2009年3月 8日 (日)

目覚まし時計の分解

2009/3/8

目覚まし時計の分解

蘭学事始めについては学校の教科書等で大抵学ぶ。漢方医学では人体の構造は正確に記

述されていなかった。蘭学医が死刑囚の腑分けをして西洋医学の精密さを実感しと事が解

体新書発刊の動機であったようだ。小学校の理科の実験で蛙の解剖があったように思う。と

もかく小学生頃になると何か動く物の中はどうなっているのかという疑問をもつ。その代表が

目覚まし時計であった。今日、時計はほとんど電子化しておりその機能と構造は理解しがた

くなっていると思う。昔の目覚まし時計はゼンマイと歯車の組み合わせであった。自分も親に

内緒で目覚まし時計を分解して遊んだことを思い出す。分解後組み立て直したのか、元通り

動いたのか定かでない。ともかく、当時の柱時計は振り子式で時々ゼンマイ巻が必要であ

り、子供がこの仕事をしていた。さすがに、毎日使う柱時計の方は手を着けることが出来な

かった。

2009年3月 7日 (土)

最初に読んだ科学の本

2009/3/7

最初に読んだ科学の本

科学に興味を覚えるには何らかの動機があるだろう。幼少時に最初に読んだ科学の本があ

ったように記憶している。おぼろげであるが磁石の事が書いてあったと思う。もうひとつ、それ

は今は亡きおばさんが買ってくれた本だったように覚えている。母はお前はよく「太陽は火で

できているんかい、月は水でできているんかい」と聞いたよと昔話をした。自分自身このよう

な質問をした事は覚えていないが母の話を介して思い出す。結局、母は自分の疑問には答

えてくれなかったのかもしれない。それだけに、おばさんが買ってくれた科学の本が印象に残

っているのかもしれない。人間、気が付かない些細なことが動機になっていることが多いので

はなかろうか。幼少時のまだ表現して伝えるのに十分な言葉を習得しない段階でも記憶に書

込を始める。しかし、それを確実に呼び出す手段がない。何か見えない、思い出せない経験

が次の記憶の核になる。そうすると、海面下の氷山のように親から見えない影響を受けてい

た部分は相当に大きいことになる。幼少時に発する疑問・質問にことごとく答えてしまっては

その後自ら試すという好奇心を失ってしまうのではないか。同時に適宜に学ぶ手がかりを与

えられれば自ら学ぶ態度を身につけるのではないか。

2009年3月 6日 (金)

トレンチャーの処分

2009/3/6

トレンチャーの処分

もう十数年以上動いていないトレンチャーが我が家の軒先に鎮座している。ごぼうを掘るた

めに数名が共同で買ったものである。買った当事者の過半は故人となっている。いずれ処分

をしなければ仕方がないと思いつつ時が過ぎた。ようやく最近関係者の全員から処分の了解

がとれた。ごぼうは作ったが真っ直ぐなのができなかった、作ったのを売った事があるといく

つか過去の話を聞いた。ともかくごぼうを本格的につくろうとしたが、自然にその活動は消え

ていたわけである。一時、鉄鉱石の買い付け価格が高騰したと報じられ、屑鉄屋が回収に回

ってきたが不景気で今はその声も聞かない。このトレンチャーもしばらく処分を免れそうだ。

2009年3月 5日 (木)

成長の限界

2009/3/5

成長の限界

ローマクラブが『成長の限界』(1972年)を出版した時、既に人口の増加や資源の枯渇や環

境の悪化が意識されて、その対策が模索された。しかし、当時は地球温暖化という問題は明

確には認識されていなかったと思われる。ともかく、自分が生きてきたのが『成長の限界』が

警告していた時代であった。入れ物が有限ならばそこに入る物も有限であることに疑問は無

い。生産量が増えれば、その累計数量から廃棄処分数量を差し引いた数量がどこかに残る

ことになる。従来通りの成長には限界があるのは最初から分かっていた事なのだろうか。と

もかく作って売るというビジネスモデルは明快で利益も高い。薄利多売のビジネスモデルもは

びこっている。自分で自動車を買いガソリン代を払うというコストを払って安い物を買いに行

く。これが出来なくなった時昔の小売店の存在をうらやましく思う時代も来る予感がしないでも

ない。成長が永久に続く事が不可能ならば価値観を成熟を目指す方向に切り替えたらどうだ

ろう。量から質への転換もこれに通じるだろう。そのキーワードは何か。成長の限界を裏から

見て「無限の成熟」か。

2009年3月 4日 (水)

Small is Beautiful

2009/3/4

Small is Beautiful

かってこの小さいことは良いことだという言葉がはやった。現在は合併云々等で大きいことが

良いという風潮に変わったかのようである。しかし、システムにはその機能にかなった最適な

サイズがあるようだ。人間も最初は1個の受精卵から出発して約60兆個?といわれる数で頭

打ちになる。受精卵1個の場合はその1個の生死がシステムの生死である。数十兆個のシス

テムにあっては数万や数十万個の死滅もそれとほぼ同数の誕生で補えばシステム自体は安

定的に機能する。インターネットも巨大コンピュータのリスクを回避して分散化を図ってシステ

ムの信頼性を確保する技術であった。頭が一つしか無い巨大な恐竜よりも八叉のおろちの

方が生き残る確率は高いということであろうか。胴体が一つで頭が複数では行動が統制でき

ず外敵のいる状態では生き残れない。尻尾に感じた変化が頭脳に届いた時には状況が変

わっているようでも同じである。電子機器には必ず動作エネルギーを供給する電源がある。

一つの大きな電源でまかなう場合とブロック毎に小さな電源を配置する場合がある。これも

分散化の原理の適用であろう。各所に電源を配するコストを払ってシステムの信頼性を買っ

ているのである。大きな発電機で発電してこれを使う所へ配るのが現在の電力システムであ

るが、電力を使うところで電気を作ってしまおうという発想がコ・ジェネシステムである。これな

らば大規模の停電の危険は低減する。ともかく一度システムが固まってしまうとそれを変更

するコストとリスクが増大する。問題点をずるずると引きずる。無条件で小さいことが良いの

ではなく、小さくても間に合えばそれで良いではないかというのが一つの選択なのかもしれな

い。かって、集積回路の仕事に従事していた頃も同じ様な話があった。要はある欠陥密度が

避けられない場合、集積回路の規模をどこまで大きくするのが最適化という問題である。小さ

く分割すれば、欠陥に当たらない確率が大きくなり歩留まりが向上するが取り扱いの手間が

増える。大きく分割すればその逆で、欠陥に当たる確率が高くなる。選択はトレードオフの

問題となる。Small is Beautiful とは無闇に馬鹿でかくなった物事に対する反発であったよう

だ。

2009年3月 3日 (火)

PHSの利用開始

2009/3/3

PHSの利用開始

NTTドコモのPHSサービスは1995年7月に開始され、2008年1月に終了したとのことである。

自分がPHSの契約をしたのが1998年5月だったようだ。出張等が多くなり出先からの連絡確

保が必要になったのが使用開始の理由であった。数年間使用してからケイタイに変更した。

PHSはケイタイよりやや不便だが料金が安いメリットがあった。音声の品質はPHSの方が良

かった。PHSには無線インターフォンの機能もあったが余り利用されなかった様だ。PHSの

電波はケイタイの電波より微弱であるので人体への影響も原理的に小さくなる。人体への影

響は長期間曝されないと発現しない。幼少時にケイタイを使い始めた者が数十年後に影響

が出るとなると悲惨な結果になるのではないかという危惧が皆無ではない。一方では小学生

にはケイタイは要らないという議論もあるが、便利なものにはその悪用も弊害も伴う。危険や

弊害があることを徹底的におしえることなく便利さのみを放任するのは何事も同じなのだろう

か。危険の可能性と利便性のトレードオフは常に文明社会の宿命かもかもしれない。ともか

く、極微量でも危険性のあるものに対してはそれなりの配慮が必要だと思われる。

2009年3月 1日 (日)

自然の恵み

2009/3/1

自然の恵み

終戦直後の食糧難の頃は自然のなかにある動植物を食料にした。一時的に縄文時代の採

取生活を取り入れたに過ぎないのかもしれない。春先になると、冬眠からさめたヒキガエル

が沼に産卵のため集まってくる。これを捕獲して皮をむいてから焼いてたべる。しかし、自分

は捕獲まで遊びでつきあったがその後の仕事はついにできなかった。田んぼに生えたセリを

とって食べた。秋に稲刈り後の田んぼでアカガエルを捕ることはやった覚えがある。イナゴも

捕って布袋に入れて佃煮のようにして食べた。大木を切って薪割りをすると鉄砲虫がいる。

蜂の巣には蜂の子がいる。これらは煎ってたべる。今日から見れば下手物食いの様だが、

これが常食では無いことは確かだ。臨時の自然の恵みというのが適当だろう。何が食べられ

るか食べてはいけないものは何か。こういう生存のための知恵が生活の中で伝承されてきた

から戦後の食糧難も切り抜けられたのであろう。

2009年2月28日 (土)

創造性の開発

2009/2/28

創造性の開発

企業の開発部門に在籍していると、新製品の開発が最大の課題となる。そこで、創造性の開

発に関する書物等も探し求める。創造性の開発がブームになった頃もあったと思う。川喜田

二郎著『パーティー学』という本もかなり読まれたようだ。KJ法も脚光を浴びた。社会全体が

上げ潮の勢いがあった。現在、開発部門に所属する人は、いつまでこの職に留まれるのか

心配している人もあろう。先ず、体力が必要だ。贅肉はいらない。経営の厳しさが貫徹され

る。しかし、よく考えると体力も知力も泥縄でまかなうことはできない。長年の蓄積が必要であ

る。かって半導体産業にはシリコンサイクルというオリンピックに合わせて4年ごとに好況不

況を繰り返すというパターンがあった。生産力が過大になると直ぐに作りすぎてしまう。時に

は、従業員も工場を休ませたこともあった。これも創造性とまでは言えないが、問題解決の

知恵の一つであったろう。この休んだ期間に従業員も工場も体力・知力のメンテナンスがで

きた。技術的な課題に関してはそれを束縛する条件がかなり厳しいので思いつきでうまくいく

ことは少ない。それでも創造性の開発等に取り組むのはなぜか。やはり、課題の所在を認識

するからであろう。壁にぶち当たったてやっと壁の存在が分かれば第一歩が踏み出せる。か

っての電子技術の中心であった真空管は機械的な部品を集めて組み立てられたデバイスで

あった。真空という空間が絶対必要条件であった。これは利点でも欠点でもあった。この欠

点が認識されて固体デバイスの開発が行われた。今日の電子技術はこの固体デバイスの上

に成り立っている。問題解決の独創的な方法が期待される。しかし、方法云々は後からつい

てくるもので問題を発見することが独創の原点にあるのかもしれない。

2009年2月27日 (金)

計数放電管

2009/2/27

計数放電管

あなたはデジタル派かアナログ派?などアナログとデジタルが生活に浸透している。身近な

例ではアナログは計量、デジタルは計数、物差しとそろばんを連想すればよい。測定器がデ

ジタル化され始めた頃、真空管の中で光の点がくるくる回っているのを不思議に思った。調

べてみると計数放電管、デカトロンというらしい。計数放電管も既に歴史的存在になってしま

っているが、それが使われた時は、それが最善の選択であったという経済的・技術的な合理

性があったろう。それが滅びたことも同様な理由があるだろう。目的は変わらなくても役者は

どんどん変わって行く。どんな世界にも通じる盛者必滅の理なのだろう。

2009年2月26日 (木)

小川の洗い場

2009/2/26

小川の洗い場

昔話では、おじいさんは山へ柴刈りに、おばあさんは川へ洗濯にという枕詞がある。昔の村

の生活そのものであり、聞く者にはそのイメージがすぐに浮かんできた事であろう。現在の子

供達はこの枕詞にどのようなイメージを持つのであろうか。炊事洗濯が家電の出現で一変し

た。我々団塊の世代がその切り替わる時代の証人であった筈だ。便利さの代償にCO2を排

出していた訳である。幼少時には炊事の燃料には竹木等を使用した。洗濯はタライと洗濯板

を持って小川に行った。当地の小川には洗濯作業がやりやすいようにコンクリートで洗濯場

が設けられていた。数人が作業をできる広さがあった。女性達はそこで井戸端会議に花をさ

かせていたのかもしれない。耕地整理により小川は三面コンクリートの直線の水路に改修さ

れた。更に、洗濯場らしい施設も別な所に作られている。しかし、そこで洗濯風景を見たこと

は無い。最早、川で洗濯するという時代は完全に過ぎ去った様だ。三面コンクリートなので川

に入るのは難しい。この洗濯場からは川に容易に入れる。子供達がこの川で遊ぶような時

代がまた来ないとも限らない。

2009年2月25日 (水)

宇宙を飛んだ集積回路

2009/2/25

宇宙を飛んだ集積回路

集積回路の開発を担当していて、時には思いがけない事態に遭遇することがある。米国での

売り込みが成功したのか、NASAのモニターカメラ用にCCDが採用されることになったと報

告があった。CCDは単独で動作できず、それを駆動するドライバーが必要であった。そのド

ライバーの開発を担当したのが自分の属するチームであった。これらの製品は民生品として

開発されたので宇宙で使用できるのか心配になった。微細化したDRAM等では宇宙を飛び

交うα線等の粒子がメモリーの誤動作をさせる事が知られていた。従ってそのようなデバイス

を宇宙で使用するには放射線対策をする必要があった。民生用集積回路ではそこまで対策

をしていない。宇宙での具体的な使用条件は皆目分からないので要求されたデータを測定し

て送った。チームでやった仕事はそこまでであった。実際にカメラを組み立てシステムに組み

込むのは更に膨大な作業が必要であったと思う。今言えるのは、きっとあの集積回路は宇宙

を飛んだに違いないという事だけである。宇宙で動作させる機器は高度の信頼性を要求され

る。巨費を投じて打ち上げられる搭載機器は修理して使わないのが原則的である。予定され

た期間確実に動作することが要求される。国産のH2Aロケットも商用運用されるときはコスト

競争にさらされる。どのような集積回路が使われているか興味があるところである。

2009年2月24日 (火)

パソコン通信

2009/2/24

パソコン通信

インターネットが普及する前の1980年代後半から1990年代前半がパソコン通信全盛の時

代であったようだ。単身赴任の社宅と自宅の間で電子メールをやりとりする時パソコン通信

を使用した事を思い出す。当時は電話回線を使い料金は使用時間に応じて支払う契約であ

った。インターネットの閲覧も可能になった時、子供がかなり長時間使い多額の料金請求を

受けたのはもう一つの思い出である。ダイアナ妃が交通事故で亡くなったという話題も我が

家のメールで話題になった。赴任地に持って行ったパソコンは自作パソコンでCPUは多分イ

ンテル486-SXであったと思う。電子メールの記録はそのパソコンに残っているかもしれな

い。もう10年以上送り返したままでダンボール箱に入ったままだ。母親には時折はがきを書

いた。これも散逸している。電子メールもはがきも適材適所で使うのが良いのだろう。イ

ンテル486-SXの発売が1991年。今日ではクロック周波数もメモリー容量も100倍以上に

なっている。しかし、車のスピードと同じようにコンピュータの仕様もどこかで飽和しそうに見え

る。パソコン通信がインターネットに吸収されたようにパソコンもケイタイに吸収されてしまう

時が意外に近いのかもしれない。

2009年2月23日 (月)

自分が使える情報量

2009/2/23

自分が使える情報量

情報量はO,1という信号の長さで測られる。自分のブログはテキスト主体である。テキスト以

外の情報を加えるのが面倒なのである。一日分に数キロバイトを使っている。まだ始めて一

年足らずなので全部でも10メガバイト以下である。使える上限容量が200メガバイト。今のペ

ースなら少な目に見ても100年分はゆうにある。ハードディスクの残り容量がデジカメデータを

削除してようやく500メガバイト以上になった。パソコン本体のメモリーは192メガバイト。これ

が現在自分が使える外部的な情報量である。しかし、自分の頭脳の限界はどこにあるのか。

ふと大脳のどこかに浮かんだ情報の極一部をキーボードで叩き出しているだけなのであろう

か。デジカメの静止画像で数十キロバイト、動画なら数メガバイト。最新のIT技術を使いこな

すには膨大な情報量が必要になる。必死に思い出した過去の出来事もなかなか絵にならな

い。情報化とは細部を切り捨てることかも知れない。

2009年2月22日 (日)

初期のステレオ放送

2009/2/22

初期のステレオ放送

かってはステレオレコードの鑑賞が趣味である人が多かった。金も結構かかった。手軽にス

テレオを楽しむためか、1950年代から1960年代にかけてNHK第一と第二の電波を使ってス

テレオ放送が行われていた。ラジオ受信機が2台必要になる。一度聞いてみようと試してみ

たようなかすかな記憶がある。その後AM電波を多重化するAMステレオが話題になった事

があった。結局、現在まで十分普及・定着しないままであるようだ。電波を多重化して送れる

情報を増やしてもそれに対して支払うコストが高すぎるのが主因であろう。音が来る方向を特

定することは野生の動物にとっては死活問題である。捕食者が来る方向から必死に遠ざか

らなければ食べられてしまう。もはや、人間が聞き耳を立てるというような言葉は死語になっ

てしまったのであろうか。ステレオ音声も立体画像も臨場感を味わう為には不可欠な技術で

あるが、コストの壁をうち破るのは大変だ。むしろ、実際の目の前の世界で自分の感覚を意

識して鍛え直す方が先なのかもしれない。

2009年2月21日 (土)

超音波リモコン

2009/2/21

超音波リモコン

テレビにチャンネル切り替えがあるので自分の見たい番組を見られる。そのチャンネルを選

ぶ装置がチューナーである。昔のチューナは選局するための部品を機械的なスイッチで切り

替えていた。一度テレビの前に座り込んでからチャンネルを替えようととすると、チャンネル

に手が届く所まで行かなければならなくなる。この、ものぐさを助ける装置がリモコンである。

もっともらしく言うと遠隔操作装置である。手元とテレビの間を何かで結ばないとリモコンはで

きない。初期のころは細い電線で繋いだ。電線は邪魔で範囲が限られるので、その次ぎに超

音波が使われた。送れる信号はチャンネルよ一つ進めという程度で途中の寄り道があった。

おまけに、キーの束をチャラチャラ振るとその雑音に反応してチャンネルが予期せぬ時に突

然かわってしまうこともあった。もう一つリモコンの到達距離の問題があった。距離が長くなる

と信号が弱くなって切り替えができなくなる。実用的なリモコンを作ろうと検討を始めた。しか

し、いざ検討を始めると色々な問題が出てきた。結局超音波という媒体を使う限り民生品とし

て使える程度に安価なリモコンはできないと判断してその仕事は中止となった。本質的な問

題とは雑音と信号をどのようにして見分けるかであった。本物と偽物を見分ける問題はどん

な分野にもある本質的な問題である。民生用ではこれが十分安価に実現できる必要があ

る。媒体が超音波から赤外線に代わり、チューナーが機械式から電子式に代わってようやく

実用的なリモコン時代が到来した。

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ISESAKI  有情1

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  • 橋本 英文: 刃物雑学事典 図解・刃物のすべて(1986年 株式会社 講談社 ブルーバックス B-659)
    刃物という視点で多くの事例が取り上げられている。刃のある道具の理解にも役立つ。類書が少なく貴重な一冊。「すべり変形が切断の原理」という考え方で説明している。
  • 沼田 真   : 植物たちの生( 1972年 岩波新書(青版 833))
    「ご要望にお応えしてアンコール復刊(1988年岩波新書50年記念復刊) 地球生態系の中で自然を見直す」(腰巻きのフレーズ)。植物の知恵と戦略に人類は勝てるのか。
  • 出町 誠: 14_NHK趣味の園芸:よく分かる栽培12ヶ月  カキ(NHK出版2007年)
    初心者向け柿栽培参考書(新版)。旧版と比較すると楽しい。
  • 中村三夫: 13_NHK趣味の園芸:作業12ヶ月  カキ(NHK出版1996年)
    初心者向け柿栽培参考書(旧版)。新版と比較すると楽しい。
  • 山科正平: 12_細胞を読む   電子顕微鏡で見る生命の姿
    細胞はどんな部品からできているのか。そんな疑問に答えてくれる一冊。何事も形を見るのが第一歩。μからÅオーダーの世界で、細胞をメスで解剖するように、電子顕微鏡というメスで解剖して見せてくれるので興味が尽きない。
  • 柳田充弘: 11_細胞から生命が見える
    著者の専門は分子生物学、細胞生物学。普段生物を考えても細胞レベルで止まってしまう。その細胞の中で色々な分子が働いている。細胞こそ生命の基礎だが、その細胞の中の動きを知るのに最適な一冊。疑問の発端はなぜ発根剤が効くのかということ。薬剤が細胞膜を通過して細胞内で分子と分子が作用するイメージができた。本書でできた細胞のイメージは小さな無数の穴が空いた水分が充満したヨーヨーのようなもの。そのヨーヨーの中に分子部品が詰まっている。細胞自体もタライの中のヨーヨーのように浮かんでいる。細胞図面の空白部は真空でなく水分だ。細胞の内外に水がないと細胞は生きられない。水が生命のゆりかごだ!
  • 野口悠紀雄: 10_ホームページにオフィスを作る(2001年 光文社)
    ITが輝いた時代の作品。HPの活用法は参考になる。参考:url=http://www.noguchi.co.jp/(野口悠紀雄 ONLINE)
  • 小池洋男 編著: 09_果樹の接ぎ木・さし木・とり木(農文協:2007/3/31第1刷)
    やや専門的であるが、実務専門化が分担執筆しており、その場で役に立つ一冊。
  • ノーバート・ウィーナー(鎮目恭夫訳): 08_サイバネティックスはいかにして生まれたか(みすず書房1956)
    情報と通信という現代社会に不可欠の基礎的な学問を作った著者の自伝とそれを通した科学史
  • 沼田 真(編): 07_雑草の科学(研成社1979)
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    2010/8/4:MEMO等の表示に使える。 農作業で気になる自戒の言葉 ■畑の石ころはいつまで経ってもても石ころ(早く拾って片づけよという意味か)。 ■同じ石を二度拾うな(やってみると難しい)。 ■手ぶらで歩くな。 ■三つ先のことを読め。 ■適当な観察。 ■空を見よ(気分転換、休憩、天気を読む、腰曲がり防止)