2009年10月15日 (木)

松下幸之助

2009/10/15

松下幸之助

松下電器産業株式会社は2008年10月1日をもって社名を『パナソニック株式会社(英称

Panasonic Corporation)』に変更した。これで、創業家の松下が社名から外れた。松下幸之

助の創業が1917年(大正6年)6月 であり、最初の事業が電球用ソケットの製造販売であっ

た。振り返ると、家電の基礎の一つがが照明、電灯にあるようである。最近、家電量販店に

行ってみると、照明関係の商品はパナソニックが独占の状況であった。社名から松下が消え

るまで約90年間、見方を変えれば松下幸之助の思想が直接的に生きてきた期間であろう。

戦前に一時、軍事産業に参入したようだが、松下幸之助は一貫して商人に徹してきたように

思われる。色々な書物で紹介されたりしたので、松下幸之助の逸話や業績は広く知られてい

ると思う。ユニークなのは松下政経塾であり、塾の卒業生も最近では各界で活躍しているの

を見る。また、松下幸之助の経営理念に水道哲学と呼ばれるものがあり、生活の基礎となる

物資を水道の水の如く安価に豊富に供給するのが産業人の使命であるとするものであっ

た。大量生産・大量消費は二十世紀文明の特長であったのは事実である。このため価格の

低下も進んだが、体力のない生産企業は淘汰され、数社から十数社の巨大メーカーのみが

生き残る結果になったのも事実である。人生の大半を家電業界に置くとなかなか客観的に物

事を見る事ができない。会社が大きくなると事業全体を見渡すことさえ難しくなる。松下電器

産業がコンピュータ事業に本格参入しなかった事も記憶に残る。かつての主要コンピュータメ

ーカーの現在の姿を見るとそれが正解であったとも考えられる。最終的な経営判断は経営

哲学に影響を受けるのは当然なのであろう。

2009年10月13日 (火)

ジラード事件

2009/10/13

ジラード事件

1957年(昭和32年)、当時の相馬が原米軍演習地で、薬莢を拾いに入った主婦が米兵に射

殺された事件である。米兵が引き起こした事件は色々あるが、この事件は自分の県内で起

こったので衝撃を受けた。このような問題の原因をたどれば、戦争、敗戦、米軍の駐留という

連鎖の中で起こったのであろう。当時のニュース映画をネットで見ると、薬莢を拾うにも競争

があり、たこつぼを掘り、まだ熱い内に手袋をはめて競って拾うような状況であったという。こ

の事件が起きてから、上空に大型の軍用ヘリコプターが頻繁に飛び交うようになったのに気

付いた。それまでは、相馬が原に米軍演習地があることなどほとんど気になっていなかった。

事件が起きてから事の本質を理解するようになったのだ。現在もヘリコプターが上空を飛ぶ

とつい空を見上げるが、航路が曲がる小型なら報道用かと思ったりするが、大型ヘリが一直

線に飛行するのを見るとふと当時の大型ヘリの事を思い出すのである。

2009年10月12日 (月)

核シェルター。20091012。

2009/10/12

核シェルター

キューバ危機はソ連が核ミサイルをキューバに配備する問題で生じ、1962年10月15日から

13日間続いた、米ソ間の冷戦に起因する最大の核戦争の危機であった。ケネディ大統領の

演説を朝日ソノラマで聞いた記憶がある。1960年8月アメリカのアイゼンハワー大統領がキ

ューバへの経済封鎖を行い、翌1961年4月にはジョン・F・ケネディ大統領がキューバ侵攻作

戦を認可した。5月1日にカストロはキューバ革命の社会主義革命化を宣言した。今年はチ

ェ・ゲバラの映画を見て、改めて当時の記憶を思い出した。この冷戦のさなかに、キューバで

チェ・ゲバラがカストロと働いていた事はほとんど知らなかった。チェ・ゲバラを知るようになっ

たのはチェ・ゲバラが死亡し、その果たせぬ夢が世界に知られるようになってからであった。

冷戦構造はキューバ危機以来相当の期間続いた。万一、核戦争になった場合の生き残りの

ために、核シェルターが日本でも売り出されたのを覚えている。ひょっとすると、日本でも核シ

ェルターを作った民間人がいるのではないかと思う。それほど、核戦争が現実性のある危機

となっていた。残念ながら核シェルターは庶民の手が届くものでは無かったし、放射能を含む

死の灰はいくら核シェルターと言えども防ぎようがなかったであろう。その後、世界は冷戦の

雪解けに向かったが、核保有国は着実に増加した。核拡散防止の国際世論が世界の核保

有国を中心に広がった。しかし、核拡散防止だけでは、列強の核支配の現実は変わらない。

米国のオバマ大統領へのノーベル平和賞授与が決まったという。賛否両論があるようで、複

雑な心境になる人もいると思う。ノーベル賞が戦争と平和の諸刃の刃となるダイナマイトに基

礎を置いていることを考えると、民間の平和運動、核兵器廃絶、核技術の平和利用という方

面を重視すべきであったとも思われる。

************************
追記(20223/05/29):タイトルの後に投稿期日を追加。核戦争の危機を感じた頃、核シェルターになる地下室を作ろうかと考えた事がある。東日本大震災・東北三大災害で放射線問題が現実になり核シェルターは現実的で無いと実感した。核物質が飛散すれば全ての生活が破壊されてしまう。

2009年10月11日 (日)

洞窟観音

2009/10/11

洞窟観音

遠方に住む高校時代の友人とドライブに出かけた時に偶然立ち寄った記憶がある。既に一

昔も二昔も前の事である。洞窟観音は、実業家山田徳蔵氏が私財を投じて大正8年着工、

昭和39年に完成させたものであるという。30才余に建設を発願し、亡くなるまで50年掛けて

掘ったとの事である。拝観したときはこんな事情は知る由もなかった。しかし、薄暗い洞窟内

に並ぶ観音像を観ると不思議な感覚にとらわれた。何か母親の母胎の中に還った感じでも

あった。観音様の功徳というのであろうか。洞窟の薄暗いという不安と恐れの中に、それを克

服させる不思議な元気を与えた。洞窟という頑強なシェルターが生身の人間を守ってくれると

言う安心感も生まれるためか。観音信仰は日本人の最もポピュラーな信仰心の現れなのか

もしれない。知りたい事は、はなぜ洞窟を掘ってそこに観音像を安置しようとしたのか、発願

の真の動機・理由である。仏教はシルクロードを経て日本にもたらされた。シルクロードには

多数の洞窟に石仏が掘られているとの事だ。シルクロードの洞窟の石仏に思いを馳せて作

ったのか。伊勢崎の探検家である矢島 保治郎は明治の末にチベットへの探検旅行を決行し

た。一度、帰国してまた直ぐにチベット入りを果たした。最後にチベットから日本に帰国したの

が1918年(大正7年)10月であるという。当時の事は良く分からないが、三十代の山田徳蔵

氏が矢島 保治郎のニュースを耳にして世界に夢を馳せた可能性も無くはないであろう。

2009年10月10日 (土)

迷信

2009/10/10

迷信

幼少の頃乳歯が抜けたとき、屋根に向けて投げた記憶がある。調べてみたら、永久歯が順

調に伸びることを願って下側の歯は屋根に、上側の歯は縁の下に投げるらしい。乳歯が最

初に抜け始めるのが6才頃との事で、6才以降の記憶であろう。当時の家は縁側にもすき間

があったので、そこに抜けた歯を入れたかもしれない。こういう風習は迷信と思っていたが、

理由を調べると合理的な意味もあるようだ。今日では歯科医に行くのは子供でも当たり前で

あるが、終戦後は子供が歯科医に行くのは虫歯が痛む時くらいだったかも知れない。歯列の

矯正等は夢のような治療であったと思う。そう言う点で、自分の歯列も無修正のままだ。笑う

と歯列の乱れが見える。これも個性の一つか。思うに、理想な姿を追求すると、スーパーの

野菜のような無個性の物が跋扈するようになりかねない。マイケルジャクソンは以前から見

ると大変身したと聞いた。全く無関心の分野で何のことか分からなかった。説明を聞いて納

得した。変身願望も人間に備わった基本的な願望であるようだ。凡人は程々が良いようだ。

2009年10月 9日 (金)

置き薬

2009/10/9

置き薬

富山の薬売りで有名である。いつごろから我が家で置き薬を使いだしたのか定かでない。常

備薬は買い取りで買っていたのではないかと思う。幼少時に大きな黒い風呂敷を背負った薬

売りが来たという思い出はある。正露丸、毒掃丸等が茶箪笥の隅にあった。使った分だけ支

払うという置き薬方式は意外に新しいのではないかと思う。一時、二つの業者が入っていた。

いつしか、一つの業者だけになっていたが、残りの業者ともついに縁が切れてしまった。年数

回、薬の入れ替えに来るが、ここ数年ほとんど使わなくなり申し訳なくなったのが実状であっ

た。薬箱は引き取れないというので空の薬箱が残っている。

2009年10月 8日 (木)

バリカン

2009/10/8

バリカン

頭髪を丸刈りにする道具であるが、自分では使った事がない。高校卒業までは母がバリカン

で髪を刈ってくれた。父の髪を刈っているのも見た。自分の髪はどうしていたのか。明治4年

の散髪脱刀令、明治6年の徴兵令で徴兵された兵士の髪が丸刈りにされた事が丸刈りの普

及につながったようだ。我が家の先祖も文明開化の風潮に乗って早速髷を落としたと叔父さ

んに聞いたことがある。その後の髪型が坊主であったのか、長髪であったのか聞き忘れた。

バリカンが普及し始めたのが明治の初期だったようだ。自宅にバリカンが無かった頃は床屋

に行っていたような記憶もある。振り返ると自宅でバリカンを買ったのは終戦後からしばらく

たってからだったようだ。大学以後は長髪で、理容店に通った。長髪にしてから、丹頂のチッ

クを使った記憶がある。発売年:1933年でまだあるらしいので、もうすぐ喜寿を迎えるロング

セラー商品であろう。発売メーカーが今日のマンダムとのことなので、チックの後にもお世話

になっていたようだ。

2009年10月 7日 (水)

火打ち石

2009/10/7

火打ち石

白濁色の石どうしを打ち付けて火を出して遊んだ事を覚えている。多分、火打ち石であったと

思うが火を起こせたという記憶はない。既に、戦後はマッチが普及していたので火起こしには

マッチを使ったと思う。木や桑の枝を燃やすためには焚き付けに杉の葉や枯葉を使用した。

薄い木片に硫黄を付けたつけ木というのはかまどに火を移すのに使った事がある。火打ち

石で火を起こすには火打ち金という鉄片が必要であるとネットを調べて知ったばかりである。

慣れると一分くらいで火が起こせるらしい。ところで、何故火打ち石と火打ち金という組み合

わせになるのか、その理由が分からない。どうも、石と鉄が衝突した衝撃で高温が生じて、鉄

片から遊離した高温灼熱の鉄粉が着花剤になるらしい。ともかく、火打ち石で火を起こす方

法も完全に忘れられたわけではなく、子供達の遊びの中に生き残っていた先人達の記憶で

あったようだ。現代の子供達は火打ち石についてどのような情報を持っているのであろうか。

2009年10月 6日 (火)

南方熊楠

2009/10/6

南方熊楠

みなかたくまぐす。知の巨人と言われている様だが、なかなか人(自分)を寄せ付けない。日

本の博物学者、生物学者(とくに菌類学)、民俗学者と解説されているが、学問の分野が一

般人が興味を持つ分野を大きく超越しているのも一因かもしれない。解説書を読んでもいつ

も消化不良に終わる。逸話の部分は拾い読みするが粘菌の研究等は皆目分からない。いつ

頃から興味を持ち始めたのかもはっきりしない。活動の場所が海外と日本の地方が中心で

日本の中央との関係が少なく、弟子も少ない、故にその業績も宣伝されないという事も知ら

れざる巨人でいる一因か。というより、南方熊楠を超える人物がいないので十分な評価もで

きないという事か。巨人であるがローカル的な存在で終わっている人物がいるという事は勿

体ないとも思う。

2009年10月 5日 (月)

ジュラシックパーク

2009/10/5

ジュラシックパーク

DNAの二重螺旋、バイオテクノロジーが一般に理解されるようになり、遺伝子操作による可

能性が色々な面に波紋を広げた。子供達が怪獣を好むのは今も昔も変わらないが、ジュラ

シックパークの時代に生きた子供達は、色々な面でジュラシックパークから何らかの影響を

受けているのではないかと思う。自分もSFの本は読まなかったが、映画やビデオは何度か

見た。CGによる迫力のある画像も時代を反映した。子供達にも見せたと思う。また子供は恐

竜のプラモデルも作った。子供達の興味は既に外に移っているが頭のどこかに少年時代の

記憶が残っている事であろう。ともかく遺伝子がプラモデルのようなDNAの部品から組み立

てられているという原理は今後も変わらない。今日の生物科学もこの原理の上に成立してお

り、ジュラシックパークの世界も単なるSFの世界では無くなるかもしれない。既に地上から絶

滅したマンモスを遺伝子工学でよみがえらせる試みも考えられているようである。一方宇宙

開発のルーツを辿るとツィオルコフスキーに出合う。ソ連の科学者、ロケット研究者で著作家

のツィオルコフスキーは日本では余り有名ではないが、ロッケットによる宇宙飛行を著作で描

いた。現実より思考が先行していた。世界初の人工衛星・スプートニク1号は、ツィオルコフス

キーの生誕100年を記念して1957年に打ち上げられたとの事である。日本の宇宙開発も世

界の大きな動きの中にある。かつてツィオルコフスキーか忘れたがロシア語の本を買ったが

めくった位でほとんど読まなかった。しかし、ツィオルコフスキーは忘れられない名前であっ

た。 http://spacesite.biz/ussrspace17.htm#topにツィオルコフスキーに関する記事があっ

た。やはり、時代に先行する忘れられた巨人がいるようだ。

2009年10月 4日 (日)

公害原論

2009/10/4

公害原論

経済の高度成長に伴いその歪みが各所に現れた。その未曾有の弊害が公害であったろう。

その公害問題を背景に、宇井純の『公害原論』(亜紀書房 )が出版されたのが1971年であっ

た。 公害と言えば、足尾銅山の鉱毒問題で田中正造が活躍した事を思い出す。原因物質

が、有機水銀であれ、銅であれ、窒素酸化物(NOx)等であれ、一度水中、空中という開かれ

た環境に排出されてしまうと、それをかき集める事が現実的には不可能になってしまう。いわ

ばエントロピー増大の法則に従い発生源から周辺へ有害物質が拡散を始める。被害が現れ

るのは、それらの有害物質が発症レベルまで蓄積されてからである。従って、問題が叫ばれ

るときには、相当な有害物質が排出されてからという事になる。このような状況で、公害発生

を完全に防止するのは困難であり、対策も完全な対策は無い。現在も微量な有害物質が蓄

積され続けていると思われる。それがいつ危険レベルまで達するかは定かでは無いが、人

間が作って排出された有害物質の総和から自然が分解した分を差し引いた量が環境中に蓄

積する。公害を発生させた経済活動にも有益な部分もある。しかし、そこから利益を得た人と

損害を受けた人の収支は大きくバランスを欠いているであろう。環境問題でゼロエミッション

という考え方がある。原材料は金を出しても、商売になれば買ってくる。それを最後に環境に

排出するのはタダであるというのが経済原則であった。ゼロエミッションどころかフルエミッシ

ョンであった。売れる物を売れるだけ作って売ってしまった方が勝ちだという原則である。環

境が、宇宙船のように有限で、際限の無い水や空気も宇宙船の飲料タンク、呼吸用の空気

タンクと同じになってしまった現在、使用する優先順をつける必要があるのは自明である。

2009年10月 3日 (土)

人生二毛作

2009/10/3

人生二毛作

はやしたかし医学博士という方が「人生二度結婚論」というのを唱えた記憶がかすかに残っ

ていた。自分が二十代の頃であり、背が高い、学歴が高い、給料が高い、いわゆる三高とい

う女性の理想とする結婚観が世間に流行っていた。これには適齢期の男女が惑わされたの

でないか。自分は果たして結婚できるのかと。結婚もその時代の風潮が支配する傾向があ

るのだろう。絶対的なものではない。それは現在も正しいだろう。三高の理想がかなった人

は最大でも33.3%であろう。理想は無い物ねだりで、現実が現実を支配したのが現実であっ

たろう。いま考えるとかの三高は物欲の象徴のようにも思われる。林髞博士の「人生二度結

婚論」とは人間の寿命と資産ギャップの問題を解決するもので合理性を備えていたようだ。

要するに勉強する時に金がない。金がたまった時に結婚する相手がいない。それなら、金が

たまった壮年以後の人と金が必要な壮年以前の人が結婚しそのギャップを解決すればよ

い。ここで金とは、教育であり、体験であり、知識であり、人生におけるあらゆる蓄積を示す

資産である。生死という観点からは初回の結婚の相手を見送ってから二回目の結婚に臨む

という事になるのか。人間形成と資産形成という人生の前半と後半の二つの位相によって生

じる問題を二回の結婚で解決する。資産の承継もスムースに出来る。老後をあてにならない

年金制度に託したり、老老介護の苦労を味わうより確かに合理的ではある。林髞博士は条

件反射学説で有名なパブロフの元で研究した生理学者でもある。また、自分の姓名を分解し

て作った筆名木々高太郎で活躍した推理作家でもあった。これは調べて知ったばかりであ

る。ともかく、結婚という社会現象が時々刻々変化している中で提唱された説ではあるが、人

間の寿命が推定理論値の120才代に近づきつつあるので、意外にも1~2世紀後には当たり

前になっているかもしれない。むしろ、今日の晩婚化、非婚化はその先駆けかも知れない。

そのためには、個人も社会もマインドコントロールから脱却する必要がある。ともかく○○説

も○○論も現実と理想のギャップが無いと出てこない。それを唱えるにはさらにそれ相当の

ユトリが無ければ出てこないだろう。人生二毛作も同じようかもしれない。

2009年10月 1日 (木)

アメリカセンダングサ

2009/10/1

アメリカセンダングサ

秋に黄色の花を付ける。利害を離れて見れば風情があると感じるかもしれない。草勢が強

く、気根ができる。倒れれば叉も根を出し更に草勢が強くなり、一度、引き抜いても、ゾンビの

ように生き返ってしまうことが多く厄介な害草である。少年時代にも焼き饅頭のフォークのよう

な実が衣服や網に着いて閉口したのを覚えている。アメリカから入った外来植物で、アメリカ

シロヒトリという毛虫と同様、いやがられる動植物では両横綱級ではないだろうか。地域の植

物学者の本によると、終戦後の数年間にかなり急速に棲息範囲を広げたようだ。草丈も1~

2m位になり在来種を圧倒する上、種子も人間等に付着して拡散するので、拡大する条件が

整っていたのであろう。この種子が仕事に使う軍手に付着すると処置に困る。いやいやなが

ら一つ一つ取り除くのであるが、この非生産的な仕事でアメリカセンダングサの種まきを手伝

っていると考えるとますます腹が立ってくる。学名はDevil's Beggarticks (Bidens

frondosa) 。Beggar=物乞{もの ご}い、乞食、物もらい、貧乏人。tick =《動物》ダニ。悪魔

の乞食ダニというような意味か。どこまでもしつこくつきまとってくるくせ者。外国でも凄い嫌わ

れ者であるようだ。しかし、何事も前向きに考えよう。この世に無用な物があるのか。無用の

用という考えもある。アメセンが育てば酸素が出てくる。アメセンが育つ場所には花や野菜も

育つ。育てないのは人間の方だ。Boys Be Ambitious! 少年が大志を抱く時代は終わった

のか。然からば、少年よアメセンの如くしたたかに生きよ。Boys Sall Live Strongly Like

Devil's Beggarticks !

2009年9月30日 (水)

半導体の教科書

2009/9/30

半導体の教科書

大学で電磁気学を講義された教授の自著である。やや専門的なトランジスタについての知識

ははこの本で学んだと思う。一種の入門書であるが、自著を講義のテキストに使える先生は

多くはなかった。トランジスタ専門書としてはショックレーの 「Electrons and holes in

semiconductors, with applications to transistor electronics」がこの分野のバイブルといえる

だろう。訳本を手に入れてあるが、未だに積ん読くである。教授は当時としては色々な分野で

活躍をされており、講義より脱線の方を楽しんだ。トランジスタの講義はすれすれでパスさせ

て頂いた。これで人生の大半飯を食わせて頂いたのも不思議な縁ではある。そのなかで、自

分の父親は内村鑑三門下のクリスチャンであったと話された。マルクス云々という話しも聞い

て、父子の関係に興味を持った。宗教と理工系は関係が薄いと感じたが、教授がなぜ理工

の道に進まれたかの話はなかったように思う。自分の信じる道を歩んだのだろうか。同じ時

代を生きている身近な人にはそのバトンタッチの様子は極当たり前で、改めて言う必要がな

いかもしれないし、常々言っているので言う必要もないかもしれない。最近、世襲の問題に関

心が集まっているが、頭から世襲を否定する理由もないだろう。生物がDNAという形で自分

が辿ってきた筋道を次世代に伝えている事にはそれ相当の理由があるだろう。人間も家族と

いう枠組みで世代を超えて色々なものを伝えている。物や権利等は数世代で変質してしまう

だろう。やはり、伝えられれるべきは生き方、仕事の仕方、いわば家訓のようなソフトの部類

になるのではないか。

2009年9月29日 (火)

折伏教典

2009/9/29

折伏教典

大学の頃だったろうか、かつての友人が我が家を訪れた。どうも宗教がらみであったようだ。

折伏教典という本を示されたと記憶している。大学に入り、受験勉強から解放されて、ふと来

し方行く末を思うとなにがしかの不安を覚える。大学のキャンパスは学問だけではなく、会社

や宗教等の関係者が暗躍する場所でもあったようだ。当然、前衛的な学生団体も活動してい

た。こちらは、ビラとスピーカーの大音声で一般学生を折伏しようとした。自分は宗教活動に

も学生運動にも共感は出来たが積極的に係わる気持ちがしなかった。親父が汗水流して稼

いでくれた金と奨学金だけでこの四年間の学生時代を送らねばならないと考えると当時のノ

ンポリが自然の選択であった。今自分がやるべき事があるのである。自分の理想としては大

学とは講義や実験も普通の人間に無料で開放される事である。皆さん自由に入って下さい。

暴力と喧噪はお断りです。大学は健全な知的バトルの場です。自由に論争・研究・学問をし

て下さい云々。しかし、現実の大学は象牙に塔にもなれず、算盤の上に乗っているような危う

い存在だ。今日も学園紛争時代と同様に大学が活力と目的を失いかけているようにも思わ

れる。青年層の人口が減る。大卒のレッテルもかつて程の効能が薄れた。学ぶ事への疑

問。それなら信じてしまえ。しかし、学ぶことの第一歩は疑うことから始まる。信じる事に迷う

事はあった。キリスト教では無教会派の矢内原忠雄、南原繁に興味を抱いた事もあった。し

かし、宗教と信仰は別物であろう。まだ結論が出ていない。施設、組織、規律という外的な見

える要因が宗教にはつきまとうがそういうものは誰にでも見えるが、誰にも見えないか、極少

ない人にしか見えないものもある。そう言う、どうでもよさそうな事も一人の人間にとっては無

上のものかもしれない。そのような人の心を思うこともなく、これが最高の真理だと押し売りさ

れるのはうんざりである。当時、その団体の選挙運動が自転車とメガホンであったのを思い

出した。それと同じ様な運動を昨今の大政党がやっている。小さいことは良いことだ。原点に

返ることはもっと良いことなのかもしれない。

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やさしい科学・SCIENCE

  • 日経サイエンスのウェブページ
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  • SCIENCE IS FUN in the Lab of Shakhashiri
    University of Wisconsin-Madison Chemistry Professor Bassam Z. Shakhashiri のサイト

みかん栽培関係情報

公開資料

ISESAKI  有情1

嗚呼 伊勢崎 非情

BOOKS

  • 橋本 英文: 刃物雑学事典 図解・刃物のすべて(1986年 株式会社 講談社 ブルーバックス B-659)
    刃物という視点で多くの事例が取り上げられている。刃のある道具の理解にも役立つ。類書が少なく貴重な一冊。「すべり変形が切断の原理」という考え方で説明している。
  • 沼田 真   : 植物たちの生( 1972年 岩波新書(青版 833))
    「ご要望にお応えしてアンコール復刊(1988年岩波新書50年記念復刊) 地球生態系の中で自然を見直す」(腰巻きのフレーズ)。植物の知恵と戦略に人類は勝てるのか。
  • 出町 誠: 14_NHK趣味の園芸:よく分かる栽培12ヶ月  カキ(NHK出版2007年)
    初心者向け柿栽培参考書(新版)。旧版と比較すると楽しい。
  • 中村三夫: 13_NHK趣味の園芸:作業12ヶ月  カキ(NHK出版1996年)
    初心者向け柿栽培参考書(旧版)。新版と比較すると楽しい。
  • 山科正平: 12_細胞を読む   電子顕微鏡で見る生命の姿
    細胞はどんな部品からできているのか。そんな疑問に答えてくれる一冊。何事も形を見るのが第一歩。μからÅオーダーの世界で、細胞をメスで解剖するように、電子顕微鏡というメスで解剖して見せてくれるので興味が尽きない。
  • 柳田充弘: 11_細胞から生命が見える
    著者の専門は分子生物学、細胞生物学。普段生物を考えても細胞レベルで止まってしまう。その細胞の中で色々な分子が働いている。細胞こそ生命の基礎だが、その細胞の中の動きを知るのに最適な一冊。疑問の発端はなぜ発根剤が効くのかということ。薬剤が細胞膜を通過して細胞内で分子と分子が作用するイメージができた。本書でできた細胞のイメージは小さな無数の穴が空いた水分が充満したヨーヨーのようなもの。そのヨーヨーの中に分子部品が詰まっている。細胞自体もタライの中のヨーヨーのように浮かんでいる。細胞図面の空白部は真空でなく水分だ。細胞の内外に水がないと細胞は生きられない。水が生命のゆりかごだ!
  • 野口悠紀雄: 10_ホームページにオフィスを作る(2001年 光文社)
    ITが輝いた時代の作品。HPの活用法は参考になる。参考:url=http://www.noguchi.co.jp/(野口悠紀雄 ONLINE)
  • 小池洋男 編著: 09_果樹の接ぎ木・さし木・とり木(農文協:2007/3/31第1刷)
    やや専門的であるが、実務専門化が分担執筆しており、その場で役に立つ一冊。
  • ノーバート・ウィーナー(鎮目恭夫訳): 08_サイバネティックスはいかにして生まれたか(みすず書房1956)
    情報と通信という現代社会に不可欠の基礎的な学問を作った著者の自伝とそれを通した科学史
  • 沼田 真(編): 07_雑草の科学(研成社1979)
    雑草を多面的に解説し防除の基礎も述べる

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    2010/8/4:MEMO等の表示に使える。 農作業で気になる自戒の言葉 ■畑の石ころはいつまで経ってもても石ころ(早く拾って片づけよという意味か)。 ■同じ石を二度拾うな(やってみると難しい)。 ■手ぶらで歩くな。 ■三つ先のことを読め。 ■適当な観察。 ■空を見よ(気分転換、休憩、天気を読む、腰曲がり防止)