2010年10月 6日 (水)

雑木歌録:子供の庭

2010/10/6

雑木歌録:子供の庭

■五七に 七七加え 喜々とする 子供の庭は 広くなりけり   夢野照葉

歌の方は二年ほど前にぽつりぽつりと作り始めたところだ。句も歌も子供の遊び場のようだ。句という入れ物の他に歌という入れ物も使い始めてスペースの広さを喜んだ。実は句も歌も老人の手すさびが多いようで、自分もその類であろう。

文字数の制限という形式があるから、こういう文芸は入りやすいのかもしれない。句も歌も、間口は広いが奥も深いと感じる。最近は小中学生の間でも俳句が盛んになっているようだ。若さという点で、技巧よりセンスが際だつ。小中学生が和歌を作るとなると年寄りじみていると感じてしまう人がいるかもしれないが、がどうであろうか。学生、青少年の和歌には余りお目に掛かっていない。しかし、社会の見方、自己呪縛という観念が無くなれば学生の和歌も当たり前になるかもしれない。

追記:最近、寺山修司の『寺山修司青春歌集』という文庫本を手にした。自分の若き日の人生は寺山修司とほぼ没交渉で過ぎたが、当時を振り返ろうとする気持がこの本との遭遇になったと思う。寺山修司については「書を捨てよ、町へ出よう」というコトバを青春のスローガンのように思い出す程度であった。

WIKIPEDIAによると「1967年に寺山は「書を捨てよ、町へ出よう」(芳賀書店)という評論集を出版。その後、同年に旗揚げした演劇実験室「天井桟敷」の第7回公演(1968年)で「ハイティーン詩集 書を捨てよ町へ出よう」が演劇作品として発表された。」とある。1967年というと自分が二十代にさしかかり学生運動も盛んであり、デモの先頭にたった学友もいた。「書を捨てよ、町へ出よう」というスローガンはデモを遠巻きにみる者にとって後ろめたく感じた。

『寺山修司青春歌集』によれば、寺山修司は若い時から俳句や短歌を作った。それは、感傷的というより、何かの壁を乗り越えようとする動機があったようだ。寺山修司活躍の原点に和歌があったように感じた。寺山修司を知って、学生が形式という壁を意識しつつも、それを乗り越えて表現者としての契機を掴むのに和歌は適していると思った。

『寺山修司青春歌集』の中にある「僕のノオト」の一節:「縄目なしに自由の恩恵はわかりがたいように、定型という枷が僕に言語の自由をもたらした。」、「短歌を始めてからの僕は、このジャンルを小市民の信仰的な日常的の呟きから、もっと社会性をもつ文学表現にしたいと思い立った。」云々も短歌を一つの土俵のように見立てて、そのなかで何がどこまで出来るかという可能性の追求を自己に課していたのではないか。

気ままに、昭和萬葉集を拾い読みする時がある。歌が作られてから数十年もすると、作者が実際にどういう意図でその歌を詠んだかというより、その歌からにじみ出てくる生活や心情を強く感じる事が多い。一方、歌で個性を表現するとなるとにじみ出ると言うより絞り出すと言いたくなるような色々な物との格闘が生まれてくるようだ。

Googleで<書を捨てよ、町へ出よう>を検索すると、松岡正剛の千夜千冊の第四百十三夜【0413】2001年11月5日、寺山修司『寺山修司全歌集』が目に留まり読んだ(http://www.isis.ne.jp/mnn/senya/senya0413.html)。寺山修司と交際のあった松岡氏が初めて寺山修司について書いた記事のようだ。それも、寺山修司の短歌と葬儀について限定して。葬儀についても寺山修司らしい内容で感動した。

ここで、松岡氏は寺山修司の短歌には、それが踏み台にした本歌(実は本句)があったと記している。『「 こんなことをぼくが言うのはおこがましいけれど、寺山修司とはその記憶と表現の全身が、「美しきもの・険しきもの・懐かしきもの・寂しきもの」で相移相入してできあがったハイパーリンク状態そのもののような人なんです。むしろ"盗作"事件が寺山さんの初期におこったことを祝福したいくらいです。』、また、「しかし、ぼくは盗作おおいに結構、引用おおいに結構という立場です。だいたい何をもって盗作というかによるのですが、古今、新古今はそれ(本歌取り)をこそ真骨頂としていたわけですし、そうでなくとも人間がつかう言葉の大半は盗作相互作用だというべきで、むしろどれほどみごとな引用適用応用がおこったかということこそが、あえて議論や評価の対象になるべきではないかとおもうくらいです。」ともその中で述べている。自分も頭脳の作用で連想し、拡大、縮小、回転等を等して色々な見方で物事を見たり感じたりする事は大切であると思う。これは何も文芸や芸術だけに限らない。科学や技術の世界でも同様だと思う。

松岡正剛千夜千冊の第四百十三夜の記事は色々な点で参考になった。特に、手紙の形で書かれたのは単なる事象の記録ではなく、寺山修司という人間に語りかけたいという意味にもとれた。何事もゼロからは始まらない。大きな作品も雪だるまを作るように最初は一握りの雪を雪上で転がすようにして始まる。寺山修司の色々な作品の中にも短歌が核として残っているのかもしれない。

2010年10月 5日 (火)

雑草句録:おひしば

2010/9/5

雑草句録:おひしば

■夕焼けやおひしばを抜くふんばって

こんな情景は大した絵にも句にもならない。雑草の地面への根の張り方では、おひしば相当強い方であろう。株が大きくなるとかなり力を入れないと引き抜けない。誤ってスポット根が抜けてしまうと転倒してしまう危険もある。夕方になって持ち合わせの道具も無いので、最後の一仕事として目障りなおひしばを素手で抜きにかかった時ようだ。抜けたのかあきらめたのかまったく覚えていない。日々繰り返す仕事としてはこれが当たり前なのだろう。

2010年10月 4日 (月)

技術断想:小さな力

2010/10/4

技術断想:小さな力

かつて小さな親切というコトバが流行った。経済の高度成長期だったと思う。それを提唱したのが東大の茅 誠司総長。当時は東大総長も社会に対して色々アピールして社会も関心をもってそれを受け止めた。

WIKIPEDIAによると、茅 誠司(かや せいじ、1898年(明治31年)12月21日 - 1988年(昭和63年)11月9日)は、神奈川県生まれの物理学者で専門は、強磁性結晶体の研究。1923年(大正12年)3月 東北帝国大学理学部物理学科卒業後、本多光太郎に師事した。

東北大学の磁性研究は有名でその研究から日本の近代産業の芽が伸びてきたとも言えるようだ。物質の持つ磁性研究はモーターやテレコやビデオという磁器記録装置(この装置の稼動にもモーターが不可欠)の開発につながる。自分が大学で卒研をしている時、同じ研究室で磁性ワイヤーメモリーの研究をした学友がいた。指導教官は東北大学から来られたS先生。その当時もまだ東北大学の磁性研究というDNAが流れていたのかと今更感じている。

ともかく、磁性も小さな力が沢山方向を揃えることで大きな力になるのである。極微少な磁石材料の磁極のNSの向きがばらばらだと打ち消し合って磁力は生じないのだ。茅先生が小さな親切という運動を提唱したのもそのような物性を見据えて、多くの人間の小さな善意を積み上げて大きな力にしたいと思われたからなのだろうか。当時は高度成長で我も我もと他人にかまわずに自分の欲求に走った時代でもあったのだろう。小さな親切大きなお世話という揶揄の声もあった。

話は電気カミソリの刃の動きに変わるが、考えてみると電気カミソリの刃の動くのもモーター(磁力)の働きによる。長らく愛用してきたニカド電池用の電気カミソリの薄い金属製の穴あきカバーもすり切れてすき間ができているが、まだ動くので現在は予備機として残っている。なぜ残しているかと言えば、電気カミソリは時々動かなくなる時があるためである。その原因は大抵、刈ったヒゲの掃除の不徹底にある。モーターの回転部にヒゲやゴミが入り込んで回転を妨げている場合が多い。

しかし、きれいに清掃しても動かない場合がある。モーター以外の電池や充電部が故障したのかとあきらめて、更に一台買い求めて現在二台が動いている。回転刃と振動刃と方式は違うが、モーターが動かないという同じ症状になった。なにかおかしいと思い、危険ではあるがカバーを外してSWをいれてみると両方元気良く動いた。ヒゲをきれいに刈るにはカバーと刃の間隔が狭いほど良いが、余り狭くするとカバーと刃が接触して問題になる。電源やモータの能力が大きければカバーと刃の接触摩擦力を振り切ってモーターは回り出す可能性があるが、電池動作の電気カミソリでは起動時の力にも限界があるようだ。電気カミソリの構造的理由で刃とカバーが接触して回らないと言う証拠を挙げることは、外から見えないので素人には不可能に近い。ただ、現象的にはカバーを心持ち引き離してSWを入れると回転するので、小さな引っかかりによる抵抗力でモーターが回り出さないものだと現在は確信している。見えない小さな抵抗力があるだけでモーターは回転を始めない時があるのだ。

会社時代にモータ駆動用集積回路の設計をしていた技術者にモーターを確実に起動させる苦労話を聞いた事がある。モーターは反発力と吸引力をうまく回転力に変える装置であるが、モーターの固定子と回転子の位置が吸引する場所で止まっている時は起動しにくいとい事だった。逆にお互いに反発する位置で止まれば、次回に起動するときその反発力が起動を助けてくれるのである。好きだが好きと言えないような人間のとまどいも同じ様な症状に見える。要するに動き出すには抵抗力に打ち勝たねばならない。設計が上手なモーターならば電池がへたりかけても弱い回転が始まるが、そうならないモーターも中にはある。設計精度や巻き線や素材のばらつきも影響しそうだ。こういう所に技術力の差が出るのであろう。モーターを確実に起動させる技術・ノウハウは重要で、特許も多くあるようだ。

ともかく、普段気づかない小さな抵抗力がモーターの回転を阻止して、故障のように見える事もある。一般の使用者に対してはこれは立派な故障である。しかし、ある時は回り、ある時は回らないという電気カミソリを返品するのも抵抗感がある。こういう症状が出る機械に当たると使用者もイライラしてついに機械を手放す事になってしまう。こんな状況を人間の世界に当てはめて考えてみるとどうなるだろうか。心当たりはいろいろある。

小さな親切、小さな力(誉めるだけでなく、叱り、尻を叩き、尻押しをしてやる等々も含めて)は外部の要因で簡単に行動が阻止されくじけてしまいそうなところに、与えてやると、物事がうまく回るきっかけなる事が多いのではないかと常々思っている。特に動き出そうと力をためている状態での一押しは非常に大切であろう。このような状態を(発達)心理学ではレディネスと言うと習った記憶もある。

ところが、最近は見知らぬ人に声を掛けられたら、それに応じてはならないと幼児は教えられている場合が多いだろう。愛らしい幼児に声を掛けたくなるのは人間の心理であろう。そのように他人から声をかけられ、幼児が応答するなかに社会への適応が学習されて行くのだろう。また、見方を変えれば、幼児にかける一言も小さな親切であろう。幼児もその一言にうまく対応できると人間に対する信頼感を高め自信を持つようになるのだろうと思う。今日の状況では、大人もあえて幼児に声を掛けるのを控えてしまう。幼児が社会的な適応を学ぶ時期に人間不信を植え付ける教育が無意識の中に行われているようで行く末が案じられるような気もする。社会生活に不適合な症状をしめす人間行動はいろいろあるが、日本の社会は人間不信の泥沼に入ってしまったのではないか。人間個人の病理現象というより社会の病理現象が蔓延しているのが現代日本なのではないか。そいう視点から茅 誠司氏が提唱した小さな親切は、現代では(また現代でも)大きな意義を持っているのではないかと思う。

パソコンの動作もBIOSの起動からはじまり、車もエンジンの点火から始まる。その時に必要なのは正しく動作するわずかなエネルギーだ。問題はそのような小さな力を受け入れて動き出すための条件整備である。このような小さな力にも関心を持ちたい。人間社会にあっては小さな力で一押ししてやるだけで物事がうまく回転する場面も多々ありそうだ。これは、幼児も大人も同様であろう。物事がうまく回転を始めると回転エネルギーが蓄積されようやく本来の仕事が順調に進むようになるのである。

2010年10月 3日 (日)

雑草句録:栗の実

2010/10/3

雑草句録:栗の実

■栗の実を拾えど食うひまなき畑仕事

何かまとまりのない字余りの一句であるが、一行日記のような句作をしているので、相変わらず以前と同じ状況だと思い出す役にはたっている。実態は栗拾いするヒマが無く、いざ、ヒマになった頃に栗拾いをするとほとんど虫食いになっている。鬼皮がむきやすい、白栗やポロタンという品種を植えているがどうなるか。

追記:⇒ ブログ内「いとしきもの」WEBページの栗の部分へ。極幼少の頃、どこかの山林に山栗を広いに連れられて行った記憶があるが、誰と行ったのかも覚えていない。山栗は実は小さいが味が良いというのは、果樹の本と記憶が混同している可能性がある。ゆでて干した実を食べたのかもしれない。食味としてはホクホクとした粉質ではなく、やや粘質で天津甘栗ような感じがしたように思うがそれも確実な記憶でもない。ともかく、栗の実は口に入るまで色々手間がかかる。従って量もあまり食べられない。そう言う点ではスローフードとしてのんびりと食べることを楽しむのには適しそうだ。

ゆで栗の食べ方として、包丁で切ってスプーンでほじって食べる食べ方があるが昔はそんな上品な食べ方はしなかったように思う。前歯で皮をむいたり、爪でほじったりした。生の栗をかりかり食べた世代であるからそれが当たり前だったのだろう。栗の実で思い出すのが、青森県三内丸山遺跡から出土した栽培された栗の木で、日本古来の在来種らしいこと。クリの木は材が固いので色々なところで使われようだ。当時、どのような道具でクリの木の製材をしたのかも興味がある。

2010年10月 2日 (土)

雑草句録:無縁墓場

2010/10/2

雑草句録:無縁墓場

■曼珠沙華無縁墓場にまた咲けり

秋の彼岸の墓参りの帰り道にある無縁墓に線香を供える時がある。猛暑で花の時期がずれている(10日くらいの遅れ)という情報もあったようだが、墓地の曼珠沙華は今年も彼岸に咲いていた。木陰に入る時間帯があるので余り暑さを感じていないのかもしれない。今年は雨降りで無縁墓場は通り過ぎてしまった。

追記:旧句改作。「又さけり」を「また咲けり」に修正した。ATOKは文語体に対応していないようで、「咲く」意味まで解釈して変換してくれないので、入力時のチェックをさぼったままだったようだ。旧句は一度ブログに出した。幼少の頃は彼岸花と言っていて、墓地と関係するイメージがあった。赤い派手な色だがなんとなく近寄り難かった。最近は曼珠沙華を観賞用に大量に育てている地域グループもあるようだ。時代により、花に対するイメージも変わってくるのであろう。水仙のように葉は春から夏に出て、その葉が枯れて見えなくなった後に花だけがさくので不思議な咲き方だ。

もう十数年前だが、会社の四国出張時に、電車からみた田んぼの畦に曼珠沙華が沢山咲いていた風景を見て、なにか異境に来たような気がした事を思い出した。曼珠沙華の球根は有毒との事でネズミやモグラから畦を守るために植えられていたのかもしれない。

WIKIPEDIA(http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%92%E3%82%AC%E3%83%B3%E3%83%90%E3%83%8A:最終更新 2010年10月1日 (金) 14:46 )の記事が参考になった。葉が出るのは秋に花が咲いてからと言うことで、春から夏にかけては葉が出ていないのが正しいようだ。以下はWIKIPEDIA記事の生態関係部分の引用である。

:「 分布など [編集]
北海道から琉球列島まで見られる。自生ではなく、日本には中国から帰化したものと考えられる。その経緯については、稲作の伝来時に土と共に鱗茎が混入してきて広まったといわれているが、土に穴を掘る小動物を避けるために有毒な鱗茎をあえて持ち込み、あぜや土手に植えたとも考えられる。また鱗茎は薬になり、救荒食でもある。そのような有用植物としての働きを熟知しての運搬の可能性も無視できない。

人里に生育するもので、田畑の周辺や堤防、墓地などに見られることが多い。特に田畑の縁に沿って列をなすときには花時に見事な景観をなす。湿った場所を好み、時に水で洗われて球根が露出するのを見かける。なお、山間部森林内でも見られる場合があるが、これはむしろそのような場所がかつては人里であったことを示すと見るべきである。

また、日本に存在するヒガンバナは全て遺伝的に同一であり、三倍体である。故に、雄株、雌株の区別が無く種子で増えることができない(遺伝子的には雌株である)。中国から伝わった1株の球根から日本各地に株分けの形で広まったと考えられる。」

2010年10月 1日 (金)

雀追い:いとしきもの

2010/10/1

雑草句録:雀追い

■稲刈りや雀追いのみ原始力

なぜ雀はたわわに稔った稲穂に群がるのか。あえて、疑問に思うことも無さそうだが、雀が人間に寄り添って生きてきたDNAを示しているのではないか。それにしても、あの地味な羽色とセンスのない鳴き声と人に余り近づかない性質は人と程々の距離を置くという生き残り戦略で成功している鳥かも知れない。山間地の人里から人影が消えると雀もいなくなるという話を聞いた。ともかく、稲作の肉体労働の部分はかなり解消されてきたが、雀の被害対策はまだ原始的な方法に頼っているのが実状のようだ。昔は人が雀を追う仕事もあったようなので、今は無人で雀対策が出来ているだけでも少しは進歩しているのかもしれない。

追記:今年の9月の最高気温を記録した京田辺市のデータにつる性植物の影響があったと2010/9/30に気象庁が発表した。以下にその抜粋を示す。

『アメダスの京田辺(きょうたなべ)観測所(京都府)の通風筒につる性の草が絡んでいたという事案が9月6日に明らかになったことを受けて、当庁では、全国のアメダス観測所等を対象として観測環境の緊急点検を実施いたしました。

 その結果、全国1,277箇所のアメダス観測所等のうち、気温については京田辺観測所の1箇所において観測環境が不適切であり、温度計に巻き付いていたつる性の草による気温観測データへの影響があったことが判明しました。また、雨量については15箇所において雨量計の上部に草が一部被さる等の不適切な環境であり、このうち6箇所については雨量観測データへの影響があったことが分かりました。これらの不適切な環境が観測データに影響していた観測所については、周囲の観測所やレーダーによる観測結果などを用いて解析を行い、観測環境の影響が現れていた期間のデータについては気象庁の統計には使用しないこととします。』

影響があって、そのデータの信頼性が乏しいと判断して、そのデータの使用をしない決定をした事になるが、何を基準にしてその判断になったかはっきりしない。正しく測定が行われていた<周囲の観測所やレーダーによる観測結果>との相関を取ったのかもしれない。そうならば、ある推定値が得られている可能性は考えられる。しかし、観測地点が異なれば(観測地点が余りにも近すぎれば意味がないから、コストを考えれば各地点間には有意の距離があるはずだと思う)、当然ミクロな気象変化までは相関が保証されないから復元したデータの公表を差し控えたのであろうか。小数点以下の気温となるとそのデータの扱いも難しそうだ。

最近、欧米ではCLIMATE GATEという呼び名で地球温暖化のデータ偽装が問題になっているようだ。この呼び方は、米国の政界を揺るがしたWATER GATE事件になぞらえたものらしい。日本では一般的な関心は低いようだが気になる問題だ。海面からの高度が高いところに設置されていた観測ステーションが数多く廃止されていて、単純にデータを平均すると必然的に平均温度は高くなるらしい。一度に廃止されずに少しずつ廃止されると、平均気温も少しずつ上昇するだろうという予想は何となく納得する。地球温暖化があるのか無いのかこれも、温暖化の定義を厳密にした上で正確な測定が保証されないと正しい判断が出来ないだろう。

地球温暖化については、いくつかの仮説が可能であろう。

(1)化石燃料によるCO2が原因である。

(2)化石燃料ではなく自然の短期的な変動が原因である。

(3)数値データの偽装が原因である。

(1)が正しければ、化石燃料の使用を止めれば温暖化は阻止できるが、(2)正しい場合は温暖化は阻止できない。(3)については、温暖化という現象を拡大して見せる意図が介在していると思われるが、自然科学的な解明以上に社会科学的に解明すべきことであろう。

疑問に思うのは、地球の温度とは、どのように定義されているのか、また一義的に定まるのかという点である。一義的に定まらなければ、自分の利益や主張に合うデータだけで選んで出して議論することになり、結局声がおおきい方の主張が正しそうだという事になりかねない。

2010年9月30日 (木)

眼科:いとしきもの

2010/9/30

雑草句録:眼科//

■いや眩し快晴の秋眼科出る

瞳孔を開いて眼底検査をした時の作品である。検査が終わって、外に出ると空は秋の快晴で外界は光に満ちていた。その明るさは異常で、空に吸い取られてしまいそうに感じた。ともかく、全面均一の明るさは自分の影を作らないが、自分の影をみるゆとりはなかった。

自分には臨死体験は無いが、なにか一瞬重力が無くなったような感じだった。足元に影が出来るのも重力イメージの形成に寄与しているかもしれない。いつもなら明るさに合わせて瞳孔の開き具合が調整されているので脳は大体同じ大きさの刺激を受けるのだろう。薬剤で瞳孔を開いてしまうと、普段より多くの神経パルスが脳に送られて、脳も記憶の書き換えを強制的にするのではないか。

脳死判定に瞳孔反応があったように思う。調べると、その基準は、(3)瞳孔:瞳孔固定し、瞳孔径は左右とも4 mm以上とあった。臨死体験で見るのは、この瞳孔拡大の時の光景なのか。臨死体験とは死の川を渡る寸前に引き返した時に起こるようだ。脳の働きが弱まり瞳孔がどんどん開くが、何らかの理由でまた脳の働きが復活して瞳孔が機能し始めると、異様な光景を見たという記憶が残るのではないか。やはり、臨死体験はそう頻繁には起こりそうもないが。

追記:生還した人が臨死体験を語れるためにはその体験の記憶の痕跡が残っていて、それを体験者が読み出せるからであろう。ある現象を記憶に固定する過程も実に多くの物質の運動に帰着する現象・事実の連鎖からなるのであろう。そんなことを考えていると、最近のフロッピーデータ改竄事件を思い出した。パソコンにフロッピーディスクが標準搭載されるようになったのがDISK OPERATING SYSTEM(DOS)が普及してからであろう。日付の方はDOSに管理を任せているから、一般のソフトでは日付が書かれた部分の修正はできない。従ってその日付部分の修正の為には特別なソフトが必要となる。しかし、新聞に載った専門家の話によると、ソフト上は修正されて表示されるが、変更前のデータはDISK上からは完全に消去されずに残っているとのことである。その残り方も複雑なようだが、犯罪捜査となればそのような技術も使われるのだろうか。DNA鑑定も通常的な技術になっているのであろう。実用上は、ディスクからデータを完全に消す操作をしていたらパソコンの能力は十分生かせない。ソフト上でデータを消去するという事はディスク上の生データを消去するのとは違うらしい。ともかく、故障したHDDやFDからデータを救出するサービスも存在するようだ。願わくば、人間の記憶を復元する技術もあって欲しいが、それが実現すると不都合が生じる場合もあるのかもしれない。

2010年9月29日 (水)

果樹苗:いとしきもの

2010/9/29

雑草句録:果樹苗

■果樹苗を探す楽しみ又の秋
■果樹苗のカタログめくる秋となり

落葉果樹は春から秋にかけて苗を育成して、休眠している秋から初春までが販売の期間になるようだ。果樹苗探しは、畑仕事から解放され、夢のある楽しい一時ではある。業者の苗作りは秘中の秘のようで皆目分からない。自分なりに接木、挿し木をしてみるが業者の苗の足元に及ばない。しかし、その苦労を自分でやってみると果樹についての視野も広がってくる。

農業の物作りの基本は、数を増やすのと生産物を大きくするの二つで、これは製品の開発に通じると日頃から感じている。元開発技術者という習性なのか、果樹の新品種にも関心があり、カタログに目を奪われてついつい買ってしまうが、実が生る頃はカタログから消えている品種もある。素人は定番品種から始めるのがよさそうだと最近感じている。

追記1:今秋は、請求しないが現在までに二社から果樹カタログが送られてきている。苗を注文した場合の発送順序は顧客と会社の都合で決められているようだ。早く注文して、年内に定植した方が良さそうだが、ついつい仮植えして春に定植する場合が多い。少子高齢化で果樹生産高も減少を続けているようだ。苗屋さんはどのような作戦を立てているのであろうか。

追記2:今年の猛暑は果樹の出荷時期や品質に大きな影響があったようだ。稲も32℃位までが適温で、それ以上38℃程までに気温が上がると、生きるのが精一杯で、そちらににエネルギーを使ってしまい、良い米を作るゆとりもなくなるらしい。二等米、三等米が多くなりそうだと稲作農家の人は心配していた。今年は台風とか害虫による被害ではなく、猛暑による米の品質低下という予想外の被害で農業共済の適用がありそうだという話しも聞いた。一方、ニラ作農家の場合は、一ヶ月近く灌水を余儀なくされたが、実害はなさそうだとの事であった。米の場合は収量・品質の低下と在庫米過多から農家の販売価格は低下して、ダブルパンチを受ける事になりそうだ(以下に読売新聞ニュースの抜粋を引用しておく)。今年の猛暑はほとんどの農家にとって逆風であったようだ。 

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読売新聞ニュースの抜粋

『県産コシヒカリ 猛暑で品質低下
JAが仮渡し金引き上げへ

 猛暑の影響で、県産コシヒカリの新米(2010年産)の品質が低下し、8割以上が2等米になっていることから、JA全農にいがたは27日、集荷時に農家に支払う「仮渡し金」のうち、2等米分について、当初より500円引き上げることを決めた。

 通常、県産コシヒカリは8割以上が1等米だが、県産米の約9割を検査する県農産物検査協会によると、今年は成熟が十分でなく、粒が白く濁っていることなどから1等米が16%、2等米が82%。現在の3段階の等級制になった1978年以降、最悪となっている。

 また、今年は昨年産米の在庫が多いことから、卸売業者への販売価格は過去最低となっており、農家は二重に打撃を受ける形。このため、JA全農にいがたでは、支援措置を図ることととした。

(2010年9月28日  読売新聞)』

2010年9月28日 (火)

稲穂:いとしきもの

2010/9/28

雑草句録:稲穂

■稲穂垂れ水当番は立ち往生

■ぬかる田の我田断水大騒ぎ

この句も水利の水当番の思い出である。稲穂が垂れ下がる頃は、田んぼの水が不要になるので早く水を切ってくれという農家がある一方、我が家の稲はまだ水が必要だから水を切らないでくれという要望もあると水当番は立ち往生してしまう。

我田引水だけでなく我田断水もあった。これは、田んぼの乾湿という性質と稲の育ち具合が農家それぞれ違うので現在でも起こっている問題だ。最適な水管理をしようとするとそういう問題が起こるが、あまり関係ないだろうと思えばそれまでだ。湿田だと早く水を切らなくては、収穫期になっても機械が泥に沈んで作業が出来なくなる心配があるのだ。自分では稲作をしていないので水当番になって始めて知った事だった。

追記:波志江沼環境ふれあい公園についてまとめてみた(下記サイト内リンク参照)。灌漑用に使われた沼と周辺が整備されて公園に発展した例は、新設の公園を除けば相当多いのではないか。華蔵寺公園も華蔵寺沼との関係が深いであろう。現在の遊園地の前は確か野球場であったと思う。そのような施設がない頃は、沼の周辺の散策や花見が住民の娯楽であったと思う。ともかく、昔の人々は生活の中で水の有り難さを身に沁みて感じていただろう。ところが、その水が現在ではややもすると厄介者になるほどだ。水道も下水も地下にもぐって見えない。水利の水当番をしても、稲作で不可欠の用水路も一部は地下にもぐり、どこから水が流れてくるのか分からない位であり面目ないのが現実だ。外界も体内も水が循環して生命を支えているのであるが、それを無意識の内に体感することが出来なくなったのが現代かもしれない。波志江沼のように面積が広く、大量の水を蓄えた池沼を見るだけでも、水の有難味を体感し、気分をリフレッシュっせてくれるのではないか。人間は自然の一部であるが、時にはその自然さえ破壊して生きている。波志江沼環境ふれあい公園が環境を考え、人間回復の機会となる事を願う。(http://af06.kazelog.jp/itoshikimono/HASHIE_NUMA.html

2010年9月27日 (月)

赤皮カボチャ:いとしきもの

2010/9/27

最近、インターネットエクスプローラーの調子が良くない。ウイルスが原因か気になるところだ。VER6.0を使用しているのでアクセスしたサイト側から文句を言われる事もある。OSがWIN MEでよくビジーとなって動かなくなったりとダブルパンチ。インターネットブラウザを調べてみたら、OPERAがWIN MEにも対応しているようなので、昨日より、OPERA(VER10)のを試用を始めた。

快適に動いているが、まだ標準のブラウザへの設定はしていない。以前OPERAを試用したが、何かの不調であきらめた事があった。メールはどうしたらよいのかも検討が必要だ。ブログに彩りが無いので、ブログのタイトル部にDSC4枚連結の写真を挿入してみた。先ず、原画を適当に切り出した画像の高さを合わせてリサイズしてから連結して横長の一枚の画像ファイルにするだけだが、「画像の高さを合わせ」ることに気が付かなかった。

雑草句録:赤皮カボチャ

■珍しい赤皮カボチャは色で売れ

カボチャの外皮の色で野菜の印象が変わる。赤皮カボチャは粉質ではなく粘質の果肉である。ホクホク感はないが、外皮色も食物の変化を楽しむには面白いと思う。ともかく個食の時代となると野菜も大きさが問題になる。買い手の気持ちが分からないのが生産者の辛いところかもしれない。直売所に来る人は何がお目当てなのだろうか。鮮度と値段だけでは作る方も面白くない。

2010年9月26日 (日)

冬瓜:いとしきもの

2010/9/26

雑草句録:冬瓜

■冬瓜やこれから食べ方研究す

通販で種子を購入した。大丸とうがんというだけあってかなり大きな実がなった。しかし、食べ方が分からない。インターネットで調べると色々あった。レシピを印刷してこれをおまけに付けて直売所に出したら、ぽつりぽつりとは売れた。ともかく、出した分は完売した。

冬瓜そのものには余り味がないので、その持ち味を生かすのが調理のコツのようだ。ヘルシーでもある。マイナーな野菜なので調理研究家と名乗る人も余り紹介していない。そんなマイナーな事をしていたら仕事も没になってしまうのだろうか。

冬まで置けるというのが名前の由来らしいので、その辺に転がして置いて、食べたくなったらたべるような使い方が良いのかもしれない。冬瓜料理を人に出せるようになれば料理の腕は一流ではないか。素材は調理人が引き立てる物だ。

しかし、一抱えほど大きい冬瓜は始末に困る。小丸冬瓜という品種があり、それを作ったこともあった。結局、自分で調理をしなかったので余り口には入らずに終わった。そう言う点では食生活は今後ともあなた任せの傾向は続くだろう。

老後は、時間のゆとりも生まれるので作って食べる楽しみを味わうのも良いのではと思っている。その点、冬瓜は面白い素材であると思う。濃い味でがつがつ食べるのではなく、薄味で各種素材のハーモニーを、料亭に行ったような気分で楽しむのはどうだろうか。

追記:

書きだめ記事に素材のハーモニーと書いてあるので、オーケストラの事を思い出した。オーケストラの素材と言えば、楽器と奏者、指揮者の指揮棒を楽器と見なせば、指揮者も奏者の一人だ。オーケストラを聴いている時は、指揮者の事等余り気にしていないのではないか。調べてみると、楽器に弦楽器、木管楽器、金管楽器、打楽器の四種類があるが、打楽器の種類が20種前後でかなり多いが、弦楽器、木管楽器、金管楽器は各四種類とあって、オーケストラでは30種類程度の楽器が音のハーモニーを出しているようだ。

種類の多い打楽器はスパイスの様な音楽の味付け役かもしれない。主役ではないがこのスパイスがないと味気なく感じるのはオーケストラと料理に共通しているようだ。ともかく、これだけ多くの楽器が音を出していると、一つの楽器の音を聞き分けて観賞することは難しくなる。演奏の中にはある楽器のパートをだけを聞かせる部分もあるようだが。

そこで、冬瓜の調理と鍋料理の比較。冬瓜だけを旨くたべるのは楽器のソロ演奏のような感じがする。上手に素材の味わいを引き出さないとすぐにぼろが出る。一方、ナベ料理はまさに味と素材のオーケストラ。調理人、素材の腕と質を量と数でカバーしているようだ。

市販の単品の調理済み食品に使用されている素材(原料)をみると○○のXXと表示されている場合が多い。○○が主たる素材、XXが調理法等。所が○○意外に相当多くの調味料等を使っている。食品メーカーとしては、○○という素材だけで売るとなると、セールスポイントになるその素材の品質だけが決め手になるが、他の素材を併用することにより色々な味付けと付加価値が付けられるのであろう。食品メーカーの売るための工夫はアマチュア調理人にも参考になりそうだ。

そう、考えると冬瓜の調理にも、色々な工夫を加えてみる事ができそうだ。冬瓜だけの単品料理はあきらめて、いくつかの脇役とコンビを組ませるのも面白そうだ。味もクセも余り無い素材なので、あなた好みの味に染まるかもしれない。

2010年9月25日 (土)

事件:いとしきもの⇒地下鉄サリン事件・東京裁判と死刑について。20100925。

2010/9/25

雑草句録:事件

事件:いとしきもの⇒地下鉄サリン事件・東京裁判と死刑について。20100925。

■死刑にて事件終わるかあのサリン

この句も何年か前の作である。最近刑場の様子が報道陣に初公開された。日本の場合死刑は絞首刑である。刑場のガラス壁の向こうに椅子が並んでいた。ここに誰が並んで座るのかとふと思った。執行の証人という立場の人なのだろうか。公開の背景には死刑廃止意識の盛り上げもあったようだ。確かに刑場の秘密は公開されれば解消する。これが究極の姿かも知れない。ところで、秘密とはそれを特定の人だけが知る事により成立する。

犯罪捜査も最初は秘密裏に行われる。しかし、余り秘密を長引かせると大切なものを失う。真犯人の取り逃がしとえん罪の発生もその一つであろう。あのサリン事件はまだ終わっていないのであろう。交番の掲示板にオーム事件の逃亡者の指名手配の顔写真を見た時等ふとそんな事を思う。一方、拙速な死刑執行も色々な問題をはらんでいるように感じる。この程度の罪に対してはこの程度の刑罰と大体の相場が決まっていると言われている事も余りにも機械的に感じる。

調べてみたら、判決による死刑確定から執行までも色々な手続きがあるようだ。その中の最大の課題はやはり、犯罪者として罪をきせられた無罪の人を死刑にする事に対する責任の所在であろう。死刑執行までのプロセスとして、犯人を捜して検挙する役と刑を求める役とその量刑を定める役と刑の減免を請け負う役と確定した刑の執行を命令する役とその執行命令を承認する役と刑を執行する役等々と何段もの分業体制が続く。このような分業体制が徹底するとその一連の役の一部にしか関与しない人間は死刑に関する責任や心情を自分のものとしてとらえる感覚が少しずつ麻痺してくるのではないか。

たとえ判決で刑が確定しても、それは全知全能な神の仕業で絶対間違いが無いという保証がない。むしろ神の前では無知蒙昧で、自らも罪を犯す可能性をはらんだ限界のある人間の業に過ぎないのであろう。当然無罪の者を処刑して良いという法律も倫理的には無い筈だと思う。それが許されれば法律自体も崩壊するだろう。全知全能の神がいれば、その犯罪者の心の動きから行動に到るまでの全ての事実を映し出すだろう。

個人が生まれて犯罪に到るまでの軌跡には多くの人々との関わりがある。それを考えると、どこかで犯罪を犯さないで済む事が出来る分岐点があるのではないかとおぼろげに感じる。罪と罰は人間社会の永遠の課題かも知れないが、結果論ではなく原因論に遡って犯罪予防対策を少しずつでも前進させる必要があるのではないか。

追記:

日本の戦争責任を追及する東京裁判におけるインドのパール判事(WIKIPEDIAの記事が参考になる)の事を知ってから東京裁判に関心を持った。戦争責任を追及するのが勝者の権利という観点ではなく人間の良心の在り方をパール判事の行動の中に見たような記憶がある。東京裁判で刑が確定した戦犯の処刑まで教誨師という精神的ないたわりの仕事をされていた仏教学者がいて、その人が終戦数年後に著した本を古本で読んだ記憶がある。ざらざらとして紙質も悪く、色も茶色に変色していた小さな本であったと思う。敗戦までは権威あった人物が戦犯として収監された後の生活や心の在り方をその本で読むと、我々凡人と余り変わらないと感じた。花山師が唯一の日本人として巣鴨の戦犯の処刑に立ち合った後その書物を出版された事は死刑を考える上の貴重な記録として残るのではないか。しかし、その本の書名も著者が花山くらいしか思い出せない。キーワード:「A級戦犯 死刑 教誨師 花山」でGoogleで検索してみた。多分書名は『平和の発見-巣鴨の生と死の記録』だろう。初版本は昭和23年、朝日新聞社から刊行されたようだ。現在は中公文庫『巣鴨の生と死』として復刻版が出ているようだ。

以下はWIKIPEDIAとアマゾンからの記事である:
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『花山信勝
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
移動: ナビゲーション, 検索
花山 信勝(はなやま しんしょう、明治30年(1898年)12月3日 - 平成7年(1995年)3月20日)は、日本の仏教学者、浄土真宗本願寺派の僧侶。東京大学名誉教授。

概要 [編集]
石川県金沢市生まれ。第四高等学校卒、東京帝国大学印度哲学科卒。大学院で日本仏教史を専攻し、東洋大学教授、東京大学文学部教授、國學院大學教授等を歴任する。昭和10年(1935年)、『聖徳太子御製法華経義疏の研究』で学士院恩賜賞を受賞。

昭和21年(1946年)2月から巣鴨拘置所の教誨師となり、東條英機ら七人のA級戦犯の処刑に立ち会い、その時の模様を『平和の発見-巣鴨の生と死の記録』に記した。東條は、「米国憲兵と一緒に合掌するのも仏縁だね」と笑っていた、と語った。また、重光葵が認めた手記『巣鴨日記』(『文藝春秋』昭和27年8月号掲載)には、長期間の収監で精神的に消耗していた被告たちにとって、花山との接触はひとつの救いでもあった、という旨の記述がある。

長男の花山勝道は、 金沢で浄土真宗本願寺派「宗林寺」の住職を務めた。 次男の花山勝友は仏教学者で武蔵野女子大学副学長を務めたが、父の後を追う形で、1995年秋に逝去した。

著書 [編集]
聖徳太子御製法華義疏の研究 東洋文庫,1933
聖徳太子の仏教 仏教年鑑社, 1936
聖徳太子と日本文化 日本文化協会、1937
日本の仏教 内閣印刷局(国体の本義解説叢書),1942
憲法十七条の精神 厚徳書院,1943
日本仏教 三省堂,1944
勝鬘経義疏の上宮王撰に関する研究 岩波書店,1944
白道に生きて 北方出版社, 1948 (顕真叢書 ; 1)
平和の発見 巣鴨の生と死の記録 朝日新聞社, 1949
「巣鴨の生と死 ある教誨師の記録」 中公文庫, 1995
万世を照らすもの-仏教学徒の記録 酣灯社, 1949
永遠への道 わが八十年の生涯 日本工業新聞社, 1982
聖徳太子と憲法十七条 大蔵出版, 1982
太平洋戦争とお念仏 国際真宗学会, 1986
訳註・校訂 [編集]
法華義疏 聖徳太子 岩波文庫上下, 1931-33 改版 1975
往生要集 源信 小山書店,1937 岩波文庫(旧版),1942、復刊1988、復刻版一穂社,2004 
勝鬘経義疏 聖徳太子 岩波文庫, 1948、復刊1988ほか/改訂新版吉川弘文館 1977
維摩経義疏 聖徳太子 百華苑, 1971 改訂版 1980
上宮聖徳法王帝説  狩谷エキ斎(?齋)證註、岩波文庫(共注),1941 復刊1988
この「花山信勝」は、仏教関連の書きかけ項目です。この記事を加筆・訂正して下さる協力者を求めています(ポータル 仏教/ウィキプロジェクト 仏教)。 

カテゴリ: 仏教学者 | 日本の僧 | 真宗関連の人物 | 1898年生 | 1995年没
最終更新 2010年7月14日 (水) 01:23 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。』
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以下はアマゾンからの記事。http://www.amazon.co.jp/%E5%B9%B3%E5%92%8C%E3%81%AE%E7%99%BA%E8%A6%8B%E2%80%95%E5%B7%A3%E9%B4%A8%E3%81%AE%E7%94%9F%E3%81%A8%E6%AD%BB%E3%81%AE%E8%A8%98%E9%8C%B2-%E8%8A%B1%E5%B1%B1-%E4%BF%A1%E5%8B%9D/dp/4894800551

著者略歴 (「BOOK著者紹介情報」より)
花山 信勝
明治31年12月3日、宗林寺住職花山時勝師の長男として生まれる。十一歳のとき父親に死別したため金沢市松ヶ枝町尋常小学校卒業と同時に、大谷光瑞師が直営をはじめた兵庫県武庫郡の武庫中学に選抜されて入学、大正四年四高にはいり、東大哲学科に在学中二十一歳で宗林寺住職になった。大正13年東大大学院修了後、二年間英、独、仏に留学、印度仏蹟を踏査して帰る。日大、洋大、国学院大、東京文理大、九州大、東大各講師及び教授を歴任して昭和14年東大助教授、昭和21年同教授となり、34年定年で退官。この間三十六歳で帝国学士院恩賜賞を受け、四十三歳で文学博士、日本印度学仏教学会理事、日本仏教学会理事等を兼ね、終戦後の昭和21年2月から巣鴨拘置所の戦犯教戒師を委嘱され、処刑されたA、B、C級の多くの人たちをただ一人で教戒に当たった。東条英機元大将らA級七人の戦争責任者の処刑に立ち会ったたった一人の日本人でもある。東大教授退官後、浄土真宗本願寺派門主から北米開教区開教総長に任命され約十年間滞在、この間米国の永住権を得た。著書は聖徳太子の研究を中心に日本仏教など多数にのぼる。平成7年3月没。享年九十六歳(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)
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追記(2020/05/11):アクセスランキング3位に入った。外部サイトからのアクセスと思う。読者に感謝。古い記事なので書いた内容を思い出せなかった。タイトルが不適切なので下記のように変更。投稿日を付記。これで検索エンジンに掛かりやすくなるか?

事件:いとしきもの⇒地下鉄サリン事件・東京裁判と死刑について。20100925。

Googleでキーワード「麻原彰晃 死刑 確定」を検索(https://www.google.co.jp/search?lr=lang_ja&hl=ja&tbs=lr%3Alang_1ja&source=hp&q=%E9%BA%BB%E5%8E%9F%E5%BD%B0%E6%99%83%E3%80%80%E6%AD%BB%E5%88%91%E3%80%80%E7%A2%BA%E5%AE%9A)。

Googleでキーワード「オーム真理教 site:http://af06.kazelog.jp/」をサイト内検索(https://www.google.co.jp/search?lr=lang_ja&hl=ja&tbs=lr%3Alang_1ja&source=hp&q=%E3%82%AA%E3%83%BC%E3%83%A0%E7%9C%9F%E7%90%86%E6%95%99%E3%80%80site%3Ahttp%3A%2F%2Faf06.kazelog.jp%2F)。

2010年9月24日 (金)

残暑:いとしきもの

2010/9/24

昨日は秋雨前線が日本をおおい、22日の真夏の気温から一転して、ぶるぶる震える程の気温になった。暑さ寒さも彼岸までと、昔から言われている言葉をそのまま実感した。そこで、その二日間の気温の動きをグラフにしてみた。さすがに20℃近い温度変化は身体がはっきりと体感するが、グラフで見てもはっきりする。

元データは気象庁のアメダスの物を、エクセルに取り込み編集して、それをOPEN OFFICEに貼り付けてPDFでエクスポートした。OPEN OFFICEはグラフデータをPDFに変換するためだけに使用。ファイルサイズはエクセルの約半分になった。ワードはこの機能を持っていないと思った。ワードの最近版はどうなのか。

オフィスソフトを大量に使用する官公庁はコストダウンのために、フリーのOPEN OFFICEの採用が進んでいるようだ。互換性が要求される一部の部署ではマイクロソフトオフィスが残るようだ。国産ソフトとして一太郎を採用している官公庁もあるようだが、ATOKで頑張っているのだろうか。OPEN OFFICEではHTML編集もできるので、保存できないWEB PAGEをこれに貼り付けて保存することも出来る。しかし、非力なパソコンではやや重く感じる。

グラフはここをクリック↓

ISESAKI_TEMP_Y100923.pdfをダウンロード

以下本題

雑草句録:残暑

■指なめてノミとる床の残暑かな

昔は、蚤、シラミもお馴染みであった。猫を飼っているためか時には蚤が出没する。以前は猫に殺虫剤をかけていた頃もあったが、最近は猫も後期高齢者程の猫齢になったので、暇なときにかみさんが蚤取りをしてやっているようだ。

2010年9月23日 (木)

悪の華:いとしきもの

2010/9/23

雑草句録:悪の華

■魔女狩りを楽しまされる悪の華

数年前の作句であるが、その背景は忘れてしまった。しかし、何かの事件が絡んでいるとの記憶がある。えん罪が起こるのは単に検察だけの問題では無いのであろう。中世の魔女裁判は有名であるが、実体は不勉強で分からない。しかし、同じ様な事が現在の日本でもわずかながら起こっているのが事実とすると看過できない。ともかく、尽きることのない悪の種を完全に除去する事は不可能だろう。問題はその種子が立派な悪の華を開いてから事態が動き出す事かも知れない。その悪の花を咲かせた本人が他人と入れ替わっていたとなると悲劇そのものだ。

追記1・・・環境雑録:切り捨ての時代2

「切り捨ての時代」(http://af06.kazelog.jp/itoshikimono/2010/02/post-37d9.html)で書いた記事に関して利用者の動きを示す結果が出た。

「12万1400件の純減」は利用者の不満を表す数と理解できるだろう。

以下はGigazine(http://gigazine.net/index.php?/news/comments/20100407_sbm_tca)の記事の抜粋である。

「社団法人 電気通信事業者協会(TCA)がまとめた2010年3月末現在の携帯電話およびPHS、IP接続サービスなどの事業者別契約数によると、ソフトバンクモバイルの2010年3月末時点での契約者数は前月比マイナス12万1400件の純減となったそうです。

これは3月末に同社が第2世代携帯電話(2G)サービスを停止したことによって自動発生した解約を受けたもので、第3世代携帯電話(3G)サービスの純増数が42万2300件であったのに対して、2Gサービスの純減数は54万3000件にのぼったとのこと。

システム別の内訳。停波によってソフトバンクモバイルの2Gサービス契約者数は0になっています。」

追記2・・・歴史の転換:作られた事件

以下は、最近報じられた驚愕すべき事件の報道である。

「郵便不正事件:大阪地検の主任検事逮捕 証拠隠滅容疑

厚生労働省の村木厚子元局長(54)に無罪が言い渡された郵便不正事件で、証拠品として押収したフロッピーディスク(FD)のデータを改ざんした疑いが強まったとして、最高検は21日夜、大阪地検特捜部の主任検事、前田恒彦容疑者(43)を証拠隠滅の疑いで逮捕した。証拠品のデータ書き換えは、現職特捜検事の逮捕という極めて異例の事態に発展した。また、大阪地検は同日、控訴を断念し、上訴権を放棄したと発表した。元局長の無罪が確定した。

毎日新聞 2010年9月21日 21時25分(最終更新 9月22日 0時32分)」

事件は作られ、その後始末のため更に別な事件が作られるというようなこともあるのか。それにしても、何ともタイミングが良い事件に見えてしまう。それだけ緊急性があったのか。十分な証拠固めはあったのだろうか。えん罪を見て見ぬ振りをして何もしないのも事件の一つではないか。今回の事件は見えないと思った事件が見えてしまった事によって、その後始末のために生じた事件のようでもある。えん罪という事件が日々刻々と作られると、その歪みは見えない内に蓄積され、更に大きな事件を産む。

イラクのフセイン体制の頃は密告が国民全ての行動を支配し、家族同士も疑心暗鬼にとらわれたとかつての新聞記事か何かの記憶を思い出した。密告もえん罪も厳然とした事実であればそれがおこる原因もあるべきであるというのが当然理性的な判断であろう。「大阪地検の主任検事逮捕」というのが、また何かに対する迎合的な作られた、パフォーマンスのような事件で終わってはならないだろう。

ともかく、全ての人間の行動を見渡す神はいない。良心を持つとはやはり何かの悪を働こうとするとき全知全能な神に類する存在を意識する事ではないか。それ故悪は抑えられる。全知全能な神に類する存在とは人間に対する信頼感とも考えられるだろう。欠陥だらけの人間が、人の悪を摘発して、人を裁かざるを得ないのが今の裁判制度だ。

問題は裁判を何年もやっていれば、一般の人の記憶から遠くなり、裁判自体が空洞化してしまう恐れもある。裁判制度そのものも信頼を失い掛けているのが現状ではないか。逮捕された主任検事は故意ではなく過失であると述べているという記事もみた。ガードマンが信頼出来ない場合は別のガードマンを付けて監視しなければならない。

職業倫理に信頼性を欠くと、こういう同じ穴のムジナ同志の無限の連鎖が必要になる。これは、検事も、裁判官も、弁護士も、学校の先生も、労働者も全て同じような状況にあるだろう。サラリーマンをしていても、他人の失敗の落とし前をどうして自分が処理しなければならないのかと嘆いた事があった。検事という同僚に逮捕された検事という容疑者が、どのような捜査を受け、どのような裁判が進むのか見守る必要があるだろう。

2010年9月22日 (水)

温暖化:いとしきもの

2010/9/22

雑草句録:温暖化

■温暖化ミカンの産地がここに来る

地球温暖化が騒がれるようになったのはいつ頃からであったか。自分が最初にミカンの苗を買って植えた頃は温暖化の事はほとんど頭になかった。もう、それから十数年から二十年近く経っていると思う。あの、「みかんの花が咲いている~」という歌にノスタルジーを感じたのが苗を買った動機であった。「みかんの花」ってどんな花という好奇心も働いた。りんごについても全く同じ状況であった。

数本ある古いみかんの株は穂木を採種されて大きくならなかった。最初は日当たりがよく、寒風の当たらない場所を選んで植えていた。最近は、シノや雑木、雑草が茂り、手入れが行き届かない畑の隅や通路際に植え始めた。主な目的は有効利用が出来ていないスペースの維持管理の省力化である。おまけに実が生った風景を楽しみ、少しでも実が収穫できればありがたい。

確かに、桃栗三年といわれるようにこれらは成長も早く実を付けるのも早い。しかし、柑橘類はユズの馬鹿と喩えられるように成長も遅く、実を付けるのも遅い。果実を収穫する上でも、樹形が大きくならない事を期待している。ともかく、みかん栽培も自分でやってみないと分からないことばかりである。

追記:日記のタイトルのように575の句を作り始めたのが5~6年前から、57577の歌を作り始めたのが2年前からである。ともかく、文字数という、容量が決まった入れ物という位の感覚で気ままに作っている。歌の方はどうも心情が中心の叙情的物語りになってしまい余り気が進まない。でも、センチメンタルの心情になった時は歌も良いのかと思う。句の方は逆に入れ物が小さすぎていろいろひねってダイエットする楽しみがある。結局、タイトルだけで内容がわからないような句は文章で説明しているような感じである。樹木に喩えれば、句は幹、説明文は枝葉のようだ。調べてみたら、みかんの花を詠った次のような歌を作っていた。

雑木歌録:みかんの花

■なつかしき みかんの花の 歌を聞き 見たことのなき 花を思いき

■白き花 仄かに香り みつばちは 羽を休めて 仕事に励む

○ひまつぶし:

Twitterの文字数は140字との事で俳句の17文字を基準に計算すると、

短歌:31/17=1.82≒2

Twitter:140/17=8.24≒8(140/31=4.52)

となり、大雑把には歌が俳句の2(2の1乗)句分、Twitterが俳句の8(2の三乗)句分の長さになるのが面白い。短歌とTwitterの中間が俳句の4(2の二乗)句分の長さとすると、68文字となる。これを、70文字とするとTwitterの半分の長さだ。この長さに相当する文書表現形式はなにかあるのだろうか。短歌2首=31X2=62、短歌1首+俳句2句=31+17X2=65。短歌1首+俳句1句=31+17=48≒俳句3句=17X3=51≒50。原稿用紙が400字とすると50字も区切りが良い。ともかく、文字数の制限という形式を導入する事により、一つのパターンが出来る。

○メモ:

一つのWEB LOGを複数のカテゴリーに登録する機能があった。カテゴリーの選択:複数指定をクリック⇒選択画面⇒CTRLキーを押しながら、登録したいカテゴリーを複数選択⇒設定。この設定をしておけば、どちらのカテゴリーからも記事にアクセスできる。

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  • 出町 誠: 14_NHK趣味の園芸:よく分かる栽培12ヶ月  カキ(NHK出版2007年)
    初心者向け柿栽培参考書(新版)。旧版と比較すると楽しい。
  • 中村三夫: 13_NHK趣味の園芸:作業12ヶ月  カキ(NHK出版1996年)
    初心者向け柿栽培参考書(旧版)。新版と比較すると楽しい。
  • 山科正平: 12_細胞を読む   電子顕微鏡で見る生命の姿
    細胞はどんな部品からできているのか。そんな疑問に答えてくれる一冊。何事も形を見るのが第一歩。μからÅオーダーの世界で、細胞をメスで解剖するように、電子顕微鏡というメスで解剖して見せてくれるので興味が尽きない。
  • 柳田充弘: 11_細胞から生命が見える
    著者の専門は分子生物学、細胞生物学。普段生物を考えても細胞レベルで止まってしまう。その細胞の中で色々な分子が働いている。細胞こそ生命の基礎だが、その細胞の中の動きを知るのに最適な一冊。疑問の発端はなぜ発根剤が効くのかということ。薬剤が細胞膜を通過して細胞内で分子と分子が作用するイメージができた。本書でできた細胞のイメージは小さな無数の穴が空いた水分が充満したヨーヨーのようなもの。そのヨーヨーの中に分子部品が詰まっている。細胞自体もタライの中のヨーヨーのように浮かんでいる。細胞図面の空白部は真空でなく水分だ。細胞の内外に水がないと細胞は生きられない。水が生命のゆりかごだ!
  • 野口悠紀雄: 10_ホームページにオフィスを作る(2001年 光文社)
    ITが輝いた時代の作品。HPの活用法は参考になる。参考:url=http://www.noguchi.co.jp/(野口悠紀雄 ONLINE)
  • 小池洋男 編著: 09_果樹の接ぎ木・さし木・とり木(農文協:2007/3/31第1刷)
    やや専門的であるが、実務専門化が分担執筆しており、その場で役に立つ一冊。
  • ノーバート・ウィーナー(鎮目恭夫訳): 08_サイバネティックスはいかにして生まれたか(みすず書房1956)
    情報と通信という現代社会に不可欠の基礎的な学問を作った著者の自伝とそれを通した科学史
  • 沼田 真(編): 07_雑草の科学(研成社1979)
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