2011年3月17日 (木)

環境雑録:原子力事故と現代文明の脆弱性

2011/3/17
3/19の北関東自動車道の全線開通が間近に迫ってきたが、それを祝す雰囲気は完全に消失している。食料も燃料も逼迫している。それに加えて、冬型の寒い天気となっている。AMEDAS今朝6時の気温は-0.8℃。自然の力の前に人間の非力さを感じる。膨大なエネルギーを使えば自然さえ征服できるという傲慢な考えがしみついてしまったのが現代文明の一面かもしれない。自然の摂理に従い、困難を乗り切るという方向に舵をきる必要がありそうだ。

昨日の天気

TAVE= 5.2
TMAX= 10.1
TMIN= 0.2
DIFF= 9.9
WMAX= 11
SUNS= 8.3
RAIN= 1

以下本題。

環境雑録:原子力事故と現代文明の脆弱性

東京電力福島原子力発電の事故は日増しに深刻さを増している。この悪夢の、前例は「東海村JCO臨界事故」(WIKIPEDIA:http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%9D%B1%E6%B5%B7%E6%9D%91JCO%E8%87%A8%E7%95%8C%E4%BA%8B%E6%95%85)でレビューできる。テレビで原子力工学の専門家が、事態の客観的な判断をするにもどのような核物質が放出されているかの情報開示が無いと、当局への情報開示を要請していた。危険だから待避せよという指示だけでは、待避に大きな負担を余儀なくされる市民は納得ができない。

核分裂反応/出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)(最終更新 2011年3月13日 (日) 09:23 )(http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%A0%B8%E5%88%86%E8%A3%82%E5%8F%8D%E5%BF%9C)』によると、核分裂反応 について、「中性子を吸収したウラン235が、クリプトン92とバリウム141に分裂した例。この分裂の際、平均2 - 3個の高速中性子が放出される。この中性子が別のウラン235に再び吸収され、新たな核分裂反応を引き起こすことを核分裂連鎖反応という。この連鎖反応をゆっくりと進行させ、持続的にエネルギーを取り出すことに成功したのが原子炉である。一方、この連鎖反応を高速で進行させ、膨大なエネルギーを一瞬のうちに取り出すのが原子爆弾である。」と説明している。

東京電力福島原子力発電所の原発も地震当時一部は整備で停止中だったが、その他は稼働していた。地震でその稼働は停止したが、核燃料は燃え続けるられる状態にあったであろう。ともかく、今回の原発事故で、事態は刻々と悪い方向へ向かっているが、必要十分な情報がその情報を握る情報源から出てこないことに大きな不満といらだちがある。我が家でも、息子が心配して、小窓まで閉めていた。放射能は群馬県でも検出され群馬県のホームページにその情報があった。当局のデータの開示でも「直ちに健康に影響を与えるレベルではないと考えられる」と目先の事にしか言及しない、いわば責任逃れのような対応に終始しているのが実状である。

ネット上には色々な情報があるが、知りたい情報になかなかたどり着けない。そんななか、「原子力資料情報室」のサイト(http://www.cnic.jp/)に、『放射能ミニ知識』という記事があった。また、「原子力資料情報室」を運営してきた高木仁三郎についても記事(http://cnic.jp/takagi/)がある。その中の「年譜 高木仁三郎が歩いた道」を見ると、群馬県が生んだ科学者、平和運動家で原子力問題に一生を捧げたようだ。高木仁三郎/出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)(http://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%AB%98%E6%9C%A8%E4%BB%81%E4%B8%89%E9%83%8E)(最終更新 2011年3月2日 (水) 08:21 )』によると「高木 仁三郎(たかぎ じんざぶろう、1938年7月18日 - 2000年10月8日)は、日本の科学者であり、脱原子力運動の中心人物であった。」とある。

「友へ 高木仁三郎からの最後のメッセージ(http://cnic.jp/takagi/words/tomohe.html)」で、高木仁三郎は「残念ながら、原子力最後の日は見ることができず、私の方が先に逝かねばならなくなりましたが、せめて「プルトニウムの最後の日」くらいは、目にしたかったです。でもそれはもう時間の問題でしょう。すでにあらゆる事実が、私たちの主張が正しかったことを示しています。なお、楽観できないのは、この末期症状の中で、巨大な事故や不正が原子力の世界を襲う危険でしょう。JCO事故からロシア原潜事故までのこの1年間を考えるとき、原子力時代の末期症状による大事故の危険と結局は放射性廃棄物が垂れ流しになっていくのではないかということに対する危惧の念は、今、先に逝ってしまう人間の心を最も悩ますものです。」と述べている。

今日の福島原発事故がどのような経過をたどるか予断を許さないが、被害が最小になるように解決されるよう願うばかりである。高木仁三郎が最後のメッセージで訴えてから10年余後に今回の事故が発生してしまった。東北関東大震災からの復興にも電力や石油が不可欠である。原子力の危険を根本から断つには今日の文明自体の改質が迫られる。その原点になるのは、過去の歴史を学び、その教訓を生かし、一人一人が意識を変えて行く以外にないのだろう。

2011年3月16日 (水)

環境雑録:東京電力福島第一原子力発電所の事故

2011/3/16
環境雑録:東京電力福島第一原子力発電所の事故

大抵、大災害の時一国の代表が視察に向かう場所はその被害が甚大な所と考えるのが常識であろう。総理の3月12日のメッセージで「私は、本日、午前6時に自衛隊のヘリコプターで現地を視察いたしました。まず、福島の第一原子力発電所に出向き、その現場の関係者と実態をしっかりと話を聞くことができました。  加えて、仙台、石巻、そういった地域についても、ヘリコプターの中から現地を詳しく視察をいたしました。」(首相官邸ホームページ:菅総理の演説・記者会見等 )とある。首相は「福島の第一原子力発電所に出向」いたが、ようやくその意味が分かりかけてきた。未曾有の巨大地震の上に加えて、未曾有の原子力発電所事故の発生がすでに予見されていたのではないか。それならば、その時点でどんな対策が指示されたのかを知りたいところだ。広島・長崎の原子爆弾の被爆に日本人の原子力に対する意識の原点があるだろう。原子核反応の平和利用が原子力発電である。この二つのベクトルを合わせる事は難しい。しかし、それを実現できるのは日本のみだ。政府と東電が一体で危機対応にあたる「福島原子力発電所事故対策統合本部」が設置された。後手、後手の連続であるが、事故の拡大を水際ででも阻止してもらいたい。

放射能に関しては、その怖さは誰もが知っている。しかし、一般人には、見えない、知らないという点で大きな不安を誰もが抱えている。自由空間に放出された放射能は集めることも処分する事も困難になる。放射能を出さない他の物質に崩壊するまで長い期間待つ以外に処置のしようがない。東京電力福島原子力発電所の事故でたどりついたブログに「かまたみのる公式ブログ   八ヶ岳山麓日記」があった(ここにリンクさせていただく:http://kamata-minoru.cocolog-nifty.com/)。鎌田氏は、放射能汚染地帯の支援をされ、今回の原発事故について連続でブログを書かれている。日本の原発事故にかんしても是非頑張って頂きたい。

昨日の天気

TAVE= 8.7
TMAX= 12
TMIN= 4.7
DIFF= 7.3
WMAX= 5
SUNS= 0.1
RAIN= 0

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計画停電についてのメモ:
(1)デスクトップPCを使っていて、ちょっと離れていた間に計画停電に入り、パソコンがダウンしてしまった。スキャンディスク後なんとか立ち上がった。
(2)計画停電中に受話器を上げるとツーと音がして通話が出来る状態であった。実は光電話で確かめて見たかった。
(3)電気事業法(WIKIPEDIAにこの法律の背景等が書かれている。一般家庭等に電気を供給する事業(一般電気事業)は、その重要性に鑑み、今日でも地域独占に近い特権が与えられている。その特権の対価として重い電力供給義務が課せられていると思う。)今回、東京電力が利用者の利便を無視して、計画停電という美名の本に行った手前勝手計画停電を、電気事業法という観点から考察するのも、事業の公共性と言う点から重要であるだろう。東京電力が電気事業法の理念に基づき、火力、水力、原子力発電等その特徴に添って、電気供給義務を死守していれば、今日のような事態には陥らなかった筈であろう。今回の手前勝手計画停電が、原子力発電事故を隠蔽して、更に濡れ手に粟の既得権になってしまうと、計画停電という美名の本に、利用者の利便性は著しく阻害されてしまうと思われる。利用者にとっては、競争がないので電気料は言いなり、電気の供給も言いなりというチェックアンドバランスという機能が全く働かない、モンスターになってしまう。今日まで、東京電力と言えども、計画停電等という電気事業法を無視したような行動は一度もとってきていなかったと思う。もし、東京電力が計画停電を行うのであれば、それは利用者と供給者の完全な同意に基づかなければならないだろう。その同意形成を完全に無視した今回の東京電力の行為は電気事業法にも違反するのではなかろうか。電気事業法という法律の存在は知っていたが、その条文を読んだのは初めてのように思う。勉強のため重要な条文を抜き出してみたい。
(4)東京電力の原子力発電所の事故に関して、適時適正な情報が公開されていない事は計画停電に関しても全く同様な状況である。
(5)鎌田医師がブログで述べているように、原子力発電所の事故の処理を現場で必死に行っている担当者がいる。当然、放射線を被曝して発病さえ覚悟しているだろう。同様に、計画停電に対応して、自分の現場で必死に対策に振り回されている多数の担当者がいる。東京電力の経営層には、現場に出てこのような現場の姿を正視できる人材がいるのか。
(6)東京電力原発事故、計画停電等の報道で東北関東大震災の各地の被害報道のチャンネル幅が相対的に狭められているように感じる。

以下電気事業法の抜粋

 第一章 総則
(目的)
第一条  この法律は、電気事業の運営を適正かつ合理的ならしめることによつて、電気の使用者の利益を保護し、及び電気事業の健全な発達を図るとともに、電気工作物の工事、維持及び運用を規制することによつて、公共の安全を確保し、及び環境の保全を図ることを目的とする。
(この条文に照らして、一方的な手前勝手計画停電は許されるのだろうか。電気の使用者の利益はこの法律により保護されねばならないのではないか。)

第二章 電気事業
第一節 事業の許可等
(事業の許可)
第三条  電気事業(特定規模電気事業を除く。以下この節(第五条第七号及び第十七条第一項を除く。)において同じ。)を営もうとする者は、経済産業大臣の許可を受けなければならない。
2  前項の許可は、一般電気事業、卸電気事業及び特定電気事業の区分により行う。
(東京電力等の一般電気事業は許可の基準として公共の利益という重い制約を課せられている。手前勝手計画停電は事業者をより強くして、利用者をより弱くしてしまうおそれが大きいだろう。)

(許可の基準)
第五条  経済産業大臣は、第三条第一項の許可の申請が次の各号のいずれにも適合していると認めるときでなければ、同項の許可をしてはならない。
一  その電気事業の開始が一般の需要、一般電気事業の需要又は供給地点における需要に適合すること。
二  その電気事業を適確に遂行するに足りる経理的基礎及び技術的能力があること。
三  その電気事業の計画が確実であること。
四  一般電気事業又は特定電気事業にあつては、その事業の用に供する電気工作物の能力がその供給区域又は供給地点における電気の需要に応ずることができるものであること。
五  一般電気事業にあつては、その事業の開始によつてその供給区域の全部又は一部について一般電気事業の用に供する電気工作物が著しく過剰とならないこと。
六  特定電気事業でその供給地点が一般電気事業者の供給区域内にあるものにあつては、その事業の開始によつて当該一般電気事業者の供給区域内の電気の使用者の利益が阻害されるおそれがないこと。
七  前各号に掲げるもののほか、一般電気事業及び卸電気事業にあつては、その事業の開始が電気事業の総合的かつ合理的な発達その他の公共の利益の増進のため必要かつ適切であること、特定電気事業にあつては、その事業の開始が公共の利益に照らして適切であること

(事業の休止及び廃止並びに法人の解散)
第十四条  電気事業者は、電気事業の全部又は一部を休止し、又は廃止しようとするときは、経済産業大臣の許可を受けなければならない。 (計画停電は電気事業の一部の休止に該当するのか?)

 第二節 業務
 第一款 供給
(供給義務等)
第十八条  一般電気事業者は、正当な理由がなければ、その供給区域における一般の需要(事業開始地点における需要及び特定規模需要を除く。)に応ずる電気の供給を拒んではならない。
(一方的な計画停電は本条の規定に反するのではないか。原子力発電は、予めその放射能の危険性が明確であるので、その危険性を無視した原子力発電の建設や運用は正当な理由になり得ないであろう。)

(一般電気事業者の供給約款等)
第十九条  一般電気事業者は、一般の需要(特定規模需要を除く。)に応ずる電気の供給に係る料金その他の供給条件について、経済産業省令で定めるところにより、供給約款を定め、経済産業大臣の認可を受けなければならない。これを変更しようとするときも、同様とする。
2  経済産業大臣は、前項の認可の申請が次の各号のいずれにも適合していると認めるときは、同項の認可をしなければならない。
一  料金が能率的な経営の下における適正な原価に適正な利潤を加えたものであること。
二  料金が供給の種類により定率又は定額をもつて明確に定められていること。
三  一般電気事業者及び電気の使用者の責任に関する事項並びに電気計器その他の用品及び配線工事その他の工事に関する費用の負担の方法が適正かつ明確に定められていること。
四  特定の者に対して不当な差別的取扱いをするものでないこと。
(この条項「料金が能率的な経営の下における適正な原価に適正な利潤を加えたものであること。」により、一般電気事業者の能率的な経営の下における利潤が保証されるようだ。)

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2011年3月15日 (火)

雑草句録:かじかむ手

2011/3/15
身辺雑記:東北関東大震災雑感

計画停電に関して、東京電力は短時間の内に二転三転する記者発表で大きな混乱を招き、かつ世間の不信を買ったかのような動きを示した。しかし、それは福島第一原子力発電所の事故を隠す煙幕にはならなかった。むしろ、その事故を際だたせたのではなかったか。asahi.com(2011年3月14日15時34分)の「14日の東京株式市場で、大震災の影響で原子力発電所の事故対応に追われる東京電力の株価が前週末終値比500円安の1621円でストップ安となった。」という、株価の反応が東京電力の現状を余すことなく語っているようでもある。東京電力福島第一原子力発電所1号機から3号機まで、同じような冷却系の事故が生じている事は何か構造的な重大な欠陥があるように感じる。一方、本日は気象庁以外の防災機関が津波が発生しているという誤った情報を現場に流し、気象庁がその情報を否定するような発表をして、危機管理情報の共有化ができておらず、混乱を生じたという事件もあった。東北地方太平洋沖地震は色々な意味で多くの教訓を残してくれるだろうと思うが、その授業料は余りにも大きすぎる。

昨日の天気

TAVE= 11.7
TMAX= 18.1
TMIN= 3.7
DIFF= 14.4
WMAX= 3
SUNS= 5.3
RAIN= 0

以下本題。

雑草句録:かじかむ手

■退職のアイサツメールかじかむ手

一回だけの記念すべきメール。自宅で寒さにこらえて打った。

○このほどを花に礼いふ別れ哉     芭蕉

長期間滞留した門弟宅を去る時の一句。門弟にむかって礼を言うべきところを花にすりかえてしまったようだ。ここに記録と文芸の差がでているのであろう。芭蕉も門弟もとぼけ加減を楽しんでいるようだ。

■とぼけれど尚名残ある別れかな

追記1:計画停電は3/14の夕刻にあるグループで実施された。しかし、どういう条件で実施するのか明確に公告されていない。余りにもアバウトなのだ。従って、受電する利用者が計画を立てられない。一方、利用者は身を切って自己防衛、自前対策をしている。利用者にも膨大な損害が及ぶのである。計画停電を続行するのならば、東京電力は自社が現在供給している総電力をリアルタイムで公表し、それが停電限界の何%かも同時に公表すべきではないか。国民もそれなりに聡明だろう。信頼できるデータがリアルタイムに流されれば自然に自制が働くだろう。原発事故で供給能力が何%低下したのかもはっきりさせないで、その事故のつけを利用者に回すのも道義上も許されないだろう。当然、天災で東京電力が被った被害は誰でも理解できるが、納得できるデータに基づく何の説明もなく計画停電を唐突に強行するのは誰にも理解できないだろう。

追記2:退職挨拶メールを探したらまだ残っていた。何事も始まりと終わりがある。奇しくもこのメールの未曾有の難局とは、新潟県中越地震であった。東北関東大地震も一つの出来事の終わりであり、新しい復活の歴史の出発でもあると思う。東北地方は半導体関係の会社は少なかったと思うが、販売支援の仕事で数社訪問した記憶がある。昨日は、津波と大火で心配が大きかった被災地に勤務する甥が無事であると確認でき安心した。東北関東大地震も新しい歴史の一里塚になって欲しい。

「お世話になったみなさまへ

在職中は公私ともに大変お世話になりました。

未曾有の難局に直面しているなか、
この度、本日○月○日で○○を退職することになりました。
入社以来、成長産業である半導体事業、主に開発関係の
仕事に従事できたことはなによりの幸せであったと感謝しております。
30有余年にわたる仕事を落ち着いて振り返るいとまはありませんが、
先輩、上司、同僚に支えられて時には
新しいことにチャレンジし、時には失敗し、仕事の分野も
いくつか変わりましたが、その中で多くの方々と
一緒に仕事させていただくことができたのは私にとって
なによりの財産となりましたことに心より感謝申し上げます。
本当にありがとうございます。
○○半導体もいろいろな危機を乗り越えてきた実績があります。
全員が一丸となって知恵を出し合い必死に頑張れば
この難局も解決できるものと確信しております。
早期の復活を念願してやみません。」

2011年3月14日 (月)

身辺雑記:東北地方太平洋沖地震から東北・関東超巨大地震へ

2011/3/14
本日から輪番(計画)停電が実施される。朝日、毎日のNETニュースでは「東日本大震災」という言葉が出現。「東北・関東超巨大地震」という呼び名も出てきた。超巨大地震地震とその余波を受けた原子力発電所の事故という重圧ものしかかっている。ガソリンもパンや牛乳等も店頭から姿を消したようだ。売り惜しみ、便乗値上げが被災地以外も直撃しそうな気配だ。耐えるしかない。

追記:朝の計画停電の対象地区になっていたので日が変わって、丑三つ時にブログをかいた。朝、いつもの通り電灯のSWを入れると点灯した。おかしいなと思いつつ、その電灯で新聞を読んだ。7時AM頃。上毛新聞のページをめくると東電の計画停電の全面広告が目に飛び込んできた。それに続いて、テレビが第一グループの計画停電の実施が見送られたと報じた。東電のホームページを開くと計画停電の告知がトップに出ていた。しかし、その内容はPDFで、自分のACROBAT READERのバージョンが6なのか、読めない。以上の経緯を見ると計画停電の実施がある程度、計画的に企画された事が窺える。しかし、計画停電は何の前触れもなく唐突に、準備のゆとりもなく実施されようとしていた。それが、一夜明けて撤回となると、その対応自体の信頼性がゆらいでしまう。東電のホームページには今朝の7時台では計画停電の中止は一切出ていない。ともかく、こういう非常事態には正確で信頼できる情報が絶対に必要である。電力各社は生活や事業のインフラを担う基幹産業であり、経費に利益を上乗せして決して赤字にならない経営が保証されていると学生時代に、送配電工学の授業で教えられた事が思い出される。それを言い直せば、電力各社は、身を切っても電力供給責任を果たさねばならないという事であろう。ところが、今回の対応はオオカミ少年になりかけてしまったようで、当局の腹のすわらない態度が透けてみえてしまったように感じる。一般市民も、正確で信頼できる情報を適時に知ることができれば正しい判断ができる筈だ。一般市民は報道を信じて、不便や危険を覚悟してまで実施当日の行動を計画した筈だ。原発の事故はいくら弁明してもその責任は当局にあるのである。それを自分の不利にならないような情報の二次的な操作で眩まそうとした低意はなかったか。疑問なのは、電力量という数値で電力の需要と供給能力は定量的に表せるのであるが、その数値が一切公表されていない事だ。この数値が公表されれば、小学生でも停電や節電の意義が判断できる事だ。思うに、計画停電の実施の予告無しの唐突な実施は、企業のエゴに基づき、二次災害を引き起こすことが明確になり、企業責任を果たせなくなると言う認識が明確になったからではないか。

昨日の天気

TAVE= 10.2
TMAX= 18.9
TMIN= 2.6
DIFF= 16.3
WMAX= 3
SUNS= 11.1
RAIN= 0

以下本題。

身辺雑記:東北地方太平洋沖地震から東北・関東超巨大地震へ

気象庁は東北地方太平洋沖地震の大きさ(マグニチュード)をM=8.8からM=9.0に上方修正した。これがどういう経緯で為されたか定かではない。ともかく、科学的データだけではなく、その被害の大きさも加味されたように感じた。本震は単発事象なのだからデータはただ1セットしかないだろう。そのデータの読み方や解釈を変えたのであろうと考えた。心理的・現象的には、地震による被害の部分は津波のによる被害の部分に覆われてしまいそうに感じる。WIKIPEDIAによるとマグニチュードの定義も色々ある。出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』(最終更新 2011年3月13日 (日) 09:13 )の「マグニチュードの大小の目安」によると、M=9.0は 超巨大地震 に分類され、エネルギー換算で2 ×10↑18(10の18乗)J、TNT換算で4億8,000万tであり、その例をMw9.0: カムチャツカ地震 (1952年)、Mj9.0 (Mw8.9): 東北地方太平洋沖地震 (2011年)、Mw9.2: アラスカ地震(1964年)、Mw9.1~9.3: スマトラ島沖地震 (2004年) と示している。東電のホームページによると福島第一原子力発電所のH21年までの累計発電電力量は9,000億kWhであり、概算するとM=9.0のエネルギーはこの累計発電電力量と同じオーダーになった。TNT換算で4億8,000万tとこれも想像を絶するエネルギー量ではある。

昨日、我が家の墓石が地震で動いたとの連絡をもらった。この巨大なエネルギーの極一部が為した仕事だが、向きを直してくれた後だったので、その様子を見ることは出来なかったが、全部西方を向いていたとの事。西方浄土という意味で西を向いたのではという話も出るほどであった。

3/13には、宮城県は死者の数は1万人を上回るだろうと言う見通しを発表した。地震発生の翌日は1000名台の死亡者数が報道されていたが、何か楽観的な死者数に見えた。その一因に、詳しい情報の収集・分析が出来ていなかった事があるようだ。その点で、気になるのが防災無線システム等が十分に機能したのかという点。結局、携帯も有線電話もその電源は商用電源が頼りになっている。商用電源が使えなくなった時に使えるバックアップ電源が十分でないので、進歩したIT技術も十分使えなかったのではないか。そういう点から見ると電力はインフラのインフラという最も重要なインフラと考えられる。ともかく、住民の安否を把握し危機管理をすべき自治体と中央の連絡がとれなくなるような事態が起こった事は今後の危機管理体制で最初に解決すべき課題のように思われる。この未曾有の緊急事態の最初の1日、2日の間に情報のブラックアウトが生じた事で、初動体制の不備という大きな損失を招来したように思われる。

ともかく携帯・インターネット等IT技術が発達しているが、今回の巨大地震の場合安否情報を確認する事も思うように出来ない人々が多かったと思われる。また原子力発電所でも同じような例が同時に発生しているので、なにか技術の盲点があるように感じられる。携帯電話の場合、基地局が停電で機能しなくなったり、通信制限で機能が発揮できない場合がある。予備のバックアップ電源を使い切って基地局が機能できなくなったとき、その基地局がカバーする範囲内にある携帯電話を小さな無線中継局に切り替えて緊急通信を行う通信路として利用できないだろうか。これは究極的な無線分散システムで、通信システム自体のインテリジェント化に相当すると思うが現在の技術でも十分可能かもしれない。持っていても機能しない携帯電話が緊急通信に役立つならばとつい夢想をしてしまった。

2011年3月13日 (日)

環境雑録:巨大地震による原子力発電所の事故

2011/3/13

環境雑録:巨大地震による原子力発電所の事故

東北地方太平洋沖地震の翌朝、庭の石灯籠が倒れていると声がかかった。灯籠の各段は特に固定されておらず、単に積み上げたあっただけだが、今まで無事に立っていた。ところが、今回の地震では無惨にも、完全にバラバラになり、倒れていた。重心が高いところにあり、地震のゆれで足をすくわれたようだ。県内でも類似の被害はあったと思う。この巨大地震の全容が明らかになりつつあるにつけて、文明社会のもろさを痛感する。

特に原子力発電と巨大地震の関係が心配になった。3/12午前、首相は東京電力福島原子力発電所を視察した。その後になって、炉心の冷却水の水位が低下し、放射能を含んだ物質が排出される危険があるとして、福島第一原子力発電所周辺半径10Km以内の住民の避難命令が出された。更に、それに続いて爆発が起こり、建屋の外壁が飛散したのを受けて避難命令は半径20Km以内に拡大された。爆発の原因は発生した水素と空中の酸素が反応した事とされている。原子炉格納容器は破損していないと説明されているが、核分裂物質が検出されている事も発表している。現在、異例の海水注入と中性子を減速させて核反応の進行を抑えるホウ素を使用した対策が採られている。この対策がうまくゆく事を願うばかりだ。今回の福島第一原子力発電所の事故はJCOの臨界事故と同じレベルの4(最高レベルは7だったと思う)であると朝のNHKラジオニュースが伝えた。

JCOの臨界事故については、2010/8/24のブログに書いた。
http://af06.kazelog.jp/itoshikimono/2010/08/post-af04.html

振り返ってみると、この臨界事故では死者二名と数百名の被爆者を出している。放射能事故は直接眼に見えない上に、被爆すると長期間にわたり後遺症の心配が残る。今回の避難命令もJCOの臨界事故という悪夢のような前例が背景にあったのか。ともかく、原子炉を安全に保つ冷却装置は原子炉設計と運用の最も基本の部分だろう。JCOの臨界事故の後だったか、原子炉建設にはトラック数台分ほどの設計資料があるという話を聞いた事がある。デザインレビュー等でその資料を綿密に検討して来ているとは信じるが、どこかにその間隙をすりぬけた不適合があったのか。JCOの臨界事故の場合も操作マニュアルはあったが、現場はそのマニュアルに従っていなかったような不適合があったと記憶している。再発防止云々が問われると思うが、原爆の歌と同じように三度許すまじという覚悟で臨んでいただきたいという気持を誰でも持つであろう。特に原発を持つ自治体やその住民は今回の事態を深刻に受け取っていると思う。

Tourou_tentou

2011年3月12日 (土)

身辺雑記:東北地方太平洋沖巨大地震の脅威にふるえる

2011/3/12

身辺雑記:東北地方太平洋沖巨大地震の脅威にふるえる

午前中はのどかな晴天。篠刈りをして、昼食後は冊子の拾い読み。ついにうとうとしてしまったところにがたがたと大きな地震が来た。大正12年の関東大震災の時の祖母の話によると、庭の水たまりの水が跳ねたとその大きさを教えたくれた。今朝の新聞ではその地震の大きさM(マグニチュード)は7.9との事。今回の地震は最初暫定値としてM=7.9だったが、その後M=8.4と修正された。現在ではM=8.8と観測史上最大の大きさとなっている。インターネットの速報ではこのM値の異なる情報があり、気象庁が地震の大きさを定量的に評価する経過を示しているようだ。

室内にいたが、棚からビデオカセットが落下、台所のテーブルから薬缶が落下、それでもおさまりそうがないのでついに裸足で庭に飛び出した。その後、1時間以内に数回の余震があり、その余震の大きさにも脅威を感じて、玄関先まで出てしまった。この地震をどのように伝えたらよいのかとふと思った。自分の体験に結びつけると、昔のおんぼろバスが舗装をしていないデコボコ道を猛スピードで走っているときのような危険を感じる衝撃とでも言おうか。その後は、かみさんとテレビに釘付けになってしまった。やはり、こういう時は一人ではこころもとない。ラジオを付けっぱなしで寝た。朝6時の時点でNHKのニュースは死者行方不明者1000名以上と伝えた。今回の地震は大津波を伴い、その被害範囲も相当広いという特徴があるようで、阪神・淡路大震災との比較が必要と思い調べてみた。

以下、WIKIPEDIA(最終更新 2011年3月11日 (金) 07:27 )「阪神・淡路大震災」の記事の抜粋:
『発生日 1995年1月17日
発生時刻 5:46:52(JST)
震央  日本淡路島北部沖の明石海峡
北緯34度35.9分
東経135度2.1分
震源の深さ 16km
規模    M 7.3
被害
死傷者数 死者:6,434名
行方不明者:3名
負傷者:43,792名 』

この巨大地震の被害の全貌はまだ見えていない。残念だったのは、一国の総理が、この最大の国難に際して、TVに映ったのが地震発生から数時間経てからであった事。危機管理は初動の良さが後半の良さを決めるのではなかろうか。

地震予知については、2010/3/24の以下の記事に書いた。
http://af06.kazelog.jp/itoshikimono/2010/03/post-cbf0.html

地震大国である事は日本の宿命である。それならば百年ではなく千年の大計としてでも、その予知と予防に取り組むべきではないか。

我が家のアナログテレビでは『2009年7月から始まり、2010年7月5日から完全実施されている地上波アナログ放送レターボックス放送』の枠に地震関係のメッセージガ挿入されていた。

日本の地上デジタルテレビ放送(出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』)の項目で地デジの場合のテレビ情報の遅れが以下のように指摘されている:「緊急地震速報の遅れ
緊急地震速報の場合、アナログテレビ放送に比べて約2秒遅れることが明らかになっている。2008年6月14日に発生した岩手・宮城内陸地震でこの問題が明るみに出た。この遅延問題の解消を目指して総務省、放送局及び電機メーカーは圧縮を施さず速報を送信するように2008年9月から見直しを検討する。緊急地震速報はデータ量が少なく、映像や音声が乱れる悪影響はないと見込んでいる[19]。」

我が家のアナログテレビでは、東北地方で揺れてからしばらくしてゆれて、地震が波として伝わってくるのを実感した。

ところで、東京スカイツリーは一局集中のテレビ塔としてそのまぶしさを喧伝されているが、巨大地震の時、そのアンテナが倒壊等で機能しなかったらどうなる事か。

一本の巨大アンテナより百本の中小アンテナを選んだのが携帯通信である。いわば、分散化はコンピュータ、インターネット、携帯、クラウドコンピュータ等でそのコストと安定性(パフォーマンス)が優れると実証されてきて必然的に今後向かうべき技術的な方向ではないのか。東京スカイツリーは日本の敗戦の原因とも言われる大巨砲主義の産物のように見えてしまう。

今回の巨大地震では停電も各地に発生している。巨大地震の時、携帯も制限される。テレビ、ラジオは一瞬も停波させてはならない情報インフラであることを再度認識したい。

東京タワーのアナログテレビ用のアンテナが傾いた写真が今朝の上毛新聞に載っていた。東京スカイツリーには一抹の不安を覚える。

昨日の天気

TAVE= 3.8
TMAX= 9.8
TMIN= -1.3
DIFF= 11.1
WMAX= 9
SUNS= 7.9
RAIN= 0

2011年3月11日 (金)

雑草句録:紅みつまた

2011/3/11
朝はまだ寒い。今朝6時の気温;アメダス:-1.3℃、我が家の外気:-3.6℃。明け烏の声が朝一番に聞こえてくる。この季節のこの寒さに何となく合うような感じがする。

昨日の天気

TAVE= 3.6
TMAX= 7.6
TMIN= -0.3
DIFF= 7.9
WMAX= 6
SUNS= 10.7
RAIN= 0

以下本題。

雑草句録:紅みつまた

■いざ咲けと紅みつまたの苗を買う

紅みつまたの花は白いみつまたの花とは異なる風情がある。その後どうしたのか。

○霜枯に咲くは辛気の花野哉     芭蕉

芭蕉24歳時の作とか。辛気とは冬の過酷さの事か。辛気の花野とは形容矛盾のように見える。結局、霜枯れ、咲く、辛気、花野というキーワードを並べただけで、後は勝手にイメージを作れというような印象を受けてしまう。霜枯れ+辛気と咲く+花野という連想を働かせて解釈する必要がある。もう少しイメージをふくらませて詠みたいところだ。霜枯れの中に花が咲いているイメージはどうか。

■霜枯て紅白粉に花萎む

2011年3月10日 (木)

技術断想:感性を見直す

2011/3/10
昨日の朝晩寒いときにクシャミの連発と鼻水に襲われた。いよいよ花粉症の発現か。身体を暖かくしているとその症状も治る。鼻風邪と類似の症状なので困る。しかし、自分の身体が発している注意情報と考えるとそれを受容する以外にないのであろう。冷気が症状を起こす閾値を変えているようだ。今朝6:30の外気温は-0.5℃程度で、AMEDASの6:00の気温が-0.3℃。古い温度計もそれ程狂っていそうもない。頻繁に寒暖の変化が続くと人間の体感温度の方が狂いそうだ。

昨日の天気

TAVE= 5.9
TMAX= 11.2
TMIN= 2
DIFF= 9.2
WMAX= 8
SUNS= 8.8
RAIN= 0

以下本題。

技術断想:感性を見直す

平強氏の「挑戦せよ」というタイトルのブログはアメリカの半導体のメッカといわれるシリコンバレーの話題と同氏がたどった技術者としての足取りを通してベンチャー企業や若き技術者等に色々なアピールをしているので興味をもって読ませて頂いている。

今年の3月の記事のタイトルは、「感性は力」というテーマで本の紹介をしている。そこで取り上げている課題が「失われた20年、いまだ立ち上がれぬ日本経済、そして活力を失った日本の若者たち、どうしたら彼等をエキサイトできるのだろうか。」という問題意識である。紹介されている本は「芳村思風さんと行徳哲男さんの共著“いまこそ感性は力”」と「Steve Jobsのことを書いた“The Innovative Secret of Steve Jobs.”」という本の二冊。

人間の特性は知情意というような分類もある。日本は、明治以降は和魂洋才というような割り切り方でこの百年程度をしのいで来たのではないか。洋才とはまさに科学技術に代表される分野。この部分は足らないことはすぐに分かる。しかし、精神面から西洋を理解し西洋に追いつくことは拙速にできないので、その部分は自前の和魂でしのいだように感じる。

日本の近代化では知の部分の学校制度の普及が大きく寄与したと思う。そこで、知識こそ何よりも貴重な物という固定観念が生まれたのではないか。しばらくの間それで成功してきたので、情意の部分のウエイトが下がって、軽視されるような傾向になってしまったのではないか。

西洋の知とは多数決の知とはどうも違うように思われてしまう。それは、ガリレオやコペルニクス等自分が実験や観察で確実であると信じる事が自分の存在とつながるような個人主義的な価値観があるように感じる。それは、先日書いた、風の男、白州次郎の中に出てくるケンブリッジ大学のJ.J.トムソンのような個性を尊ぶ精神に通じるのではないか。

ところが、日本の場合、お題目では個性の尊重を唱えるが、常識に反するような言動はそれとなく常識寄りに誘導されてしまうような雰囲気が至る所にあるように思われる。感性という言葉自身が既に日本では酷使されすぎてその意味が希薄化しているようだが、その点感性を情意と読み替えると、更に大きな意味があるように感じる。感性は主に感じる能力だろうが、何をどのように感じるか、それをどのような行動として出力するかが情意の部分であろう。いわば、感性を行動に変換するエンジンが情意のように感じる。

こう考えると「感性は力」という意味も納得できる。平強氏のブログの「挑戦せよ」というタイトルは平氏の創業を支援するというコンセプトを掲げたものだろう。何事も自分の信念で始めた仕事は貫徹するのが望ましい。物事や事業の始まりや成長もその初期の段階で気配を感じる感性が必要だ。またその意志を貫徹するためには情意も不可欠だ。「感性は力」という観点も挑戦には必要なようだ。

ブログ「挑戦せよ」⇒http://tsuyoshitaira.com/

スティーブ・ジョブズについては以下のWIKIPEDIA(最終更新 2011年2月22日 (火) 13:35 )に記事があり大変参考になった。その中で「その後、1972年オレゴン州のリード大学へ進学した。ジョブズは、大学に半年間通ったが、自分が大学院の教授より優れていることを知り、大学にいても意味が無いと言って中退してしまう。」と述べられていた。マイクロソフトのビル・ゲイツもハーバード大学を中退している。携帯カンニングが発覚した日本の大学事情を見ると感性だけでなく知性も総体的に衰退しているのではないか。

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B9%E3%83%86%E3%82%A3%E3%83%BC%E3%83%96%E3%83%BB%E3%82%B8%E3%83%A7%E3%83%96%E3%82%BA

感性も知情意という一面で自分の領域にある。もう一度見直したい。

2011年3月 9日 (水)

雑草句録:うたた寝

2011/3/9
無防備で桃苗の定植をした。夜には眼がかゆくなり、鼻がつまる。いよいよ花粉か。しかし、まだ朝晩は寒い。桃栗三年と言うが、昨年接ぎ木してその年に花が咲き実も付いた。桃の木の成長の早さを実感している。計画的に植えないと後が怖い。桃、梨、リンゴ等バラ科の果樹は病害虫に弱いようだ。手入れをしないと雑木で終わってしまいそうだ。

昨日の天気

TAVE= 5.4
TMAX= 11
TMIN= -1.4
DIFF= 12.4
WMAX= 4
SUNS= 6.9
RAIN= 0

以下本題。

雑草句録:うたた寝

■うたた寝にチョコ一杯が効くコタツ

ストレス解消のためにアルコールが良いのか悪いのか。アメリカでは禁酒法ができた事もあったようだ。結局は法律で規制できる問題ではなかったようだ。葡萄酒を作ったという数千年前の遺跡も発見されている。アルコールの議論に決着がつく時は来るのか。

○酒のめばいとど寝られぬ夜の雪     芭蕉

芭蕉の一人酒の心境を詠んだ。なぜ飲みだしたのか。酔った勢いで寝ようとしてもしんしんと降る雪でどうしても眠れない。芭蕉が酒とどんな付き合いをしたのか分からないのでこの句の心境も捉えがたい。いとどとは益々。雪でだれも来るあてもないのだから、酒でものんで寝てしまおうと思って酒を飲み始めたが、飲めば飲むほど眠れなくなってしまった。夜の雪は罪なものだ。と詠いつつ夜の雪を愛でているように感じる。逆説的だが旅の俳諧師は、夜の雪も酒の友としてしまっている。風狂の極みか。

■雪の夜同行二人一人酒

2011年3月 8日 (火)

かみつけ女流歌人 雅:万華鏡

2011/3/8
昨日は雨。地面が湿ったので、接ぎ木した桃の苗木を移植したいと思っている。

昨日の天気

TAVE= 4.5
TMAX= 7.7
TMIN= 2.4
DIFF= 5.3
WMAX= 4
SUNS= 0
RAIN= 8.5

以下本題。

「かみつけ女流歌人 雅」という歌集は平成出版から平成12年に出版された。オムニバス形式で百余名の群馬県の女性歌人の歌を載せている。序文で群馬歌人クラブ会長の原一雄氏が指紋と同じように同じ顔と同じ運命の人は誰一人いない事に喩えて、「その誰にもない自分だけの生を表現しようとするのが短歌である。」と述べている。そうして、「自分を大切にする為に如何なる機会も逃さぬ事だ。」と結んでいる。見開きの右ページに作者の歌十首と左ページに本人の写真が掲載されている。この歌と写真は本人が決めたようなので、作者本人の生が凝縮されているようにも感じた。序文でこの本を写真集と述べている通り、掲載されている写真は各作者の会心のポートレートのようでもあるが割愛して、印象に残った各作者の十首の中の一首のみを選んで、順不同で観賞、紹介をしたいと思う。人生の春夏秋冬の全てを見てきた女性の作品としても意義深い印象を受けた。なお、原一雄氏は、群馬ペンクラブの会長も務め、平成19年9月に他界したとの事だ。

かみつけ女流歌人 雅:万華鏡

歌題= 万華鏡:

■座標にて 図面を描く パソコンの キャドに魅せられ 過ぐるいく月   37  熊谷 淑江

高齢の女性は機械嫌いという先入観を見事に否定して見せてくれた一首。

2011年3月 7日 (月)

雑草句録:ヒヤシンス

2011/3/7
今朝の外気温は5℃ほどでアメダスのデータと大体合っていた。朝からの雨で気温は下がりつつある。

昨日の天気

TAVE= 7.5
TMAX= 15.3
TMIN= -0.4
DIFF= 15.7
WMAX= 4
SUNS= 9.5
RAIN= 0

以下本題。

■雑草句録:ヒヤシンス同じ場所今年も芽を出すヒヤシンス

ヒヤシンスは球根だが増えるのは遅い。毎年同じ物が咲いているように見える。

○雪間より薄紫の芽独活哉     芭蕉

芽の語を含む句はこれだけか。独活(ウド)。雪間からフキノトウはイメージできるがウドは予想外。芭蕉は見ただけか食べたのか。薄紫の芽もちょっと意外。

■春を祝ぐえぐみ育てる冬の土

2011年3月 6日 (日)

雑草句録:一人

2011/3/6
今朝6時の外気温は-3.5℃であった。アメダスデータは+0.3℃。記憶違いか?局部的な気温の差なのか。本日は啓蟄との事。いよいよ地中で冬眠している生物も動き出す。

昨日の天気

TAVE= 4.9
TMAX= 11.1
TMIN= -0.4
DIFF= 11.5
WMAX= 4
SUNS= 10.4
RAIN= 0

以下本題。

雑草句録:一人

■風ぬるみ一人構内歩く我

間もなく、この構内には来ることも無くなるだろうと言うときの情景。

○蕣や是も又我が友ならず     芭蕉

Google検索:約 3,350 件。蕣(あさがお)も自分の孤独感を慰める友ではないと孤独感を詠んだ句のようだ。

■残れ去れ言う人も無き別れ際

2011年3月 5日 (土)

雑草句録:我

2011/3/5
アメダス今朝6時の気温は-0.3℃。我が家の庭の今朝7時の気温は-1℃であった。養蚕で使った寒暖計で、湿球は欠けている。余り精度はないだろうが体感を裏付ける。真冬の寒さだ。霜柱も立っている。

昨日の天気

TAVE= 1.9
TMAX= 5.3
TMIN= -1.1
DIFF= 6.4
WMAX= 6
SUNS= 8
RAIN= 0

以下本題。

雑草句録:我

■戦力外花粉の如き我なれど

戦力外となるのは自分。花粉のように眼にも見えない小さな存在になってしまった。

○花にうき世我が酒白く飯黒し     芭蕉

Google検索:約 31,300 件。芭蕉は自分の事を句にしたのか。芭蕉40歳時の作。白楽天の漢詩が下敷きにあるようだ。うき世の対極を花で表し、自分の境遇を濁り酒と玄米であると詠んでいる。貧の側に自分を置いているが、実際はどうだったのか。句にするだけの反骨とゆとりもあるように見える。白と黒の対比をうまく使っているようだ。

■白黒も酒飯もあるうきよかな

2011年3月 4日 (金)

雑草句録:退職届

2011/3/4
用事で早めに灌水しようと屋外の水道栓をひねったが、ホースが凍結して水がでなかった。朝の気温が氷点下なので、地表温度は更に低かったようだ。昨日、携帯カンニングを行っったとして19才の未成年が逮捕されたと三面記事に出ていた。容疑は偽計妨害との事だ。今後の事態推移に関心が集まりそうだ。ともかく、携帯という文明の利器は常に悪用される運命にある。その最たる物は兵器である。ところで、2Gから3Gへ移ってほぼ1年経過したが、我が携帯はほとんど眠っている。USB端子は付いているが、利用ソフトが対応しておらずデータの移動や利用はSDカードを介してしかできないようだ。青空文庫から銀河鉄道の夜のテキストデータを携帯に入れて読もうとしたがスクロールが遅すぎる。短いファイルに分割すれば楽になるかもしれない。そんな中、APPLEからiPAD2の発売をPRするメールが入っていたのでつい読んでしまった。金額は無かった。何故、APPLEからメールが来るのか不思議だが、もう何年も前にQUICKTIMEをインストールしたときにメールアドレスが伝わってしまったようだ。

昨日の天気

TAVE= 2.2
TMAX= 5.9
TMIN= -0.4
DIFF= 6.3
WMAX= 6
SUNS= 9.2
RAIN= 0

以下本題。

雑草句録:退職届

■手が冷える退職届を打つ夜ふけ

生涯現役という理想はあったが叶わぬ夢。

○旅に病で夢は枯野をかけ廻る     芭蕉

Google検索:約 9,340 件。辞世の句ではなく、病中吟で、生前最後の句との事。芭蕉本人この句を作った時死を意識していなかったようだ。枯野とは夢を再生するスクリーンのように見える。かけ廻るとは心象の再生スピード等を表しているようだ。病身だから普段見ない色々な映像が現れてきたかもしれない。一方では俳諧師として病まで作品に仕上げる努力をした成果でもあるようだ。

■夢に病んで旅は枯野に身は西に

2011年3月 3日 (木)

老人の寝言:老人の妄想:身辺雑記:田舎老人徒然草:科挙;雑草句録:モグラ塚。20110303。

2011/3/3
節分。お雛様はもう何年も出していない。虫干しを兼ねて出そうかという話が出たがどうなるのか。昨日は質問サイトに試験問題を送った携帯が特定されたというニュースが流れた。名門大学のブランド価値はこれほどの努力をするだけの価値があるのか。一人の不正行為が多数への迷惑を生んでしまうのが情報化社会でもあるようだ。

追記(2019/11/02):タイトルを追加

老人の寝言:老人の妄想:身辺雑記:田舎老人徒然草:科挙

思い出したのが中国の科挙という制度。国家にとって有用な人物を差別無く登用するという趣旨で実施された、中国版高等国家公務員登用試験であったようだ。争いの絶えない時代にあって曲がりなりにも、科挙により文治が続いたのは特筆すべき事なのかもしれない。その科挙の試験に合格するために受験者は涙ぐましい努力をしたようだ。衣服の下に細かな文字で書いた文を隠す等は序の口らしい。そんな余話を読んだ記憶がある。しかし、科挙に合格しても歴史に名前を残さない人物もあり、逆に科挙の試験に落ちても歴史に名を残した人物もあるようだ。思うに山を掛けてでも一所懸命勉強すれば自然に身につくのではないか。その努力もしないでけしからんというのが大方の世間の見方であろう。しかし、ルールや常識は無視してでも、結果が良ければ全て良しという風潮も一部ではある。こういう問題は尽きる事が無いのか。

昨日の天気

TAVE= 5.3
TMAX= 10
TMIN= 0.4
DIFF= 9.6
WMAX= 8
SUNS= 6.4
RAIN= 0

以下本題。

雑草句録:モグラ塚

■啓蟄の後にもっこりモグラ塚

啓蟄を過ぎた頃からモグラが活動を始める。畑等にこんもりと新しい土山ができるのでそれと分かる。身近な野生哺乳動物というともうモグラくらいしか思い出せない。木の根本、コンクリートや石の下等がモグラのお家のようだ。雨水が入らず、保温性もある点では人間の家と同じだ。モグラ塚はその家からは離れて出来るようで、前線基地のように見える。

○初午に狐の剃りし頭哉     芭蕉

Google検索:約 332 件。検索したが土竜、鼬、狸は芭蕉句に出てこないようだ。狐は出てきた。犬、猫も多そうだ。医門に入った是橘<ぜきつ>の門出を祝した句であると解説があった。背景を知らないとこの句を理解できる人は少ないのではないかと思った。狐が人を化かすという空想さえ通じなくなったのが現代。人が人を化かしている現実。

■こんこんと髭を探して白狐

日本人は狐との付き合いに親近感があるようだ。稲作とともに付き合いが長かったようだ。犬は1万年程度前にオオカミから分化して家畜化されたようだが、狐はどうだったのか。共生関係に近い関係があったのだろう。

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ISESAKI  有情1

嗚呼 伊勢崎 非情

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  • 橋本 英文: 刃物雑学事典 図解・刃物のすべて(1986年 株式会社 講談社 ブルーバックス B-659)
    刃物という視点で多くの事例が取り上げられている。刃のある道具の理解にも役立つ。類書が少なく貴重な一冊。「すべり変形が切断の原理」という考え方で説明している。
  • 沼田 真   : 植物たちの生( 1972年 岩波新書(青版 833))
    「ご要望にお応えしてアンコール復刊(1988年岩波新書50年記念復刊) 地球生態系の中で自然を見直す」(腰巻きのフレーズ)。植物の知恵と戦略に人類は勝てるのか。
  • 出町 誠: 14_NHK趣味の園芸:よく分かる栽培12ヶ月  カキ(NHK出版2007年)
    初心者向け柿栽培参考書(新版)。旧版と比較すると楽しい。
  • 中村三夫: 13_NHK趣味の園芸:作業12ヶ月  カキ(NHK出版1996年)
    初心者向け柿栽培参考書(旧版)。新版と比較すると楽しい。
  • 山科正平: 12_細胞を読む   電子顕微鏡で見る生命の姿
    細胞はどんな部品からできているのか。そんな疑問に答えてくれる一冊。何事も形を見るのが第一歩。μからÅオーダーの世界で、細胞をメスで解剖するように、電子顕微鏡というメスで解剖して見せてくれるので興味が尽きない。
  • 柳田充弘: 11_細胞から生命が見える
    著者の専門は分子生物学、細胞生物学。普段生物を考えても細胞レベルで止まってしまう。その細胞の中で色々な分子が働いている。細胞こそ生命の基礎だが、その細胞の中の動きを知るのに最適な一冊。疑問の発端はなぜ発根剤が効くのかということ。薬剤が細胞膜を通過して細胞内で分子と分子が作用するイメージができた。本書でできた細胞のイメージは小さな無数の穴が空いた水分が充満したヨーヨーのようなもの。そのヨーヨーの中に分子部品が詰まっている。細胞自体もタライの中のヨーヨーのように浮かんでいる。細胞図面の空白部は真空でなく水分だ。細胞の内外に水がないと細胞は生きられない。水が生命のゆりかごだ!
  • 野口悠紀雄: 10_ホームページにオフィスを作る(2001年 光文社)
    ITが輝いた時代の作品。HPの活用法は参考になる。参考:url=http://www.noguchi.co.jp/(野口悠紀雄 ONLINE)
  • 小池洋男 編著: 09_果樹の接ぎ木・さし木・とり木(農文協:2007/3/31第1刷)
    やや専門的であるが、実務専門化が分担執筆しており、その場で役に立つ一冊。
  • ノーバート・ウィーナー(鎮目恭夫訳): 08_サイバネティックスはいかにして生まれたか(みすず書房1956)
    情報と通信という現代社会に不可欠の基礎的な学問を作った著者の自伝とそれを通した科学史
  • 沼田 真(編): 07_雑草の科学(研成社1979)
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    2010/8/4:MEMO等の表示に使える。 農作業で気になる自戒の言葉 ■畑の石ころはいつまで経ってもても石ころ(早く拾って片づけよという意味か)。 ■同じ石を二度拾うな(やってみると難しい)。 ■手ぶらで歩くな。 ■三つ先のことを読め。 ■適当な観察。 ■空を見よ(気分転換、休憩、天気を読む、腰曲がり防止)