08B_身辺雑記(田舎老人徒然草)
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2015年8月26日 (水)

身辺雑記:田舎老人徒然草:アブラゼミの死骸;人の世は 女子供か 秋の虫。1508。

2015年8月26日(水)
昨日は曇り。最高気温(℃) 22.7 12:37。最低気温(℃) 18.1 22:18。ざっそう句;人の世は 女子供か 秋の虫。台風15号は日本列島を横断して日本海に抜けたようだ。キャベツトレーに灌水。ブロッコリーの種を蒔こうとしたが、種ジャガ植えを優先。先日、二つに切った種ジャガの切り口が乾燥している。澱粉が白く切り口を覆っている。秋植のジャガイモは発芽・発根時に高温に晒されるので腐敗しやすいようだ。丸ごと植えれば安全だが、数量が半減だ。薄黄緑の小さな芽が出ている。いつもの紫色の大きな芽に比べると少し弱々しい感じがする。品種はデジマであった。生産地は長崎と記されていた。長崎の出島と関係があるのか。初めて植える品種だ。失敗した場合の保険に、春ジャガの食べ残りを植えた。大きさは様々。ピンポン玉前後が多い。大きい順に層別して、結果を比較する積もりだ。こちらは、全部丸ごと植え。品種は男爵らしい。かろうじて芽が見える程度。順調に発芽するか不明。段ボール箱で保存していたので光が入らないので発芽が抑制されているようだ。大玉狙いの手入れをしていないので、小玉、中玉もできる。これが、種芋で使えるならシメシメだ。午後、NHKの安保法制の国会審議の中継を見る。質問と答弁がすれ違い。答弁より表情がより良く本音を語っているように見える。冗談だが、脳波と心電図も同時中継して貰いたいものだ。空虚な言葉はいくら綺麗で響きは良くても信用できない。自縄自縛のジレンマだけでは議論が深まらない。夕方来客。世界同時株安の話が出た。オレは根っこのある本株ファンなので株価は遠い世界のように感じる。韓国と北朝鮮の高官レベルの会談合意で、当面の緊張は緩和したようだ。国際紛争で、緊張が高まった時の銃声一発による事態の暴走がいつでも起こりうると実感する。外交の敗北が武力の行使につながるのではないか。日本は平和外交で生きるべきではないか。秋の虫の声が盛んになった。鳴いているのは雄だけなのか。

2015年8月25日の天気(AMEDAS)

TAVE= 20.7 NO DATA
TMAX= 22.3 最高気温(℃) 22.7 12:37
TMIN= 18.2 最低気温(℃) 18.1 22:18
DIFF= 4.1 NO DATA
WMAX= 4 最大瞬間風速(m/s)(風向(16方位)) 8.9(東南東) 20:49
SUNS= 0 NO DATA
RAIN= 0 NO DATA


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身辺雑記:田舎老人徒然草:アブラゼミの死骸

先日、アブラゼミの死骸を見た。アブラゼミは比較的良く見るセミだ。
最近、鳴き声を良く聞くセミは、アブラゼミ、ミンミンゼミ、ホウシゼミ。
昔は、他のセミの声も聞いた記憶があるが、生息条件が無くなったのか。

Iob_aburazemi2015
今年は戦後70年の節目の年だ。セミの死骸をみて、白骨街道を思い出す。更に、佐藤幸徳の事も思い出す。

「ツルよ 飛んでおくれ;老人の寝言:何度あっても良い事件と二度とあって欲しくない事件と(http://af06.kazelog.jp/itoshikimono/2013/08/post-b083.html)。(2013年8月24日 (土))」(この記事へのリンク

「体育の授業(http://af06.kazelog.jp/itoshikimono/2010/01/post-32a5.html)。(2010年1月 7日 (木))」(この記事へのリンク

Googleにてキーワード「ノモンハン」で本サイト内を検索(https://www.google.co.jp/?gws_rd=ssl#hl=ja&q=%E3%83%8E%E3%83%A2%E3%83%B3%E3%83%8F%E3%83%B3%E3%80%80site:http:%2F%2Faf06.kazelog.jp%2Fitoshikimono%2F)(このキーワードでサイト内検索

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2015年8月21日 (金)

身辺雑記:田舎老人つれづれ草:秋ナスはなぜXX?;天地に 台風二つ 忍び寄る。1508。

2015年8月21日(金)
昨日は曇り、ちょっと晴れ、雨も降る。最高気温(℃) 27.0 15:36。最低気温(℃) 23.5 04:07。ざっそう句;天地に 台風二つ 忍び寄る。用事外出。出かける時に雨が降り出した。程なく止む。台風の影響があるのか、不安定な天気だ。いくつか買い物等。コンビニプリント。画像ファイルをカラー印刷したいのだが、最適な方法は?カラー印刷は単価が高いので失敗したくない。入れた文字が欠けていた。夕方来客。

2015年8月20日の天気(AMEDAS)

TAVE= 25.2 NO DATA
TMAX= 26.6 最高気温(℃) 27.0 15:36
TMIN= 23.7 最低気温(℃) 23.5 04:07
DIFF= 2.9 NO DATA
WMAX= 2.1 最大瞬間風速(m/s)(風向(16方位)) 5.0(東南東) 12:08
SUNS= 0 NO DATA
RAIN= 6 NO DATA


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身辺雑記:田舎老人つれづれ草:秋ナスはなぜXX?

家電量販店のヘルパーと雑談。光を薦められても、最後までADSLだと相変わらず自虐ネタで質問。NTTはADSLの受付を来年止めるらしいが、その先はサービスも止めるのか?本音はそうしたいのではと聞くと、光を推奨してますと優等生的回答。話をWIN10に変えて、WIN7をWIN10にupgradeするのはどうかと聞いたが、しばらく様子見が良さそうだ。

知人のパソコンが起動しなくなり、業者にデータ救出を依頼したとの事。パソコン普及のおかげでいろいろな仕事が生まれたが、パソコンが日用品になると、パソコン関連ビジネスも影響を受けるのではないか。

訪問先で、貰い物のナスのお裾分けを頂いた。雑談で、秋ナスは嫁に食わすなという諺が話題になった。各自の解釈が違っており、統一見解には至らない。秋ナスが旨いなら嫁いびり、秋ナスが体に良くないならその逆で嫁を大事にする事に通じる。そもそも、秋ナスが美味いのかまずいのかでも意見が分かれた。

この諺の背景には、嫁ぎ先のお舅さんや家族が見え隠れしている。爺抜き、婆抜きの生活を謳歌できる、当世の嫁さんには無縁の諺なのか。子育に関しては、昔の大家族にも良い点があったのかもしれない。昔は、老人と子供は大事にされた。現在は、老人と子供の大虐待時代なのかも知れない。

戦後、強くなったのは女と靴下と言われた事もあったようだ。戦前の家族制度も昭和22の民法改正で廃止されたようだ。戦後70年、戦前の家族制度に戻せという議論はほとんど聞かない。

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2015年8月20日 (木)

身辺雑記:田舎老人つれづれ草:スズムシ飼育の蘊蓄、えっ、そんな事あるの?;天の声 俺を呼び寄せ 草むしり。1508。

2015年8月20日(木)
昨日は晴れ。最高気温(℃) 34.1 13:47。最低気温(℃) 24.4 04:14。ざっそう句;天の声 俺を呼び寄せ 草むしり。さあ、ゆっくり新聞でも読もうかとしている所に電話。おっとり刀で駆けつける。この暑さに冷や汗。ノルマをこなした時はもう誰もいない。その足で配り物。某氏宅で立ち話。

ところで、最近忘れられ、ほとんどニュースも流れなかった、STAP細胞に関して、NHKが例のSTAP細胞の小保方氏から人権侵害の申し立てを受けて、その審査機関が審査を開始するというニュースが流れた。これは、法律でその役割が規定され、かつ国民の受信料で運営されている公共の福祉が主たる目的であるNHKに絶対あってはならない事である。だが、最近はそのNHKの暴走が気になっていた。

NHKは、「STAP細胞のNHK番組 BPOが審理入り決定。;http://www3.nhk.or.jp/news/html/20150819/k10010195341000.html。(8月19日 17時12分))」というタイトルで、「NHKが去年7月に放送したSTAP細胞の問題を検証した報道番組について、理化学研究所の小保方晴子元研究員が人権侵害を受けたとして申し立てを行ったことを受けて、BPO=放送倫理・番組向上機構の放送人権委員会は、審理を行うことを決めました。去年7月に放送されたNHKスペシャル「調査報告STAP細胞不正の深層」について、理化学研究所の小保方晴子元研究員は「断定的なトーンで実験の架空ねつ造を行っているかのような内容を放送したもので、人権侵害だ」などとして、先月、BPOの放送人権委員会に申し立てを行いました。」と報じた。(このサイトへのリンク

NHKが自己の問題をどのように報じるかという関心の元調べたら上記ニュースを見つけた。上記ニュースは「NHKは「放送内容は事実に基づくもので、小保方氏の人権を侵害するものではないと考えています。BPOの調査に協力していきます」としています。」と締めくくっているが、NHKスペシャル「調査報告STAP細胞不正の深層」は最早ニュースとは言えず、NHKの主観を含む著作物に過ぎないのではないか。タイトル自体がセンセーショナル性を煽っているように見える。

以前の特許電子図書館が衣替えして、「特許情報プラットフォームサービス」として運用を開始している。念のため、KW=「小保方晴子」で検索すると、なんとSTAP細胞に関する特許が日本出願されていた。ヒットしたのは「     特表2015-516812:多能性細胞のデノボ生成(2015年06月18日発行)」一件のみであった。この文献による発明者の記載順位は、(72)【発明者】【氏名】バカンティ、チャールズ  エー.、(72)【発明者】【氏名】バカンティ、マーチン  ピー.、(72)【発明者】【氏名】小島  宏司、(72)【発明者】【氏名】小保方  晴子、(72)【発明者】【氏名】若山  照彦、(72)【発明者】【氏名】笹井  芳樹、(72)【発明者】【氏名】大和  雅之であった。小保方氏は筆頭では無く、第4番であった。これは何を意味するのか。

2015年8月19日の天気(AMEDAS)

TAVE= 28.6 NO DATA
TMAX= 33.6 最高気温(℃) 34.1 13:47
TMIN= 24.6 最低気温(℃) 24.4 04:14
DIFF= 9 NO DATA
WMAX= 3.9 最大瞬間風速(m/s)(風向(16方位)) 7.6(南東) 15:33
SUNS= 6.7 NO DATA
RAIN= 0 NO DATA


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身辺雑記:田舎老人つれづれ草:スズムシ飼育の蘊蓄、えっ、そんな事あるの?

配り物を郵便受けに入れると、作業小屋から、寄ってげや~と声がして、飲み物を出されてしまった。それから、あれこれ飼育している生き物の話が始まった。

今年、飼育しているスズムシはもう鳴く季節だが、ぜんぜん鳴く気配がないとの事。どうしてかと聞くとメスばかりだと、飼育容器を覗かせて説明。メスは尻尾の部分が三本で、真ん中の針のような物が産卵管だと説明してくれた。

昨年良く鳴いたスズムシの卵を育てたが、今年は全部メスのようだと言う。餌は市販のスズムシ用の餌さと野菜だという。話は、まだまだ続きそう。そこへ郵便配達が来たので、続きは後でと言って別れた。

鳴かないメスばかりでは、飼育しても面白くないだろう。WEB情報によると、種の保全のため性比はメスが多いようだ。ただ、メスばかりになる例は見つからず。

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2015年8月19日 (水)

歴史の転換:身辺雑記:田舎老人つれづれ草:日本国憲法産みの苦しみを読む!;腹一杯 食って忘れる 敗戦日。1508。

2015年8月19日(水)
昨日は晴れ。最高気温(℃) 34.8 14:38。最低気温(℃) 23.7 04:36。ざっそう句;腹一杯 食って忘れる 敗戦日。雨が上がったが、畑の雑草には雨露が残っている。長靴を履いて雑草をかき分け二回目コーンを全部収穫。ついでに、コーンを引き抜き、雑草も三角ホーで掻き出し、ジャガイモを植えるスペース作りの準備をした。汗でビッショリ。一回目コーンより全体的に品質が低く、虫食い、歯ぬけ等も多い。それでも、腹一杯食べられた。三回目コーンは雄穂が出ている所だ。

2015年8月18日の天気(AMEDAS)

TAVE= 28.6 NO DATA
TMAX= 33.9 最高気温(℃) 34.8 14:38
TMIN= 24 最低気温(℃) 23.7 04:36
DIFF= 9.9 NO DATA
WMAX= 3.9 最大瞬間風速(m/s)(風向(16方位)) 7.6(西北西) 19:41
SUNS= 10.5 NO DATA
RAIN= 0 NO DATA


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歴史の転換:身辺雑記:田舎老人つれづれ草:日本国憲法産みの苦しみを読む!

終戦の申し子のような自分であるが、その当時の記憶はほとんど無い。一般に記憶が残ると考えられているのが生後3年目頃からのようだ。

このようなヒトが生誕直後の記憶をほとんど失う現象を幼児健忘症という事を最近知った。実際は、生まれたての幼児でも、胎児でも記憶能力を備えているが、記憶の保持期間が短いので、記憶は無いと見られてしまうようだ。生後3年目頃以降の記憶は、生起した事象と関連づけられてエピソード記憶として長く保持されるようだ。

幼児健忘症という現象で、生まれた直後の記憶が思い出せないというのも、ヒトの進化と関連しているのか。ともかく、自分の記憶では、飢餓に直面した記憶は無い。良く食べたのは、茹でた里芋だ。トウモロコシも食べたようだが、当時のとうもろこしは、品種改良もされていなかったようで、生食より、粉食にされていたのか。友人の家に、ポップコーンを作る機械があったので、トウモロコシの実を持ってゆき、ポップコーンにして食べた記憶がある。おかずが何も無い時、飯に砂糖をかけて食べた記憶は今も忘れられない。

ところで、敗戦により、戦前の日本が戦後の日本に生まれ代わった歴史にも、幼児健忘症に類する現象があったのか。そもそも、国家はヴァーチャルな存在で、これが国家という存在だと具体的に示す事は、元々不可能なものらしい。

国家の存在を規定する基本文献が憲法だろう。極論すると国家という概念は有限な文字列で規定される。インドで思い出すのは、東京裁判に関わり、少数意見を出したパール判事とインド憲法の起草に中心的な役割を果たしたアンベードカルという指導者だ。

WIKIPEDIA「ラダ・ビノード・パール。(https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%A9%E3%83%80%E3%83%BB%E3%83%93%E3%83%8E%E3%83%BC%E3%83%89%E3%83%BB%E3%83%91%E3%83%BC%E3%83%AB)」(このサイトへのリンク

WIKIPEDIA「インド憲法。(https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A4%E3%83%B3%E3%83%89%E6%86%B2%E6%B3%95)」
この記事によれば、「英語版では全部で117,369文字に及ぶ。」という。インドの憲法は膨大だと聞いたような記憶があるが、その憲法の起草に中心的な役割を果たしたアンベードカルという人物は全く知らなかった。(このサイトへのリンク

WIKIPEDIA「ビームラーオ・アンベードカル。(https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%93%E3%83%BC%E3%83%A0%E3%83%A9%E3%83%BC%E3%82%AA%E3%83%BB%E3%82%A2%E3%83%B3%E3%83%99%E3%83%BC%E3%83%89%E3%82%AB%E3%83%AB)」(このサイトへのリンク

WIKIPEDIA(英語版)「B. R. Ambedkar。(https://en.wikipedia.org/wiki/B._R._Ambedkar)」(このサイトへのリンク

アンベードカルを筆頭に、インドが憲法の制定に注いできた熱意を感じる。やはり、多くの民族や階層からなる国家を統治して行くには、その統治の基本原則を憲法として定めなければ、国家が存続する事すら危ぶまれるのではないか。

最近、「戦後秘史-5 マッカーサーの憲法 大森実著(昭和56年 株式会社 講談社)」を拾い読みした。本書の「第六章 第九条の新証言」のサブタイトルに、「戦力否定条は天皇の発想」という条があり、著者が「マッカーサーの憲法原案」の起草者チャールズ・ケーディスに取材して、その新証言を引き出した事が書かれている。

本書は著者が、内外の動きから日本国憲法が生まれるまで真相を、著者のジャーナリストとしての視点から解明を試みた労作であろう。特に、米ソの冷戦という時代の動きも見逃さない所に、国際ジャーナリスト躍如という面も見せている。各章を読み進み、最後の結語を読むと著者の嘆きも理解できる。日本は単に、資源や兵器多寡で負けたのでは無い。その本質の一端は本書を読めば分かるのかも知れない。著者の結語は今も何かを語りかけているのではないか。

著者は、本章の最後に以下のように記している。少し長いがそれを引用しておく。
*************************
「歴史は悠久にして、自然の大河のごとく、一本の流れを構成するものであろうが、憲法も、また、国家の政体を悠久の流れの中に条件づけるものでなければならない。 明治欽定憲法制定以来の長かった戦争から戦争への”歴史”が破られ、日本帝国が大音響を立てて崩壊したとき、ポツダム宣言を無条件に受け入れなければならなかった過酷なる環境ではあったが、『マッカーサー憲法』の押しつけをめぐる、わが国の憲法制定秘史は、日本国民にとって、かくのごとき恥辱にみちた秘史であったばかりでなく、あまりにも明確さを欠いた史実を埋蔵しつづけてきたのである。このようなGHQ御仕着せの方法によるに非ざれば、真に自由で、民主的な政体が生み落とされなかったのである。それを反省してみるとき、もっと激しく、もっと強烈なる恥辱の思いにかられるのは、一人、筆者だけではないだろう。」
*************************

国家が生まれ変わるには、憲法が変わる必然性があった。日本国憲法が生まれるまでの歴史は相当詳しい資料が残されているようだ。その知られざる闇の部分に光を当てたのが、日本有数のジャーナリスト大森実の功績ではないか。本書は日本国憲法が生まれてくる過程をたどり、当時生存していた、日本憲法の誕生に関わったキーマンに取材している。本書により、大森実のジャーナリスト魂も垣間見る事ができるのではないか。本書は、日本憲法の誕生に関して、歴史の幼児健忘症に陥ってはならないと教えているようにも感じられる。

WIKIPEDIA「大森実。(https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%A4%A7%E6%A3%AE%E5%AE%9F)」:「大森 実(おおもり みのる、1922年1月13日 - 2010年3月25日 日本時間3月26日)は日本のジャーナリスト。兵庫県神戸市出身。」(このサイトへのリンク

著者が、最近のご都合主義者達が解釈で憲法の読み方を変えるような事態をが見たら、どんな感想を発しただろうか。

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2015年8月17日 (月)

身辺雑記:田舎老人つれづれ草:年間一大行事のお盆を楽しむ!;汗拭う 雑事こなして 送り盆。1508。

2015年8月16日(日)
昨日は後雨曇り一時晴れ。ざっそう句;汗拭う 雑事こなして 送り盆。未明から続いた雨も朝までに止んだ。お盆の墓参の準備。野菜が欲しくなったので長靴をはいて畑にでる。雑草には雨露。雑草を刈ながら前進。初めてオクラを収穫。収穫遅れでほとんどが固くなっていた。レタスとモロヘイアも収穫。関係者とお茶で雑談後墓参。解散後盆棚を片づけてほっと一息。

2015年8月16日の天気(AMEDAS)

TAVE= 26.3 NO DATA
TMAX= 30.8 最高気温(℃) 31.2 14:58
TMIN= 23.4 最低気温(℃) 23.3 07:01
DIFF= 7.4 NO DATA
WMAX= 3.8 最大瞬間風速(m/s)(風向(16方位)) 8.2(東) 15:35
SUNS= 2.6 NO DATA
RAIN= 26 NO DATA


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身辺雑記:田舎老人つれづれ草:年間一大行事のお盆を楽しむ!

昨日は送り盆で、墓参で関係者が集まる。お盆の準備から後片づけまでの作業も大変だ。いかに手抜きをして楽をするかついつい考えている。

午後の一番暑い時刻に墓参をするのは大変だ。ご先祖様を自宅に迎えているのだから、焼香は盆棚の前で行えば十分だから、墓参は止めようかと言うが、それじゃあご先祖様に失礼だと墓参に向かう。

墓地までは歩くのが恒例だ。往復の時間、周辺の景色を見たり、雑談をしながら、お盆の雰囲気を楽しもうというのがその原点だ。

今年は食べられないオクラを多数収穫した。ナスやキュウリに棒を刺して、馬や牛の模型、今風にはフィギュアを作って盆棚に飾った。ご先祖様の乗り物という意味があったのだろう。

そこで、遊びだからと断って、食えないオクラを使ってお盆用のフィギュアを作った。足には楊枝を使った。モッタイナイので楊枝は二本だけ。それをかみさんが見て、ケチくさい四本使ったらと言う。意外にも、もう一つ作ったらと言われ、遊びでもう一匹追加した。

ところが、できた動物は何か?どうも尻尾と二本足で立っている恐竜に似ている。子供達は、恐竜のプラモデルを作って遊んでいた。我が家のご先祖様もオクラの恐竜に乗せられるとは夢にも思っていなかっただろう。

本来なら、その乗り物は墓地まで持ってゆき、そこに供えるらしいが、昨今は墓地の清浄化も課題だ。オクラの恐竜は分解され元のオクラになった。塔婆も墓地に並べず今後は工作材料になる予定だ。

ところで、ずっと以前に、松下幸之助が幼少の頃、父親に、我が家は盆暮も自宅で来客対応するだけなのでつまらないと言ったような事を読んだような気がする。

子供がお客に行けば、お菓子や小遣いが貰えるのだ。松下幸之助が子供の頃体験した事は、従業員に給料をくれるという天性の経営者魂をその時体得したというエピソードだったのか。もらう楽しみよりくれる楽しみを体得するのは難しい。

墓に団子を供えるとカラスが待っている。団子を供えるのは止めようと思うことがあるが、それができない。カラスはご先祖様から、供物のお下がりを頂いているだけなのか。

釈迦が、最後に弟子にさとした言葉は、自灯明、法灯明という言葉だったようだ。時と場所が変われば悩み事も変わる。道理を自分で良く考えればそれなりの解決策があるという意味にとれるのではないか。

「自灯明、法灯明」でWEB検索すると「自灯明・法灯明(自帰依・法帰依、自洲じす・法洲ほうす など) 」(http://ponto.cs.kyoto-wu.ac.jp/~akimoto/JikieHokie_Nakamura_Haya.pdf)がヒットした。言葉の奥深さを感じる。(このサイトへのリンク

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2015年8月14日 (金)

身辺雑記:田舎老人つれづれ草:進駐軍が太田はどこだと聞いた?!;神国に 神風吹かぬ 理不尽さ。1508。

2015年8月14日(金)
昨日は曇り一時雨。ざっそう句;神国に 神風吹かぬ 理不尽さ。朝から昼過ぎまで用事外出。お盆に入るが、まだ盆棚はできていなかった。帰宅後、盆棚を組み立てた。支柱に沿って竹を立て、茅の縄で棚の上部を一周囲む。前面の縄に畑の隅の草の中から探し出したホウズキ数個をつるした。前面の支柱に萩の枝と鉄砲百合を結束。仏壇から位牌を出して、ゴザを敷いた棚に並べる。これで、何とか格好がついた。塔婆を立てて終了。

2015年8月13日の天気(AMEDAS)

TAVE= 26.7 NO DATA
TMAX= 30.4 最高気温(℃) 31.0 12:39
TMIN= 24 最低気温(℃) 23.8 06:37
DIFF= 6.4 NO DATA
WMAX= 3.9 最大瞬間風速(m/s)(風向(16方位)) 7.8(東南東) 14:32
SUNS= 0.6 NO DATA
RAIN= 2 NO DATA


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身辺雑記:田舎老人つれづれ草:進駐軍が太田はどこだと聞いた?!

終戦の前日、伊勢崎に米軍のB29が飛来し、伊勢崎も大きな被害を受けた。親たちからは、当時の事は余り詳しい話を聞いた記憶がないが、進駐軍の米兵に初めて遭遇した時の話を聞いた記憶がある。

竹藪の下に穴を掘り、防空壕にしていた。子供の頃、まだそれが残っていたが、一時サツマイモの貯蔵庫に使った程度で、その後は消失してしまった。

先日の、上毛新聞にもう少し、日本の降伏が米軍の行動に反映されていれば空襲を受けずに済んだ可能性もあったというような記事が出ていた。

共同通信(LIVEDOOR ニュース)は、「米、対日空襲の中止模索 司令官、報道で降伏予想。;http://blogos.com/article/127905/。( 共同通信:2015年08月12日 17:31))」というタイトルで、「【ワシントン共同】終戦前夜の1945年8月14日夜から15日未明にかけて、秋田市や埼玉県熊谷市、群馬県伊勢崎市を標的に実行された米軍の「最後の空襲」を前に、米軍司令官がぎりぎりまで作戦の中止を模索していたことが機密指定を解かれた米公文書から12日分かった。」と報じた。(このサイトへのリンク

ともかく、伊勢崎空襲も米国の日本攻撃の計画通り実施されたのだ。以来、米軍は日本に進駐し、子供たちは、ギブミーチョコレートと、米兵に手を差し出したのだ。成人してから、このような話を知ったが、無邪気な子供なら仕方ないと思った事もあった。

親たちが、進駐軍と初めて接した場面はもう少し緊迫していたようだ。その、昔話を採録しておこう。

「老人の寝言:1945年8月15日の天気は日本の未来を語ってくれるか(http://af06.kazelog.jp/itoshikimono/2011/08/2011-4.html)。(2011年8月15日 (月))」
:「ここで、敗戦直後の親たちから聞いた昔話を思い出した。数人のアメリカ兵がある家に来て「ワォ~タ」と叫んだそうだ。どうも「太田」に違いないと思い、「太田はあっちだ」と東の方角を指さしたが、米兵は納得せず、何かを物色していたとの事。ようやく井戸を見つけて水をがぶがぶ飲んで帰ったらしく、事なきを得た。今、思うと太田には、軍需工場の中島飛行機の工場があったので、家人は「太田」と直感したのかもしれない。「ワォ~タ」とは「WATER」だったが、平和になってからは笑い話で済んだが、敗戦直後にジープか何かの軍用車に乗り付けられ、「ワォ~タ」と叫ばれれば怖くなるに違いない。」(この記事へのリンク

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2015年8月11日 (火)

ハトよ 鳴いておくれ:身辺雑記:田舎老人徒然草:宮子神社で見たものは?;古稀の世や 語り尽くせぬ 過去未来。1508。

2015年8月11日(火)
昨日は晴れ。最高気温(℃) 34.7 14:46。最低気温(℃) 24.5 04:27。ざっそう句;古稀の世や 語り尽くせぬ 過去未来。相変わらずの暑さ。宅内閑居。資料整理。早起きして一仕事という生活パターンに切り替えられない。とりあえず、暑くならない内に、モロヘイアとコーンを収穫。もちろん、ゆう活も画に描いた餅。電気料節約のためエアコンの利用を控えている高齢者が多いようだ。熱中症と背中合わせの生活だ。一般家庭でもこの考えは変わらないようだ。明治維新が1868年。終戦が1945年。この間が77年で、この期間には世界中で多くの戦争が起こり、日本も参戦し多くの戦死者や負傷者が出た。終戦から今年までが70年でこの期間、日本は戦争に加わらなかった。戦争と平和という視点で見ると、この太平洋戦争前後で、日本国民が国力を戦争か平和かどちらにかけたかという選択の相違は著しい。この70年を主導してきた世代は戦争の悲惨さを体験し、戦争より平和を選択して来たのだ。もし、世界平和が実現したら世界中の軍人は失業するのではないか。見方を変えれば、世界中の軍人を平和目的の組織に再編成して世界平和のために活躍して貰うチャンスがまだ残っているのだ。そうなれば、人類の未来も悲観する必要が無くなるだろう。今なら日本がその世界モデルになれるのだ。

2015年8月10日の天気(AMEDAS)

TAVE= 29.0 NO DATA
TMAX= 33.8 最高気温(℃) 34.7 14:46
TMIN= 24.9 最低気温(℃) 24.5 04:27
DIFF= 8.9 NO DATA
WMAX= 3.8 最大瞬間風速(m/s)(風向(16方位)) 9.2(南東) 18:15
SUNS= 8 NO DATA
RAIN= 0 NO DATA


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ハトよ 鳴いておくれ:身辺雑記:田舎老人徒然草:宮子神社で見たものは?

先日、たまたま一服したのが、宮子神社であった。長い参道脇には住民センターらしい建物があった。神社周辺は木立が取り囲んで、蝉の鳴き声も聞こえた。奥には、色々な碑やなすび型の墓石もあった。ひょっとすると昔は寺もあったのか。

Iob_miyakojinjya
Go!伊勢崎WEBサイトに「伊勢崎市の文化財と石碑」というページがあり、その中に「軍事関係碑地図」と碑に関する記事が掲載されている。実は、宮子神社で見た堂々たる碑の表には「日露戦役紀念碑(希典書)」とあったので、その詳細が分かるかと探してみたが、見つからなかった。ただ、乃木希典が多くの碑の題字を書いているのが分かった。

WEB記事から、日露戦争の年表を探してみると、以下のような歴史を知る事が出来る。

*************************
明治三十七年     1904     2         談判決裂。対露宣戦布告(日露戦争)。
明治三十八年     1905     1         旅順要塞開城。
                                 5         日本海海戦。
                                 7         桂・タフト協定。
                                 8         第二次日英同盟。
                                 9         アメリカの斡旋でポーツマス条約締結(小村寿太郎全権)。日露戦争終結。
大正元年           1912     7         明治天皇崩御、大正天皇践祚。大正と改元。
                              9         乃木希典大将、殉死。

WIKIPEDIA「日露戦争。(https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%97%A5%E9%9C%B2%E6%88%A6%E4%BA%89)」:「日露戦争(にちろせんそう、英語: Russo-Japanese War、ロシア語: Русско-японская война ルースカ・イポーンスカヤ・ヴァイナー、1904年(明治37年)2月8日 - 1905年(明治38年)9月5日)は、大日本帝国とロシア帝国[7]との間で朝鮮半島とロシア主権下の満洲南部と、日本海を主戦場として発生した戦争である。両国はアメリカ合衆国の仲介の下で終戦交渉に臨み、1905年9月5日に締結されたポーツマス条約により講和した。」(このサイトへのリンク

WIKIPEDIA「Russo-Japanese War。(https://en.wikipedia.org/wiki/Russo-Japanese_War)」:(このサイトへのリンク

*************************

WIKIPEDIA「光電効果。(https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%85%89%E9%9B%BB%E5%8A%B9%E6%9E%9C)」(このサイトへのリンク

上記のWIKIPEDIAは記事に、「1905年、物理学者のアルベルト・アインシュタインの導入した光量子仮説によって、説明付けられた。なお、アインシュタインはこの業績によって、1921年にノーベル物理学賞を受賞している[7][8]。」とある。20世紀の初めから、科学は急速に発展を始め、その影響は21世紀の初頭の現在にあっても止まる事が無い。一方で、世界史も大きな変化を迎える。江戸末期、黒船に怯えきっていた日本が、明治維新で国家体制を確立し、ようやく国家として世界に進出を始めた。

WIKIPEDIA記事の、戦力、損害を比較すると、日本は日露戦争に勝ったとしても、その損害は膨大であったのが分かる。

戦力
日本=約300,000人   
ロシア=約500,000人

損害
日本=                             ロシア=
戦没88,429人,うち戦死戦傷死は55,655人[2]         戦死25,331人
病死27,192人                              戦傷死6,127人
負傷者153,584人                           病死11,170人
捕虜1,800人                              負傷146,032人
                                       捕虜79,000人[6]

「日々農天気:コーン栽培2015年7月末;道迷い 知らぬ神社で 一休み。1507。(http://af06.kazelog.jp/itoshikimono/2015/07/20157-a6fc.html)。(2015年7月31日 (金))」(この記事へのリンク

明治時代、軍人は国家のエリートであったろう。その軍人を指揮していた軍神の末路を国民はどう考えるのか。やはり、犬死にさせるには余りにも貴重な人材を失わせたのではないか。

Go!伊勢崎で上植木神社の日露戦争記念碑に記載されている人名を見ると「矢嶌保次郎」が出ている。もしや、「矢島保治郎」と同一人物か?

WIKIPEDIA「矢島保治郎。(https://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%9F%A2%E5%B3%B6%E4%BF%9D%E6%B2%BB%E9%83%8E)」:「群馬県佐位郡殖蓮村大字上植木(現・伊勢崎市本関町)の裕福な農家の三男に生まれる。群馬県尋常中学校(現・群馬県立前橋高等学校)を中退後、日露戦争に従軍。乃木希典率いる第三軍で旅順攻囲戦に参加し、突撃隊である白襷隊にも志願した。この戦功で軍曹に昇進し、また功七級の金鵄勲章を授与されている。 1906年(明治39年)、剣術に秀でていたことから陸軍戸山学校(戦術や体操、剣術などの指導者養成を目的とする)へ入学を命じられる。しかしこの頃になると矢島は、当時ベストセラーとなっていた河口慧海『西蔵旅行記』に大きく刺激され、アジア横断無銭旅行を志すようになっていた。」とある。(このサイトへのリンク

Googleにてキーワード「矢島保治郎」で本サイト内を検索(https://www.google.co.jp/?gws_rd=ssl#hl=ja&q=%E7%9F%A2%E5%B3%B6%E4%BF%9D%E6%B2%BB%E9%83%8E%E3%80%80site:http:%2F%2Faf06.kazelog.jp%2Fitoshikimono%2F)(このキーワードで検索

矢島保治郎が日露戦争で戦死しなかったから、後の国際人矢島保治郎として活躍し、歴史に名前を残せたのではないか。

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2015年8月10日 (月)

残照雑記:身辺雑記:田舎老人徒然草:秋葉原漫遊;核よりも 非核を願う 民の声。1508。

2015年8月10日(月)
昨日は晴れ。最高気温(℃) 34.3 14:41。最低気温(℃) 25.1 04:54。ざっそう句;核よりも 非核を願う 民の声。相変わらずの暑さが続く。宅内閑居。ノートパソコンを持って涼しそうな場所に引っ越し。資料整理。長崎原爆記念日。平和祈念式典のNHKテレビ中継を見た。NHKは式典の途中に色々なシーンを押し込んで式典をズタズタに斬り裂いた。知事の式辞は末尾しか写らなかった。本当に平和と非核を願う言葉には自然と拍手が起きた。テレビ中継はこの拍手を消すことができなかった。当然だろう。口先と行動が逆な式辞では会場が白けて凍り付いた。凡人は木を見て森を見ないのだろうか。だが気は瞬間に伝わり響くのだ。俺が国民を守ってやるという高邁な政治家の、気を感じないような感受性にアナクロなムードを感じない人がいるのだろうか。式典の中で自然に湧き上がった拍手こそ、この国の未来への期待を示すものだろう。あの拍手を忘れてはならない。あの拍手こそ、原爆やミサイルよりも強いのだ。

2015年8月9日の天気(AMEDAS)

TAVE= 28.9 NO DATA
TMAX= 33.6 最高気温(℃) 34.3 14:41
TMIN= 25.2 最低気温(℃) 25.1 04:54
DIFF= 8.4 NO DATA
WMAX= 4 最大瞬間風速(m/s)(風向(16方位)) 8.7(東南東) 10:49
SUNS= 9.3 NO DATA
RAIN= 0 NO DATA


Q
Q

残照雑記:身辺雑記:田舎老人徒然草:秋葉原漫遊

久しぶりに秋葉原を漫遊した。帰りの時間が決まっているので、目的の買い物をしただけでほとんど時間を使い果たした。とりあえず、秋葉原の原点か、電波会館を覗く。ここで一品購入。別の一品はコンピュータ関係の店で購入。

Iob_akihabara2015
次に、ラジオデパートを巡る。真空管やトランス等が並んでいるので目の保養になる。定年後は真空管アンプを作りオーディオライフを楽しんでいる人もいるようだが、どうもそういう行動に到らない。だが、見ているだけで楽しい。不思議なのは、既に製造中止になっている真空管等のパーツがなぜ店頭に並んでいるのかという事。売れ残った在庫があるのか。

調べてみると、まだ真空管やトランスは生産されているようだ。真空管はソケットがあって、交換できる部品だ。当然、電球と同じように寿命があるからだろうが、アマチュアが入り込める隙間がある。昔は、テレビの回路図集も販売されていたが、集積回路化が進むと回路図集も出版されなくなった。

WIKIPEDIA「秋葉原通り魔事件。(https://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%A7%8B%E8%91%89%E5%8E%9F%E9%80%9A%E3%82%8A%E9%AD%94%E4%BA%8B%E4%BB%B6)」(このサイトへのリンク

まだ、メイドの衣装でビラ配りをしている女性が目に付いた。当日は、非常に暑かったが、人出は多くかつ元気に動き回っていた。最近の円安効果のためだろうか、外国人が目立った。短い時間では、秋葉原の全貌はつかめない。駅から離れると、戻るのに時間がかかる。立ち蕎麦も食べずに帰った。

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2015年8月 9日 (日)

残照雑記:身辺雑記:田舎老人徒然草:オープンキャンパスを見る!;家で聞く 屋台囃子の ほろ苦さ。1508。

2015年8月9日(日)
昨日は晴れ時々曇り。最高気温(℃) 34.0 13:52。最低気温(℃) 25.9 23:48。ざっそう句;家で聞く 屋台囃子の ほろ苦さ。二回目コーンを数本初収穫。実は黄色一色の品種。完熟一歩手前。少し雲が厚く仕事がしやすいだろうと墓掃除に出かけた。木陰で、風も吹き、蚊もいないので快適だった。昼過ぎに終了。遅い昼食を食べ、休憩をしていると祭りの会場に向かう屋台から囃子の音が聞こえてきた。応援に行こうかと思ったが、エンジンがかからない。演奏が終わるとまた静かになった。雷雨もなく良いお祭り日和りだったようだ。今日は長崎原爆記念日。広島原爆記念日の首相式辞に非核三原則に言及がなかった事に対して首相の変節と異議の声が上がった。式辞を述べ終わるとそそくさと祭壇から去る姿がテレビに写った。衣の下の鎧は見えなくても本心は行動に現れてしまうのではないか。一昨日は24時でも気温は29.5℃であった。昨夜は同時刻で26℃。安眠できた。原爆と原発は双子の兄弟のような関係にある。その生みの親は、原爆と原発がもたらした結果を予見できたのか。

WIKIPEDIA「核分裂反応。(https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%A0%B8%E5%88%86%E8%A3%82%E5%8F%8D%E5%BF%9C)」によると、「広島に投下された原子爆弾は 1 kg が核分裂を起こしたとされているため、100万キロワット級の原発では1日3発(8時間に一発)の割合で広島原爆を燃焼させつづける事に相当しているのである[4]。」(このサイトへのリンク

WIKIPEDIA「オットー・ハーン。(https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%AA%E3%83%83%E3%83%88%E3%83%BC%E3%83%BB%E3%83%8F%E3%83%BC%E3%83%B3)」(このサイトへのリンク

2015年8月8日の天気(AMEDAS)

TAVE= 29.2 NO DATA
TMAX= 33.1 最高気温(℃) 34.0 13:52
TMIN= 26 最低気温(℃) 25.9 23:48
DIFF= 7.1 NO DATA
WMAX= 5.1 最大瞬間風速(m/s)(風向(16方位)) 10.1(東南東) 19:58
SUNS= 4.9 NO DATA
RAIN= 0 NO DATA


Q
Q

残照雑記:身辺雑記:田舎老人徒然草:オープンキャンパスを見る!

若者の人口減少で、入学定員を割り込んでいる私立大学もあるようだ。大学進学を希望する学生にとっては、良い時代になったのか。先日、お上りさんで某駅に向かっている途中、大学があり、オープンキャンパスののぼり旗を見つけてしまい、ついついそちらに引きつけられてしまった。

Iob_gakusyokuraamen
実は、~と見学したいという希望を述べると、登録してくれればOKという事になり、早速登録して、会場に入った。色々な、ブースがあったが、こちらは、想定外の老人なのだから、人気の少ないブースに立ち寄って雑談させてもらった。

工学系の大学だったが、最近は色々魅力的な学科名が多くなったと感じた。昔の大学は、どこに就職しても潰しがきくような学科が多かったと思う。最近は、学問のターゲットを絞り、社会に出たら即戦力になるような学科が増えているのかと思った。

色々資料は頂いたが、まだ目を通していない。もらったパンフレットに、無料学食引換券が付いていたので、食堂で試食させてもらった。ラーメンを選んだ。もう大学生活は数十年前の事だが、学食が閉店後も、研究室でインスタントラーメンを作り、それをすすりながら卒研をしたのを思い出す。

「卒研とインスタントラーメン(http://af06.kazelog.jp/itoshikimono/2009/04/post-7ba4.html)。(2009年4月 7日 (火))」(この記事へのリンク

食堂では、隣りの席に、受験希望の学生が座っていた。ともかく、受験生も、大学生ものびのびと学生時代を楽しんでいるようでうらやまし思いもする。学徒動員で、したくても勉強ができない世代もあった。そういう時代にならないように願うばかりだ。

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2015年8月 8日 (土)

田舎老人徒然草:そこにある墓は何を語っているのか(PART2);酷暑来て 何を語らん 我が祖霊。1508。

2015年8月8日(土)
昨日は晴れ。最高気温(℃) 39.0 15:52。最低気温(℃) 27.2 05:36。ざっそう句;酷暑来て 何を語らん 我が祖霊。もうじきお盆になり、古里への帰郷ラシュとなる。丁度敗戦後70年の節目の年であり、ご先祖様と対話・交流する良い機会だ。もう戦争はこりごりだというのが偽りの無い国民感情ではないか。戦後70年安倍談話の基礎となる報告書が提出された。戦後50と60年に首相談話が発表された。今回の戦後70年安倍談話も、前首相の談話という資産があって意味を成すのではないか。内容的にはかなり広範な内容を含むので、この内容から談話を組み立てる事は相当困難だろう。当然、談話の下書きもあるのだろう。談話が矛なら報告書は盾に相当するだろう。だが、談話が出てから、あちこちから批判が上がっても、その答えは報告書にあるというような説明はできない。戦後70年安倍談話が報告書のように膨大では何をアピールしたいのか読む方が疲れるだけだろう。有識者という代書屋に下書きを任せても自分の名前で出す以上それなりの覚悟が要るだろう。戦後70年安倍談話は政府の基本的外交文書として意味があるのであり、首相の個人的心情の吐露で終われば、歴史的にはほとんど価値を持たないだろう。その点、閣議決定無しで出すという構想自体、最初から目的の無いパフォーマンス程度にしか取られかねないだろう。この点は閣議決定をするというニュースが流れている。戦後70年安倍談話の内容はまだ確定していないようだが、出した談話が現首相や後の首相、ひいては日本の今後の外交の障害になるような結果になると、出すのに落ちたという結果になる恐れも無いわけでは無いだろう。日本が、終戦から今までに積み重ねた貴重な外交資産をどぶに捨てることになる事が心配だ。仮に出された談話により、日本が積み上げてきた世界からの信頼を失い、その信頼を回復するのに数十年かかるようでは、その責任は重大である。発表に至るまでの経過を見ると、指導力とビジョンが気になる。この世に、代書屋が書いたラブレターを喜ぶ女性も今では珍しいのではないか。先人が築いてきた実績をひっくり返して、二番煎じで満足するには、余りにも重い課題ではないか。近くの墓地に、日清戦争で戦死した青年の立派な墓標がある。その墓標は何を語っているのか。

2015年8月7日の天気(AMEDAS)

TAVE= 31.9 NO DATA
TMAX= 38.7 最高気温(℃) 39.0 15:52
TMIN= 27.2 最低気温(℃) 27.2 05:36
DIFF= 11.5 NO DATA
WMAX= 4 最大瞬間風速(m/s)(風向(16方位)) 8.3(東) 19:41
SUNS= 10.9 NO DATA
RAIN= 0 NO DATA


Q
Q

田舎老人徒然草:そこにある墓は何を語っているのか(PART2)

先日、超老人モードで外出したとき、かなり大きな墓に出会った。実は、時々見ている墓なのだが、誰の墓か調べた事が無かった。たまたま気が向いたのでその墓の墓誌を少し読んだ。現在、参議院で審議されている安保関連法制案の行く末を思うと、ついつい戦死者の事を思い浮かべてしまうのだ。戦争の雰囲気は、死を美化する事から忍び寄ってくるのではないか。

Iob_hakasensisya
「田舎老人徒然草:そこにある墓は何を語っているのか(http://af06.kazelog.jp/itoshikimono/2013/11/post-1c0f.html)。(2013年11月19日 (火))」(この記事へのリンク

今、日本では、不条理な死が非常に多くなっており、その死がいかにも軽々しく扱われたり・感じられているように思う。このような死の諸相が、まかり間違うと、戦争に向かうのではないかと危惧するのである。NHKのテレビドラマに、軍隊調の怒鳴り散らしがいかに多い事か。

先日見た墓も、立派な戦死者の墓であった。墓石の表面には「□□君之墓」というように、軍人らしくない表記になっている分、被葬者が思いやられる。裏面には、墓誌が書かれているが、本人の人柄、入隊した師団・連隊、死亡理由等が記されていた。敵弾が貫通して死亡。29歳。死亡したのが明治28年らしく、WEB調査では、日清戦争の年代に重なる。墓域も建立者も一家の物では無く、地域で戦死者の墓を建立したようだ。地域を背負って行く、有為な人材を戦争で失った事が分かる。

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  • 橋本 英文: 刃物雑学事典 図解・刃物のすべて(1986年 株式会社 講談社 ブルーバックス B-659)
    刃物という視点で多くの事例が取り上げられている。刃のある道具の理解にも役立つ。類書が少なく貴重な一冊。「すべり変形が切断の原理」という考え方で説明している。
  • 沼田 真   : 植物たちの生( 1972年 岩波新書(青版 833))
    「ご要望にお応えしてアンコール復刊(1988年岩波新書50年記念復刊) 地球生態系の中で自然を見直す」(腰巻きのフレーズ)。植物の知恵と戦略に人類は勝てるのか。
  • 出町 誠: 14_NHK趣味の園芸:よく分かる栽培12ヶ月  カキ(NHK出版2007年)
    初心者向け柿栽培参考書(新版)。旧版と比較すると楽しい。
  • 中村三夫: 13_NHK趣味の園芸:作業12ヶ月  カキ(NHK出版1996年)
    初心者向け柿栽培参考書(旧版)。新版と比較すると楽しい。
  • 山科正平: 12_細胞を読む   電子顕微鏡で見る生命の姿
    細胞はどんな部品からできているのか。そんな疑問に答えてくれる一冊。何事も形を見るのが第一歩。μからÅオーダーの世界で、細胞をメスで解剖するように、電子顕微鏡というメスで解剖して見せてくれるので興味が尽きない。
  • 柳田充弘: 11_細胞から生命が見える
    著者の専門は分子生物学、細胞生物学。普段生物を考えても細胞レベルで止まってしまう。その細胞の中で色々な分子が働いている。細胞こそ生命の基礎だが、その細胞の中の動きを知るのに最適な一冊。疑問の発端はなぜ発根剤が効くのかということ。薬剤が細胞膜を通過して細胞内で分子と分子が作用するイメージができた。本書でできた細胞のイメージは小さな無数の穴が空いた水分が充満したヨーヨーのようなもの。そのヨーヨーの中に分子部品が詰まっている。細胞自体もタライの中のヨーヨーのように浮かんでいる。細胞図面の空白部は真空でなく水分だ。細胞の内外に水がないと細胞は生きられない。水が生命のゆりかごだ!
  • 野口悠紀雄: 10_ホームページにオフィスを作る(2001年 光文社)
    ITが輝いた時代の作品。HPの活用法は参考になる。参考:url=http://www.noguchi.co.jp/(野口悠紀雄 ONLINE)
  • 小池洋男 編著: 09_果樹の接ぎ木・さし木・とり木(農文協:2007/3/31第1刷)
    やや専門的であるが、実務専門化が分担執筆しており、その場で役に立つ一冊。
  • ノーバート・ウィーナー(鎮目恭夫訳): 08_サイバネティックスはいかにして生まれたか(みすず書房1956)
    情報と通信という現代社会に不可欠の基礎的な学問を作った著者の自伝とそれを通した科学史
  • 沼田 真(編): 07_雑草の科学(研成社1979)
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    2010/8/4:MEMO等の表示に使える。 農作業で気になる自戒の言葉 ■畑の石ころはいつまで経ってもても石ころ(早く拾って片づけよという意味か)。 ■同じ石を二度拾うな(やってみると難しい)。 ■手ぶらで歩くな。 ■三つ先のことを読め。 ■適当な観察。 ■空を見よ(気分転換、休憩、天気を読む、腰曲がり防止)