事できたことはなによりの幸せであったと感謝しております。
30有余年にわたる仕事を落ち着いて振り返るいとまはありませんが、
先輩、上司、同僚に支えられて時には
新しいことにチャレンジし、時には失敗し、仕事の分野も
いくつか変わりましたが、その中で多くの方々と
一緒に仕事させていただくことができたのは私にとって
なによりの財産となりましたことに心より感謝申し上げます。
本当にありがとうございます。
○○半導体もいろいろな危機を乗り越えてきた実績があります。
全員が一丸となって知恵を出し合い必死に頑張れば
この難局も解決できるものと確信しております。
早期の復活を念願してやみません。」

2011年3月14日 (月)

身辺雑記:東北地方太平洋沖地震から東北・関東超巨大地震へ

2011/3/14
本日から輪番(計画)停電が実施される。朝日、毎日のNETニュースでは「東日本大震災」という言葉が出現。「東北・関東超巨大地震」という呼び名も出てきた。超巨大地震地震とその余波を受けた原子力発電所の事故という重圧ものしかかっている。ガソリンもパンや牛乳等も店頭から姿を消したようだ。売り惜しみ、便乗値上げが被災地以外も直撃しそうな気配だ。耐えるしかない。

追記:朝の計画停電の対象地区になっていたので日が変わって、丑三つ時にブログをかいた。朝、いつもの通り電灯のSWを入れると点灯した。おかしいなと思いつつ、その電灯で新聞を読んだ。7時AM頃。上毛新聞のページをめくると東電の計画停電の全面広告が目に飛び込んできた。それに続いて、テレビが第一グループの計画停電の実施が見送られたと報じた。東電のホームページを開くと計画停電の告知がトップに出ていた。しかし、その内容はPDFで、自分のACROBAT READERのバージョンが6なのか、読めない。以上の経緯を見ると計画停電の実施がある程度、計画的に企画された事が窺える。しかし、計画停電は何の前触れもなく唐突に、準備のゆとりもなく実施されようとしていた。それが、一夜明けて撤回となると、その対応自体の信頼性がゆらいでしまう。東電のホームページには今朝の7時台では計画停電の中止は一切出ていない。ともかく、こういう非常事態には正確で信頼できる情報が絶対に必要である。電力各社は生活や事業のインフラを担う基幹産業であり、経費に利益を上乗せして決して赤字にならない経営が保証されていると学生時代に、送配電工学の授業で教えられた事が思い出される。それを言い直せば、電力各社は、身を切っても電力供給責任を果たさねばならないという事であろう。ところが、今回の対応はオオカミ少年になりかけてしまったようで、当局の腹のすわらない態度が透けてみえてしまったように感じる。一般市民も、正確で信頼できる情報を適時に知ることができれば正しい判断ができる筈だ。一般市民は報道を信じて、不便や危険を覚悟してまで実施当日の行動を計画した筈だ。原発の事故はいくら弁明してもその責任は当局にあるのである。それを自分の不利にならないような情報の二次的な操作で眩まそうとした低意はなかったか。疑問なのは、電力量という数値で電力の需要と供給能力は定量的に表せるのであるが、その数値が一切公表されていない事だ。この数値が公表されれば、小学生でも停電や節電の意義が判断できる事だ。思うに、計画停電の実施の予告無しの唐突な実施は、企業のエゴに基づき、二次災害を引き起こすことが明確になり、企業責任を果たせなくなると言う認識が明確になったからではないか。

昨日の天気

TAVE= 10.2
TMAX= 18.9
TMIN= 2.6
DIFF= 16.3
WMAX= 3
SUNS= 11.1
RAIN= 0

以下本題。

身辺雑記:東北地方太平洋沖地震から東北・関東超巨大地震へ

気象庁は東北地方太平洋沖地震の大きさ(マグニチュード)をM=8.8からM=9.0に上方修正した。これがどういう経緯で為されたか定かではない。ともかく、科学的データだけではなく、その被害の大きさも加味されたように感じた。本震は単発事象なのだからデータはただ1セットしかないだろう。そのデータの読み方や解釈を変えたのであろうと考えた。心理的・現象的には、地震による被害の部分は津波のによる被害の部分に覆われてしまいそうに感じる。WIKIPEDIAによるとマグニチュードの定義も色々ある。出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』(最終更新 2011年3月13日 (日) 09:13 )の「マグニチュードの大小の目安」によると、M=9.0は 超巨大地震 に分類され、エネルギー換算で2 ×10↑18(10の18乗)J、TNT換算で4億8,000万tであり、その例をMw9.0: カムチャツカ地震 (1952年)、Mj9.0 (Mw8.9): 東北地方太平洋沖地震 (2011年)、Mw9.2: アラスカ地震(1964年)、Mw9.1~9.3: スマトラ島沖地震 (2004年) と示している。東電のホームページによると福島第一原子力発電所のH21年までの累計発電電力量は9,000億kWhであり、概算するとM=9.0のエネルギーはこの累計発電電力量と同じオーダーになった。TNT換算で4億8,000万tとこれも想像を絶するエネルギー量ではある。

昨日、我が家の墓石が地震で動いたとの連絡をもらった。この巨大なエネルギーの極一部が為した仕事だが、向きを直してくれた後だったので、その様子を見ることは出来なかったが、全部西方を向いていたとの事。西方浄土という意味で西を向いたのではという話も出るほどであった。

3/13には、宮城県は死者の数は1万人を上回るだろうと言う見通しを発表した。地震発生の翌日は1000名台の死亡者数が報道されていたが、何か楽観的な死者数に見えた。その一因に、詳しい情報の収集・分析が出来ていなかった事があるようだ。その点で、気になるのが防災無線システム等が十分に機能したのかという点。結局、携帯も有線電話もその電源は商用電源が頼りになっている。商用電源が使えなくなった時に使えるバックアップ電源が十分でないので、進歩したIT技術も十分使えなかったのではないか。そういう点から見ると電力はインフラのインフラという最も重要なインフラと考えられる。ともかく、住民の安否を把握し危機管理をすべき自治体と中央の連絡がとれなくなるような事態が起こった事は今後の危機管理体制で最初に解決すべき課題のように思われる。この未曾有の緊急事態の最初の1日、2日の間に情報のブラックアウトが生じた事で、初動体制の不備という大きな損失を招来したように思われる。

ともかく携帯・インターネット等IT技術が発達しているが、今回の巨大地震の場合安否情報を確認する事も思うように出来ない人々が多かったと思われる。また原子力発電所でも同じような例が同時に発生しているので、なにか技術の盲点があるように感じられる。携帯電話の場合、基地局が停電で機能しなくなったり、通信制限で機能が発揮できない場合がある。予備のバックアップ電源を使い切って基地局が機能できなくなったとき、その基地局がカバーする範囲内にある携帯電話を小さな無線中継局に切り替えて緊急通信を行う通信路として利用できないだろうか。これは究極的な無線分散システムで、通信システム自体のインテリジェント化に相当すると思うが現在の技術でも十分可能かもしれない。持っていても機能しない携帯電話が緊急通信に役立つならばとつい夢想をしてしまった。

2011年3月12日 (土)

身辺雑記:東北地方太平洋沖巨大地震の脅威にふるえる

2011/3/12

身辺雑記:東北地方太平洋沖巨大地震の脅威にふるえる

午前中はのどかな晴天。篠刈りをして、昼食後は冊子の拾い読み。ついにうとうとしてしまったところにがたがたと大きな地震が来た。大正12年の関東大震災の時の祖母の話によると、庭の水たまりの水が跳ねたとその大きさを教えたくれた。今朝の新聞ではその地震の大きさM(マグニチュード)は7.9との事。今回の地震は最初暫定値としてM=7.9だったが、その後M=8.4と修正された。現在ではM=8.8と観測史上最大の大きさとなっている。インターネットの速報ではこのM値の異なる情報があり、気象庁が地震の大きさを定量的に評価する経過を示しているようだ。

室内にいたが、棚からビデオカセットが落下、台所のテーブルから薬缶が落下、それでもおさまりそうがないのでついに裸足で庭に飛び出した。その後、1時間以内に数回の余震があり、その余震の大きさにも脅威を感じて、玄関先まで出てしまった。この地震をどのように伝えたらよいのかとふと思った。自分の体験に結びつけると、昔のおんぼろバスが舗装をしていないデコボコ道を猛スピードで走っているときのような危険を感じる衝撃とでも言おうか。その後は、かみさんとテレビに釘付けになってしまった。やはり、こういう時は一人ではこころもとない。ラジオを付けっぱなしで寝た。朝6時の時点でNHKのニュースは死者行方不明者1000名以上と伝えた。今回の地震は大津波を伴い、その被害範囲も相当広いという特徴があるようで、阪神・淡路大震災との比較が必要と思い調べてみた。

以下、WIKIPEDIA(最終更新 2011年3月11日 (金) 07:27 )「阪神・淡路大震災」の記事の抜粋:
『発生日 1995年1月17日
発生時刻 5:46:52(JST)
震央  日本淡路島北部沖の明石海峡
北緯34度35.9分
東経135度2.1分
震源の深さ 16km
規模    M 7.3
被害
死傷者数 死者:6,434名
行方不明者:3名
負傷者:43,792名 』

この巨大地震の被害の全貌はまだ見えていない。残念だったのは、一国の総理が、この最大の国難に際して、TVに映ったのが地震発生から数時間経てからであった事。危機管理は初動の良さが後半の良さを決めるのではなかろうか。

地震予知については、2010/3/24の以下の記事に書いた。
http://af06.kazelog.jp/itoshikimono/2010/03/post-cbf0.html

地震大国である事は日本の宿命である。それならば百年ではなく千年の大計としてでも、その予知と予防に取り組むべきではないか。

我が家のアナログテレビでは『2009年7月から始まり、2010年7月5日から完全実施されている地上波アナログ放送レターボックス放送』の枠に地震関係のメッセージガ挿入されていた。

日本の地上デジタルテレビ放送(出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』)の項目で地デジの場合のテレビ情報の遅れが以下のように指摘されている:「緊急地震速報の遅れ
緊急地震速報の場合、アナログテレビ放送に比べて約2秒遅れることが明らかになっている。2008年6月14日に発生した岩手・宮城内陸地震でこの問題が明るみに出た。この遅延問題の解消を目指して総務省、放送局及び電機メーカーは圧縮を施さず速報を送信するように2008年9月から見直しを検討する。緊急地震速報はデータ量が少なく、映像や音声が乱れる悪影響はないと見込んでいる[19]。」

我が家のアナログテレビでは、東北地方で揺れてからしばらくしてゆれて、地震が波として伝わってくるのを実感した。

ところで、東京スカイツリーは一局集中のテレビ塔としてそのまぶしさを喧伝されているが、巨大地震の時、そのアンテナが倒壊等で機能しなかったらどうなる事か。

一本の巨大アンテナより百本の中小アンテナを選んだのが携帯通信である。いわば、分散化はコンピュータ、インターネット、携帯、クラウドコンピュータ等でそのコストと安定性(パフォーマンス)が優れると実証されてきて必然的に今後向かうべき技術的な方向ではないのか。東京スカイツリーは日本の敗戦の原因とも言われる大巨砲主義の産物のように見えてしまう。

今回の巨大地震では停電も各地に発生している。巨大地震の時、携帯も制限される。テレビ、ラジオは一瞬も停波させてはならない情報インフラであることを再度認識したい。

東京タワーのアナログテレビ用のアンテナが傾いた写真が今朝の上毛新聞に載っていた。東京スカイツリーには一抹の不安を覚える。

昨日の天気

TAVE= 3.8
TMAX= 9.8
TMIN= -1.3
DIFF= 11.1
WMAX= 9
SUNS= 7.9
RAIN= 0

2011年3月 3日 (木)

老人の寝言:老人の妄想:身辺雑記:田舎老人徒然草:科挙;雑草句録:モグラ塚。20110303。

2011/3/3
節分。お雛様はもう何年も出していない。虫干しを兼ねて出そうかという話が出たがどうなるのか。昨日は質問サイトに試験問題を送った携帯が特定されたというニュースが流れた。名門大学のブランド価値はこれほどの努力をするだけの価値があるのか。一人の不正行為が多数への迷惑を生んでしまうのが情報化社会でもあるようだ。

追記(2019/11/02):タイトルを追加

老人の寝言:老人の妄想:身辺雑記:田舎老人徒然草:科挙

思い出したのが中国の科挙という制度。国家にとって有用な人物を差別無く登用するという趣旨で実施された、中国版高等国家公務員登用試験であったようだ。争いの絶えない時代にあって曲がりなりにも、科挙により文治が続いたのは特筆すべき事なのかもしれない。その科挙の試験に合格するために受験者は涙ぐましい努力をしたようだ。衣服の下に細かな文字で書いた文を隠す等は序の口らしい。そんな余話を読んだ記憶がある。しかし、科挙に合格しても歴史に名前を残さない人物もあり、逆に科挙の試験に落ちても歴史に名を残した人物もあるようだ。思うに山を掛けてでも一所懸命勉強すれば自然に身につくのではないか。その努力もしないでけしからんというのが大方の世間の見方であろう。しかし、ルールや常識は無視してでも、結果が良ければ全て良しという風潮も一部ではある。こういう問題は尽きる事が無いのか。

昨日の天気

TAVE= 5.3
TMAX= 10
TMIN= 0.4
DIFF= 9.6
WMAX= 8
SUNS= 6.4
RAIN= 0

以下本題。

雑草句録:モグラ塚

■啓蟄の後にもっこりモグラ塚

啓蟄を過ぎた頃からモグラが活動を始める。畑等にこんもりと新しい土山ができるのでそれと分かる。身近な野生哺乳動物というともうモグラくらいしか思い出せない。木の根本、コンクリートや石の下等がモグラのお家のようだ。雨水が入らず、保温性もある点では人間の家と同じだ。モグラ塚はその家からは離れて出来るようで、前線基地のように見える。

○初午に狐の剃りし頭哉     芭蕉

Google検索:約 332 件。検索したが土竜、鼬、狸は芭蕉句に出てこないようだ。狐は出てきた。犬、猫も多そうだ。医門に入った是橘<ぜきつ>の門出を祝した句であると解説があった。背景を知らないとこの句を理解できる人は少ないのではないかと思った。狐が人を化かすという空想さえ通じなくなったのが現代。人が人を化かしている現実。

■こんこんと髭を探して白狐

日本人は狐との付き合いに親近感があるようだ。稲作とともに付き合いが長かったようだ。犬は1万年程度前にオオカミから分化して家畜化されたようだが、狐はどうだったのか。共生関係に近い関係があったのだろう。

2010年12月31日 (金)

身辺雑記:もちつき

2010/12/31

身辺雑記:もちつき

昨日、恒例のもちつきが無事終わった。杵と臼でつくくのでどうしても屋外作業となる。過去を振り返ってみると屋内で餅つきをした記憶もない。そこで伊勢崎のアメダスのデータがある1977~2009年の恒例の餅つき日の天気を調べてみた。一回だけ1mmの雨があったが、それ以外は日照があった。この時期は冬型の天気が安定しているようだ。恒例と言っても年々状況は変わる。餅つきというイベントを通して人が集まり会話が生まれる。最近は餅つきができるのもあと何年云々と冗談とも言えない話が出てくるがそれくらいは続くと思っている。ともかく一年も無事終わり、新しい年を迎えられそうだ。感謝。

追記:一回だけの雨の日の餅つきの記録をたどって見た。大した雨ではなかったので、臼を楠の下に移して続行してその日の餅つきも無事終わっていた。こんな時も、いつもは邪魔者扱いの楠が役立っていたのだ。2010/12/30のアメダスデータが揃った。暇つぶしにアメダスのデータをグラフにしてみた。昨日は終日曇りで日照時間はゼロでこういう天気もこの特定日では珍しいようだ。気温は24Hの平均。日照が無く寒い一日であった。
Tss_utl2010

2010年12月12日 (日)

身辺雑記:生と死(LIFE AND DEATH)

2010/12/12

身辺雑記:生と死(LIFE AND DEATH)

英語では生死、生老病死等どう扱われているのか、暇つぶしで調べた。

2009/12/16に生老病死についてGoogle検索の結果を書いた。

その時のデータは次のようであった。(当時は検索に要した時間を表示していたが、最近はその表示を出していないようだ。時間表示は他社が追随していたが速さを売りとしないという姿勢の表れか。)

生 に一致する日本語のページ 約 34,800,000 件中 1 - 20 件目 (0.42 秒)
老 に一致する日本語のページ 約 3,170,000 件中 1 - 20 件目 (0.11 秒)
病 に一致する日本語のページ 約 14,300,000 件中 1 - 20 件目 (0.48 秒)
死 に一致する日本語のページ 約 15,700,000 件中 1 - 20 件目 (0.31 秒)
生 老 病 死 に一致する日本語のページ 約 501,000 件中 1 - 20 件目 (0.36 秒)
生老病死 に一致する日本語のページ 約 242,000 件中 1 - 20 件目 (0.11 秒)
生老病死苦 に一致する日本語のページ 約 14,400 件中 1 - 20 件目 (0.28 秒)

2010/11/24 6:20に英語版Google検索で人生の主要キーワードについて検索してみた。実はGoogleで最も登録件数が多いキーワードにも関心がある。「A」はアルファベットの始めだけあり150億と出た。日本語も英語も「生/LIFE;死/DEATH」、「金/MONEY」に関してはほぼ近い使い方のように思う。しかし、「老病」に関しては少し違いがあるように感じている。日本語の「老」と「病」に相当する英単語を探すところでつまずいた。Google検索日本版(*)で検索時間の表示が出ない事に気付いた。件数で大きな差があるのは「愛/LOVE」であった。ここに、言葉の使い方の集中と選択があるように見える。言葉は使いすぎるとすり切れてしまうような気もしないではない。暇つぶしをしてしまった。

MONEY:About 829,000,000 results (0.17 seconds)
*金:約 724,000,000 件
LOVE:About 1,770,000,000 results (0.13 seconds)
*愛:約 221,000,000 件
LIFE:About 1,640,000,000 results (0.18 seconds)
DEATH:About 419,000,000 results (0.12 seconds)
AGING:About 41,300,000 results (0.18 seconds)
DISEASE:About 125,000,000 results (0.05 seconds)
A:About 15,100,000,000 results (0.18 seconds)

追記:2010/11/24 6:20に英語版Google検索した時は時間が表示されていた。
念のため、本日再度「A」を検索してみた。

2010/12/12 (日)6:51
○google.co.jpで検索
ウェブ全体から検索 :約 13,910,000,000 件
日本語のページを検索:約 744,000,000 件
○Google.com in English: 17,190,000,000 results
検索時間の表示は無く、ヒット件数も差がある。日々、蓄積される情報は増大しているが、何万件と表示されている情報も全て表示されるわけではなく、ある件数で足切りされている。


追記2(2015/7/8):Googleでのヒット件数比較。「病=1」で規格化。

「病」と「死」は数値的に近い。「病」と「生」は数値的に遠い。
「老」に関して、前回との乖離が大きい。「老」に関心が集中してきているのか?

前回数値比較:
生 に一致する日本語のページ 約 34,800,000 =2.433566433566434
老 に一致する日本語のページ 約 3,170,000 =0.2216783216783217
病 に一致する日本語のページ 約 14,300,000 =1
死 に一致する日本語のページ 約 15,700,000=1.097902097902098

2015年7月8日水曜日:今回検索結果
生:約 403,000,000 件 (0.23 秒) 。2.343023255813953
老:約 293,000,000 件 (0.27 秒) 。1.703488372093023
病:約 172,000,000 件 (0.22 秒) 。=1
死:約 213,000,000 件 (0.21 秒) 。1.238372093023256
生 老 病 死:約 1,810,000 件 (0.26 秒) 。
"生老病死":約 792,000 件 (0.19 秒) 。
生老病死苦:約 455,000 件 (0.24 秒) 。

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  • 橋本 英文: 刃物雑学事典 図解・刃物のすべて(1986年 株式会社 講談社 ブルーバックス B-659)
    刃物という視点で多くの事例が取り上げられている。刃のある道具の理解にも役立つ。類書が少なく貴重な一冊。「すべり変形が切断の原理」という考え方で説明している。
  • 沼田 真   : 植物たちの生( 1972年 岩波新書(青版 833))
    「ご要望にお応えしてアンコール復刊(1988年岩波新書50年記念復刊) 地球生態系の中で自然を見直す」(腰巻きのフレーズ)。植物の知恵と戦略に人類は勝てるのか。
  • 出町 誠: 14_NHK趣味の園芸:よく分かる栽培12ヶ月  カキ(NHK出版2007年)
    初心者向け柿栽培参考書(新版)。旧版と比較すると楽しい。
  • 中村三夫: 13_NHK趣味の園芸:作業12ヶ月  カキ(NHK出版1996年)
    初心者向け柿栽培参考書(旧版)。新版と比較すると楽しい。
  • 山科正平: 12_細胞を読む   電子顕微鏡で見る生命の姿
    細胞はどんな部品からできているのか。そんな疑問に答えてくれる一冊。何事も形を見るのが第一歩。μからÅオーダーの世界で、細胞をメスで解剖するように、電子顕微鏡というメスで解剖して見せてくれるので興味が尽きない。
  • 柳田充弘: 11_細胞から生命が見える
    著者の専門は分子生物学、細胞生物学。普段生物を考えても細胞レベルで止まってしまう。その細胞の中で色々な分子が働いている。細胞こそ生命の基礎だが、その細胞の中の動きを知るのに最適な一冊。疑問の発端はなぜ発根剤が効くのかということ。薬剤が細胞膜を通過して細胞内で分子と分子が作用するイメージができた。本書でできた細胞のイメージは小さな無数の穴が空いた水分が充満したヨーヨーのようなもの。そのヨーヨーの中に分子部品が詰まっている。細胞自体もタライの中のヨーヨーのように浮かんでいる。細胞図面の空白部は真空でなく水分だ。細胞の内外に水がないと細胞は生きられない。水が生命のゆりかごだ!
  • 野口悠紀雄: 10_ホームページにオフィスを作る(2001年 光文社)
    ITが輝いた時代の作品。HPの活用法は参考になる。参考:url=http://www.noguchi.co.jp/(野口悠紀雄 ONLINE)
  • 小池洋男 編著: 09_果樹の接ぎ木・さし木・とり木(農文協:2007/3/31第1刷)
    やや専門的であるが、実務専門化が分担執筆しており、その場で役に立つ一冊。
  • ノーバート・ウィーナー(鎮目恭夫訳): 08_サイバネティックスはいかにして生まれたか(みすず書房1956)
    情報と通信という現代社会に不可欠の基礎的な学問を作った著者の自伝とそれを通した科学史
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