2008年9月25日 (木)

人間の信頼性

2008/9/25

人間の信頼性

最近信頼性に関する問題が多発している。

物の信頼性というより人間の信頼性と言った方が良いかも知れない。

物の信頼性にはいろいろな規格やシステムが充実してきた。

信頼性に関しては品質を向上させる事と品質水準を維持することが重要である。

品質の向上は経済的利益に寄与するから取り組みやすい。

しかし、品質水準がある程度極限近くまで向上すると、

それ以上の改善には抜本的な対策が必要となったりしてコストが上昇する。

結局、品質の水準を維持しながらコストを下げることが主要課題になる。

工業製品にはJIS、農業製品にはJASという規格がある。

また、単なる製品の規格ではなく、設計、生産、販売等全ての

工程での品質を確保するためのISO9001等の規格の認証制度もある。

しかし、こういう品質活動を行うのは所詮、生身の人間だ。

何かのきっかけで前向きの姿勢が後ろ向きの姿勢に変わることもあろう。

人間の信頼性に関しては何かこころもとない。

医師、弁護士、公認会計士等等専門職の団体には倫理規範等が

あるようだが、その内容は余り知られていないようだ。

結局、何か不祥事が起こったときの処分の手段にとどまっているのではないか。

悪質な事件は然るべき法令で対処せざるを得ないためかもしれない。

そうなると法令に触れなければ何をやってもいいだろうという

風潮を生むのではないか。

小さな世界で顔と行動が一致する時代なら信用という

言葉も意味をもった。

しかし、現在は個々の人間の顔も行動もかすんでいる。

何をやっても分かるまい。

結果として綱紀もゆるんでしまうのではなかろうか。

2008年9月23日 (火)

曼珠沙華

2008/9/23

曼珠沙華

秋の彼岸が来るとふと咲いているのに気づき

彼岸が過ぎるとまた自然と忘れてしまう不思議な花だ。

曼珠沙華無縁墓場に又さけり     照緑

無縁墓地にさいている曼珠沙華には更に寂寥感、哀感が漂う。

訪れる縁者の代わりに何か語りかけているかのようでもある。

球根は救荒植物として飢饉の時などに食用にされたらしい。

主力の作物を作らない畦や墓地に咲いていても不思議ではないのかもしれない。

曼珠沙華と人間は遠い昔から寄り添って生きてきたのだろうか。

2008年9月22日 (月)

蛍が飛び交った頃

2008/9/22

蛍が飛び交った頃

うねうねと 小川流れる 田植え時 夕日落ちれば 蛍飛び交う

外ではしきりにコオロギが鳴いている。

それなのに何か蛍の事を思い出す。

ほのかに光る物に対する憧憬があるためか。

昔の田は何となく曲線が多かった。

川もその田に沿って流れてうねうねしていた。

夕方頃になるとそれが一枚の絵になった。

今日、土地改良事業等で田は大体広い矩形をしている。

水路は直線の三面コンクリートになり、水は勢い良く流れる。

蛍の幼虫と餌のカワニナが生育するには流れが早すぎるのか。

反対にうねうねした川の水流にはあちこち淀みが生じる。

やはり、蛍が生息しやすい環境がうねうねした小川にあったのだろう。

父から聞いた話だ。

蛍を沢山とって、川端で野糞をたれて、その上に蛍を放つ。

誰かが、蛍の下の物をつかむと皆で喝采する。

他愛のない子供の遊びだったがそれも昔話になってしまった。

2008年9月20日 (土)

フィードバック

2008/9/20

フィードバック

設定したある目標値になるよう制御すること。

制御工学の基本概念でもある。

フィードバック系は大抵の家電機器などにも採用されている。

普通は負帰還(NEGATIVE FEED BACK)を使う。

目標値との差分をうち消すように制御する。

うまく制御が出来ればシステムを安定に動作させることができる。

しかし、予期せぬ外乱があると暴れることがある。

結局やっている事が結果を見て修正するするという

人間の行動を正すようなシステムでもある。

へまをやって、大変ご迷惑をおかけしましたと頭をさげる。

しかし、再発防止策を検討しても実施前に同じ事がおこる。

また、同じ事を繰り返す。

結局、対策に時間がかかり不手際が増大して行く。

下手をすると時間遅れが生じてうち消す積もりが増長してしまう。

生帰還(POSITIVE FEED BACK)になってしまう。

こうなると、頭打ちになるまで突っ走る。

こういう、現象が人間の世界にもあちこちあるようだ。

身体で覚える

2008/9/20

身体で覚える

年甲斐もなく、うん十の手習いで農業の勉強をさせてもらっている。

野菜コースで種まきから収穫まで初心に返っての勉強だ。

へっぴり腰で鍬を振っていると、先生は、土をかける時は

こうした方が良いと教えてくれた。

自分は土を乗せた鍬を力ずくでぐいっと自分の方に引いていた。

先生は、土を乗せた鍬を前方に軽く押し出してごらんと言われた。

土はそのままストンと真っ直ぐに落下した。

何~んだ、ニュートンのリンゴの落下の法則じゃんと

頭で理解しても身につかない。

仕事は身体で覚えることに意味があるのだ。

余分な力で土をかき散らす必要は無いという教えであった。

確かに手前に引っ張ると土も飛び散るし足下も汚れる。

農作業は最小の力で必要なことのみを行うのが原則だ。

人力など知れたものだから。

同じ作業でも次の作業を考えて手順を整えるのが次の段階。

かくて、翌日の仕事、翌週の仕事、翌月の仕事、翌年の仕事と際限がない。

理屈では先手必勝。

現実は後手、後手、後手。

後手後手の夏草かきで汗をかき    夢野省力

基本がしかり身につけば、仕事も順調にまわりだすのではないか。

2008年9月19日 (金)

記憶装置

2008/9/19

記憶装置

現在使用のパソコンの能力は

クロック400MHz、HDD6G、MEMORY 128M+64M。

人間で言えば後期高齢者以上に違いない。

パソコンに関しては8ビット時代から遊んできた。

人間の頭脳の働きを機械にやらせる事、人間と機械の対応に

興味があったこともパソコンと長くつきあってきた理由の一つかもしれない。

趣味なので金はかけまいと思いつつ結構な額をつぎ込んだかもしれない。

OSをフロッピーから読み込む時代は実用性が今ひとつだった。

HDDが使えるようになると、使い勝手が格段に向上し、実用化の時代になった。

これは記憶装置が機能的にCPUと一体化したことによるのだろう。

人間の頭脳の構造に一歩近づいただけかも知れないが。

一時期FDD以前にカセット磁気テープが使われたが短命に終わった。

道具としては価格が普及の決め手になる。

今日では1TBのHDDも手に届く範囲にある。

1GのUSBメモリーが千円前後で買える時代になりFDは絶滅寸前だ。

パソコンを使っているといつも漠然とした不安がある。

記憶装置や記憶メディアの信頼性である。

いつ記憶が消えるか分からない不安。

装置があってもメディアがあってもどちらかが

不調になれば記憶は取り出せなくなってしまう。

長期的には装置もメディアも世代交代してしまう。

2~3世代前の記憶は徐々に遠くなってゆく。

紙と鉛筆は、原始的だが、長期的信頼性、利便性でまだ、まだ健在だ。

記憶など1~2年ももてば十分だと割り切ればそれまでだ。

しかし、何十年も何世代も伝えたい記憶もあるのではないか。

それが何かは知る必要はないかもしれないが。

残された記憶の断片から記憶を復元しようとする人が現れるだろうから。

その手がかりだけは残しておく必要があるように思う。

2008年9月18日 (木)

あげはの幼虫

2008/9/18

あげはの幼虫

蝶々の舞うはこの世の旅支度     照緑

ひらひらと舞う蝶を見ると優雅なおもいがする。

でも、遊びで飛び回っているのではない。

蜜柑の木やカラタチにアゲハチョウが飛んできてあちこちに飛び移ってゆく。

産卵をしているのである。

卵から小さな幼虫がかえる。

数㎜の黒っぽい幼虫が、白黒の鳥の糞のような幼虫に成長する。

更に、10㎜以上ににもなると緑色に変色する。

グロテスクで不意に出くわすとびっくとする。

食欲も旺盛になる。

成長中の若葉を好んで食べるので被害が大きくなる。

いやいやながら、つまむとオレンジ色の角を出す。

そこから、またいやな異臭を発する。

ところが、その異臭も遠くでかぐと、果物のように芳しい匂いがする。

身の危険を防ぐためなら異臭も身の回りだけで良いのかと納得する。

葉を食い尽くした所に老幼虫を探すが大抵見つからない。

鳥の餌食になったのか、蛹に変身したのか。

蛹もほとんど見たことがない。

安全な所を探して蛹になるのだろうか。

蛹は次なる変身の部屋だ。

恩返しする鶴が秘密の部屋で機を織るかのように飛び立つ準備をすすめる。

そうして、次ぎに見る時はあの鮮やかな姿のあげはちょうになっている。

小さな生き物が容赦のない自然の中で自分の力だけで生きて行けるのは、

数々の生き残り技術を発明したおかげなのだろう。

そうして、あの優雅な舞い姿はこの世に生まれてきた

最後の仕事の総仕上げであった。

2008年9月17日 (水)

根っ子のある株

2008/9/17

根っ子のある株

今日、株といえば証券の株が第一に頭に浮かぶ。

米4位の大手証券リーマン・ブラザーズが9月15日、連邦破産法の

適用を裁判所に申請したとのニュースが飛び交い株価が暴落した。

震源はサブプライムローンにあるようだ。

優良顧客層以外、即ち低所得者(信用度の低い人)向けのローンの

支払いが停滞したのが原因らしい。

経済社会の地下の部分に歪みが貯まったことにより起こった地震のようでもある。

きっと、地下の部分も病んでいるのだ。

幸い、根っ子のある株はそう簡単に動いてくれない。

手入れをすればそれなりに答えてくれる。

証券株は、自分から手入れは出来ない。

いつも動き回っている。その動きの一瞬を狙って売り買いする。

なにか、ハンターのようだ。

きっと、狙いが当たったときは快感が走ることだろう。

根っ子のある株は何年も苦労して手入れをしてやっと果実がなる。

初めて果実がなったときのうれしさは格別である。

投資するなら、根っ子のある株の方が性に合うようだ。

2008年9月16日 (火)

足跡

2008/9/16

足跡。

すぐに消えてしまう。

遺跡の発掘で人間の足跡が見つかる場合があるようだ。

そういう、ニュースなどに遭遇するとなんとなくわくわくする。

いろいろな都合の良い条件が重なって残ったのだろう。

しかし、それが足跡だと見つける人にも敬礼だ。

そこに、然るべき人がいてその足跡があるとも言える。

人間の一生も一つの足跡。

時には自分の足跡も振り返って見たい。

2008年9月15日 (月)

原動機付自転車

2008/9/15

原動機付自転車

自転車に草刈機のエンジンを付けたような自転車があった。

もはや記憶の彼方にしかない。

昭和30年代マイカー時代が来る前の便利な発明品だ。

父が新しい物好きで普及する初期に購入したようだ。

ビーエスと言って父の手伝いに麦の束を積んだリヤカーを引くのに

使った事を覚えている。

インターネットを調べるとブリヂストンのBS号というのがあったようだ。

多分それではないかと思う。

エンジンを始動させ、レバーを引くとエンジンの回転がタイヤに伝わる

仕掛けであったように思う。

人間、便利なものが出てくるとその前の物はころりと忘れてしまう。

機能と構造が必要最小限の部品で実現されてる物は

機械の原型を示し何となく捨てがたい。

そういえば、自転車もエンジンも基本構造はほとんど進化していない。

単純であればあるほど駆逐されずに残るようだ。

2008年9月14日 (日)

有縁の人

2008/9/14

有縁の人

かの乙女 セピア色した 写真にて 手まりを下げて あどけなし

古い古い写真である。

過去の直接的に縁の無い人でも何か心に残る人がいる。

小縁の人と言うべきか。

大きな縁でではないが、空気のように時に縁を感じるときがある。

何かわからないが何かの縁があるように感じる。

ここに自分がいて、ここに一枚の写真がある。

無限に広い宇宙にあってこれだけでも奇跡のようだ。

一枚の古い写真も時に何かを語りかけてくる。

毎日毎日強烈な刺激を送りつけられていると

かすかに漂ってくる何かは知れない有縁のひとの

小さな語りかけはかき消されてしまう。

そうして、その語りかけは永遠に消えてしまう。

何よっ~そんなことっと言われそうなことではある。

かくも現実は重く、回想は軽いのか。

2008年9月13日 (土)

産食一体

2008/9/13

産食一体

人間の命をつなぐ物。

食料だ。

文明が発達したにもかかわらず混沌としてきた。

生産、加工、流通、販売、消費等あらゆる面で問題を抱えている。

どの部門が停滞しても他の部門が困るのだ。

食料問題対策としてよく「地産地消」という言葉を聞く。

WIKIPEDIAでその由来を調べると:地産地消という言葉は、農林水産省生活改善課(当時)

が1981年から4ヶ年計画で実施した「地域内食生活向上対策事業」から生じた。とある。

趣旨は地域で生産した食物を地域で消費しましょうという意味に理解される。

しかし、食物を消費するという「消」がどうもしっくりしない。

使い捨ての消耗品を連想してしまう。

現実に食が軽々しいものになってしまった。

食物なら食べる、頂くがしっくりする。

食運動では「身土不二」という考えもあるようだ。

しかし、文明社会では生産の現場と消費の現場が分離してしまっているのが実状だ。

最早、食物を自分の手や目が届く範囲から調達出来ない。

皆があなた任せにならざるを得ない。

そこに不正が忍び込む。

人間は理想を食って生きるわけにはいかない。

業者も日々生きてゆかねばならない。

産地も移り変わる。

業者も産地も競争している。

おいしいもの、珍しいものがあればそちらに手がでる。目が移る。

食にかかわる業者も消費者も自分を中心に動くのだ。

しかし、生産、加工、流通、販売、消費等食にかかわる人々は

食と生の重さは重々承知しているだろう。

それなのに次から次へと問題が発覚する。

食料に関しては、価格、品質、量、多様性等相矛盾する要求を

両立させる必要がある。

生産、加工、流通、販売、消費の各部門の人々が価格、品質、量、多様性等で

合意できるキーワードはないか。

いろいろ探してみた。

産食一体。

生産された食物は加工、流通、販売を経て消費者に届く。

食べられた食物は体の一部になる。身体に一体化するのだ。

豊かで、安全、安心な食生活を保証するには

価格、品質、量、多様性等の確保が必要だ。

そのためには食という崇高な仕事に携わる

生産、加工、流通、販売、消費の各部門の人々が一体にならねばならない。

「産食一体」という言葉はそのような行動や意識や価値観を共有するに適していると思う。

食物が生産されてから消費者に届くまでの全ての過程で嘘(不適切)があってはならない。

一部の食にかかわる者の不適切な行動がその他全体の迷惑になる。

食にかかわる者が一体となって不適切な行動を防止しなれば問題は再発する。

前工程も後工程も信頼できるパートナーでなかればならない。

食は我々の命だという意識で一体化しなければならない。

産食一体が徹底すれば地球上のどこで作った食物でも安心して食べられるだろう。

食生活を豊にするためにも産食一体が必要なのである。

2008年9月11日 (木)

鉱石ラジオ

2008/9/11

鉱石ラジオ

空中を伝わってきた電波をとらえて電気もないのにラジオの音が聞こえた。

少年にとっては大きな感動であり、それが人生の進路を左右する。

人により、その感動が鉱石ラジオであったり、昆虫であったり、

ロボットであったり様々である。

自分の場合はそれがたまたま鉱石ラジオであったようだ。

小学校の理科の学習の時、担任の先生がそれを見せてくれた。

不思議だ。どうしても理解できない。欲しいナーと思った。

ある時、病気で寝込むことになった。

父は何か欲しい物はないかと言った。

しばらくして、鉱石ラジオと答えた。

食べ物に比べて何倍も高価だし、どこに売っているかも分からない。

家の経済を考えると言い出すのに気が引けたのだ。

当時の知識で自分もどこで売っているかよく分からなかったが

BB無線なら売っているかもしれないと父に伝えた。

父はその店を探し買ってきてくれた。

キットという便利なものはなく、コイル、バリコン、検波器、イヤホン、

抵抗、コンデンサーといった部品がバラであった。

モスクワ放送、北京放送等の海外の電波も良く受かった。

それで海外放送にも関心が高まった。

それが自宅の中波ラジオを短波ラジオに改造する動機になった。

2008年9月 9日 (火)

接木

2008/9/9

接木

接木とはなかなか興味ある現象だ。

その現象が利用されているのが植物だ。

品種A(穂木)と品種B(台木)を合体させる技術である。

この技術の利点は品種Aと品種Bの両方の良い利点が実現できる事だ。

通常は最終目標(おいしい果物を作る等)とする品種を穂木という。

穂木を支えて穂木が良い仕事をする土台となるのが台木だ。

家で例えると台木が基礎であり穂木はその上の構築物になる。

台木は見えないところで主人を支えているのだ。

不思議なのは台木も穂木も合体して一緒に生きて行くこと。

動物ではこれが大変難しい。

更に不思議なのはなぜ合体が可能なのかということ。

結局、Aの細胞とBの細胞が共生できる十分な能力を

持っているからと考える以外にない。

Aの細胞とBの細胞が繋がっている部分、即ち接合部が重要な役割を演じているのだ。

基本原理が学理的に解明されるとその応用が一挙に拡大する。

接合部が重要な働きをしているよい例がトランジスターだ。

米国ベル研究所のショックレー、ブラッテン、バーディンによって、

1947年に発明され、1948年に公表された。

還暦を迎えているがその応用分野と関連産業は

衰えることを知らない状況が続いている。

ところが、接木技術は一千年以上も前から利用されていたらしい。

接木は経験的には確立された技術ではあるが、学理的には完全に解明されていない

ようである。

納得できる接木理論にお目にかかった事がない。

生物内部の現象はあまりにも複雑で解明することに実用的な価値が乏しいのであろうか。

ともかく、今接木の不思議に魅せられている。

2008年9月 8日 (月)

古墳と人骨

2008/9/8

古墳と人骨

幼少時の思い出

幼き日近所の古墳のふもとにて白き人骨拾いたり

それは膝の骨だったのだろうか。

今となっては定かでない。

喜々として母に見せた。

線香をもって返してきなさいと言われ、

黙ってその通りにした。

古墳のふもとで拾ったのだから大体の想像がつく。

何か得たいのしれない物を集め始めるのも好奇心が発達するためであろう。

世の中にあふれ出している物には段々興味が薄れてくる。

どうしても手が届かないものにあこがれる。

その一つに古代があるのだろ。

一部分しか分からない。残りは想像するしかない。その想像に楽しみがある。

色々なものを集めると全体が見えてくる。

集められたものもやがては分散してゆく。

自分が趣味でせっせと集めたものもそうだ。

他人にとっては自分のいとしきものもがらくたなのだ。

自分さえもそうだ。

例の古墳も崩され、畑となり、家が建った。

記憶を呼び出すにも手がかりが要る。

古代の、ひょっとすると我々の先人の存在証明が無くなるのは

なんとなく寂しい感じがする。

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    刃物という視点で多くの事例が取り上げられている。刃のある道具の理解にも役立つ。類書が少なく貴重な一冊。「すべり変形が切断の原理」という考え方で説明している。
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    初心者向け柿栽培参考書(新版)。旧版と比較すると楽しい。
  • 中村三夫: 13_NHK趣味の園芸:作業12ヶ月  カキ(NHK出版1996年)
    初心者向け柿栽培参考書(旧版)。新版と比較すると楽しい。
  • 山科正平: 12_細胞を読む   電子顕微鏡で見る生命の姿
    細胞はどんな部品からできているのか。そんな疑問に答えてくれる一冊。何事も形を見るのが第一歩。μからÅオーダーの世界で、細胞をメスで解剖するように、電子顕微鏡というメスで解剖して見せてくれるので興味が尽きない。
  • 柳田充弘: 11_細胞から生命が見える
    著者の専門は分子生物学、細胞生物学。普段生物を考えても細胞レベルで止まってしまう。その細胞の中で色々な分子が働いている。細胞こそ生命の基礎だが、その細胞の中の動きを知るのに最適な一冊。疑問の発端はなぜ発根剤が効くのかということ。薬剤が細胞膜を通過して細胞内で分子と分子が作用するイメージができた。本書でできた細胞のイメージは小さな無数の穴が空いた水分が充満したヨーヨーのようなもの。そのヨーヨーの中に分子部品が詰まっている。細胞自体もタライの中のヨーヨーのように浮かんでいる。細胞図面の空白部は真空でなく水分だ。細胞の内外に水がないと細胞は生きられない。水が生命のゆりかごだ!
  • 野口悠紀雄: 10_ホームページにオフィスを作る(2001年 光文社)
    ITが輝いた時代の作品。HPの活用法は参考になる。参考:url=http://www.noguchi.co.jp/(野口悠紀雄 ONLINE)
  • 小池洋男 編著: 09_果樹の接ぎ木・さし木・とり木(農文協:2007/3/31第1刷)
    やや専門的であるが、実務専門化が分担執筆しており、その場で役に立つ一冊。
  • ノーバート・ウィーナー(鎮目恭夫訳): 08_サイバネティックスはいかにして生まれたか(みすず書房1956)
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    2010/8/4:MEMO等の表示に使える。 農作業で気になる自戒の言葉 ■畑の石ころはいつまで経ってもても石ころ(早く拾って片づけよという意味か)。 ■同じ石を二度拾うな(やってみると難しい)。 ■手ぶらで歩くな。 ■三つ先のことを読め。 ■適当な観察。 ■空を見よ(気分転換、休憩、天気を読む、腰曲がり防止)