2009年5月19日 (火)

桑つみ

2009/5/19

桑つみ

群馬県の養蚕という産業も過去の遺産となりつつある。蚕が小さいときは桑の葉を小さく刻

んだ物を餌として与えた。やや大きくなると桑の葉を摘んだ物を与えた。繭になる前の段階で

は枝に葉が付いたままで与えていたようだ。要するに蚕が成長する段階により食べる量も多

くなり、食べる能力も大きくなる。大人だけでは桑の葉つみが間に合わなくなると桑畑での桑

つみにかり出された。両手の人差し指に桑つみ用の小さな刃の付いた指ぬきのような小道

具をはめて、これで桑の葉柄を切って葉を竹かごの中に詰め込む。ぎっしりとかごがいっぱ

いになるまでが一区切りの仕事になり、みんなが競争でつんだ。あまり愚痴も言わずに桑つ

みの仕事をした。なぜなら、家に帰ってつんだ重さを秤で量って自分のした仕事量に応じてお

金をもらえたからである。たいていの農家の子供はこのような経験をしたのではなかろうか。

知らず知らずのうちに自分の仕事の意味と価値を理解したのではなかろうか。年令が違って

も、負けるものかと頑張る根性も身に付いた。残念だが稚蚕のはきたてから繭の出荷までの

一連の作業を全部行う事はなかった。要するに農業者としてではなくお手伝いの範囲の仕事

しかしなかった。これは自分の体験した全ての農作業に共通する。自分の親や祖父母が農

業にかけた情熱は日毎に疎くなっている。湿球が割れた養蚕用の乾湿計を単なる温度計と

して使っているが、よく見るとその数値表に蚕の適湿が記入されていた。祖母は次ぎにやる

べき仕事が見えないようではだめだと常日頃子供達を叱咤していた。決して優しいおばあち

ゃんのようではなかった。早くに夫を亡くした祖母の両肩に家族を支える養蚕の仕事の重さ

がずっしりとのしかかっていたのであろうと今となって思う。

2009年5月18日 (月)

針立て試験

2009/5/18

針立て試験

集積回路の開発では設計通りに動かない場合がある。対象が肉眼では見えない。顕微鏡下

で不具合の部分を突き止める必要がある。これなら動くというのが設計図である。現実は設

計図通りにできない。設計図はあくまで理想な姿を現した抽象的なものなのである。動かな

い状況は回路の症状として現れる。この隠れた不具合点をあぶり出すのが色々な試験であ

る。最初に顕微鏡下に集積回路の配線を見たとき、自分にこんな仕事ができるだろうかと思

った。幸いパターンを作成する仕事はパターン設計の専門技術者が行った。回路が動かな

いとなると回路設計技術者とパターン設計の技術者が両者の立場から協力して検討しなけ

れば効率的に解決できない。二人三脚と同じようにこの技術者とは長いつきあいになった。

回路に接続する針を立てる装置をマニピュレータと呼んでいた。X-Y方向に針を微妙に動か

す装置である。針の一端にはテスターやオシロ等の測定器の探針をつなげる。場合によって

はこの針で配線を切ったりつないだりする。最初にマニピュレータを使った頃は顕微鏡の倍

率もマニピュレータの精度も低かった。汗をかきながら根性で操作した。肉眼では見えにくい

針先がまるで丸太のように感じられてくる。集積度が上がってくるとマニピュレータも顕微鏡も

高精度になった。立てる針も増えた。今となっては、こういう細かなかつ泥臭い仕事に耐えら

れるかと思ったりする。しかし、最近接木をしているとその接合面がどうなっているのか顕微

鏡でしきりに見たくなる。ともかく肉眼で見えないことも顕微鏡で見える。顕微鏡がなくても一

度その操作を習えば、肉眼で見える限界の下に別な世界がある事を実感できる。技術の世

界ではこのような強引な物理的な手段が使える。裁判員制度が間近にスタートする。裁判の

対象となる現象を特定することには多くの困難が伴う。その現象は完全に特定でき、動機と

原因と結果を完全に解明する事は可能なのか。裁判員は裁く側に属する。裁かれる側に裁

判員は不要なのか。人間の世界の問題は一挙に複雑系の様相を呈する。そんな中、本日一

つの結論が出る。因果関係を特定するだけで大仕事であるのに、その刑罰を決めることは

更に心理的な負担の大きな仕事であろう。罪を贖うべきべき人もおり、救済を受けるべき人

もいる。ここに第三者が割り込むのだ。その第三者になる可能性が自分にもある。ともかく、

ある人が裁判員になるのは百年に一度くらいという社会の到来を願う。

2009年5月17日 (日)

たった一個の良品

2009/5/17

たった一個の良品

集積回路の試作品が出来る時は丁度子供がうまれる時のような思いがする。一枚のウェー

ハの上に数百個程度形成される。それを切り出して組み立てる。それから一つ一つ動作を

確認する。ダメ、ダメ、ダメ、...全滅だ。目先が真っ暗になった。念のためと最後に取り上

げたICが予想に反して動いた!しかし、たった一個しか良品が無いとはどういうことか。まっ

たく理由が分からない。限りなく歩留まりがゼロに近いのだ。仕方なく顕微鏡を覗き配線を追

いかけた。なんという事か、本来切れてはならない配線が切れているという配線ミスがあっ

た。本来ならばダメ、ダメ、ダメ、...というところがOK、OK、OKになるべきであったのだ。

そうして、動いた!と叫んだICが不良となるべきであった。問題の配線部分を調べてみると、

そこに欠陥があり配線がつながっていたのである。このような事は全く偶然の仕業であるが、

そのトリックを解明できてなんとなく浮き浮きした一瞬であった。マニュピュレータで切れたア

ルミ配線をつないで、動かないICが動くことを確認して最後のだめ押しも無事に済んだ。今で

は遠くなったが、ミクロの世界の仕事もやってきたのだなと感慨深い。

2009年5月16日 (土)

白丁花

2009/5/16

白丁花

一発で漢字変換ができた。しかし、あの花は何という花かと思い出すのに苦労する花であ

る。かって、我が家の坪山の生け垣になっていた。そこに赤い鮮やかな霧島ツツジが咲い

た。その坪山は今は無くなったが、当時の白丁花と霧島ツツジと思われる株が今日まで健在

である。樹高1メートル足らずだが、樹齢は50年以上となっていると思われる。大きくなること

もなく小さくなることもなく、何とか毎年花を付ける。植木としては理想的な状態である。しか

し、その存在感が余り感じられない。時に名前を思い出し、時に忘れるのもそのためであろ

う。庭木の古参格であるのには間違いない。ともかく、そこのそれがあるから何かを思い出す

手がかりとなるのである。人間忘れたくない事も忘れるのが常であり、その逆に早く忘れたい

ことはなかなか忘れられない。毎年、あまり馴染みはないが知らないこともない小さな花が庭

先に咲くのは小さなぜいたくなのかもしれない。

2009年5月14日 (木)

戦後の共同風呂

2009/5/14

戦後の共同風呂

終戦後の一時期、町内の数カ所に共同風呂があった。どういう経緯で作られたのか改めて

調べたわけでもない。その周辺を遊び場にしていた。終戦後で、物資が乏しく農村地帯で仕

事後に風呂を沸かして入るのも大変なので外風呂があれば便利だという事になったのだろう

と推量する。その風呂に入った事は覚えていない。自宅の風呂当番で水くみをした事も覚え

ているので共同風呂が利用された期間は余り長くはなかったようだ。結局無いよりましだとい

う判断で作られたのだろう。若いご婦人方は恥ずかしい思いをしたらしい。その後内風呂が

普及して共同風呂の必要性も無くなったのだろう。当時、水道も無かったので井戸を掘った

のであろうか。湯を沸かしたのは電力であったのだろうか。いくつか知りたいことが出てくる。

ともかく、町内や隣組は何らかの協力が必要だ。生活や経済が豊でなければその協力も有

難味が大きくなる。従って、共同風呂があったという事は地域の人々が生活水準の向上のた

めに協力したという歴史を示していることになる。既に施設そのものは跡形もなくなっている。

ひょっとするとこういう施設をつくるのに行政の指導や補助があったのかもしれない。

2009年5月13日 (水)

ラジオ講座

2009/5/13

ラジオ講座

ラジオ講座には断続的にお世話になった。学習塾に通うゆとりがなかったのでラジオに頼っ

たわけである。講座の開始時に流れる音楽も、もはや頭の中で完全に鳴り響かない。しか

し、この音楽に励まされて眠気を払って耳を傾けた同世代の人も多かったと思う。受験講座

は試験が終わればそこで終わりになる。その点、語学講座は比較的長く続いた。しかし、具

体的な目的がないので余り身につかなかった。会社でTOEICの試験を受けさせられてヒアリ

ングが全く手に負えないことを痛感した。読み書きは何とか並の点はとれた。要するに語学

は文字を介する理解が中心で、音声を介するコミュニケーションに重点が置かれなかったよ

うだ。かって終戦後は米兵があちこち巡回していた。米兵に「オータ」と聞かれたので「太田は

あっちだ」と太田の方角を指差したが、その兵士は井戸の方に向かい水を飲んだという話を

聞いたことがある。「オータ」ではなく「ウォーター」だった訳だ。ともかく毎日少しでも駒を進め

ることは怠惰を寄せ付けないための最良の方法のようである。

2009年5月12日 (火)

高校の美術

2009/5/12

高校の美術

今となっては遠い世界のようではある。美術の授業で石膏像のデッサンをしたのを思い出

す。大きな白い画用紙に木炭で石膏像を描く。美術の基本中の基本。あの石膏像は一体誰

であったのか。調べてみたらどうもブルータスだったらしい。ともかく、西洋の美術も音楽も定

番の初歩の教育法が確立しているようである。ところが、日本の美術や音楽を高校で余り教

えられなかったように思う。先生が洋式の教育を受けたからなのか。日本の芸術の価値が低

いのか。思うに日本の芸術は「芸」に重きがあり、西洋の芸術は「術」に重きがあるように感じ

る。あのオーケストラの方式を見ると指揮者と奏者が一団を為している。これは軍隊の指揮

官と兵士の関係のようだ。楽器は兵器という相関。指揮者は指揮者として奏者は奏者として

の教育と訓練を受ける。一団として最大の効果を出すシステムだ。これでぐんぐん押し掛けて

くる。残念だが「芸」だけでこれを押し返す力はでない。個人の力量を越えない。楽器も良い

音、でかい音が出るよう優秀な科学者が研究した。楽器の技術的な研究だ。音響学は西洋

で生まれ育った。これは音楽兵器の基礎理論だ。和魂洋才と言うが日本の芸術が復活する

のはいつのことか。ピアノは高い金を出して買うが大抵物にならずに放置される。外国に出

かけても恥ずかしく人前でピアノやバイオリンを演奏できる人は少ないであろう。それなら、琴

や三味線を下手で間違いながらでも弾けば受けるだろう。国際親善にもなるだろう。芸事を

習うには金がかかる。それなら日本芸術を義務教育で教えたらどうか。ともかく、漫画が世界

に普及して胸を張る政治家はいるようだがそれを日本の芸術まで拡大する必要性を主張す

る政治家は少ないようだ。相変わらず日本の芸術も縮み志向なのか。

2009年5月11日 (月)

初めて出会った用語

2009/5/11

初めて出会った用語

高校の生物の授業で習ったのがミトコンドリア。細胞の中の器官である。細胞がさらに小さな

構造を持つことを習った。生物のエネルギーの生産工場であるらしい。この言葉とともにあの

ほっそりとした生物の先生を思い出す。最近挿し木を初めて細胞のことが気になり始めた。

挿し木に根が出ることは生物学的にどういうことなのか。発根しにくい植物の挿し木はどうす

ればうまくゆくか。もう一人、化学の先生が紹介した「アニリン」という小説。化学染料と関係

するようだ。まだその本を読んだこともない。しかし、厚いめがねをかけて語りかけた姿が思

い出される。要は化学式だけではなく化学全体の事も勉強せよと教えていたのかも知れな

い。色素も我々の生活に彩りを与えてくれるが合成色素が多く使われているのであろう。とも

かく初めて出会った用語が頭の片隅に残っていればそれを頼りに芋蔓式に情報はたぐり寄

せることが出来る。染料だからインディゴかもしれないとネット検索をかけたが、うろ覚えの記

憶と結びつかなかった。やっと「アニリン」にたどりついた。

2009年5月10日 (日)

山歩き

2009/5/10

山歩き

出不精で運動嫌いなので、山歩きの経験は極少ない。精々、赤城、榛名に車で行く程度であ

った。大学のゼミの連中と行ったのが秩父の雲取山であった。天気には恵まれず、霧が巻き

怖い思いをした。グループ行動の場合、どうしてもグループの荷物になってしまうのではない

かという不安がつきまとう。これが、グループ行動の好き嫌いにも通じるようだ。ともかく、グ

ループのさしたる荷物にならずに済んだ事により山歩きの楽しい思い出を残すことができ

た。飯盒の飯と水ががうまかった。物事の好き嫌いが生まれるのは最初の体験の良否によ

ることが多いようだ。最初は楽しく安全に、その後は少しずつチャレンジして行く。こういう好

循環のパターンは何事にも通じるようだ。

2009年5月 9日 (土)

尾瀬へのハイキング

2009/5/9

尾瀬へのハイキング

高度成長時代は仕事だけではなくレジャーも盛んになった。会社も社員の慰安旅行でバスを

仕立てた。職場にもいろいろなグループが生まれた。そんな中、隣の職場の先輩から尾瀬へ

のハイキングに誘われた。それを機会にキャラバンシューズを買って、初めて尾瀬を歩い

た。若い女性も参加して楽しいハイキングであった。尾瀬と言えば、自分が学生当時に発電

工学の講義を担当していた教授が尾瀬ヶ原を巨大な貯水池にして揚水式の発電に使うとい

う計画があったと教えてくれたのを覚えている。電力は蓄えることが出来ない。今使っている

電力は今作られているという事である。しかし、電力需要には山と谷がある。需要がピークに

なるときに必要な電力を供給することが安定な電力供給に不可欠になる。そのために、電力

エネルギーを位置エネルギーに変換して蓄えるのが揚水式発電である。要するに需要が少

ない時期に発電した電気で下流の水を汲み上げて上流の貯水池に溜めて、需要があるとき

に溜めた水を流して発電する方式である。ともかく、多くの人々のこの計画に対する反対で

尾瀬ヶ原が水没することを免れたのである。

2009年5月 8日 (金)

チャンスという名の女神

2009/5/8

チャンスという名の女神

チャンスという女神は前髪を垂らしてやってくる。後ろ髪はなくつるつるで掴めない。チャンス

はやってきたとき掴まなければ、過ぎ去ってからでは掴めないというたとえである。何度かこ

のたとえ話に出会ったことがある。チャンスは練って待てという言い方もあるようだ。あること

が幸運であったか不運であったかは結果に過ぎない。しかし、何となく納得しやすいたとえ話

ではある。社会に出て実際の仕事に従事しても、いつも女神が微笑んでいる訳ではない。そ

んなことは極まれで、むしろ渋い顔がまわりを取り巻いているのが実態ではないか。主任試

験の時に集積回路のAC特性をウェーハ状態で行う事を提案した。当時はウェーハ状態では

DC特性しか測定できなかった。それをVIFという高周波ICで行うことは飛躍的な合理化にな

る。しかし、衆人が見て不可能な事を言い出すだけ馬鹿な事であった。担当しているICのウ

ェーハを持って国内の有力テスターメーカーに数回通っただけでその話は終わった。何事も

機が熟すまでの期間が必要である。ともかく集積回路のAC特性をウェーハ状態で行う事は

その十数年以上後になってから実用化された。単能機ならばもっと早期の実用化が可能で

あったろう。しかし、工場のラインには色々な種類の品目が流れる。そこに使われる機器は

流れる品目に対応した汎用性が求められる。結局汎用機と単能機のトレードオフ、妥協が必

要になる。果たして、あの時自分に女神が微笑んでくれたであろうか。女神に悩まされずに

済んだということのようだ。計測技術部門も生産現場では必要な部門であるが、自分の居場

所はその後とも開発部門であった。

2009年5月 7日 (木)

赤紙をもらって工場へ

2009/5/7

赤紙をもらって工場へ

第二世代のVIF-ICの開発を完了してから、それを量産に移すのにも苦労した。上司がバラッ

クで自動測定器を作っていた。動きそうだということでそれを渡されて量産用測定器を作って

くれと言われた。上司は優秀な技術者で測定器のコンセプトとか回路図はほとんどが頭の中

にしかない。渡された現物と概要図面だけで作成するとなると結局上司の辿った筋道を辿る

必要がある。基本コンセプトは渡された資料をかみ砕いて何とか理解できた。その難関が手

動の市販の高周波アッテネータにリードリレーを組み込んで電子制御できるように改造する

事であった。これに制御シーケンス回路と判定回路を取り付ける。測定スタートボタンを押す

と測定が開始して良否の判定で測定器が停止する。測定器が完成して、何度も調整やチェッ

クを繰り返してようやく工場への導入になった。しばらく測定器が稼働したところで、故障だか

ら直ぐ来てくれと製造技術の部長から直接故障の連絡書を渡される。これを赤紙と呼んでい

た。生産第一で開発の仕事も投げ出してタクシーで工場に駆けつける。大半がリレーの故障

であった。当時は電子アッテネータの市販品が無かったので手動品を改造していたわけだ

が、そのアッテネータの中にリレーを詰め込むのはむちゃであったし、交換も大変であった。

この苦労は上司にも伝わっていた。あるときタケダ理研の人が来ているから専務室に来いと

連絡があった。話が測定器のリレーに飛んだようだ。名刺を頂いてびっくりした。何とタケダ

理研創業者の武田博士であった。名刺の肩書きの博士がまぶしかった。実は工場で使って

いるリレーが頻繁に故障して困っていますと話をした。テスターに使うリレーはあらかじめスク

リーニングしていますという話をされた。スクリーニングを推奨されて認識を新たにした。その

後は工場に信頼性の良いリレーを手配させて修理も工場に移管した。テスターメーカーの社

長に直々に信頼性のイロハを教えられた貴重な体験であった。今にして思えば一個のICの

測定に十数回のリレーの切り替えを行う。一日に数千個の測定をこなすとリレーはそう長い

期間もなく数十万回か数百万回の断続を繰り返し寿命を迎えることになる。しかし、そういう

ゆとりもなく目先の仕事に追われていたのが現実であった。ともかく製品に関する揺りかごか

ら墓場までの仕事に携われたのは技術者として幸運であったと思う。

2009年5月 6日 (水)

テレビ用ICの拡販

2009/5/6

テレビ用ICの拡販

自分が入社した前後は集積回路が民生用に使い始められる頃であった。まだ、手探りの部

分が多かった。初代のVIF-ICは上司が設計開発したオリジナル製品であった。この上司から

はAGC方式とかバンドパスフィルター、トラップ等を教えた頂いた。代二世代は米国製品の

互換品であった。ブロック毎に数種類の互換品が開発された。カラーテレビの普及が進むに

伴って生産量も増大した。日本の集積回路は最初は主に社内製品に使うために開発され

た。VIF-ICはカラーテレビセットを買う顧客から見ればその存在に気付かれない程優れてい

るという奇妙な性質がある。要するに高周波の信号を安定に忠実に増幅するという事が使命

である。そういうICがあると気づかれては性能が劣る証明になる。テレビ信号を色々加工す

るICはテレビの好みやメーカーの画像作りに関係する。他社に供給するには抵抗がある。従

って競合他社にテレビ用集積回路を販売するとなるとVIF-ICは拡販の候補にしやすい。第三

世代は信号の復調機能まで含めたオリジナル製品であった。自社のテレビセットに導入が終

わるとテレビメーカーへ拡販を始めた。この製品に合わせてSAWフィルターも実用化され

た。数個のバンドパスフィルター、トラップ等調整が必要な部品を一つの固体部品に置き換え

る事ができて、調整工程の合理化も達成した。北陸地方のテレビメーカーに、近くに出来た

ばかりの代理店の営業所員と拡販に通った事を思い出す。拡販競争はライバル製品とデッ

ドヒートの状態であった。結局自分の担当の時代は拡販で涙を飲む結果になった。会社の運

命を背負っている主力製品に使う部品は単に性能や価格だけで採用が決まる物ではない。

サポート、デリバリー、クレーム対応等々の実績も判断の対象になるのだ。第四世代以降は

このメーカーとの関係は深まっているようであった。当時の評価の担当者が技術部門の役職

者になっていて恐縮した。

2009年5月 5日 (火)

ラジオ付きウオッチ

2009/5/5

ラジオ付きウオッチ

集積回路の集積度が向上すると電力使用量も低減する。電池の容量が小さくなるから携帯

機器で集積度の向上は大きなメリットがある。ラジオとカメラを複合したラメラという商品が登

場したことがある。その後、ラジオとウオッチを複合した商品開発のごく一部に関与した。奇

しくもこのラジオ用ICもトランジスタ型の三端子であった。テレビからラジオへの転身であっ

た。ここでラジオの受信性能を評価した。イヤホンのワイヤが受信アンテナを兼ねる方式で

あった。評価に使うアンテナは重い基台に固定されたループアンテナであった。ところが、何

かの拍子でこのループアンテナを棚から足指の真上に落下させて負傷してしまった。以来生

える爪が平坦でなくなった。しかし、このアプリケーションの仕事からは程なく去ることになっ

た。転身に関わる忘れがたい記憶ではある。思い返せば、結果的には別の本命となる次の

仕事への転身の準備で一時の腰掛けの仕事であった。そういう含みのある人事だったのか

もしれない。テレビの仕事を去れたのも、一面では後継者が育ってきたという意味もある。高

周波のテレビ用のICは、当時急速に普及が始まったビデオにも使用され生産数は急激に増

大し、その後も市場でのシェアを確保してきた。

2009年5月 4日 (月)

自動車の規格QS9000

2009/5/4

自動車の規格QS9000

ISO9001という国際標準規格に米国の自動車メーカーのBIG THREEの要求事項を追加し

たQS9000という規格がある。既に2006年に失効しているとの事であり、あったと言うのが

正確なのか。自動車の部品メーカー等はこの規格の認証を取得するために多大な苦労をし

たと思う。開発部門で開発段階における品質の作り込みという点でQS9000の認証取得に

関与した経験は貴重なものであった。FMEA等の品質改善の手法も学んだ。これは圧倒的

な購買力を背景とした規格であることは確かである。既にISO9001という国際標準もあり、

屋上屋のという観もある。BIG THREEは部品を購買する条件にQS9000の認証取得を要

求できる。これにより、間接的には信頼性の優れた部品の調達が可能になる。しかし、BIG

THREEが要求を文書として公表した意義は大きいだろう。この認証を取得できればBIG

THREEへの参入が可能となり、その実績により他の自動車企業への参入も容易になる。日

本の自動車企業はこのようなシステムを構築する動きは低調で消極的であったと思われる。

BIG THREEは認証を取得する企業の監査をできる。この監査の意味も売る側と買う側の力

量により変わる。認証取得の初期の段階では指導に近い部分もあったと思われる。しかし、

高度な技術部品の場合、企業秘密を開示する事も懸念された場合もあったと思う。日本の

購買側の品質管理要求は不良品は一個でもあってはならないとい建前が原則のようであっ

た。個別の対策については売買当事者の協議でなされたようだ。日本では系列メーカー以外

のメーカーの参入障壁は高かった。QS9000は日本の自動車業界にどの程度のインパクト

を与えたのか。残念ながら日本発の世界標準は少ないようである。世界標準を主導すること

により、持ち出しも多くなるかもしれないが得られる間接的な効果も多い。なによりも、自分が

認める価値が世界に通用するという事は自己の価値の再認識となるであろう。2009/4/30 

BIG THREEの一角のクライスラーが連邦破産法の申請をしたと伝えられている。QS9000

という規格の意義は何であったのだろう。

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みかん栽培関係情報

公開資料

ISESAKI  有情1

嗚呼 伊勢崎 非情

BOOKS

  • 橋本 英文: 刃物雑学事典 図解・刃物のすべて(1986年 株式会社 講談社 ブルーバックス B-659)
    刃物という視点で多くの事例が取り上げられている。刃のある道具の理解にも役立つ。類書が少なく貴重な一冊。「すべり変形が切断の原理」という考え方で説明している。
  • 沼田 真   : 植物たちの生( 1972年 岩波新書(青版 833))
    「ご要望にお応えしてアンコール復刊(1988年岩波新書50年記念復刊) 地球生態系の中で自然を見直す」(腰巻きのフレーズ)。植物の知恵と戦略に人類は勝てるのか。
  • 出町 誠: 14_NHK趣味の園芸:よく分かる栽培12ヶ月  カキ(NHK出版2007年)
    初心者向け柿栽培参考書(新版)。旧版と比較すると楽しい。
  • 中村三夫: 13_NHK趣味の園芸:作業12ヶ月  カキ(NHK出版1996年)
    初心者向け柿栽培参考書(旧版)。新版と比較すると楽しい。
  • 山科正平: 12_細胞を読む   電子顕微鏡で見る生命の姿
    細胞はどんな部品からできているのか。そんな疑問に答えてくれる一冊。何事も形を見るのが第一歩。μからÅオーダーの世界で、細胞をメスで解剖するように、電子顕微鏡というメスで解剖して見せてくれるので興味が尽きない。
  • 柳田充弘: 11_細胞から生命が見える
    著者の専門は分子生物学、細胞生物学。普段生物を考えても細胞レベルで止まってしまう。その細胞の中で色々な分子が働いている。細胞こそ生命の基礎だが、その細胞の中の動きを知るのに最適な一冊。疑問の発端はなぜ発根剤が効くのかということ。薬剤が細胞膜を通過して細胞内で分子と分子が作用するイメージができた。本書でできた細胞のイメージは小さな無数の穴が空いた水分が充満したヨーヨーのようなもの。そのヨーヨーの中に分子部品が詰まっている。細胞自体もタライの中のヨーヨーのように浮かんでいる。細胞図面の空白部は真空でなく水分だ。細胞の内外に水がないと細胞は生きられない。水が生命のゆりかごだ!
  • 野口悠紀雄: 10_ホームページにオフィスを作る(2001年 光文社)
    ITが輝いた時代の作品。HPの活用法は参考になる。参考:url=http://www.noguchi.co.jp/(野口悠紀雄 ONLINE)
  • 小池洋男 編著: 09_果樹の接ぎ木・さし木・とり木(農文協:2007/3/31第1刷)
    やや専門的であるが、実務専門化が分担執筆しており、その場で役に立つ一冊。
  • ノーバート・ウィーナー(鎮目恭夫訳): 08_サイバネティックスはいかにして生まれたか(みすず書房1956)
    情報と通信という現代社会に不可欠の基礎的な学問を作った著者の自伝とそれを通した科学史
  • 沼田 真(編): 07_雑草の科学(研成社1979)
    雑草を多面的に解説し防除の基礎も述べる

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    POST IT :ブログ画面への張り紙に使える。
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    2010/8/4:MEMO等の表示に使える。 農作業で気になる自戒の言葉 ■畑の石ころはいつまで経ってもても石ころ(早く拾って片づけよという意味か)。 ■同じ石を二度拾うな(やってみると難しい)。 ■手ぶらで歩くな。 ■三つ先のことを読め。 ■適当な観察。 ■空を見よ(気分転換、休憩、天気を読む、腰曲がり防止)