2009年2月14日 (土)

紙のピアノ

2009/2/14

紙のピアノ

小中学校の音楽で本当の楽器で演奏したという記憶がほとんどない。楽器といえば音楽室

にあるピアノとオルガンを先生が弾き、生徒はそれに合わせて歌をうたったという程度であっ

た。自分にとっては楽譜は単に記号にすぎなかったようだ。音楽の試験では歌をうたったりす

る実技はまったく駄目、楽譜の方はまあまあの成績がとれた。一人の人間のなかで記号と音

と感性が統合されていなかった。音楽の教科書の末尾に印刷されたピアノの鍵盤が付いて

いた。実はピアノの練習にはこの紙のピアノが使われていたのであった。歌と言えば両親は

音痴を自認して子供にも音楽に対してほとんど配慮してくれなかった。母は一時詩吟を歌

い、大正琴の練習をした。しかし、父が歌を歌ったり、楽器を弾くのを見たことはなかった。

大学に入学して音楽コンプレックスを解消すべく、簡易楽器クラブに入りハーモニカを練習し

た。ギターも買った。しかし、長続きしない。社会人になり、宴会でマイクの番が回ってくると

どこかに隠れたくなる気持ちになる。百姓には音楽などの遊びは無縁だという父の考えもあ

ったかもしれない。父にそういうゆとりもなかった。子供達はピアノ教室に通い少しは楽器に

親しんだ。エレクトーンと中古のピアノを買った。最近、叔父さんに、お前のじいさんは屋台の

笛の名手だったという話を聞いた。じいさんの笛の音は遠くまで良く届いたそうだ。音痴にも

環境遺伝的要素があり、これを克服すれば音痴を改善できる可能性はありそうだと思えるよ

うになった。何よりも音楽は自分が楽しめればそれでよいのかもしれない。

2009年2月13日 (金)

挫折した運動クラブ

2009/2/13

挫折した運動クラブ

中学生になるとクラブ活動があった。運動クラブの中で、自分もできそうだと思い卓球部に入

部した。同時に入部しても、卓球台で練習できる者もいれば、スウィングと兎跳びしかさせて

もらえない者もいた。自分は後者であった。これが差別であったのか、いじめであったのか、

本人を見た配慮であったのか今となっては定かでない。しかし、スポーツとしてのフェアさを感

じる事はなかった。そうして、程なく部活を止めてしまった。スポーツ種目にはその種目独自

のルールがある。しかし、クラブとかいう人間の集団になると種目ルール以外に集団のルー

ルが発生する。そうして、集団のルールがフェアかどうかとか集団が有効に機能するかとか

色々な側面が生まれる。やる気の無い者は早々に脱落してもらった方が良いのかもしれな

い。結局、自分は集団から落ちこぼれたのかもしれないし、その集団を見限ったのかもしれ

ない。ともかく、無駄で苦痛な時を過ごすことが無かったと考えればそれでよかったのかもし

れない。今、考えるとドッチボールは何とか人並みにできた。野球、ソフトボール、サッカー、

ゴルフ等は苦手であった。陸上では短距離はだめで長距離は人並み。要するに、瞬発と集

中、小さなボール、早い動き、チームプレー、人付き合い等が自分の性分に合わなかったよ

うだ。どうも人に煩わされずにぼちぼちやるのが自分の性に合っているようだ。

2009年2月12日 (木)

電子文書は何を運ぶか

2009/1/12

電子文書は何を運ぶか

今日、ワードやエクセルのファイルがウイルスの運び屋になる事が知られている。ファイルの

中に文書として記した以外の情報が紛れ込んでいる事になる。かって、会社間で行き来して

いるワードファイルから思い当たらない情報が出てきて不思議に思った事がある。ファイルの

中身を消去して空のファイルを作ってもかなり大きなファイルサイズであった事を覚えてい

る。結局、自分が作成しようとした文書内容以外に色々な情報を抱えているのが専用ソフト

のファイルであると変に納得した。書体や書式等の情報も当然含んでいる。しかし、それ以

外にどんな情報を含むのかソフトメーカーから情報公開されていない。不気味ではある。

つれづれに半角の「1」一文字だけの内容の文書を英数1文字のファイル名を付けて作成し

てみた。TEXT EDITOR=1Kb、MSワード=19Kb、OPEN OFFICE=6Kb、OPEN OFFICE

(ワード互換書式)=8Kb。今日、このファイルサイズはパソコンの能力が向上し、bitコストも

低下しているので実用上の問題は少ないであろう。電子ファイルから印字した内容は作成さ

れた内容を反映する。しかし、電子ファイルそのものには作成者が意図しないおまけが付い

ている。ついつい、環境、コストを考えて電子ファイルからの印字は極力避けたいと思うと専

用ファイルでやりとりしてしまう。一度、セキュリティの管理を設定してpdfファイルに書き直す

のが理想かもしれないが個人レベルでは手間とコストが気になる。ともかく、電子ファイルを

送る時はそのファイルが自分が気付いていない情報を気付かずに運んでいると気付く必要

がある。

2009年2月11日 (水)

人工衛星に乗ったライカ犬

2009/2/11

人工衛星に乗ったライカ犬

ライカ犬を乗せたスプートニク2号が打ち上げられたのは、スプートニク1号の打上げの1ヶ月

後である1957年11月3日であった。この犬の写真を学校の掲示板に貼られた科学ニュース

新聞で見た記憶がある。1号と2号がこれほど接近していたとは思わなかった。ともかく、誰も

実現できないことを初めて行えば世界初である。人間が宇宙に出るまで、他の生物で色々実

験が行われていた訳である。犬を使った実験で有名なのはパブロフの行った条件反射の実

験であろう。ライカ犬を人工衛星に乗せるに際して特別な訓練をしたのであろうか。ライカ犬

は最初に宇宙に出た生物であったが、片道切符しか与えられていなかったようだ。スプート

ニク自体は弾道ミサイルという宇宙兵器という背景があったようだ。1949年08月29日、ソ連

はカザフスタンのセミパラチンスクで初の原爆実験を行った。人工衛星に原爆を積んで飛ば

すことができるという事の証明は軍事力の誇示にも通じる。少年であった頃は冷厳な国際政

治まで考えは及んでいなかった。原爆も人工衛星も科学と技術の基礎の上に成立する。特

定の国家がこれを独占できるという特権が無いのは明確な事実である。原爆もゆっくりと核

反応を制御してやれば原子力平和利用に通じる。科学技術は戦争と平和という諸刃の刃

であるようだ。今原爆を積んだ人工衛星が密かに地球を回っているのであろうか。

2009年2月 9日 (月)

ペンシルロケット

2009/2/9

ペンシルロケット

糸川英夫博士が1955年3月に行った水平発射実験に使われたペンシルロケットは全長

230mmだったとの事である。博士はこの実験を逆転の発想と呼んだらしいが、確かに大型

が出来ないからやらないというより、小型でもやって見ようという積極的な発想が大切であろ

う。糸川博士は戦前は青年技術者として中島飛行機で戦闘機の設計に関与していた。戦後

にロケット開発に従事して日本の宇宙開発の父と呼ばれた。自分が博士を身近に感じるの

は、博士が公職を去り、組織工学研究所を設立してからの活動を通してであった。博士がヴ

ァイオリンを弾き、バレーを踊るだけでも我々の発想は追いつかなかった。組織工学は巨大

な目的を達成するための学問ではあるが、日本が最も不得意とする分野である。どうも、組

織が自分の論理で動き出して、真の目的をいつしか見失う。こういう現象が至る所に現れ

る。今日の人工衛星打ち上げ用の国産ロケットH2Aの全長は53m以上あり、ペンシルロケッ

トと比較すると250倍以上である。重量は山勘で数十万倍のオーダーを下らないのではなか

ろうか。ともかく、日本の宇宙開発は軍事と関係なく平和利用から始まっている。宇宙開発は

あらゆる面で個人をこえる国家プロジェクトであるが、平和利用の伝統は永久に守られてほ

い。

2009年2月 8日 (日)

スプートニク1号

2009/2/8

スプートニク1号

世界初の人工衛星スプートニク1号はソ連が1957年10月4日に打ち上げた。日本でもこの人

工衛星が発信した電波を受信した人がいて、自分もと思った。会社の先輩と立ち話をした時

自分も受信したよと言うのでびっくりした。当時アマチュア無線をしていたとのことであった。

電波や人工衛星等が技術や科学への道に歩むきっかけになった人が多いようだ。調べてみ

るとスプートニク1号が発信した電波の周波数が20MHzと40MHzであった。丁度、アマチュア

無線家が工夫すれば手が届く電波であった。スプートニク1号は人工衛星の父といわれるツ

ィオルコフスキーの生誕100年と国際地球観測年に合わせて打ち上げられた。

ツィオルコフスキーはロケットも無い時代に物体を地球から打ち上げる条件により、その物体

が地球を回る軌道にのる事を明らかにした。今から150年以上も前の江戸末期の事であ

る。ともかく科学に国境が無いことははっきりする。スプートニク1号の成功によりスプートニ

クショックとして米ソの宇宙開発競争が始まり、宇宙にも米ソの冷戦構造が拡大した。ともか

く世界初という記録はたった一回しか無い。しかし、それゆえ何回も述べられる。名誉ある世

界初なら結構。思うに人工衛星の歴史はまだ50年ちょっとしかない。しかし、人工衛星は火

星に着陸して、水があることを証明した。宇宙に生命の痕跡があることを証明するのも間近

なのかもしれない。

2009年2月 7日 (土)

実生きんかん

2009/2/7

実生きんかん

我が家の実生きんかんは成木になったので樹高の成長はほとんど止まっているようだ。既

に樹齢は30年前後ではないかと思う。いつ、どのようにして種をまいたか完全に忘れてい

る。しかし、樹木の種をまいて育てることに興味があり、細々とその趣味が続いている。花

が咲き実が生れば上々の成果である。この実生きんかんも完全に自分の地位が決まった。

一人前の成木になり、自分の存在を主張している。種が多いが果皮の甘酸っぱさに人気が

ある。このきんかんの実がきんかんの木から離れている所にあちこち落ちている。その理由

が分からないのであるが、どうも鳥が運んでいるのではないかと思っている。冬場に鳥の餌

が乏しくなるときんかんの実も食べているようだ。きんかんは実が小さい割に種もあり、みか

んのような食べ方ができない。新品種のプチマルという種無しきんかんが開発されている。苗

を植えてあるが、まだ実が生らない。どんな実が生り、どんな味がするか楽しみである。

2009年2月 5日 (木)

実生夏みかん

2009/2/5

実生夏みかん

ほぼ15年位前に夏みかんの種をまいた。3本が育ち、内1本を接木の実験で枯らしてしまっ

た。現在2本が残っている。しかし、一本の頂上まで蔓草(かなむぐら)がはい上がり樹勢が

衰えてしまった。最後の一本はたわわに実をつけた。柑橘類はユズの例で知られるように実

生から実が生るまでが長い。我が家の実生夏みかんも忘れかけて黄色い実を見て初めて結

実を確認した。播種期日がはっきりしないが7~8年位で結実したと思われる。桃栗三年柿

八年柚の馬鹿めが18年と言われているが予想より早く結実したように感じる。果樹に実が

生るという事は動物ならば繁殖期に達することと同じである。ともかく、幼若期は成長に全エ

ネルギーを傾ける。これは、動物のように動けない植物のしたたかな生き残り戦略かのよう

である。ようやく、樹体がもう安全だと思った時に花をつけて実を生らす。何か人間の生き様

に似ているところもある。

2009年2月 4日 (水)

DOS/Vパソコン

2009/2/4

DOS/Vパソコン

二つの予期せぬ出来事で豆まきを怠ってしまった。しかし、季節は着実に進んでいる。

杉花粉の飛散が何時頃から始まるか気になるところだ。

一般人にとってメインフレームコンピュータは雲の上の存在である。パソコンという形で市場

に流通して身近な存在になる。パソコンの歴史を振り返ると下克上の時代を経て天下が統一

されるような印象を受ける。8ビットCPUを使用したホビーパソコンがパソコンを一般人になじ

ませた功績は大きかった。しかし、実用的な仕事をさせるには8ビットCPUでは能力不足で、

16ビットCPUが普及してから真のパソコンの実用化時代が到来した。DOS/Vパソコンは日

本IBMが1990年に開発したPCである。IBM PC互換機ではPUBLIC DOMEINというフリーソ

フトが多くあり、それが使いたかった。パソコンの進歩は早いので最新機を追っていてはお金

がついて来ない。何世代か遅れた中古機種を使っていた。秋葉原を巡っていた時、型遅れ

だが新品の純正IBMPCが店頭に並んでいた。そこそこの値段だったのでつい買ってしまっ

た。

追記(2019/11/09):最近このパソコンと物置で面会して写真撮影したのでここに載せておく。FDDに蓋がない!ディスクは読めるか?ROM-BIOSだったので起動はするか?

Iob_2019_ibm_dos_v_20191103
原ファイル名=「IOB_2019_IBM_DOS_V_パソコン20191103.jpg」
IOB=IMAGES ON Beloved Ones

しかし、自宅までどうして運ぶか考えていなかった。重い段ボール箱を持って宅配業者を

捜した。OSは初期のIBM DOS J4.0/Vであった。本体はまだ物置の隅にある筈だ。ともかく、

IBMは関連のドキュメントを用意しており詳細情報を得たい時には重宝した。IBMがパソコン

部門をLENOVO社に売却した事でIBMとパソコンの関係は遠くなった。IBMの集中と選択と

いう戦略の中でパソコンがその主流から外れた事に間違いはないだろう。

2009年2月 3日 (火)

雑音指数

2009/2/3

雑音指数

高周波トランジスタの特性は主にPOWER GAIN(電力利得) とNOISE FIGURE(雑音指数)

で表される。チューナ用のVHFトランジスタの特性を保証するにはPGとNFを測定する必要

がある。測定周波数が300MHzと高いので測定用ジグの作成と調整が大変であった。回路

形式は分かるが、回路定数は大抵分からない。生産が控えていると理論より実際が優先さ

れざるを得ない。ジグの作成では金属加工の板金屋のような事も何回と行う。ジグが出来て

から調整。データをとってばらつきサンプルで相関を確認する。うまく行かない場合は同じ事

を繰り返してやる。試行錯誤の連続であった。実際の生産工程で選別を始めるとうまく行って

いるのか気になる。調子がおかしいと連絡があると直ぐに協力工場に向かう。生産が安定し

て、協力工場でも技術者が育ち引継ができたところで生産の立ち上げという仕事から解放さ

れる。自分が携わった仕事はデバイスの設計・試作では無かったが、出来たデバイスが使え

るのかの判断と生産、市場導入であった。おかげで、工場や顧客へ出向く機会が多かった。

場合によりクレームの対応もした。幅広い仕事が出来たのは組織が巨大化していなかったこ

ともあった。

2009年2月 2日 (月)

科学用電卓

2009/2/2

科学用電卓

たしか、科学計算用の関数計算機能のついたHPの電卓を買った覚えがあった。関連情報

は以下のURLにある。これを手がかりに振り返ってみる。

http://www.hp.com/hpinfo/abouthp/histnfacts/museum/personalsystems/0023/

最初のモデルはHP-35で1972年に発売されている。35個のキーがあり、計算尺の機能に挑

戦したようだ。このモデルは1975年に販売中止になるまで30万台売れたと述べられてい

る。自分が買ったモデルは磁気テープが付いていてプログラムの記憶が出来たと思う。もう

少し後のモデル化もしれない。ともかく安い商品ではなかった。しかし、技術者の購買意欲を

誘った商品であった。キーのクリック感覚がかなり固く弾力があった。1968年にデスクトップ

コンピュータのHP9100Aを開発して、これを小型化したのが科学用電卓であったようだ。多

分会社で仕事に使ったのがHP9100Aかその後続機ではないかと思う。今日HP社はコンピ

ュータ事業に集中して、測定器関係の事業はAGILENT TECHNOLOGY社に引き継がれて

いる。多分、コンピュータと測定器は売れる数が一桁か二桁は違うであろう。当然市場も異な

る。自分が入社初期に使用したHP 608Eという真空管式の信号発生器は大きく、重くがっし

りしていた。当時の測定器の発熱は並ではなかった。シールド室で数台の測定器に電源を入

れると夏は汗がしたたり、時にはうとうとが始まった。冬は適当な暖房になった。HP社の測定

器とコンピュータとのつき合いのあった技術者はかなり多かったのであろう。

2009年2月 1日 (日)

ベクトルボルトメーター(改題):会社生活断面記:技術 回顧と展望:測定器は技術の原点!090221&171221。

2009/2/1:元版
2017年12月21日(木):改版

ベクトルボルトメーター(改題):会社生活断面記:技術 回顧と展望:測定器は技術の原点!

最近、古い記事やランキングに入った記事の再読をしている。この記事にも読者がいるようで、読みにくさを感じていると思う。そこで、手入れをして読み易くすると共にもう少し中身を充実させたいと思う。

交流理論を学習すると電圧が振幅と位相で表現されるのが理解できる。一般の交流電圧計はこの信号の振幅部だけを測定する。しかし、ベクトルボルトメーターというのは位相も測定できる。従ってメーターが振幅用と位相用の2つあった。

以下は、現役時代、まだトランジスタの測定を、半分いやいやながらさせられていた頃の話である。

実はこういう物を買ったよと上司がにこにこしながらこの測定器の説明をしてくれた。このベクトルボルトメーターにSパラメータテストセットを接続するとSパラメータが測定できた。データの測定がメータで読みとれたのは大きな進歩であった。

当時の、高周波トランジスタのパラメータ測定には、ドイツのローデシュワルツ社のZ-Gダイアグラム?とか、米国G社の通称骸骨と呼んでいたGRブリッジ?これもうろ覚えだが、があり、これらの測定器の原理には、導波管や超短波に関する理論があったようだ。しかし、独特な操作を要し、全然馴染めなかった。トランジスタの足の長さが数ミリ違うだけで、バランスが崩れ、測定値の再現性が乏しかった。内心、こんな仕事は続けたくなかった。

ベクトルボルトメーターには、PLL(PHASE LOCK LOOP)という最新の技術が使われていたらしく、測定も安定して再現性も向上した。しかし、当時の回路設計にはSパラメータよりYパラメータ等が使用されていた。SパラメータからYパラメータへの変換はデスクトップのミニコンピュータを使用した。

今、考えると、会社の現場にベクトルボルトメーターが導入されたのは、小さい事ながら相当な技術革新と思える。

ベクトルボルトメーターとデスクトップコンピュータのメーカーはヒューレットパッカード社であった。下記URLでヒューレットパッカード社はデビッド・パッカードとビル・ヒューレットという二人の技術者が立ち上げたシリコンバレーの最も息の長いIT企業の1つであると紹介されている。http://diamond.jp/series/bizmanager/10036/(リンク切れ)

実験室で最初の頃からお世話になったのがHP社のバルボルとSGであった。S.Jobsの伝記に、HP社から便宜を受けて、コンピュータの世界に足を踏み入れたと知ったのも、まだ数年前の事だ。ソニーもその前進の時代にバルボルを作った事もあるようだ。

HP社には、米国企業の良い面が色々あったようだ。やはり、創業の精神が失われずに受け渡されているのだろう。測定器部門は、HP本体から分離したと思うが、測定器は産業の基礎であり、その基礎を忘れない事が、次なる産業の発展の基礎になるのだと思う。

上司のT氏はコンピュータ事業に移り、自分も集積回路の開発に移り、ディスクリートデバイスの開発から離れた。しかし、Sパラメータからトランジスタのパラメータを抽出するという技術は集積回路のCADで特性をシミュレーションする素子のモデリングに活用されていった。

ともかく、最初にまかれた小さな種もそれを大切に育て次のランナーに引き継ぐことにより大きな事業に成長することに例外は無いであろう。

最近になって、重力波の観測が脚光を浴びている。その原理は単純であるが、測定精度を究極レベルに高める事が必要なようだ。地味だが、測定するという基本の重要性は忘れまい。

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2009/2/1

ベクトルボルトメーター

交流理論を学習すると電圧が振幅と位相で表現されるのが理解できる。一般の交流電圧計

はこの信号の振幅部だけを測定する。しかし、ベクトルボルトメーターというのは位相も測定

できる。従ってメーターが振幅用と位相用の2つあった。実はこういう物を買ったよと上司が

にこにこしながらこの測定器の説明をしてくれた。このベクトルボルトメーターにSパラメータ

テストセットを接続するとSパラメータが測定できた。データの測定がメータで読みとれたのは

大きな進歩であった。PLL(PHASE LOCK LOOP)という最新の技術が使われていたらしく、

測定も安定して再現性も向上した。しかし、当時の回路設計にはSパラメータよりYパラメータ

等が使用されていた。SパラメータからYパラメータへの変換はデスクトップのミニコンピュー

タを使用した。ベクトルボルトメーターとデスクトップコンピュータのメーカーはヒューレットパッ

カード社であった。下記URLでヒューレットパッカード社はデビッド・パッカードとビル・ヒューレ

ットという二人の技術者が立ち上げたシリコンバレーの最も息の長いIT企業の1つであると紹

介されている。http://diamond.jp/series/bizmanager/10036/

実験室で最初の頃からお世話になったのがHP社のバルボルとSGであった。

上司はコンピュータ事業に移り、自分も集積回路の開発に移り、ディスクリートデバイスの開

発から離れた。しかし、Sパラメータからトランジスタのパラメータを抽出するという技術は集

積回路のCADで特性をシミュレーションする素子のモデリングに活用されていった。ともか

く、最初にまかれた小さな種もそれを大切に育て次のランナーに引き継ぐことにより大きな事

業に成長することに例外は無いであろう。

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2009年1月31日 (土)

GR BRIDGE

2009/1/31

GR BRIDGE

これも、高周波トランジスタのパラメータ測定に使用した測定器である。GR BRIDGとは

通称であり、正式名はGeneral Radio Type 1607-A Transfer Function and Immittance

Bridge であったようだ。こちらは、使用経験のある先輩技術者がいて使用方法等を教えて

頂いた。ブリジッジとは未知の測定対象量と既知の比較量をバランスさせて未知の測定対象

量を読みとる装置である。重量を測定する天秤と同じ様な原理である。体重計の0点合わせ

のような初期校正をするため金属棒の長さを調整する。次ぎにDEVICE UNDER TEST(トラ

ンジスタ)を測定ジグに取り付ける。目盛り板を調整してバランスをとる。バランスがとれた時

の目盛り板の数値がそのDUTの測定データとなる。当時は見よう見まねで装置の操作を習

得するのが精一杯であった。次ぎに試作したトランジスタを試作毎に測定する。単調で根気

の要る仕事であった。VHFといわれる非常に高い周波数で測定の精度も再現性も良くない

のが悩みであった。以下のURLにGeneral Radio の測定器が紹介されている。

http://plymouthcolony.net/starcity/radios/pages/gr-rf.html

ともかく、理論的に推定できることも定量的に測定してデータで把握できるということは実用

上は大変重要なことである。開発したVHFトランジスタはテレビ用チューナ等に使用された。

テレビのUHF放送は難視聴対策として始められ、当時のVHFテレビのアンテナは東京タワー

の方向を向いていたのであった。テレビ局が多くなるとVHFの周波数が足りなくなりローカル

テレビ局はUHFで開局した。そんな訳で次ぎにUHFトランジスタの開発も行うことになった。

2009年1月30日 (金)

Zg DIAGRAPH

2009/1/30

Zg DIAGRAPH

高周波トランジスタの開発を担当していた時に使用した測定器にZg DIAGRAPHというもの

があった。Sパラメータをスミスチャート型の表示装置に光のスポットで表示する特異な測定

器で、ドイツのROHDE&SCWARZというメーカー製であった。いかにもドイツ製という風格と

光のスポットで表示するというユニークなアイデアが興味を引いた。実験室の片隅にあった。

しかし、この測定器を使いこなしていた人はほとんどいなかった。この測定器を引っぱり出し

ていろいろ挑戦したが、新米の技術者で使いこなすまでに到らなかった。結局十分に使いこ

なされることなくお蔵入りしたようだ。その測定器がなつかしく思いネットで探した。

ROHDE&SCWARZ社はローデさんとシュワルツさんという二人の科学者が設立した会社ら

しい。創業75年位たっているようだ。今日では世界でも有数の測定器メーカーになってい

る。Zg DIAGRAPHという測定器も当時は最先端の測定器であったようだ。この測定器を開

発した技術者も色々試行錯誤したのではないかと思う。しかし、世界に唯一という製品なら

ばその地位は安定するだろう。Zg DIAGRAPHに追随する日本メーカーは無かったようだ。

http://www2.rohde-schwarz.com/en/about/75_years_rohde_and_schwarz/?decade=1950

上記URLの解説によるとZg DIAGRAPHは最初にSパラメータの位相測定を可能にした測定

器であったと述べていた。テレビやラジオのアンテナや通信ケーブルの測定などにも使われ

たとある。精度の高い測定器と工作機械が工業の基盤であると言われている。確かに電気

信号の位相という概念は数式では簡単に表現できるのだがそれを超高周波で測定すること

は非常に困難であった。それを可能にしたのは技術のブレークスルーであった。高周波トラ

ンジスタの安定度の低下はデバイス内部の位相遅れに起因するのだ。今日のいつでも、どこ

でも、だれとでもという携帯電話の普及は色々な技術進歩の集大成あるとつくづく思う。

2009年1月29日 (木)

マジックアイ

2009/1/29

マジックアイ

真空管ラジオのダイアル表示部分に緑色に光る不思議な真空管があった。真空管は真空中

で熱電子を放出させて色々な電子機能を実現するデバイスである。今日の電子技術の基本

となるかなりの部分が真空管を使って実用化された。その究極のデバイスが受像管であろ

う。画像表示装置に使用する。その代表がテレビである。マジックアイも一種の表示装置で

あり、ダイアルを回して放送電波が強くなると緑色の部分が大きくなり、同調表示管とも言わ

れていた。幼少時はその緑の部分が開いたり閉じたりするのを見て不思議に思った。ラジオ

雑誌等でその品名が6E5であると覚えていた。下記のURLにその写真等があった。

http://www.ne.jp/asahi/uchio/tokyo/tube/index.html

昭和20年代の後半から多く使われたようだ。ラジオが同調したかは音を聞けば大体分か

る。マジックアイはダイアル面に真空管の発光部を出して使うのでアクセサリーとして高級感

をかもしだす役割もあったのかもしれない。

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みかん栽培関係情報

公開資料

ISESAKI  有情1

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    刃物という視点で多くの事例が取り上げられている。刃のある道具の理解にも役立つ。類書が少なく貴重な一冊。「すべり変形が切断の原理」という考え方で説明している。
  • 沼田 真   : 植物たちの生( 1972年 岩波新書(青版 833))
    「ご要望にお応えしてアンコール復刊(1988年岩波新書50年記念復刊) 地球生態系の中で自然を見直す」(腰巻きのフレーズ)。植物の知恵と戦略に人類は勝てるのか。
  • 出町 誠: 14_NHK趣味の園芸:よく分かる栽培12ヶ月  カキ(NHK出版2007年)
    初心者向け柿栽培参考書(新版)。旧版と比較すると楽しい。
  • 中村三夫: 13_NHK趣味の園芸:作業12ヶ月  カキ(NHK出版1996年)
    初心者向け柿栽培参考書(旧版)。新版と比較すると楽しい。
  • 山科正平: 12_細胞を読む   電子顕微鏡で見る生命の姿
    細胞はどんな部品からできているのか。そんな疑問に答えてくれる一冊。何事も形を見るのが第一歩。μからÅオーダーの世界で、細胞をメスで解剖するように、電子顕微鏡というメスで解剖して見せてくれるので興味が尽きない。
  • 柳田充弘: 11_細胞から生命が見える
    著者の専門は分子生物学、細胞生物学。普段生物を考えても細胞レベルで止まってしまう。その細胞の中で色々な分子が働いている。細胞こそ生命の基礎だが、その細胞の中の動きを知るのに最適な一冊。疑問の発端はなぜ発根剤が効くのかということ。薬剤が細胞膜を通過して細胞内で分子と分子が作用するイメージができた。本書でできた細胞のイメージは小さな無数の穴が空いた水分が充満したヨーヨーのようなもの。そのヨーヨーの中に分子部品が詰まっている。細胞自体もタライの中のヨーヨーのように浮かんでいる。細胞図面の空白部は真空でなく水分だ。細胞の内外に水がないと細胞は生きられない。水が生命のゆりかごだ!
  • 野口悠紀雄: 10_ホームページにオフィスを作る(2001年 光文社)
    ITが輝いた時代の作品。HPの活用法は参考になる。参考:url=http://www.noguchi.co.jp/(野口悠紀雄 ONLINE)
  • 小池洋男 編著: 09_果樹の接ぎ木・さし木・とり木(農文協:2007/3/31第1刷)
    やや専門的であるが、実務専門化が分担執筆しており、その場で役に立つ一冊。
  • ノーバート・ウィーナー(鎮目恭夫訳): 08_サイバネティックスはいかにして生まれたか(みすず書房1956)
    情報と通信という現代社会に不可欠の基礎的な学問を作った著者の自伝とそれを通した科学史
  • 沼田 真(編): 07_雑草の科学(研成社1979)
    雑草を多面的に解説し防除の基礎も述べる

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    POST IT :ブログ画面への張り紙に使える。
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    2010/8/4:MEMO等の表示に使える。 農作業で気になる自戒の言葉 ■畑の石ころはいつまで経ってもても石ころ(早く拾って片づけよという意味か)。 ■同じ石を二度拾うな(やってみると難しい)。 ■手ぶらで歩くな。 ■三つ先のことを読め。 ■適当な観察。 ■空を見よ(気分転換、休憩、天気を読む、腰曲がり防止)