読みかじりの記:(高山)彦九郎 歌と生涯(10)
2010/12/27
PARTⅡ
読みかじりの記:(高山)彦九郎 歌と生涯(10)
○「純粋な皇室観を」の章
■君が代の栄えもさそな緑なる 亀の尾長き春をためしに
■玉鉾の道の栄えやよろづ世に 亀も緑の色を見すらし
著者は「彦九郎が緑亀を入手して、これこそ天皇の徳本政治の行われる瑞兆なりとし、これを叡覧に供したというのである。」と記す。これは、白亀が現れて、神亀と改元した故事にならったようだ。彦九郎がその亀を入手した説を示した後に、「然しこの数日こそが彦九郎にとって最良の時で、間もなくきびしい波乱の時が迫っていたのである」とこの章を結んでいる。改元が行われるには大きな理由・必然性が必要だろう。彦九郎がどんな目的で緑亀を献上したか定かではないが、変化が起こるエネルギーが不足していたのであろう。
追記:当地伊勢崎の八幡沼開鑿の指導者・二代目川端宇兵衛も高山彦九郎の後を追うように江戸やその他の地方を遊学したようだ。江戸行き定兵衛というあだ名があり、隣家に行くように気楽に長い旅に出てしまったという話が後裔に伝わっているとの事だ。残念ながらその記録は残っていないようだ。しかし、当時の土木技術集団の黒鍬が八幡沼開鑿に関係したのは確実なようで、四国の宇和島と関係がありそうだと、当地の郷土史家が語ってくれた。振り返ってみると、高山彦九郎は四国へ足を踏み入れていないようだ。四国の溜め池作りは空海以来、技術が高いのを知って、二代目川端宇兵衛は四国を訪問して人脈作りをしていたのではないかと推測される。一度先方の図書館に問い合わせをしたが、該当する記録は得られず以後調査は頓挫しているが、四国、高山彦九郎、川端宇兵衛という点が線で結ばれる可能性はゼロではないだろう。