2010年9月 4日 (土)

草刈り機:いとしきもの

2010/9/4

今年の夏の異常高温が昨日の気象庁の報道発表により異常気象としてお墨付きがおりた。
気象庁が平成22年9月3日に発表した異常気象分析検討会での内容を以下に要約しておく。 要するに暑くなる要因が幾つも重なったのが異常高温の原因であったと分析されたが、気象現象そのものが、地球温暖化という全地球規模の変化の中ででそういう傾向を持ち始めているとなると、この夏のような異常高温が近い内にまた起こるのではないかと心配になる。あと数ヶ月すると、この異常高温の明暗がはっきりしてくるのであろう。来年春の杉花粉が先ず気になる。薬剤メーカは対策品を大増産?

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○今夏(2010年6~8月)の日本に極端な高温をもたらした大規模な大気の流れについて、その要因を分析し、以下の見解をまとめました。

大気の流れの特徴と要因
1.北半球中緯度の対流圏の気温は、1979年以降の夏(6~8月)で最も高くなりました。
要因:2010年は、春にエルニーニョ現象が終息し、夏にラニーニャ現象が発生しました。このため、エルニーニョ現象終了後の昇温効果とラニーニャ現象が発生したことによる影響が合わさり、北半球中緯度の気温が非常に高くなった可能性があります。
また、北半球中緯度対流圏の気温は長期的に上昇しており、これには地球温暖化が関係している可能性があります。

2.日本付近は、勢力の強い太平洋高気圧の影響を受けやすくなりました。
要因:7月中頃の梅雨明け以降、日本付近の亜熱帯ジェット気流は、平年と比べて北寄りに位置し、太平洋高気圧が日本付近に張り出しました。

3.冷涼なオホーツク海高気圧の影響をほとんど受けませんでした。
要因:例年、北・東日本がオホーツク海高気圧の影響を受けやすい夏の前半(6月~7月前半)に、オホーツク海高気圧はほとんど形成されませんでした。7月後半には、一時的にオホーツク海高気圧が形成されましたが、日本付近の亜熱帯ジェット気流が平年と比べて北寄りに位置し、また、日本の東海上の太平洋高気圧が強かったため、北・東日本はオホーツク海高気圧による影響をほとんど受けませんでした

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ここからが、書きための本題

雑草句録:草刈り機

■草刈り機チップ交換試運転

草刈り機には乗用のものもあり、ハンドルが付いていて持ち歩きするのは刈払い機と言うようだ。自分の現用の仮払い機はもう何年も使っているが、当時の最安品であった。

パワーは余りないが軽いのが取り柄である。パワーが小さい分は技術と手間で補わねばならない。技術と言っても、回転力を蓄えて、その蓄積エネルギーの範囲で草を刈るだけである。老後の生活に似ている。

チップ交換はまだ数回のみ。交換に時間をかけるのも勿体ない。農機具は操作とメンテナンスが大切だ。そんな事を書いているが、盛夏を過ぎたが今年はメンテ無しで動いている。しかし、グリース不足か発熱を感じる。グリースを入れなければと思いつつそれが出来ていない。(下書きを機会にようやくグリース注入を実行した。)

メーカーはタナカであるが、現在は株式会社日工タナカエンジニアリングになっている。高齢化が進み農業人口が減る中で農機具のメーカーの存続も厳しくなっているのだろうか。(老舗企業があっけなく消え去るのは経営者の油断もあるようだ。)

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追記:タナカ工業株式会社のホームページはまだ残っていた。内容は経営譲渡のお知らせと譲渡先へのリンク。タナカの刈り払い機を修理する必要が生じた時に、一度タナカの経営破綻を調べて、本業以外への投資の失敗もあったように記憶している。巨額の負債が経営を圧迫したのが倒産の原因であったようだ。2サイクルエンジン等の優れた技術を保有していた老舗メーカーであったが、破綻してしまった。負債と資産を切り離し、その資産部分を(株)日工タナカエンジニアリングが譲り受けて経営再建をしたようだ。

以下は両社ホームページ等の情報:

(株)日工タナカエンジニアリングのホームページ:『(株)日工タナカエンジニアリングは、日立工機グループの一員として設立され、2007年5月1日よりエンジン工具の製造販売の事業をタナカ工業株式会社より譲り受けました。』

尚、同社のタナカ工業株式会社の事業譲り受け等のお知らせの冒頭部は以下の通り。『日立工機株式会社(コード番号:6581)(東証・大証:市場第1 部)//タナカ工業株式会社の事業譲り受け等のお知らせ//当社は、2007 年1 月10 日に千葉地方裁判所から民事再生法に基づく再生手続開始の決定を受けたエンジン工具メーカーのタナカ工業株式会社(以下「タナカ工業」という。)からの要請を受け、同社の事業再生支援を目的として協議、検討を進めて参りましたが、今般、当社がタナカ工業のエンジン工具事業を譲り受けることで合意しましたので、お知らせ致します。』

○タナカ工業㈱のホームページ:「2007年5月1日をもちまして、本サイトに掲載しております『タナカ工業㈱』のエンジン工具の製造販売の事業を『㈱日工タナカエンジニアリング』に譲渡いたしました。」

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追記2:パソコンのHDDからカチカチといつもと聞き慣れないアクセス音がする。つぶれる前兆か。ATOKの辞書だけはバックアップを取る。

2010年9月 3日 (金)

9歳の壁:いとしきもの

2010/9/3

読みかじりの記:9歳の壁

暑い真夏の昼下がり、扇風機をかけてインターネット。パソコンのファンが回転を始めたのでケース内温度が設定値以上に上昇しているようだ。そんなときに出会ったのがhttp://gaya.jp/english/katakana.htmというページ。タイトルが「カタカナ英語でいいんじゃない?
= 通じる発音イロハニホヘト =」という、日本人の英語下手論に再
度遭遇した。

自分なりに要約すると、言葉の学習は開き直って猿まねで行けということのようだ。自分の外国語に関する体験はブログ「外国語コンプレックス(2008/12/27)」に書いた。言葉の学習は割り切りが大切だという結論であった。

脳研究者の池上先生は「言葉を覚える能力は、一般に8歳までであると言われている。この年齢を過ぎると、新しい言語を覚える能力は急速に低下する。「9歳の壁」と呼ばれる脳の変化だ。こうした現象が脳に備わっている理由は明らかになっていない。しかし、私たちはこれを事実として受け止めなければならない。」と書かれて、臨界期という術語の他に「9歳の壁」を知った。

多分我々戦後派がローマ字を習ったのは小学4年だったと思う。だが、その時既に当の少年等の言語/発音・聞き取り能力はコンクリートのように固まっていたのかもしれない。ともかく、脳内で起こっている現象とそれを観察した結果をつき合わせて、例えば「9歳の壁」というような現象を合理的に説明できるまでにはまだ相当な時間がかかるように思われた。しかし、重要なのは言語の臨界期や「9歳の壁」というものが、人種的な遺伝子の差異ではなく、単に外部的な環境や教育の差であるのならば、外部システムを変更するだけで対策ができる筈だ。

もう一つ、モノの認識に関して『多くの人は、モノは自分の頭の外にあって、それを目で見たり手で触ったりして感知していると考えている。それを常識として疑ってみたことすらないだろう。だが本当をいえば、モノは脳の外側ではなくて内側に存在しているのだ。こう書くと不思議に思う人もいるかもしれない。そういう人のためにあえて言い換えるとすればこうなる。「モノが存在していることと、モノが存在していると感じることは無関係である」。』というご指摘になるほどと思う。要するに脳の中には途方もなく多くの情報が詰まっているのであろう。

自分がいとしきものとして想起するものは何がトリガーになっているのであろうか。もはや、それはモノとして存在し得ないものなのか。

追記:「臨界期」も「九歳の壁」も学習を受け付けて効果がある時期と効果がない時期の境界を意味するのだろうが、厳密に存在するのか。多分、傾向則としてはあるように感じるが、その境界はS字カーブのようにある勾配・幅を持って状態が変わると言った方が正確なのかと思ったりする。ともかく、記憶・学習という機能は生きている限り完全には失われないと考えた方が気が楽だ。リハビリも生体のダイナミックな変化に基礎がある。脳も同じであろう。長寿命社会になると、そういう決定論的見方では老後の楽しみがなくなってしまう。例えば、老化で記憶の効率が悪くなっても、それを補う方法があれば不便は軽減されるだろう。例えば、繰り返しテレビ。回数で補う。テレビをインテリジェント化(録画、画像処理機能を含む)して、話者(シチュエーション等でも良い)をテレビが聞き分ける(判断する)。話した(放映された)順に、指定回数だけ繰り返して写してくれる。こういうインテリジェント・テレビ・ビデオは出演者にも有用だろう。習い事のフィードバック学習にも最適だ。3Dテレビより実用性が高いのではないか。昨日はラジオで民主党代表選候補者の討論を聞いた。この新型テレビは持ち時間を決めた政治討論会(当然語学講座)等にも有効かもしれないと思ったりする。

2010年9月 2日 (木)

書肆いいだやさん:いとしきもの

2010/9/2

書肆いいだやさん:いとしきもの

今年の夏の暑さは凄まじい。日本各地で猛暑日関係の新記録が続出している。そんなことを書いていると、昨日(9/1)の夜のTVニュースで気象庁は「今夏(2010年6月~8月)の日本の平均気温は、統計を開始した1898年以降の113年間で第1位(これまでの第1位は1994年)の高い記録となりました。」(気象庁ホームページ)と発表したと報じた。異常気象という言葉も発表画面に流れた。九月に入ったが、その勢いは上旬まで続きそうである。政界でも猛暑同様な熱き戦いがしばらく続きそうである。

一方、この8月は、書肆いいだやさんが店頭販売を終了したという地域の歴史にとっても記憶に残したい意義深い年にもなった。読みかじりであるが、江戸時代後期から明治にかけては伊勢崎は文化レベルが高かったようだ。これは、いいだやさん店主が身を以て確信していた事かもしれない。群馬の人口が200万人を割ったのと同じように、書肆いいだやさんの閉店が伊勢崎の文化レベルがまた一段と下がる兆候とならないようにと願うばかりである。

書肆いいだやさん訪問については2010/8/31の記事に書いた。日中は余りにも暑いので、仕事は何も手が着かない。つんどくのつもりであったが、ともかく扇風機をかけて、いいだやさんのレジ袋を開いて書名を確認しつつ少し拾い読みをした。その一冊に、「記憶のメカニズム」高木貞敬(さだゆき)/岩波新書があった。1976年5月20日第一刷発行とあり初版本であった(ちなみに定価は230円)。科学の進歩から言えばもう相当古そうな感じがするが記憶について体系的な勉強などしたことがないので大変新鮮に感じた。記憶も定義の仕方で色々なレベルがある。鮭が自分の生まれた川を記憶している事の研究などは面白かった。30年を一世代とすると、人間の記憶の一世代の間の研究の進歩がどれだけあったのか、素人には余りよく理解できないが、ともかく、人間の記憶は相当長い期間の情報の整合性を保つために絶対必要な機能のようだ。古い世代から新しい世代へ色々な記憶を引き継いで行くことが今後非常に重要になると思う。

レジ袋から何冊かの本を取り出すと、下の方からA4を二つ折りにした紙片が出てきた。いいだやさんでは初めての事だったので、何かと広げてみると何と店主(ごめんなさい本当は代表取締役さんのようです)のあいさつ状であった。レジの時にそれをひっそりと忍ばせてくれていたようだ。それを、じっくり読むと店主の気持ちがひしひしと伝わってきた。8/31の記事が自分のうろ覚えと主観だけに基づいているように感じ、それを補うため記事を追加する事にした。

あいさつで、一番感銘を受けた部分は「書肆いいだやの目指して参りました理念は、目で見て心を通して読むこと、それは過ぎた時代のかすかな声を聞き、書物をとおし未来へ橋渡しを志す精神です。」と書かれていたこと。そのキーワードと言えば「目で見て心を通して読むこと」、「過ぎた時代のかすかな声」、「書物をとおし未来へ橋渡しを志す精神」ということにになると思われる。ともかく、書物はそれに接する人にとって常に過去と未来の結節点にあるのだろうと思った。なかでも、「かすかな声」を捉えて聞き分ける事は何事にも大切である。現代は増幅された雑音・騒音に「かすかな声」がうち消されている時代でもあるので尚更だ。

当日、自分が購入した郷土歴史資料に数冊の地域の遺跡の発掘調査報告書がある。悲しいかな、これらの地域の遺跡は地域の土地開発のために破壊され、その代償として残されるのが遺跡の調査報告書のようでもある。遺跡そのものは消えて地域の人々もほとんどその存在を忘れてしまうのが現実だ。当局は相当な経費をかけて発掘調査や報告書の発行を行うが、読む人は極わずかなようだ。こういう分野に事業仕分けが行われたりすれば、貴重な文化事業は即死扱いになるだろう。現実にそのような傾向がじわりじわり進行しているようにも感じられる。

幸い県や市は、戦後の発掘調査の報告書の作成を継続してきているので、蓄積された情報は膨大な物になるだろう。その極一部にいいだやさんで遭遇できた。発掘の現場説明会に出かけたついでに現場職員に報告書のネット無料公開を頼んだこともあった。その声はどこまで届いただろうか。1TバイトのHDDが1万円を切る時代である。ネット公開を前提に報告書を作成すれば追加費用も多くを要さないと思う。ぜひ推進して貰いたい。自分が危惧しているのは蓄積された膨大な遺物、資料、情報が二次的な遺物になっていつしか分散・消滅してしまう事である。 一方、公開した場合の効果は計り知れない。それだけでも、当地の文化情報の発信になる。更に、その報告書を目にした児童・学生の一万人か十万人の一人でもその分野の専門家になるきっかけになれば、それだけでも十分ペイするのではないか。ともかく蓄積された物も単なる遺物の山で終わるのか研究者にも税金を払った市民にも金鉱になるのかの分岐点が公開であろう。

真夏の夢のような事を書いてしまったが、書物も遺跡も遺物も耳を澄ませば何かを必死に訴えているようにも感じる。しかし、モノそのものや情報が無くなってしまえばかけがえのない歴史を永久に失ってしまうのも事実である。かくて、現実の地域の歴史には多くのまた底知れぬブラックホールが満ちている。書肆いいだやさんにはそういう意味で郷土歴史資料から地域のかつての姿を思い起こさせる良い機会を与えていただいたことに改めて感謝している。

いいだやさんのあいさつ文に述べられた理念や創業の心意気は、同店の愛顧者等できるだけ多くの人々の記憶にぜひとどめておいて頂きたいと思ったが、事業範囲が広くそれをうまく要約できそうにもない。そこで、自分のポンコツパソコンで何とかならないか検討した結果、スキャナーであいさつ文の画像(JPG)を取込み、別のフリーソフトでPDFに変換できたので、あいさつ文全体を8/31の記事の言葉不足の修正と訂正(営業期間30年⇒35年に訂正)も兼ねて紹介させて頂きたいと思う。このあいさつ文はいいだやさん自身による35年間の事業の総括・記念碑でもあると思う。いいだやさんにあっては35年間の活動を通して地域文化の振興に大きな足跡を残された事に改めて敬意を表したいと思います。ありがとうございました。いつしか、いいだやさんが播いた種が芽を出し、いいだやさんの理念や創業の心意気を引き継ぐ人が現れればと期待したい。

尚、書肆いいだやのホームページ:http://www6.wind.ne.jp/iidaya/に記載されていない情報は個人情報としてPDFより消去させて頂きました。

いいだやさんのあいさつ文は以下↓をクリックして下さい。

iidaya_aisatsu.pdfをダウンロード

2010年9月 1日 (水)

タマネギネット:いとしきもの

2010/9/1

雑草句録:タマネギネット

■蚊の大群タマネギネットで畑仕事

一時期、蚊の大群から身を守るためタマネギネットを被っていた時があった。DIY店で防虫ネットを見つけてからはそれを使用している。どの場合も細かなメッシュが目の前に垂れ下がるので光の加減により非常に見えにくくなる場合がある。もう少し見えやすい工夫はないものかといつも思う。

2010年8月31日 (火)

古本屋:いとしきもの

2010/8/31

雑草句録:古本屋

■古本屋客惜しみ来る店仕舞い

たまに足を運んでいた書肆 いいだやさんが今年の8月末で店頭販売を終了すると上毛新聞が伝えていた。古書というと、相当古く値段も高くマニア向けのような印象も受ける。古本というと新本との関係から中古車のようなイメージがあり、自分も古本をそのように利用する事が多かった。しかし、本の中身はそれこそ多様である。本の価値は、新しい・古いというだけで決まるのではなくその内容がものをいう。

店主も客と本の仲を取り持つ仕事に生き甲斐を感じて三十年間書店を続けてきたが、後継者がいないので元気な内に区切りをつけることにしたらしい。店主として、開店の理想を忘れずにそれを維持することは大変であったろうと思う。ともかく、当世売れ筋の一般書やマンガ類より、渋い一癖ありそうな人を対象にする品揃えであった。いいだやさんは地域の文人の書画も扱っているが、その分野はゆとりもなく自分とほとんど関係がなかった。目録冊子の「裏木戸」掲載の写真は拝見させて貰っていた。自分も気ままな地域の歴史書・文献探し等ではお世話になった。こういう本・文献類は、新本でも一般の書店に並ぶことはほとんど無い。並んだとしても売れる可能性は限りなく小さい。時には予期せぬ本に巡り会える幸運は無上の物だ。いま思えば、これも店主の鑑識眼のおかげだったのだろう。

昨日は閉店の前日なので、これが最後だろうと出向いてみた。同じような人もいるのであろう、来客はいつもより多い感じで、次々に来て、ねぎらいの声をかけている人もいた。店の片隅で本を探しているとよろしかったらと、ペットボトルのお茶を頂いた。感謝。自分でも読むか読まないかはっきりしないが、自分のところにあればなんとか生き延びそうな本も、大幅な感謝価格に背を押されて何冊か買い込んだ。本を買ったままつんどくだけで、場所ふさぎだと叱られる恐妻家も多いのではないかと思う。お父さんが死んだら最初に本を処分するからと既に宣告されているのではあるが。

2010年8月30日 (月)

夏大根:いとしきもの

2010/8/30

雑草句録:夏大根

■夏大根店を渡りて品定め

野菜は適地適作が基本。スーパーの夏大根は意外に遠方から来ている例がある。日本の南北の長さが、気温の高低のずれを作り、野菜の出荷地が季節と共に移る。大根一本を買うのにスーパーを渡り歩く訳にはいかないが、この時はウオッチングでいくつか店を回った。時には流通ルートを考えてみると面白い。

追記:大根等は重い野菜の代表。遠方の産地から送られているとつい運送費を考えてしまう。輸送の距離に伴い、CO2の発生も増える。そこで、「フード・マイレージ」が注目を集めている。日本は食糧の外国依存度が高いので「フード・マイレージ」も諸外国より非常に高い。高齢化社会になると当然経済力も低下する。外国から安定して食糧を輸入できるのか。答えはNOと誰もが思っているだろう。国際商品は高く売れる方に流れるのである。

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以下は農水省の資料からの抜き書き。

「フード・マイレージ」とは
○ 「食料の総輸送量・距離」
○ 考え方は単純
: 食料の輸送量に輸送距離を掛け合わせた指標。
単位:t・km(トン・キロメートル)
○ 特色
食料の供給構造を物量とその輸送距離により把握
・食の安定供給、安全性の確保(トレーサビリティ)
・「食」と「農」の間の距離の計測
・食料の輸入が地球環境に与える負荷の把握

2010年8月29日 (日)

水取り:いとしきもの

201078/29

雑草句録:水取り

■水取りや水飲み百姓濡れネズミ

我田引水。昔は自分の田に水を引く水取りも大切な仕事の一つであった。現代でも、時には水利役員に水問題が回ってくることがあるようだ。ともかく田に安定して水を引く事は水稲管理の基本である。地域の長老に昔の水取りの苦労話を聞いたことがある。卑近な話だけあって記録にも記憶にも残らず消えて行きそうである。

追記:語句の羅列だけで、作成時から数年後に読み返してみて意味が良く分からなくなっている。イメージで読み解く以外にない。コメントは最近付けた物。この追記は本日の物。時間の区切りが3段階ある。記憶も日々風化して来るが、これも一種のフィルター作用のようでもある。

水も、かつては無限でただのように思われていたが、これは水に苦労した事の無い人間の感想のようだ。昔は、田植え時に水がないと大変な事になった。夏祭りの御輿や屋台も雨乞いや自然への感謝に起源があるようだ。干魃等の困ったときは神頼み程度の対処しか出来なかった。

日本の人口増加も食料の増産があって可能になった。その食料増産を可能にしたのが、農地の開墾と用水、ため池等の農業基盤の開発であった。このような事業を構想し、指導・実行した多くの先覚者がいた事を忘れてはならない。明治以来増加し続けた群馬県の人口が200万人をピークに下降に転じた事は歴史の変曲点を示している。現代人の価値観が変わったのだろうか。

水道水は使用料がかかり、無料ではない。最近、水を大量に使う企業等が井戸を掘りコスト削減をしていると聞いた。これは、日本だけでなく外国でも同じ例があるようだ。一体、水や空気は誰の物なのか。

それにしても、昔は田に水を引くにも申し合わせがあってそれに従った。共同体としてのルールがあった。しかし、水が大幅に不足した干魃時の取り決め等は出来なかったのであろう、そんな時は悪いのを承知で真夜中に我が田に水を引いた例もあったようだ。翌朝、田んぼを見れば誰の目にもルール違反は分かってしまうのだが(長老の話)。

今日の水問題は、大方水の苦労がほとんど無く、命がけの水の大切さを忘れた所で議論されているようにも思われる。

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メモ:フォントサイズがブラウザから変更できなかった。ブラウザのツール⇒インターネットオプション⇒ユーザ補助から「書式設定」してWEBページで指定したフォントサイズを使用しないに設定したら、ブラウザからのフォントサイズの切り替えが出来た。

2010年8月28日 (土)

みこし:いとしきもの

2010/8/28

雑草句録:みこし

■みこし投げカブト虫とる子供たち

ムクゲの木にカブトムシが何匹も集まっていた。カブトムシが好む樹液が出るので集まるようだ。御輿担ぎの子供達がわっとムクゲの木に集まったので最初は何かと思った。カブトムシは御輿以上に子供達の楽しみであるようだ。この年ははカブトムシの当たり年で多くのカブトムシが集まっていた。しかし、ほとんど集まらない年もある。偶然かもしれないが、カブトムシの当たり年の春先に朽ち木の下に多くの幼虫を見ていた事があった。ムクゲの木に集まるカブトムシの成虫の数も多少は幼虫の発生数にも関係しているようだ。

2010年8月27日 (金)

電気虫:いとしきもの

2010/8/27

雑草句録:電気虫

■病葉や頭揃えた電気虫

電気虫が小さな段階では葉のあちこちに散らずに、頭を寄せ合っている。毛虫はこういう習性があるようだ。やはり、集団で大きく見せる事で、集団として生き残りを図っているようだ。弱い物が群を作って捕食者に対抗するのは生物の知恵なのか。餌が間に合うほどに個体が小さければ、集団は維持できるが、個体が大きくなり餌が足らなくなれば、集団は分解に進む。ところが、アゲハはあちこちに一個ずつ産卵する。集団防衛をするよりもその方が生き残りの確率が高いのか。

追記:最近、苗の植え方も集団化した方が楽かもしれないと考えている。ともかく、一つにまとめて管理する事で省力化が可能になる。個別に植えると個別の管理が必要になる。当たり前の事なのだが。あの、毒毛をもつ電気虫が小さいときに集団生活するのはどういう理由からか。DNAにそのプログラムが組み込まれているのか。蛾になった成虫の移動能力が乏しく同じ場所に卵を産み付けてしまうためか。所で、人間が作る集団は本能に基礎があるのか。ともかく、集団に帰属すると安心する。帰属するメリットもあるが、デメリットも生じる。個として優秀な人が集団の中で愚を演じてしまう場合もある。

2010年8月26日 (木)

ボウフラ:いとしきもの

2010/8/26

雑草句録:ボウフラ

■ボウフラよ湧けよあちこち水溜まり

俳人がボウフラを詠んだ区には優雅さや面白さを感じる。確かに、ボウフラの生態は面白い。子供の頃は水面に油をたらしてどうなるか遊んだこともあった。

しかし、蚊取り線香を付け、防虫ネットを被り、長袖シャツ、長ズボン姿で草むしりをしている身分にはそんなゆとりはない。来るなら来いと居直っている。そんな気持がないと毎年同じ事をしている自分に悲観してしまいそうだ。

蚊も雑草も夏にすべてをかけている。人間の方が少しましなようでもある。有り難くも、ボウフラが湧かないよう水が溜まる物を皆撤去したらとアドバイスを頂くがそういう余分な仕事も又大変である。

追記:

ぼうふらの漢字入力が大変:( 孑孑 ATOK変換不可でネットから拾ってきた)。

ついでに以下の二句に遭遇。

○孑孑 の浮沈見てをり無職かな    皆川白陀

○孑孑や神は不思議なものを作る   有馬朗人

前者は電子辞書に、後者はネットにあった句である。前の句はボウフラに人生を投影しているようだ。浮沈も人生の一こま。後の句はさすがに学者らしい。ぼうふらに神を見るのもまた不思議だ。

ところが、電子辞書にボウフラは一週間に4回脱皮するとあった。これが、ボウフラと蚊の時計だと思うと短い夏を必死で生きているようにも感じる。ドッグイヤー以上のモスキトーデーだ。蚊の一日は人間の一年にも匹敵しそうだ。

2010年8月25日 (水)

オケラ:いとしきもの

2010/8/25

雑草句録:オケラ

■まだいたかオケラに出会う畑仕事

本当に久しぶりにオケラに会った。子供のころはオケラをつかまえると誰々ちゃんの○○はどんな位とオケラに遊んで貰った。オケラが前肢で長さを示すような仕草をするのでそれにかこつけて遊ぶのであった。遊んでいる本人が両手でこんなにでかいと言うのでみんなが笑ってしまう。時にはオケラを渡して順繰りに占ってもらった。こうい遊びには色々な側面があり、幼少年期には大切な体験であろう。

2010年8月24日 (火)

草刈り:いとしきもの

2010/8/24

臨界期という用語でJCOの臨界事故を思い出した。WIKIPEDIA冒頭(最終更新 2010年8月14日 (土) 14:26 )の記事:「東海村JCO臨界事故(とうかいむらジェイシーオーりんかいじこ)は、1999年9月30日、茨城県那珂郡東海村で、JCO(株式会社ジェー・シー・オー)(住友金属鉱山の子会社)の核燃料加工施設が起こした臨界事故。666人の被曝者と死者2名を出した、国内最悪の原子力事故である。」

核爆発は発生した中性子がネズミ算式に増えて制御できなくなった場合に生じる。爆発を起こす最低限の重量が必要だったとおもう。この最低重量以上を確保できれば核兵器の製造が可能になる。臨界という専門的な用語でその重要性が分かりにくいが、核反応が核爆発寸前まで進んだと言った方が理解しやすいように思った。想定外の破滅的大事故に至る直前まで反応が進んでいたのだ。科学の成果は軍用にも民生用にも及ぶ。最終的にはそれを使う人の問題になってしまう。技術による制御が不能にな事態が最大の危機になる。それが、容易に起こりうることを示した事故でもあった。

ともかく、物事は内部の圧力が高まり、もはや制御が効かない状態になると一方に突っ走ってしまう。臨界とは最早還る事が出来ない鬼門の一歩手前のようにも思われる。歓迎すべき事が臨界に達するならば言うことはないが。

雑草句録:草刈り

■草刈りの残さを拾う夕間暮

数年前の7月に作成した句である。草刈りは百姓の業の如くで無くなる事は無さそうである。時には夕方暗くなるまで行う。数十年前にトマト工場のような野菜の生産工場がある専門誌に紹介されていた事を思い出した。こういう工場なら草刈りのような単調で苦しい作業から解放されるだろうと思った。しかし、現実は夏場のハウス内温度でも相当高くなるようだ。野菜工場の室温を制御するだけでも膨大なコストがかかるだろう。ともかく、太陽光は誰もがただで使える資源である。これを、雑草と人間が奪い合っているのが草刈りの現実だ。

2010年8月23日 (月)

臨界期:いとしきもの

2010/8/23

読みかじりの記:臨界期

利根川博士の「私の脳科学講義」の中に脳ネットワークの臨界期についての記事があった。脳の機能が固まる限界の時期があり、その時期以後になるとその機能を発現させることが困難になるらしい。

その例を自分の子供の発音の習得の臨界期が3才頃であったと述べられている。三つ子の魂百までということわざがあるが、この意味している事は非常に深いように思われる。生物のヒトとしての言語の習得は生まれ育った場所で通用すれば十分であり、それ以外の機能は捨ててしまった方が良いという実利性に基づいているようだ。臨界期以後の未開拓の機能の退化がそれを示しているようだ。しかし、多言語を駆使して世界を飛び回る時代になると、コトバを聞き分ける音感だけは幼少時から訓練した方がよいのかも知れない。3才以前にはそういう脳の可塑性が健在だから、基礎を作っておくだけでも後々が楽になる筈だ。そう考えると、小学校で英語教育云々という手法が科学的ではないように思える。正解は保育園頃に言語訓練をするという事になろうか。要するに教育・訓練に適期があり、その的期に訓練すれば能力が引き出せると言うことだろう。

自分で自分に関する記憶がどこまで遡ってたどれるかは、自分史という観点からも大変興味がある。生まれた直後からはっきりした自分の記憶があると言っている人もいるようだ。しかし、記憶に関しては真偽を判定する事が非常に困難である。個人の歴史は受精から始まる。しかし先代からはDNAも引き継いでいる。当然受精から生誕までのプロセスの歴史もどこかに残っているのであろう。この部分は設計図から家を完成させるまでに相当するだろう。この一年の間に生物としての基礎的な部分が完成する。しかし、この部分の記憶は暗黒世界のようだ。科学がこの氷山で言えば海面下の見えない部分を解明出来る時がくるのだろうか。本能、無意識、無我の境地等は科学的に見ると何処がどのように働いていることによって現れるのか。

ヒトは生誕後は母胎という安定した環境から変化の激しい環境に個として曝される事になる。環境変化という荒波を乗り切る事が環境への適応という事になる。この適応を合理的に支援するのが記憶システムのようにも感じる。自我が意識され、主張される時期も脳の配線の具合に関係しているのであろうか。

ところで、物事の始めの部分は誰しも関心があるのだが、終焉部分はどうなるのだろうか。老化現象も生物進化の一つに組み込まれているようだが、その部分が合理的に解明されると誰もが安心するのではないかと思う。

最近、臓器移植法の改定により脳死判断されたヒトの臓器が移植されたというニュースに接した。ヒトの脳以外の臓器には記憶がないから移植しても問題が無かろうという判断があるのだろうか。生命とは、死とは、記憶とは云々と未だ科学的に十分に解明されていない事がたくさんあるが、現実の方がどんどん進んでしまう。

本年、東京大学が「今回、老齢マウスを用いた研究によって、かなり高齢になっても、運動によって海馬の神経幹細胞が活性化し細胞増殖が増強することで、新生ニューロンの数が増加することが判明した。」と発表した(http://www.k.u-tokyo.ac.jp/news/20100112press.html)。(発表雑誌:米国科学誌「Hippocampus (ヒポカンパス)」2010年1月19日(火曜日) オンライン版公開)。脳細胞は加齢と共に死滅してゆくというのが通説であったが、例外もあるようだ。人生余り悲観しない方がよいのかもしれない。

2010年8月22日 (日)

改行:いとしきもの

2010/8/22

今まで、リッチテキストモードでブログエディタの上で枠の最後まで来たところで改行を入れていた。その部分のHTMLを見ると「<p>今まで、リッチテキストモードでブログエディの上での最後まで来たところで改行を入れてい</p><p>た。</p>」となっていた。改行を入れると一行の空白行が挿入されるようだ。しかし、異なる二台のパソコンで入力した結果をブラウザで表示すると一行の文字数が異なっているようだ。その原因がどこにあるのか分からない。マイコンピュータの画像の中のフォントサイズの設定が異なっている可能性があるようだ。空白行が一行入った方が読みやすいが、改行を入れて生じる文字の乱れもうっとうしい。

 従って、今回より段落のみに改行を入れる書式に変更してみる。その場合、頻繁に整形する手間も省け、文字表示が連続するのでブラウザの違いによる表示の乱れが吸収されて見やすくなるのではと思う。改行に関しては、ヘルプにも記載されているが、どうも理解しがたい部分がある。

 改行だけで文書の見た目を整えるのは初歩の段階かも知れないが、ワープロではそれで何とか体裁が整った。HTMLで書けば、細かな設定ができるのであろうが、余り実用的ではないだろう。

ついでに文字の大きさも大に設定してみる。紙にプリントする事を想定していないので読みやすさでフォントサイズを決めればよいのだが、ブラウザの設定でフォントサイズが変更できない場合がある。作成側でフォントサイズを指定しているためなのだろうか。(エディタ上では大で表示されるが、ブラウザ上では中と同じに見える。心持ち大きいとも思えるが。微妙だ。)「<span style="font-size: 1.2em;">」とあり、確かに大きくなっているようだ。

2010年8月21日 (土)

鉱石ラジオ:いとしきもの

2010/8/21

雑草句録:鉱石ラジオ

■雨降りて鉱石ラジオ組み立てぬ

少年時代に鉱石ラジオを組み立てた記憶がある。検波はゲルマダイオードでIN60という型番

であったとおもう。秋葉原で買って置いた鉱石ラジオをキットを手すさびのために組み立て

てみた。電池も使わずに音が出る事には昔も今も感動を覚える。JOAKの空中線電力が

300KWで、このエネルギーが空間に放出されている。鉱石ラジオではこのエネルギーの極

一部を取り出す。mWかμWのオーダーではないかと思う。改めて電波のシャワーの威力を

感じた。

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    初心者向け柿栽培参考書(新版)。旧版と比較すると楽しい。
  • 中村三夫: 13_NHK趣味の園芸:作業12ヶ月  カキ(NHK出版1996年)
    初心者向け柿栽培参考書(旧版)。新版と比較すると楽しい。
  • 山科正平: 12_細胞を読む   電子顕微鏡で見る生命の姿
    細胞はどんな部品からできているのか。そんな疑問に答えてくれる一冊。何事も形を見るのが第一歩。μからÅオーダーの世界で、細胞をメスで解剖するように、電子顕微鏡というメスで解剖して見せてくれるので興味が尽きない。
  • 柳田充弘: 11_細胞から生命が見える
    著者の専門は分子生物学、細胞生物学。普段生物を考えても細胞レベルで止まってしまう。その細胞の中で色々な分子が働いている。細胞こそ生命の基礎だが、その細胞の中の動きを知るのに最適な一冊。疑問の発端はなぜ発根剤が効くのかということ。薬剤が細胞膜を通過して細胞内で分子と分子が作用するイメージができた。本書でできた細胞のイメージは小さな無数の穴が空いた水分が充満したヨーヨーのようなもの。そのヨーヨーの中に分子部品が詰まっている。細胞自体もタライの中のヨーヨーのように浮かんでいる。細胞図面の空白部は真空でなく水分だ。細胞の内外に水がないと細胞は生きられない。水が生命のゆりかごだ!
  • 野口悠紀雄: 10_ホームページにオフィスを作る(2001年 光文社)
    ITが輝いた時代の作品。HPの活用法は参考になる。参考:url=http://www.noguchi.co.jp/(野口悠紀雄 ONLINE)
  • 小池洋男 編著: 09_果樹の接ぎ木・さし木・とり木(農文協:2007/3/31第1刷)
    やや専門的であるが、実務専門化が分担執筆しており、その場で役に立つ一冊。
  • ノーバート・ウィーナー(鎮目恭夫訳): 08_サイバネティックスはいかにして生まれたか(みすず書房1956)
    情報と通信という現代社会に不可欠の基礎的な学問を作った著者の自伝とそれを通した科学史
  • 沼田 真(編): 07_雑草の科学(研成社1979)
    雑草を多面的に解説し防除の基礎も述べる

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  • 項目のタイトル2
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  • TYPE LIST事始め
    2010/8/4:MEMO等の表示に使える。 農作業で気になる自戒の言葉 ■畑の石ころはいつまで経ってもても石ころ(早く拾って片づけよという意味か)。 ■同じ石を二度拾うな(やってみると難しい)。 ■手ぶらで歩くな。 ■三つ先のことを読め。 ■適当な観察。 ■空を見よ(気分転換、休憩、天気を読む、腰曲がり防止)