08B_身辺雑記(田舎老人徒然草)
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2015年8月14日 (金)

身辺雑記:田舎老人つれづれ草:進駐軍が太田はどこだと聞いた?!;神国に 神風吹かぬ 理不尽さ。1508。

2015年8月14日(金)
昨日は曇り一時雨。ざっそう句;神国に 神風吹かぬ 理不尽さ。朝から昼過ぎまで用事外出。お盆に入るが、まだ盆棚はできていなかった。帰宅後、盆棚を組み立てた。支柱に沿って竹を立て、茅の縄で棚の上部を一周囲む。前面の縄に畑の隅の草の中から探し出したホウズキ数個をつるした。前面の支柱に萩の枝と鉄砲百合を結束。仏壇から位牌を出して、ゴザを敷いた棚に並べる。これで、何とか格好がついた。塔婆を立てて終了。

2015年8月13日の天気(AMEDAS)

TAVE= 26.7 NO DATA
TMAX= 30.4 最高気温(℃) 31.0 12:39
TMIN= 24 最低気温(℃) 23.8 06:37
DIFF= 6.4 NO DATA
WMAX= 3.9 最大瞬間風速(m/s)(風向(16方位)) 7.8(東南東) 14:32
SUNS= 0.6 NO DATA
RAIN= 2 NO DATA


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身辺雑記:田舎老人つれづれ草:進駐軍が太田はどこだと聞いた?!

終戦の前日、伊勢崎に米軍のB29が飛来し、伊勢崎も大きな被害を受けた。親たちからは、当時の事は余り詳しい話を聞いた記憶がないが、進駐軍の米兵に初めて遭遇した時の話を聞いた記憶がある。

竹藪の下に穴を掘り、防空壕にしていた。子供の頃、まだそれが残っていたが、一時サツマイモの貯蔵庫に使った程度で、その後は消失してしまった。

先日の、上毛新聞にもう少し、日本の降伏が米軍の行動に反映されていれば空襲を受けずに済んだ可能性もあったというような記事が出ていた。

共同通信(LIVEDOOR ニュース)は、「米、対日空襲の中止模索 司令官、報道で降伏予想。;http://blogos.com/article/127905/。( 共同通信:2015年08月12日 17:31))」というタイトルで、「【ワシントン共同】終戦前夜の1945年8月14日夜から15日未明にかけて、秋田市や埼玉県熊谷市、群馬県伊勢崎市を標的に実行された米軍の「最後の空襲」を前に、米軍司令官がぎりぎりまで作戦の中止を模索していたことが機密指定を解かれた米公文書から12日分かった。」と報じた。(このサイトへのリンク

ともかく、伊勢崎空襲も米国の日本攻撃の計画通り実施されたのだ。以来、米軍は日本に進駐し、子供たちは、ギブミーチョコレートと、米兵に手を差し出したのだ。成人してから、このような話を知ったが、無邪気な子供なら仕方ないと思った事もあった。

親たちが、進駐軍と初めて接した場面はもう少し緊迫していたようだ。その、昔話を採録しておこう。

「老人の寝言:1945年8月15日の天気は日本の未来を語ってくれるか(http://af06.kazelog.jp/itoshikimono/2011/08/2011-4.html)。(2011年8月15日 (月))」
:「ここで、敗戦直後の親たちから聞いた昔話を思い出した。数人のアメリカ兵がある家に来て「ワォ~タ」と叫んだそうだ。どうも「太田」に違いないと思い、「太田はあっちだ」と東の方角を指さしたが、米兵は納得せず、何かを物色していたとの事。ようやく井戸を見つけて水をがぶがぶ飲んで帰ったらしく、事なきを得た。今、思うと太田には、軍需工場の中島飛行機の工場があったので、家人は「太田」と直感したのかもしれない。「ワォ~タ」とは「WATER」だったが、平和になってからは笑い話で済んだが、敗戦直後にジープか何かの軍用車に乗り付けられ、「ワォ~タ」と叫ばれれば怖くなるに違いない。」(この記事へのリンク

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2015年8月11日 (火)

ハトよ 鳴いておくれ:身辺雑記:田舎老人徒然草:宮子神社で見たものは?;古稀の世や 語り尽くせぬ 過去未来。1508。

2015年8月11日(火)
昨日は晴れ。最高気温(℃) 34.7 14:46。最低気温(℃) 24.5 04:27。ざっそう句;古稀の世や 語り尽くせぬ 過去未来。相変わらずの暑さ。宅内閑居。資料整理。早起きして一仕事という生活パターンに切り替えられない。とりあえず、暑くならない内に、モロヘイアとコーンを収穫。もちろん、ゆう活も画に描いた餅。電気料節約のためエアコンの利用を控えている高齢者が多いようだ。熱中症と背中合わせの生活だ。一般家庭でもこの考えは変わらないようだ。明治維新が1868年。終戦が1945年。この間が77年で、この期間には世界中で多くの戦争が起こり、日本も参戦し多くの戦死者や負傷者が出た。終戦から今年までが70年でこの期間、日本は戦争に加わらなかった。戦争と平和という視点で見ると、この太平洋戦争前後で、日本国民が国力を戦争か平和かどちらにかけたかという選択の相違は著しい。この70年を主導してきた世代は戦争の悲惨さを体験し、戦争より平和を選択して来たのだ。もし、世界平和が実現したら世界中の軍人は失業するのではないか。見方を変えれば、世界中の軍人を平和目的の組織に再編成して世界平和のために活躍して貰うチャンスがまだ残っているのだ。そうなれば、人類の未来も悲観する必要が無くなるだろう。今なら日本がその世界モデルになれるのだ。

2015年8月10日の天気(AMEDAS)

TAVE= 29.0 NO DATA
TMAX= 33.8 最高気温(℃) 34.7 14:46
TMIN= 24.9 最低気温(℃) 24.5 04:27
DIFF= 8.9 NO DATA
WMAX= 3.8 最大瞬間風速(m/s)(風向(16方位)) 9.2(南東) 18:15
SUNS= 8 NO DATA
RAIN= 0 NO DATA


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ハトよ 鳴いておくれ:身辺雑記:田舎老人徒然草:宮子神社で見たものは?

先日、たまたま一服したのが、宮子神社であった。長い参道脇には住民センターらしい建物があった。神社周辺は木立が取り囲んで、蝉の鳴き声も聞こえた。奥には、色々な碑やなすび型の墓石もあった。ひょっとすると昔は寺もあったのか。

Iob_miyakojinjya
Go!伊勢崎WEBサイトに「伊勢崎市の文化財と石碑」というページがあり、その中に「軍事関係碑地図」と碑に関する記事が掲載されている。実は、宮子神社で見た堂々たる碑の表には「日露戦役紀念碑(希典書)」とあったので、その詳細が分かるかと探してみたが、見つからなかった。ただ、乃木希典が多くの碑の題字を書いているのが分かった。

WEB記事から、日露戦争の年表を探してみると、以下のような歴史を知る事が出来る。

*************************
明治三十七年     1904     2         談判決裂。対露宣戦布告(日露戦争)。
明治三十八年     1905     1         旅順要塞開城。
                                 5         日本海海戦。
                                 7         桂・タフト協定。
                                 8         第二次日英同盟。
                                 9         アメリカの斡旋でポーツマス条約締結(小村寿太郎全権)。日露戦争終結。
大正元年           1912     7         明治天皇崩御、大正天皇践祚。大正と改元。
                              9         乃木希典大将、殉死。

WIKIPEDIA「日露戦争。(https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%97%A5%E9%9C%B2%E6%88%A6%E4%BA%89)」:「日露戦争(にちろせんそう、英語: Russo-Japanese War、ロシア語: Русско-японская война ルースカ・イポーンスカヤ・ヴァイナー、1904年(明治37年)2月8日 - 1905年(明治38年)9月5日)は、大日本帝国とロシア帝国[7]との間で朝鮮半島とロシア主権下の満洲南部と、日本海を主戦場として発生した戦争である。両国はアメリカ合衆国の仲介の下で終戦交渉に臨み、1905年9月5日に締結されたポーツマス条約により講和した。」(このサイトへのリンク

WIKIPEDIA「Russo-Japanese War。(https://en.wikipedia.org/wiki/Russo-Japanese_War)」:(このサイトへのリンク

*************************

WIKIPEDIA「光電効果。(https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%85%89%E9%9B%BB%E5%8A%B9%E6%9E%9C)」(このサイトへのリンク

上記のWIKIPEDIAは記事に、「1905年、物理学者のアルベルト・アインシュタインの導入した光量子仮説によって、説明付けられた。なお、アインシュタインはこの業績によって、1921年にノーベル物理学賞を受賞している[7][8]。」とある。20世紀の初めから、科学は急速に発展を始め、その影響は21世紀の初頭の現在にあっても止まる事が無い。一方で、世界史も大きな変化を迎える。江戸末期、黒船に怯えきっていた日本が、明治維新で国家体制を確立し、ようやく国家として世界に進出を始めた。

WIKIPEDIA記事の、戦力、損害を比較すると、日本は日露戦争に勝ったとしても、その損害は膨大であったのが分かる。

戦力
日本=約300,000人   
ロシア=約500,000人

損害
日本=                             ロシア=
戦没88,429人,うち戦死戦傷死は55,655人[2]         戦死25,331人
病死27,192人                              戦傷死6,127人
負傷者153,584人                           病死11,170人
捕虜1,800人                              負傷146,032人
                                       捕虜79,000人[6]

「日々農天気:コーン栽培2015年7月末;道迷い 知らぬ神社で 一休み。1507。(http://af06.kazelog.jp/itoshikimono/2015/07/20157-a6fc.html)。(2015年7月31日 (金))」(この記事へのリンク

明治時代、軍人は国家のエリートであったろう。その軍人を指揮していた軍神の末路を国民はどう考えるのか。やはり、犬死にさせるには余りにも貴重な人材を失わせたのではないか。

Go!伊勢崎で上植木神社の日露戦争記念碑に記載されている人名を見ると「矢嶌保次郎」が出ている。もしや、「矢島保治郎」と同一人物か?

WIKIPEDIA「矢島保治郎。(https://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%9F%A2%E5%B3%B6%E4%BF%9D%E6%B2%BB%E9%83%8E)」:「群馬県佐位郡殖蓮村大字上植木(現・伊勢崎市本関町)の裕福な農家の三男に生まれる。群馬県尋常中学校(現・群馬県立前橋高等学校)を中退後、日露戦争に従軍。乃木希典率いる第三軍で旅順攻囲戦に参加し、突撃隊である白襷隊にも志願した。この戦功で軍曹に昇進し、また功七級の金鵄勲章を授与されている。 1906年(明治39年)、剣術に秀でていたことから陸軍戸山学校(戦術や体操、剣術などの指導者養成を目的とする)へ入学を命じられる。しかしこの頃になると矢島は、当時ベストセラーとなっていた河口慧海『西蔵旅行記』に大きく刺激され、アジア横断無銭旅行を志すようになっていた。」とある。(このサイトへのリンク

Googleにてキーワード「矢島保治郎」で本サイト内を検索(https://www.google.co.jp/?gws_rd=ssl#hl=ja&q=%E7%9F%A2%E5%B3%B6%E4%BF%9D%E6%B2%BB%E9%83%8E%E3%80%80site:http:%2F%2Faf06.kazelog.jp%2Fitoshikimono%2F)(このキーワードで検索

矢島保治郎が日露戦争で戦死しなかったから、後の国際人矢島保治郎として活躍し、歴史に名前を残せたのではないか。

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2015年8月10日 (月)

残照雑記:身辺雑記:田舎老人徒然草:秋葉原漫遊;核よりも 非核を願う 民の声。1508。

2015年8月10日(月)
昨日は晴れ。最高気温(℃) 34.3 14:41。最低気温(℃) 25.1 04:54。ざっそう句;核よりも 非核を願う 民の声。相変わらずの暑さが続く。宅内閑居。ノートパソコンを持って涼しそうな場所に引っ越し。資料整理。長崎原爆記念日。平和祈念式典のNHKテレビ中継を見た。NHKは式典の途中に色々なシーンを押し込んで式典をズタズタに斬り裂いた。知事の式辞は末尾しか写らなかった。本当に平和と非核を願う言葉には自然と拍手が起きた。テレビ中継はこの拍手を消すことができなかった。当然だろう。口先と行動が逆な式辞では会場が白けて凍り付いた。凡人は木を見て森を見ないのだろうか。だが気は瞬間に伝わり響くのだ。俺が国民を守ってやるという高邁な政治家の、気を感じないような感受性にアナクロなムードを感じない人がいるのだろうか。式典の中で自然に湧き上がった拍手こそ、この国の未来への期待を示すものだろう。あの拍手を忘れてはならない。あの拍手こそ、原爆やミサイルよりも強いのだ。

2015年8月9日の天気(AMEDAS)

TAVE= 28.9 NO DATA
TMAX= 33.6 最高気温(℃) 34.3 14:41
TMIN= 25.2 最低気温(℃) 25.1 04:54
DIFF= 8.4 NO DATA
WMAX= 4 最大瞬間風速(m/s)(風向(16方位)) 8.7(東南東) 10:49
SUNS= 9.3 NO DATA
RAIN= 0 NO DATA


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残照雑記:身辺雑記:田舎老人徒然草:秋葉原漫遊

久しぶりに秋葉原を漫遊した。帰りの時間が決まっているので、目的の買い物をしただけでほとんど時間を使い果たした。とりあえず、秋葉原の原点か、電波会館を覗く。ここで一品購入。別の一品はコンピュータ関係の店で購入。

Iob_akihabara2015
次に、ラジオデパートを巡る。真空管やトランス等が並んでいるので目の保養になる。定年後は真空管アンプを作りオーディオライフを楽しんでいる人もいるようだが、どうもそういう行動に到らない。だが、見ているだけで楽しい。不思議なのは、既に製造中止になっている真空管等のパーツがなぜ店頭に並んでいるのかという事。売れ残った在庫があるのか。

調べてみると、まだ真空管やトランスは生産されているようだ。真空管はソケットがあって、交換できる部品だ。当然、電球と同じように寿命があるからだろうが、アマチュアが入り込める隙間がある。昔は、テレビの回路図集も販売されていたが、集積回路化が進むと回路図集も出版されなくなった。

WIKIPEDIA「秋葉原通り魔事件。(https://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%A7%8B%E8%91%89%E5%8E%9F%E9%80%9A%E3%82%8A%E9%AD%94%E4%BA%8B%E4%BB%B6)」(このサイトへのリンク

まだ、メイドの衣装でビラ配りをしている女性が目に付いた。当日は、非常に暑かったが、人出は多くかつ元気に動き回っていた。最近の円安効果のためだろうか、外国人が目立った。短い時間では、秋葉原の全貌はつかめない。駅から離れると、戻るのに時間がかかる。立ち蕎麦も食べずに帰った。

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2015年8月 9日 (日)

残照雑記:身辺雑記:田舎老人徒然草:オープンキャンパスを見る!;家で聞く 屋台囃子の ほろ苦さ。1508。

2015年8月9日(日)
昨日は晴れ時々曇り。最高気温(℃) 34.0 13:52。最低気温(℃) 25.9 23:48。ざっそう句;家で聞く 屋台囃子の ほろ苦さ。二回目コーンを数本初収穫。実は黄色一色の品種。完熟一歩手前。少し雲が厚く仕事がしやすいだろうと墓掃除に出かけた。木陰で、風も吹き、蚊もいないので快適だった。昼過ぎに終了。遅い昼食を食べ、休憩をしていると祭りの会場に向かう屋台から囃子の音が聞こえてきた。応援に行こうかと思ったが、エンジンがかからない。演奏が終わるとまた静かになった。雷雨もなく良いお祭り日和りだったようだ。今日は長崎原爆記念日。広島原爆記念日の首相式辞に非核三原則に言及がなかった事に対して首相の変節と異議の声が上がった。式辞を述べ終わるとそそくさと祭壇から去る姿がテレビに写った。衣の下の鎧は見えなくても本心は行動に現れてしまうのではないか。一昨日は24時でも気温は29.5℃であった。昨夜は同時刻で26℃。安眠できた。原爆と原発は双子の兄弟のような関係にある。その生みの親は、原爆と原発がもたらした結果を予見できたのか。

WIKIPEDIA「核分裂反応。(https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%A0%B8%E5%88%86%E8%A3%82%E5%8F%8D%E5%BF%9C)」によると、「広島に投下された原子爆弾は 1 kg が核分裂を起こしたとされているため、100万キロワット級の原発では1日3発(8時間に一発)の割合で広島原爆を燃焼させつづける事に相当しているのである[4]。」(このサイトへのリンク

WIKIPEDIA「オットー・ハーン。(https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%AA%E3%83%83%E3%83%88%E3%83%BC%E3%83%BB%E3%83%8F%E3%83%BC%E3%83%B3)」(このサイトへのリンク

2015年8月8日の天気(AMEDAS)

TAVE= 29.2 NO DATA
TMAX= 33.1 最高気温(℃) 34.0 13:52
TMIN= 26 最低気温(℃) 25.9 23:48
DIFF= 7.1 NO DATA
WMAX= 5.1 最大瞬間風速(m/s)(風向(16方位)) 10.1(東南東) 19:58
SUNS= 4.9 NO DATA
RAIN= 0 NO DATA


Q
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残照雑記:身辺雑記:田舎老人徒然草:オープンキャンパスを見る!

若者の人口減少で、入学定員を割り込んでいる私立大学もあるようだ。大学進学を希望する学生にとっては、良い時代になったのか。先日、お上りさんで某駅に向かっている途中、大学があり、オープンキャンパスののぼり旗を見つけてしまい、ついついそちらに引きつけられてしまった。

Iob_gakusyokuraamen
実は、~と見学したいという希望を述べると、登録してくれればOKという事になり、早速登録して、会場に入った。色々な、ブースがあったが、こちらは、想定外の老人なのだから、人気の少ないブースに立ち寄って雑談させてもらった。

工学系の大学だったが、最近は色々魅力的な学科名が多くなったと感じた。昔の大学は、どこに就職しても潰しがきくような学科が多かったと思う。最近は、学問のターゲットを絞り、社会に出たら即戦力になるような学科が増えているのかと思った。

色々資料は頂いたが、まだ目を通していない。もらったパンフレットに、無料学食引換券が付いていたので、食堂で試食させてもらった。ラーメンを選んだ。もう大学生活は数十年前の事だが、学食が閉店後も、研究室でインスタントラーメンを作り、それをすすりながら卒研をしたのを思い出す。

「卒研とインスタントラーメン(http://af06.kazelog.jp/itoshikimono/2009/04/post-7ba4.html)。(2009年4月 7日 (火))」(この記事へのリンク

食堂では、隣りの席に、受験希望の学生が座っていた。ともかく、受験生も、大学生ものびのびと学生時代を楽しんでいるようでうらやまし思いもする。学徒動員で、したくても勉強ができない世代もあった。そういう時代にならないように願うばかりだ。

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2015年8月 8日 (土)

田舎老人徒然草:そこにある墓は何を語っているのか(PART2);酷暑来て 何を語らん 我が祖霊。1508。

2015年8月8日(土)
昨日は晴れ。最高気温(℃) 39.0 15:52。最低気温(℃) 27.2 05:36。ざっそう句;酷暑来て 何を語らん 我が祖霊。もうじきお盆になり、古里への帰郷ラシュとなる。丁度敗戦後70年の節目の年であり、ご先祖様と対話・交流する良い機会だ。もう戦争はこりごりだというのが偽りの無い国民感情ではないか。戦後70年安倍談話の基礎となる報告書が提出された。戦後50と60年に首相談話が発表された。今回の戦後70年安倍談話も、前首相の談話という資産があって意味を成すのではないか。内容的にはかなり広範な内容を含むので、この内容から談話を組み立てる事は相当困難だろう。当然、談話の下書きもあるのだろう。談話が矛なら報告書は盾に相当するだろう。だが、談話が出てから、あちこちから批判が上がっても、その答えは報告書にあるというような説明はできない。戦後70年安倍談話が報告書のように膨大では何をアピールしたいのか読む方が疲れるだけだろう。有識者という代書屋に下書きを任せても自分の名前で出す以上それなりの覚悟が要るだろう。戦後70年安倍談話は政府の基本的外交文書として意味があるのであり、首相の個人的心情の吐露で終われば、歴史的にはほとんど価値を持たないだろう。その点、閣議決定無しで出すという構想自体、最初から目的の無いパフォーマンス程度にしか取られかねないだろう。この点は閣議決定をするというニュースが流れている。戦後70年安倍談話の内容はまだ確定していないようだが、出した談話が現首相や後の首相、ひいては日本の今後の外交の障害になるような結果になると、出すのに落ちたという結果になる恐れも無いわけでは無いだろう。日本が、終戦から今までに積み重ねた貴重な外交資産をどぶに捨てることになる事が心配だ。仮に出された談話により、日本が積み上げてきた世界からの信頼を失い、その信頼を回復するのに数十年かかるようでは、その責任は重大である。発表に至るまでの経過を見ると、指導力とビジョンが気になる。この世に、代書屋が書いたラブレターを喜ぶ女性も今では珍しいのではないか。先人が築いてきた実績をひっくり返して、二番煎じで満足するには、余りにも重い課題ではないか。近くの墓地に、日清戦争で戦死した青年の立派な墓標がある。その墓標は何を語っているのか。

2015年8月7日の天気(AMEDAS)

TAVE= 31.9 NO DATA
TMAX= 38.7 最高気温(℃) 39.0 15:52
TMIN= 27.2 最低気温(℃) 27.2 05:36
DIFF= 11.5 NO DATA
WMAX= 4 最大瞬間風速(m/s)(風向(16方位)) 8.3(東) 19:41
SUNS= 10.9 NO DATA
RAIN= 0 NO DATA


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田舎老人徒然草:そこにある墓は何を語っているのか(PART2)

先日、超老人モードで外出したとき、かなり大きな墓に出会った。実は、時々見ている墓なのだが、誰の墓か調べた事が無かった。たまたま気が向いたのでその墓の墓誌を少し読んだ。現在、参議院で審議されている安保関連法制案の行く末を思うと、ついつい戦死者の事を思い浮かべてしまうのだ。戦争の雰囲気は、死を美化する事から忍び寄ってくるのではないか。

Iob_hakasensisya
「田舎老人徒然草:そこにある墓は何を語っているのか(http://af06.kazelog.jp/itoshikimono/2013/11/post-1c0f.html)。(2013年11月19日 (火))」(この記事へのリンク

今、日本では、不条理な死が非常に多くなっており、その死がいかにも軽々しく扱われたり・感じられているように思う。このような死の諸相が、まかり間違うと、戦争に向かうのではないかと危惧するのである。NHKのテレビドラマに、軍隊調の怒鳴り散らしがいかに多い事か。

先日見た墓も、立派な戦死者の墓であった。墓石の表面には「□□君之墓」というように、軍人らしくない表記になっている分、被葬者が思いやられる。裏面には、墓誌が書かれているが、本人の人柄、入隊した師団・連隊、死亡理由等が記されていた。敵弾が貫通して死亡。29歳。死亡したのが明治28年らしく、WEB調査では、日清戦争の年代に重なる。墓域も建立者も一家の物では無く、地域で戦死者の墓を建立したようだ。地域を背負って行く、有為な人材を戦争で失った事が分かる。

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2015年7月26日 (日)

環境雑録:身辺雑記:田舎老人徒然草:羽黒トンボに出会った!;汗まみれ 草掻きしつつ 御輿待つ。1507。

2015年7月26日(日)
昨日は晴れ。最高気温(℃) 37.4 15:18。最低気温(℃) 25.4 05:22。ざっそう句;汗まみれ 草掻きしつつ 御輿待つ。地域の夏祭り。手ぶらで御輿が回って来るのを待つのも格好がつかない。三回目播種のコーン区画の草掻きをしつつ待った。なかなか来ないので一度引き上げてかみさんが作ったドクダミ茶を飲みつつ一服。来たよ~という声で御輿担ぎが行われている広場へ向かう。幼児が首に下げている賽銭箱に小銭を入れる。缶ビールを飲みながらデジカメ撮影。御輿を見送って家に戻る。午後は屋台演奏。自宅で聞いた。宅内閑居。古本。猛暑日だったが、雷雨は無く、祭りの前半は無事終わったようだ。

2015年7月25日の天気(AMEDAS)

TAVE= 30.5 NO DATA
TMAX= 36.6 最高気温(℃) 37.4 15:18
TMIN= 25.6 最低気温(℃) 25.4 05:22
DIFF= 11 NO DATA
WMAX= 3.1 最大瞬間風速(m/s)(風向(16方位)) 6.2(東) 17:00
SUNS= 8.9 NO DATA
RAIN= 0 NO DATA

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環境雑録:身辺雑記:田舎老人徒然草:羽黒トンボに出会った!

先日、ふらりと外出したとき、羽黒トンボに出会った。赤トンボは、今でも見るのだが、羽黒トンボを見る機会は少ない。

Iob_hagurotonbo2015_2
WIKIPEDIA「ハグロトンボ。(https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%8F%E3%82%B0%E3%83%AD%E3%83%88%E3%83%B3%E3%83%9C)」(このサイトへのリンク

デジカメで撮影したが、周囲が全体的に暗い場所だったので、写りが良くなかった。ソフトで明るさや彩度を調整して、それらしく加工した。

周辺にコンクリートで無く三面が自然の土である川が流れ、雑草や雑木が多い場所だった。どうもハグロトンボの飛び方や生態から、アカトンボのようにダイナミックに飛び回る事はなさそうだ。

数もかなり多く飛んでいたので、ハグロトンボの好む環境が整っている場所のように感じた。

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2015年7月24日 (金)

身辺雑記:田舎老人徒然草:近隣地域の変貌;雨の中 散歩で出会う 過去の村。1507。

2015年7月24日(金)
昨日は曇り一時雨と晴れ。最高気温(℃) 32.8 16:25。最低気温(℃) 25.4 05:50。ざっそう句;雨の中 散歩で出会う 過去の村。思い立ったが吉日。一昨日の続きで超老人モードで用事外出。小雨が降っているので傘と長靴で回ることにした。ちょこっと置いた携帯が見つからない。かみさんの携帯で呼んで貰う。スポーツ飲料を小さなペットボトルに詰め替えたが見事に忘れた。最初パラパラ降っていた雨も止み、うっすらと日が射してきた。湿度が上がってサウナに入っているような感じになる。長靴を履いて一回りしたついでに、畑に入りコーンを数本収穫した。雑草は長靴以上に伸びている。夕方来客。やや弱い雷鳴・雷光があり落雷対策。すぐ復旧させた。

2015年7月23日の天気(AMEDAS)

TAVE= 28.4 NO DATA
TMAX= 32.4 最高気温(℃) 32.8 16:25
TMIN= 25.5 最低気温(℃) 25.4 05:50
DIFF= 6.9 NO DATA
WMAX= 3.4 最大瞬間風速(m/s)(風向(16方位)) 8.7(南南西) 20:46
SUNS= 2.2 NO DATA
RAIN= 6 NO DATA


Q
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身辺雑記:田舎老人徒然草:近隣地域の変貌

雨の中を傘を差して歩くのも久しぶりだ。つい子供の頃を思い出す。カタツムリを捕って遊んだのは何歳くらいの頃だったか。人家の垣根にブロックが使われるようになる前の事だ。垣根は生け垣だったので、子供が遊ぶ程度のカタツムリは結構捕れた。昔の生活道路はあぜ道程度の狭さで人が歩いて通れれば大体間に合う。

従って、村内の道路もせいぜいリヤカーが通れる程度で道幅は2~3m位しかなかった。自家用車が普及すると道幅も最低車幅以上になった。道路が拡幅されると、家の出入口も広い道に接続され旧道は廃止される。ブロック塀が多用され、カタツムリもほとんど見なくなった。

以前、畑土を深く掘ったら、踏み固めた固い部分に当たった。そこが昔の通路だったのかも知れない。新しい道を使い始めると古い道は廃れ忘れられてしまう。我が家でも子供達にここが昔の道だと教えた記憶がないので、身の回りで変化があった事を理解できないと思う。

軽石を粉砕してコンクリートで固めた建築資材が広汎に使われるようになった。その工場が昔学校通りにあった。結構機械の音がしたのを覚えている。工場が手薄になったのか、騒音対策か、その後赤城見大橋の南辺に移転したようだ。一時はブロック製造業の景気は非常に良かったらしい。その後、時代の流れで焼き饅頭屋になったらしいが、今はその看板が残っているだけで営業はしていないようだった。

昔は、一階建てのわらぶき屋根の人家が多かったが、もうそれも過去の話になった。二階建ての家を一階の家に建て替えた人もいるようだ。日々の変化は少ないが、半世紀もその変化が続くと相当大きな変化になる。

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2015年7月23日 (木)

身辺雑記:田舎老人徒然草:炎天下の自転車巡りだドッコイショ(薬師山温泉巡り);初蝉や 鳴くか鳴かぬか 小手調べ。1507。

2015年7月23日(木)
昨日は晴れ。最高気温(℃) 36.2 16:13。最低気温(℃) 24.7 04:53。ざっそう句;初蝉や 鳴くか鳴かぬか 小手調べ。青空の見える晴天。老人モードにて先延ばししてきた懸案で用事外出。コンビニで飲料と食料調達。木陰があり腰を下ろす場所の有り難さを感じる。昔はこのような一服できる木陰があちこちにあったのだろう。行き交うチャリ族は学生程度。赤信号で停車すると、エアコンの効いた車から覗かれているのを意識してしまう。鉄板で守られていない生身の動物感も感じる。帰宅後資料整理。

2015年7月22日の天気(AMEDAS)

TAVE= 30.4 NO DATA
TMAX= 35.8 最高気温(℃) 36.2 16:13
TMIN= 25 最低気温(℃) 24.7 04:53
DIFF= 10.8 NO DATA
WMAX= 3.1 最大瞬間風速(m/s)(風向(16方位)) 7.4(東) 11:23
SUNS= 12.7 NO DATA
RAIN= 0 NO DATA


Q
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身辺雑記:田舎老人徒然草:炎天下の自転車巡りだドッコイショ(薬師山温泉巡り)

子供の頃の行動を思い出すと、いつもの行動半径を突破して、小さな冒険をして感動を受ける事があった。クワガタムシ、カブトムシ、魚等を追って、初めての場所に行く。道に迷っても、そのスリルを覚える。

以来、数十年も近くの場所をじっくり見る事も無かった。昔、あそこにはこういうものがあったと聞いても実はほとんどその実態を知らない場合がある。

祖母は、養蚕の仕事が一段落すると、あちこちの温泉巡りをしいていた。これが当時の女性の最大の娯楽だったように思う。薬師山温泉という名前も良く聞いた。実は、それがどこにあるのか良く知らなかった。先日、ある用件でそこへ足を運んだ。子供の頃は、隣村に行くのも冒険であった。粕川を渡り、地蔵山に行った時は、何となく怖さもあった。当時の子供はトンガラシヤマと呼んでいた。一種の秘境のようにも感じていた。

Iob_yakusidouootamachi2015 DSC=2015/07

終戦直後は、住宅事情が良くなかったので、地域のお堂等に人が住んでいた例も多いようだ。そこに住む人がまた仙人のように感じ、怖さと共に好奇心を刺激された。薬師山温泉の近くの人に聞くと、先代が亡くなったので、次代は温泉事業を閉鎖したとの事だった。現地へ出かけて、薬師山温泉はこんな場所だったのかと感慨を新たにした。

近くに、薬師堂というお堂があり、その区画の片隅に、摩耗した読みにくい文字が残っている薬師如来石像もあった。2~3百年ほど前は、この薬師如来像を拝みに善男善女が訪れたのだろう。そんな場所に温泉が出れば、もう立派なビジネスになるだろうと思った。所で、自転車にも乗れない祖母達は、どんな手段で薬師山温泉へ行ったのかちょっと気にかかった。

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2015年7月14日 (火)

身辺雑記:田舎老人徒然草:老人になぜ熱中症が多いのか?;玉の汗 シャツ捲くし上げ 額拭く。1507。

2015年7月14日(火)
昨日は晴れ。最高気温(℃) 36.5 16:13。最低気温(℃) 23.6 04:58。真夏日になった。ざっそう句;玉の汗 シャツ捲くし上げ 額拭く。レタス等に灌水。ツル無しインゲンを収穫。地面に屈んで作業。汗が額に流れる。タオルを忘れていたのでシャツで汗を拭く。暑いので早めに退散。配り物を仕分け。夕方頃配達。インゲンは茹でたままで食す。甘みがあり、下手な味付けをしない方がよろしい。熱中症が多発しているようだ。機械に例えればエンジンの焼き付き症状に近いのではないか。心臓もエンジンも仕事をすれば熱が出る。周囲温度が高いとその熱が放散しにくくなる。エンジンの出力も下がる。そこでもっとパワーを出そうとすると更に熱がこもってしまう。これと同じ現象は半導体チップでも起こる。とくに扱う電圧・電流が大きなパワー半導体では発熱対策が必要だ。

2015年7月13日の天気(AMEDAS)

TAVE= 30.4 NO DATA
TMAX= 36.2 最高気温(℃) 36.5 16:13
TMIN= 23.9 最低気温(℃) 23.6 04:58
DIFF= 12.3 NO DATA
WMAX= 2.3 最大瞬間風速(m/s)(風向(16方位)) 4.6(南南東) 13:03
SUNS= 10.3 NO DATA
RAIN= 0 NO DATA

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Q

身辺雑記:田舎老人徒然草:老人になぜ熱中症が多いのか?

パワー半導体の発熱対策として、チップ内には高温保護回路が入っている場合が多い。むやみにチップ内温度を上昇させるより、回路の動作を止めてしまうのだ。これを老人語で解釈すれば、安全第一、熱くなりすぎたら、仕事をさぼれ!という事になりそうだ。

パワー半導体の発熱対策で応用上の対策もある。熱設計という手法だ。パワーを下げる。冷やす。熱が流れやすくする。パワーを下げるとは、老人語でできるだけ筋力を使ったり動いたりしないこと。無理せずチンタラ動くのはどうか。パソコン内部のCPUはファンで風を送り冷やしている。冷却効果を上げるのには水で冷やす方法もある。濡れタオルを首に巻く。濡れたシャツを着る。ローコストだが効果抜群。熱が流れやすくするには風通しを良くする事も古来周知の真理だ。

ともかく、自動車、冷蔵庫、エアコンから人間まで、熱処理には共通することが多い。その中で、発汗システムは生物の進化の中で獲得した傑作な機能ではないか。暑いと感じたら色々対策を練るのもぼけ防止・熱中症予防に通じそうだ。老化でセンサーの感度や判断力が下がっては処置無しか。最近の老人には張り切り屋さんが多いようだ。頑張らない、張り切らないで行こう。

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2015年7月 9日 (木)

身辺雑記:田舎老人徒然草:群馬県農業技術センター;食べる番 回ってきたら 夢の中。1507。

2015年7月9日(木)
昨日は曇り。最高気温(℃) 27.2 11:33。最低気温(℃) 19.4 23:55。ざっそう句;食べる番 回ってきたら 夢の中。3回目のセルトレーに蒔いたコーンが葉齢3枚程になった。定植最適期なので空いている畑に植えた。下準備で、大根、雑菜の枯れ茎を除去。その上に這い上がったヤブガラシを掘り上げた。柿の木の下に生えたヤブガラシは太く育ち、木の上まで這い上がっていた。地中に手を突っ込み地下茎を掴んで引き上げた。オレンジ色蕾を付けていた。大物を始末できるとそれなりに達成感が味わえる。トレーの穴に洋食器のナイフをさし込んで苗を取り出し植える。できるだけ細根を切らないようにする。食べきれないと余ったコオーンを貰う。我が家の初物は1~2週間遅くなりそうだ。パラパラと雨が降り出したので仕事を切り上げた。湿度が高くかなり発汗。

2015年7月8日の天気(AMEDAS)

TAVE= 22.8 NO DATA
TMAX= 26.8 最高気温(℃) 27.2 11:33
TMIN= 19.6 最低気温(℃) 19.4 23:55
DIFF= 7.2 NO DATA
WMAX= 2 最大瞬間風速(m/s)(風向(16方位)) 5.1(南東) 23:17
SUNS= 0.4 NO DATA
RAIN= 3.5 NO DATA

Q
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身辺雑記:田舎老人徒然草:群馬県農業技術センター

パソコンの中に眠っている古いデジタル画像を見る事がある。昔は、画像ファイルを残すのも使うのも手間がかかった。デジカメメーカーが採用する規格や作る機器も色々で、古いデジカメは、技術的には面白いが、実用性の点では不十分だったと思う。

従って、デジカメデータが残っているのも10年前後からである。たまたま、群馬県農業技術センターの門を写した10年程前の画像が残っていた。県の資料によれば、佐波郡東村に園芸試験場ができたのが1970年。農業試験場、園芸試験場等関連組織が統合され群馬県農業技術センターとして発足したのが2003年との事だ。

Iob_nougyougijyutucgpref
同センターの公開日に数回見学した記憶がある。同センターで栽培した作物の試食や販売が目当てだった。もらったカシワバアジサイの株も数年間育てたが今は無い。最近はご無沙汰している。昨年、同センターの建物が平成26年度伊勢崎市景観まちづくり賞を受賞したようだ。多分、新しい品種の育成は今日も続いていることだろう。育種の仕事は長期的になる。是非、その重要性を県民に理解してもらう必要があるだろう。願わくば、ぐんまちゃん頼りの空疎なブランド戦略より、実もあり、金にもなり、食べて美味しいグンマブランドの開発を希望したい。

農林水産庁の品種登録データ検索で検索した、群馬県が作出した新品種を以下に掲載する。リンゴ、ブルーベリーの品種は比較的馴染みがあるのではないか。米ではゴロピカリが群馬県の登録品種だ。以前、話を聞いた農家はあさひの夢を栽培していたようだった。ともかく、時代と共に要求される作物の特性も変わってくる。時代を先取りする品種改良が望まれるのだろう。

合計:62件(農林水産庁の品種登録データ検索で「群馬県」を検索。検索日=2015/7/4)
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登録番号 出願番号 農林水産植物の種類 品種名称(カナ) 出願者名/育成者権者名
129 23 Malus Mill. 陽光 群馬県
1564 2006 Malus Mill. 新世界 群馬県
2177 2590 Prunus mume Siebold & Zucc. 玉織姫 群馬県
2816 3539 Malus Mill. ぐんま名月 群馬県
4298 5439 Malus Mill. スリムレッド 群馬県
11722 5642 Vaccinium L. はやばや星 群馬県
7176 5643 Vaccinium L. あまつぶ星 群馬県
6926 5644 Vaccinium L. おおつぶ星 群馬県
4412 5766 Oryza sativa L. ゴロピカリ 群馬県
4469 5767 Oryza sativa L. 群馬糯5号 群馬県
4480 5793 Malus Mill. ハニークイーン 群馬県
7502 8380 Fragaria L. とねほっぺ 群馬県
7441 8609 Brassica oleracea L. convar. capitata (L.) Alef. つまみどり 群馬県,カネコ種苗株式会社
7326 8668 Prunus persica (L.) Batsch 佐波の姫 群馬県
8766 9679 Chrysanthemum x morifolium Ramat. レッドポイント 群馬県
8767 9680 Chrysanthemum x morifolium Ramat. モモカ 群馬県
9035 9681 Amorphophallus rivieri Durieu みょうぎゆたか 群馬県
8634 9716 Triticum aestivum L. つるぴかり 群馬県
13300 10342 Phaseolus coccineus L. 紅秋麗 群馬県
9786 10831 Oryza sativa L. さわぴかり 群馬県
9787 10832 Oryza sativa L. サケピカリ 群馬県
10236 11377 Lyophyllum decastes (Fr.) Sing. 群馬GLD-21号 群馬県
11025 11646 Aster L. シルキースターパープル 群馬県
11026 11647 Aster L. シルキースターバイオレット 群馬県
11027 11648 Aster L. シルキースターパープルレッド 群馬県
10361 11680 Lyophyllum decastes (Fr.) Sing. 群馬GLD-17号 群馬県
11093 12359 Triticum aestivum L. きぬの波 群馬県
11094 12360 Triticum aestivum L. ダブル8号 群馬県
12575 14082 Fragaria L. 尾瀬はるか 群馬県
12576 14083 Fragaria L. やよいひめ 群馬県
13194 14855 Amorphophallus rivieri Durieu みやままさり 群馬県
14682 16880 Aralia cordata Thunb. 利根白 群馬県
15251 16881 Prunus salicina Lindl. x Prunus mume Siebold & Zucc. 紅の舞 群馬県
14585 16882 Aster L. シルキースタースノー 群馬県
14586 16883 Aster L. シルキースターパール 群馬県
14897 16884 Aconitum L. 利根むらさき 群馬県
15120 17644 Triticum aestivum L. 春のかがやき 群馬県
15405 17645 Petasites japonicus (Siebold & Zucc.) Maxim. 春いぶき 群馬県
15708 18206 Hydrangea L. スプリングエンジェルピンクエレガンス 群馬県
15709 18207 Hydrangea L. スプリングエンジェルブルーエレガンス 群馬県
15710 18208 Hydrangea L. スプリングエンジェルフリルエレガンス 群馬県
15711 18435 Hydrangea L. ラブリーハートピンク 群馬県
17129 19252 Solanum lycopersicum L. 甘しずく 群馬県
  19253 Solanum lycopersicum L. 群馬甘赤1号 群馬県
17130 19254 Solanum lycopersicum L. 群馬甘赤2号 群馬県
17610 20043 Citrullus lanatus (Thunb.) Matsum. & Nakai 紅あかぎ 群馬県
17952 20730 Brassica oleracea L. convar. capitata (L.) Alef. YR恋豊 群馬県,雪印種苗株式会社
17953 20731 Brassica oleracea L. convar. capitata (L.) Alef. YR清美 雪印種苗株式会社
18549 20857 Osteospermum L. ヴィエントフラミンゴ 群馬県,独立行政法人日本原子力研究開発機構,有限会社はなせきぐち
17323 21430 Malus Mill. おぜの紅 群馬県,独立行政法人農業・食品産業技術総合研究機構
19412 21621 Oryza sativa L. はいほう 群馬県
19730 22071 Chrysanthemum x morifolium Ramat. 小夏の風 群馬県
20531 22709 Oryza sativa L. 舞風 群馬県
20812 23069 Fragaria L. おぜあかりん 群馬県
19991 23297 Triticum aestivum L. さとのそら 群馬県
21046 24077 Aralia elata (Miq.) Seem. ぐんま春王 群馬県
20674 24380 Chrysanthemum x morifolium Ramat. 小夏の月 群馬県
23474 25597 Dioscorea L. ぐんまとろりん 群馬県
  26600 Osteospermum L. ヴィエントラビオス 群馬県,独立行政法人日本原子力研究開発機構,有限会社はなせきぐち
24179 28745 Chrysanthemum x morifolium Ramat. 小夏の星 群馬県
  28982 Malus Mill. 紅鶴 群馬県
  29328 Aralia elata (Miq.) Seem. ぐんま春王NT 群馬県

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  • 橋本 英文: 刃物雑学事典 図解・刃物のすべて(1986年 株式会社 講談社 ブルーバックス B-659)
    刃物という視点で多くの事例が取り上げられている。刃のある道具の理解にも役立つ。類書が少なく貴重な一冊。「すべり変形が切断の原理」という考え方で説明している。
  • 沼田 真   : 植物たちの生( 1972年 岩波新書(青版 833))
    「ご要望にお応えしてアンコール復刊(1988年岩波新書50年記念復刊) 地球生態系の中で自然を見直す」(腰巻きのフレーズ)。植物の知恵と戦略に人類は勝てるのか。
  • 出町 誠: 14_NHK趣味の園芸:よく分かる栽培12ヶ月  カキ(NHK出版2007年)
    初心者向け柿栽培参考書(新版)。旧版と比較すると楽しい。
  • 中村三夫: 13_NHK趣味の園芸:作業12ヶ月  カキ(NHK出版1996年)
    初心者向け柿栽培参考書(旧版)。新版と比較すると楽しい。
  • 山科正平: 12_細胞を読む   電子顕微鏡で見る生命の姿
    細胞はどんな部品からできているのか。そんな疑問に答えてくれる一冊。何事も形を見るのが第一歩。μからÅオーダーの世界で、細胞をメスで解剖するように、電子顕微鏡というメスで解剖して見せてくれるので興味が尽きない。
  • 柳田充弘: 11_細胞から生命が見える
    著者の専門は分子生物学、細胞生物学。普段生物を考えても細胞レベルで止まってしまう。その細胞の中で色々な分子が働いている。細胞こそ生命の基礎だが、その細胞の中の動きを知るのに最適な一冊。疑問の発端はなぜ発根剤が効くのかということ。薬剤が細胞膜を通過して細胞内で分子と分子が作用するイメージができた。本書でできた細胞のイメージは小さな無数の穴が空いた水分が充満したヨーヨーのようなもの。そのヨーヨーの中に分子部品が詰まっている。細胞自体もタライの中のヨーヨーのように浮かんでいる。細胞図面の空白部は真空でなく水分だ。細胞の内外に水がないと細胞は生きられない。水が生命のゆりかごだ!
  • 野口悠紀雄: 10_ホームページにオフィスを作る(2001年 光文社)
    ITが輝いた時代の作品。HPの活用法は参考になる。参考:url=http://www.noguchi.co.jp/(野口悠紀雄 ONLINE)
  • 小池洋男 編著: 09_果樹の接ぎ木・さし木・とり木(農文協:2007/3/31第1刷)
    やや専門的であるが、実務専門化が分担執筆しており、その場で役に立つ一冊。
  • ノーバート・ウィーナー(鎮目恭夫訳): 08_サイバネティックスはいかにして生まれたか(みすず書房1956)
    情報と通信という現代社会に不可欠の基礎的な学問を作った著者の自伝とそれを通した科学史
  • 沼田 真(編): 07_雑草の科学(研成社1979)
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    2010/8/4:MEMO等の表示に使える。 農作業で気になる自戒の言葉 ■畑の石ころはいつまで経ってもても石ころ(早く拾って片づけよという意味か)。 ■同じ石を二度拾うな(やってみると難しい)。 ■手ぶらで歩くな。 ■三つ先のことを読め。 ■適当な観察。 ■空を見よ(気分転換、休憩、天気を読む、腰曲がり防止)