2009年10月 9日 (金)

置き薬

2009/10/9

置き薬

富山の薬売りで有名である。いつごろから我が家で置き薬を使いだしたのか定かでない。常

備薬は買い取りで買っていたのではないかと思う。幼少時に大きな黒い風呂敷を背負った薬

売りが来たという思い出はある。正露丸、毒掃丸等が茶箪笥の隅にあった。使った分だけ支

払うという置き薬方式は意外に新しいのではないかと思う。一時、二つの業者が入っていた。

いつしか、一つの業者だけになっていたが、残りの業者ともついに縁が切れてしまった。年数

回、薬の入れ替えに来るが、ここ数年ほとんど使わなくなり申し訳なくなったのが実状であっ

た。薬箱は引き取れないというので空の薬箱が残っている。

2009年10月 8日 (木)

バリカン

2009/10/8

バリカン

頭髪を丸刈りにする道具であるが、自分では使った事がない。高校卒業までは母がバリカン

で髪を刈ってくれた。父の髪を刈っているのも見た。自分の髪はどうしていたのか。明治4年

の散髪脱刀令、明治6年の徴兵令で徴兵された兵士の髪が丸刈りにされた事が丸刈りの普

及につながったようだ。我が家の先祖も文明開化の風潮に乗って早速髷を落としたと叔父さ

んに聞いたことがある。その後の髪型が坊主であったのか、長髪であったのか聞き忘れた。

バリカンが普及し始めたのが明治の初期だったようだ。自宅にバリカンが無かった頃は床屋

に行っていたような記憶もある。振り返ると自宅でバリカンを買ったのは終戦後からしばらく

たってからだったようだ。大学以後は長髪で、理容店に通った。長髪にしてから、丹頂のチッ

クを使った記憶がある。発売年:1933年でまだあるらしいので、もうすぐ喜寿を迎えるロング

セラー商品であろう。発売メーカーが今日のマンダムとのことなので、チックの後にもお世話

になっていたようだ。

2009年10月 7日 (水)

火打ち石

2009/10/7

火打ち石

白濁色の石どうしを打ち付けて火を出して遊んだ事を覚えている。多分、火打ち石であったと

思うが火を起こせたという記憶はない。既に、戦後はマッチが普及していたので火起こしには

マッチを使ったと思う。木や桑の枝を燃やすためには焚き付けに杉の葉や枯葉を使用した。

薄い木片に硫黄を付けたつけ木というのはかまどに火を移すのに使った事がある。火打ち

石で火を起こすには火打ち金という鉄片が必要であるとネットを調べて知ったばかりである。

慣れると一分くらいで火が起こせるらしい。ところで、何故火打ち石と火打ち金という組み合

わせになるのか、その理由が分からない。どうも、石と鉄が衝突した衝撃で高温が生じて、鉄

片から遊離した高温灼熱の鉄粉が着花剤になるらしい。ともかく、火打ち石で火を起こす方

法も完全に忘れられたわけではなく、子供達の遊びの中に生き残っていた先人達の記憶で

あったようだ。現代の子供達は火打ち石についてどのような情報を持っているのであろうか。

2009年10月 6日 (火)

南方熊楠

2009/10/6

南方熊楠

みなかたくまぐす。知の巨人と言われている様だが、なかなか人(自分)を寄せ付けない。日

本の博物学者、生物学者(とくに菌類学)、民俗学者と解説されているが、学問の分野が一

般人が興味を持つ分野を大きく超越しているのも一因かもしれない。解説書を読んでもいつ

も消化不良に終わる。逸話の部分は拾い読みするが粘菌の研究等は皆目分からない。いつ

頃から興味を持ち始めたのかもはっきりしない。活動の場所が海外と日本の地方が中心で

日本の中央との関係が少なく、弟子も少ない、故にその業績も宣伝されないという事も知ら

れざる巨人でいる一因か。というより、南方熊楠を超える人物がいないので十分な評価もで

きないという事か。巨人であるがローカル的な存在で終わっている人物がいるという事は勿

体ないとも思う。

2009年10月 5日 (月)

ジュラシックパーク

2009/10/5

ジュラシックパーク

DNAの二重螺旋、バイオテクノロジーが一般に理解されるようになり、遺伝子操作による可

能性が色々な面に波紋を広げた。子供達が怪獣を好むのは今も昔も変わらないが、ジュラ

シックパークの時代に生きた子供達は、色々な面でジュラシックパークから何らかの影響を

受けているのではないかと思う。自分もSFの本は読まなかったが、映画やビデオは何度か

見た。CGによる迫力のある画像も時代を反映した。子供達にも見せたと思う。また子供は恐

竜のプラモデルも作った。子供達の興味は既に外に移っているが頭のどこかに少年時代の

記憶が残っている事であろう。ともかく遺伝子がプラモデルのようなDNAの部品から組み立

てられているという原理は今後も変わらない。今日の生物科学もこの原理の上に成立してお

り、ジュラシックパークの世界も単なるSFの世界では無くなるかもしれない。既に地上から絶

滅したマンモスを遺伝子工学でよみがえらせる試みも考えられているようである。一方宇宙

開発のルーツを辿るとツィオルコフスキーに出合う。ソ連の科学者、ロケット研究者で著作家

のツィオルコフスキーは日本では余り有名ではないが、ロッケットによる宇宙飛行を著作で描

いた。現実より思考が先行していた。世界初の人工衛星・スプートニク1号は、ツィオルコフス

キーの生誕100年を記念して1957年に打ち上げられたとの事である。日本の宇宙開発も世

界の大きな動きの中にある。かつてツィオルコフスキーか忘れたがロシア語の本を買ったが

めくった位でほとんど読まなかった。しかし、ツィオルコフスキーは忘れられない名前であっ

た。 http://spacesite.biz/ussrspace17.htm#topにツィオルコフスキーに関する記事があっ

た。やはり、時代に先行する忘れられた巨人がいるようだ。

2009年10月 4日 (日)

公害原論

2009/10/4

公害原論

経済の高度成長に伴いその歪みが各所に現れた。その未曾有の弊害が公害であったろう。

その公害問題を背景に、宇井純の『公害原論』(亜紀書房 )が出版されたのが1971年であっ

た。 公害と言えば、足尾銅山の鉱毒問題で田中正造が活躍した事を思い出す。原因物質

が、有機水銀であれ、銅であれ、窒素酸化物(NOx)等であれ、一度水中、空中という開かれ

た環境に排出されてしまうと、それをかき集める事が現実的には不可能になってしまう。いわ

ばエントロピー増大の法則に従い発生源から周辺へ有害物質が拡散を始める。被害が現れ

るのは、それらの有害物質が発症レベルまで蓄積されてからである。従って、問題が叫ばれ

るときには、相当な有害物質が排出されてからという事になる。このような状況で、公害発生

を完全に防止するのは困難であり、対策も完全な対策は無い。現在も微量な有害物質が蓄

積され続けていると思われる。それがいつ危険レベルまで達するかは定かでは無いが、人

間が作って排出された有害物質の総和から自然が分解した分を差し引いた量が環境中に蓄

積する。公害を発生させた経済活動にも有益な部分もある。しかし、そこから利益を得た人と

損害を受けた人の収支は大きくバランスを欠いているであろう。環境問題でゼロエミッション

という考え方がある。原材料は金を出しても、商売になれば買ってくる。それを最後に環境に

排出するのはタダであるというのが経済原則であった。ゼロエミッションどころかフルエミッシ

ョンであった。売れる物を売れるだけ作って売ってしまった方が勝ちだという原則である。環

境が、宇宙船のように有限で、際限の無い水や空気も宇宙船の飲料タンク、呼吸用の空気

タンクと同じになってしまった現在、使用する優先順をつける必要があるのは自明である。

2009年10月 3日 (土)

人生二毛作

2009/10/3

人生二毛作

はやしたかし医学博士という方が「人生二度結婚論」というのを唱えた記憶がかすかに残っ

ていた。自分が二十代の頃であり、背が高い、学歴が高い、給料が高い、いわゆる三高とい

う女性の理想とする結婚観が世間に流行っていた。これには適齢期の男女が惑わされたの

でないか。自分は果たして結婚できるのかと。結婚もその時代の風潮が支配する傾向があ

るのだろう。絶対的なものではない。それは現在も正しいだろう。三高の理想がかなった人

は最大でも33.3%であろう。理想は無い物ねだりで、現実が現実を支配したのが現実であっ

たろう。いま考えるとかの三高は物欲の象徴のようにも思われる。林髞博士の「人生二度結

婚論」とは人間の寿命と資産ギャップの問題を解決するもので合理性を備えていたようだ。

要するに勉強する時に金がない。金がたまった時に結婚する相手がいない。それなら、金が

たまった壮年以後の人と金が必要な壮年以前の人が結婚しそのギャップを解決すればよ

い。ここで金とは、教育であり、体験であり、知識であり、人生におけるあらゆる蓄積を示す

資産である。生死という観点からは初回の結婚の相手を見送ってから二回目の結婚に臨む

という事になるのか。人間形成と資産形成という人生の前半と後半の二つの位相によって生

じる問題を二回の結婚で解決する。資産の承継もスムースに出来る。老後をあてにならない

年金制度に託したり、老老介護の苦労を味わうより確かに合理的ではある。林髞博士は条

件反射学説で有名なパブロフの元で研究した生理学者でもある。また、自分の姓名を分解し

て作った筆名木々高太郎で活躍した推理作家でもあった。これは調べて知ったばかりであ

る。ともかく、結婚という社会現象が時々刻々変化している中で提唱された説ではあるが、人

間の寿命が推定理論値の120才代に近づきつつあるので、意外にも1~2世紀後には当たり

前になっているかもしれない。むしろ、今日の晩婚化、非婚化はその先駆けかも知れない。

そのためには、個人も社会もマインドコントロールから脱却する必要がある。ともかく○○説

も○○論も現実と理想のギャップが無いと出てこない。それを唱えるにはさらにそれ相当の

ユトリが無ければ出てこないだろう。人生二毛作も同じようかもしれない。

2009年10月 1日 (木)

アメリカセンダングサ

2009/10/1

アメリカセンダングサ

秋に黄色の花を付ける。利害を離れて見れば風情があると感じるかもしれない。草勢が強

く、気根ができる。倒れれば叉も根を出し更に草勢が強くなり、一度、引き抜いても、ゾンビの

ように生き返ってしまうことが多く厄介な害草である。少年時代にも焼き饅頭のフォークのよう

な実が衣服や網に着いて閉口したのを覚えている。アメリカから入った外来植物で、アメリカ

シロヒトリという毛虫と同様、いやがられる動植物では両横綱級ではないだろうか。地域の植

物学者の本によると、終戦後の数年間にかなり急速に棲息範囲を広げたようだ。草丈も1~

2m位になり在来種を圧倒する上、種子も人間等に付着して拡散するので、拡大する条件が

整っていたのであろう。この種子が仕事に使う軍手に付着すると処置に困る。いやいやなが

ら一つ一つ取り除くのであるが、この非生産的な仕事でアメリカセンダングサの種まきを手伝

っていると考えるとますます腹が立ってくる。学名はDevil's Beggarticks (Bidens

frondosa) 。Beggar=物乞{もの ご}い、乞食、物もらい、貧乏人。tick =《動物》ダニ。悪魔

の乞食ダニというような意味か。どこまでもしつこくつきまとってくるくせ者。外国でも凄い嫌わ

れ者であるようだ。しかし、何事も前向きに考えよう。この世に無用な物があるのか。無用の

用という考えもある。アメセンが育てば酸素が出てくる。アメセンが育つ場所には花や野菜も

育つ。育てないのは人間の方だ。Boys Be Ambitious! 少年が大志を抱く時代は終わった

のか。然からば、少年よアメセンの如くしたたかに生きよ。Boys Sall Live Strongly Like

Devil's Beggarticks !

2009年9月30日 (水)

半導体の教科書

2009/9/30

半導体の教科書

大学で電磁気学を講義された教授の自著である。やや専門的なトランジスタについての知識

ははこの本で学んだと思う。一種の入門書であるが、自著を講義のテキストに使える先生は

多くはなかった。トランジスタ専門書としてはショックレーの 「Electrons and holes in

semiconductors, with applications to transistor electronics」がこの分野のバイブルといえる

だろう。訳本を手に入れてあるが、未だに積ん読くである。教授は当時としては色々な分野で

活躍をされており、講義より脱線の方を楽しんだ。トランジスタの講義はすれすれでパスさせ

て頂いた。これで人生の大半飯を食わせて頂いたのも不思議な縁ではある。そのなかで、自

分の父親は内村鑑三門下のクリスチャンであったと話された。マルクス云々という話しも聞い

て、父子の関係に興味を持った。宗教と理工系は関係が薄いと感じたが、教授がなぜ理工

の道に進まれたかの話はなかったように思う。自分の信じる道を歩んだのだろうか。同じ時

代を生きている身近な人にはそのバトンタッチの様子は極当たり前で、改めて言う必要がな

いかもしれないし、常々言っているので言う必要もないかもしれない。最近、世襲の問題に関

心が集まっているが、頭から世襲を否定する理由もないだろう。生物がDNAという形で自分

が辿ってきた筋道を次世代に伝えている事にはそれ相当の理由があるだろう。人間も家族と

いう枠組みで世代を超えて色々なものを伝えている。物や権利等は数世代で変質してしまう

だろう。やはり、伝えられれるべきは生き方、仕事の仕方、いわば家訓のようなソフトの部類

になるのではないか。

2009年9月29日 (火)

折伏教典

2009/9/29

折伏教典

大学の頃だったろうか、かつての友人が我が家を訪れた。どうも宗教がらみであったようだ。

折伏教典という本を示されたと記憶している。大学に入り、受験勉強から解放されて、ふと来

し方行く末を思うとなにがしかの不安を覚える。大学のキャンパスは学問だけではなく、会社

や宗教等の関係者が暗躍する場所でもあったようだ。当然、前衛的な学生団体も活動してい

た。こちらは、ビラとスピーカーの大音声で一般学生を折伏しようとした。自分は宗教活動に

も学生運動にも共感は出来たが積極的に係わる気持ちがしなかった。親父が汗水流して稼

いでくれた金と奨学金だけでこの四年間の学生時代を送らねばならないと考えると当時のノ

ンポリが自然の選択であった。今自分がやるべき事があるのである。自分の理想としては大

学とは講義や実験も普通の人間に無料で開放される事である。皆さん自由に入って下さい。

暴力と喧噪はお断りです。大学は健全な知的バトルの場です。自由に論争・研究・学問をし

て下さい云々。しかし、現実の大学は象牙に塔にもなれず、算盤の上に乗っているような危う

い存在だ。今日も学園紛争時代と同様に大学が活力と目的を失いかけているようにも思わ

れる。青年層の人口が減る。大卒のレッテルもかつて程の効能が薄れた。学ぶ事への疑

問。それなら信じてしまえ。しかし、学ぶことの第一歩は疑うことから始まる。信じる事に迷う

事はあった。キリスト教では無教会派の矢内原忠雄、南原繁に興味を抱いた事もあった。し

かし、宗教と信仰は別物であろう。まだ結論が出ていない。施設、組織、規律という外的な見

える要因が宗教にはつきまとうがそういうものは誰にでも見えるが、誰にも見えないか、極少

ない人にしか見えないものもある。そう言う、どうでもよさそうな事も一人の人間にとっては無

上のものかもしれない。そのような人の心を思うこともなく、これが最高の真理だと押し売りさ

れるのはうんざりである。当時、その団体の選挙運動が自転車とメガホンであったのを思い

出した。それと同じ様な運動を昨今の大政党がやっている。小さいことは良いことだ。原点に

返ることはもっと良いことなのかもしれない。

2009年9月28日 (月)

生命の起源

2009/9/28

生命の起源

これは永遠の謎かもしれない。しかし、人間の頭脳がそういう回答が得られないかもしれない

問題を発見してしまったのだ。自分の親、祖父母、曾祖父母と一つ一つ歴史を遡ると家系が

見えてくる。その先に氏族、民族、人類、原人云々。種の起源も生命の起源の一里塚であっ

た。その先に、動物や植物の起源。細胞やウイルスの起源。最終段階になると生命と物質

の境界が曖昧になる。さらにつきつめると、物質自体にも歴史がある。単純な構造から複雑

な構造に時間的に不可逆的な変化が起こった。結局、生命とは不可逆な物質の変化の集積

としてとらえられることになる。生命の起源で思い出すのがオパーリン。オパーリンが生命の

起源に関して著作を始めたのが1920年代。1957年に『地球上の生命の起源』、1966年に

『生命の起源-生命の生成と初期の発展』を出版。コアセルベートという細胞に似た物質に

興味を覚えた。オパーリンは弁証法的唯物論の信奉者であったとのことであるが、オパーリ

ンの生命の起源も壮大な仮説であったようだ。論理学も究極的には頭脳の正しい使い方を

研究する学問に過ぎない。日本人は生命を論じると理より情に傾きやすいようだ。能動、受

動と二分したとき理は能動、情は受動の要素が多いだろう。残念だが、思考の武器を研かな

かったのが日本人の欠点であり、教育の欠点でもあったのかもしれない。ミラーが原始大気

の中で放電を行い生命の構成要素となる有機物の合成実験を初めて行ったのが1953年の

ことであったとか。人工的に生命を作ろうとする努力の始まりでもあった。生命現象は地球上

だけにあるのではないらしい。逆に宇宙には色々な生命現象の可能性が有りそうだ。仮説を

世に問うのは勇気が要るかもしれない。しかし、仮説は実験の足場を与える。足場が崩れた

らやりなおせば良い。ともかく、自分が生きた時代に生命の理解が大きく進んだ。細かいこと

が分かると更に謎も深まる。その謎解きが人間の興味を引きつける原点だ。

2009年9月27日 (日)

バルクハウゼン

20009/9/27

バルクハウゼン

自分が電気工学を学んだ時代が丁度、強電から弱電の分野が発展する時であった。電子工

学が新しい分野として大学でも教えられるようになった。しかし、真空管を中心にした技術は

最盛期から衰退期に向かっていた。そんな中で思い出したのがバルクハウゼンという人名。

真空管の授業か真空管の本で出合った名前だったと思う。いかにもドイツ人らしい名前なの

で記憶に残っていたのかもしれない。関連図書は探せばどこかにあるかもしれない。Google

で二つのキーワードで検索してみた。バルクハウゼン 真空管 に一致する日本語のページ

95 件中 1 - 95 件目 (0.25 秒) 。BARKHAUSEN VACUUM TUBU の検索結果 約 5,300

件中 1 - 20 件目 (0.08 秒) 。日本語では、たったの95件がヒットしたのみである。もう、完全

に過去の歴史になっているようである。しかし、超高周波電波の発振、レーダー技術(電波兵

器)という関連で日本の電波技術とも関連があった事を新たに知った。近代戦の主力が大艦

巨砲の軍備より機動性の良い航空機に移った。そこで敵機を早期に発見するにはレーダー

技術が不可欠である。これは今日でも全く同じ状況であろう。飛行機が飛翔体といわれるミ

サイルや衛星にまで拡大されているのが実状だろう。日本の軍事研究は敗戦が明らかにな

った時点で破棄されたり、それに従事した研究者も詳細を公表していないと思われる。大き

な時代の流れの中でぽっかりと歴史の空白が出来ているのかもしれない。これは、今日の企

業研究でも同じような事がいえるのかもしれない。何かの機会にぽつりぽつりと化石のように

現れてくるかもしれない。科学も事件も研究、そうして極論すれば何事も、その現場や当事者

の体験、証言等は知る機会は極一部に限られる。過去に向かってアンテナを広げるようだ

が、それを探して拾い上げる以外の方法がない。

2009年9月26日 (土)

ハードルの高さ

2009/9/26

ハードルの高さ

大学時代から、科学史や技術史に関心を持った。科学や技術の領域でもある出来事、発

明・発見等が為される場合、その時代の必然性があるように感じる。電子技術も、真空管や

トランジスタの発明も、それに先行する真空中の現象、固体中の現象を解明する科学や技

術が基礎となっている。当然、そのような現象を合理的に説明するには仮説を立てることが

有効な手段となる。大学では余り人気があったようではなかったが、一般教養で科学史の講

義を受けたように思う。その中で仮説という概念に触れたのではないかと思う。ある人から、

その人の友人が、ある作物を誰もが予想しない冬に栽培して、営業的にも成功したという話

を聞いた事があった。しかし、テレビに出演してその種を明かしてしまった。そうしたら、直ぐ

にライバルが多数出現して、翌年には過当競争に陥ってしまった。頭がイイのと商売は別だ

よという落ちが付いていた。確かに、だれもやらなかった事をやるためには仮説をたて、実験

をして、実用化の筋道を立てたのだろうと思う。本当に新規で実用性が大きな発明は特許や

実用新案で発明者の権利を守る事ができる。種苗についても特許と同じ様な制度がある。そ

のような制度に該当しないノウハウもある。ともかく、自分の努力を無駄にしないためにはそ

れを自分で守らなければならない。低いハードルでも、それを何段にも重ねる事により、簡単

に乗り越えられない高いハードルにする事が出来る。老舗が生き残っているのは、ハードとソ

フトの技術の積み重ねという財産に守られているからであろう。技術としては本質的ではな

く、本にすると抜け落ちるような小さなノウハウがいたる所にある。従って、本を読んだだけで

うまく行く場合は少ない。何事も本当に成功するためには試行錯誤して身につけたノウハウ

が必要なようだ。

2009年9月25日 (金)

作業仮説

2009/9/25

作業仮説

何か根拠がはっきりしない状態で仕事をせざるを得ない場合がある。漫然としていると同じ

失敗を何度も繰り返す事になる。科学の領域でもある不確かな現象や問題を解明、解決す

るために仮説をたてる。実験によりそれが仮説通りであると検証されれば正しい知識・真理

となる。ともかく仮説というのも一種の知的な道具である。科学の領域で有効な道具なので、

それ以外の分野でも有効であろう。なにかにチャレンジする場合、色々な方法が考えられ

る。しかし、どのような方法があるのか分からない。その方法を探すのに手当たり次第、虱潰

しという方法もある。しかし、それでは効率が悪い。そのような場合、何かの仮説を立てる。も

し、その仮説が実験で誤っている分かれば、別の仮説を作る。そのような多くの仮説と実験

を詳細に検討すると獲物がどの辺にいるかが掴めてくる。ともかく、そこに到る方法がはっき

りしない場合は誰でもなんらかの仮説を立てて行動しているだろう。かくれんぼで誰が何処に

隠れているかを探すのも同じ様な場合だろう。重要なのは自分が仮説を立てて行動している

と十分意識して行動することである。そうすることにより、より効率的な仮説を立てる能力が

向上するのではないか。当然ながら、○○を実現する方法は無いという怠惰な仮説は弁明

にすぎない。○○を実現する方法は必ずあるという仮説はチャレンジするに値するだろう。最

近、「悪魔の証明」という言葉に遭遇した。○○があると証明するのは○○の内容によるが

一般に難しい問題であるらしい。難しければ難しいほど人間の挑戦を誘うのも事実だ。○○

はかならず有る筈だと○○を探し続けている人が多くいるだろう。ともかく、小さな事でも自分

が予想した通りになると大変うれしい。

2009年9月24日 (木)

酸性・アルカリ性食品

2009/9/24

酸性・アルカリ性食品

一時期、酸性・アルカリ性食品という分類が流行っていた事があった。最近、このような分類

がもてはやされていないので気になっていた。調べてみるとこういう二分法は医学的なデータ

が乏しく一種の仮説に過ぎなかったようだ。世の中にはこういう例は非常に多いように思う。

なかなか人体で、確証できるまで実験をする事が難しい。従って疫学的な研究法等の統計的

な方法に頼らざるを得ない。しかし、統計現象は一つの現れた結果の傾向を表すがその原

因を表していない。同じ原因であっても結果が違えば、かならず反例がある事になる。喫煙

が健康に良いか悪いか等も突き詰めるともやもやしたものを感じる。医者だけれど喫煙して

いるが元気だという反例が必ず出てくる。自然は、完全に白黒と言い切れない現象が多いの

ではないか。同じ現象でも白く見える場合もあり、黒く見える場合もある。当然灰色に見える

場合もある。どれを取るかを価値観とすると価値観の幅がかなり大きいのが何を食べるかと

いう問題だろう。完全に白、完全に黒だけを選べれば勝ち負けで差が出るのだろうか。白と

いわれる物だけを選んでいても、それが科学的に黒だと分かると非常なリスクをおかしてい

たという事になりかねない。結局、凡人は両極端の中間を選ぶのが無難という事になるよう

だ。何をたべたら良いか悩むのは贅沢な悩みかも知れない。特に健康、ダイエット等のテー

マとなると諸説紛々で声が大きい方が勝つという実状ではある。俺はその手には乗らないと

いう覚悟で地道に実践する以外にない。一番確実な食べ物は人類が長い歴史の中で食べ

続けてきた自然の中でとれた食物であるに違いない。食べ方は、自分の食べ方の信念を一

生の間実践して、成功した人に学ぶ以外にない。長い期間には、価値観自体が変わってしま

うのだから目先だけの説には信頼が置けないと言うべきであろう。

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    University of Wisconsin-Madison Chemistry Professor Bassam Z. Shakhashiri のサイト

みかん栽培関係情報

公開資料

ISESAKI  有情1

嗚呼 伊勢崎 非情

BOOKS

  • 橋本 英文: 刃物雑学事典 図解・刃物のすべて(1986年 株式会社 講談社 ブルーバックス B-659)
    刃物という視点で多くの事例が取り上げられている。刃のある道具の理解にも役立つ。類書が少なく貴重な一冊。「すべり変形が切断の原理」という考え方で説明している。
  • 沼田 真   : 植物たちの生( 1972年 岩波新書(青版 833))
    「ご要望にお応えしてアンコール復刊(1988年岩波新書50年記念復刊) 地球生態系の中で自然を見直す」(腰巻きのフレーズ)。植物の知恵と戦略に人類は勝てるのか。
  • 出町 誠: 14_NHK趣味の園芸:よく分かる栽培12ヶ月  カキ(NHK出版2007年)
    初心者向け柿栽培参考書(新版)。旧版と比較すると楽しい。
  • 中村三夫: 13_NHK趣味の園芸:作業12ヶ月  カキ(NHK出版1996年)
    初心者向け柿栽培参考書(旧版)。新版と比較すると楽しい。
  • 山科正平: 12_細胞を読む   電子顕微鏡で見る生命の姿
    細胞はどんな部品からできているのか。そんな疑問に答えてくれる一冊。何事も形を見るのが第一歩。μからÅオーダーの世界で、細胞をメスで解剖するように、電子顕微鏡というメスで解剖して見せてくれるので興味が尽きない。
  • 柳田充弘: 11_細胞から生命が見える
    著者の専門は分子生物学、細胞生物学。普段生物を考えても細胞レベルで止まってしまう。その細胞の中で色々な分子が働いている。細胞こそ生命の基礎だが、その細胞の中の動きを知るのに最適な一冊。疑問の発端はなぜ発根剤が効くのかということ。薬剤が細胞膜を通過して細胞内で分子と分子が作用するイメージができた。本書でできた細胞のイメージは小さな無数の穴が空いた水分が充満したヨーヨーのようなもの。そのヨーヨーの中に分子部品が詰まっている。細胞自体もタライの中のヨーヨーのように浮かんでいる。細胞図面の空白部は真空でなく水分だ。細胞の内外に水がないと細胞は生きられない。水が生命のゆりかごだ!
  • 野口悠紀雄: 10_ホームページにオフィスを作る(2001年 光文社)
    ITが輝いた時代の作品。HPの活用法は参考になる。参考:url=http://www.noguchi.co.jp/(野口悠紀雄 ONLINE)
  • 小池洋男 編著: 09_果樹の接ぎ木・さし木・とり木(農文協:2007/3/31第1刷)
    やや専門的であるが、実務専門化が分担執筆しており、その場で役に立つ一冊。
  • ノーバート・ウィーナー(鎮目恭夫訳): 08_サイバネティックスはいかにして生まれたか(みすず書房1956)
    情報と通信という現代社会に不可欠の基礎的な学問を作った著者の自伝とそれを通した科学史
  • 沼田 真(編): 07_雑草の科学(研成社1979)
    雑草を多面的に解説し防除の基礎も述べる

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MEMO 海外の博物館・美術館

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  • 項目のタイトル2
    POST IT :ブログ画面への張り紙に使える。
  • TYPE LIST事始め
    2010/8/4:MEMO等の表示に使える。 農作業で気になる自戒の言葉 ■畑の石ころはいつまで経ってもても石ころ(早く拾って片づけよという意味か)。 ■同じ石を二度拾うな(やってみると難しい)。 ■手ぶらで歩くな。 ■三つ先のことを読め。 ■適当な観察。 ■空を見よ(気分転換、休憩、天気を読む、腰曲がり防止)