2013年6月28日 (金)

日々農天気(花と実を楽しむ):高接ぎのハリウッドが実をつけた

2013年6月28日(金)
昨日は朝雨後晴れ。最高気温(℃) 28.3 16:08。ざっそう句:網かぶり 蚊取り線香 焚き仕事。ゴボウ区画の除草。双葉の間に本葉が見えてきたところ。タマリュウの間にヤブガラシ、ドクダミ、ニラ、スギナが生えている。どれも侮りがたい強敵。結局堀上げて株分けをして除去後改植。シランを移植。半袖シャツで作業したのでかなり蚊に刺された。蚊取り線香でお灸も食らった。

2013626日の天気(AMEDAS

TAVE= 22.0 NO DATA
TMAX= 27.9 最高気温(℃) 28.3 16:08
TMIN= 17.6 最低気温(℃) 17.5 07:16
DIFF= 10.3  
WMAX= 3.8 最大瞬間風速(m/s)(風向(16方位)) 9.6(東南東) 19:42
SUNS= 7.7 NO DATA
RAIN= 4 NO DATA

Q
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日々農天気(花と実を楽しむ):高接ぎのハリウッドが実をつけた

今年は冬の寒さが厳しく、果樹の開花がかなり遅れた。暖かくなって一斉に咲いた感じがした。我が家のスモモもあまり期待された存在ではない。木は大きいが実はほとんど付けない。スモモは他品種受粉をさせると実付きが良くなるとの事だ。

父がかつてスモモを作っていた頃があり、その頃読んだらしい参考書が残っている。現在、スモモ品種だけの参考書は書店で見たことがない。父が作ったスモモの品種の中にソルダムがあったのを覚えている。それを食べた話を色々な人から聞くので、量はそこそことれたようだ。父が、スモモの木を堀上げて、数十年後に自分がスモモの木を植えたのも何かの因縁があるようだ。結果は惨憺で、諦めに近い。

数年前に、農林大学校で果樹、花卉、野菜の研修を受けた。そこの果樹園にはスモモも植えられていて、授粉にハリウッドという品種があると知った。たまたまその品種が園芸店に並んでいたので、ならないスモモの木の授粉用に購入した。わざわざ、花粉を採取して人工授粉をせず、昆虫任せ。ハリウッドの花は咲いたがその効果はほとんどなし。

仕方ないので、ならせたいスモモの木にハリウッドを高接ぎした。ハリウッドは葉も花も紅色なので、花が咲くと少し異様な風景になる。それでも実は生っていない様子。最近、高接ぎした枝に実がなりはじめた。原木は実は生らずどんどん大きくなっている。その高接ぎした枝を見たら、幾つか実がなっていた。幾つか収穫して試食した。まだ酸っぱいというと、酸っぱいのが好きという人がいて救われる思いがした。

それにしても、お婿さんが一人で頑張っているようで、スモモも何か最近の女性に似てきたのかななどと変な空想を楽しんでいる。やはり、相性というより、開花のタイミング会わせ等が不十分なのかもしれない。勉強不足や努力不足が生らない本当の原因なのだろう。Ioi_hariuddo_sumomo_1306243pix


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2013年6月27日 (木)

残照雑記:「国定忠治終世の地大戸見学日程」の思い出(2)=一倉家の墓地

2013年6月27日(木)
昨日は曇り後雨。最高気温(℃) 23.5 10:32。ざっそう句:菜園に オクラが無けりゃ 夏は来ぬ。畑仕事をしようと外に出たらすぐに雨が降り出した。運良く、台所から海苔の筒に入れた昨年採取した野菜の種が出てきた。昨年オクラは二回目を6月初めに播いたので、それより1月ほど遅れている。オクラがオクレテルではギャグにもならない。とりあえず、ポットに種を播いて屋内へ退散。それにしても、種子を海苔の筒に入れて台所で保管したのが失敗。ともかく、オクラ入りにはならなかったので運が良ければ夏の食卓に間に合うだろう。

2013年6月26日の天気(AMEDAS)

TAVE= 20.9 NO DATA
TMAX= 23 最高気温(℃) 23.5 10:32
TMIN= 18.8 最低気温(℃) 18.8 24:00
DIFF= 4.2  
WMAX= 3.4 大瞬間風速(m/s)(風向(16方位)) 8.2(東) 17:32
SUNS= 0 NO DATA
RAIN= 36.5 NO DATA

Q
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残照雑記:「国定忠治終世の地大戸見学日程」の思い出(2)=一倉家の墓地

その第1番目の別行に「忠次の妾おとくの居候した一倉家の墓地」という書き込みがある。その日程に従って訪問した墓地のデジカメ画像も残っていた。WEB上には墓地訪問の記事が見られるが、自分にとって墓地訪問はなんとなく重苦しさを感じる。

「おとくさん」こと菊池徳に関しては、「国定忠治を男にした女侠 菊池徳の一生 高橋 敏著  朝日新聞社」に詳しい。「おとくさん」の事を知ったのもこの頃だったと思う。

「国定忠治生誕200年(http://af06.kazelog.jp/itoshikimono/2008/10/post-a263.html)。(2008/10/18)」

Cさんも自分の足で、菊池徳について調べていた。菊池徳は「国定忠治を男にした女侠」と勇ましい肩書きを貰い、キャッチコピーとしては人目を引くが実際はどうだったのか。Cさんは菊池家の現当主・元町議の方に講演を依頼したとのことだったがついに実現できずに終わってしまったようだ。前記書物の内容は、地元群馬の女性菊池徳を通して、当時の女性の生き様を教えてくれる希有の内容だけに、肩書きだけは残念だ。

たまたま、「五目牛南組遺跡(歴史時代遍) 編集・発行/(財)群馬県埋蔵文化財調査事業団 平成4年11月30日発行」を見ていると、「(3)特論 A 近世村五目牛と四農家の素描  高橋 敏」という記事が掲載されていた。同書から、高橋 敏の所属・肩書き等は不明だが、整理協力者の筆頭にリストアップされている。遺跡の調査報告書にこのような記事が掲載されるのは珍しい。しかし、二度と不可能な破壊調査において、このような記録が残された事に敬意を表したい。この報告書も、菊池徳を歴史的に・客観的に理解する良い参考書ではないか。

墓地は特異な空間ではあるが、完全に閉ざされた空間ではない。善意でそこを訪れる人々を拒絶まではしていないと思う。訪れる者もそこから何かのメッセージを受け止めようとするのではないか。そんな事を思いながらの墓所巡りではあった。
Bopix_ichikurake_haka_2


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2013年6月26日 (水)

日々農天気(環境雑録;輪廻のトンネル):畑で子カマキリに会う

2013年6月26日(水)
昨日は曇り時々晴れ。最高気温(℃) 28.9 15:12。
ざっそう句:ビワ食えど 昔も今も 種でかい。ツルなしインゲンの種子をもらったのでまく。久留米鶏頭の播種。前回は失敗。二回目。百均店二袋で@105円。種子が非常に小さいので均一に蒔けない。乾いた砂に混ぜて増量して播いた。ミカン区画の手入れ。草むしりとツル退治。ジニア区画除草。ヤブガラシの根掘りも同時にする。根が地下にはい回っている。その根に栄養分を蓄えているのでツルが伸び出すと急成長する。もう蕾が付いている株もある。
先の日曜日東京都都会議員選挙が行われた。以下は東京都ホームページに掲載された投票結果である。前回より11%ほど投票率が低い。その理由は?都民が白けているのか。

投 票 結 果
20時 00分 現在 確定

選挙区名当日有権者数投票者数棄権者数投票率[%]前回
投票率[%]
東京都計 10,589,228 4,606,599 5,982,629 43.50 54.49
区部計 7,238,549 3,157,086 4,081,463 43.61 54.40
市部計 3,279,943 1,416,385 1,863,558 43.18 54.61
西多摩町村部計 48,079 19,273 28,806 40.09 52.85
島しょ町村部計 22,657 13,855 8,802 61.15 70.72

2013624日の天気(AMEDAS
TAVE= 24.6 NO DATA
TMAX= 29.4 最高気温(℃) 30.1 14:30
TMIN= 21 最低気温(℃) 20.9 05:10
DIFF= 8.4  
WMAX= 4 最大瞬間風速(m/s)(風向(16方位)) 9.0(南東) 16:02
SUNS= 5.3 NO DATA
RAIN= 1 NO DATA

Q
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日々農天気(環境雑録;輪廻のトンネル):畑で子カマキリに会う

夏、栄養を摂って太ったカマキリが産卵して、樹木の枝の卵塊の形で冬を越し、春になるとそのカマキリが羽化して、出てくる。先日、出会った子カマキリはまだ3㎝程度。色は緑色。ミカンの葉の上にいた。緑色も保護色なのだろう。

子カマキリなので、怖さはない。人間で言えば、少年・少女かそれ以前の幼年期程度でではないか。カマキリが活動するのは一年の半分くらいしかない。餌となる小さな昆虫等が現れる前に現れては生存できない。そんな事を思うと子カマキリもそれなりに愛らしさがある。

ミカンの葉の上でポーズをとらせようと指を差し出したら指に飛び乗ってきた。ほとんど、そこに子カマキリがいるという感覚がない。右手に持ったデジカメでシャッターを押した。パソコンにデジカメデータをSDカードから取り込んでいるが、どうもそのデータがゴミデータとして残っているようで、撮影したデータを次回SDカードに書き込むとき、そのゴミデータがいたずらをしているようだ。指の上の子カマキリの色調がおかしい。デジカメ側でフォーマットして試したい。

デジカメで撮影するとき、比較の対象物を写し込むと大きさを理解しやすい。今回は自分の指がその役をつとめた。先日、小さな子バッタも見たが、そちらは見失った。昆虫も、一年一世代を繰り返すのもいるが、蚊は更に世代交代が多いようだ。WIKIPEDIA「カ。(http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%AB#.E7.94.9F.E6.B4.BB.E7.92.B0)」によれば、「卵から蛹までの期間は種や温度によって変わる。イエカの一種 Culex tarsalis は、20℃の環境では14日で生活環を完成させるが、25℃の環境では10日である。」。との事。
「日々農天気(愛しきもの 生き物):ポリコップの中のボウフラ(http://af06.kazelog.jp/itoshikimono/2012/07/post-5c4a.html)。(2012年7月15日日曜日)」

夏は、昆虫の天国だ。それにしても、なぜ人間はカマキリをみるとゾットするのか。本能的な反応なのか、学習した結果なのか。
Ioi_kokamakiri_20130624_2pix


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2013年6月25日 (火)

読みかじりの記(ツルよ 飛んでおくれ):青空文庫で萩原朔太郎「氷島」を読む。20130625。

2013年6月25日(火)
昨日は曇り時々晴れ。最高気温(℃) 28.9 15:12。ざっそう句:青葉には 青い衣の 子カマキリ。ミカン苗区画除草。自働蒔きダイコン区画の除草。買い置きのポーチュラカを改植。昨年、自家採種したダイコンの莢から種子を抽出。夕方頃にわか雨がパラパラと降る。自家採種ダイコンの種を播いて終了。

2013624日の天気(AMEDAS

TAVE= 23.4 NO DATA
TMAX= 28.5 最高気温(℃) 28.9 15:12
TMIN= 20 最低気温(℃) 19.6 01:37
DIFF= 8.5  
WMAX= 3.4 最大瞬間風速(m/s)(風向(16方位)) 7.6(東南東) 14:47
SUNS= 4 NO DATA
RAIN= 0 NO DATA


読みかじりの記(ツルよ 飛んでおくれ):青空文庫で萩原朔太郎「氷島」を読む

萩原朔太郎は昭和九年二月と記された自序の末尾に、「因に、集中の「郷土望景詩」五篇は、中「監獄裏の林」の一篇を除く外、すべて既刊の集に發表した舊作である。此所にそれを再録したのは、詩のスタイルを同一にし、且つ内容に於ても、本書の詩篇と一脈の通ずる精神があるからである。換言すればこの詩集は、或る意味に於て「郷土望景詩」の續篇であるかも知れない。著者は東京に住んで居ながら、故郷上州の平野の空を、いつも心の上に感じ、烈しく詩情を敍べるのである。それ故にこそ、すべての詩篇は「朗吟」であり、朗吟の情感で歌はれて居る。讀者は聲に出して讀むべきであり、決して默讀すべきではない。これは「歌ふための詩(うた)」なのである。」と述べている。

そうして、自序の冒頭には、「近代の抒情詩、概ね皆感覺に偏重し、イマヂズムに走り、或は理智の意匠的構成に耽つて、詩的情熱の單一な原質的表現を忘れて居る。却つてこの種の詩は、今日の批判で素朴的なものに考へられ、詩の原始形態の部に範疇づけられて居る。しかしながら思ふに、多彩の極致は單色であり、複雜の極致は素朴であり、そしてあらゆる進化した技巧の極致は、無技巧の自然的單一に歸するのである。藝術としての詩が、すべての歴史的發展の最後に於て、究極するところのイデアは、所詮ポエヂイの最も單純なる原質的實體、即ち詩的情熱の素朴純粹なる詠嘆に存するのである。(この意味に於て、著者は日本の和歌や俳句を、近代詩のイデアする未來的形態だと考へて居る。)
 かうした理窟はとにかく、この詩集に收めた少數の詩は、すくなくとも著者にとつては、純粹にパッショネートな詠嘆詩であり、詩的情熱の最も純一の興奮だけを、素朴直截に表出した。換言すれば著者は、すべての藝術的意圖と藝術的野心を廢棄し、單に「心のまま」に、自然の感動に任せて書いたのである。したがつて著者は、決して自ら、この詩集の價値を世に問はうと思つて居ない。この詩集の正しい批判は、おそらく藝術品であるよりも、著者の實生活の記録であり、切實に書かれた心の日記であるのだらう。」と記している。

さらに、「讀者よろしく、卷尾の小解と參照して讀まれたい。」とも述べている。いわば、文学という技巧をかなぐり捨てて、自分の素直な心情記録・日記として「氷島」を出したのだと宣言している。そうして、読んでみたいと思って検索したキーワードは「忠治」だった。「國定忠治の墓」の墓がヒットした。Googleの検索式:<「忠治」 site:http://www.aozora.gr.jp/cards/000067/>で二件ヒットした。

「國定忠治の墓」こそ、自分が探した目標だったので、やった!という感じだ。なぜ忠治なのか。先日書いた、「残照雑記:「国定忠治終世の地大戸見学日程」の思い出」(

残照雑記:「国定忠治終世の地大戸見学日程」の思い出(1)=大久保一家の墓地

)とも通じるが、「国定忠治」も、すでに、原像が放つ白色光は消失し、それを見たり・読んだり・感じたりした結果として、スペクトルに分解された光しか見ることができないのだ。

萩原朔太郎は本書で、「しかしながら思ふに、多彩の極致は單色であり、複雜の極致は素朴であり、そしてあらゆる進化した技巧の極致は、無技巧の自然的單一に歸するのである。」と述べている。この「國定忠治の墓」の背景には、萩原朔太郎の世界が見えるのではないか。

この詩の小解を先ず引用する。
「 國定忠治の墓  昭和五年の冬、父の病を看護して故郷にあり。人事みな落魄して、心烈しき飢餓に耐へず。ひそかに家を脱して自轉車に乘り、烈風の砂礫を突いて國定村に至る。忠治の墓は、荒寥たる寒村の路傍にあり。一塊の土塚、暗き竹藪の影にふるへて、冬の日の天日暗く、無頼の悲しき生涯を忍ぶに耐へたり。我れ此所を低徊して、始めて更らに上州の蕭殺たる自然を知れり。路傍に倨して詩を作る。」

この数行を読むと、「國定忠治の墓」ができた背景が真に迫ってくる。WIKIPEDIA「萩原朔太郎。(http://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%90%A9%E5%8E%9F%E6%9C%94%E5%A4%AA%E9%83%8E)」によれば、「萩原 朔太郎(はぎわら さくたろう、1886年(明治19年)11月1日 - 1942年(昭和17年)5月11日)は、日本の詩人。大正時代に近代詩の新しい地平を拓き「日本近代詩の父」と称される。1942年5月11日(満55歳没)」。この詩を作った時、41才になろうか。上記検索式でKW=「父」をGoogle検索すると「約 126 件」と出た。この件数は青空文庫の萩原朔太郎の項では上位に属する。父の存在が萩原朔太郎に与えている影響を反映していると考えられる。

ともかく、人間関係も、季節も、生活も厳しく絶望の淵にある時の作品だ。国定忠治の墓が、こんな萩原朔太郎を招いたのだろうか。ともかく、この作品を作ることにより、萩原朔太郎は危機を脱したかに感じたのである。

國定忠治の墓

わがこの村に來りし時
上州の蠶すでに終りて
農家みな冬の閾(しきみ)を閉したり。

「いき【×閾】:刺激の強さを連続的に変化させたときの、生体に反応をひき起こすか起こさないかの限界。生理学・心理学の用語。」「閾(しきみ)」:門戸の境界とする横木。
「蠶」:かいこ

太陽は埃(ほこり)に暗く
悽而(せいじ)たる竹藪の影
人生の貧しき慘苦を感ずるなり。

COM:
埃:ほこり
国定村は畑作地帯:空っ風で砂埃が飛び太陽がかすんだ?

見よ 此處に無用の石
路傍の笹の風に吹かれて
無頼(ぶらい)の眠りたる墓は立てり。

COM:
無用の石=無頼(ぶらい)の眠りたる墓?

ああ我れ故郷に低徊して
此所に思へることは寂しきかな。

久遠に輪廻*を斷絶するも
ああかの荒寥たる平野の中
日月我れを投げうつて去り
意志するものを亡び盡せり。

COM:
「久遠に輪廻*を斷絶するも」:意味難解。
「久遠に輪を斷絶するも」⇒「意志するものを亡び盡せり」と続く?
輪廻*≒本文では「廻」の旧字?使用。

?自分を含め、忠治も生きとし生けるモノだが、
永久にグルグルと転生極まりない運命を断ち切って
意志する人間と生まれてきても、日月(自然の摂理)は
自分を投げ捨てて去り、
自分(も忠治も生きとし生けるモノ)を
全て滅ぼしてしまう。?

いかんぞ殘生を新たにするも
冬の蕭條たる墓石の下に
汝はその認識をも無用とせむ。

「汝はその認識をも無用とせむ」:難解。
「殘生を新たにする」:輪廻転生で生まれ変わる?
「汝」=「国定忠治」?
「汝」と「我」という対比で、萩原朔太郎は国定忠治と
対話をしているようだ。
既に、国定忠治の墓は上州の荒寥たる自然の中に
投げ出されている路傍の石に過ぎないが。

――上州國定村にて――

上州國定村はその後、合併で佐波郡東村となり、佐波郡東村は平成の大合併で更に伊勢崎市となっている。青空文庫では「国」の旧字体「國」を使っている。萩原朔太郎は国定忠治の墓を訪問し、自分の人生と国定忠治の人生を重ねてみて、自分を相対化しているようだ。国定忠治の人生は、その生き様を通して、色々なメッセージを発信しているようだ。それを、うまく受信できない人もいるだろう。見方によれば、萩原朔太郎は国定忠治の墓を訪問し、生きる意欲を取り戻しているのではないか。

**********************************
萩原朔太郎に従って音読してみよう。

國定忠治の墓

わがこの村に來りし時
上州の蠶すでに終りて
農家みな冬の閾(しきみ)を閉したり。
太陽は埃に暗く
悽而(せいじ)たる竹藪の影
人生の貧しき慘苦を感ずるなり。
見よ 此處に無用の石
路傍の笹の風に吹かれて
無頼(ぶらい)の眠りたる墓は立てり。
ああ我れ故郷に低徊して
此所に思へることは寂しきかな。
久遠に輪廻*を斷絶するも
ああかの荒寥たる平野の中
日月我れを投げうつて去り
意志するものを亡び盡せり。
いかんぞ殘生を新たにするも
冬の蕭條たる墓石の下に
汝はその認識をも無用とせむ。

――上州國定村にて――

**********************************
以上、萩原朔太郎の作品は青空文庫から引用させていただきました。
ありがとうございます。

追記(2023/02/21):タイトルの末尾に投稿年月日を20130625を追記。ほぼ10年前の投稿である。青空文庫の推進者に富田倫生がいる。「富田倫生 - Wikipediahttps://ja.wikipedia.org/wiki/富田倫生: 富田 倫生(とみた みちお、1952年(昭和27年)4月20日 - 2013年(平成25年)8月16日)は、日本の著作家・編集者。 電子図書館 サイト 『 青空文庫 』の主宰者で、同サイトの「呼びかけ人」のひとり。」10年一昔と言うが古い記事を読んでくれる人がおり感謝。青空文庫は、まさに文化の金鉱だ。

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2013年6月24日 (月)

ツルよ 飛んでおくれ(愛しき古里):ああ、あの吾妻渓谷もダム底に消えてしまうのか?

2013年6月24日(月)
昨日は晴れ時々曇り。最高気温(℃) 30.1 14:13。ざっそう句:鄙の畑 人目盗んで 咲く紫陽花。ゴボウ区画をねじり鎌で除草。雑菜と雑草に埋もれている。未だ双葉。自働蒔きダイコンと下仁田ネギ区画の除草と土寄せ。ネギに鶏糞をまく。イチジクの下から生えているヤブガラシの根を手で引き抜く。アカザとヒユを収穫。かみさんが茹でてくれた。雑草らしいクセのある素朴な味がする。アカザは1m位。放置すると手に負えなくなる。

昨日のGoogleDoodleIoigoogledoodle20130623mt_fuji_be_2 はユネスコ世界遺産に登録決定した富士山だった。このGoogleDoodleは決定記念に相応しく「クール」だ。

2013年6月23日の天気(AMEDAS)

TAVE= 23.1 NO DATA
TMAX= 29.8 最高気温(℃) 30.1 14:13
TMIN= 17.6 最低気温(℃) 17.4 05:08
DIFF= 12.2  
WMAX= 5.4 最大瞬間風速(m/s)(風向(16方位)) 9.8(東南東) 17:28
SUNS= 8 NO DATA
RAIN= 0 NO DATA


首相官邸は、「「富士山」世界遺産登録にあたっての総理メッセージ。http://www.kantei.go.jp/jp/96_abe/discource/20130622fuji.html(平成25年6月22日)」」というタイトルで、「きれいな稜線、端正なたたずまい。時に荒々しく、時に幻想的。富士山の多彩な美しさに、古来、私たち日本人は、感動し、元気づけられてきました。
 その「私たちの富士山」が、今日、「世界の富士山」になりました。心から嬉しく思います。 ゴッホの絵にも描かれた富士山は、まさに「クールジャパン」の元祖。世界遺産登録を機に、政府も海外への発信を強化し、多くの外国の方々にも、日本に足を運んでもらい、富士山を見てほしいと願います。」と報じた。

手放しで慶びたいが、富士山が更に遠くなったような複雑な心境でもある。

Q
Q

ツルよ 飛んでおくれ(愛しき古里):ああ、あの吾妻渓谷もダム底に消えてしまうのか?

2010年地区生涯学習の行事でやんば館と吾妻渓谷(あがつまけいこく)を見学した。八ッ場ダムができると、湖底に沈み見られなくなる風景を一度は見ておこうという企画であった。民主党の「コンクリートから人へ」というスローガンで一時本体工事が停止したが、自民党に政権が代わり再度その工事が動き出した。

WIKIPEDIA「八ッ場ダム。(http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%85%AB%E3%83%83%E5%A0%B4%E3%83%80%E3%83%A0)」

時代の流れと政治の流れは必ずしも一致しない。ともかく、大型土木事業は時代と共に性格は変わるが、古墳時代からあったのだ。現代文明の機械力を動員すれば相当大きな土木事業が出来る。問題は、長い歴史の中で、その事業がどれほど有効で後世の評価に耐えうるかという事だろう。今、政治に求められているのは大きな夢なのである。

単純に考えると、ダムという構造は垂直に立てた板で川の水をせき止めるのと何ら変わりがない。多量の水を蓄える装置は巨大ダムが最適解だという保証は皆無だ。今日、ある目的を達成するために、幾つかの手段・方法が可能であるというのが常識であろう。水を溜めるのはダムだけではない。バケツもあるのだ。

東日本大震災の教訓を受け、高台移転が叫ばれたが現実は、実現性の点で問題も多いようだ。津波被害を想定した対策としては、高層建築という代案もあるようだ。ハードで実現できない部分はソフトで補うという割り切り方もあるようだ。ともかく、最適解はハードとソフトの融合になるのは明らかだ。ハードだけだといずれ、バブルの塔になってしまう懸念がある。

「バベルの塔。http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%90%E3%83%99%E3%83%AB%E3%81%AE%E5%A1%94。(最終更新 2013年6月16日 (日) 08:44)」『ウィキペディア日本語版』(http://ja.wikipedia.org/)。の記事に、「バベルの塔(バベルのとう、ヘブライ語:???? ????、英語:Tower of Babel)は、旧約聖書の「創世記」中に登場する巨大な塔。 神話とする説が支配的だが、一部の研究者は紀元前6世紀のバビロンのマルドゥク神殿に築かれたエ・テメン・アン・キのジッグラト(聖塔)の遺跡と関連づけた説を提唱する[1]。 実現不可能な天に届く塔を建設しようとして、崩れてしまったといわれることにちなんで、空想的で実現不可能な計画を比喩的に「バベルの塔」という[2]。」とある。

「バブルの塔」は「バベルの塔」のパロディ版。先々の事を考えずに、目先の事だけで、長期的には必ず劣化し、崩壊の危機が迫ってくる巨大構造物を作る愚かしさを皮肉った。

土木事業の面でも、巨大なダムを幾つか造るより、小さなダムを沢山造った方がシステム的には安全なような感じがする。軍備の面ではすでに大艦巨砲主義は過去のものだろう。空母も原水爆も然り。現実の世界では、見えにくいがテロやサイバー攻撃が真実味を帯びている。コンピュータ一つ一つは、ゴミのような小さな存在だが、現代はそれが世界を動かす小さな細胞でもある。しかし、想像力が乏しい平凡な政治家には、何も見えないのが真実なのだ。デカイ物が目の前に無いと自分を信じられないのだ。そういうお守りを持たないと安心できないのが政治家の宿命かのようだ。

これでは、永久にバブルの塔のような巨大建設が必要になってしまう。数世紀後の市民が最も迷惑するのがこのようなバブルの塔の後始末ではないか。WIKIPEDIAによると八ッ場ダムの有効貯水量は「9,000,000 m3」との事だ。1立米の浴槽ならたったの900万杯分だ。平成24年10月1日現在の群馬県の世帯数は、766,766世帯。群馬県1世帯当たりに換算すると11.7杯分だ。感覚的には、群馬県全世帯が二週間ほど連続して風呂を使うと八ッ場ダムの貯水量は尽きてしまう程度だ。

ともかく、巨大なダムを数個造って、そのダムの貯水・放水を制御するだけで、万全な洪水対策が可能かは疑問に思う。むしろ、流域全体の河川を貯水機能と流水制御機能を持った巨大なネットワークとみなし、入力となる気象状況等と各種要因により刻々と変わる水需要に基づき、政府は、水量と流す方向をダイナミックにコントロールするような雄大なシステム構築を計画すべき段階にあるのではないか。

当然、このシステムでは、収集されたあらゆるパラメータを評価して刻々とリアルタイムで制御される。この方式で、毛細血管の末端のような水路まで使用すれば、バカみたいな巨大ダムも必要なく、一時的には膨大な貯水量が確保でき、洪水防止も可能になるのではないか。まさに、水利のクラウド版だ。当然、これは電力の相互融通とも類似した事業になる。米国では巨大な電力網が機能している。この水利版の一例が関東利根川流域水利クラウド制御システムということになろう。こんな制御は、生物の血液循環を考えれば、すでに自然が実行しているシステムと大差がない。

このようなアイデアが実現すると膨大な新技術が生まれ、その技術は外国にも輸出できるのである。トランジスターラジオのセールスマンを自認した元首相もいた。結果としては電子立国を大きく支援したのではないか。美しい国日本。WIKIPEDIA「美しい国。(http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%BE%8E%E3%81%97%E3%81%84%E5%9B%BD)」美しい国は水を魔術のように自在に使いこなして初めて可能になるのではないか。そもそも、人口減少社会に向かって水需要が増大を続ける見込みはないだろう。工事を断行するために、洪水に対する安心・安全という呪文をかけたが、まさにバブルの呪縛にとらわれているだけのように見える。

日本は水を魔術のように自在に使いこななす技術は古来からの水田・水利事業や河川改修等により実現してきた。無数のため池を作ってきた。余りに馬鹿でかいダムを造りすぎるとその維持管理だけで、相当の経費増大が永続する事になってしまう。

上毛カルタに「耶馬渓しのぐ吾妻峡」という一札がある。初めて見た吾妻峡の秋も印象深いものであった。その名勝地が風前の灯火なのを実感して、荒涼たる思いになった。
Ioiyanbakan_komenkyou_keikokunoaki_


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2013年6月23日 (日)

環境雑録(愛しきもの 生き物):カミキリムシがやってきた

2013年6月23日(日)
昨日は雲が厚かったが晴れ。最高気温(℃) 30.1 14:33。ざっそう句:ともかくも 今年も食えた タケノコ煮。トウモロコシの除草と移植。発芽しない部分に苗を移植。草丈30㎝位あり、移植ゴテで掘るが、プツプツと根が切れる。トウモロコシ種子の残りを播種。通路の草掻き。柿の枝切り。樹勢を弱めるため根本を円形状に掘る。

2013622日の天気(AMEDAS

TAVE= 22.5 NO DATA
TMAX= 29 最高気温(℃) 30.1 14:33
TMIN= 18.2 最低気温(℃) 17.9 04:56
DIFF= 10.8  
WMAX= 5.8 最大瞬間風速(m/s)(風向(16方位)) 12.6(東) 14:52
SUNS= 7.8 NO DATA
RAIN= 0 NO DATA

Q
Q

環境雑録(愛しきもの 生き物):カミキリムシがやってきた

先日、運良くデジカメを持っているところでカミキリムシを発見した。モミジの幹の丁度撮影しやすい高さの所をはい回っていた。動いていると見失うので写真を2枚撮ったところでご用!捕獲するときどこを掴むのが良いのか。下手をするとかみつかれて、その隙に飛んで逃げられる場合もある。今回は両手を組んでその中に極短時間捕獲した。

我が家では、リンゴ、イチジク等のほとんどがカミキリムシの食害に会っているので絶滅させてやりたい所だが、現実的には困難だ。一時は、専用の殺虫剤をカミキリムシの穴に注入した事もあったが、その後はあきらめた。

今回は、比較的鮮明に撮影できたので、WEB図鑑で調べたら、ゴマダラカミキリらしい。種類名として、白い斑点が特長になっているいるようだ。長い触角も白黒のまだらになっている。その斑点の形や並び方は少しずつ差があるようだ。羽の模様も遺伝子の働きで作られるとすると遺伝子の配列が少しずつばらついているのだろうか。ついでに防除農薬を調べると園芸用キンチョールEがあった。

すでに、成虫になったカミキリムシは防除も駆除も大変だ。幼虫なら何とかなるだろうと思うが、~。防除と言えば農薬を思い出す。
Ioikamikirimusi_20130622_2pix

最近、上毛新聞にEUがネオニコチノイド系農薬の使用を禁止したという記事があった。WIKIPEDIA「ネオニコチノイド。(http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%8D%E3%82%AA%E3%83%8B%E3%82%B3%E3%83%81%E3%83%8E%E3%82%A4%E3%83%89)」

日本経済新聞は、「ミツバチ減少で殺虫剤禁止、EU 。http://www.nikkei.com/article/DGXNASGM2407Q_U3A520C1FF2000/(2013/5/24 23:20 ))」というタイトルで、「【ブリュッセル=共同】欧州各地でミツバチが減少している事態に対処するため、欧州連合(EU)の欧州委員会は24日、原因の一つとされるネオニコチノイド系の殺虫剤3種類の使用を今年12月からEU全域で禁止することを決定した。専門家によると、一部は日本でも製造、販売されているという。 ミツバチの減少は欧州だけでなく、日本を含む世界各地で問題になっており、植物など生態環境への影響が懸念されている。」と報じた。

「科学ニュースに独り言:ミツバチの大量死の原因は解明されたのか(http://af06.kazelog.jp/itoshikimono/2012/04/post-16a5.html)。(2012/4/21(土))」

「「みつばちの減少に関する緊急調査研究」報告書(http://www.naro.affrc.go.jp/nilgs/project/honeybee/029486.html)。(2010年4月13日);(2011年7月1日:一語訂正))」は、「緊急調査研究」とうたっているが、EUの対応から見ると、緊迫感が感じられない。報告書なら、報告者名を示すのが常識ではないか。これは、学術報告書の基本ではないか。また、実験手法も作業仮設と目的意識が明確でなく、手当たり次第やっているように見える。従って、統計手法の有意さ検定も機械的に行っているに過ぎないように見える。これでは、結論をぼかし、真の原因解明を妨げる研究に見えてしまう。微量農薬の長期間蓄積効果は切り捨てられているかのようだ。農薬の使用基準が絶対正しいという前提では、上記報道のような、EUの禁止決定は出て来ないだろう。農薬はそもそも農家あってのもの。ミツバチが死に、農家が死に、農薬会社が生きる構造は本末転倒も甚だしいのではないのか。世界は広い。学術研究にはライバルがいるのだ。しかし、EUの研究の二番煎じでは研究者の資質が問われる。

西日本新聞は、「ミツバチ失踪 農薬“引き金” ネオニコチノイド系 金沢大が確認 低濃度で帰巣本能狂う http://www.nishinippon.co.jp/wordbox/word/7214/9713
(2013年6月17日掲載))」というタイトルで、「国内外で広く使われているネオニコチノイド系農薬をミツバチに摂取させると、比較的低濃度でも巣箱の中のミツバチがいなくなり、群れが消える「蜂群崩壊症候群(CCD)」に似た現象が起こるとの実験結果を金沢大の山田敏郎教授らのチームが17日までにまとめた。 山田教授は「ハチが即死しないような濃度でも、農薬を含んだ餌を食べたハチの帰巣本能がだめになり、群れが崩壊すると考えられる」と指摘。養蜂への影響を避けるためネオニコチノイド系農薬の使用削減を求めている。一方農薬メーカーは「科学的根拠が明らかでない」と否定的な見方を示した。 山田教授らはセイヨウミツバチの群れを使用。ネオニコチノイド系農薬のジノテフランとクロチアニジンを、糖液と花粉ペーストに加えて投与、群れの中の成虫と幼虫の数の変化を4カ月間、写真を使って調べた。 イネの害虫のカメムシ防除に推奨される濃度をさらに100倍に薄めた比較的低濃度の農薬を与えた場合、いずれの農薬も約1万匹いた成虫が投薬から5週間程度で半減、12週間後には群れが消滅した。 より高濃度(10倍に薄めた)の場合、投与直後から死ぬハチが見られ、12日後には多数が死ぬなどしてクロチアニジンの農薬では約13%、ジノテフランでも約33%まで激減した。最終的に15~18週後に群れが消失した。」と報じた。

住友化学はホームページで「EUのネオニコチノイド剤規制に対する住友化学の見解(http://www.sumitomo-chem.co.jp/newsreleases/docs/20130527_2.pdf)(2013年05月27日
)」として、「EU 委員会の今回の決定は、その依拠する欧州食品安全機関(EFSA)の審査
において、ミツバチの大量死、大量失踪とネオニコチノイド剤の因果関係について何ら明確な判断がなされなかったにもかかわらず、予防的措置の考え方の下に現在行われているミツバチ問題の真の原因究明やネオニコチノイド剤の適切な使用確保に関する取り組み、また多数のEU 参加国の反対を省みず行われたもので、行き過ぎたものと言わざるを得ません。今回のEUでの措置は国内のクロチアニジン関連商品の使用に何ら影響を及ぼすものではなく、また今回の決定は、ネオニコチノイド剤がミツバチの大量死、大量失踪の主たる原因ではないとする当社の見解に何ら影響するものではありません。」と発表している。

「EFSA clarifies neonicotinoid conclusions in light of new data
http://www.efsa.europa.eu/en/press/news/130314a.htm」にはかなり詳しい資料が掲載されている。

EU諸国は食物の安全性・環境問題には敏感なようだ。当然だが、そのような問題が発覚した場合は、既に問題が深刻化している場合が多いのである。ネオニコチノイド剤の使用を禁止して事態が軽減される事が検証できればその効果は大きい。更に、事態の深刻化防止を早期に実現できる効果も大きいだろう。EUの決定はまさに社会実験に相当するだろうが、それを断行できるのは日本と比べると相当意識レベルが異なるのではないか。

上記の「みつばちの減少に関する緊急調査研究」報告書(これから以下の表を引用)にも、「農薬塗布による帰巣率」のデータを比較すると差がある。Ioikisouritunohenka_inyou_hyou

考察も気になる。データがあるのにそのデータで問題の本質に切り込む姿勢が見えない。初報に2010年4月13日の日付があるが、一年後の2011年7月1日付けでたった一語の訂正をしただけで、続報がないようだ。緊急性の認識が見えない。

関心がカミキリムシの話からミツバチに移ってしまったが、農薬で弱まっているのはミツバチだけなのか気になるところだ。最近、畑に飛んでいるモンシロチョウの動きがヨタヨタしているように見えてしまう。農薬ノイローゼか。


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2013年6月22日 (土)

残照雑記:「国定忠治終世の地大戸見学日程」の思い出(1)=大久保一家の墓地

2013年6月22日(土)
昨日は曇り一時雨。最高気温(℃) 24.1 12:08。ざっそう句:うたた寝て パソコンファンに 目を覚ます。宅内閑居。気温が上がらず少し肌寒い。畑ではポータブルラジオを聞いている事が多いが、最近調子が良くない。時々音声が途切れる。叩いてショックを与えると鳴り出す。接触不良の症状だが何のショックもないのに途切れる理由が分からない。ケースを開いて中を覗いたが原因不明。このような中途半端な症状は最もたちが悪い。

2013年6月21日の天気(AMEDAS)

TAVE= 21.7 NO DATA
TMAX= 24 最高気温(℃) 24.1 12:08 
TMIN= 19.6 最低気温(℃) 19.6 24:00
DIFF= 4.4  
WMAX= 2.3 最大瞬間風速(m/s)(風向(16方位)) 5.4(南東) 12:32 
SUNS= 0 NO DATA
RAIN= 1.5 NO DATA

Q
Q

残照雑記:「国定忠治終世の地大戸見学日程」の思い出(1)=大久保一家の墓地

数年前、何かの縁で知り合った四人(Aさん、Bさん、Cさん、D:筆者)で国定忠治(通称)が処刑された大戸の関を見学することになった。Aさんは国定忠治研究家。Bさんは郷土史家、Cさんも国定忠治ファンのようだった。Cさんが、知り合いのAさんを誘って、Bさんに国定忠治について解説してもらおうとした企画のようだった。Dは国定忠治には三氏ほど関心は薄く、アッシー君程度の役割ならと同行させてもらった。

その時までに、Aさんは封筒に入れた資料を用意してくれていた。封筒の表に「国定忠治大戸分在中」と几帳面に毛筆で書かれている。その中に1ページの日程表がある。その第1番目に大久保一家墓地があった。Aさん、Cさんは既に故人になられている。Dも当時の事を忘れかけている。

日程は第10番目は沼田の「?林寺」まであるが、この寺は帰りの心配があるので途中で引き返した記憶がある。沼田の「?林寺」手書き文字で解読できず、まだ特定できていない。夕方、Aさん宅に帰着すると、表紙に「国定忠治吾妻之部 大戸の忠治地蔵」と書かれた冊子を復習用にくれた。その冊子には複写禁止と書かれていた。文末には、「~後世の人のために文書を作成して残したいと思って居ます。」とかかれている。

もらった資料は書棚にしまったままだったが、たまたまとりだして読んでみて、なぜくれたのか何となく分かったような気がした。言われるままに車を運転しただけなのでもう場所も忘れている。デジカメデータはかろうじて残っている。とかく、親の道楽を理解・評価してくれる子息は少ない。結局、親の代ですべて散逸してしまう事が多いのが現実のようだ。

Aさんは、「国定忠治こと長岡忠次郎の研究に一筋 六十年 親分の眠る大戸へ出掛け尋ねて七十回」と書いている。Aさんがそこまで情熱を傾けたのは何か。
Bopix_ookubo_f_ohaka

追記(2015/7/10):「0031_国定忠治関連記事目次(http://af06.kazelog.jp/itoshikimono/0031_KUNISADA-CYUUJI_KIJI.html)。」(この目次へのリンク

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2013年6月21日 (金)

老人の寝言(出番無きマニュアル):どこかおかしいマニュアル通りの対応

2013年6月21日(金)
昨日は終日曇り。最高気温(℃) 24.7 14:03。ざっそう句:草むしり した翌朝は 関節痛。昼前後は町内行事。一休みして畑の通路部の草掻き。ジニア区画の草むしり。蚊が多いので今年初めて蚊取り線香を使用。前橋のAMEDAS湿度は75~91%と高い。ヤブガラシの根をかなり引き抜いた。そのためには地中に手を突っ込んで根を掴むか茎と根の付け根の太くなっている部分を掴むと力が入り抜けやすい。爪を切ったので爪の下に土が余り入らない。自分用の仕事ノウハウができた。久しぶりでAMEDAS天気図を見た。この先一週間は曇りが多いようだ。

2013
620日の天気(AMEDAS

TAVE= 22.8 NO DATA
TMAX= 24.4 最高気温(℃) 24.7 14:03
TMIN= 21.8 最低気温(℃) 21.4 05:34
DIFF= 2.6  
WMAX= 2.9 最大瞬間風速(m/s)(風向(16方位)) 6.1(南東) 17:09
SUNS= 0 NO DATA
RAIN= 0.5 NO DATA

Ioiamedas_tenkizu_13062021_s

Q
Q

老人の寝言(出番無きマニュアル):どこかおかしいマニュアル通りの対応

先日買い物をした時の出来事だ。その出来事から何も起こらなかったのでそれで終わりといえば終わりなのかも知れないがメモのつもりで書いておく。

店内の商品をカゴに入れてレジに出した。自分はちょっと買いすぎかなと財布と相談しながら品定めをしていた。若く新入りらしい店員はその商品の価格・数量をレジに入れて総額を出した。その金額が自分の想定額の倍以上だったので、あまりいい気分はしないが、もう一度計算して貰った。その結果、自分の想定額に近く、想定額に余り狂いは無かった。そこで、再計算した総額で精算した。

清算後に、店員が言った言葉もマニュアル通りのようで、結果としては何事も起こらなかった。ただ、店員がレジに立った時の対応としては何か欠けているような感じがして、お節介にも一言、今のことを上司に報告して相談したらと言ってしまった。その時の様子を、別の店員が見ていて、帰り際に申し訳有りませんとか言われたような記憶がある。

かつて、銀行員は、閉店後も、金額が1円までぴったり合うまで確認しないと帰れないという話を聞いた。これは、従業員にお金に対する感覚・姿勢を教えるためと思っていた。多分、お金が不足した時の事を想定しているのだろう。お金が余った時、どのように対応したのか聞いたことがない。ここには、信頼するというより、疑うという醜い人間心理も覗いている。

ともかく、売買や金銭取引では、原則過不足が生じないような仕組みになっているはずだ。ところが、売買のレジの所では、打たれたレジの数字が正しいという前提で精算が行われる。レジ打ちが正しくないと分かったところでストップをかければ間違いは防止できるが現実的には不可能だろう。店員は信頼できるという前提が物を言うのだ。そのためには、店の方でも店員教育を徹底しないと間違いが起こる。

一桁や二桁オーダーの金額ミスなら何とか我慢が出来るが、千円単位のミスはやはり見過ごされるべき大きさではないだろう。問題は、商品の総額の倍以上を取られても、それを証明する事は難しく、泣き寝入りになる可能性がある。結局、そのような事が起こらないよう再発防止をしなければ、いつかは問題が起こるだろう。万一、知らん顔で定価の倍以上の価格で、売ってしまうと店の信用にもかかわる。

たかがレジ、されどレジだ。このへんの事情はじっさいどうなっているのだろうか。多少の損失はあっても、安い労働力を使って、トータルで儲けが多い方に傾いているように見えるのだが、そこまで踏み込む事は難しい。ともかく、再計算して誤りが確認できた所で、「申し訳ありませんでした。」とかいうところまで、従業員教育は行うべきではないか。

マニュアル通りしても、その状況に応じた対応ができなければ、顧客満足度を満たせないのはあきらかだ。マニュアルとしても欠陥があることになるだろう。ともかく、ごめんなさいが出てこないで、シャアシャアと口上を述べられては唖然とするばかりだ。

2013年6月20日 (木)

残照雑記(東北の海よ):清水寺にあった北天の雄アテルイ・モレの碑

2013年6月20日(木)
昨日は終日曇り。最高気温(℃) 29.0 12:51。ざっそう句:ヤブガラシ 根本を掘れば 俺の勝ち。春以来除草をしていない部分のメヒシバを根本から刈る。すでに50㎝前後。カミキリムシの食害を受けたイチジクの枝切り。イチジクノ枝にもヤブガラシが這い上がっている。引き抜くだけでは根が残る。根をほらねば、本当の勝負にならない。来客。夕方、修正資料配付。

2013619日の天気(AMEDAS

TAVE= 24.7 NO DATA
TMAX= 28.4 最高気温(℃) 29.0 12:51
TMIN= 22.1 最低気温(℃) 22.1 07:11
DIFF= 6.3  
WMAX= 5.1 最大瞬間風速(m/s)(風向(16方位)) 12.0(北西) 14:13
SUNS= 0.8 NO DATA
RAIN= 0 NO DATA

Q
Q

先日、上毛新聞に清水寺の舞台修復の記事が掲載されていた。WEB上で関連記事を探したら、以下の記事があた。清水寺は年末にその年を代表する一字の「漢字」を発表する舞台でもある。今年の漢字(今年の漢字 - Wikipedia)は何が選ばれるだろうか。勝手ながら、早々に「狂」を選んでおこう。何か狂っているぞ。もう一つ、更に多くの人々に知って貰いたいのは「北天の雄 阿弖流為 母禮之碑」ではないかと思った。

産経新聞は、「清水寺本堂支える柱、380年ぶり修理 伝統工法で拝観に影響なし
http://sankei.jp.msn.com/life/news/130618/trd13061814500006-n1.htm。(2013.6.18 14:44 ))」というタイトルで、「京都市東山区の清水寺本堂(国宝)の舞台を支える柱の修理が18日、始まった。対象となる柱9本は約380年前の再建当初のもので、修理されるのは今回が初めて。8月中旬に完成する予定で、拝観には影響はないという。 京都府教育委員会では、清水寺からの委託を受け、平成20年度から10年計画で修復を行っている。これまで北総門(重要文化財)などを改修してきた。今年度は舞台の柱が対象になっている。清水寺の舞台下には、ケヤキの柱が78本あり、そのうち内部が腐ってきた9本を修理する。 修理は「根継」という伝統的な工法を用いる。古くなった部分をそれぞれ、礎石から上部30~90センチの所で切り取り、新しい部材を継ぎ足し、側面に「ほぞ」と呼ばれる木片を埋め込んで固定させる。」と報じた。

文化財の保存に「「根継」という伝統的な工法」が使われると言う事に目を見張った。同じ様な発想で、果樹の品種の保存として「根接ぎ」を実験している。「果樹を楽しむ(接木に挑戦):根を失った株の枝に根をつけてやる(http://af06.kazelog.jp/itoshikimono/2012/06/2012-6bf4-2.html)。(2012年6月11日/月曜日)」全てを切り捨てて新しくしたらその前の記憶は連続してつながらない。文化も歴史もつなげて行く努力が必要だ。

Q
Q

残照雑記(東北の海よ):清水寺にあった北天の雄アテルイ・モレの碑

数年前、京都旅行で清水寺を拝観した。おきまりの団体旅行で駆け足で旅程をこなすだけで、じっくり拝観はできない。学生時代も関西旅行で見たはずだがその時の記憶もあいまいだ。ただ、当時は周辺の樹木が低く、あの舞台の支柱がよく見えて、舞台の高さが実感できたように思った。前回の拝観では舞台の高さが実感しにくかった。

一つ気になった大きな記念碑があり、その碑面に清水寺云々と書かれていたのでとりあえずデジカメに収めておいた。「阿弖流為」は「アテルイ」とよむという記憶が残っていたが、母禮とは、アテルイの母かなととんでもない勘違いをしていた。実際は、「モレ」と読むとの事だ。それも、関西アテルイ・モレの会のホームページ(http://www.iwate-kansai.com/aterui/index.html)を読んで知ったところだ。

上記ホームページによると、その記念碑は、「住民の安寧の為に敵将征夷大将軍坂上田村麻呂公の軍門に投降し斬首された蝦夷の勇将アテルイとモレ等先人を顕彰すべく」建立されたとの事。まさに、一将成って万骨枯るというのが庶民から見た歴史上では当たり前に近い定理なのだが、それと全く逆に自分の命をかけて自分の部下や地域部族を守った勇将がいたのだ。一将散って万骨生きるというまれにみる歴史上の美談ではないか。

今から1200年ほど前は、日本でも白人とインディアンの戦いのような事が行われた。そうして、負けた側は、正史の中では正当に扱われなくなってしまう。おそらく、原住民はプライドは高いが武力では文明の利器を振り回す侵略者には太刀打ちできずについに敗者になり、やがて長い歴史を経て勝者の集団に同化されてしまうのだろう。

「北天の雄 阿弖流為 母禮之碑」が清水寺の寺域に立っているのも、阿弖流為(主将)・母禮(副将)と対峙した敵将征夷大将軍坂上田村麻呂が寄進した寺という縁からとの事だ。大勢の観光客が清水寺を訪れるが、この記念碑をじっくり読むユトリのある人はそう多くはいないと思う。東北地方の古代史のなかにも、現代の東北人魂の基層を形成する何かがあるように感じた。阿弖流為・母禮と同じ様な運命を選んだ軍人に佐藤幸徳がいる。この人物も東北の男児だ。「体育の授業(http://af06.kazelog.jp/itoshikimono/2010/01/post-32a5.html)。(20010/1/7)」
Bopix_kiyomizudera_ateruimore_no_hi

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2013年6月19日 (水)

田舎老人徒然草(環境雑録):子育てに励むツバメのマンション

2013年6月19日(水)
昨日は終日曇り。最高気温(℃) 27.0 13:40。ざっそう句:初夏に咲く ザクロとネムと ミヤコワスレ。宅内閑居。来客。一昨日の件。打合せに従い資料修正。慣れないことなので気を使う。庭に咲く花も時計の針が回るように変化している。ジニアもポツポツ開花を始めた。畑が綺麗になったと思ったら雑菜が一斉に発芽している。サツマは活着したようだ。

2013年6月18日の天気(AMEDAS)

TAVE= 25.0 NO DATA
TMAX= 26.6 最高気温(℃) 27.0 13:40
TMIN= 23.1 最低気温(℃) 23.0 05:21
DIFF= 3.5  
WMAX= 1.8 最大瞬間風速(m/s)(風向(16方位)) 4.7(西北西) 14:10
SUNS= 0 NO DATA
RAIN= 0 NO DATA

Q
Q

田舎老人徒然草(環境雑録):子育てに励むツバメのマンション

某日、某所のトイレに飛び込んだ所、子育て中の親ツバメが飛び出してきてびっくりした。その奥の方を見ると、ツバメの巣があった。親ツバメは、巣から離れても人目を引くような位置に止まって、人の目を子ツバメから避けようとしているかのようであった。

幸い、誰もいなかったのでデジカメを出してジッとしてシャッターチャンスを待った。子ツバメは、我先にと頭を並べて大きな口を開いている。親ツバメは外に飛び出して、餌を運んでくる。それをズームアップで撮影したが、期待に反してピンボケであった。

最近、子育てに迷い悩んだ結果なのか、人間の赤ちゃんが悲惨な目に遭っている例が報道されている。ツバメのマンションがトイレの中にあるのも、そこが安全であるからだろう。まさか、人間がツバメの巣を襲うこともあるまいとツバメが信頼している証明でもある。人間の子育て環境を考えさせらてしまう。安心安全という言葉だけでは子育てはできない。
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2013年6月18日 (火)

日々農天気(半端道楽、環境雑録):ニンジンの花を観賞

2013年6月18日(火)
昨日は晴れ一時曇り。最高気温(℃) 31.9 13:36。ざっそう句:草むしり 何より欲しい 把握力。真夏日。ジニアとマリゴ区画の草むしり。昨年のこぼれだねも発芽している。雑草と花株を選別するため手作業となる。雑草も大小・種類が様々。マリゴの苗とアメセンの苗は葉に切り込みが入り紛らわしい。夕方タケノコ収穫。見上げるほど伸びているものもあり、半分手遅れ。カミキリムシ一匹発見・捕獲。大迷惑な昆虫がいよいよ活動を始めた。

2013年6月17日の天気(AMEDAS)

TAVE= 26.1 NO DATA
TMAX= 31.2 最高気温(℃) 31.9 13:36 
TMIN= 22.3 最低気温(℃) 22.2 05:05 
DIFF= 8.9  
WMAX= 4 最大瞬間風速(m/s)(風向(16方位)) 8.3(東南東) 14:36 
SUNS= 8 NO DATA
RAIN= 0 NO DATA

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日々農天気(半端道楽、環境雑録):ニンジンの花を観賞

昨年種を播いたニンジンを収穫したのは数本。もう少し大きくなるのを待っていたら抽薹して茎がグングン伸びてきて、収穫のチャンスを失った。それならばと、そのまま放任。畑に何か植えてあれば雑草を抑圧する。同じ物体が同時に同じ空間に存在することは許されない。これは古典物理学の原理でもあるようだ。春の開花時期にグングンと1m近く伸びられるのも根に蓄えた栄養成分のお陰だろう。

どこかに空いた空間があればそこに雑草が生えるのも自然の摂理。天上天下唯我独尊。これも個物として世界に存在するものにはあてはまりそうだ。ヒトは目先に存在する物を乗り越える事はできない。自分の外部に存在するものものと寄り添って生きる以外にない。

先日、ようやく畑のニンジンが白い花を開花させた。それをデジカメに収めた。細部を見たら蟻の姿が写っていた。蟻が受粉にどれほど貢献しているか分からないが、花と蝶はだれでも連想できるが、花と蟻は想像がしにくい。
Bopix_ninjinnohana_13060_2pix


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2013年6月17日 (月)

技術 回顧と展望:2002年のデジタル画像

2013年6月17日(月)
昨日は早朝まで雨後晴れ時々曇り。最高気温(℃) 29.4 15:37。ざっそう句:タケノコが 格闘挑み 二本取る。まとまった雨が降り灌水の心配がないので宅内閑居。雑草が勢いづくのが怖いが。夕方いとこ夫婦四人でお茶の代わりにスイカで雑談。五日前屋根の下にタケノコが出たが取り忘れ。屋根を破りそうになっていた。それをおみやげに渡す。

2013年6月16日の天気(AMEDAS)

TAVE= 24.1 NO DATA
TMAX= 28.8 最高気温(℃) 29.4 15:37 
TMIN= 20.8 最低気温(℃) 20.8 05:18 
DIFF= 8  
WMAX= 3.5 最大瞬間風速(m/s)(風向(16方位)) 6.9(東南東) 19:29 
SUNS= 5.3 NO DATA
RAIN= 12 NO DATA

Q
Q

技術 回顧と展望:2002年のデジタル画像

パソコンの中にDSC画像が残っていた。たまたまデジカメに使用開始期日を書いたメモ書きが撮影されていた。そのデジカメ発売当時の情報をWEB検索したら下記の記事があった。

ascii.jpは、「http://ascii.jp/elem/000/000/317/317999/http://ascii.jp/elem/000/000/317/317999/。(2000年10月31日 22時41分更新))」というタイトルで、「カシオ計算機(株)は31日、PC時代の電子文具“EZ-USB”シリーズの第2弾として、31万画素のデジタルカメラ『カシオ LV-10』を発表した。価格はオープンで、11月下旬に発売する。」と報じた。

その概要は以下の通り(上記サイトから引用):「(1)LV-10は、有効画素数が約30.7万画素の1/3インチCMOSイメージセンサーを搭載する。(2)レンズは固定焦点の6.2mm(35mm換算で42mm相当)で、F値は2.8。(3)最短撮影距離は約65cm。(4)4MBのフラッシュメモリーを内蔵し、640×480画素で約60枚、320×240画素で約120枚の撮影が可能。(5)ファインダーは光学式ファインダーのみ。(6)PCカメラとしての利用も可能で、640×480画素で毎秒15枚、320×240画素で毎秒30枚の出力が可能(ただしPCカメラ用ソフトは付属しない)。(7)画像記録フォーマットはJPEG準拠となっている。(8)インターフェースはUSBで、専用ミニ端子のため専用ケーブルが付属する。(9)対応OSは、Windows 98/2000。ソフトウェアは、画像転送ソフト『TWAIN Driver for LV-10』と『デジカメde!!同時プリントLite Standard for CASIO』が同梱される。(10)電源は単三アルカリ電池2本で、約900枚の連続撮影が可能。本体のサイズは幅94×奥行き34×高さ63mmで、重量は約120g(電池や付属品を含まず)。」

以上の記事から、今日のデジカメの基本形がほぼ完成しているように見える。それ以来、約10年間は、画素数の増大、記録容量の増大が主に進んだように見える。電源は、リチウムイオン電池が主流になり、小型軽量化も進んだようだ。ただ、カメラの性能はレンズや光学系が決めている要素も大きいので、割り切った設計も行われるようになってきているようでもある。

残っていた画像は、庭に咲いた花(絶えてしまった)とサツマのツルの植え付け風景。サツマのツルは、多分「JRT日本いも類研究会」経由で取り寄せたもので試験栽培だったと思う。当時は、ムラサキ芋等が珍しく、餅のなかに練り込んで、色つきの餅を作った記憶がある。

撮像デバイスの種類としては、CMOSイメージセンサー(http://ja.wikipedia.org/wiki/CMOS%E3%82%A4%E3%83%A1%E3%83%BC%E3%82%B8%E3%82%BB%E3%83%B3%E3%82%B5)やCCDイメージセンサ(http://ja.wikipedia.org/wiki/CCD%E3%82%A4%E3%83%A1%E3%83%BC%E3%82%B8%E3%82%BB%E3%83%B3%E3%82%B5)がある。

CCDイメージセンサも当初は、白黒しかなく、監視カメラ等に使われていただけであった。昔は、ムービーも撮像管。小型化が可能なのでムービーで固体化が進んだ。家電店でデジカメを眺めるが、まだ多くのメーカーが残っている。最後まで残るメーカーはカメラメーカーか家電メーカーか気になる。

ともかく、センサーは信号を取り込む入り口である。性能を追求すれば際限が無くなる。生き残りの戦略はあるのか。
Bopix_dsc_2002_satumaimo_etc_3pix

追記:上記の残っていた画像で「庭に咲いた花(絶えてしまった)」の名前を思い出せなかった。たまたま、青空文庫で萩原朔太郎の作品の中の言葉をキーワード検索を試みた。全文検索が出来れば良いがその方法が分からない。

青空文庫の階層構造を調べると、「http://www.aozora.gr.jp/cards/000067/」の下に作品があるようだ。従ってGoogleでサイト指定の検索で、「二子山附近 site:http://www.aozora.gr.jp/cards/000067/」で検索を試みた。KWの「二子山附近」とは、萩原朔太郎の詩を引用したデータの一つ。二件ヒットした。検索の発端は「二子山古墳」である。この検索方法は使えそうだ。

検索結果:
その1:「宿命 萩原朔太郎(http://www.aozora.gr.jp/cards/000067/files/1790.html)」。「――父の墓に詣でて――」と関連している。父の存在の重さを知る。

ここに、「をだまき」が出てくる。
萩原朔太郎の作品は著作権保護期間が終了しているので青空文庫より引用する。

「夜汽車

有明のうすらあかりは
硝子戸に指のあとつめたく
ほの白みゆく山の端は
みづがねのごとくにしめやかなれども
まだ旅びとのねむりさめやらねば
つかれたる電燈のためいきばかりこちたしや。
あまたるきにすのにほひも
そこはかとなきはまきたばこの烟さへ
夜汽車にてあれたる舌には侘しきを
いかばかり人妻は身にひきつめて嘆くらむ。
まだ山科(やましな)は過ぎずや
空氣まくらの口金(くちがね)をゆるめて
そつと息をぬいてみる女ごころ
ふと二人かなしさに身をすりよせ
しののめちかき汽車の窓より外(そと)をながむれば
ところもしらぬ山里に
さも白く咲きてゐたるをだまきの花。」

その2:「萩原朔太郎 純情小曲集 - 青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/cards/000067/files/1788_18740.html)」これから、行き着いた詩は、

「二子山附近

われの悔恨は酢えたり
さびしく蒲公英(たんぽぽ)の莖を噛まんや。
ひとり畝道をあるき
つかれて野中の丘に坐すれば
なにごとの眺望かゆいて消えざるなし。
たちまち遠景を汽車のはしりて
われの心境は動擾せり。」

萩原朔太郎は「二子山古墳」に登り、亡父と対話している。古墳は、古代における子孫から見れば、偉大な父の墓である。父よ、俺の過失を許してくれという叫びの背景が、二重に浮かび上がってくる。

「夜汽車」の中に出てくる「をだまきの花」から、多分そうだろうとGoogle画像検索「http://www.google.co.jp/webhp#site=webhp&source=hp&q=%E3%81%8A%E3%81%A0%E3%81%BE%E3%81%8D」を試みた。

WIKIPEDIA「オダマキ属。(http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%AA%E3%83%80%E3%83%9E%E3%82%AD%E5%B1%9E)」の西洋オダマキに似ている。

あのオダマキは多年草で何年か咲いていたが、なぜそこにあったのかいまだ不明である。


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2013年6月16日 (日)

田舎老人徒然草(環境雑録):田圃に生えるセイタカアワダチソウ

2013年6月16日(日)
昨日は夕方まで曇り後雨。最高気温(℃) 30.2 13:06。ざっそう句:世が世なら 新島襄も 無名武士。昨日は町内行事。心配された天気も何とかもって無事終了。辛うじて真夏日。湿度が高かったのか蒸した。数年前ある国定忠治研究家から頂いた資料を拾い読み。

2013615日の天気(AMEDAS

TAVE= 24.5 NO DATA
TMAX= 29.5 最高気温(℃) 30.2 13:06
TMIN= 21.6 最低気温(℃) 21.5 22:54
DIFF= 7.9  
WMAX= 3.8 最大瞬間風速(m/s)(風向(16方位)) 8.5(北西) 18:40
SUNS= 0.7 NO DATA
RAIN= 78.5 NO DATA

Q
Q

新島襄 - Wikipedia(へのリンク)」によると、「幼少時代[編集]:天保14年(1843年)、江戸の神田にあった上州安中藩江戸屋敷で、安中藩士・新島民治の子として生まれる。本名を七五三太(しめた)という。この名前は、祖父・弁治が女子が4人続いた後の初の男子誕生に喜び「しめた」と言った事から命名されたという説がある。後に敬幹(けいかん)と改名。 元服後、友人から貰い受けたアメリカの地図書から、アメリカの制度に触れ、憧れを持つようになる。その後、幕府の軍艦操練所で洋学を学ぶ。ある日、アメリカ人宣教師が訳した漢訳聖書に出くわし「福音が自由に教えられている国に行くこと」を決意し、備中松山藩の洋式船「快風丸」に乗船していたこともあり、当時は禁止されていた海外渡航を思い立つ[1]。(最終更新 2013年5月14日 (火) 04:00)」とある。今年が、新島襄生誕170年。

国定忠治 - Wikipedia(へのリンク)」によれば、「国定 忠治(くにさだ ちゅうじ、忠次とも、文化7年(1810年)(生年は没年からの逆算) - 嘉永3年12月21日(1851年1月22日))は、江戸時代後期の侠客である。「国定」は生地である上野国(上州)佐位郡国定村に由来し、本名は長岡忠次郎。後にも博徒となって上州から信州一帯で活動し、「盗区」として一帯を実質支配する。天保の大飢饉で農民を救済した侠客として脚色された。講談や映画、新国劇などの演劇の題材となる。(最終更新 2013年4月29日 (月) 14:24)」とある。国定忠治は今年生誕203年。

忠治生誕の33年後に新島襄が生まれたようだ。幕末の一世代の差の大きさを感じる。

昨日のGoogleDoodleは、「ゆう然として山を見る蛙かな」小林一茶 生誕 250 周年」。
この写真を見る。(この画像の中に英文字Googleはあるか?ひらがなのみか?)
Googleによる「ゆう然として山を見る蛙かな」の検索。
今日のGoogleDoodleは、「父の日2013」。




田舎老人徒然草(環境雑録):田圃に生えるセイタカアワダチソウ

先日、田圃と畦の刈払をした。小さな三角形をした田圃なので機械も入らないので休耕田になっている。畦にはチガヤが生えている。これはお盆に盆棚を作るときに使うので一部を刈り残している。昨年は雑菜の種をまいた。今年の刈払で雑菜が継続して生えれば良いがと思う。

雑菜の草丈は1m位になり雑草を抑圧する。秋に発芽して苗が越冬。春に花が咲き初夏に実を付けて枯れる。こういうパターンでは、夏の雑草を抑圧する景観植物があれば良いが。以前、コスモスも植えたが刈払いも手抜きしたいのがホンネだ。コスモスは大きくなると茎も頑丈になる。田圃なので水を入れたらと助言された事もあるが。

刈払する前に、多年草のセイタカアワダチソウやギシギシを引き抜いた。セイタカアワダチソウは地下の根が水平に伸びてそこから発芽する性質があるので、種子と根の両方で繁殖する。引き抜くだけでは完全に根を除去できない。

WIKIPEDIA「セイタカアワダチソウ。(http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%BB%E3%82%A4%E3%82%BF%E3%82%AB%E3%82%A2%E3%83%AF%E3%83%80%E3%83%81%E3%82%BD%E3%82%A6#.E6.97.A5.E6.9C.AC.E3.81.B8.E3.81.AE.E4.BE.B5.E5.85.A5.E7.B5.8C.E7.B7.AF)」によると「日本国内への移入は、明治時代末期に園芸目的で持ち込まれ[4][5][6]、「昭和の初めには既に帰化が知られている」との記述が牧野日本植物図鑑にある[7]。」とある。

引き抜く前のセイタカアワダチソウと以前近くで見たセイタカアワダチソウが群生している写真をまとめた。観察用に、田圃の中に数本セイタカアワダチソウを残してある。
Bopix_seitakaawadachisou_2pix


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2013年6月15日 (土)

読みかじりの記:BLOG「挑戦せよ!」の記事:「天空の仏教都市、高野山を訪ねる。」を読む。

2013年6月15日(土)
昨日は午前曇り午後時々晴れ。最高気温(℃) 31.5 15:27。ざっそう句:太白の 畝を起こして 玉の汗。朝方は定例の仕事。その後、乾燥イモ用のサツマ苗(太白)のツルを植える。数日水挿ししていたので軽く発根している。前作業で雑菜・雑草の除去と耕起。雲が切れて、所々空が見える程度の天気だったが真夏日。湿度が高く発汗も多い。意識的に水分補給。苗は珍しくワラで結束されていた。ワラなら圃場に放置しても腐るので環境的には良いだろう。

2013614日の天気(AMEDAS

TAVE= 24.9 NO DATA
TMAX= 30.1 最高気温(℃) 31.5 15:27
TMIN= 20.7 最低気温(℃) 20.6 02:54
DIFF= 9.4 NO DATA
WMAX= 3.9 最大瞬間風速(m/s)(風向(16方位)) 7.0(南東) 20:45
SUNS= 2.1 NO DATA
RAIN= 0 NO DATA

追記(2013/6/16):BLOG-EDで中段にエクセルの表を貼り付けて保存すると末尾に表示されている。エクセル、ワードのC&Pはサポート外か。相性が余り良くないようだ。表を削除するにはHTML編集しかないのか。とりあえず、末尾の表も残しておく。

Q
Q

読みかじりの記:BLOG「挑戦せよ!」の記事:「天空の仏教都市、高野山を訪ねる。」を読む

一人一人の人が、人生の軌跡を描き、人生のある期間ある人と軌跡が接近し、また遠ざかって行くことを振り返ると、人生の不思議さを感じる。「挑戦せよ!」のサイトの運営者とは、自分が若い頃挑戦をしかけてきた人物だ。

無論、それも何かの風の吹き回しと言うことだったようだが。要するに、別に氏名を指定してその仕事を投げかけてきたわけではない。多分、アメリカから、実績もつき合いもない会社の仕事を引き受けてくれと、開発部署に泣きついても、店晒しにされて終わりになる事が多かったと思われる。

たまたま、人事異動で民生用・テレビ用の集積回路の開発部署から、別のそれ以外の部署に異動した頃であった。当時の開発部門は、大きく分けて、音響、映像、産機という部門に分けられていた。産機とは、当時主流の音響、映像部門以外の第三の分野という位置づけであった。

その当時の振り返って、「会社生活断面記:「挑戦せよ!平強氏最新ブログ」を読む。若者よ世界に目を向けよ。(http://af06.kazelog.jp/itoshikimono/2011/09/02/)。(2011/9/2)」という記事を書いた。このBLOG著者は、技術者からベンチャー起業家に転じてベンチャーの育成を応援している。ベンチャーが成功するにも色々な人材が総合力を発揮しないと、まとまった成果が出るまで長続きしないようだ。

今回の記事「天空の仏教都市、高野山を訪ねる。(http://tsuyoshitaira.com/?p=704)。(13/06/07 金曜日1:14:10)」は、経験に富んだベンチャー起業家の視点から、仏教都市高野山と真言宗の開祖空海(弘法大使)を見直したように見えて、実に貴重な内容が溢れている。

WIKIPEDIA「真言宗。(https://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%9C%9F%E8%A8%80%E5%AE%97)」によれば、「真言宗(しんごんしゅう)は、空海(弘法大師)によって9世紀(平安時代)初頭に開かれた、日本の仏教の宗派。真言陀羅尼宗(しんごんだらにしゅう)、曼荼羅宗(まんだらしゅう)、秘密宗(ひみつしゅう)とも称する。空海が中国(唐時代)の長安に渡り、青龍寺で恵果から学んだ密教を基盤としている。」とある。

空海(弘法大使)と同時代の仏教界には天台宗の最澄(伝教大師)がいる。

WIKIPEDIA「天台宗。(http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%A4%A9%E5%8F%B0%E5%AE%97)」によれば、「天台宗(てんだいしゅう)は大乗仏教の宗派のひとつである。妙法蓮華経(法華経)を根本経典とする天台教学に基づく。天台教学は中国に発祥し、入唐した最澄(伝教大師)によって平安時代初期に日本に伝えられた。」。とある。

WIKIPEDIA「空海。(https://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%A9%BA%E6%B5%B7)」
WIKIPEDIA「最澄。(http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%9C%80%E6%BE%84)」

空海と最澄は同時代人として対比してみるとその性格や歴史の中の存在が際立って見えるようだ。当時は、仏教自体外国思想でそれを日本では完全に消化できていなかっただけに色々ダイナミックな動きをする可能性があったのではないか。

上記BLOG著者の視点は、当時の宗教指導者が、一般大衆から寄進という形で出資してもらい、大きな事業を遂行するという今日の起業家に通用するモデルを見ている点でユニークではないかと思う。勿論、昔も今も、寄進や出資に関しては何らかのGIVE&TEKEがあるのも事実だろうが、やはりお互い信じ合い・共感できる何かが無いとそれは不可能であろう。

最近の新聞を見ていると、職務発明の特許権は企業に属すというような決定を政府がしたと言う風な記事がでていた。企業というバーチャルな存在が発明をするという妄想を国家を担う指導者が抱いているようで、日本の将来が真っ暗になる思いがした。大小を問わず、発明をするのはあくまで個人の頭脳だけだ。その頭脳の産物から甘い汁を吸うアブラムシのような企業がいつまでも生き残るはずはない。企業は従業員にどんどん発明をしてもらい、従業員から優先的にその特許を使わせてもらうだけで十分ではないか。飼い殺しになっているような従業員が特許を生むはずはない。

ところで、宗教も特許もその革新性で、多くの人々の心を捕らえる。それがうまく回れば、色々波及効果が出てくる。苦しくとも、その先に希望や光が見えたり、成功の果実が約束されている限りにおいて、凡人は苦しみに耐え、努力をするのだろう。その成果を独り占めにしたら、後が続かない。上記BLOG著者の視点から空回りしないお金の使い方も見えてくるように感じた。

**********************************
以下はCEEK.JPでのKW「職務発明」の検索結果(2013年6月14日)。

検索結果
8 件の記事の 1 件目 ~ 8 件目 (重複1件は非表示です)
特許権「職務発明」を従業員から企業に 知財政策方... (電脳) 10日 08:43 ITmedia
政府が知財方針を閣議決定 特許権、企業に帰属を検討 (政治) 07日 19:49 産経新聞
「職務発明」の特許権を企業へ 知財政策の基... (地方・地域) 07日 12:36 北海道新聞
知財政策の基本方針を閣議決定 職務発明の訴訟リスク軽減 (経済) 07日 10:05 日本経済新聞
社員の発明、会社に特許権 知財戦略案に帰属先変更方針 (経済) 07日 05:37 朝日新聞
韓国 雇用創出目指す「創造経済実現計画」を発表 (中国・朝鮮) 05日 17:02 聯合ニュース
経産省・特許庁、職務発明制度見直し−作業1年前倒し (経済) 03日 05:45 日刊工業新聞
8 件の記事の 1 件目 ~ 8 件目 (重複1件は非表示です)
**********************************

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TAVE= 24.9 NO DATA
TMAX= 30.1 最高気温(℃) 31.5 15:27
TMIN= 20.7 最低気温(℃) 20.6 02:54
DIFF= 9.4 NO DATA
WMAX= 3.9 最大瞬間風速(m/s)(風向(16方位)) 7.0(南東) 20:45
SUNS= 2.1 NO DATA
RAIN= 0 NO DATA

2013年6月14日 (金)

日々農天気(縮伐カット&トライ):チャボヒバの縮伐2013

2013年6月14日(金)
昨日は昼曇り朝と夜雨。最高気温(℃) 24.5 15:30。ざっそう句:夏が来た どうにもならぬ 蚊とナイター。ジニア除草。キンシバイを三つに株分けして仮植。不要枝は挿木実験。下仁田ネギ選別中クラス苗を2~3本まとめて植え付け。蚊とナイター夏の風物詩?かもしれないが、とかく鬱陶しい。

2013613日の天気(AMEDAS

TAVE= 22.1 NO DATA
TMAX= 24.3 最高気温(℃) 24.5 15:30
TMIN= 20.9 最低気温(℃) 20.8 23:57
DIFF= 3.4 NO DATA
WMAX= 3 最大瞬間風速(m/s)(風向(16方位)) 5.5(南東) 19:51
SUNS= 0 NO DATA
RAIN= 7.5 NO DATA

Q
Q

日々農天気(縮伐カット&トライ):チャボヒバの縮伐2013

畑の脇に植えられたチャボヒバの縮伐をしている。縮伐とは一種のリストラ。枯死させずに小型化を図る。大型コンピュータもミニコン、ワークステーション、パソコンとスケールダウンが進んだ。植木を小型化するのは手間暇がかかる。枯れてもまた結構、生き残れば尚結構という気持ちで割り切る必要がある。

近所のおばさんは植木職人を頼むとウン十万位すぐとられると嘆く。それなら植木屋に根こそぎ切ってもらたっらと逆襲するが、グチを言えるのも贅沢のうちなのかも知れない。植木屋の首を切るような事はなかなか決断できない。我が家では、親の代でつきあいのあった植木屋が亡くなって以来、自前で手入れをしているが、親と言え他人が植えた植木を手入れするのは苦痛がともなう。

キャラボクも丸く刈り込んでいたがこれも縮伐中。背丈が低いので何とか縮伐はできたが、見応えのある手入れは断念。チャボヒバも同様な扱い。以前、畑から大きなチャボヒバを移植したが、根巻きをしなかったりで枯れてしまった。

以前、ある人に、taurusMO~ちゃんは一回り遅れだからナ~とからかわれた。どうも時代の波に乗りきれない百姓のおっちゃんを抜け出せなかったようだ。ともかく、taurusMO~ちゃんは当時、植木を作物や風よけ感覚で植えたようだ。植木栽培が盛んな安行を見学して、JAの植木部会に入り、植木を農作物にまで育てようとしたらしいが、植木にも流行がある。世の中は変わってしまった。畑に植えた植木苗も、売り切れるという見込みだったようだが、大きくなると業者も敬遠してしまう。畑で毎年大きくなるという計算はしなかったようだ。

縮伐中のチャボヒバの写真を並べて見たが余り変化は無い。が、毎年数㎝でも、その蓄積は大きくなる。樹木は頂部優勢という性質があり、また伸び始めるとグングン伸びるという性質もある。やはり樹木を植えるときは、高木か低木か植える時に十分検討して植えるべきなのだろう。大木は、大きくさせないと言うだけでも手間暇がかかる。この写真を見ていると、樹木が枯れずに我慢している間に自分の背丈まで縮めてやろうとする気持ちになる。
Bopix_cyabohiba_syukubatu_2013_5pix

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    刃物という視点で多くの事例が取り上げられている。刃のある道具の理解にも役立つ。類書が少なく貴重な一冊。「すべり変形が切断の原理」という考え方で説明している。
  • 沼田 真   : 植物たちの生( 1972年 岩波新書(青版 833))
    「ご要望にお応えしてアンコール復刊(1988年岩波新書50年記念復刊) 地球生態系の中で自然を見直す」(腰巻きのフレーズ)。植物の知恵と戦略に人類は勝てるのか。
  • 出町 誠: 14_NHK趣味の園芸:よく分かる栽培12ヶ月  カキ(NHK出版2007年)
    初心者向け柿栽培参考書(新版)。旧版と比較すると楽しい。
  • 中村三夫: 13_NHK趣味の園芸:作業12ヶ月  カキ(NHK出版1996年)
    初心者向け柿栽培参考書(旧版)。新版と比較すると楽しい。
  • 山科正平: 12_細胞を読む   電子顕微鏡で見る生命の姿
    細胞はどんな部品からできているのか。そんな疑問に答えてくれる一冊。何事も形を見るのが第一歩。μからÅオーダーの世界で、細胞をメスで解剖するように、電子顕微鏡というメスで解剖して見せてくれるので興味が尽きない。
  • 柳田充弘: 11_細胞から生命が見える
    著者の専門は分子生物学、細胞生物学。普段生物を考えても細胞レベルで止まってしまう。その細胞の中で色々な分子が働いている。細胞こそ生命の基礎だが、その細胞の中の動きを知るのに最適な一冊。疑問の発端はなぜ発根剤が効くのかということ。薬剤が細胞膜を通過して細胞内で分子と分子が作用するイメージができた。本書でできた細胞のイメージは小さな無数の穴が空いた水分が充満したヨーヨーのようなもの。そのヨーヨーの中に分子部品が詰まっている。細胞自体もタライの中のヨーヨーのように浮かんでいる。細胞図面の空白部は真空でなく水分だ。細胞の内外に水がないと細胞は生きられない。水が生命のゆりかごだ!
  • 野口悠紀雄: 10_ホームページにオフィスを作る(2001年 光文社)
    ITが輝いた時代の作品。HPの活用法は参考になる。参考:url=http://www.noguchi.co.jp/(野口悠紀雄 ONLINE)
  • 小池洋男 編著: 09_果樹の接ぎ木・さし木・とり木(農文協:2007/3/31第1刷)
    やや専門的であるが、実務専門化が分担執筆しており、その場で役に立つ一冊。
  • ノーバート・ウィーナー(鎮目恭夫訳): 08_サイバネティックスはいかにして生まれたか(みすず書房1956)
    情報と通信という現代社会に不可欠の基礎的な学問を作った著者の自伝とそれを通した科学史
  • 沼田 真(編): 07_雑草の科学(研成社1979)
    雑草を多面的に解説し防除の基礎も述べる

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    2010/8/4:MEMO等の表示に使える。 農作業で気になる自戒の言葉 ■畑の石ころはいつまで経ってもても石ころ(早く拾って片づけよという意味か)。 ■同じ石を二度拾うな(やってみると難しい)。 ■手ぶらで歩くな。 ■三つ先のことを読め。 ■適当な観察。 ■空を見よ(気分転換、休憩、天気を読む、腰曲がり防止)